岡潔博士の「自然科学観」、「自然科学は間違っている」:いや〜〜、実に鋭い!

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父の言葉
日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。
−− 岡潔


みなさん、こんにちは。

今回は、日本の世紀の天才数学者、

岡潔(故人)
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のことをメモしておこう。私はこの人のファンである。

というのも、数学者でありながら、自然科学にも独特の思想や観点を持っていたからである。それも、実に挑戦的かつ批判的かつ破壊的観点を持っていた。ここがすばらしい。何事も新規なものはいったんすべてを破壊しない限り生まれない。そこを十二分に理解していたということである。

もちろん、岡潔博士は数学以外のほとんどすべてにも精通していた。特に、仏教思想にも西洋思想にも詳しかった。そんなものは、以下のサイトに詳しい。
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数学者岡潔思想研究会
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岡潔博士は、数学において、たったの10通の論文しか公表していない。しかしながら、この10通は全部続きものであり、全部合わせると電話帳ほどの厚さになる。(もちろん、私は手元に持っている。)そして、そのそれぞれが、あまりに完成度が高く、欧米の偉大な数学者たちも舌を巻くほど、どころか、畏敬の念で、「私にはそんな論文は書けない」と言わせてきたものである。それほどの深さと美しさと簡潔さとを兼ね添えた論文として知られている。
(この岡潔の論文作りの方法すら実に興味深いものだった。コンピュータのない時代に、手書きで、まず日本語で何度も何度もいったん完成したものをまったく新しくはじめから全部書きなおす。それを繰り替えして一番優れたものを、今度はフランス語に書き直す。そしてまた何度も最初から書き直す。こんなことを何年も続けて、やっと1通の論文を書く。まさに書き上げる。パソコンでちょこちょこっと書いてハイ終わりの昨今の学者にはできない芸当である。現代の学者たち、己のインチキを恥じ入ろうではないか。)

そして、いま岡潔の業績としてよく知られているのは、その一連の論文の一番初期のもののテーマである。「層」の概念というものである。英語では「sheaf(シーフ)」という。このシーフ理論、または、「層の理論」を作り、それを使って、「多変数複素関数論」というまったく当時手につかなかった世界をほぼ一人で完成してしまったのが、この岡潔博士であった。(あとは、いまだ手付かず。理解できる数学者は皆無に近いと言われている。その意味では宝の山である。)

この一変数(一個の複素数)の場合を完成したのが、かのオイラーであった。複素数(z = x+ iy)という世界を初めて導入し、数学のすべてを作り替えたのであった。

このオイラーの自然な拡張を行ったのである。すると、多変数の複素数を扱うわけだから、さまざまな問題、それもだれも聞いたことも見たこともない状況が、その都度出てくるのである。

普通はそうなると「難しい」、「無理だ」、「時代が早すぎる」とかいって、自分にすぐできることでごまかすのだが、岡潔博士は、そういうことを一切せず、寝ずの集中力で一つ一つそれを切り開いていったのである。

この集中力は「3日寝ずに考えた」とか「時には一週間寝ずに考えた」というレベルである。だから、時に普通の人には「不可解な人物」に見えたのである。精神病院送りになりそうなことも何度もあったという。

そんな感じの真に学究らしい学者であった。

その岡潔博士が生前あらゆる場面で現代物理学に対してきわめて辛辣な意見を持っていたのである。もちろん、当時「夢の原子力」と言われた、当時の最先端のものに対してもそうであった。
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いったい30年足らずで何が分かるだろうか。わけもわからずに原爆を作って落としたに違いないので、落とした者でさえ何をやったかその意味が分かってはいまい。

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さらには、こんな言葉も。
【8】 大宇宙の本体は情である

情がどうして生き生きしているのかということですが、今の自然科学の先端は素粒子論ですね。これも繰り返しいっているんだけど、その素粒子論はどういっているかというと、物質とか質量のない光とか電気とかも、みな素粒子によって構成されている。素粒子には種類が多い。しかし、これを安定な素粒子群と不安定な素粒子群とに大別することができる。
その不安定な素粒子群は寿命が非常に短く、普通は百億分の一秒くらい。こんなに短命だけれど、非常に速く走っているから、生涯の間には一億個の電子を歴訪する。電子は安定な素粒子の代表的なものです。こういっている。
それで考えてみますに、安定な素粒子だけど、例えば電子の側から見ますと、電子は絶えず不安定な素粒子の訪問を受けている。そうすると安定しているのは位置だけであって、内容は多分絶えず変っている。そう想像される。
いわば、不安定な素粒子がバケツに水を入れて、それを安定な位置に運ぶ役割のようなことをしているんではなかろうか。そう想像される。バケツの水に相当するものは何であろうか。私はそれが情緒だと思う。
やはり情緒が情緒として決まっているのは、いわばその位置だけであって、内容は絶えず変わっているのである。人の本体は情である。その情は水の如くただ溜まったものではなく、湧き上る泉の如く絶えず新しいものと変っているんだろうと思う。それが自分だろうと思う。これが情緒が生き生きしている理由だと思う。生きているということだろうと思う。
自分がそうであるように、他(ひと)も皆そうである。人類がそうであるように、生物も皆そうである。大宇宙は一つの物ではなく、その本体は情だと思う。情の中には時間も空間もない。だから人の本体も大宇宙の本体にも時間も空間もない。そういうものだと思うんです。

さらには、こんな講演も行なっていたのである。
「自然科学は間違っている」


普通に考えて、これは無視してはならないだろう。ましてや、我々理論物理学者は、いわば「座標や空間」の創始者である岡潔博士がこう言っているのだ。ぜったいにそれに対して、それなりの返答を行わなくてはならないだろう。

言い換えれば、「物理学者に挑戦してきた」わけだから、それを受けなくてはならない。

がしかし、いまのところ、物理学者からはなしのつぶてである。無回答。まあ、逃げの一手。もうだれも岡潔の名は知らないから、黙っておけよ、というところだろうか。

しかしながら、この岡潔博士の「宇宙は情でできている」というのは、いまでは、いわゆる「スピリチュアル系」の人ならすぐにピンとくるはずのものである。それを岡潔博士は遅くとも1970年代には明確に理解していたのである。40年以上前の話である。実に興味深い。

さて、その岡潔博士の観点で、上で赤字にした部分が特に興味深いのである。
「安定しているのは位置だけであって、内容は多分絶えず変っている。そう想像される。」
「不安定な素粒子がバケツに水を入れて、それを安定な位置に運ぶ役割のようなことをしているんではなかろうか。そう想像される。」
「バケツの水に相当するものは何であろうか。」

つまり、「不安定なものは、なにかを背負ってやってくる」。いわば、安定な物質の間をいきかいするメッセンジャーボーイのようなものだろう、というのである。実に興味深い。

数学の世界では有名なのだが、特に岡潔博士の御存命中ではそうだったらしいが、岡潔博士が「いま」言ったことは、その後何十年か経って「やっぱり本当だった」ということが常だったというのである。数学でも、岡潔博士には証明を(論文に)つける必要のないこと(つまり、書くまでもないこと、もちろんご本人は証明している)であっても、それを読んだ人が「証明をすると、やはり正しかった」ということが頻繁に起こったのである。

だから、「論文数」という意味では、たったの10通しかないのだが、つまり数字上は10でしかないが、その価値は100年分にも相当するというものだったといわけである。こういう人はもちろんめったに現れるものではないが、いわゆる「論文数」や「論文引用数」などの数字では評価できないタイプの典型例なのである。

かの湯川秀樹はどちらかと言えば、物理学の世界では、文系的な人で、物理を文学的に捉えた人である。この湯川秀樹博士も通称「◯の理論」といって、黒板(時空)に◯を書いて、
「素粒子とはこの◯のようなものだ」
といったのであった。

この発想がアメリカのチュウ博士に届き、それが「紐理論」の元祖になった。そしてアメリカのチュウ博士の周りにいた若手たちがクォークの中身は「◯いヒモ」だというアイデアを発展させたという歴史がある。

それに対しても岡潔博士の観点は明解だ。こう言っている。
「自然科学は間違っている」 岡潔著

【 2】 自然科学者の時間空間

自然科学者は自然というものをどういうものだと考えているかということを代りに言ってやって、そして、それを検討するより仕方がない。

自然科学者は初めに時間、空間というものがあると思っています。絵を描く時、初めに画用紙があるようなものです。そう思ってます。時間、空間とはどういうものかと少しも考えてはいない。これ、空間の方はまだ良いんですが、わかりますから。時間の方はわかりませんから。

時間というものを表わそうと思うと、人は何時も運動を使います。で、直接わかるものではない。運動は時間に比例して起こると決めてかかって、そういう時間というものがあると決めてかかって、そして、時間というものはわかると思っています。空間とは大分違う。

人は時間の中なんかに住んでやしない。時の中に住んでいる。

時には現在、過去、未来があります。各々、全く性質が違うんです。それ以外、いろいろありますが、時について一番深く考えたのは道元禅師です。

が、その時の属性のうちに、時の過去のうちには「時は過ぎ行く」という属性がある。その一つの性質を取り出して、そうして観念化したものが時間です。非常に問題になる。

が、まあよろしい。ともかく初めに時間、空間というものがある、その中に物質というものがあると、こう思っています。
【 3】 五感でわかるもの

物質は、途中はいろいろ工夫してもよろしい。たとえば赤外線写真に撮るとか、たとえば電子顕微鏡で見るとか、そういう工夫をしても良い。しかし、最後は肉体に備わった五感でわかるのでなければいけない。こう思ってます。

それじゃあ、どんなに工夫しても五感でわからないものはどうなのかというと、そういうものはないと思っている。「ない」といってるんじゃありません、「ない」としか思えないのです。だから、仮定とも何とも思ってやしませんから、それについて検討するということはしない。

五感でわからないものはないというのは、既に原始人的無知です。しかも、自分がそう仮定してるということにさえ気付かない。それについて考えるということができないというのは、実にひどい無知という外はありません。そう感じます。

で、そういう物質が自然を作っている。その一部分が自分の肉体である。

ところが、空間といわないで、時間、空間といいました。だから空間の中に物質があって、それが時間と共に変化するということでしょう。だから物質があれば働きが出る。それで自分の肉体とその機能とが自分である。自然科学者はこう思っています。

これはしかし、自然そのものではなくて、自然の極く簡単な模型だと、そう感じます。それで、これに名前をつけて物質的自然と、そういうことにします、のちに要るでしょうから。

【 4】 自然科学と生命現象

ところで、自然のできるだけ簡単な模型を考えて、その中を科学するということは、知ってやってるのだとすれば確かに一つの研究方法に違いない。知らずにやってるんですけど、それでもある結果は出るだろう。そうは思います。しかし、こういう簡単な模型の中だけを調べたのでは、わかるものは物質現象だけで、生命現象はとてもわからないのではあるまいかと、こういう疑いが起こります。それで自然科学に聞いてみましょう。

人は生きている。だから見ようと思えば見える。何故であるか。
自然科学はこれに対して本質的なことは一言も答えない。

余計なことはいっています。視覚器官とか視覚中枢とかいうものがあって、そこに故障があったら見えないという。故障がなかったら何故見えるかは答えない。だから本質的なことは何一つ答えられないのです。

人は立とうと思えば立てる。この時、全身四百いくつの筋肉が突嗟に統一的に働くから立てるのですが、何故こういうことができるのか。
これに対しても自然科学は本質的なことは一言も答えられない。

人の知覚、運動、どれについても本質的なことは一言も答えられない。知覚、運動というのは生命現象の「いろは」でしょう。もすこし突っ込んだものを申しましょう。

人は観念することができる。観念するというのはどういうことをいうのか。
一例として、
哲学することができる。何故か。
自然科学は勿論、一言も答えられない。

人は認識することができる。何故か。
これに対しても一言も答えられない。

人は推理することができる。何故か。
これに対しても一言も答えられない。

それじゃあ一番簡単に、人は感覚することができる。何故か。
これに対してすら自然科学は一言も答えることができない。

【 5】 自然科学の無知

それじゃあ物質現象なら可成りわかるのか。で、聞いてみましょう。

物質は諸法則を常に守って決して背かない。何故か。

これに対しても自然科学は一言も答えられない。だから物質現象のほんの一部分、非常に浅い部分だけしかわからんのです。

で、それでも人類の福祉に役立ってはいます。たとえば医学は自然科学です。可成り人類の福祉に役立ってはいます。しかしながら、医学の人類の福祉に役立つ役立ち方は、何が何だかわからんままに役立っています。

ところで、間違った思想の洪水から逃れようとするには、智が要ります。無知なままで福祉に役立ってたところで仕方がない。それで物質現象のほんの一部分しかわからんというのは、完全な無知とほとんど選ぶ所がない。

そして、途中をはしょって、一番最後ではこう言っている。
【 8】 個人主義と物質主義

そうすると人が現実にその中に住んでいる自然は、単に五感でわかるようなものだけではなくて、無差別智が絶えず働いているような自然でなければならない。

ところが無差別智というのは個に働くのです。だから無差別智の働きというと個の世界の現象です。しかし個の世界は二つの個が一面二つであり、一面一つでなければならない。こういう世界です。だから個の世界は数学の使えない世界です。。

これに反して、物質的自然は数学の使える世界です。だから人は物質的自然には住んでいないのです。

物質さえわかれば全てわかるという考え方、間違ってますが、これを物質主義といいます。また肉体とその機能とが自分であると、そういいましたね。肉体とその機能とが自分であるというのも間違いですね。まあ間違ってるとはっきり言えないまでも、自然科学の間違いから来てるということでしょう。これを個人主義というのです。

肉体とその機能とが自分であるというのが個人主義、物質がわかれば皆わかると思うのが物質主義。どうも物質主義、個人主義が間違った思想の基だと、そう思います。

で、自然科学は間違っている。それから仏教はどういうか一応聞きました。この後、自分の目で見、自分の頭で考えて行ってみる。

とまあ、こんな感じのことを考えていた数学者である。

道元の思想を徹底的に追求し、松尾芭蕉を徹底的に追求し、結局、人間には15識までの知覚ががあり、日本人は10識まで、東洋人は9識まで、西洋人は8識まで、そして凡人は6識(=意+5識)、そして動物が5識(視覚(目)、味覚(口)、臭覚(鼻)、聴覚(耳)、触覚(身体))だという結論を得たのであった。

そして、中でも、道元禅師は14識、松尾芭蕉は15識まで行っていたというのである。

最後に、「いかに岡潔博士は覚醒していたか? 」を物語る講演録がある。1970年のものである。
【5】 目覚めた人

第2の心を自分と自覚した人を目覚めた人と云い、そうでない人をねむっている人と云うとよいと思います。目覚めた人のことを仏教では仏、大菩薩と云い、日本では天つ神と云います。中国で聖人と云われている人には目覚めている人が多い様です。又仙人とか神仙とか云われてる人達の中にも、目覚めてる人はいると思います。ギリシャには目覚めてる人は見当たらない。欧米には、キリスト教の中で目覚めた人はいただろうと思いますが、外には目覚めている人は見当らない。

そして、私は最近これらの岡潔博士の言説を読んではじめて、どういうわけで西洋人には秘密結社だとか、宗教だとかに凝り固まってしまう人間ばかりとなるのかということが理解できたというわけですナ。これについてはまたいつかにしよう。

じゃ、目覚めた人とはどんな感じの人か? 人は目覚めた時、どんなふうになるのか?
というと、こうある。
【6】 数学の使えない世界

この、第2の心の世界ですが、二つの第2の心は二つとも云える、一つとも云える。
不一不二と云うんです。不一不二と云ったら二つとは云えない一つとも云えないのですが、この自然と自分とは不一不二、他人と自分とも不一不二、こう云う風。
この第2の心の世界はその要素である第2の心は二つの第2の心が不一不二だと云うのだから数学の使えない世界です。又この世界には自分もなければ、この小さな自分ですよ、五尺の体と云う自分もなければ、空間もなければ時間もない。時はあります。現在、過去、未来、皆あります。それで時の性質、過去の性質、時は過ぎ行くと云う性質はあります。しかし時間と云う量はありません。そんな風ですね。自分もなければ空間もなければ時間もない。その上数学が使えない。物質はここから生まれて来て、又ここへ帰って行っているのだと云う意味になることを、山崎弁栄上人が云って居られる。
そんな風に不一不二だから目覚めた人はこんな風になる。

花を見れば花が笑みかけているかと思い、
鳥を聞けば鳥が話しかけているかと思い、
人が喜んで居れば嬉しく、
人が悲しんで居れば悲しく、
人の為に働くことに無上の幸福を感じ疑いなんか起こらない。

こんな風です。


いずれにせよ、岡潔博士の晩年の著作の出版が欲しい。岡潔博士は、いまでいう「スピ系」の人が知りたいことの根本にすでに到達していたからである。そこに至極の言葉の数々や真理で溢れかえっているのである。


おまけ:
 情緒の濁りはいけない。
 情緒は喜怒哀楽によって濁ります。とくに、人を憎むというようなことをするとひどく濁ります。
 それで、大自然の理法は大自然にまかせてしまいます。そこは人にはやれないし、また、大自然がやってくれるのでまかせておいていいのです。それでは、人はなにをすればいいか。
 その情緒を、できるだけ清くし、美しくし、深くすることです。なかでも深みをつけていく。これが大事です。真・善・美とやり方は分かれていますが、どの道にせよ、畢竟そういうふうにつとめるべきなのです。
 これが人類の向上だと思うのです。



おまけ2:
追記(7月12日)
「数学の世界では有名なのだが、特に岡潔博士の御存命中ではそうだったらしいが、岡潔博士が「いま」言ったことは、その後何十年か経って「やっぱり本当だった」ということが常だったというのである。」の部分に関して一番有名なのは、広中平祐と岡潔のエピソードである。
広中平祐が33歳でコロンビア大学教授に就任が決まったとき、当時未解決の大問題であった代数多様体の特異点解消問題について日本数学会で講演した。その内容は、一般的に考えるのでは問題があまりに難しいから、様々な制限条件を付けた形でまずは研究しようという提案であった。その時、岡潔が立ち上がり、問題を解くためには、広中が提案したように制限をつけていくのではなく、むしろ逆にもっと理想化した難しい問題を設定して、それを解くべきであると言った。その後、広中は制限を外して理想化する形で解き、フィールズ賞の受賞業績となる[7]。

岡潔より

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  by kikidoblog | 2013-07-08 11:50 | 岡潔・数学・情緒

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