岡潔「嬰児に学ぶ」:人には第二の心がある。そのふるさとは頭頂葉である。

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父の言葉(My father's words)

日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。
(The reason why the Japanese people love Sakura is the way of the great grace moment when Sakura's flowers are scatteredly falling by the wind.)
−− 数学者 岡潔(Dr. Kiyoshi Oka, a Great Japanese mathematician)

数学者 岡潔思想研究会


みなさん、こんにちは。

高知の横山さんの主宰する「岡潔思想研究会」。久しぶりに新しい記事が掲載された。

まず横山さんが保存する岡潔のかつての講演のカセットテープを聞いて、それを手書きの文字に起こす。次にそれを右腕の吉井さんが病院で病床にある母親のところへ持って行く。するとそれを読むのを楽しみにし人が読める形にすることを生き甲斐にしている母親がパソコンに打ち込む。少しずつ、少しずつ。すると、今度はその文字データを吉井さんが、研究会のサイトに更新する。こうしてだいたい2〜3ヶ月すると、岡潔思想研究会に新しい記事が載る。

今回のものは、これである。
岡潔 「嬰児(えいじ)に学ぶ」の解説(抜粋)
講演日 :1969年10月26日
於 足利市民会館


今から46年前の講演である。

「嬰児に学ぶ」

とは、どういうことか?

というと、人はだいたい3歳前の記憶がない。つまり、3歳以前の出来事はすべて頭のどこかに記録されているはずなのだが、それを思いだすことができない。

では、1歳過ぎて言葉を話し始め、ちゃんと親や他の者たちの行っていることを見て、しっかり応答しているのは何なのか?

岡潔博士は、

これこそ「第二の心」だ

というわけである。

西洋人は、それを「潜在意識」として組み込まれるのだという風に矮小化して理解せざるを得ないが、そんなものじゃない。最初に人は「第二の心」から始まって、そこに「第一の心」が宿り始める。これが「自我」である。

つまり、脳がそれまで宇宙的に自我を持たずに活動していたが、前頭葉が育まれると徐々に自我や自意識が活動する。そして、いつしかその「第一の心」である自我だけが「精神」なのだというふうに考えてしまう。

これが西洋人の最大の特徴であり、同時に最大の欠点なのだ。

大事なことは、「第二の心」であるところの座、すなわち「頭頂葉」なのだ。

人にとってのアンテナの宿る場所。それが頭頂葉である。

日本人が最も発達させて来たのが、この頭頂葉の働きである。一方、朝鮮人や支那人や西洋人がもっとも使わなくなってしまったものもまたこの頭頂葉なのである。

彼らは「第二の心」の母である頭頂葉の活動を殺し、「第一の心」である自我の座「前頭葉」だけを異様に発達させた。

これが西洋の個人主義の座であり、思考の座である。が同時に、「木を見て森を見ない」という局所的思考に陥る原因を生む座でもある。

とまあ、そんなことを岡潔博士は生前何年も何年も国内のいろんな場所で講演した。

中でも、前頭葉の働きの最大の成果が我々の専門分野である「物理学」であるのだが、なんと岡潔博士は
「物理学はまったく100%間違っている」

とおっしゃられた。

だれも反論できない。なにせ、岡潔博士であらせられるぞ、頭が高い。普通の学者や凡学者は無視するしかない。

とまあ、そんなわけで、どういう意味で「物理学は間違っている」のかは、岡潔博士の主張から察して欲しい。以下のものである。
【8】 茫然自失のはずの物理学

これで物質は不生不滅であるという古来の観念は破れた。また物質を持って第一原因とするという理由もなくなった。にもかかわらず、他の自然科学は旧態依然としている。じゃあ物理学はどうかっていえば、物理学者は何よりも時間空間の全体を考えてるから、一体、素粒子はどこから生まれてきて、どこへ消えていくのだろうと不思議がって、茫然自失してるというのは本当でしょう。

本当は自然科学は救いようもない間違いを発見したということを知らない。どうすれば学説をごまかすことができるだろうかと、それに専念している。もうそれに専念しだしてから大分になります。如何にごまかすかったって、こんなん駄目ですよ。早く間違いを認めなければ。

