時事放談:戦後最大の選挙、自民党の圧勝!しかし「奢れるもの久しからず」の精神を忘れずに!

みなさん、こんにちは。

いやー、というか、いやはや、というか、この3年半と今回の衆議院総選挙は実に興味深いものだった。私は、自民が勝つのは分かっていたから、ただ俗に「陰謀系」とか、「スピリチュアル系」とか、「お花畑系」とか、一見「反民主」、「反NWO」側として知られる人々のブログやサイトを観察していたのである。要するに、連中ならテロもしかねないなと見ていたわけだヨ。そんな話をメモしておこう。

(あ)まずは、今回の選挙関連から。

私は今回から今後10年は「公共投資型政治」に一旦戻し、1970年代の「列島改造論」時代に作られた社会基盤をメンテナンスし直さなくてはならない。さもなくば、笹子トンネルのようなことは地方ではすでに何年も前から起こって来たことだから、かならず地方と都市部は分断され、陸の孤島となってしまう。だから、早急に復旧しなくてはならない。そして、この方向に「東日本大震災」や「福島第一崩壊」の復旧復興もあると考えられるのである。

まあ、こんなふうに考えて来た。だから、「今回は自民党しかないヨ」と主張したわけだ。

しかしながら、これはかつての朝鮮小泉・竹中政権のやり方に戻し、「在日マンセー事業をし、日本人を貧乏にして、在日朝鮮人を豊かにする」格差社会に戻すということを意味しない。ここを自民党が誤解すれば、それと同時に自民党は終焉してもらうしかないわけである。その辺を十分に理解しないといけないだろう。

自民党がやらねばならないことは、非常に多い。なぜなら、森政権から始まり、小泉・竹中自民政権、鳩山・小沢、菅・仙石、野田・岡田民主政権で行われた「空白の20年」、「在日による日本支配」を終焉させることが基調になくてはならないからである。

この800年間続いた朝鮮李王朝と両班の時代における「朝鮮朱子学」のせいで、朝鮮人は万葉時代までに生み出した自分たち本来の文明を全部ちゃらにしてしまった。このせいで、粛正につぐ粛正と、虐殺に次ぐ虐殺の歴史(これは韓流のドラマとは180度異なる現実の歴史)のおかげで、朝鮮文明は崩壊の一途を遂げ、近代の時代には、江戸時代の徳川家による「朝鮮通信使」のおかげで何とか生きながらえていたのであった。そして日本が明治維新を経て、中国の領土と化し、ほとんど中国の奴隷国家となっていた朝鮮を一気に最恵国待遇の下に庇護下にいれ、朝鮮半島を近代化したのが、我が国であった。日本が行った過ちは連合軍との戦争に負けたことだけであった。だから、従軍慰安婦問題も南京大虐殺もすべて戦後大分たってから、日本の在日左翼と朝日新聞が仕組んで生み出した捏造事件だったことが今では確かめられている(普通の人には信じられないだろうが)。もはやここで繰り返すまでもない。

朝鮮人は、北も南もどちらもこの李王朝時代の朝鮮朱子学の呪縛から解き放たれていない。むしろ、それを賛美し、美化し、歴史を捏造し、韓流という形で、ウソばかりを放映してきている。真実のかけらもない。この精神風土は現代韓国ドラマをみても繰り返され、その延長線上に、テコンドー、クムドなどの武道や卑近な例では「唐辛子」など、全部日本から伝来したものが、今では逆に理解することにより、自らの歴史を捏造しているという国家になったわけである。この点ではまだ北朝鮮の方がましかもしれない。ちなみに、唐辛子やさつまいもは江戸時代の朝鮮通信使が持ち帰って、それ以後の品種改良によって生まれたに過ぎない。

