松田選手への弔いの言葉の数々:日本サッカー協会は全チームにAEDを寄付すべきだ!

みなさん、こんにちは。

松田直樹選手の訃報の後、日本全国のサッカー選手たちから弔いの言葉が届いてきたようである。以下にそのいくつかをメモしておこう。

松本山雅監督「家族失った」 元代表松田選手死亡
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 急性心筋梗塞(こうそく)のため練習中に倒れ、意識不明の状態が続いていたサッカーの元日本代表DF・松田直樹選手(34)=JFL松本山雅所属=が4日午後1時6分、入院先の長野県松本市の信州大医学部付属病院で死去した。葬儀は未定。同日午後2時半から、チーム関係者と担当医が病院で記者会見して明らかにした。
 担当医によると、松田選手は3日夜から血圧が徐々に下がり始め、薬を投与したが防げなかった。左冠動脈の回旋枝と呼ばれる血管が詰まっていたという。
 加藤善之監督は「若い選手に親のような感覚で接してくれた。自分の家族を失った気持ちです。(チームの昇格で)彼をもう一度Jリーグの舞台に立たせたかった」と話した。
松田選手死去:俊輔、カズ、岡田前監督…サッカー界に衝撃
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 松田さんの早すぎる訃報に、元チームメートら関係者はショックを隠しきれなかった。
 J1横浜マで同僚だった元日本代表MF、中村俊輔は4日、練習後に自家用車で病院のある長野県松本市に見舞いに向かう途中、悲報を聞いた。「非常に厳しい状態とは聞いたが『もしかしたら会えるかも』と思ってきた。マツさんは、ああ見えてさびしがり屋なので……」とうつむいて話した。
 遺体の側には松本山雅のユニホームとスパイクが置かれ、「(松田さんは)すぐに起きてサッカーをしそうだった」という。横浜から松本山雅に移籍する際、中村が「チームをJ2に上げるのか」と尋ねると「バカ、J1だよ」と力強く語った言葉が印象に残っていると振り返った。
 また、病院に駆け付けたJ2横浜FCのFW三浦知良は病院で遺体と対面後、「自分より10歳年下だが『カズちゃんがやめるまでやめない』と言ってくれて刺激になっていた。今日はお母さんに『本人の分までがんばって』と言われた。世界に通用するディフェンダー。優秀で、相手としてはやっかいな選手だった」としみじみ話した。
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 03年から06年途中まで横浜マ監督を務めた岡田武史・前日本代表監督
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は「マツはマリノスが2年連続(03、04年)でJリーグ年間王者になった時に一緒に戦った仲間。中心選手として貢献してくれ、自分にとっても、とても思い入れの強い選手だった。これからの活躍を期待していたので本当に残念でならない」とコメントした。
 この日は東京都内で日本代表メンバーの発表会見があり、その冒頭、日本協会の原博実・強化担当技術委員長
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は「非常に残念な連絡があった。今でも信じられない」と切り出した。J1浦和、FC東京の監督として対戦しただけに「彼の存在感は大きかった。心から冥福をお祈りしたい。サッカー仲間として、日本代表、日本サッカーをもっともっとレベルアップしたい」と誓った。【古川修司、小田中大、江連能弘】
松田さんは日本最高のDFだった
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 サッカー元日本代表の松田直樹さん死去に4日、京都の森岡隆三コーチは「本当に残念でならない。マツ(松田)と組んでプレーするのが好きだったし、マツのプレーを見るのが好きだった。日本最高のDFだったと思う。彼の情熱を日本サッカー界は忘れてはいけない」と話した。
戻ってくれると信じていた…清水高原
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 高原直泰(清水)の話 マツ(松田)さんならまた戻ってプレーしてくれると信じていた。残念でしょうがない。
この若さで悲しすぎる…清水小野
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 小野伸二(清水)の話 悲しいとしか言いようがない。サッカーだけでなく、人間としても素晴らしい選手がこの若さで亡くなるのは悲しすぎる。
W杯で抱き合って喜んだ…宮本悲しい
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 神戸DF宮本恒靖(神戸)の話 とても悲しく、寂しい気持ちでいっぱい。対戦相手として、ときにはチームメートとして大いに刺激を受けてきた。日韓W杯のロシア戦で勝利したとき、抱き合って喜んだことは忘れられない。ずっと走り続けてきた分、今は安らかに眠ってほしい。
頭が真っ白、言葉がない…磐田川口
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 磐田GK川口能活の話 頭が真っ白で、今、言葉にできることはありません。
突然のことで悔しくて仕方がない…ゴン
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中山雅史(札幌)の話 言葉がない。突然のことで、何と言っていいのか分からない。一緒に戦った男が、若くしてこの世を去ってしまったことは悔しくて仕方がない。
古巣の横浜M「現実受け入れられない」
 サッカーの元日本代表で日本フットボールリーグ(JFL)松本山雅のDF松田直樹選手(34)の訃報に古巣のJリーグ1部(J1)横浜F・マリノスが公式HPでメッセージを発表した。
 HPには嘉悦朗社長名義で「横浜F・マリノスのクラブハウスは深い悲しみに包まれています。監督以下、選手、スタッフ、すべての関係者が、突然の悲報に言葉を失っている状態です」とコメントした。
 さらに「先週末、大宮戦の観戦のため日産スタジアムを訪れ、いつも通りの元気で明るい姿を見せてくれました。それからわずか5日後のことで、私たちはこの現実を受け入れることができないでいます」と、松田選手の突然の死に衝撃を受けているようだ。
 亡くなった松田選手は群馬県桐生市出身で、前橋育英高卒業後の1995年にJ1横浜Mに入団した。昨季まで主力として16年間プレーし、385試合に出場して3度のリーグ優勝に貢献。今季から松本山雅FCに移籍していた。
「伝説的なDF」 FIFA会長が弔意
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 国際サッカー連盟(FIFA)は4日、ブラッター会長が日本協会の小倉純二会長宛てに元日本代表の松田直樹さんの死去を悼む手紙を送ったことを公式サイトで明らかにした。
 ブラッター会長は「松田選手は日本代表の伝説的なDFだった。FIFAと世界のサッカーファミリーを代表して、お悔やみを申し上げたい」と記した。FIFAは同サイトで松田さんの日本代表での経歴などを紹介し「日本で非常に愛された選手だった」と惜しんだ。(共同)


いずれにせよ、除細動器(AED)
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さえ現場にあれば、松田選手は死なずに済んだはずである。だから、これを機会に日本サッカー協会は、「松田直樹基金」を作り、全国のサッカーチームにそれを設置できるようにすべきだろう。そしてゆくゆくは、全国のスポーツチームやスポーツ施設にもAEDを設置できるようなシステムを構築すべきだろう。


おまけ:
ちなみに、松田選手の心臓に血栓が詰まった「左冠動脈の回旋枝」部分は、以下のものである。
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左心室の動きを促す栄養を与える血管である。どうやら、松田選手は、私が心臓の異常をきたした時とほぼ同じ部分に異変が起こったようである。単に血栓の大きさの違いだけだったのだろうと思う。ご冥福を心からお祈りいたします。
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  by Kikidoblog | 2011-08-04 21:34 | サッカー&スポーツ

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