「八百長は日本の文化、日本のお家芸」:「不倫は文化だ」とは石田純一の言

みなさん、こんにちは。

今回は、私の私的メモ。興味ない人はスルーして欲しい。


今や日本社会では相撲
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の「八百長」問題が大流行り。一説には、菅直人/岡田/仙石/枝野政権が、不人気と小沢裁判や政権への風当たりを弱めるために、その矛先をかわすための陰謀との説まで出る始末である。

日本とは八百長国家である」、「八百長は日本の文化である

こういえば、かなりの人が驚く響きがあるだろう。しかし、これは「この国の形」の一端を描いている。

そもそも、日本という国は、やらせとなれあい、すなわち八百長、で成り立っている国である。大学教授の人選から、政治家の人選、芸能界の俳優や歌手の人選、官僚の人選や裁判官の人選に至るまで基本的にはすべて、「やらせとなれ合い」で決まっているからである。例外はない。けっして人前で真剣勝負して決まるものはない。

昔は、それを「コンセンサス」と言った。あるいは「談合」とも言った。「コネ」とも言った。しかし、「八百長」といおうが、「コンセンサス」といおうが、あるいは「談合」といおうが、「コネ」といおうが、どういう言葉で表現しようが意味は同じである。基本的意味は、「やらせとなれ合い」にすぎない。これが、日本人の持つ優しさの表現でもあり、日本人気質の典型でもあるからである。物事にはつねに一長一短がある。一面で良いものは他の面では悪いものになる。見方が変われば良くも悪くも見える。そういうものである。

とはいっても、誤解してならないのは、アメリカや欧州の国々がフェアかというと、まったくそういうことはなく、どの国も大差がない、ということである。アメリカは偽ユダヤとユダヤとアングロサクソンのやらせとなれ合いで成り立つ国である。欧州各国は、王族、貴族とエリート層のやらせとなれ合いで成り立つ国々である。なにごとも、他山の石である。

だいたい、300人委員会やらビルダーバーグ会議やら、そのビルダーバーグ会議の決定を各国の手下政治家に伝えるためのダボス会議など全部やらせとなれ合い以外の何ものでもない。表向きはそう見えないように手配しているにすぎない。

もし本当にこの世界を強いものが治めるべきであるのなら、ヘンリー・キッシンジャーやブレジンスキーはピーター・アーツやヒョードルとリングでぶん殴りあえばいいわけだヨ。キッシンジャーなど10秒も持たないはずである。

かのゼカリア・シッチン博士の一生をかけた研究によれば、我々地球人類を作ったとされる、かつてのニビルの王様たちは、その王位継承はレスリングで決めたというのである。真っ裸で戦い、まいったと言った方が負け。勝った方が王になったというのである。気に入らなきゃ、決闘で決める。これもまた1つのフェアなやり方である。昔の西洋はかなり最近まで決闘が主流だったのである。これをされては困るから、これを禁じたのもまたユダヤ人である。

だから、自虐的に、日本だけが悪い、ということは全くない。もしそう思うならば、それは明らかにフェアでない。各国により、若干社会制度上の違いがあるに過ぎない。

そんなわけだから、大相撲の関取だけを悪者にするのは誤りである。もし関取を八百長と呼ぶのなら、菅直人民主政権や小泉純一郎自民公明政権もまた八百長といえるだろう。

大相撲に関して言えば、「自ら後ずさりして土俵を割る」というのは、私が子供の頃からいつも見る風景であった。これは、俗に「注射相撲」と呼ばれた。その力士にお金や関取株の注射をして、力を削ぐのである。

今でも、時々、「投げてもいないのに投げられる」、「何もしていないのに転ぶ」、「押されてもいないのに押し出される」などなど、こういう取り組みは非常に多い。だから、私はいつも
「こいつら本当に強いのか?」、
「いっそのこと世界選手権とか、賞金1億円のトーナメントを行えば、本当の日本一の関取や世界一の関取が誕生するはずだ」、
「俺とほぼ同サイズの舞の海が関取で勝てるなら、他にも勝てるのが五万といるんじゃないか」、
「本当はサッカー選手や野球選手の方が相撲が強いのじゃないか」
などと我が家では言って来たものである。相撲をオリンピック種目にでもすれば、本当に強いものが現れるだろう。もちろん審判の買収でいつでも不正は入り込めるはずだが。

しかしながら、また、「注射相撲」があるからこそ相撲は面白いのである。我が家でも、「おっ、今のは注射だ」といって、注射相撲を見破る楽しさ八百長を見破る面白みというものがある。これはこれで実に面白い(これはなんとなく、マジックの種を探すのと似ている。今の手品のネタはこれだという、あれである)。これは、ある意味で、必要悪でもある。所詮は同じ人間がやっているスポーツにすぎないからである。

かつて「不倫は文化だ」と言った役者がいたが、日本には江戸時代ずっと以前、万葉の時代、あるいはもっとずっと前の神話の時代、古事記や日本書紀の時代から、「不倫は文化」だったのである。これもまた真実である。かといって、これまた日本人だけの専売特許ではない。どこの王侯貴族でも同じである。

