朝鮮文化の根底には、両班の朱子学支配があった!:韓流朝鮮時代劇は全部捏造だった!?

みなさん、こんにちは。

昨日の韓国人長老(崔基鎬、チェ・ケイホウ博士)の話
韓国朝鮮人”長老”が、朝鮮人に喝!:朝鮮人の「真の歴史」を知りなさい!
をじっくり聞いていると、何となく、朝鮮人というものが分かって来た。

科学者であれば、一度は「なぜ東洋で科学が誕生しなかったのか?」という通説を聞いたことがあるだろう。普通は、「東洋には儒教が浸透していたためだ」というものである。もちろん、孔子

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が儒教の開祖である。

日本にもこれは伝来した。儒教の教科書は、論語である。論語は日本の武士たちの常識の1つになったが、日本では江戸時代に儒教による教育が一般庶民にまで行き届き、儒教教育をベースにして寺子屋がたくさんできた。そのために、日本の近代化が早まったというのは歴史的事実である。

湯川秀樹の時代になっても、湯川が親から論語の素読をやらされて、知能を高めた話は有名である。だから、儒教が社会に浸透したこと自体は必ずしも科学の妨げにはならなかったはずである。

しかしながら、先輩後輩関係、先生と弟子などの関係にみるように、先達の意見に歯向うことは良くないとか、礼儀知らずだというような習慣が醸成されて、なかなか日進月歩の科学の世界を生むのは難しくなったということはありそうである。

日本の場合は、儒教は主に論語中心に侍たちが好んで学んだようだが、どうやら朝鮮半島の場合は、数百年前の李王朝時代になって、「朱子学」の方を選んだらしい。

私は朱子学もまったく知らないが、どうやらこんなものらしい。
朱子学

朱熹は、それまでばらばらで矛盾を含んでいた北宋の学説を、程頤による性即理説(性(人間の持って生まれた本性)がすなわち理であるとする)や程顥の天理(天が理である)をもとに、仏教思想の論理体系性、道教の生成論および静坐という行法を取り込みつつも、それを代替する儒教独自の理論にもとづく壮大な学問体系に仕立て上げた。そこでは、自己と社会、自己と宇宙は、理という普遍的原理を通して結ばれており(理一分殊)、自己修養(修己)による理の把握から社会秩序の維持(治人)に到ることができるとする、個人と社会を統合する思想を提唱した。

この部分を読む限りでは、それほど問題ある思想とは思えないが、その後にこんなことが続く。
 なお朱子の理とは、理は形而上のもの、気は形而下のものであってまったく別の二物(「理気二元論」)であるが、たがいに単独で存在することができず、両者は「不離不雑」の関係であるとする。また、気は、この世の中の万物を構成する要素でつねに運動してやむことがない。そして「気」の運動量の大きいときを「陽」、運動量の小さいときを「陰」と呼ぶ。陰陽の二つの気が凝集して木火土金水の「五行」となり、「五行」のさまざまな組み合わせによって万物が生み出されるという。理は根本的実在として気の運動に対して秩序を与えるとする。この「理気二元論」の立場に立つ存在論から、「性即理」という実践論が導かれている。「性即理」の「性」とは心が静かな状態である。この「性」が動くと「情」になり、さらに激しく動きバランスを崩すと「欲」となる。「欲」にまで行くと心は悪となるため、たえず「情」を統御し「性」に戻す努力が必要とされるというのが、朱子学の説く倫理的テーマである。つまり、朱子学の核心は実践倫理である。朱子学は、この「性」にのみ「理」を認める(=「性即理」)のであり、この「性」に戻ることが「修己」の内容である。その方法が「居敬窮理」である。「居敬」の心構えで、万物の理を窮めた果てに究極的な知識に達し、「理」そのもののような人間になりきる(窮理)のである。ちなみに、朱熹の主張する「性即理」説は、陸象山の学説心即理説と対比され、朱熹は、心即理説を、社会から個人を切り離し、個人の自己修養のみを強調するものとして批判した。一方で朱熹は、陳亮ら功利学派(事功学派)を、個人の自己修養を無視して社会関係のみを重視していると批判している。

この部分はさらに私には意味不明だが、どういうわけか、この朱子学が中国の清時代に重宝がられたようである。
 朱熹の学は、社会の統治を担う士大夫層の学として受け入れられたが、慶元の党禁によって弾圧され、朱熹も不遇の晩年を送った。その後、一転して理宗の時代に孔子廟に従祀されることとなり、続く元代には科挙試験が準拠する経書解釈として国に認定されるに至り、国家教学としてその姿を変えることになった。その結果、科挙で唯一採用された朱子学を学ぶことが中国社会を生きる上での必要条件かつ十分条件として位置づけられるようになり、反対に科挙から排除された他の学説は一部の「偏屈な人或いは変わり者」が学ぶものとする風潮が醸成されるようになった[1]。
 明代、国家教学となった朱子学は、科挙合格という世俗的な利益のためにおこなわれ、また体制側でも郷村での共同体倫理確立に朱子学を用い、道徳的実践を重んじた聖人の学としての本質を損なうようになった。そこで明代の朱子学者たちは、陸九淵の心学を取り入れて道徳実践の学を補完するようになった。この流れのなかで王守仁の陽明学が誕生することになる。一方で胡居仁のように従来の朱子学のあり方を模索し、その純粋性を保持しようとした人物もいる。
 清代の朱子学は、理気論や心性論よりも、朱熹が晩年に力を入れていた礼学が重視され、社会的な秩序構築を具体的に担う「礼」への関心が高まり、壮大な世界観を有する学問よりは、具体的・具象的な学問へと狭まっていった。礼学への考証的な研究はやがて考証学の一翼を担うことになる。清代になっても朱子学は、体制教学として継承され、礼教にもとづく国家体制作りに利用され、君臣倫理などの狭い範囲でしか活用されることはなかった。
 衣川強は理宗以来の朱子学の国家教学化の動き(科挙における他説の排除など)を中国史の転機と捉え、多様的な学説・思想が許容されることで儒学を含めた新しい学問・思想が生み出されて発展してきた中国社会が朱子学による事実上の思想統制の時代に入ることによって変質し、中国社会の停滞、ひいては緩やかな弱体化の一因になったと指摘している[1]。

