来年以降を予想させるいくつかの話1:食事の話

みなさん、こんにちは。

さて、今年ももうすぐ終了。また新年が始まる。人はあたかも年月が年ごとに分かれているかのように取り決めて動いているが、現実にはそんな区切りはない。因果応報の法則に従い、今まかれた種は後々育ち収穫の時を迎えるように、問題の種がいつか来年のうちに問題化するのである。

ひょっとしたらこれが来年以降に大きな話に繋がるのではないかと思わせる、そんな興味深い話題のいくつかをメモして、今年の終わりとしたい。ちょっと長いので、分割しておくことにしよう。


(あ)まずは、食事の話。
以下のつむじ風氏の紹介している話題に関して。
屠畜の惨劇、家畜産業の変容が人類の課題だ!!

私が思うに、これは典型的な、デービッド・アイク氏のいう「問題・反応・解決」の手法の1つである。

まず動物を無惨に殺傷する悲惨な現場を見せて、「ほら動物を食べることがいかに可哀想なことかお分かりか?」と問題を提起し、「うえー、こんなんじゃ、おれは肉は食えないヨー。可愛そーだよ」と過剰反応させる。そうしておいて、「だから言ったでしょ。人工お肉の方が残忍でないし、おいしいですよ。自然にやさしいですよ」と言って、牧畜業に政治的制限を課して行く。

こうやれば、もはやだれも自分で狩猟して肉など食えなくなり、自分で牧畜も出来なくなる。全部「ワンワールド政府」が配給する、人工肉を食い、ワクチン入りの人工乳を飲めということになる。とまあ、こういう実にありきたりのお話である。

しかし、イルミナティーNWOの次のターゲットは、畜産業である。というのも、アメリカ合衆国では、すでに農業は完全に掌握支配されてしまい、何人も個人的に自家栽培できないという法律が今年アメリカ合衆国歴史上初めて誕生してしまったからである。その理由とは、イエメンのアルカイーダが野菜テロするからだと。あまりに子供じみて馬鹿げているが、これは本当の話である。

まあ、人間も動物である。動物を殺して食べる。植物だって生物である。生きた植物を殺して食べる。植物がだまったまましゃべらないから良くて、動物が泣き叫ぶから残酷だというのは、あまりに論理的に馬鹿げている。生物が生き残るには、食物連鎖の階層性の中で最上位にいるものを中心にことが決まる。そういうものなのである。(我々が「商品」というものは、すべて「死んだもの」で出来ている。この事実が何を意味するか一度この年末でも考えてみるといいだろう。この話は長くなるので、ここではしないが、簡単に言えば「生きているものは商品にはならないが、死んだものが商品になる」ということである。一見例外にみえるものがあるが、生きているうちに商品となっているものは「ペット」や「家畜」や「奴隷」だけである。)

ここに問題があるとすれば、その際に生じる「無駄な殺生」である。食物を無駄にすることが一番悪いこと。自然の掟に反する行為なのである。売れ残ったマックバーガーを廃棄することが悪い行為なのである。マックバーガー屋は、あまった食材は自分たちで食って、安全だと証明しろということである。

クジラを食べること、イルカを食べることが悪いのではない。死んだイルカやクジラを無惨に捨て去ることの方が罪であろう。人が食べなくとも、自然の食物連鎖の中で必ず他の動植物がイルカやクジラの残骸から栄養分を採る。これが自然のバランスの上に成り立っている。

何年か前、あるアメリカの生物学者が「他の生物にとって我々人間は悪魔に見えるだろう」と言っていたように、もし食物連鎖の中で人間の上位に位置する未知の生物が現れたら、我々にとってその生物は「悪魔」に見えるだろう、ということである。我々の心や意志に反し、我々を彼らの勝手な意志に従って狩猟し、殺害して、食べる(利用する)のである。

分かりやすい例で言えば、いわゆる「悪魔主義」というものがある。「悪魔主義」と人が語るそのものは、まさに俗にいう「白人至上主義者」とほぼ同一である。事実、欧米の秘密結社として存在する「白人至上主義組織」(例えば、イルミナティ)は何らかの「悪魔主義」の儀式を行っている。この理由は、彼らが自分たちを「新人類」と呼ぶことからも分かる。彼らにとっての「新人類」は、普通の人間にとっての「悪魔」である。

