私の2014年ブラジルW杯観戦記2:「君が代」斉唱で、ついに「神が降りた!」



「君が代の本当の意味」とは?:「シオンの民よ、立ち上がれ!」だった!より


みなさん、こんにちは。

さて、この1週間の不眠不休からやっと昨晩「熟睡」。頭がスッキリ、目も覚めました。

皆さんはすでに、日本でコートジボワール戦を観戦した方々は、お気づきだったでしょう。今回、君が代斉唱が非常にきれいに響き渡って聞こえたはずです。実は、このスタジアムは結構小粒で会場と観客席が非常に近い、サッカー専門のサッカー場だったからです。

そこで、今回は、君が代斉唱のエピソードをメモしておきましょう。

(あ)私の日本代表ユニフォームは私の名を入れた、ナンバー14。

私は、結構足が早かったのです。それで中学時代は最初フォワードの点取り屋をやっていたので、Peleのプレーで練習しました。高校時代は甲府南高校という進学校に進んだため、サッカーを知らないものがほとんどだったので、私は1年生の時はトップでしたが、それ以降はゲームメーカーのセンターハーフをしなければなりませんでした。その時期は、ヨハン・クライフの全盛期でした。それで、クライフのゲームメイクを真似て、背番号14のヨハン・クライフの番号をつけてプレーしていました。当時は、全員が1〜11までしか付けない時代にあって、補欠番号の14をつける選手というのは、例外でした。

今回、私は人生で最初で最後のワールドカップ観戦とあって決意して行ったので、「ワールドカップ参戦」の心意気で参加しました。できれば、いま現在14を来ているミッドフィールダーの青山を殴って失神させ、青山の代わりに私が

「青山になりすましてでもピッチに立ちたい」

そういう気持ちで参戦したわけです。ですから、当然、私のユニフォームは背番号14,名前は、IGUCHIとして作りました。それを着ていったわけです。それがこれです。
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靴はこれ。ナイキの高校生バスケット選手用のもの。
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(い)レシフェは韓国製の街だった!
我々ツアー一行がレシフェに到着する前から、レシフェの天候は悪く、我々がホテルに到着した直後も暴風雨の台風のような豪雨になり、試合がキャンセルになるのではないかと我々は恐れました。
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後でブラジル人に聞いたところでは、今は冬で、赤道直下に近いレシフェは雨季なのだそうです。雨季で雨。雨に濡れたピッチの試合。つまり、もっとも悪い試合会場を今回日本代表は選んでしまったわけです。あるいは、そういう場所に追いやられたのです。

なぜ?

実は、今大会を運営しているのは、韓国のヒュンダイだったのです。ですから、私が言うまでもなく、皆さんご存知のように、超反日国の韓国のヒュンダイは日本代表にとってもっとも悪コンディションの場所を提供してくれたというわけです。

こういうことは、やはりテレビで試合を見ているだけでは決してわかりません。

サオパウロ空港、そしてレシフェの空港などを見てみると、大きな平面テレビは、韓国の「LG電子製」、レシフェの我々が宿泊したホテルのエレベーターは全部「ヒュンダイ製」。街のタクシーは全部「ヒュンダイ製」、タクシーの運転手の持つ携帯電話や料金計算機は「サムスン製」でした。

つまり、レシフェのインフラやハイテク製品のほぼ100%が韓国製だったのです。

要するに、日本のマスコミが
レシフェは危ないところだ
ということをさかんに吹聴して、日本人サポーターが行くのをためらわせたのは、ブラジル全体が「韓国製」の国だったということを日本人に知られたくなかったからなのです。そういう結論になりました。

私には、レシフェに来て一発でその理由がわかりました。

日本人が大挙して押し寄せてきて、日本人にブラジルや南米の実態を知られたくなかった。ましてや日本人の持つメードインジャパン製品をブラジル人に知られたくない。

韓国のエリートや企業リーダーはそう考えたのでしょう。そういう理由で、日本のマスゴミに偽情報を流す。いつものパターンです。

WiFiを使って日本のニュースを見た人は、
ほら早速、日本人観光客が被害にあったぞ。
と言っていたようですが、我々の200人ほどのツアー客の誰一人被害に合わず、現地スタッフの誰からも日本人が被害にあったという話は一度も出ませんでした。