こんなわけで、朝鮮人は近代においては日本に足を向けては寝られないほどの恩恵を受けて来たというのが歴史的事実なのだが、その恩を仇で返したのが、戦後の在日朝鮮人と南北朝鮮人の歴史であった。前後のどさくさの時代に、「朝鮮進駐軍」を名乗り、日本全国の戦争で働き手を失った商店街を乗っ取り、パチンコ屋や焼き肉屋にしてしまった。金ができると、まずは悪徳不動産会社、地上げ屋、総会屋を作り、官僚や政治家や企業経営者に酒金女をあてがってコントロールした。さらに金が出来ると、今度は欧米留学中の在日朝鮮人の若者たちに目をつけ、もとでのかからないIT企業家に育て上げた。ソフトバンク孫正義、2ちゃんねる西村博之、楽天三木谷などはそうやってヒーローに育て上げられたわけだ。そして、官僚内のエージェントを使い、「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズを「日本人から在日へ」とその実体を変えてしまったのである。

これを行ったのが、狂牛病の時代の小泉・竹中から棺桶直人、土壌汚染野田であったというわけだ。

というわけで、いくら自民党が勝った、大勝したからといって、前途多難。まさに難破船の舵取りに等しい。

というわけだから、「オールジャパン体制」でいかないと、志半ばで頓挫させられてしまうということにもなりかねないのである。

先日、
「権力を追うなら、金の流れを追え!」:意外な結末?いや、当然か?
にもメモしたように、政治家がいくら高給取りだといっても、総額においては、国家公務員の足元にも及ばない。中国共産党のように、本大会に何千人も集まるとか、何万人も政治家がいるというような、独裁国家のような国々ならいざしらず、たったの722人程度の政治家しかいない国では、60数万人もいる国家官僚の支配は崩せない。不可能である。
ここの読者を激減させる話:今回の選挙は自民党しかないヨ!
にもメモしたように、この20年近くは、官僚と大学が結託して「科学研究バブル時代」を演出して来た。

この延長線上に「iPS細胞」の山中博士が存在する。昔なら,こういう研究者は存在できなかったからである。医者なら医師になれ、と言われただけで、研究者に転向などする余裕がなかったからである。しかし、この「科学バブル」の恩恵を一身に受けたのが、今回の山中教授だった。まあ、おそらく本人は若いからよくわかっていないだろう。山中博士が「iPS細胞」の研究者になるずっと前から文科省は「科学技術基本方法」成立の見返りとして「ノーベル賞学者を30人出す」と豪語し、それを目標にしたわけだからだ。しかし、その目標にはほど遠い。およそ1/10にすぎない。

しかしながら、「コンクリートから人へ」というのは実際にはどうなったかといえば、それは教育のない「B層」の目のとどかない場所に移っただけのことだったのだよ。たしかに地方の大規模な公共事業がみえなくなったが、それがそっくりそのまま、日本全国の国立大学や高専を中心に、そのキャンパス内の「コンクリート事業」に変わったのである。だから、これまでは地方の土建会社も儲かったが、この20年は大都市の土建会社だけが儲かったというわけだネ。

どういうわけか東京都も東京に住んでいる人もこれは主張しない。まあ、馬鹿で分からないのかもしれないが、自分が大学を出てしまうと、今大学の中で何が行われているか興味なくなってしまうからかもしれないが、日本の国立大学はこの20年間「工事に次ぐ工事」で、建設ラッシュだったのである。

このおかげで、500ほど大学のある東京都がそれまでの左翼の美濃部都知事時代の赤字が、たまたま都知事になった石原の時代がこれに重なったものだから、一気に「2兆円の黒字」に転換したわけだよ。本人は馬鹿だから、自分のおかげで東京都が黒字になったと錯覚しているわけだ。正直馬鹿もここまでくると付ける薬がない。単に「科学バブル」のブームに乗っただけのことだったのだヨ。

そんなわけで、この20年ほど毎年年5兆円出して大学や研究所の刷新をはかり、だいたいうまくいったわけだ。だから、総額では25兆円ほどが日本全国、特に、首都圏、京阪地区、名古屋などの大学や研究所を中心に消費されてしまったのである。これが、地方の公共投資が減った本質だったのである。

