サッカーは進化した?たわ言を言うな!:歴史上世界最高のチームは74年オランダ!

みなさん、こんにちは。

最近の日本人(サッカー選手も含めて)は、「今のサッカー選手の方が昔のサッカー選手よりうまい」と思っているようだ。しかしこれは大きな誤解。本当に困る。

科学界でもそうで、今の物理学者の方が昔の物理学者より頭がいいと錯覚している始末である。じゃ、もしそうならあなたがニュートンやガリレオの時代に生まれたとして、ニュートン物理学やガリレオの法則を見つけることが出来るだろうか? まず無理だろう。パソコンなしであんたには何が出来る? まあ、たいしたことは出来ないだろう。ガリレオあってのニュートン、ニュートンあってのアインシュタイン、アインシュタインあっての現代の物理学なのである。

これと似て、サッカーでも同じことが言えるのである。実際、日本において言えば、日本人の体型や体力も、ある時期をおいてどんどん下がる一方である。今の子供の基礎体力は我々昔の子供と比べて、実に体力が落ちている。身長体重もそれほど伸びてはいない。こういう基本的事実を無視してサッカーの長期計画は語れない。

ここに実際のデータがある。2007年の徳島新聞に以下のようなデータが出た。
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1986年の中一と2006年の中一の体力測定の平均値の比較である。

これによれば、この20年で50m走で約0.1秒、1500m走で約30秒遅くなっている。これはあくまで全児童の平均であるから、中には突出したものもいるだろうが、相対的に体力低下したことは間違いない事実である。ちなみに、私は中一の入学時の測定で、50m走は6秒8程度、1500m走はたしか5分45秒くらいだったと思う。

このことから、サッカーのようなスポーツは他人との駆け引きをする相対的なスポーツであることから、相手のレベルが下がれば当然自分のレベルも下がる。相手が早ければ当然自分も速く動かなくてはならない。したがって、児童全体の体力が20年間で低下したわけだから、サッカー選手の体力も当然低下したと考えるのが自然であろう。簡単に言えば、サッカーのテクニックは多少昔よりうまくはなったが、基本的に身体能力に劣るのが今の日本サッカーであるといえるのである。

実際、私の息子たちのサッカークラブの選手たちと足のももの太さやふくらはぎの太さを比較しても私の高校生の時の方が太く発達していた。当時の同級生と比較しても、今の高校生より当時の高校生の方が足が太かった(ちなみに私のもも周りは当時で58cmあった。釜本やマラドーナは65cmはあると昔言われていた)。

また、山梨の進学校であった私の高校のサッカー部ですら、週に2回はロード練習日で20km(10km往復)と筋トレを行っていたが、今では昨年高校サッカーを制した山梨学院サッカー部ですら、日に8km(1000m×8)程度の走力トレーニングであると言われている。

ところで、今のボールは選手の脳へのダメージを考えて昔のボールより軽いボールを使っている。だから、クリスチャン・ロナウドで有名な無回転シュートができるようになったわけである。最近、今の高校生が雨のグラウンドでサッカーをしているのを見たが、だれもボールが重くて蹴ることが出来なかった。我々の時代はいつもそんな状況下でやっていたが、それなりにきちんと蹴っていた記憶があるから、プレーの印象から考えても、我々の頃の高校生の方が素早く力強かったのはまず間違いない。

こういうわけで、サッカーは非常に進化したというようなことをよくテレビで言うが、それはあくまで商業化したスポーツ関連会社の商売上のたわ言に過ぎない。実際には、サッカーもサッカー選手もけっしてそれほど進化してはないのである。

もちろん、歴史上最高のサッカーチームは、1974年のオランダ、そう、あのヨハン・クライフのいた、リヌス・ミケルス監督率いた「トータルフットボール」のオランダチームなのである。今現在、このレベルを超えるサッカーチームは未だ出ていないのである。

ぜひこの点を誤解ないようにしてもらいたいものである。


今回は、そのことを証明する、非常に興味深いコラムとYouTubeを見つけたので、それをメモしておこう。

(2)栄光の歴史 74年から

「輝かしい歴史は、1974年W杯から始まった。
 リヌス・ミケルス監督率いるオランダは、準優勝という結果よりも、常識を覆すスタイルで世界中を驚嘆させた。選手たちが目まぐるしくポジションを入れ替えて試合を支配。「トータルフットボール」と称される全員攻撃、全員守備は、現代サッカーにも通じる革命だった。
 人口約1650万人の九州より小さい国は、これを契機にサッカー大国の仲間入りを果たした。69年からジャーナリストとして取材してきたマティ・ファンカマン氏(59)
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も、「すべての成功は74年以降。それまで代表チームは人気もなかった」と振り返る。
 このスタイルを実現できたのは、大スターのヨハン・クライフら、技術と戦術眼を備えた選手がそろっていたからこそだ。70年のフェイエノールト、71~73年のアヤックスと、オランダ勢が4季続けて欧州クラブ王者に輝いた。特にミケルス監督とクライフのアヤックスは、代表と同じ4―3―3システムで華麗なサッカーを展開し、これが代表の下地となった。
 74年W杯時のDFウィム・ライスベルヘン氏(59)は、「皆、一つ先を読んでプレーした。知的な選手ばかりで、全員が役割を理解していた」と懐かしむ。小国だからこそ、ほかとの違いを生むために知恵を絞る、という国民性もある。
 一方で、流動的な位置取りは、偶然が生んだ側面もあるという。ファンカマン氏によると、スイーパーの選手が負傷したため、本来MFのアリー・ハーンを代役に起用。GKも離脱し、足技に優れた選手を最後のとりでに登用した。攻撃時、ハーンは中盤に上がり、GKはスイーパー役を兼ねてゴールから離れて守った。
 「74年の代表には、生涯忘れられない美しさがあった。これ以上のチームを見たことがない」とファンカマン氏。強豪への礎となった36年前のチームは、今も国民に語り継がれている。(ロッテルダムなどで、大塚貴司、5月18日掲載)」

ワールドカップサッカー 英雄列伝7 ヨハン・クライフ 1/2


(今もって世界最高のチーム。西ドイツのゲルト・ミュラーの足の太さを見よ!)
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  by Kikidoblog | 2010-05-26 12:25 | サッカー&スポーツ

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