仙谷由人研究:菅直人の学園紛争の盟友。生涯2人でマッチポンプ!?

みなさん、こんにちは。

いやはや、昨日の「菅直人研究」のついでに、今や「影の総理」といわれる仙谷由人氏。今回は、ここ徳島から出馬した仙谷由人研究をメモしておこう。もっとも、これもまたすでにたくさんのサイトがあるので、ここでは「仙谷由人研究」と銘打つほどのものはない。

そこで、いくつかのサイトで見つけた、仙谷由人のこれまでの写真を並べて、この人物の歴史を簡単に振り返ることにしよう。まず、以下のものがある。
テレビにだまされないぞぉ」の「赤い小沢一郎!?、仙谷由人の人物像   【スーパーモーニング】

(1964年の仙谷由人氏。東大入学当時)
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(1969年東大安田闘争時代)
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23 - 全共闘 東大安田講堂事件 - 1969


(今は、民主党幹部が、国民や内外の「辞めろコール」に対して、官邸に立てこもっているという感じですナ。そのうち官邸にバリケードを張るつもりですかナ。)

ヘルメットを被って大活躍。この東大全共闘のストで、警察権力に裏で協力して「スト破り」したのが、自民党の町村氏。同じく東工大で「スト破り」したのが、菅直人とは鈴木宗男談。

(1990年国会議員初当選)
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(初のテレビ番組登場)
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(民主党政権誕生時)
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(「影の総理大臣」となった今)
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こうやって写真を並べているうちに、私はふと気がついた。

今は病気をしてかなり痩せて、人相が違っているが、昔はずっと太っていた。社会人時代はぽっちゃりして丸顔、そしてトレードマークのメガネ。あいつはひょっとして? 

そう、市川房枝氏の車の右一番前で手を振っている奴。あれは仙谷由人だったのではないか?とネ。

(これは、1974年頃のもの。一番左が菅直人。一番前右が無名時代の仙谷由人だろうか?)
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まあ、いずれにせよ、KGBのアンドロポフ時代の旧ソ連のように、同胞をどんどん刑務所に送り込み、強制労働させて使役させた、あのソ連共産党のような時代が、このまま行けば確実にやって来ることはまず間違いないだろう。ソ連時代は、強制労働だったが、日本では、福島原発のコンクリート詰め作業にかり出されることになるだろう。

「おまえは軽犯罪法に違反した。福島へ行け!」

おそらく、こんな暗黒時代がすぐそこにある。まあ、俺の妄想だけどネ。結構当たる。


おまけ:
【宇田川敬介】政治放談「民主党政権の闇」[桜H22/6/8]


これを見ると、1969年の安田講堂の最上階にいた連中が、いまや民主党執行部という形で国会議事堂と官邸内を占拠し、当時下から水を撒いていた国家権力側が、自民党や国民新党の野党になってしまったということのようですナ。全共闘や革マル派などの連中の40年の悲願が達成したということである。

ところが、神様は見ていたのかナ? 彼ら左翼運動家たちが乗っ取った東電により、うまく乗っ取ったはずの日本という国自体が原子炉の「死の灰」の餌食になってしまったということである。福島原発が吹っ飛んでもうすぐ1ヶ月。放射能障害は早ければ2ヶ月目には現れるというから、もうすぐに体調を崩す人々が出て来るだろう。そうなると、菅直人政権はどうなるのだろうか? 

それにしても、福島県民はおとなしい。10km圏内に取り残されて亡くなった人々は明らかなる東電と枝野と菅直人政権のせいで死んだわけだから、これは殺人事件である。どうして警察当局に告発しないのか? 実に不思議である。

福島県民は、かつて明治時代にも似たようなことがあったようだが(会津戦争)、迫害にあってもただ耐えるという県民性を持っているために、いつも不利な境遇に置かれてしまうようである。


おまけ:
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  by Kikidoblog | 2011-04-07 12:50 | 人物

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