要するに、中国の支配層が、中国人を根本から支配統治するために、朱子学という儒教の体裁をとったかなり分派の思想体系の権威を使って、うまく思想統制したということらしい。そして、清の時代に属国となってしまった朝鮮王朝もまたそれまでの中国伝来の「仏教」を捨てて、「朱子学」による思想統制を受けた。その「朱子学支配」を行ったものが、韓国朝鮮時代劇ファンタジードラマに出て来る、両班(ヤンバン)

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というものであったという。
朝鮮半島への伝来と影響 [編集]
 朱子学は13世紀には朝鮮に伝わり、朝鮮王朝の国家の統治理念として用いられた。朝鮮はそれまでの高麗の国教であった仏教を排し、朱子学を唯一の学問(官学)とした。そのため朱子学は今日まで朝鮮の文化に大きな影響を与えている。
 李氏朝鮮時代、日常生活に浸透した朱子学を思想的基盤とした両班は、知識人・道徳的指導者を輩出する身分階層に発展した。特に李退渓の学問は日本の林羅山や山崎闇斎らに影響を与えた。

この両班の「朱子学」支配のことを、チェ・ケイホウ博士は言っていたというわけである。

空理空論。働かざるものが食うべし。働く者は奴隷、卑しい。橋や道路をすべて破壊。ハングル文字を使うな。。。

要するに、李氏朝鮮時代に入って、それまで朝鮮人が築いて来たインフラを全部自分たちで破壊した。自ら貧しくなっていったのである。これが中国朱子学が朝鮮にもたらした弊害だったというわけである。逆に言えば、中国は朝鮮を分割統治するために、朱子学を利用したと言えるだろう。

そして、第二次世界大戦後になり、自称両班の末裔と称した、李承晩(イ・スンマン)

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が、南朝鮮の指導者となり、北朝鮮は金日成(キム・イルソン)

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がソ連の手先となって、せっかく日韓併合で日本人が血のにじむような努力で朝鮮半島を新興させたものをすべて葬り去ってしまったわけである。これが朝鮮戦争であった。これが朝鮮半島の不幸の始まりだったわけである。
「両班」と「ビンタ」、南北を分けたもの!?:「朝鮮戦争」の光と陰

まあ、これで朝鮮人の歴史、朝鮮半島の近代史は、だいたい結びついたというわけである。一言で言えば、NHKや民放のマスゴミが必至で放映している「朝鮮時代劇」は全部ねつ造だったということである。まったく史実にないことを、「IF~~~ だったら、」でやっているということなのである。

「もし日本がなかったら、韓国がアジアの最初の国になっていた」
「もし空手がなければ、テコンドーが空手より古くからあったはず」
「もしサムライがいなかったら、クムドが刀を使っていたはず」

とか、そういう思考法を使うらしい。要するに、妄想狂なのである。

なぜ朝鮮人がそういう架空の話をして喜ぶか?

これが私にはまったく理解できなかったのだが、今回はじめて「朱子学」の伝播によるものだったということで理解で来たというわけである。1300年代から朱子学に汚染されて現代に至ったわけだから、700年近くもその思想的文化的影響を受けたのである。朝鮮が近代化してほんの数十年に過ぎない。だから、少なくともあと650年程度は進まないと、この朱子学による悪影響を払拭することは難しいのではないか、というのが私の結論である。

ついでにメモしておくと、今の日本の朝鮮系の国会議員や民主党政権の姿をみると、国家の一大事や緊急時に決まって赤坂の韓国料亭にいた、とかいう話があるが、それもまた「働く者は卑しい」、「奴隷が働け」というような、日本人からすれば本末転倒の発想をしているからだということになるだろう。喜び組のダンスを見ながら、酒でも飲んでいるのがエリートだというような発想があるのだろう。現場へ出向いて崩壊した原発と取り組むとか、黒部の太陽のように、指揮官自らが最前線で活躍するというような発想は出て来ないわけである。

どうやらそういうものが、朱子学であったということですナ。日本の在日も朱子学に汚染されているにちがいない。だから、ナマポ(生活保護)で楽して暮らした方がいい。使わないやつは馬鹿だというような発想がでるわけですナ。

いやはや、朱子学恐るべし。これに取り憑かれた最後、崩壊と破壊あるのみだ。
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  by Kikidoblog | 2012-07-18 19:26 | 韓国・ウリナラ・法則

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