学校関係者やマスゴミさん:大阪桐蔭は「文武両道」ではなく「文武分離」の学校では?

みなさん、こんにちは。

いやはや、世の中には物事を好き勝手に自分流に定義してしまうという風潮、あるいは、傾向がまかり通って久しい。ちょっと前から、だいたい10数年くらい前から、私が個人的に注意してきたそういうものに、「文武両道」というものがある。

我々が中高生の頃、今から40年ほど前までは、「文武両道」と言えば、人や個人を指して、「俺は文武両道を目指す」というような言い方をしたものだったし、今もって普通はそういう意味で捕らえるのだが、最近の高校大学などのいわゆる「受験産業」では、それを「文武両道の学校」などというように、法人に対しても使うから物事は変になる。

昔は、私のように、個人としてサッカーのリフティング4000回ができ、水泳でも個人メドレーができ、1時間ランができ、物理のPhDを持ち、論文70ほど公表済みというような人間のことを文武両道といったのだが、今では甲子園Vで京都大50人合格という大阪桐蔭のような高校のことを文武両道といっているということである。ちなみに、私が中学の時のモットーがこの個人としての「文武両道」であった。

そういう典型的な記事が、「大阪桐蔭は、甲子園優勝と京大合格50人の文武両道の学校」という内容ではずかしげもなく出ていたので、ここにメモしておこう。以下のものである。昨今の、言葉を何でも好き勝手に定義し直して使うという典型である。
教育ビズの成功モデル 甲子園Vに京大50人進学…大阪桐蔭

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 春の選抜高校野球大会で大阪勢として19年ぶりに優勝し、関西をわかせた「大阪桐蔭」。スポーツ強豪校の実力を全国に見せつける一方、今春は京大合格者が50人の大台を達成。全国区の有名校となった「文武両道」の進学校は、早くも来年の春に向かって動き始めている。(以下省略)


さて、1つの学校が有名大学進学と甲子園出場を目指すということは悪いことではない。素晴らしい目標と言えるだろう。しかし、その目指し方が問題である。この大阪桐蔭スタイルは、今の日本の高校では非常にポピュラーとなっているものである。だから、日本全国どこでも今ではごく当たり前となってしまったものである。

要するに、1つの学校が、スポーツでは、「スポーツはできるが勉強はできない生徒」と勉強では「スポーツはできないが勉強はできる生徒」という二極端をそれぞれに集めて、前者には甲子園Vや高校総体優勝を目指させ、後者には東大京大合格を目指させるという、文武を分離させた方式のことである。

20年前までの、進学校と言えば「文武両道だが、勉強もそこそこ、スポーツもそこそこ、どちらもある程度できる生徒を集める」というスタイルから、全国的に名を馳せるために、個人としての文武両道から、法人としての文武両道へと大転換の方針転換を行ったものである。

まあ、これが、この「空白の20年」の間に、生徒数獲得のために、私立高校から地方の有名公立高校へと伝播した、「学校における『格差社会』」と見ることができるのである。

ところで、では「文武両道」の使い方に、大阪桐蔭などの学校に使うことが許されるのか?ということを調べてみると、ウィキペディアの範囲でも、それはやはりよろしくないということが分かるのである。
文武両道
文武両道(ぶんぶりょうどう)とは、文事と武事、学芸と武芸、その両道に努め、秀でていることを指す語。求道的な評価にも用いられる語である。転じて、現代では勉学と運動(スポーツ)の両面に秀でた人物に対しても用いられる。
「文事ある者は必ず武備あり」という言葉が『史記』には記されている。文武は一方に偏ってはならないという意味である。いつ頃日本に伝来したかは不明だが、文武という語自体は、日本でも古代から用いられている。(文武天皇など)
『平家物語』には、「あっぱれ、文武二道の達者かな」とあり、文武二道という語がある。この語は、近世においても用いられている(朋誠堂喜三二著『文武二道万石通』など)。


(以下にも面白いことが書かれているが、面白いところだけ抜粋)
中世における文武の文とは、和歌や書といった教養を意味していることが多く、必ずしも学問に限ったものではなかった。太田道灌は、和歌にも長けていたため、文武両道の将として後世にも認知されている(『耳袋』など)。戦国時代後期では、茶道も武家にとっては文事に当たった。、宮本武蔵のように絵画や書に通じた者も、文武両道の者に数えられる。中世社会において、文武二道を体現できたのは武家に限らず、僧兵(武僧)や貴族といった者達も含まれる。
中江藤樹:「文と武は元来一徳であって、分かつことができない。したがって、武なき文、文なき武は共に真実の文ではなく、武でもない」
貝原益軒:「武芸の直接の目的は、戦場の使、日常の使にあるが、究極の目的は、武徳の涵養(かんよう)にある。すなわち武芸により、心身を統治することである」
昭和年間の初期に至っては、兵士として必要な体力の練成のために学校教育において各スポーツが奨励されるも、学問の一部は規制され、文学の面においても統制が行われた。ただし軍隊においても兵士として必要な専門知識の教育や教養教育が行われたため、貧困層の若者にとって、教育を受けられる貴重な機会だった。

このように、日本国内において、あるいは日本史においては「文武両道」とは「個々人の能力を指して使われるべきもの」である。なぜなら、そもそもなぜ「文武両道」を目指すかといば、文芸と武芸を両立することによって、一人の人間としての「全人的な人間形成の完成」を目指すためのものであるからである。それゆえ、決して「法人」や「学校」を指しても意味はない。そういうのは、ナンセンスなのである。定義からして意味をなさないということなのである。

実際、大阪桐蔭の甲子園Vの野球部のメンバーから東大や京大に進学するものが出た場合は、その選手を「文武両道」のすごいやつということはできる。しかし、その野球部からは全部大学のスポーツ科へ進学し、東大や京大は高校の進学科のスポーツ音痴の生徒が進学したというのであれば、この場合には「文武両道」という言葉は使ってはならないということなのである。むしろ、「『文武専門分離』の学校」と呼ぶべきなのである。

まあ、そういうわけで、「文武両道の人」はあり得ても「文武両道の学校」はあり得ないのである。その辺のところを学校関係者や受験産業やマスゴミの人々は、正しい日本文化や日本史や日本語を守るべく、正確かつ厳しく使ってもらいたいものである。また、戦前の士官学校や師範学校のように、個人として、勉強も一流、スポーツも一流という生徒を輩出する学校がたくさん出て来て欲しいところである。

さらに、個人として文武両道の達人となることを目指す若者がたくさん出て来て欲しいところである。実際、中高時代に「文武両道」を目指すことは非常に大変である。時間も足りなくなるために、どうしてもどちらも不十分になってしまうこともあり得る。しかしながら、やはり、一人の個人としては両方持っている方が豊かな人生を味わえるのである。これに音楽も加えることができれば、おそらく最高の人生を味わえるだろうと私は思う。

まあ、ここまで国が落ちぶれて、まるで応仁の乱の直後の京都のような国となっては無理かもしれないが。
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  by KiKidoblog | 2012-04-15 09:48 | マスゴミ

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