「子供横綱」と「人生を変えたビンタ」のお話:松井秀喜や長友佑都を変えたビンタ!

みなさん、こんにちは。

昨日、長友選手のドラマをメモしたのには2つほど理由がある。(あ)一つ目は、「子供横綱」の問題;(い)2つ目は、「人生を変えたビンタ」の問題、がそこにしっかり出ていたからである。ついでにここにそれをメモしておこう。スポーツに興味ない人はスルーを。


(あ)「子供横綱」の問題
まず、なぜその長友選手のYouTube番組をメモしたかというと、それが私が長年日本のサッカー界を見てきていつも感じている問題に直に関連していたからである。

何か?

というと、私がここで何度もメモしたように、日本のスポーツ界全体に見受けられる、いわゆる「子供横綱」の問題につながるからである。

この「子供横綱」の問題は、最近引退した女子柔道選手の福見友子選手を小学生時代に「柘植道場」師範として指導した、元筑波大学の故柘植俊一博士(東大柔道部出身)が
反秀才論
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に書いたことである。

柘植博士は、自ら柔道をやっていたために、我々日本人はもともと国際的に見て小粒な人種であるから、将来的には小型選手になる以上、最初から小粒な選手としての技能を磨かなければならない。日本国内で多少大型だからといって、柔よく剛を制すの柔道の基本を無視し、どでかい選手の技で成長すると、将来国際大会にでると何もできずに終わるようになる。

柔道の
山下泰裕選手
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が中学生のころ、師匠の白石礼介さんが山下選手にそうにいって育てた結果、山下選手は国際試合で前人未到の負けなしで引退したのだという話である。

私はサッカー(や野球)をやって育ったから柔道にはそれほど興味があるというわけではないが、これとまったく同じような問題が日本のサッカーにもあるのである。おおよそ、以下のような対応が付くだろう。
柔道         サッカー
体がでかい      背が高い
力が強い       足が速い

こうなると、小中時代に「試合に勝つこと」を目的にすると、どうしても柔道であれば「体が大きく、体重が重く、力の強い選手」を欲しがり、サッカーでは「背が高く、足が速い選手」を欲しがる結果になるというわけである。

すると、どうしても小学時代には「早熟な選手」が好まれ活躍することになる。そうなると、長友選手のように、サッカーはうまくていいんだけれどもどうも体が小粒。選手の中では一番小さい選手というようなタイプが、Jユースから排除されてしまうのである。

事実、ここの徳島ヴォルティスユースでもそう、長友選手の愛媛ユースもそうであった。実際、日本全国のクラブチームではそうやって選別してきた。だから、日本のJユースからJリーグへは、ライオネル・メッシのような小柄な大選手を発掘育成するのに失敗したのであった。

日本にも小粒な選手はいるが、そういう選手たちは大半が、高校サッカー、高校サッカー選手権で大活躍した選手たちである。日教組からは悪名高き文部省の学校スポーツだが、その学校のクラブ活動こそ、教育の一環としてクラブ活動を行うという名目のために、長友選手のような小粒の選手たちでもたくさん救われてきたのである。

一種の皮肉な結果である。やはり非常に価値あるシステムなのである。

そして、問題はここからだ。

仮に幼少期に同じ年代の日本人選手たちの中では、早熟で体も大きく足も早く、技量も優れていると、小中時代に大活躍できる。ちょっと走れば、大半の選手はまだ体が幼く子供だから太刀打ち出来ない。そうなると、きちんとした基本技術を身につけずとも、ちょっと自分の体とスピードを活かせば、大選手になってしまう。そうして、困ったことに本人も自分がうまいかのように錯覚してしまうのである。

ところが、高校大学に進むと、幼かったり、小粒だったり、足がのろかったりした選手たちにもかなり大人の体や大型化し、足も追いついてくるようになる。ほぼ成長が一致したからである。こうなると、これまでのようにはいかない。簡単に相手をスピードで抜き去ることも難しくなる。こうなると、きちんとした基本技術ができているかどうかが差になって現れる。

しかしながら、幼少期に自分の体の有利さだけで成長してしまったから、さまざまな間違った癖があったり、いまさら基本技術を成長させるということはできなくなる。こうしていくうちに、だんだん平凡な選手になりさがる。(いまの日本サッカー界で「決定力不足」や「シュート力の無さ」の原因はここにある。適当に蹴ってシュートしても、早熟なサッカー選手のスピードに幼いキーパーがついてこれないからである。適当にシュートすれば入ってしまうのである。これを変えるための一つの案として、小学校では中学生のキーパー、中学校では高校生キーパー、高校ではプロのキーパーにきてもらって試合することかもしれない。こうなれば、ちゃんとシュートしない限り一点も取れない。)

