保江博士はいじめられっ子だった!?:赤ん坊は親から早く離れると暴力的になる!?

みなさん、こんにちは。


(あ)ナス科の功罪
一昨日のジョギング高記録からたったの2日の今日先ほど、ついに自己最速の59分台、1時間を切るタイムが出た。ここ10数年走り続けてきたが、1時間5分でもかなりきつい。そういう感じだったのだが、寒さと強風の中でもピッチ走法にすることによって先日の1時間ジャスト。そして、比較的暖かで無風の今日は夢の1時間突破できたのである。

やはり、ナス科禁食の成果だろう。

足首も痛くないし、筋肉疲労もすぐ取れる。一般の栄養学の知識とは真逆の成果だが、これといってナス科禁食以外にやっているものはないから、ナス科の有害さをほぼ証明できたのではなかろうか。

(い)徳島のプレートは元に戻ったのでは?
さて、そんなジョギングの間、徳島の県南の北の脇、中林、淡島と海岸沿いを走っているのだが、2011年の3月11日以降、海岸が減ったのである。つまり、砂浜の距離が短くなった。

だから、どうやら徳島の乗っているプレートは東日本の乗っているプレートに引っ張られて陥没したと私は考えてきたのである。

ところが、最近震度5+がここ阿南に来た。が、それ以来、どうも海岸がまた広くなったのである。最近走る度に20年前の記憶に近いところまで砂浜が広がったのである。

ということは、再び、徳島の乗っているプレートが跳ね返って元に戻った。つまり、この間の牟岐の震度5+の一発地震によって、この辺が若干高くなった。それゆえ、海岸の砂浜が沖の方に広がったのではないかというわけである。私はそう考えるのである。

ありがとう、NWOのHAARP君。君らのお陰で、再び砂浜が広がったんだヨ。

というところですナ。

(う)赤ん坊は親から早く離すほど暴力的になる!→数年はママといっしょがいいネ。
さて、この辺のことはそんな調子だが、「読気開眼」で相変わらず保江先生の昔の本を読みあさっているところである。今読んでいるのは
脳と刀―精神物理学から見た剣術極意と合気
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武道vs物理学
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脳と心の量子論
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などだ。

言うまでもなく、いずれも名著である。それぞれにユニーク。保江先生の意気込みを感じる。

さて、そんな中、「武道vs物理学」の最初のところに、保江博士が小学生時代クラスでNo.1のいじめられっ子だったというカミングアウトの部分がある。

スポーツや徒競走をすればいつもビリから2番め。一番ビリは太っちょの男の子。いつも二人で最後を奪い合っていたから大の仲良しになった。ところが、ある時、運動神経のいい、いじめっこたちがやってきて、お前ら二人のどっちのほうが強いんだとはやし立てる。その途端に、血相を変えて仲良しの太っちょ君に突き飛ばされて馬乗りされてしまった。この時のトラウマが成人してもずっと残った。だから、いつか強くなりたいと思うようになった、という話である。

それが結局、岡山一の秀才君たちが集う朝日高校から東北大学へ行って合気道をやるようになったとつながっていくわけである。


私の場合はこれまた保江先生とは全く逆で、両親が実家の事業の下請けとして独立したてで非常に貧乏の時に生まれたために、ミルクも買えず、米の重湯で育った。そして、すぐにその近所の保育園に入れられたものだから、たぶん、私は人類史上もっとも長く学校に入った人間の1人だろうと信じる。1歳から32歳までずっと学生生活だったわけだから。

今では、教育心理学によると、あまりに早く保育園や幼稚園に入ると、暴力的になるということが分かっている。しかし私が幼少期にはそんなことは分かっていなかった。だから、仕方なく、家が仕事場を兼ねて忙しかったのと危なかったのとで、私はすぐに保育園に入れられたらしい。

そうなると、毎日が喧嘩であった。そして、いつしか私は保育園、幼稚園の番長となっていった。しかし、本来の気質か、あまり弱いものいじめには行かなかった。この気質は、小学校に上がっても維持され、結構口より先に手が出るタイプだった。だから、あまり喧嘩で負けたという経験がなく、高学年になった。まあ、運動神経もよく、足も速かったから、まさに保江先生とは真逆だったわけである。

