「世界との差を痛感しました」:日本陸上界の根源的欠陥とは?

衝撃!ウサイン・ボルトの陸上トレーニングを公開


みなさん、こんにちは。

オリンピックはおよそ2週間の大会期間中に前半は水泳、後半は陸上が中心となる。日本は水泳ではかなりメダル量産し、日本の水泳やアジアの水泳があまり人種とは無関係であるということを証明した。

ところが、一方の陸上は始まったばかりだが、女子マラソンから始まり、短距離などがすでに開始され、100mではボルトが優勝し2連覇したように、日本の走る陸上界は、短長いずれもまったく世界レベルからはかけ離れるばかりである。

これではまるで陸上は黒人でなければ無理だということを証明しているかのようである。しかし、かつて日本の水泳界がそういう暗黒の時期を過ごしたことがあったが、そうではなかったということを証明しているのである。しかし、実際には、人、金、環境の3拍子+執念+気迫などが決めてなのである。

今回はこの問題をメモしておこう。

その昔の私のブログ(Kikidoblog)にこんなことを書いていた。
世界陸上惨敗 2007年8月28日

いやはや、今回の世界陸上大阪大会は、”惨敗”という言葉が最も適している。
下にまとめたように、入賞、決勝まで残った選手は、ハンマー投げの室伏のみという有り様。

果たしてこの原因は何であったのだろうか?

「失敗学」的考察が望まれる。

私個人の見解では、やはり今回は、”為末のおかげで”日本選手陣全体に何か甘さがあったように思う。

ここで、”為末のおかげで”というのは、”みのもんた”のクイズ番組で為末が1000万円を取り、この1000万円で世界陸上のキャンペーンに使うという企画を為末が出してから、陸上選手達がことごとくテレビのバラエティー番組などに出ずっぱりであった、という意味である。

私がこの大会中見たのは、”関口宏”の東京フレンドパーク2に陸上選手達が出ていたものであった。これは恐らく録画放送のはずだから、大会よりずっと前に撮影されたものだろう。しかし、そこに出ていた選手たち、為末、末續、澤野、成迫、室伏、信岡(2007/3/26)は、今回ことごとく惨敗してしまったわけである。

みのもんたや関口宏や信介のような連中は、いったいスポーツというものをどう考えているのだろうか。

大会直前の一番大事な時に、テレビマスコミに出るということが、いかに選手の「ハングリー精神」に支障を来すか分からないのだろうか。ちょっと1時間程度の番組に出演すれば、これまでの”年収”や大会賞金に匹敵する、金額を得られる。そうとあっては、一流選手は大会で入賞することより、芸能界に顔を売って、楽に稼ぐ方を選ぶのは目に見えている。

これでは、好記録が期待できるはずがない。ましてや、室伏広治のように、3つも4つも掛け持ちでコマーシャルに出ているようでは世界に太刀打ちなどできるはずがない。この”惨敗”という結果は自明の理である。

その一方で、世界の強豪はしっかりと結果を残してくる。実力通りの結果を残す。これは、ちゃんと準備して来ているということである。

どうも日本陸連は、最近絶好調の水泳と比べて、何かが間違っているように見える。10年、20年前では立場は全く逆であった。世界大会で入賞する陸上界と世界からは取り残された水泳界というのが相場であった。それが、あれから10年、20年、立場は全く逆転した。

この違いがどこから来たのか? この問題を分析するのは面白い。

いずれにせよ、今回に限っては、みのもんたや関口宏に大きな責任があるということだけは確かであるナ。連中はどう責任取るのだろうナ。また、世界陸上を放映する読売の報道姿勢にも大きな問題があると言えるだろう。儲かったのは織田裕二らタレントのみということとなるからである。

ちなみに、マラソン団体で優勝というのがあるが、個人競技の陸上でそんなものは無価値である。

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棄権の金丸、60m過ぎで左もも痛に顔ゆがめ…世界陸上
ハイレベルの戦い…今季初80m超も、室伏逆転かなわず
室伏6位、チホンが3連覇…世界陸上・男子ハンマー投げ
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靴脱げてもめげず、福士がタフな走り
為末まさか…男子400m障害、1次予選敗退に天仰ぐ
世界陸上幕開け、日本はマラソン団体で3大会連続1位


「なぜ日本人選手が陸上で弱いか?」という問題は、「なぜ日本人の科学者がダメか?」という問題と実に似ているのである。普通の人は理解できないだろうが、本質はほぼ同じなのである。

そこで、話を陸上の方に留めれば、少しは理解し易くなるかもしれない。私の考えをメモしておこう。

簡単に言えば、日本の陸上競技はアマチュアのスポーツだからである。これがすべてである。これに尽きると言っても良い。

世界の陸上競技は大分前からプロ化している。例えれば、1993年にプロ化してもうすぐ20年目を迎えるJリーグのようなものである。それゆえ、幼稚園レベルから大学レベルの各年齢層にプロチームの育成チームが存在するのである。今回のなでしこジャパンや五輪男子代表の躍進はひとえにこのJリーグの育成システムの存在を無視して語ることはできない。

このように、海外では、陸上競技においてもユースレベルからプロ選手指導を受けることのできるクラブシステムが存在しているのである。ウサイン・ボルトの育ったジャマイカの陸上クラブもプロサッカー選手を育てるクラブのように充実したものである。

ところが、日本の場合、陸上競技は文科省(かつては文部省)が扱う、学校スポーツ競技の一貫としてしか存在しないのである。小学校、中学校、高校の陸上部の一員として、陸上競技を始めるのである。当然、施設はズサンである。ぼろぼろの器具。凸凹だらけの校庭グランドで走るわけである。せいぜい大会の時だけ、しっかりした陸上競技場で走るのである。

