「読気開眼」:この寒い冬は保江先生の本を並列読書で乗り切る!?

みなさん、こんにちは。

寒い冬は、インフルを持ち込まないように外出を減らし、足を冷やさずこたつでのんびりと本を読む。これに限る、というわけで、私は市立、県立図書館から、保江先生のすべての所蔵本を取り寄せて今読んでいるところである。保江関連の本がなんと20数冊あった。

そこで、TVチャンネルのように、同時進行でどんどん別々のドラマを見るようにして、別々の本を同時進行で平行して読んでいるというわけである。今日はこの本とこの本のここまで、明日はこっちの本とこっちの本のここ、という感じで読む。

実は私のこの読み方は、長年の物理研究における論文多読の手法からいつの間にか身についたものである。

理論物理学者はたくさんの論文を読まなくてはならない。論文を書くという場合には、数百の論文を読まなねばならない時もあり、そういう時は、一日30くらいを読まねばならない。こういう時に、30チャンネルあるテレビを見るように、あっちこっちを並列的に部分的に読んでいって、最終的に一気に全部がこれ終了、これ終了という感じで読み切るわけですナ。

こういう感じで、多読の場合は、1冊ずつ直列的に読んでいくのではなく、たくさんの本を並列的に読む。これが私の方法である。フォン・ノイマン処理型読書というよりは、私の場合は、タイムシェアリング処理型読書ということである。まあ、コンサート追っかけ型というより大学講義受講型とも言える。

というわけで、いままさに手に入るすべての保江先生の本を経列処理的読書としているのである。だから、周りにはたくさんの本が山積みされている。

その中でも特に面白いと感じたものは、
戦闘機乗りジイさんの世界一周―やってはいけない大冒険!!
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(なかなか、今はなき英仏コンコルドに乗ったという人はいない。)

合気開眼―ある隠遁者の教え
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(合気道の植芝盛平の合気道をまだ道半ばだと言える人はなかなかいない。)
である。

物理関係のものは、例えば
量子の道草―方程式のある風景
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Excelで学ぶ量子力学―量子の世界を覗き見る確率力学入門
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1リットルの量子論―アインシュタインのロマンと湯川秀樹の夢
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1リットルの宇宙論―量子脳力学への誘い
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などがある。

これらはいずれもが名作といえ、実にこなれた名文で書かれていて、保江先生の文才を示している。それぞれにいい意味の癖があり、それぞれがいい味を出している。なかなかこういう本を書ける理論物理学者はいないだろう。

まあ、同じ理論物理学者として言えば、シュレディンガーやディラックやパウリなど、欧州の物理学者のエピソードは、やはりその地で直に彼らから教えを受けたというお弟子さんたちから聞かないと分からない。だから、スイスに留学に行った保江博士はそういう裏話をたくさん現地で聞き、そういう話題がところどころに散りばめられている。

これがなかなか我々国内しか知らない物理学者には出来ない相談なのである。

また、これらの全作品は時系列的には保江博士という一個人が人生を通じて書いてきたものだから、その時々で書き落としたことや書き加えたことが、1冊にまとめられたというわけではなく、すべてに分散してまとめられているわけである。だから、最近のスピリチュアル保江博士の本に出てくる話題が、過去の全く別の合気道の本の中に出ていたり、過去の物理の本にあったりするわけである。

この意味では、やはり人の著作というのは、その人が書いた全部を読まないと本当のところはなかなか分からない。

例えば、「戦闘機乗りジイさん」=「保江博士の父親」のことを読めば、保江博士が非常に「旅慣れ」していることがわかる。しかし、その「旅慣れ」は、かつての「放蕩息子」時代のスイス留学中の経験やその後のアメリカ留学経験や、アメリカ国際学会での「エリア51探検記」 などの経験から来たことが明らかとなる。そしてそれが、今現在のスピリチュアル・インディー・ジョーンズ保江教授の物語の原型プロトタイプとなっているのである。

すべては繋がっていたのだ。そういうことが解る。

また「合気道」がいずれ「愛魂道」へつながっていく道は、おのずと木村達雄先生とのつながりから始まった。そしてそれが「エジプトのクフ王ピラミッド」における「ハトホルの神事」に繋がる。こういうふうなことが解る。