さらには、国際大会にもなれば、国内でいくら長身の190cmといえども、海外の選手には2m級がたくさん存在する。結局、国内では180cm級は長身で大型選手として育ったとしても、海外選手たちの中では、むしろ小粒な選手になるわけである。吉田麻也選手ですら英国では大きさで言えば普通以下の選手になるのだ。だから体の大きさだけでは勝負にならない。

だから、最初から小柄の選手としての基本技術を身に付けろ、というのが私がかねてからメモしてきたことなのである。

皮肉なことにというか(大方の日本のJユースやクラブの指導者の考え方に対してだが)、海外で大活躍している日本選手は、古くは奥寺、ちょっと前では中田英寿、最近では香川真司、本田圭佑、長友佑都、乾貴士など、みんな小粒な選手である。なぜ彼らが活躍できているかといえば、まさにサッカーのセンスや基本技術があるレベル以上に熟達したからである。丁寧にサッカーを学び、足元の技術を磨いてきたからなのだ。単に体だけを生かした選手は海外のもっと大型の選手たちに太刀打ちできない。しかし、彼らはむしろ日本の幼少期では大選手というわけではなかった。単にうまい選手だったのである。小さい頃には、「もっと背がほしい」とか「もっと足が速ければなあ」と言われた選手の部類なのである。それがある時期になると本来の才能を開花させ、国際級、ワールドクラスに育ったのである。

すなわち、「子供横綱は本当の横綱にはなれない」という問題、サッカーで言うなら、「幼少期の大選手は大人の大選手にはなれない」ということになるのである。これを「子供横綱問題」と私は呼んでいる。

ついでにいうと、学者の世界にもまったく同じ事が言えるのである。灘、開成、ラ・サールなどの名門中高から東大京大に進学したものから、ワールドクラスの科学者は育っていないということなのである。幼い子ども時代に幼い子ども相手にいくら受験勉強ができたって、そんなもので世界の大学者に育とうというのが無理難題なのである。やはり、基本技術が大事なのである。正しい問題意識、正しい思考法、正しい日常生活、正しいメンタリティー。京大法学部卒の細野モナ雄を見れば明白だ。

さらに問題は、日本サッカー協会やJユースのコーチなど育成する側が、この問題をあまり明確に理解できていないことである。だから、長友選手が、体が小さすぎて愛媛ユースを落選し、そのショックで非行少年になりかけたのである。これと同じような少年は無数にいる。

そして、ここに次の問題。「ビンタの問題」につながるのである。

(い)「人生を変えたビンタ」の問題
時に、先生や親などによる「たった一発のビンタ」が人生を大きく変えることがある。良くも変われば、悪くも変わる。しかし、往々にして、日本人の場合、そのビンタのせいで大きく「良い方向へ」変わったという例がしばしば存在するのである。

したがって、「体罰」問題と「ビンタ」問題を味噌糞にする人はここを間違えるべきではない。「ビンタ」は体罰のようでいて体罰ではない。暴力のようで暴力でもない。しかし、これは朝鮮人には通じない。

まずたった一発のビンタがその後の歴史を変えてしまったのが、日韓問題の最初の起こり、李承晩問題である。
李承晩(イ・スンマン)

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は朝鮮戦争で南朝鮮側を仕切った(率いたのではない)自称元両班の子孫である。初代韓国大統領である。李承晩は、あっちこっちと日本軍の邪魔ばかり、わがままのし放題のため、業を煮やした旧日本陸軍の士官が李承晩にビンタした。実はこれが、朝鮮人の「反日思想」の先駆けだったと言われているのである。この一発のビンタのために「この仕打は1000年忘れないメンタリティー」によって、以後一切にわたって、韓国は日本の邪魔をするようになったのである。
「両班」と「ビンタ」、南北を分けたもの!?:「朝鮮戦争」の光と陰


次に「ビンタが歴史を変えた」のは、最近ミスター・ジャイアンツの長島監督といっしょに国民栄誉賞をもらった、松井秀喜選手である。松井選手の「ビンタの伝説」もまた有名である。

