特アこと、支那と韓国は1000年経っても変わらず!:歴史を知らずして何をか言わんや!

みなさん、こんにちは。

いやはや、特アこと、共産支那、韓国のトップはいったい何も知らず、何も考えていないのでしょうナア。

支那共産党のトップの習近平さん、こんなことを言って我が国の安倍政権にクレームをつけたとか?日本のマスゴミも相変わらずだが、論点がまったくずれているから面白い。そこで、これをメモしておこう。以下のものである。
習主席、歴史問題で日本批判 韓国大学生らに
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【ソウル=島田学】韓国を訪問している中国の習近平国家主席は4日午前、ソウル大学での講演で歴史問題に触れ、日本を批判した。習氏は「中韓両国には悲惨な抗日戦争を通じて緊密な関係が生まれた」と述べた。豊臣秀吉の朝鮮出兵や抗日戦争などを挙げて両国が共に日本と戦った歴史を強調した

 約400人の大学関係者や学生らを前に、歴史問題を巡る日本への対応で「共闘」を呼びかけた格好だ。習氏は「日本軍国主義は中韓両国に野蛮な侵略戦争をしかけた」と語った。

 習氏の講演は約40分間。冒頭で「アニョハセヨ」と呼びかけ、韓流テレビドラマが中国でも人気だと紹介すると会場が沸いた。韓国大統領府によると、習氏は3日の首脳会談でも「私もキムチが好きだ」と述べ、韓国産キムチの対中輸出に協力する考えを示した。日米韓の連携にくさびを打ち込むため、韓国を取り込みたいとの思惑が透ける。

とならば、我が方も黙っている必要はない。

(あ)元寇/対馬の虐殺
まずは、中国がかつて女真族チンギスハンの「元」に支配されていた頃、「元」が日本を支配下に置こうと宣戦布告もなく、九州に戦争を仕掛けてきた。これの戦争行為を日本では「元寇」というが、当時の日本の九州と沖縄と種子島を管理していた鎌倉幕府の北条氏がこれを迎え撃った。

その時代に、「元」の手先となった韓国人は、対馬を襲い、対馬の住人、非戦闘員の女こどもを陵辱し、殺害した上に、解体し、料理して食ってしまったのである。これは、ベトナム戦争時にアメリカ軍の手先となった韓国軍が、助けを求めてきたベトナムの女子供を陵辱し、強姦、殺害したというのが、「ライダイハンの悲劇」として世界中に知られているが、対馬の悲劇では、さらにその被害者を食料として全部食い尽くしたのであった。

この史実は、我が国日本では
元寇/対馬の虐殺
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(元寇の時、対馬の日本人の島民たちが、元の手下となった韓国人たちに皆殺しされて全員が料理されて食われてしまったという史実。)
ねずさんの「小倉百人一首」の解説:反日学者が「百人一首」まで捏造していた!?
と呼んでいる。

(い)秀吉の出兵
これも我が国ではどうして豊臣秀吉がわざわざ朝鮮人のいる韓半島に出兵しなければならなかったかという理由はよく知られているのである。

簡単にいうと、当時は、カソリックのスペイン帝国が支那中国をほぼ全部支配下におさめていたため、そのカソリック教のスペイン帝国の支配下に朝鮮半島が陥るのが時間の問題であった。しかし、秀吉が朝鮮に対して、スペインの支配の危機に対して防衛すべきだと何度も進言したのに李氏朝鮮はまったく無視。むしろ、好んでスペインの輩下に入ろうとした。もしスペインが朝鮮半島を支配下に納めれば、次は日本列島がスペインの支配下に陥るのは当然である。だから、行きたくもなかったが、当時アジア最強の侍軍団を引き連れて、朝鮮半島を支配し、スペイン軍を迎え撃ったのである。

これは、日露戦争前の日本がロシアの共産主義支配によるアジア支配の状況とまったく同じだったのである。

(う)日韓併合
明治期に日本が日韓併合を余儀なくされたのも、秀吉の出兵とまったく同じであった。当時はロシアが共産主義をアジアに伝播させるべく、パルチザンという現在のアルカイーダのような非合法テロリスト集団を使って、極東アジアを混乱させた。陵辱、略奪、殺害を繰り返したのである。

