8月15日「終戦か、敗戦か、停戦か」:やはり「新憲法」を作るべきですナ!

みなさん、こんにちは。

さて、以下は普通の人には痛〜〜すぎる話。まあ、私個人の妄想だと思って、スルーして欲しい。個人的メモにすぎない。


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この1年で大きく変わったことは、「日本人が覚醒した」ということだろうか?

この「覚醒」という語もあいまいな言葉だから、人それぞれ好き勝手に使っているようだ。しかし、ここでは文字通りの意味の「目が覚める」という意味に過ぎない。けっしていわゆるマイルド左翼の「お花畑系」の人達が言う「覚醒」の意味ではない。あれは「覚醒」というよりは「洗脳」である。むしろ、げんこつ食らって痛い思いして目が覚めたに近い。

昨年の今日、私はこんなものをメモしていた。
8月15日は終戦記念日か敗戦記念日か?:戦後の日本は米軍による在日支配の歴史!?

これによれば、8月15日を「終戦」というのは当時の日本人の「臣民」感情としては当然であった。が、実際には「停戦」だったということになる。それを「敗戦」したかのように扱われてしまった。ここに戦後日本の悲喜劇がある。

ちなみに、ねずさんによれば、「臣民」という言葉と「国民」という言葉には似て非なる雲泥の差があるのだということらしい。だからあえて「臣民」と使った。
終結の詔勅

さて、もうひとつ最後に書いておきたいことがあります。
終戦の詔勅の中で、陛下は、私たち国民に、「爾臣民(なんじしんみん)」と呼びかけられています。
この「臣民」という言葉について、ずいぶん以前になりますが、以前誰かがこのブログのコメント欄に、
「臣民とは、天皇に直接支配される人民のことだから、教育勅語下では、国民は天皇に隷属するものです」などとアホなことを書いてきました。

以前はこうしたコメントも、そのまま掲載を許可していましたが、最近では、いくら当ブログにこのようなくだらないコメントを書いても、即削除しています。
なぜ「アホ」なのか。
自分の不勉強を棚にあげて、狭量な自分の世界だけでものごとをとらえようとしているからアホなのです。

「臣民」という言葉は、近世までは用語例ほとんどなく、あたりまえの概念に他ならなかったものです。
それが明治憲法で法律用語として使われて、注目されるようになった言葉です。

「臣民」は、「臣」と「民」という二つの漢字からできていますが、そもそも「臣」と「民」とは全く異なる概念です。
なぜなら、「臣」は、治者である君主に仕える人臣、臣下を指し、「民」は、被治者を指すからです。

漢字の「臣」は、もともと下に伏せて俯いた目をあらわす象形文字です。
「民」は、目を針で突いて目を見えなくした姿をあらわす象形文字です。

要するに、ただ「民」というならば、それは「盲(めしひ)たる民」(盲民)であり、ただの奴隷です。
ところが「臣」は、君を支え、君とともにある者たちです。
ですから「臣」のなかでも、大物になると、これが「大臣」となります。

もっというなら、「国民」のほうが、よっぽど酷い言葉です。
なぜなら「国民」は、国によって目をつぶされて何も見えなくなった奴隷という意味になるからです。


さて、戦後の「真の歴史」については、一番最初の昨年の今日のものを見てもらい、今回はまた憲法前文のことだけメモしておこう。

我々戦後生まれの「戦争を知らない子どもたち」というのは、というより、「戦争が起こる前の日本を知らない子どもたち」という世代はどうも生まれつき「左翼思想」(これは在日朝鮮人の工作だったことがすでに証明されている)の「刷り込み」(インプリンティング)されているようである。この手の「刷り込み」による「洗脳」ほど恐ろしい物はない。が、こんな状況であったことを知れば、

「だれも朝鮮人や支那人を馬鹿にすることはできない。」

というところだろう。なぜなら、我が国も似たようなものだったからである。


多くの日本人は「戦前の憲法」を悪の代名詞のように思っているが、憲法の前文の格調の高さを比較する限り、ふつうの感性で明治憲法と昭和憲法とを比較すれば、明らかに明治憲法の精神の方が日本人を「臣民」として取り扱っていることが分かる。昭和憲法は「国民」として扱っているのである。上のねずさんの説明によれば、「国民」=「シープル」=「B層」という意味にすぎないからである。