ところが、高学年で喧嘩したら、だんだん自分の身体も大きくなり、力もついてきたから、相手を大怪我させてしまったのである。中学1年生の時に野球部の仲間とあることで喧嘩になったのだが、あとで後悔したのだが、相手は結構な重症を負った。こっちは手を相当に打撲した。そんなわけで、このまま喧嘩したら、いつか相手を殺してしまうだろうナアと実感したわけだ。

そこで、180度方向転換して、それ以後一切人に手を出すような喧嘩をしないことに決めた。というわけで、私は相手を大怪我させる感じに見えた武道の類は近寄らないようになったというわけである。できるかぎり、人と接触しないスポーツ、野球やサッカーなどの球技に集中したのである。

そうして大人になると、結構マイルドな感じの人間になれたようである。しかし、他人は結構怖がる場合がある。

これまた、私は保江博士とはまったく裏腹の関係なのである。

いずれにせよ、あまり幼少期に保育園に入れるのはどうやら考えものということらしい。共働きの両親が増えてきているが、なんでもかんでもすぐに働いてより多くの給料を得ればいいかというとそういうことはない。共働きには共働きの危険性もある。やはり、すべてに一長一短なのである。

だから、男女の両親がいるのであれば、最初の数年は家に母親がいた方が子供が安心し、和やかな子供に育つ。0歳時保育とか1歳時保育とかをすると、確かに頭が多少良くなるかもしれないが、かなり暴力的傾向が育つ危険性もあるということを知っておくべきだろう。

これに関しては、赤ん坊の育て方の仕方で、西洋人と日本人の違いという有名なものがある。

西洋人は、生まれたらすぐに赤ん坊を別室で寝かせるが、一方、日本人は赤ん坊といっしょに寝るというものである。

西洋人は、この育て方が、一人遊びをすることによって自立性を生む。そんなふうに見ている。一方、日本人は、伝統的に日本の家屋の狭さや部屋数の少なさなどの環境の問題から、どうしても赤ん坊といっしょに寝るという習慣がある。我が家ももちろんそうであった。

お風呂も西洋人は赤ん坊と親は別々に入る。子供は子供専用の浴槽でお風呂に入る。一方、日本人はいっしょに湯船に浸かる。スキンシップの場として、お風呂を利用するのが日本式である。

しかしながら、この日本人の伝統的な子供の育て方がひょっとすると日本人特有の「情緒」を生むのかもしれないわけである。「個より多を優先する気質」はこうした生活環境から生まれているかもしれないのである。

つまり、早くから親から引き離すことは、自立心を生む一方で結構暴力的になるという傾向を生むかもしれないと私は見ているわけである。西洋人が住むような暴力的社会で生きるのであれば、それに適応するために赤ん坊を親から引き離して自立心を持たせるのが得策なのかもしれないが、日本のような温かみのある社会の場合には、あまり早くから赤ん坊を親から離すのはどうかという問題である。

私も保江先生も共に理論物理学者になったわけだが、私の場合は両親は揃っていたが、貧しさと忙しさのために早くから親から離れて生活したというのに対し、保江先生の場合は、非常に過保護なほどに愛情豊かな親元で生活した、だから、小学校に行くまで非常にのんびりしていたとある。

まあ、我々が赤ん坊であった時には我々には選択肢はなく、すべて親の選択肢で決まってしまうのだから、我々にはどうしようもないのだが、いまではある程度その後にどうなるかということが推測できる。だから、やはりその両親の環境に応じて自分の子供がどういう性格の子供に育って欲しいかを考えて、早く親元から離すかいっしょに過ごすかを考えるべきだろう。

私個人としては、やはりある程度の年齢までいっしょに過ごしてやるほうがいいだろうと信じる。

ちょっと長くなってしまったので、脳科学についてはまた今度にしておこう。

いずれにせよ、あらゆることが私と保江博士とでは正反対、裏腹のようですナ。




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  by Kikidoblog | 2015-02-12 18:26 | 保江邦夫博士

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