妄想一発:「時間はポテンシャルか?」時間と距離との双対性があるか!?

みなさん、こんにちは。

最近、というか、ここ最近まで、最近になって、あることが非常に頭から離れない。一種の妄想に取り憑かれている。もちろん、科学的妄想である。これは私個人の経験からすれば、良い兆候である。何かが解ける前、そんな時の兆候である。

したがって、非常に個人的な物理のメモだから、普通の人はスルーして欲しい。時間の無駄である。


(あ)時間はスカラーか?

我々物理学では、物体の軌道を描く方法がある。ニュートン以来の手法の1つであり、最初の初期点から最後の終点へ1つの曲線でつなぐという記述である。普通「軌道」と呼ぶ。物体ないしは粒子がこの軌道に沿って、ある時刻t_0にある場所x_0から別の時刻t_1に別の場所x_1へ到達する。こういう記述の方法である。

UFOのように、その間で飛び飛びに消えては出てを繰り返してもいいが、普通は古典力学の場合、連続的に慣性の法則に従って、従順に軌道を歩んでいくというふうに考える。

この考え方で大前提になっているのは、時刻の差=時間差である。t_1-t_0=⊿tである。はたしてこれは何なのか?というのが、私がここ最近気になっている問題なのである。

普通の人は、あるいは、普通の数学者や普通の物理学者には当然何の問題意識もない。あくまで単なるパラメータにすぎない。そういう捉え方を行う。もちろん、私も普通の場合やこれまではそういう扱いを認めてきた。

しかしながら、もっとナイーブに、もっと初歩的に、もっと自然に考えてみると、実はこれは自明ではないということに気がついたというわけである。

普通、この時間差を最小にするような軌道が実現するのだという思考様式である。これが最小時間の法則というものである。
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経路積分とは何か?より

この一般化として、時間差にラグランジュ関数Lをかけたものを作用S(⊿S=L⊿t)と定義して、これをこの時間区間で積分したもの(S =∫Ldt)を最小にするのだ、というのが最小作用の法則である。L=1の特別の場合が、最小時間の法則である。
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これを原理とするというのが古典物理学の発想である。

さて、問題は、この場合に出てくるt_0、t_1である。

一般的に、場所で決まる物理量はスカラーと言う。その量自体しかなく、方向性がないからである。大きさに方向が加わるとベクトルというが、時間には方向が(いまのところ)定義できない。一方向しかない(=未来へ向かう方向、または、過去に向かう方向)。

したがって、時間はある意味スカラーである。場所ごとに定義できるスカラーである。私の時間、あなたの時間、月の時間、などなど、時間はある場所の上で測定される。通常、それは同時であれば、いっしょに同じピッチで時間変化する。これが、ニュートンの絶対時間である。

これに対して、それぞれがある速度で運動している場合には、それぞれの時間が進むピッチも異なって、それぞれが固有の時間発展が存在するという思想が、アインシュタインの相対性理論の時間である。そのそれぞれの間の関係を決めるものが、ローレンツ変換であった。

いずれにしても、時間は場所によって決まるスカラーである。

(い)時間はポテンシャルか?

次に、そうやってみると、時間差というものは、二点間で定義されたスカラーの差ということになる。
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これは、どことなく、電気回路の電位差に似ているように感じるというわけである。したがって、時間(=時刻)は、空間内の2点でそれぞれ定義されたポテンシャルの差という見方があり得る。

ここ最近私が妄想してきたのはこれである。「時間はポテンシャルではないのか?」という疑問である。こう考えた場合、ポテンシャルの差は流れ(フロー)を生み出す。したがって、時間の場合には、「時間流」のようなものがあるはずだと考えられる。ある意味では、これが物理学でいうところの「作用」であるという見方もできる。が、必ずしも作用である必要はない。

(う)電気回路のアナロジーが効くか?
さて、時刻がポテンシャル(電位)のようなものであり、時間差がポテンシャル差(電位差)のようなものであるとしよう。すると、こんなアイデアが浮かんでくる。

最初の最小作用の法則のような場合、出発点と終点の時刻のt_1-t_0=⊿tが最小になるような軌道を描く。この場合、速度は電気回路の電流のようなものであり、屈折率は電気回路の抵抗のようなものになる。したがって、最小時間の法則とは、

t_1-t_0=⊿t= ∫ds/v = ∫ (n/c)ds

のようなものだが、これは、ある意味、ポテンシャル差=抵抗×電流のように、すなわち、

⊿V=RI

のようなものだという解釈が成り立つ。

ということは、「軌道」というものは、電線(=ワイヤ)のようなものだという見方もできるということになるだろう。

つまり、古典力学的軌道というものは、二点間を結ぶリード線のようなものと見なせるのである。

したがって、仮想的に2点間を無数の電線でつないだ場合に、その中でもっとも早く電流が流れる電線が最小時間に従う電線である。電気回路の言い方をすれば、もっとも消費電力の少なくてすむ電線が実現するという言い方ができる。

言い換えると、古典軌道というものは、電気回路で言えば、直列につないだ抵抗を流れる電流のようなものだということになる。

(え)軌道の双対軌道があり得るか?

そうなると、興味深いことは、電気回路には、双対性というものがある。直列には並列、並列には直列というものがお互いの双対な回路となっている。直流であれば、電流と電圧、抵抗とコンダクタンスがお互いに双対である。交流であれば、インダクタンスとキャパシタ、抵抗と抵抗がお互いに双対性を持っている。

こういう見方をした場合、一本の電線=直列につないだ抵抗器は、その双対回路が存在できるということである。
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直列のレジスタンス(抵抗)に対しては、コンダクタンスが並列につながったものがお互いに双対回路である。それゆえ、直列につながった一本線の回路が古典力学軌道に相当するわけだから、時間差は電位差に相当、したがって、時間差に双対なものは、電流に相当するものだから、この場合では、dsが時間に双対ということになる。距離である。

したがって、2点の時間差を決めて、無数の経路(=直列抵抗)を考えて時間を最小にするものを選ぶということと、2点の距離を決めて、無数の時間経路に沿って距離が最小になるものを選ぶということは、おそらく等価になる。なぜなら、お互いに双対なのだから。

こういうような考え方ができるのではなかろうか?

(お)ファインマンの経路積分の双対積分は何か?

したがって、ファインマンの経路積分では、始点と終点との間で無数の経路を考えて、その経路積分の指数の和を考える。古典力学では、始点と終点との間で無数の経路を考える。
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量子色力学 (QCD) の ハドロン質量計算での トリックとは?より

このような経路積分にもそれに双対の経路積分が存在するのではないか?というのが、私が妄想していることなのである。

はて、わかってもらえただろうか?

いやはや、世も末ですナ。


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  by Kikidoblog | 2014-12-16 10:59 | アイデア・雑多

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