「素粒子論の予言者」南部陽一郎博士がご逝去:たぶんディラック博士の真の後継者だった!?

みなさん、こんにちは。

戦前の日本が生んだ物理学の天才と言えば、まぎれもなく、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士と南部陽一郎博士だろう。湯川ー朝永亡き後、日本人を代表する素粒子理論物理学者となった。そして、小林ー益川の標準理論へとつなぐ礎となった。

その南部陽一郎博士が、この7月5日お亡くなりだったということが今日公表されたようである。以下のものである。
ノーベル賞、南部陽一郎氏が死去 素粒子理論の世界的権威 2015/7/17 16:28

自然界の成り立ちを説明する素粒子理論の世界的権威で、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎(なんぶ・よういちろう)米シカゴ大名誉教授が5日午後8時12分、急性心筋梗塞のため死去した。94歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。
 幼少期から旧制中学までを福井県で過ごし東京大理学部卒。大阪市立大教授を経て渡米し、1958〜91年シカゴ大教授。宇宙を構成する最も基本的な存在である素粒子の理論研究で数多くの業績を挙げ、「物理学の予言者」と呼ばれた。
 78年文化勲章。大阪大と大阪市立大の特別栄誉教授。

【写真説明】 死去した南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授
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今後数多くの特集が組まれるだろうから、普通の話はそういうものを見てもらうこととして、ここでは、この南部陽一郎博士のちょっと風変わりな研究のことだけメモしておこう。

私と保江邦夫博士の対談本の中で、保江博士が指摘したように、量子力学とディラック方程式の創始者であったディラックは、晩年にエーテルの量子論を構築しようとしていたのである。
エーテルは存在するか?
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というタイトルの1951年のネーチャー論文である。

かのネーチャーは英国の科学雑誌だから、英国人であるノーベル物理学者であれば、だれでもフリーパスでどんな論文でも公表できる。だから、飛鳥昭雄氏ならどんな話でも学研のムーに出してもフリーパスだというのと同じようなものであろう。

保江邦夫博士が述べたように、普通の研究者は
ついにディラックももうろくしたか?
と考えて、それを一切無視したのだった。

ところが、私は南部陽一郎博士の論文選集
Broken Symmetry: Selected Papers of Y. Nambu
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を持っているのだが、かつてその中の論文を見て行くと、短い論文に気がついた。それが
Quantum Electrodynamics in Nolinear Guage
という1968年の論文だった。

この論文の参考文献には上のディラック博士のエーテル論文の引用があり、まさにディラックのエーテルの量子論の拡張を行ったのだが、さすがに南部論文には一切エーテルという言葉は出て来ない。代わりに「非線形ゲージ」という語句に変わっているのである。まあ、さすがにエーテルの量子場理論を公表するとは言えなかったからかもしれない。

が、基本的発想は、まさに「自発的対称性の破れ」とその破れによって生まれる「南部–ゴールドストーン粒子」の創始者にふさわしいものだった。

これは
特殊相対性理論のローレンツ不変性の自発的破れが生み出す南部–ゴールドストーン粒子こそ光子ではないのか?
というものだった。真空中でローレンツ不変性が自発的に破れることにより、何かの流れが生まれる。これが光なのだ。とまあ、そういう理論である。それを示すために非線形ゲージを使った。

つまり、ディラックがやろうとしたエーテルの量子論とは、ローレンツ対称性の自発的破れの南部–ゴールドストーン粒子の生成のことである。言い換えれば、エーテルとは南部–ゴールドストーン粒子のことである。

さらにそのディラックのエーテル量子論論文と湯川秀樹博士の素領域論文を合体したのが、湯川最後の弟子とも言える保江邦夫博士であった。
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Derivation of Relativistic Wave Equations in the Theory of Elementary Domains
A new approach to the theory of elementary domains
湯川秀樹の「素領域の理論」を完成した男、保江邦夫博士:2つの「大どんでん返し」!?


ところで、アジア人のもう一人の巨人に台湾出身の中国人
チェン・ニン・ヤン博士
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がいるが、このヤン博士も「対称性の破れ」が生涯テーマであった。リー–ヤンの「パリティーの破れ」である。

私はこのヤン博士の論文選集
Selected Papers (1945-1980) of Chen Ning Yang
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も持っているが、このヤン博士もまた基本的には最初に自国で統計力学理論を研究してからアメリカに渡って素粒子物理理論家になっていった理論物理学者である。南部博士と非常に良く似ている。

日本人の南部陽一郎博士と中国人の楊振寧(チェン・ニン・ヤン)博士は、研究テーマも研究の時期も非常に似たことを似た時期にしていたのである。素粒子理論にはその研究ブームというものがあるからどうしてもみんな同じ時期に同じようなことを考えるものだが、特にこの二人の研究を見比べると面白い。

たぶん、エンリコ・フェルミの愛弟子だった楊振寧博士はかなり南部陽一郎博士を意識していたのだろう。ライバル視していたのではないかと私は見ている。この観点からすると、どうして南部陽一郎博士のノーベル賞受賞が遅れたのか?そういう面でも何かありそうだという意味で面白い。逆にヤン博士はノーベル賞受賞が早かった。

いずれにせよ、20世紀型素粒子物理学において、アジア人の南部とヤンの2人はその双璧だった。

ついでにメモしておけば、南部陽一郎博士は長らくシカゴ大学物理学部の教授だった。そのシカゴ大物理学部で博士になられた東大物性研の甲元眞人博士からユタ時代に聞いた話だったが、シカゴが不況になって治安が悪くなった頃、南部博士でも大学のエレベーターの中で銃を持つ強盗に襲われ「フリーズ。金を出せ」と言われ、胸ポケットに入れた小金を与えて難なきを得たという事件もあったようである。


真の天才であられた南部陽一郎博士のご冥福をお祈り致します。合掌。RIP.

おまけ:
こういう本もあった。
南部:現代物理学の予言者
Nambu: A Foreteller of Modern Physics
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  by Kikidoblog | 2015-07-17 19:52 | 人物

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