レシフェには危険な場所もありますが、というのも、郊外にはほとんどすべてが貧民街ですから、当然です。しかし、一般の街のショッピングモールやホテル界隈は、ハワイのホノルル、アラモアナショッピングセンターに似ています。だから、結構安全で、何も問題はありませんでした。
サッカーW杯:開催都市レシフェはこんな街


というわけで、これまた、反日マスゴミさんの捏造事件か一種のヤラセ事件だったのだろうと私は見ています。

後ろにバックパックしようが、右手をポケットに入れようが、何も起こりませんでした。ご安心を。あまり神経質になることはありません。ただし、一応は、注意に越したことはない。そういう感じでいることでしょう。

トラブルになるのは、だれも英語が分からないということです。一般人はポルトガル語しかわかりません。だから、何かの時にコミュニケーションできなくなるのが問題といえば問題になる。そういう当たり前の普通のことにすぎません。

(う)観客席までの道のりは長かった!
試合のキックオフは、現地時間で14日深夜10時。これに合わせてホテルで5時半集合。そしてみんなで着替えて、いざ出陣。
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しかし、この深夜のサッカー観戦。これにはこたえました。56歳の私でもこたえたわけです。ですから、70〜80歳の高齢者のおじいさんやおばあさんもたくさん観戦に来ていましたし、特に現地の日系ブラジル人は、一家で日本の応援に来ていました。ですから、日系ブラジル人の高齢者もたくさんいました。ひ孫や孫から、彼らを連れて日本人を見せたい一心で、いっしょにおじいさんとおばあさんまでみんなで会場入りの列に並びました。だから、みんなひ〜ひ〜いいながら列を進んで行ったわけです。
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今になり、ぞくぞくとYouTubeにアップされてきています。

開場前。まだ余裕がある。開場後に大混乱となる。



その中に解説者の奥寺さんを見つけ、写真を取らせてもらいました。
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なぜ時間がかかったか?

というと、会場入りの際に、よく空港の税関で荷物検査しますが、あれとまったく同じことをしていたからです。一人ひとりの手荷物とボディー検査をしていたわけです。だから非常に時間がかかり、我々日本人はおとなしいですからだまって粛々と進みますが、しびれを切らしたブラジル人サポーターたちは、怒りのブーイングやら絶叫しはじめ、やばいこれは暴動が起きるな、将棋倒しになりそうだなっこれは、という感じになりました。

さすがに会場係が時間に間に合わないと考えたのか、途中からかなりいい加減な形だけのチェックに代わりやっと数時間かけて入りましたが、なんとそれが試合開始の直前でした。だから、6時から10時まで約4時間かかって会場内に入ったわけです。それも、雨の中でした。みんなびしょ濡れです。
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会場に入ってもだれも係員は英語が分からないために、日本人のツアー客のだれもが、切符に書いてある座席にたどり着くのに20分近くかかりました。

喉が渇いたのでコーラを買い、
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そして、入り口を探し、今度は座席の列と区域を探し、最後に自分のイスを探す。こんな簡単なことも全部ポルトガル語ですから、時間がかかります。

やっとのことで、やっと座れるイスを探した時の嬉しさはなかったです。

イスに到着した時には、すでに選手たちはウォーミングアップの段階でした。
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私のイスがこれ。
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私のイスの位置は、ちょうどテレビで見る日本人サポーターの四角い集団の向かって右のコーナーキックの角の方の中段。テレビカメラの集団のすぐ後方になりました。したがって、我々の姿は見えませんが、我々の声がカメラには届く位置となりました。我々の声はテレビに聞こえたのです。これを覚えていてください。

(え)君が代斉唱−−神が降りた!
さて、いよいよ試合開始。そして、ついに日本の国歌斉唱となりました。

すでに私は私のイスの周りのブラジル人サポーターや観客たちに「魔法のことば
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をみせて仲良くなっていましたから、みんな笑顔で我々の国歌斉唱に興味津々の状態でした。右下には、あとで知りましたが、ブラジルの有名サイト管理者の地元の元プロサッカー選手のマシアスさんがいました。彼も我々といっしょに写真を取りました。

いざ国歌斉唱!

