良い監督と悪い監督、良いサッカーと悪いサッカー:道まだ遠しの観あり!?

伝説!外れるのはカズ––岡田武史


「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」––三浦和良


みなさん、こんにちは。

サッカーのオリンピック代表が選ばれたようである。
沢・鮫島ら選出、男子は宮市外れる サッカー五輪代表

 日本サッカー協会は2日、東京都内で記者会見を開き、今夏のロンドン五輪に出場する男女サッカーの18人を発表した。女子ではMF沢穂希(33)が3大会連続4回目の選出。2008年北京五輪はバックアップメンバーだったDF鮫島彩(25)、DF熊谷紗希(21)らが初めて選ばれた。W杯の優勝メンバーだったMF上尾野辺めぐみ(26)=新潟=は外れた。
 男子は、オーバーエージ枠でDF吉田麻也(23)とDF徳永悠平(28)が入った。注目されたアーセナルのFW宮市亮(19)は外れた。
 1次リーグF組の女子の初戦は、7月25日(日本時間26日未明)でカナダとの顔合わせ。同D組の男子の初戦は7月26日で、強豪のスペインと対戦する。

 男女のメンバーは次の通り。

悪い監督(目つきがよくないナ。ちょっとボケが出始めたか?情けない顔は監督には不向きだ。)
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 【男子】
▽GK 権田修一(FC東京)安藤駿介(川崎)
▽DF ★徳永悠平(FC東京)★吉田麻也(VVVフェンロ)山村和也(鹿島)鈴木大輔(新潟)酒井宏樹(ハノーバー)酒井高徳(シュツットガルト)
▽MF 清武弘嗣(ニュルンベルク)山口蛍、扇原貴宏(以上セ大阪)村松大輔(清水)東慶悟(大宮)宇佐美貴史(ホッフェンハイム)
▽FW 永井謙佑(名古屋)大津祐樹(ボルシアMG)斎藤学(横浜マ)杉本健勇(東京ヴ)
(★はOA枠)

いい監督(ノリさん、目つきが良い。実に良い顔をしている。これでかなりの知将である。)
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【女子】
▽GK 福元美穂(岡山湯郷)海堀あゆみ(神戸)
▽DF 近賀ゆかり(神戸)矢野喬子(浦和)岩清水梓(日テレ)鮫島彩(モンペリエ)熊谷紗希(フランクフルト)
▽MF 沢穂希、川澄奈穂美、田中明日菜(以上神戸)宮間あや(岡山湯郷)阪口夢穂(日テレ)
▽FW 安藤梢(デュイスブルク)大野忍、高瀬愛実(以上神戸)丸山桂里奈(大阪高槻)永里優季(ポツダム)岩渕真奈(日テレ)


これを見ると、なでしこの「ノリさん」こと、佐々木監督は、各選手のこれまでの過去の貢献や実績などを見て、今現在の好不調は無視して選手を選んだように見えるが、男子サッカーの関塚監督は、佐々木監督とはまったく逆に、選手のこれまでの過去の貢献や実績をまったく無視して、今現在の好不調を基に選手を選抜したように見える。

要するに、佐々木監督は、「いつも通り」、「これまで通り」のメンバーでチームの人間関係を重視し、チームが熟成するのを待つ方針であるのに対して、関塚監督は、予選の時にあまり期待通りに活躍できず、監督にとって好印象ではなかった選手を外し、これまでまったく代表経験のない、オーバーエージ2人と全くの新人1人を加えるという、「ギャンブルに出た」のである。

実際、予選では、以下のメンバーが主であった。
男子サッカーアジア最終予選/ロンドンオリンピック予選
U-22日本代表 対 U-22マレーシア代表 試合
結果、監督・選手コメント

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GK
1 権田 修一(FC東京)
DF
4 酒井 宏樹(柏レイソル)
13 鈴木 大輔(アルビレックス新潟)
12 濱田 水輝(浦和レッズ)
2 酒井 高徳(アルビレックス新潟)
MF
17 清武 弘嗣(セレッソ大阪)
8 山村 和也(流通経済大学)
3 扇原 貴宏(セレッソ大阪)
10 東 慶悟(大宮アルディージャ)
FW
9 大迫 勇也(鹿島アントラーズ)
14 原口 元気(浦和レッズ)