自分たちを「新人類」と呼ぶ、アメリカのNWOの人々にとって、イラク人は動物でしかない。欧米の白人のシオニストにとって、非ユダヤ人は「ゴイム」(豚という意味の動物をさす蔑称)でしかない。それゆえ、アメリカのユダヤ人やNWOの人々はイラク人やアフガン人を殺そうが爆弾で潰そうがまったくなんとも思わない。実際、広島に原爆を落として何十万人も日本人を殺そうがアメリカ人はなんとも感じなかったのである。これから日中核戦争が起ころうが、なんとも思わないということである。

今後、世界は自称「新人類」と呼ぶ人々(つまり、「人間型生物」)と、「人間」と呼ぶ人々(「人間型生物」)の戦いの体をなして行くだろう。そういうことが誰の目にも明らかになって行くだろう。そんな気がする。

デービッド・アイクがいうように、その「新人類」は「恐竜人(レプティリアン)」(=「人間+恐竜人」)なのかどうかは知らない。そんなこと(つまり、物理的実態)はたいしたことではないが、もっと重要なことは「精神的実態」の方である。なぜなら「自分は新人類なんだ」と考え信じ切っている人と我々が言う「民主主義」などうまく解け合えるはずがないからである。「民主主義」とは、大前提に「人類皆兄弟」、「人類は一つ」という生物学的仮定が必須である。これがなくして「民主主義」、すなわち「人間型生物の民主主義」は存在し得ないからである。

「俺たちは新人類で、おまえら旧人類より上、より進化しているのだから、おれたちの奴隷になれ」、「地球には新人類の資源を無駄にする60億の旧人類がいる。だから旧人類を削減する」という人々とどうやって折り合いがつくというのだろう。

今も国際政治を見る鍵は、たしかにこの地球上に自分たちを新人類と感じて生きている人々がいるということを認めることが出来るかどうか、ということである。それを「白人至上主義」と呼ぼうが、、「優性主義者」と呼ぼうが、「NWO」と呼ぼうが、「イルミナティー」と呼ぼうが、「レプティリアン」と呼ぼうが、「シオニスト」と呼ぼうが、同じことである。

こういう人々は、自分たちが文化的にも社会的にも生物学的にも科学的にも経済学的にも知的にもすべてにおいて優位にあると信じているわけである。それゆえ、「自分たちの、自分たちによる、自分たちのための地球」を作り、その下に下位生物ワールドを作ろうと考えているのである。まあ、そういう考え方になるのは当然といえば当然である。実質上、自分たちがこの地球の神様のような存在だと信じ切っているわけだからである。

はたしてこれは「カルト(もちろん悪魔主義カルト)」による「マインドコントロール」なのだろうか? その結果としてそういうことが出て来たのだろうか? あるいは、1770年のバーバリアン・イルミナティーの原典から来る、「世界支配プロトコル」のおかげなのだろうか? あるいは、「コーカソイド人種の遺伝子に潜在的に眠っている他人種支配欲」の発現の結果なのだろうか? あるいは、「友好的でないグレイ・エイリアンやレプティリアン・エイリアン」による西洋白人種の肉体の乗っ取りなのだろうか?

真偽のほどは定かではないが、結果的に我々が見ているこの世界においては、起こって来ている行動が大事である。そこから見えるものは、残念ながら、かなり厳しいものが垣間見えている。日本人の政治的、社会的政策などまったく眼中になく、米海軍の空母がどんどん日本海や黄海に配備されて行く。米軍に歯向う日本の政治家はどんどん失脚排除され、死に追いやられる。こういった現象の根源がいつか誰の目にも明らかになる日が近いだろうということである。

屠殺場の牛や豚が自分を殺して食おうとしている生物が「人間」だと分かった時には時既に遅し。一粒の涙とともに死に行くのみである。我々人間とてまったく同じことなのである。

したがって、良い世の中、良い世界にしたければ、「問題の芽」は早めに刈る。これしかないでしょうナ。
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  by Kikidoblog | 2010-12-29 13:40 | コンスピラシー

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