明治憲法の前文は、それまで天皇家と臣民の間には特に言葉による約束事はなかった。そういう不文律の形式で3000年を生きてきた。ところが西洋列強の侵略行為の最中にあって、明治維新を成し遂げ、西洋時代風の憲法を制定し、野蛮な西洋の帝国主義時代に備えなければならなくなった。そういう時代に天皇が臣民の前にその御姿を現し、臣民と天皇との間の約束事を決める必要に迫られた。そこで、天皇が憲法前文において、自分の意思表明を書き連ねたのが、「明治憲法前文」であった。西洋型の「日本国」を作るにあたり、天皇が臣民に対して思う期待や希望や義務や心意気を明文化したのである。どうやら明治憲法の前文とはそういうものであった。
大日本帝国憲法

 朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ卽チ朕カ祖宗ノ惠撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ增進シ其ノ懿德良能ヲ發達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼贊ニ依リ與ニ倶ニ國家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ明治十四年十月十二日ノ詔命ヲ履踐シ玆ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム
 國家統治ノ大權ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ傳フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ將來此ノ憲法ノ條章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ
 朕ハ我カ臣民ノ權利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範圍内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス
 帝國議會ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議會開會ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
 將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
 朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ爲ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及將來ノ臣民ハ此ノ憲法ニ對シ永遠ニ從順ノ義務ヲ負フヘシ

現代語訳
 朕は、祖宗の功績を受けて万世一系の帝位をふみ、朕の親愛なる臣民はすなわち朕の祖宗が恵み、愛し、慈しみ、養ったところの臣民であることを思い、その幸福を増進し、その立派な徳と生まれながらの才能を発達させることを願い、またその補佐によって、ともに国家の進運を助けてくれることを望む。
 そこで明治十四年十月十二日の勅命を実践し、ここに大いなる憲法を制定して、朕に従ってくれることを示し、朕の子孫および臣民とまたその子孫によって永遠に命令に従い実行してくれることを知らしめる。
 国家を統治する大権は朕がこれを祖宗より受け継ぎ、また子孫へと伝えていくものである。朕および朕の子孫は将来、この憲法の条文に従って政治を行うことを誤ってはならない。
 朕は我が臣民の権利および財産の安全を貴び重んじ、またこれを保護し、この憲法および法律の範囲内においてその享有を完全に確かなものだとしてよいと宣言する。
 帝国議会は明治二十三年をもって召集され、議会開会の時をこの憲法が有効となる期日とする。
 将来、この憲法のある条文を改正する必要が出たときは、朕および朕の子孫はその改正を発議し、これを議会に提出して、議会はこの憲法に定められた要件にしたがってこれを議決するほか、朕の子孫および(そのときの)臣民は決してこれを掻き乱して変えようとすることがあってはならない。
 朕の朝廷に勤めている大臣は朕のためにこの憲法を施行する責任を有し、朕の現在および将来の臣民はこの憲法に対し永遠に従順の義務を負わなければならない。


それに対して、昭和憲法の前文とは、まだ負けていなかったボクサーがセコンドがかってにタオルを投げ込んで負け試合にさせられて、まだ納得できずにいる状態の時に、まわりから「負けたと思ってやり直せや」といわれて今後の所信表明演説をさせられたというようなものである。「ジムのみんなと一丸になってまたやり直し、再び世界戦に臨みたいです」と言っているというような感じの代物である。実に軽い。それが「昭和憲法の前文」である。
日本国憲法前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。


私が「憲法改正」ではなく「新憲法を作れ」と言っている意味はそういうことである。
岡潔「人間の建設」にみる憲法前文の解釈:憲法は人を甘く見ているヨ!