こうやって、日本の陸上選手たちは、小中高にいる陸上ファンの物好き指導者に教えてもらい、見よう見まねで、ある程度のレベルに育つ。私も私自身が子供のときや、私の息子たちや友達たちがどのように、そしてどのような状況の下で陸上競技の練習をして来たかをよく知っているので、悪環境の中で指導する先生たちも大変で、本当に頭が下がる思いがする。しかし、そんなレベルでは世界トップに肉薄することはあり得ないのである。

陸上界のおかれたこの状況は、ちょうど私がサッカー選手だったころのサッカー界や、20年ほど前の日本の水泳界がまったくダメだったころの水泳界の状況と実に良く似ているのである。

私の時代は、今の子供たちのように毎回芝生や人工芝のグランドでサッカーの試合ができる時代ではなかった。私はなんと公式戦では人生でたった1度しか芝生の上で試合をしたことがなかった。ましてや今の高校のように人工芝のサッカー場を持った高校など存在していなかったのである。今の日本代表たちは生まれてからずっと芝生や人工芝の上でサッカーをはじめ、試合を行って来た。一部の高校には人工芝のグランドがあり、サッカーのコーチや監督が数人いるところもある。この環境の差が今回の快進撃につながっているのである。

陸上大国のアメリカやドイツでは、環境が100年ほど前から日本のサッカー並みなのである。アメリカは高校や大学も立派な400m陸上トラックを持っている。ドイツはアメリカとちがって、スポーツが課外活動としてプロサッカーの下部組織の持つ陸上クラブで練習する。指導者は全部元トップレベルのメダリストの選手たちである。

柔道の場合、畳の柔道場など、ほぼ試合会場と同じものがある。指導者もメダリストが自分の道場を持って自分の信念と理念に基づく指導ができる。そういうスタイルである。だからいまだにメダリストが誕生するのである。

はたしてこういう状況が日本の陸上界にあるか?

そこが問題なのである。環境が人を作る。環境は人を育てる、のである。

マラソンの金メダリストの高橋尚子さんが、自分のトラックや筋トレルームやミーティングルームなどを持つ陸上クラブの指導者となっているか? 
世界のどんな場所にも対応できる42.195kmの長距離コースを持つ練習場があるか?
自分のクラブの所属の子供たちのための専用の最高級の陸上競技場を持っているか?

いくら貧しい国のジャマイカでも、そういう専用クラブを持っている。米英、ドイツ、フランス、ロシアスペインなどは、プロサッカーチームがそういう施設を開放している。

ジャマイカのウサイン・ボルト選手も、日本のサッカー五輪代表の永井選手も、日本代表の長友選手も、日本の陸上100mの江里口選手も、高校生時代に「坂道ダッシュ」を幾度となく繰り返すことから、無限の体力や人一倍の足の速さを育んだというのは、すでにこの筋では周知の事実である。

「斜度5度前後の坂道で登り坂をダッシュする」

また、かつてのカール・ルイス選手が、いつも階段を登る練習を課した。永井選手も高校時代に階段の上り下り練習をさせられたという。そして気付ば日本一の俊足フォワードになっていた。

「階段の上り下りする」

こういう練習をメダリストレベル、世界水準の指導者の下で練習する。それも幼いころから、選手の適性に合わせて指導する。

こういうことが陸上界ではまったくできていないのである。

今回、男子体操で個人総合金メダルに輝いた内村選手は、自宅にトランポリンや練習場があり、父が体操指導者、母はトランポリン指導者だったという。そして、体操を始めたときから、将来の金メダルを目指して、だれよりも「美しい体操」、「教科書通りの動き」を身につけるように指導されてきたというのである。

果たして、「世界一美しい走り」、「世界一科学的な走り」、「世界一速い走り」を日本の子供たちは最初から目指して練習しているか?

少なくとも、日本の水泳界、日本の体操界、日本のサッカー界、日本の柔道界などは、そういう意気込みで指導する体制を曲がりなりにも作って来たのである。

日本の陸上短長距離界もそういう気構えでしかるべき環境を構築しない限り、4年ごとに毎回同じことをインタビューで言い続けるという歴史を繰り返すはずである。少なくとも私はすでに何十回とそういうインタビューを聞いて来た。

「世界との差を痛感しました」
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おまけ:
ついでにメモしておくと、長距離界で日本をダメにするものとは、ずばり「駅伝」である。日本に駅伝が存在する限り、長距離はだめになるのである。フラットコース、リレー、中途半端な距離、その練習のために練習しすぎて怪我をする。

特に、駅伝があるために、中学で腰痛になる。なぜなら、駅伝は選手数が必要になり、参加選手が不足するから、サッカー部や野球部などから借りだされる。その時、自分のクラブの練習+駅伝練習の過密練習になり、ほぼ100%のサッカー選手が腰痛持ちになるのである。

しかしながら、日本では駅伝ビジネスがさかんであり、駅伝にくる客からのマネーをあてにする業者が目白押しなのである。

実は、駅伝はスポーツにおいては百害あって一利なしの競技なのである。これはほとんど知られていないが事実だと私は見ている。

事実、かつての中山選手、高橋尚子選手も駅伝経験はほとんどなかったのである。マラソンと駅伝はまったく異質なスポーツなのである。必要な筋肉の質も違うし、練習の方法も異なる。こういうことも日本の陸上界がアマチュアに主導されている限り、理解されることはないはずである。むしろ、「駅伝が長距離の良い練習になる」と逆に理解しているのである。
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  by Kikidoblog | 2012-08-07 21:44 | サッカー&スポーツ

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