グランドビジョンを描け!:手塚治虫の「21世紀」と現実の「21世紀」から

みなさん、こんにちは。

今回の話題は、「いま我々が住む21世紀の姿は戦後の日本人が思い描いた21世紀の姿なのかどうか?」ということである。言い換えると、かつて手塚治虫さんが「鉄腕アトム」で描いた「21世紀の世界」に我々は住んでいるか、ということである。たしかにかつての20世紀の人類が思い描いた「理想の世界」が実現された部分もたくさんあるが、およそ思いも呼ばなかった面もある。もちろん、後者は「NWO」に代表される「人類奴隷化社会」を21世紀の理想の社会とみる見方である。こんな世界観は20世紀後半まで世界の大半の人々は知る由もなかった。それゆえ、いまだに信じられずにいるものが世の中の大半なのである。しかしながら、戦後初期に思い描いたテクノティック時代から始まり、それがいつしか徐々に人類を統制して行く方向へと導かれたことが分かるのである。どこかで知らずのうちに方向転換がなされたのである。

そこで、まず「鉄腕アトム」の1963年版に登場する東京の姿はどうか。これは以下のYouTube番組にある。

Tetsuwan Atom (鉄腕アトム) opening (1963)


これを見ると、アトムが飛ぶ背景の世界の建物のデザインの多くはすでに東京やシアトルなど世界の主要大都市ではほぼ実現済みだという事が分かる。事実、UFOが停まっているような高層ビルやタワーは、シアトルにも京都にもいろんな場所に存在するからである。

では、実際に東京はどのように発展して来たか? これを示す面白いものがあった。以下のものである。
まず、この作品が書かれた当時の東京とはどのようなものであったか? 

1960年代の東京


それが10年後にはこう変わる。

1970年代の新宿


これらを一気にたったの35秒にまとめたものがあった。以下のものである。

35 years Shinjuku in 35 seconds


これを見ると、1年が「1秒」で表されているので、35秒で新宿の35年の発展を見る事ができる。ほぼ手塚治虫の予言通りの発展と言える。

このように、「21世紀の世界」=「理想の社会」というユートピアが初期の手塚作品、あるいは、それぞれの手塚作品の始めのうちは描かれる。それが、手塚作品の最終回では、打って変わって「人類の終焉」や「人類の危機」、「地球の破滅」がテーマとなる。

例えば、手塚治虫の「鉄腕アトム 宇宙の勇者」では、赤い惑星が地球に衝突するのを阻止するためにアトムが犠牲になる。(手塚治虫・現代への問いかけ 第2夜「夢と未来~アトムからのメッセージ」 その2(2009年2月10日))あるいは、太陽活動が活発になり「地球熱帯化」で地球生命の危機が訪れる。

鉄腕アトム 最終回


このように、人類の輝かしい未来はいつしかどこかで失われ、逆に人類の危機へと進んで行くという未来が描かれるのである。しかし、手塚作品では、人類の危機は外部にあった。赤い惑星や巨大隕石などの天体、ニコロ星人などの宇宙人、太陽活動などの外部因子によるものであった。地球内部の人間の敵の大半はアトムが破壊して助けたからである。

ところが、どうやらわれわれが住む現実の「21世紀の世界」では「敵は内にあり」よろしく、人類の敵は我々人類の内部にいたというわけである。どうやらこれは手塚治虫さんもまだよく理解できなかったのかもしれない。たとえば、以下のものがある(日本人へ)。

アレは計画され・・じゃない予言されていた!(東アジア共同体)


民主党は危ない!本当に危ない!


たった10分でわかるイルミナティ入門 ( 都市伝説ではなくマジバナ!)


それにしても、手塚治虫さんは、ジョン・コールマン博士やデーヴィッド・アイクの著作も生まれるずっと前の1960年代によくもそこまで見通す事ができたものである。驚く他ない。どうしてそれができたのだろうか? 実に興味深い。

いずれにせよ、今の人類に何が足りないか、と言えば、「明確な人類の未来像を描けていない」ということである。かつて手塚治虫さんやバックミンスター・フラーが、「21世紀の来るべき姿はこうだ!」と行ったように、「21世紀、22世紀の人類はこうだ!」というビジョンがないのである。もしあるとすれば、残念ながら「人類奴隷化社会」とか、「NWO」とか、イルミナティーが発する、現状維持社会でしかない。

一方で、フラーは、未だに人類が効率の悪い、木や石や土の建築物に住む限り人類は破綻すると看過し、再生可能な材料でドーム建築に居住することで人類には40億人のリッチが生まれると予想した。このためには、教育からあらゆる事を再構築し直さなくてはならないと考えたのである。現在のイルミナティー、当時の国際資本家集団、法律家資本主義、軍産複合体の未来図では破綻が来ると予言したわけだ。

ところが、現在は、フラー思想の追随者たちではなく、むしろ後者の人々が世界の主流に収まってしまったのである。そして、ついにはあからさまにローマ時代のような奴隷制の世界政府をビジョンに採るようになったというわけである。これでは、相変わらずのお城や超高層ビルなど、圧縮物を材料にした非常に効率の悪い世界を目指す事になり、その効率の悪さ故、世界60億人は食べされられないことになる。そして、ついには9割を消滅させるという大量虐殺の発想へとつながるというわけである。

私は思うに、もし人類がフラーの言うように、真に効率の良い、科学技術に特化し、木造建築、鉄筋コンクリート建築、高層ビル建築などから進化して、再生可能なドーム建築(このイメージは、UFOや飛行機のような材質の居住建築物)に進めば、人類は100億人になろうが、200億人になろうがこの地上、そしてさらには月、火星、など他の惑星に居住して行くことが可能だろう。こういう類いの「グランドビジョン」が今の科学者にも政治家にも起業家にも全く存在しないということが私には理解できない事である。

歴史を見れば明白だが、地球上のどこの国であろうが民族であろうが、国や社会というものが発展して来たとすれば、それは明確なビジョンを持った時だけなのである。例えば、古来の日本の奈良の平城京や京都の平安京にしても、戦後の日本の東京にしても、それがたとえ外国の物まねであったにせよ、中国の西安のようなになるのだ、中国の北京になるのだ、アメリカのニューヨークになるのだという明確なビジョンが存在したからこそ実現できたのである。「21世紀は高層ビルにハイウェーの世界になるのだ」という明確なビジョンがあったからこそそれが今実現したのである。

あなたは、21世紀、22世紀の世界をどう構築するのだ? どういう世界を夢見るのだ?

これが私がいつも自分自身で問いかける質問である。イルミナティーの陳腐な奴隷世界がいいのか、もっと別の高度宇宙人の世界がいいのか、それとももっと別の理想世界がいいのか、あんたはどの世界を夢見るんだい? というわけである。
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  by Kikidoblog | 2010-01-31 15:12 | 真の歴史

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