そこで、明治の日本軍が極東アジアの朝鮮半島が共産主義に支配されたら、次は日本列島が共産主義によって支配されることになる。だから、それを未然に阻止するために、日韓併合を行って、当時アジアで最貧国に陥っていた李氏朝鮮を活性化し、経済発展させるべく、文化経済教育あらゆる面で近代化を急いだのである。

(え)白村江の戦い
実は万葉の時代の朝鮮半島に、日本の天皇家が白村江の戦いで侵攻したのも、実はまったく同じような状況からであった。当時、朝鮮半島の「百済」は、その東の「新羅」と支那の「唐」が連合軍を作って滅ぼしにかかった。滅ぼされる寸前の仏教国の百済は、一応日本と交易があった。だから、当時の日本が百済を救うべく朝鮮半島に進出し、百済を守ろうとしたのである。

ところが、実際には、百済の王は負けるとわかった百済を見捨てて、むしろ百済と唐・新羅の戦争に日本を引きずり込む形で、日本を弱体化させ、助けてもらう振りをして一時的な避難場所として日本に住む形で日本に入り、日本軍が朝鮮半島に進出して手薄になっている間に、日本の天皇家を滅ぼし、日本を乗っ取ろうとしたというのが、「大化の改新」であった。百済に出兵した日本軍は全滅の危機に貧したのである。

百済人の蘇我氏の時代に日本と百済の友好関係をみせかて日本に入り込み、天皇家と閨閥を作り、日本への足がかりを作った。そして、自ら百済王が百済を犠牲にして、日本を支配する道を作ったのである。それが日本への仏教と漢字の伝来である。それまでの物部氏主導による神道と神代文字の時代から、蘇我氏主導の仏教と漢字の時代へと改変したのである。


とまあ、そんなわけで、我が国が意味もなく朝鮮半島に出兵した時代は一度してなかったのである。むしろ、何もない時代は関係を断って、独自の発展を遂げたのである。

万葉時代の白村江の戦いは、中国の唐の朝鮮支配。
元寇の時代の九州の戦いは、元の中国朝鮮支配。
戦国時代の豊臣秀吉の朝鮮出兵は、スペインのカソリックの朝鮮支配。
明治に伊藤博文の日韓併合は、ロシアの共産主義の朝鮮支配。

つねに、朝鮮人がその時代その時代の強いものにまかれて、その権威を傘にして、日本列島に悪さするということを日本人が阻止してきたのである。この辺の歴史は、ねず氏の解説がわかりやすい。

ついでに言えば、第二次世界大戦後は、

同じ日本人として戦争した韓国朝鮮人は、今度は戦勝国のアメリカの振りをして、戦後の終戦闇市時代に「朝鮮進駐軍」を名乗り、日本中で悪さを行って、一等地を盗み奪いとったのである。

そうやって誕生したのが、ヤクザ、パチンコ、アダルト、芸能界、売春、などなのである。

1000年経っても朝鮮人と中国人はまったくやることなすことまったく一緒だったということのようですナ。

世界の人、聞いているか?

これが特アである。

あれだけ日本人が教育し、経済復興させ、資金援助やら資源援助やらしてやっても、その恩を忘れる。本当に孔子や孟子の儒教の国だったのだろうか?

どうもそうではなさそうですナ。

俺の想像では、やはり、支那共産党は朝鮮人系に乗っ取られたんじゃないだろうか?

おまけ:
ついでにメモしておくと、これほどまでに長い年月に渡り日本を窮地に追いやり、地獄の苦しみを味合わせるからには、おそらくそれなりの理由があり、おそらく、朝鮮人や支那人を操る本当の黒幕が居るに違いないということであろう。これが「漢人(あやひと)」=「アーリア人」(金髪碧眼種)だろうということになる。つまり、いまの言い方をすれば、NWOやシオニストの連中が特アを裏から操っているのだろうということになる。信じる信じないはあなた次第ですというやつですがネ。



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  by kikidoblog | 2014-07-04 19:38 | 支那・共産

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