岡潔、この魅力的数学者:「プラスの日」は外で数学、「マイナスの日」は寝床で数学

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何か数学上の発見というふうなことを言うためには、一度行き詰まらなくてはなりません。どれくらい行き詰まってるかといったら、たいてい6、7年は行き詰まる。それは自由な精神が勝手に行き詰まってるんであって、そこに行き詰まってるべく強いられてるんじゃありません。だからこそ6、7年行き詰まってられる。
 その時は行き詰まりを感じるも何もない。全然やることがない。やりたいことは決まってるんだけど、そっち向きには何もやることがない。だからやるのは情意がやってるんであって、知は働き用がない。
––– 岡潔


みなさん、こんにちは。

今回は日本の数学界の鬼才、奇才、天才、風雲児、「岡潔博士」のことである。もちろん、岡潔博士の名前は、私も「多変数関数論」の物理学への応用に関していくつか論文を書いたので、かなり前から知っていた。

またユタ大物理の大学院生時代には、物理学部のすぐ隣が数学部であり、そこの図書館に通いつめ、数学のC. H. Clemens教授(今はどうやらオハイオ州立大学)
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の代数幾何の授業を受けたりして、「俺は物理の論文はユタでは読まない」と勝手に宣言して、数学の膨大な論文を読みふけっていたりしたので、岡潔博士や小平邦彦博士
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の名前などは知るようになったのである。もちろん、そこで広中平祐博士の「電話帳」やら、ジーゲルの教科書、ザリスキー、マンフォード、グロタンディーク、アンドレ・ヴェイユ、ジュリアの論文、フェリックス・クラインの古い論文、などなど、代数幾何、数論などの論文を集めては解らないがらも読みふけっていたものである。いわば数学図書館のゴキブリであった。だから今も私の部屋の2/3は数学の本で溢れている。その点物理はへぼい。

10年ほど前には、分数排他統計の理論にどうしても多変数解析学のある定理「ラグランジュの逆転定理」の多変数版が必要になり、名大(当時)青本和彦博士
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と面識を持ち、どうやればその多変数関数への拡張を証明できるかのヒントをもらい、何とかそれができることによって、見事物理学者がいう、統計力学の「分配関数」を散逸能(フューガシティー)を複素変数として見れば、多変数関数と見ることが出来るという論文を作ったのであった。

今岡潔博士が生きていれば、かなり興味を惹く内容だろうと思うが、残念ながら、この辺りをよく理解できる人間はあまりいないのが現状である。もちろん、すでに代数幾何や可積分系への応用はなされているのだが。あまり物理を理解できているものはいない。

そんなわけだから、私は岡潔博士は面識もなければ、論文も読んだことが一度もないのだが、小平邦彦博士の「多変数解析学」の教科書と青本和彦博士の口からほんのちょっとだけ岡潔博士の仕事に関しては知っていたのである。

さて、そんな岡潔博士だから、最近図書館からいくつか本を借りて、読み始めたのである。その中に「岡潔–数学の詩人」、高瀬正仁著というものがあり、これを読み始めたところである。

この中に、その昔の「数学セミナー」に岡潔博士のインタビュー記事が2つほどあると書かれていたのである。1つめは「数学に危機が来た」、2つ目は「数学の歴史を語る」であるという。

そこで、ひょっとしたらインターネット内にこれが読めるかもしれないといろいろ探していたのである。残念ながら、この2つの貴重なインタビュー記事は存在しないようである。しかしながら、探しているうちに、いくつか実に興味深いサイトを見つけたのである。今回はこれをメモしておこう。以下のものである。

岡 潔 の生涯と思想 =心の根底にある「情」の世界= 横山 賢二

これは、横山賢二氏が岡家に行って、岡潔の生前の資料を見せてもらい、その中にたくさんの未公開、未発表の文献やらテープやらの存在を知り、本格的に研究し始め、7年ほどかけてやっとすこし言っていることの一部が分かるようになってきたという話であるようである。

その中に、岡潔博士の見つけた「人間の精神構造」の西洋人と日本人の違いの図
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が実に興味深い。

他にこの講演には書かれていないが、たくさんの「岡潔博士の予言」なるものがあるらしい。その一つが

「アマテラスが2001年に生まれる。」

というものである。もしそうなら、今は10歳くらいの女の子ということだろう。

岡潔博士の奇行もよく知られているが、一流の数学者は本当に一流の芸術家とよく似ているのである。「芸術は爆発だ」の岡本太郎画伯
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もすごかったが、そういう極めつけの情念というか、情熱の持ち主が多い。さもなくば、数学などに取り組めるはずがない。そういう面で数学者は芸術家に非常に近い生物でなのである。

岡潔博士が、授業中に突然自分の没頭している研究の内容を書き出し、沈思黙考し始めると、生徒たちがざわざわしても全く気付かなかったとかいう姿があったようだが、「ゲーム理論」の創始者の1人のジョン・ナッシュ博士の映画「ビューティフルマインド



にもそういう場面があった。また、私がユタ大学で実際に聴講した、クレメンス博士の授業でも、クレメンス博士が授業中に突然不調になり、「今日は頭の調子が悪い。だから今日の授業はこれで止めだ」といって突然授業が終わってしまったということもあった。私が数学者は面白いなあと思ったのはこのときが最初である。そういう意味では、私は数学者のファンである。とうてい私にはなれっこない人種であるからである。

とまあ、そんなわけだから、岡潔博士が果たそうとして果たせなかった「多変数代数函数論」への夢というのは、実に良く理解できるのである。なぜなら、私が発見した「多種分数排他統計粒子の分配関数のクラスター展開」は、まさしく多変数函数そのものだったからである。
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  by kikidoblog | 2011-09-23 17:45 | 人物

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