まあ、これも仕方の無いことだった。なぜなら、戦後の1970年代の土建バブル時代、若者や日本ギャルが世界中を闊歩して、きゃぴきゃぴしている最中、我々日本の学者は、そういうことを我慢し、老朽化した建物の中で研究し、今の京大の小出裕章博士のような感じの慎ましい生活をしながら、ノーベル賞を目指していたわけだ。それゆえ、優秀な学生がどんどん企業に出て行ってしまい、残されたちょっと出来の悪い学生が学者として生きながらえた。この”出来の悪い居残り組”がいま教授になっている連中なんだナア。

実は、いま「科学バブル」の恩恵を受けているのが、この連中。だから、「御用学者」になれたのだヨ。わかるか、「B層」!ほんと「B層」の馬鹿さ加減にも頭に来る。「御用学者」、「御用学者」と騒ぐだけではだめなんだヨ。どうしてそういう連中が「御用学者」になれたのかを理解できなければナ。物事はすべて繋がっている。歴史は綿々と生きているわけだ。

私は、だめな研究者は確実に偉くなれば「御用学者」に育ってしまうから、大学院制度を厳しくし、学生を厳選するような、少数精鋭システムにしろと拙著に書いたわけだ。17年くらい前(1995年)のことだ。しかし、民主党の在日政治家を排除できないように、日本の大学や高専もだめな学者や先生を排除できない。日教組の高中小学校も同じなのだ。だから、日本の教育システムが崩壊してしまったわけである。

とまあ、この部分も何ヶ月で語れる話はあるが、もうこの辺でストップして、次ぎへ進む。

(い)さて、ちまたには「陰謀系」と呼ばれるサイトも数多い。おそらく、私のここもそういう1つであろう。しかし、この何年か、私のものに影響を受けて似たようなものがどんどん出て来た。あげくの果ては、在日民放のテレビにまで、謎の関なる人物を出して来た。おそらくその人物はメーソンが仕込んだものだろうが、こういったサイトの背景を私は探っている。

まあ、大半は、実社会に嫌気がさしたり、年金生活やら、老後の余興、あるいは、311で目が覚めた(覚醒した)という人などさまざまなようである。私は昔のブログ時代から続くから、さてはてメモ帳や達人氏のものなどちょっと古い。

私は真実を知りたいから書いている。ただそれだけである。「真実とは何か?」「もし我々に知らないことがあるとすれば、それは何か?」、「何を知るべきか?」こういうものをメモしている。

だから、何かの運動をしているわけでも、キャンペーンをしているわけでも、金儲けのツリコミサイトでもない。

物事は科学であれ,非科学的なものであれ、多次元的に見なくてはならない。一元的な物の見方は学者的ではない。大人のやることではない。あらゆること表裏一体として、総合的かつ統合的に見ること、これを目指している。これは私自身の科学のやり方でもある。

普通は、特に東大京大などの国立大学の研究者ほど、ある最新の(だと信じられている)問題を取り出し、それを解くことを目指す。私も阪大時代はそうだった。そう教えられた。

しかしながら、私がフリーになるずっとまえ、ユタに留学した頃から、私はそうではない方法を自分で発見した。それは「問題には問題特有のやり方、いわば、その問題がこうやって解いて欲しいと思うようなやり方がある」と信じるようになったのである。問題には問題それぞれに個性がある。これは人それぞれに顔かたちも体型も体質も話す言葉も異なるのと似ている。一見、同じような数学や物理の言葉で書かれてはいるが、そのぞれぞれに個性があるのである。

その問題の個性に合わせて、その問題を解く。

これが、私がこれまでやってきた方法である。これはいままでだれにも言ったことがないものである。

したがって、ある問題にはまったく新しい数学的方法が必要になることもあれば、別の問題には、あまり知られていなかった数学の定理がどんぴしゃりだったということもある。また別の問題には、どんくさくただひたすらコンピュータ計算するだけという問題もある。物理学では一般に教えられたことのない数学を独学しなければならなかったということも多い。いずれにせよ、ある問題にはその問題をうまく解くための固有の道がある。

