理論物理vs数理物理:この差が分かる?

みなさん、こんにちは。

さて、私も昔の人で言えば、人生50年をすでに数年過ぎ去った。だから、今では昔の人から見れば、「死後の世界」を生きているようなものだ。余った人生を生きているに等しい。だから、ガンジーの「明日死ぬと思って生きよ、永遠に生きると思って学べ」で毎日を生きている。

それゆえ、最近では、まあ普通の物理学者や学者さんたちや現役の大学教授たちは絶対に口を滑らしてはならないぞと思っているようなことも、ちょこちょことここにはメモしている。

先日の、プリンストンの数理物理の大御所エリオット・リープの話や、ヒッグスのパクリ説などもそうだ。その時代、1960年代では有名なスキャンダルもいつしか人々が世代交代すれば忘れ去られ、世の中は生き残ったものだけの「天下」となるのだ。ノーベル賞とて例外ではない。賞に値する人間がいなければ、作るまでのことサ。だから、たいした学者ではなくとも生き残っているものが賞を受ける。この意味では南部陽一郎博士は危うい所であった。

さて、そんなエリオット・リープの話のついでに、物理学、それも理論物理学の話をメモしておこう。あまりにマイナーな話だから、その筋の専門家や学者か大学院生かそんな物好きにしか分からないだろう話だから、普通の人には時間の無駄かもしれないヨ。

まず、こんな例を取ろう。サッカーのフォワードである。

点取屋のフォワードにも何種類かいる。バルセロナのメッシ
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A Happy New Messi: メッシ4年連続バロンドール!【最も幸福な人とは最も多くの人に幸福をもたらす人】
のように、バルセロナにいれば無敵のメッシ、点取り屋のメッシだが、地元アルゼンチン代表ではちっとも点が取れない。かたやCR7こと、
クリスチャン・ロナウド
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のように、行く先々でどんなチームでも点を取るタイプが居る。

この2人は歴史上の
バロンドール
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クラスだら別格だが、サッカーのフォワードならたいていはこんなふうなパターンに分かれる。さらには、若い頃は良かったが、だんだん年取ってくるとまったくだめになったというものもいる。あるいは、海外にいるときはいいが、日本に帰国後はまったく点が取れなくなったというフォワードもいる。

こんなことはサッカーをよく知らない人でもおおよそ知っていることである。

どうしてこういうことが起こるかといえば、それがその選手の「才能の形」を如実に表しているからである。

つまり、メッシは「使われる選手」であり、「使う方の選手ではない」。だから、イニエスタやビジャやシャビのいるバルサなら天才を発揮できるが、彼らのいない場所ではうまく発揮できない。ところが、クリスチャン・ロナウドは、「唯我独尊タイプ」であり、ツボにはまれば自分一人でドリブルで駆け上がる力があるから、どこのチームにいてもボールさえくれば点が取れる。

また、若いころ良いチームに鳴り物入りで入ったために、そこで大活躍できたが、チームが変わると周りは自分を特別扱いしなくなるために徐々に普通の選手になってしまうというものも多い。むしろ、ほとんどがそうである。

さて、そこで話を科学の世界、物理学の世界に戻すと、実は学者や科学者の場合もまったく同じなのである。同じようなことがいえるのである。こういうことは、サッカーも学者や理論物理学の世界の両方を見てきた私だから言えるのであり、分断脳のいずれか一方しか見れない人間にはそのことは把握不可能であるのだがネ。

物理学者もある時期、例えば、アメリカに留学した時には、とてつもなくいい仕事をしたという人がいる。それが日本に帰国後ぱったり途絶える。例えれば、こういう学者は海外のサッカーチームに移籍したときはいいが、自国に戻ればまったくだめというタイプのサッカー選手だということになる。これは、明らかに海外のチームにいい選手がいたから自分も活躍できたという証明であろう。

また、時に、海外ではぱっとしなかったが、帰国後に花開いたという人がいる。これは、日亜で「青色発光ダイオード」の発明をした
中村修二博士
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や「iPS細胞」の
山中伸弥博士
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がその典型例である。これは例えれば、海外で何かを掴んだり、育成されて帰国後に大活躍した選手というものであろう。要するに、海外にいた時に自分の才能を開花したり、何かをつかむことができたからだということになる。

