ファミリービジネス2:昇仙峡「宝石園」「かつては東洋一の水晶宝石博物館」

(つづき)

(い)昇仙峡「宝石園」設立

その昔の山梨県の
昇仙峡
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に行ったことがあれば知っているはずである。そこにはとある「宝石博物館」があっただろう。

洞窟から入り、中に入ると、たくさんの宝石がある。そこには宝石細工する製作者の姿もあった。これが、「宝石博物館」であり、その後「宝石園」と変わり、ついに2007年に閉鎖した場所である。偶然これを紹介するサイトを見つけたので、それもメモしておこう。
(閉鎖)典型的なレトロ珍スポ「昇仙峡 宝石園」【山梨】

【※お知らせ】現在閉鎖している施設です。ご注意ください。大変残念です。楽しい想い出をありがとうございました。

珍スポットの全要素を満たす昇仙峡 宝石園
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かつては東洋一の水晶宝石博物館
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実は、これを設計し、設立したのもまた私の父實であった。宝石研磨業の紹介、制作現場を観光客に見てもらい、現場で即日販売するというアイデアである。これを実現するために、業界のトップとして、私の父親がここを作り出した。それが「宝石園」であった。(おそらく、この経験がのちのちの宝石学校の設立に繋がったのだろう。)

古来、昇仙峡という場所では、かならず水晶や宝石を売っている。この伝統はかなり前から存在した。昇仙峡を見に来て、県産物である水晶を観光客に売る。県の伝統産業である。山梨県の宝石貴金属メーカーにとっては、昇仙峡は非常に大事な場所だったのである。この伝統に即し、さらなる発展を考慮して、宝石博物館を作ったというわけである。

何事も、どんな世界でも、盛者必衰。たけき者も遂にはほろびぬ、である。
バブル崩壊の90年代を経て、やはり不況の波は後継者不足を生み、結局はここも閉鎖になってしまったようである。

「かつては東洋一の水晶宝石博物館」とあるように、ここは非常に人気スポットであった。大きなアンモナイトの化石もここにはあった。それも父が探してきたものである。

しかしながら、この博物館もまた我が家の事業の衰退とともに衰退していったのである。というのも、私が大阪大学の大学院にいた頃、私の父がちょうど今の私の年齢に差し掛かった頃に脳梗塞で倒れ、我が家の事業そのものが存続の危機に瀕死してしまったからである。


(つづく)



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  by kikidoblog | 2013-11-05 12:35 | ファミリービジネス

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