サブメンバー
GK
18 安藤 駿介(川崎フロンターレ)
DF
5 比嘉 祐介(流通経済大学)
6 高橋 祥平(東京ヴェルディ)
MF
15 山田 直輝(浦和レッズ)
16 山口 螢(セレッソ大阪)
FW
7 山崎 亮平(ジュビロ磐田)
11 永井 謙佑(名古屋グランパス)

大迫まさかのメンバー漏れ「もう五輪のことは忘れました」

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 最大のサプライズは大迫の落選だった。最終予選6試合中4試合に先発したエース格が、まさかのメンバー漏れ。6月27日の清水戦で2得点するなど所属する鹿島でも精度の高いプレーを続けていただけに「まさかですね…。もう五輪のことは忘れました。あまり話す気持ちじゃないので…」とショックを隠せなかった。
 07年U―17W杯韓国大会でも本大会直前でメンバーから落選。初の世界舞台となるはずだったロンドン五輪に懸ける思いは強かったが、再び悲劇は起きた。04年アテネ五輪の前田、08年北京五輪の興梠ら大会直前の落選を経験して、A代表に上り詰めたストライカーは多い。挫折をバネに、大迫もきっとはい上がってくる。

(意表をつく選手選びで外された予選功労者の大迫選手の落胆は三浦選手並みだろう。これでは、他の選手もいつ自分が切られるか分からないという疑心暗鬼に陥るに違いない。まさか、選手掌握のための生け贄にしたんじゃないだろうナ?)

この両者のやり方を見ても分かる通り、プロにふさわしい監督は、佐々木監督の方であり、プロにふさわしくないのが、関塚監督の方だという結論になる。関塚は、むしろ、高校生チームなど育成世代の監督かコーチにふさわしい。

なぜなら、プロ選手というのは、すでにそれぞれが自分自分の別々のチームに所属し、それぞれに別のサッカー観やサッカー文化の中で育って来る。だから、そうした経路の違った選手たちを束ねる場合、個々人に「こうしろ、ああしろ」という指図をしたり、あるいは「こういう場合は、こういうプレーをしろ」とか、さまざまな約束事を決めても、実際の試合になればすっかり忘れてしまったり、あるいはまた、選手同士の個性のぶつかりあいや人間関係によって、試合中にパスを出したり出さなかったり、約束事を無視したりするということが生じるのである。それゆえ、監督が指示しようが約束事を決めようが、そういうことより、選手同士が一体化すること、すなわち、チームが熟成することが大事なのである。

どうやってチームが熟成するかと言えば、言うまでもない。兄弟以上の関係、同志というような関係になるまで、寝食を共にし、時には激論を交わし、時には言い争い、時には喧嘩し、そうやってお互いの心の底にあるものを全部吐き出すような経験を積んでみてはじめてチームは熟成するのである。

このことを佐々木監督はよく理解しているように見えるが、どうも関塚監督も(かつての岡田武史監督も当時は)理解できていないようである。

新人を1人でも加えると、いままでうまく釣り合っていたものがバランスを崩す。ましてや3人もいれたら(もしそれまでに一度や二度いっしょにプレーしたのなら話は別だが)、チームは完全に別チームとして、つまり、新チームとしてやり直すことになるのである。もう1ヶ月を切ったこの段階で、メンバーをそう入れ替えするに匹敵するようなことをしたわけである。だから、ギャンブルをしたと私は表現したわけである。実際、熟成するには最低3ヶ月はかかるのである。だから、実質上はもう遅いのである。