また、若い頃、学生の頃(大学院生の頃)にいい仕事を行ったが、その後はぷっつり途絶えたというような学者も多い。この場合は、その人の指導教官や指導教授が良かったから、あるいは、周りにいい先輩がいたとか、そういうことが原因であり、その後に独立するとあまり自分には能力がなかったということを証明しているといえるだろう。これは、高校サッカーで選手権で全国大会には出ることができたが、プロにもなれず、サッカーも止めてしまった残念な選手のパターンに対応する。要するに、監督が良かったから良いサッカー選手でいられただけだったということになる。

だいたいこんな感じのことがサッカーでも学者でも起こるのである。同じ人間が行なっていることだから、同じようなことが起こるのである。しかしながら、ロナウジーニョが歌ったように
ロナウジーニョの歌
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「芸術的なサッカーをすることは、博士になるより大変」なのである。

そこで、ある学者が昔、それも学者のなりたての頃、非常に有名な仕事をしたが、それ以後、有名教授になってから行った仕事があまりぱっとしない。それも、若いころの仕事とどことなく雰囲気が異なる。徐々に「自分の色が出てくる」というような場合がある。

物理の言い方をすれば、若いころ「厳密解(exact solution)」や「厳密に解けるモデル(exactly solvable models)」の研究を行なっていたのに、徐々に「厳格解(rigorous solution)」や「厳格証明(rigorous proof)」の研究に移っていったというような場合がある。

上のサッカー選手のたとえで言えば、最初はだれかそういう周りにいい選手がいたから点がとれた。しかし一人になると点が取れなくなったという場合にあたる。つまり、理論物理の場合では、初期に「厳密なことをやる人から影響を受けた」ということになるわけだ。どこかにそんな人がいた。しかし、その後、そういう人たちと疎遠になり、自分流の世界を構築するに連れて、自分の本来の嗜好が如実にあらわれてきた。それが「厳格証明」というものだったということになる。

まあ、理論物理や数学を知らない人には「厳密(exact)」や「厳格(rigorous)」の差が分からないに違いない。ちなみに、日本語にはこの差を表す力がない。だから、普通は両方を「厳密」と呼んでいる。つまり、exact=厳密な、rigorous=厳密な、と訳す。しかし、意味はまったく異なるのである。前者のexactとは「完璧な、完全な、厳密な」、つまり「そのものどんぴしゃり」の意味の厳密、一方、rigorous とは、「厳重な、綿密な、厳格な」、つまり、「きわめてきびしい」の厳密を意味しているのである。だから、我々もそろそろ、exact=完璧な、rigorous =厳格なというふうに厳密に区別すべき時代に来たと私は思う。

この意味でいうと、かの
エリオット・リープ博士

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は、昔は完璧なものを求めたが、ある時期から、厳格なものに変わり果てたのであった。この意味はもう分かるよナ。そう、昔、ヤン(C. N. Yang)とサザーランド(B. Sutherland)の思想圏で研究したが、その時以後はそれができなくなったということを意味するのだ。もちろん、シドニー・バクスターもそうだが、バクスターはずっと1つの場にとどまったから、まだずっとマシだったのだ。

さて、そのエリオット・リープ博士がアメリカの理論物理の殿堂であるプリンストン教授に収まった。だから、その「悪影響」はものすごかった(もちろん、このお弟子さんたちは、逆のことを言うだろうがナ)。私個人は、だいぶ前からこのことを危惧してきたのである。要するに、理論物理学を単なる数学に変えてしまったのである。普通の言い方で言えば、「数理物理学」という分野を理論物理学の主流に据えてしまったのである。

この悪影響は実際には計り知れないものがあるのである。しかし、あまりにリープが偉くなってしまったがために、もはや誰一人反論するものがいなくなってしまったのである。それほどの権威になったのだ。こうなると、物理が死ぬ。