しかし、普通の学者はそういうことは気に留めないから、どの問題も同じような手法で解こうとする。これは、いわば、板前がいつも同じ包丁で何でも料理するの似ている。しかし、魚にも大小さまざまいろいろある。包丁もうまく変えながら使わなければ、魚をさばくことは難しい。さしみには刺身包丁が必要だろう。そういうことが科学にもあるということである。しかし、これは大学では教えない。教えられるものがいない。私が幾多のまったく異なる物理の専門分野で科学論文を書いているのは、これが理由である。

物理でノーベル賞をとったアンダーソン博士がいるが、この人はどんな分野も同じ発想で解けるという主張を行っているタイプである。「多は異なり」という解説が有名だが、あらゆる分野を物性理論に焼き直して考えるという癖がある。私はこれは間違いだと信じているというわけだ。問題には人間のように個性があるヨ、という主張である。

まあ、ちょっと話がそれたが、そんなことはどうでもいいが、大半のサイトは科学の現場も科学の知識も何一つ分からない。数学も解らない。だから、HAARPがどうのこうのと書いてくれるのはいいのだが、大半はミスリードとなる。私がそもそもHAARPモニター観察をするようになったのは、今は長野へ引っ越し、安泰生活している、金玉氏が、HAARPの触れを見てはなんでもかんでも地震だ、大地震だと騒いでいたからである。いまもそうやって騒いでいるようだが、人様の迷惑以外の何ものでもない。

これでは、こいつが騒ぐずっと何十年も前から地道に地震電磁波の研究を行い、地電流、電離層、電波観測などを行って、統合的に電磁波による地震電磁波の研究を行ってきた人々、特に東大の上田博士のような人々の努力が無に帰してしまいかねないからである。

その間、ご自分はバブル全盛期にゴールドマン・サックスで高額給料をもらい豪遊していたはずなのである。無責任にもほどがある。

また、「カバラ」オタクや「カバラかぶれ」にもまいる。「カバラ」ということばは明らかに古代ユダヤの「カブル」=「カバーする」=「隠す」に単を発する。これは、アイデルバーグの日ユ同祖の「カブル」=「被る」と同じ語源のものである。日本語にも、「被る」という隠すという意味の語が存在するわけである。

このカバラはレディーガガなどに代表されるように、欧米イルミナティーやフリーメーソンなどに侵入した悪魔主義者=「カバラ主義者」が信奉する密教の1つだと考えられているが、「911」、「311」などの数字を操る数秘術の元祖だと考えられている。だから、世界史的に大事件ほど、その日時がカバラ数秘術の「911」などに奇妙に合うとされているのである。

しかしながら、なんでもかんでもこの数秘術を使ってみてしまうとなると、欧米のどこぞの占い師のような感じになる。これでは、怪しいことばかりになってしまうのである。そして、一種のカルト化するか、精神を病む。

これは、カバラだけではない。同じことはいわゆる「UFO暴露」や「スピリチュアル」にも言える。「アセンション」もそうである。

こういうものが組織化立ち、頭数が増すに連れ、おおよそカルト化する傾向があるようである。なぜなら、彼らは「さまよう子羊たち」にすぎないから、かならず「羊飼い」が侵入して、柵の中に押し込められてしまうからである。

大方こういう動きをするようである。

シルバーバーチとその信奉者、ジョージ・アダムスキーとその信奉者、ビル・マイヤーとその信奉者、池田大作とその信奉者、小沢一郎とその信奉者、ジョブズとその信奉者、孫正義とその信奉者、など、どんな分野もどんな体験であれ、同じことである。もっと古くは、イエスとその信奉者とか、マホメットとその信奉者も入るだろう。

創始者は自分の体験で良いことを言うのかもしれないが、それが弟子やそのまた弟子、そのまた弟子と伝播するに従って、「伝言ゲーム」のようなことが起こる。そしてある時に内容に手が加えられ、場合によっては、創始者の知らないうちに、真逆に解釈されてしまうとか、こういうことが頻繁に起こる。そして真実がうやむやになる。しかし、その一方、信者の数は増大する。とともに金が集まり、社会の中では一大勢力になる。

人間の歴史をみると、この手の繰り返しである。

旧人に対して新人はいつも旧人は間違っていて自分が正しいと考える。トウィンビーがいった「挑戦」である。「戦争はなぜ起こるか」というと、それは神話にあるとか、カバラだというようなこともあるかもしれないが、それだけではないだろう。人間に挑戦心があるかぎり、戦いは起こるのである。そういう可能性はあるのである。かといって、挑戦心が失われると、目の輝きは失われ、腐った魚の目の人間になってしまう。一長一短でもある。

昨日のサッカーの決勝のように、戦っている時の人間の目は輝いている。そういう側面もある。私などの目は「お前の目はもう死んでいる」の方に近いだろう。

武士は武士であり得たのも、そこから高い知性や武道を生み出したのも、いつでも戦いに行くという精神性にある。「戦って勝つ」よりは「戦わずして勝つ」、「刀で制して勝つ」よりは「刀を振らずに勝つ」。これが武芸の極意とされている。かつての山岡鉄舟は「無刀流の達人」と称されたという。刀を抜くまでもなく、相手が参ったをする。こうなれば、刀を持つ必要はない。

刀とは武力のことである。「武力で制して勝つ」のは欧米流の白人流のやり方であった。欧米のNWOに戦わずして勝つにはどうすべきか? こういうことを考えて欲しいものである。

(う)そして、こういったちょっと有名サイトやブログの人たちが、どこの政党を支持し、だれの支持者かを見ていたというわけですナ。

すると、驚いたことに大半が「小沢マンセー」だった。小沢一郎が本人は出生の秘密を知らないようだが、貰い子であったことはすでによく知られている。本にもなっているようである。そしてその血筋はチェジュ島、済州島にあるという。顔かたちからすれば、北朝鮮の系列である。北からチェジュへ逃げた残党の中に母方がいるのであろうと思われる。だから、朝鮮人は岩手の方に最近でもかなり住みついているという話である。

まあ、帰化人となって日本人のために尽くしてくれたらそれはそれでよろしいことだが、私に解らないことは、どうしてあそこまで在日に嫌われるのかということである。同じ朝鮮人なら朝鮮人同士「同胞」意識で結託するのではないかとも見えるのだが、どうも司法にまで嫌われる。これほど長い時間政界に君臨したら、普通なら政党によらず誰からも重鎮扱いされるのが普通であろう。しかし、そうはならない。なぜか? これが私のかねてからの疑問なのである。

ここから私個人の妄想だからスルーして欲しい。

私はどうも北朝鮮の金日成の血筋に近い筋なのではないかと感じている。さもなくば、これほどまでに、在日韓国人に嫌われる理由が見つからない。顔も態度のでかいのもよく似ている。だから北のエージェントという可能性も高い。親中国というのもうなづけるし、チルドレン連れて、中国詣でした理由も分かる。

いずれにせよ、小沢一郎は一度ご自分の出生を自分でリサーチしてみればどうか。囲碁などしている暇はないだろうと私は思うのだが。自分がなぜ嫌われるかの根源を理解すべきかもしれない。私はそう思う。そして、その結果、日本の戦後の政治史をこれほどまでに混ぜ返した責任をとるべきだろう。まあ、子供手当と授業料免除でそれまでの罪滅ぼしはちょっとしたかもしれないが、大半は戦後政治を混乱させただけだ。アラブの国々なら絞首刑だな。

まあ、いずれにせよ、スピリチュアル系の人々の心が決してスピリチュアルではないということが実に良く分かった総選挙であったヨ。現実逃避してただけだナ。これはよろしくない。アセンションとは、たとえ小さなことでもこの現実を変えていかないかぎり達成できないものだ。他力本願でアセンションとは無関係。悪の道である。まあ、言っても無駄だろう。

さて、今年の最後は、無事クリスマスが来るか、マヤ予言の地球最後の日が来るか、NWOによる大地震が来るか、楽しみに観察しておくことにしよう。いやー、楽しみだ。(もちろん、私は無事クリスマスが来ると予想しているがネ。)
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  by KiKidoblog | 2012-12-17 12:30 | マスゴミ

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