「ヒッグス粒子発見」vs「フリーエネルギー発見」:物理学者よ、どっちが大事か?

みなさん、こんにちは。

以下は私個人の「ひとりごと」である。普通の人には興味ないだろうからスルーを。

−−−−−−−−−−

さて、その「ブーメラン国会」の昨日の代表質問で、誰か若い女性議員が「LHC」のことを賛美・礼賛していた。この人がだれだったか?については、またのちのち調べるが、私はこの目、この耳を疑い、この口がふさがった。
「見ざる言わざる聞かざる」
e0171614_1631429.jpg
であった。結論から言えば、私は「LHC日本誘致」には大反対である。

まさに、1950年代から1960年代の「核の平和利用」という大義名分時代の「原子力発電」礼賛時代の姿の再現であった。この時代は、鉄腕アトムに見るように、「夢の原子力」なのであった。この時代の歴史的事実については、湯川朝永の両方の実質的お弟子さんであった、中村誠太郎博士の本に詳しい。ここではすでに以下のものでメモしておいた。
中村誠太郎博士の”夢”:中間子で原子核変換させる!

私の歩んだ道―湯川中間子とともに
e0171614_15585276.jpg

中間子の話 (1977年)
e0171614_11331814.jpg

湯川秀樹と朝永振一郎(70円)
e0171614_15563579.jpg

実は、物理学者ではない人は全く知らない話だろうが、物理学者はけっして聖人君子ではない。だから、人のアイデアを盗むわ、人のアイデアを先取りするわ、という実に嘆かわしい歴史的事実があるのである。

今の日本物理学会のすでに重鎮になっている連中でも、いまでは、そうやってそれなりに有名になり、今では欧米の重鎮に居座っている、こういう連中に留学の世話をしてもらったりして、日本国内や欧米で職をもらっているやつらばかりだから、そういう話はまったく世間には出てこないのである。まあ、俺ぐらいのものだろうヨ。

そんな時代とは、1960年代から1970年代のことである。

この時代は、1900年前後アインシュタイン、プランクが量子力学を切り開き、1920〜30年代に量子力学が完成され、それがさまざまな分野に応用され始めた1940〜50年代を過ぎ、湯川の中間子、朝永・ファインマン・シュウィンガー・ダイソンの量子電気力学の完成がほぼ終わり、素粒子の内部構造を発見競争するという時代だった。

この時代をかつてファインマンが評してこんなふうなこと言ったとか(私のうろ覚え)。
「午前のセミナーでは他人のアイデアをけちょんけちょんにけなしておきながら、みんながいなくなった研究室で深夜に必死でそのアイデアを論文にまとめ。翌朝にはだれさきに投稿する。そんな輩ばかりになった。物理学も世知辛くなったものだな。」
まあ、だいたいこんな趣旨のことを言っていたらしいが、こんな時代だったのである。

なにせ、学園紛争の時代、ベトナム戦争の時代と重なったから、この頃の学者は戦争に送り込まれたくなれば、ジョージ・ブッシュのように酒浸りの馬鹿者を演じるか、良い論文を出した天才か、どちらかを演出するほかなかった。確かにこういう外的プレッシャーも要因の1つだっただろう。就職難の時代だったのである。しかしながら、いわゆる偽ユダヤ人や白人の競争時のずるさは群を抜いているわけである。

かつて私の師であるビル・サザーランド博士もそういう時代を経験している。彼の場合は、同じくらいに若い、全く無名のバクスターというオーストラリア人博士と研究上のアイデアを交換したらしい。ところが、奇しくもそのバクスターが、調子こいてアメリカに来てしまった。そして当時研究相手のプリンストンのエリック・リープ博士のポスドクになり、そのアイデアを教えてしまったらしい。そこで、ストーニーブルークのノーベル賞学者のチェン・ニン・ヤン博士のもとで、世界最先端の研究をそれもほとんど完璧にやっていて、ちょっと余裕をかましていたのだが、まだヤン博士とサザーランド博士とバクスター博士以外はまだだれも知らなかったまったく同じ手法で、それを特殊な問題に応用する論文を出されてしまったというわけである。それがリープ博士だったのである。それ以来、サザーランド博士はリープ博士が何度ユタ大に来ても一度も講演は聞いたことがないという話だった。

まあ、これはだれがどうのということを暴露することが目的ではないが、学者とはこんな感じだよ、世間の前では学者然としておるが、裏では普通の人とそれほど大差はないよ、ただ普通の人たちより極めつけに頭がいいだけだよ、ということを言いたいのである。あくまでこれはちゃんと論文にも出ている話である。ただバクスターに教えたというのは、サザーランド博士自身が知っている話だから、直接本人に聞く他はない。

なぜ私が知っているかというと、私が1980年代後半に彼の下で博士論文を作っている時に、私が留学で世話になった甲元博士に個人的に自分の研究を話したからであった。そんな場面で、「お前、何でも人に話すな。お前の研究はいい仕事だから、人に話せば醜い競争になる。だから黙って論文にしろ。」そして、自分の「いた〜〜い話」としてそういう歴史を私に語ったのであった。