松井選手は、幼少の頃から体に恵まれ、常にスポーツでは大選手だった。野球でも大選手で、小学校では松井選手用のネットまで作られたというほどである。ところが、小学生の頃の野球の試合の際、審判の判定に不服で、カッとなってバットを投げ捨てたという。それを見た監督が飛んできて、松井選手に「ビンタ一発」を食らわし、とうとうと言って聞かせたという。そして、松井選手は自分の不甲斐なさを恥じ、改心したというのである。

これ以来、松井選手は、偉大な選手へと変貌していく。そして、甲子園で明徳義塾との全部敬遠フォアボールでも何一つ不服を言わない、という件につながったというのである。


そして、最後が、長友選手の「ゲームセンター入り浸り事件」である。
長友佑都物語

愛媛ユースに入れず、地元の中学校のサッカー部は弱小で不良のたまり場。サッカーに打ち込む場もなく、その鬱憤を毎日ゲームセンターで晴らしていた。憂さ晴らしである。もしここで悪いトモダチができれば、それまでだったに違いないが、そこへ幸いに新任の若い先生がサッカー部にやってきた。その先生が、長友選手を見つけるなり、

ビンタ一発。おまえなにしてるの? 母さんはだれのために頑張っていると思っているの?

とこうこうと言い聞かせた。それが、長友選手の改心につながった。


アントニオ猪木の「愛のビンタ」は有名だが、たるんだ気持ちをビンタで目を覚まさせるというのはよくあることである。

もし「体罰禁止」が過剰となり、こういうものまでご法度になれば、ひょっとしたらもう二度とこういった大選手は育たないという可能性もある。愛の鞭としてのビンタ(平手打ち)と虐待の暴力としてのビンタ(グーパンチ)はまったく異なるのである。

しかし、けっして朝鮮人に手を出してはいけないそうですゾ! 一生恨まれるそうだヨ。
朝鮮人とは関わらないこと。これに限るそうだ。(福沢諭吉談)

言っている意味分かるよネ?


おまけ:
リオ五輪エース候補 平岡翼J争奪戦
 リオ五輪のエース候補を巡り、J1クラブが水面下で争奪戦を繰り広げていることが12日、分かった。U-17日本代表候補MF平岡翼(たすく=作陽3年)
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が今日13日から東京の練習に3日間参加。さらに翌日の16日から4日間は浦和を訪れ、J1武者修行をする。まだいずれも正式オファーには至っていないものの、獲得に乗り出すことを前提とした参加。また、磐田やJ2岡山など複数クラブが興味を示しており、来季に向けた争奪戦は必至だ。
 165センチと小柄ながら、抜群のスピードから繰り出す切れ味鋭いドリブルが、平岡最大の武器。東京関係者は「あれだけ桁外れのスピードは魅力。プロに囲まれた練習の中で見てみたい」とほれ込み、J1では一番乗りで練習参加にこぎ着けた。スピードタイプのドリブラーはこれまでにも少なく、新たな武器として期待を抱いている。
 一方で、浦和は「田中達也2世」として注目。昨季まで所属した元日本代表の新潟FW田中と同タイプで、浦和関係者は「ペトロビッチ監督のサッカーにフィットできるか分からないし、まずはうちの練習に参加して雰囲気なども分かってもらおうということ」と、開幕前のキャンプで参加を打診していた。だが、U-17日本代表候補合宿に招集されたため断念。プリンスリーグと高校総体予選の合間をぬって、このタイミングで参加になった。
 現在17歳で、3年後のリオ五輪のときには20歳。昨夏のロンドン五輪でプレーしたスタンダールFW永井のように、スピードで世界を驚かすことができる期待の好素材が、まずはJ1の門をたたく。
 ◆平岡翼(ひらおか・たすく)1996年(平8)2月23日、奈良県橿原市生まれ。小学校から中学まで、ポルベニルカシハラでプレーし、高校は岡山の作陽へ進学。持ち前のスピードが評価され、U-15日本代表候補に選出された。昨年度の全国高校サッカーでは8強進出。2年生ながら日本高校選抜に選ばれ、デュッセルドルフ国際に参加し優勝に貢献した。今年2月にもU-17日本代表候補合宿に招集。165センチ、62キロ。
俺の言っている通りだろ。Jユーススタッフは、子供時の見た目の早熟さや体つきで選手を選んでは間違いだということですナ。将来性や適性で選抜すべきなのだ。単に体が大きいだけであれば、他のスポーツの適性があるかもしれないのである。
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  by kikidoblog | 2013-05-10 14:30 | サッカー&スポーツ

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