前奏がなく、いきなりの国歌斉唱。それで我々はちょっと出遅れました。
妻が撮っていた日本のテレビの放映の録画を昨日見ましたが、やはり国歌斉唱が出遅れたのがはっきり録音されています。

しかし徐々に我々が追いつき、私と私の左横の日本人サポーターの青年と二人で、両手を上げて、もちろん私は「ブラジル国旗のついたタオルと魔法のことば」を掲げて、上を向いて胸を大きく反らしてして絶叫して国歌を歌ったのです。

するとどうでしょう?

いつも息子の学校時代の入学式や卒業式の時の国歌斉唱では声が裏返ったり、あまりいい声で歌ったことがなかったのですが、今回に限り、まるでテノール歌手パヴァロッティの歌声のように、透き通った実にきれいな声で、しかも大音声で歌えたのです。

歌っている途中で、
これは、神が降りたな?
と思いました。自分でもびっくりの歌声でした。隣の日本人青年の声も見事でした。我々二人の声が、昨日みた日本のテレビに録音されています。

日本のテレビでも日本人が国歌を歌った歌声が非常にきれいに聞こえたはずです。そのベースに聞こえる、響き渡った、音痴ではない、歌声が、私と私の左隣りの日本人青年のものです。

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(本田選手と長友選手が我々の大音響に気づいて一瞬こっちの方を見たのが分かります。追記:今見ると、香川真司は君が代ではない何か別の歌を歌っているようですね。)


妻によれば、
さ〜〜ざ〜〜れ〜〜、い〜〜し〜〜の〜〜〜、
い〜〜わ〜〜お〜〜と〜〜な〜〜りて〜〜
の声は私の声だとはっきりわかったそうです。ぜひチェックしてみてください。

国歌斉唱が終わると、なんと我々の周りに群がるように、ブラジル人たちが、スマホを向けているではありませんか?

そして、例のマティアスさんが、
あんたの写真をツウィッターに入れたから、よろしく。
そして、そのお母さんが、あとで私たちのサイト見てね。これ
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だからって教えてくれました。

そこで、昨日家に着いて早速調べてみれば、ありました。やはりそこに私も写っていました。それがこれです。
Momento Copa


お母さん
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私と隣の日本人青年
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日本人青年の向こうの人々
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マシアスさん
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この映像の後、我々日本人は国歌斉唱を最大限に声を張り上げて歌ったのです。

試合が終わった後、まわりの人々から我々は絶賛されました。特に、後ろにいたブラジル人小学生の男子女子から、
グッジョブ!!
という声をかけられました。

いい思い出になりました。

ブラジルよ、ありがとう!
我々は試合では負けましたが、応援と国歌斉唱では負けませんでした。

(お)日本代表は一周しながら、お辞儀すべきだった!
実はこのブラジル大会では、ティケットが抽選になりました。

ということは?

大手の旅行会社以外では、座席を指定できないということです。

つまり?

日本チームのゴール裏にいて、四角い青の日本人サポーターはごく一部だということです。この区域を日本のテレビ局は集中して撮影したのですが、実際には、ブラジル人の日本応援団が黄色のブラジルの代表ユニフォームを着ている中に、青色の日本代表のユニフォームの我々が点在していたということです。

今回、会場の集計では、観客数4万人強でしたが、日本人サポーターは数千人いたはずです。四角い領域だけで1000人程度です。

だから、
日本代表は四方向に行って、それぞれお辞儀すべきだった!
できれば会場を一周しながら、お辞儀すべきだった!
のです。そういうことになります。我々の方向にも近づいて欲しかった。それが私の実感です。

(か)帰宅も大変だった!
そしてホテルへ帰還。実はこれも実に大変でした。雨の中、バスが来るまで待ちますが、交通渋滞のためにバスが1時間経ってもやってこないのです。そこで、バスの駐車場近くまで延々と大雨の中を歩いていくわけです。道は土のぬかるみ。普通のジョギングシューズで来た人たちはびしょ濡れとなり、ブラジルの真っ赤な赤土で真っ赤になってしまいました。みなさん、靴を洗濯しましたが乾かずに、翌日に大変困ったそうです。

日本の代表の選手たちは、こうした現地の日本人サポーターや現地ブラジル人サポーターの応援の努力を意識して欲しい。そして、それを力に変えて、ぜひ次のギリシャ戦は、大和魂を見せて戦って欲しいと切に願います。


第二戦の応援は、現地の日本人サポーターの皆さんにお任せします!

頑張れ日本!


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  by kikidoblog | 2014-06-19 13:10 | 2014ブラジルW杯

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