そんなリープ博士はいまでは数理物理学世界の大御所になっている。日本にもそのご威光で生きているものはたくさんいるが、そんな大御所でも1960年代ではそんな感じだったのだよ。知らなかったでしょうナ?こんな話は。だからというわけでもないが、やはりだから私はリープは嫌いなんだな。あの雰囲気が。正体を知っているからね。

そのもう一つが、ヒッグス博士であった。この博士も似たようなものだ。当時は、南部洋一郎博士とイナラシニオ(どういう発音がいいか知らないのだが)の理論が先手を打った素晴らしいものだった。そのアイデアをそっくりそのまま頂いてしまったのが、「ヒッグスの理論」いまでいう「ヒッグス粒子」の理論だったのである。

まあ、勝てば官軍だ。いまでは、昔の与太話の1つ、あるいは、武勇伝というようなものだろうが、そういう風潮を当時の物理学紳士であった、ディラック博士やファインマン博士が痛烈に皮肉っていたというわけである。さすがに固有名では言わなかったようだが。なぜなら戦後初のアメリカ人ノーベル賞物理学者のファインマンが出たばかりの頃、アメリカの国威発揮の時代である。仲間たちの醜い競争の姿は得にはならない。もういつでも死んでもいいような歳になるか、私のように、「お前はもう死んでいる」ような学者でないとそういう話を出すものはないからである。

さて、そんな「ヒッグス粒子」を発見するためのものが、「LHC」である。これはその昔、私がユタにいた1980年代では「SSC」(スーパー超電導コライダー)と呼ばれたものである。これはテキサスの大地にできるはずだったが、しかしながら、なんとあのジョージ・子・ブッシュがテキサス州知事をしていたために、州の教育アップの方が先だという反論によって、実現できなかったというわけである。それ以来、チャンスを伺ってきているが、なかなか実現できずに今に至ったといういわくつきの歴史を誇るのである。

この「LHC」は、簡単に言えば、超巨大な電子顕微鏡のようなものである。あるいは、デレビのブラウン管(最近は見ないが)の電子銃の巨大なものと思えばほぼ間違いない。これを地下に埋めて、それも二つを正反対の向きに埋めて、今度は電子の代わりに陽子を使い、正面衝突させるという装置である。テレビの電子銃が100電子ボルトだとすれば、LHCでは、数10テラ電子ボルト=10000000000000電子ボルト以上を出すシロモノである。1の後ろに0が13個付く数である。

例の女性議員は、経済効果や雇用を生むといっているが、それはその筋の企業や技術者に取ってはそうだろうという話。しかも大半は国外の最先端の企業が下請けになる。俗にいう、イルミナティー企業である。だから、地元にはあまりメリットがない。今ではNWOの生粋のネオコンとわかっている、あのジョージ・ブッシュがお断りした装置なんだよ。その地は、その関係者の外人の植民地になるだけで、米軍ほどレベルは低くはないが、似たような連中が住み着くだけのことである。

しかも、実験によって、未知の放射線が無数にすっ飛ぶが、テキサスの砂漠ならいざしらず、こんな狭い日本でやれば、どうなるか分かったものではない。福島の放射能など、赤ん坊に見えるような高エネルギーの放射線が産まれるのである。セルンでも陽子陽子ビームがオバマのノーベル賞講演の時にブルーの渦巻き
e0171614_181159.jpg
を作ったと言われている。そんなものが、日本の地下から出てこないとも限らないのである。

また、数十テラ電子ボルトの電源を何で賄うのか? 原子炉でしょうか? 原子力発電でしょうか?
こういうことを分かって言っているんだろうな、あの民主党の若い女性議員は?

今日本に必要なものは、放射能の除去技術と除染技術である。この手法を開発する方が先だろう。福島原発問題がなければ、LHCも悪くはないだろうが、今ではそんな余裕はないに違いない。私はそう思う。

そしてもう一つが、フリーエネルギー技術の開発である。これはちまたの過去の技術である、風光熱潮汐などを使った発電のことではない。太陽風、電離層、地球磁場、この宇宙の真空や重力から直接エネルギーを取れるかどうか研究するという方向性である。さらにはその延長線として反重力の発見だろう。ヒッグス粒子の発見などどうでもいい。テスラ波の発見、ゼロ点エネルギーの発見、さらには反重力の発見の方がはるかに大事である。

ちなみに、セルン(CERN)でずっと何兆円もの金をつぎ込んできたのだが、いまだにヒッグス粒子すら確信を持って答えられないのである。100%と99・99999%というのはまったく違う。

どうせ探すのなら、ヒッグス粒子を予想したこれまでの「標準理論」が正しいと知って喜ぶだけというよりは、「反重力の発見」やら「ゼロ点エネルギーの発見」の方がはるかに人類には明るい希望の星となるはずである。

まあ、私個人のひとりごとメモだからどうでもいいんだけどナ。

いやはや、世も末ですナ。
[PR]

  by KiKidoblog | 2013-03-06 17:40 | フリーエネルギー

<< ジョーク:パク・クネvs黒田福... 「ブーメラン国会」:すべての質... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE