「日の当たる場所」:「光をあびて」刺は枝になる。



みなさん、こんにちは。

今回は私の実に小さな個人的発見についてメモしておこう。柑橘類という植物のことである。

(あ)私は食べた夏みかんの種を一度、私の机の上の小さな鉢に植えてみた。それに水をやること3年。それが芽を出し、いつしか木に成長してきた。かなり大きくなった。いまでは一見すれば立派な木である。

だから、私はこの夏みかんの木が双葉の頃から知っている。この双葉の一つは「ハート型」だった。これは最近、鉢を大きくする時にうっかり落としてしまった。とういうのも、すでに枯れていたのだが、その理由がわからなかった。

そこで、鉢を入れ替える時に土の先を見ると、どうやら根が鉢より先の下のプレートまで飛び出し、そこから水分が取れず、一部の葉っぱが病気になって枯れたらしい。

このことから、私はまず次の発見をした。発見というよりは予想かもしれないが、
根と葉はほぼ一対一にリンクしているのではないか、
ということである。つまり、根は我々に見えない土の中を複雑怪奇に微細な生え方をしているのだが、その根のグループや位置情報とその上の地上に生えた木の枝分かれや葉っぱの一つ一つの生い茂り方と根っこのはびこりの仕方が一対一で関係しているのだろうということである。

その結果、ある部分が鉢の外に飛び出した瞬間から、そこに関係した葉っぱの部分だけ枯れ始めたのではないか。そう見えるのである。

そこで、実験として、根っこが元に戻るように全部が入る程度に大きな鉢に変えたのである。すると、どうやら部分的に枯れていた葉っぱもまたまた緑に戻りつつある。

(い)次の発見は最近気づいたものである。

この木は何年も小さな双葉の頃から同じ方向を向けていた。鉢を回転することはほとんどしなかったため、光を受ける方向に偏って葉っぱが付いていた。そして植物がそっちの方にだけ枝を多く生やしながら成長した。つまり、光を多く受ければ受けるほど、枝も葉っぱも光のほうに生えたというわけである。

ところで、柑橘類には刺(とげ)がある。葉っぱの根本の上部にかならず刺が付いているのである。
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ながらく、私はこの刺が何のためにあるのかわからなかった。それが今回やっとその目的を発見したのである。これが第二の発見である。

今回鉢を大きくしたついでに、私はちょっと生え方がアンバランスになったために、方向を180度回転して、これまで日が当たらなかった方向から窓の日が当たるようにしたのである。すると、しばらくして驚くべきこと(もっとも農家の人や植物の専門家には常識だろうが)を発見した。

それは、これまで「単なる刺だ」と思っていた部分が成長し、「枝に変わった」のである。つまり、光を浴びて刺が枝に成長したのである。
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これは何を意味しているか?

というと、「刺はセンサーだ」ということである。「光センサー」である。刺は一定の光を浴びると、それが枝に変化する。そういう性質を持っているということである。

そして一度枝に成長するとそのまま枝として順調に大きく成長できるようである。
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こうして、新しい枝ぶりが誕生する。そしてそこには葉っぱが生い茂り始める。そして、木はバランス良く成長することができるようである。同時に見えない土の中でも、新しい葉っぱの成長と同時に、新しい根っこが対応する場所から生えているわけである。

これが今回の私の発見であった。


さて、翻って人間社会にまでこの話を援用できるだろうか?

これがうまく出来れば立派な随筆家ということになろう。私の知る限りでは、やはり人間社会にもこれは援用できるのではないかと思う。

若者はこの刺のようなものである。成長する前は社会にとって刺以外の何物でもない。下手をすれば刺される。刺がずっと刺のままでいるのは、その刺は葉っぱの奥深くの日の当たらない場所にいるからである。その刺本人はそれがそうだとは分からない。ところが、あることがきっかけで日の当たる場面に登場する。すると単なる刺だと思っていた刺が成長し始める。すると、そこに新しい葉っぱが出てきて、立派な枝ぶりに成長する。木全体の中の立派な役割を担う構成員になる。そして木に栄養を与える役割を立派にこなすようになる。

はたして、その差は何だったのか?

それは日があたったか、あたらなかったかの差にすぎない。

ある時、二人の若者が駒込に住んでいた。二人は同じくらいの年齢で社会の中の日の当たらない場所にある刺にすぎなかった。あるものはあまり日がささなかった。そのままごくふつうの人生を歩いていた。しかし、あるものには日があたった。ちょっとした偶然で芸能界の目に止まり、芸能界の日を浴び始めたのである。すると、後者は徐々に葉をはやし大きく成長していった。これが江口洋介であった。無名時代の江口洋介はよく駒込あたりを歩いていたと言われている。

今回のサッカー日本代表もそうである。「国内組」が久しぶりに登場する。「国内組」であれ、日の当たる場所に出る。すると、光があたる。光を浴びる。すると、一個の刺のような存在がひょっとしたら大きな枝に成長するものが現れる。

人間社会もまた、そして人間もまた、一種の植物のようなものなのである。
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  by kikidoblog | 2013-07-17 10:59 | スピリチュアル

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