再び、シッチン博士によれば、西洋人はニビルの王様エンキが自分が作った地球人類の女と不倫して誕生した人種に過ぎないのである。アーリア人は、そのエンキが再び西洋人の絶世の美女の人妻バタナシュと不倫して誕生したに過ぎないのである。これが欧米白人の金髪碧眼の最初の人類ジュースドラの誕生である。

この意味では、やらせとなれ合い、八百長、不倫などは、人類の創世の時代から続いて来たものである。

最近でも、デービッド・アイク氏や他のインサイダーたちが証言して来ているように、表向きの法律では、少女とのセックスを法的に禁止する一方で、秘密結社の中では美少女とセックスしているのである。これまたやらせとなれ合いの権化である。

我々日本人の場合、つい最近、せいぜい明治時代から昭和初期まで、「人生50年」の民族であった。いまでもアフリカ諸国の大半はそうである。したがって、12、3歳で成人し、すでに性を知ったのである。かのガンジーですら、12歳の許嫁とセックスに溺れた少年時代を悔いている。だから、一概に未成年のセックスを禁止し犯罪扱いするのも間違いである。寿命が50歳しかない民族や地域も確かに存在するからである。日本人といえども、他民族、他地域民族である。寿命の長い家系もあれば、短い家系もある。もともと短い家系の人に薬づけしたり医療手術で生きながらえさせたとしても、不自然である。何ごとも場合によりけり、人によりけりなのである。

少年少女といえども、7歳で初潮を迎える女子もいれば、8歳で精通する男子もいれば、17、8歳で初潮を迎える遅咲きの花もある。だから、一概に法律で、まるで食品の「賞味期限」のようになんでも一律に考えるということはできないはずである。生身の人間ならなおさらのことである。

しかるべき年齢にくれば、しかるべき行為に及ぶ、それが自然現象である。7歳で初潮を迎え、10歳で思春期を経た女子なら、12、3歳には恋人とセックスを求めるだろう。17、8歳で初潮を迎える遅咲きの花なら、二十歳過ぎで恋人を作りたがるだろう。前者の女子に18歳過ぎまで20過ぎまでセックス禁止令やら飲酒禁止令やら出したとすれば、残りの人生はたったの30年に過ぎないかもしれないのである。子育てを20年すればもうお迎えが来る。人生50年の人と、人生80年の人ではその法律も変わるはずのものである。

表向きは、こういうことを法律で一律に禁止し、裏ではこういう自然の事情をうまく利用して自分に都合良くかませる。これぞ、やらせとなれ合いの権化である。イルミナティーNWOや秘密結社の有名な手法の1つである。もちろん、日本の在日芸能界や韓国芸能界でも同じである。日本のアイドルの大半は芸能界のその筋の経営者たちやプロデューサーの餌食になっていると美少女と楽しんでいる在日セレブ自ら証言しているのである。

関取とて同様である。十両を行き来するものと、幕下を行き来するものと、大関を行き来するものとでは、立場が異なる。同じ八百長にも意味合いが異なる。いったん十両に上がったものが、そこから下へ落ちれば、生活が出来ない。かたや、小結、関脇、大関と昇進し、エリート街道に乗れば、弱小どもから星勘定して星を買うことができる。横綱になれるチャンスは連続優勝2回とあれば、そのチャンスの時には財力を使っても星勘定をするはずである。そんなチャンスは一生で1、2度のことだからである。

これを悪をみるか、必要悪と見るか、あるいは、まったくそんなものは必要ないと思うかは、人それぞれの感性の違い、感覚の違い、考え方の違いによるだろう。しかしながら、厳密な意味で、八百長を経験したことのない人間などいようはずがないのだから、他人様にだけはそれを要求し、自分のことは棚に上げるというのではちょっと困ったちゃんではないかと俺は思うがネ。

「不倫は文化である」というのも一理ある。「八百長も人情である」というのもまた一理。「淫微な世界というのもまた芸術だ」というのもまた一理。まあ、人それぞれ。何事も同じ人間がやっていることである。


おまけ:
「NHK女性記者と不倫」千葉県警が警部を戒告処分
 千葉県警の40代の男性警部が、NHKの20代の女性記者と不倫関係にあったとして、昨年12月21日付で戒告の懲戒処分を受けていたことが、県警への取材でわかった。
 県警幹部らによると、警部は妻子がいるが、昨年秋ごろから女性記者と不適切な交友があったとされる。警部は県警の内部調査に対して事実関係を認めているという。
 県警監察官室は「処分したかどうかコメントできない。(発表については)公表基準と照らし合わせて判断している」としている。
 警部は当時、捜査2課に所属。女性記者は、NHK千葉放送局で県警を担当していた。
 NHK広報局は「一切答えない」としている。


おまけ2:
八百長は日本の伝統
これは相撲よりはるかにスケールの大きな、1兆円以上の国費をだまし取る八百長だが、相撲の八百長をトップで報じる新聞もテレビも、電波の八百長はまったく報じない。八百長にとって何よりも重要なのはばれないことであり、マスコミが協力する限り、それは続けられる。日本は官民・マスコミの組んだ「八百長国家」なのである。

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  by Kikidoblog | 2011-02-07 14:30 | 反日・在日の陰謀

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