ところで、こういう並列型読書ができるのは、本が物理的に紙でできているからである。もしこれが、キンドルのような電子文書でパソコンやスマホで読むと言うような場合はまず不可能なのである。同じ画面であっちこっちのスレッドを駆使してもできないことはないが、同時にたくさんのページを並べることが出来ない。しかし、書籍なら、たくさんの本をこたつの上に並べて同時にあっちこっちのページを読み比べることができる。そういう方法で、私の脳内に大きな鳥瞰図を描くことができる。これが、紙と電子の書籍の決定的違いなのである。

学者には電子書籍は似合わない。

あくまで、電子書籍は頭のなかにあるものを書き出す時のものである。俺はそう思う。

さて、こうして保江博士の本を読んでいくと、面白いことがわかった。それは、やはり物理における保江博士の業績である「保江方程式」の普及を図っているが、それは必ずしもうまくいかなかったようだ、ということである。

保江博士の業績は、「シュレディンガー方程式」という物理の歴史的方程式を「確率量子化」という数理物理学の手法によってミクロレベルから導出したということに尽きる。古典力学の変分原理を量子力学及び確率論にまで拡張し、「確率変分学」という分野を確立したことにある。

それゆえ、保江博士は、形を変え、品を変え、話題を変え、いろいろなレベルからこの分野への入門を図ろうとさまざまな手を打った。そのアイデアやその様は、まるで合気道で木こりのような白人大男の手をとってさまざまな合気投げするようなものである。

はたしてそれがうまく行ったのか?

それについては私には分からないが、おそらくあまりうまく行っていなかったのではなかろうか?なぜなら、もしそれがうまく行っていたなら、それほど繰り返し同じような本を書かなくても良かったはずだし、最終的に書かれた
量子力学と最適制御理論
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という教科書のあとがきで寂しい思いを語ることもなかったはずだからである。

はたしてその理由とは何だったか?

まあ、俺個人の私見としては、やはり「定式化だけでは普通の物理学者にはあまり受けなかった」ということだろうと思う。つまり、いくらシュレディンガー方程式の再解釈、あるいは、厳密な定式化が見つかったとしても、普通の理論物理学者はすでにシュレディンガー方程式を道具として使っている。だから、ネルソンー保江方程式による方法がいくら素晴らしいものであったにせよ、普通の物理学者にはシュレディンガー流の普通の教科書流で十分なのだ。そういうことになってしまう。

そうなると、あまり普及はしない。

それを打ち破るとすれば、やはり、「どうしても保江流でなければだめだ」という新しい事実、新しい結果、まだだれもが普通のやり方では解けなかった問題を保江流で解く、そんな実例が欲しいということだろうと思う。

そうすれば、しぶしぶとも、人々は苦肉の策で保江流の確率量子化の方法を学ぶはずなのである。

「シュレディンガーの結果が、僕の方法でも出せます」だけではまだまだなのである。実は、物理学者というものは、もっとも保守的な人種なのである。これはあまり知られていないが、物理学者ほど、あまり新しい概念は欲しくない。そういう人々なのだ。

そういう頭の硬い連中を動かすためには、どうしてもという実例が必須なのである。


しかしながら、私個人は、数学的な美的センス豊富な保江博士流の数理物理学のほうが、ちまたに賑わっている不等式だけを使う数理物理学のやり方よりずっと好みなのである。これは、ミス・ユニバースの美人モデルやパリコレの美人モデルより、ハリウッド映画の美人女優の方が好きだというものに近い。そんな差である。

さて、それにしても、理論数理物理学者の保江博士と数学者の木村達雄博士の出会いが、名古屋大学だったというのは実に興味深い。ちょうどその頃の名古屋大学には、ノーベル物理学賞をもらうはずの増川博士や天野博士も若くしていたはずだからである。

いわば、戦後日本の物理学の黄金期を保江博士は経験していたはずだからである。まあ、その頃私自身は、千葉野田、大阪豊中と不遇の学生時代を経験中だったというわけですナ。しかし、十二分に楽しかったが。まあ、それで善しとしておこう。



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  by Kikidoblog | 2015-01-26 08:38 | 保江邦夫博士

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