上で説明したように、完全解と厳格解はまったく意味が異なる。なぜなら、ある問題や方程式の完全解が求めれば、もうその問題は完全に解かれたわけだから、それで終わりである。しかし、厳格解というものは、まだ完全解ではないから、いくらでも完全解に近づくための厳格解が存在するからである。いくら自分の答えが厳格解だということを証明したとしても、もっといい厳格解がまた見つかる可能性があるのである。かたや1つ、かたや無限個。この違いは大きい。

むかしの理論物理学者は、彼らの言う「理論」とは「完全解」とその近似解であった。つまり、いつも「完全な理論」を求め、そしてそれを解こうとした。解いた結果を実際の実験と照らし合わせられるように、近似解を使って数値を評価した。だから理論と実験の厳密な比較ができた。

ところが、数理物理学になってしまうと、数値的な評価よりは、証明の方法や証明のエレガントさや優美さの方が主となってしまう。だから、結果を実験と比較することがなくなる。したがって、どんな理論も許されることになる。昨日発表した理論よりすこしでもいい証明であれば今日発表した理論になる。こんなことは昔の理論物理学では許されなかったが、いまでは日常茶飯事なのである。

こういう風潮を生み出した張本人がエリオット・リープ博士であった。

一方、そのリープが若かりし頃、その思想に大きな影響を与えたのが、ノーベル賞学者の
チェン・ニン・ヤン博士
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ちなみに私の師匠は、このヤン博士の一番弟子だったサザーランド博士
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(巨人一家です。息子たちも2m級)
だった。「対称性の破れ」という概念や「ヤン・ミルズのゲージ場理論」を生み出した博士である。普通の言い方で「厳密に解けるモデル」(私の言い方では「完璧に解けるモデル」)を生み出した人である。

私は1998年のアトランタの米物理学会100年祭で一度だけ会ったことがある。たまたま喫茶ブースでコーヒーを買おうとして並んだら、その前にヤン博士が立っていたのである。そこで私がサザーランドの弟子だと話したら、「お前は今どこにいる?」(つまり、どの大学にいる?と聞いた)から、「フリーだ。四国徳島にいる。」と答えたら、「四国? ふ〜〜ん、行ったことないな」という案配だった。ヤン博士の威風堂々たる様はさすがであったヨ。

私はノーベル賞学者で1m以内でちょっとだけ話したことがある人は数人いた。思い出せば、早い方から、朝永振一郎(素粒子)、江崎玲於奈(半導体)、ジョン・バーディーン(超電導)、ジョン・エクルス(脳科学)、S. チャンドラセカール(天文学)、ロアルド・ホフマン(化学)、チェン・ニン・ヤン(素粒子)。見かけたという人も含めたらもうちょっと多くなる。こんな中でもヤン博士は別格である。個人的には、チャンドラセカールが惹かれるものがあった。この世にこんな目をする人がいるのか、というのが私の印象だった。「ブラックホールのような目」であった。

いずれにせよ、日本の学者は、建設的な討論が苦手である。建設的な批判はさらに苦手である。すぐに感情的になるからである。エキサイトするということと感情的になることは異なる。エキサイトするというのは、情熱を持ってすることである。熱を帯びるという状態である。しかし感情的になるというのは、朝鮮人の「火病」的になるということだ。このことからも、日本は古代において朝鮮人の血筋が「お公家さん」として相当数入り込んでしまったからだというのが分かる。まあ、それは私個人の想像していることである。

いずれにせよ、理論物理学が数学になってしまえば、物理ではなくなる。実験結果よりは証明法に心奪われるようになる。わかりやすく言えば、女性そのものよりは、女性の香水の方に心奪われるようになったというようなものだ。一種のピグマリオン病なのである。これでは、本末転倒の科学になってしまうとういうわけですナ。まあ、そんなこともあって、私は数理物理学者が大嫌いである。むしろ物理数学者のほうがずっと好きである。理論物理学者と数理物理学者はまったく異なる人種なのである。まあ、普通の人にはどうでもいいことなのだがナ。
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  by KiKidoblog | 2013-03-08 11:11 | アイデア・雑多

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