直前にチーム構成を変えるのであれば、どうしてもっと前から同じようにどんどんいろいろな選手を起用するというようなことをしなかったのか? 吉田真耶選手のようなオーバーエージ枠をこれまでまったく使わずに、関塚監督はオーバーエージは使わないというようなニュアンスのことを言って来たにもかかわらず、なぜ直前でそれを使ったのか? この辺りは非常に謎の部分がある。意味不明である。おそらく、サッカー協会からの強力な指令のようなものが来たに違いない。そして、佐々木監督と違って、自信のない関塚監督はそういうものにすがってしまったに違いない。本人が話す時に(きっと、オリンピックで敗退が決まった後の弁明の時だろうが)、そういう事情が明らかにされるのだろう。

そんなわけで、誰が見ても、関塚監督はもっと修行すべきであることは明らかで、どうでもいいのだが(このチームとチームレベルではオリンピックといえども予選敗退は必至である)、オリンピック優勝の可能性のあるのは、やはりなでしこジャパンの方である。だから、なでしこの佐々木監督のことをもう少しメモしておこう。

最近、なでしこサッカーの特集をNHKBSかなんかでやっていたが、幸い私は偶然にそれを見ることができた。驚いたことに、そこで佐々木監督が生み出した戦術は、先日ユーロ2012で優勝したスペインが採用している戦術とほとんど同じだったのである。そしてそれをワールドカップで実践した。だから、なでしこサッカーは、ワールドカップで優勝できたのである。

この意味では、私が見たところでは、日本のサッカー関係者の中では、「戦術的ピリオダイゼーション理論」を理解しているのは、この佐々木監督のみだろうということになる。もちろん、佐々木監督がスペイン流の「戦術的ピリオダイゼーション理論」を勉強しているとは思わないし、その必要もない。がしかし、佐々木監督は、実質的に、これまでの経験から自ずと、それと似た境地にたどり着いたと見るのが正しいだろうと思う。

まあ、ついでにちょっと加えておくと、こういうことである。

現代サッカーは前線と最終ラインの間をコンパクトに縮めるのが主流である。なぜなら、それが間延びすると、選手間のスペース(距離)が空き、その間を敵に自由にプレーされてしまうからである。要するに、「密集作戦」である。特に選手が小型で、体力に劣るチームには集団で守ることができるために、この密集戦術が適している。だから、なでしこジャパンやスペインがこれを好むのである。

これまでの戦術だと、こういう場合、中央をさらに厚くして、敵をサイドに押し込め、ラインぎりぎりのところでボールを奪うというのが定石であった。だから、サッカー界では、俗に「縦を切れ」という言い方で、相手をサイドに追いやれという戦術をとるのである。そして、サイドでサイドハーフやサイドバックで「敵をサンドしろ」といってボールを奪う。つまり、敵をサイドラインとサイドハーフとサイドバックの3方向からサンドイッチしてボールを奪うというのが常識的な現代サッカーの守備理論であったのである。いまでもほとんどのチームがこれを採用している。それほどの一般常識なのである。

しかしながら、そうなると、中央は密集するわけだから、サイドががら空きになる。それゆえ、口で言うのは簡単だが、サイドで押し込んでボールを奪うのは結構むずかしい。相手も苦しくなれば、さらにバックの両サイドへロングボールをフィードしてくる。これにディフェンスがシフトして対応するが、多くの場合、タッチへ逃げることになる。すると、今度は敵のスローインからピンチが続く。こうなると、身体の小さななでしこには不利である。できるだけゴールから遠くでプレーしたい。

そこで、佐々木監督は、あえて、サイドを密集させ、敵のサイド攻撃をできないぞというふうにすることを思いついたようである。こうなると、敵は相手の裏へのパスや裏への飛び出しができないから、中へ繋ぐ他無くなる。そこで、相手が中へロングボールやミドルボールを狙う時に、パスカットを狙うのである。そのためには、フォワードが戻って来て、相手の背後からボールをカットし、味方の中盤へ繋ぐ。

こうなると、敵はサイドに偏った状態で、中央付近でマイボールになるわけだから、今度はこっちが相手の両サイドを使ってカウンターアタックができるというわけである。

実は、スペイン(やバルセロナ)のカウンターアタックも中央でマイボールにして前線へ送るというものがほとんどなのである。なでしこジャパンの攻撃とまったく同じなのである。