昭和憲法など1、2週間でユダヤ人米人が作成したものである。1、2年ではない。たったの1、2週間である。日本人をいかになめていたかが分かるだろう。日本人などこの程度でいいと思ったに違いない。しかも日本史を知っていた立派な学者が考えて作ったものでもない。私は自民党のエージェントではないが、自民党が「押し付けられた憲法」と言っている意味はこういうことである。その場しのぎでとりあえず作った憲法である。(自民党など何の役にもたたないが、現状の政治状況では、今後10年は自民しかないから、しょうがなく自民支持しているに過ぎない。帰化人野党政治家など戦争になれば即逃げる。東電幹部がハワイや外国に逃げたのと同じである。)

明治憲法は西洋の帝国主義全盛期の時代背景で作られたものである。だから現在には合わない。戦後の昭和憲法も終戦直後の闇市時代に作られたものである。だからこれまた時代に合っていない。だから、憲法を改正するのではなく、今後の時代に合った新憲法を作りなおすべきだと私は考えるというわけである。

はっきりいって、今の自衛隊を軍隊にしようが、こんなものは何の役にも立たない。まあ、一般の国民は無知で馬鹿だから分からんだろうがナ。せいぜい米国軍産複合体のショーウィンドーか顧客(カモ)にすぎない。

なぜか?

そんなこともわからんのかいナ?

軍隊は兵器を使う。兵器を使うということは、兵器を作らなければならない。兵器を作るには軍事研究をする研究所や製作所が必要である。自衛隊にはそういうものがない。今の憲法ではいくら憲法改正したって、自分で兵器を研究し作り出すことができない。結局、米軍産複合体の作ったオスプレイや無人爆撃機を買う羽目に陥る。だからショーウィンドーなのである。カモなのである。

宮崎駿の「風立ちぬ」はそのことを描いている。ゼロ戦で戦うためには、だれかがゼロ戦を設計し作り出さなければならない。そのためには軍事研究する科学者が必要になる。しかし、日本国憲法はそういうものは否定している。これでは自衛はできない。防衛もできない。

だから、まずは「銃刀法改正」し、自衛する気質を生み出し、不遜犯罪者は現行犯で射殺可能という社会にし、国から不遜な人間を抹殺する。そうして、初めて新憲法を作り、「永世中立国」として世界に君臨するのだ。東洋のスイスになるのだ。

さもなくば、沖縄の米軍も駐留し続けるし、在日米軍も居続ける。そして米国は軍事費がかさみ、ますます貧困な国に転落する。

とまあ、これが私個人の妄想である。

昭和憲法が存在する限り、沖縄は沖縄、日本は日本とまったく「現状維持」のまま進む。デモのためのデモ、米軍反対のための反対、そうしてエセ日本人の朝鮮人に利用されて、税金をたかられ、むしとられ、パチンコで吸い取られ、骨までしゃぶられるというわけですナ。

まあ、それが昭和憲法を課した欧州イルミナティーの思うがままの世界観というわけですナ。
まあ、俺にはどうでもいいけどナ。

いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
ついでに南朝鮮の歴史捏造も再掲しておこう。
韓国の歴史歪曲は、なんと、自国の建国の歴史まで、捏造、変造している

韓国建国の詐術と未来
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たまたまWIKIを見たら、韓国の独立は昭和23(1948)年8月15日で、米国の承認を得て李承晩が韓国の独立を宣言した、と書いてありました。
出典がどこなのかはわかりませんが、おもわず苦笑してしまいました。

どういうことかというと、実際には李承晩が韓国の独立を宣言したのが、昭和23年8月13日だからです。
ところがあとになってから、李承晩はこれを8月15日に「変更」しました。

なぜかというと、8月15日だと、日本の終戦記念日と重なり、あたかも日本から韓国が独立したかのように「見える」からです。
で、記念日の名前を「光復節」としています。

韓国の歴史歪曲は、日本に対するものだけではなく、なんと、自国の建国の歴史まで、捏造、変造しているわけです。
朝鮮人はやりたい放題。この精神構造はどこから来るんでしょうナア。やはり遺伝子だろうヨ。いずれもうすぐ今のアラブと同じことが極東で起こる。そういうシナリオらしい。北朝鮮、南朝鮮、日本と徐々にアフガン、イラク、シリア、エジプトと崩壊していったように、極東も崩壊させられてしまうことだろう。お花畑系、スピリチュアル系とは、そういう時のためにCIAが作ったということらしいですナ。くわばら、くわばら。
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  by kikidoblog | 2013-08-16 09:28 | 真の歴史

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