とまあ、こんなわけだから、欧米でもスペインサッカーが10年先を行っているように、なでしこジャパンは、男子サッカーより10年先を行っているということになるわけである。この意味は、今度のロンドン五輪で明確になるに違いない。

パスを徹底的に繋いでボール支配率を増し、連動的な攻撃で相手から得点を狙うなでしこサッカーと、高校までの「子供横綱サッカー」で、前へ蹴るだけ、ドリブルするだけの男子サッカーでは結果がまったく異なるはずだからである。

それにしても、関塚監督は、かつて岡田武史監督が三浦和良選手や北沢選手や市川選手たちに対して犯したミスを学んでいないのだろうか? 意味不明の選手選抜で選手に軋轢や悲しみを残してはならないのである。佐々木監督がいうように、サッカーは楽しくあらねばならない。明るさが大事なのである。そのためには、不条理な、不合理な選手抜擢はやめた方がいいのである。それが日本サッカーのためなのである。

「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」

と三浦選手が言ってフランスから帰国したが、そういう不条理の選択はいい加減にやめてもらいたいものである。岡田で終わりにして欲しい。


おまけ:
ジョルジ監督が大迫落選「間違った選択」

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 鹿島ジョルジーニョ監督(47)は3日、所属のFW大迫勇也(22)が2日に発表されたロンドン五輪サッカー男子代表から漏れたことについて「(五輪代表監督の)関塚さんが親友だからこそ言えるのだが、間違った選択をしてしまった」と率直に話した。
 アジア予選で活躍した大迫は本大会でも有力なレギュラー候補の一人とみられていた。ジョルジーニョ監督は「これがいい経験になるかどうかは、時間しか答えを出してくれない」と心中を思いやった。
 関塚監督は、ジョルジーニョ監督の選手時代に鹿島のコーチとして指導した時期がある。
 [2012年7月3日17時55分]
まあ、当然だろうナ。それにしても、関塚のような実績も無い、無能な監督がどうして代表監督になれるのだろうか? 不思議である。その点に対する説明責任があるはずである。

おまけ2:
「補欠」の悔しさバネに飛躍 なでしこの鮫島・熊谷

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 2日発表されたロンドン五輪のサッカー日本女子代表(なでしこジャパン)にDF鮫島彩(25、フランス・モンペリエから移籍手続き中)とDF熊谷紗希(21、ドイツ・フランクフルト)両選手が選ばれた。北京五輪は代表選手にけが人が出た場合のバックアップメンバーに終わった2人は、悔しさをバネに4年間で代表に欠かせない主力に成長した。
 代表デビューはともに2008年3月の国際大会キプロス杯。北京五輪の5カ月前だった。期待の若手として試されたが、結果を出せず、北京五輪直前の7月中旬に行われた国内合宿には、バックアップメンバーに格下げされた。
 それまで代表入りに興味がなかった鮫島選手は「五輪前にチームがまとまっていくのを見て、意識が変わった」と振り返る。本来は攻撃的なポジションだったが、生き残るために左サイドバックに活路を見いだした。
 熊谷選手は当時、宮城・常盤木学園高の3年生。「落選は悔しかったけど、新たに目標ができた」。なでしこでは、最も背が高い172センチの大型DF。体格を生かしたプレーで定位置をつかんだ。
 初優勝した昨年のワールドカップドイツ大会を前後にして、2人は海外に新天地を求めた。鮫島選手が「いい意味でクヨクヨしなくなった」と言えば、熊谷選手は「球際での強さとかを合宿で国内組に見せている」と自信を見せる。
 東京都内で海外組は自主トレーニング中。代表発表後、2人は「金メダルを狙いたい」と声をそろえた。4年前に果たせなかった思いをロンドンにぶつける。(吉田純哉、清水寿之)

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  by Kikidoblog | 2012-07-03 14:20 | サッカー&スポーツ

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