それじゃあ一体素粒子はどこから生まれてきて、どこへ消えていってるのか。これについては先程挙げました山﨑弁栄(やまざきべんね)上人の「無辺光」の大円鏡智の章に答えが書いてあります。「素粒子は第2の心の世界から生まれてきて、また第2の心の世界へ帰っていっているのである」と。人の真の自分は第2の心、第2の心は不死です。大体、この、物質がそこから生まれてきて、またそこへ帰っていくくらいの不死です。

猶、自然科学が法則を充たすというのも嘘ですよ。山﨑弁栄(やまざきべんね)上人は、あの方は数々の奇跡を行なってられる。奇跡というものが本当にあるということと、自然科学が法則を充たす、即ち学問であるということとは両立しない。ところが釈尊やキリスト(は奇跡を行なった。しかし、)法則を充たすということが実験できると思いますか。できるはずない。

そしたら一握り。で、あれは昨日もそうだった、一昨日もそうだった、その1つ前もそうだった。だから今日もそうだろうというのと同じこと。つまり生きる為の知恵という。生きる為の知恵という、それも物質現象に限られてるというものならば、猿はそんなもの持ってます。人が自然科学を持っているということと、猿とはなんら区別のつけようがない。

人は道徳を持ってるから猿と違うのです。価値判断を間違ってしまっている。猿と同じです!生きる為の知恵です! しかも物質現象に限る! 今までそうだったから、多分、今日もそうだろうと思ってる。山﨑弁栄上人のような方が突如としておいでにならないとどうしていい切れる。まして神仏(かみほとけ)は無量にいますよ!誰一人来たってそうはならん。

ところで、この中に登場する「山﨑弁栄上人」とは、明治大正時代の最高の超能力者であった。
山崎弁栄記念館
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その生涯と宗教芸術
 山崎弁栄上人(1859~1920)は、日本近代における最高の宗教思想家である。また、みずからの不断の宗教的実践を通じて、その宗教体験の世界は限りなく深められていった。そして、その深奥の宗教体験がそのまま宗教的世界観を創造的に展開していった。まさに上人は近代において活躍した希有ともいえる偉大な宗教的天才であった。
 また上人は、芸術的な才能にもめぐまれ、仏画や書等において無尽に豊かに宗教芸術世界を開いていった。


さすがにこう言われると我々物理学者は身も蓋もない。しかしながら、それは事実である。今の物理学は間違っている!

なぜか?

それは岡潔博士が聞く質問に対して答えられないからである。
それじゃあ一体素粒子はどこから生まれてきて、どこへ消えていってるのか。

答えよ、ホーキング!ブライアン・グリーン!エド・ウィッテン!

それに対して、我が国の山崎弁栄上人はこう答えた。
「素粒子は第2の心の世界から生まれてきて、また第2の心の世界へ帰っていっているのである」

聞いたか、ホーキング!ブライアン・グリーン!エド・ウィッテン!

つまり、前頭葉ができる以前の生命は「第二の心」とともに生きている。そういう世界とリンクしている。物質も単細胞生命も嬰児もみなこの宇宙と「第二の心」を通じて生きている。

ところが、情報処理の座である前頭葉が発達すると、短期的記憶、短期的処理、短期的思想、すなわち、個人としての思考、すなわち、個人主義が生まれた。

だから、西洋人には第二の心の世界は見えない。

ゆえに、下等生物やら高等生物やらを精神=自我のあるなしで判断して来た。かつて黒人は痛みを感じないから人間ではないと白人が言った。日本人は英語が分からないから人間にあらずと考えた。

これじゃああ〜〜、ダメなんだよ!


だから、西洋白人はダメなんだ!

とまあ、そう岡潔博士は分析した。

その結論がこれだ。
【10】 成壊(じょうえ)の劫(こう)

ところで、今いいました通り、世界は火の燃え盛ってるような世相です。これを詳しくいいますと、第1の心の世界は欲界と釈尊はいってる。欲界には「成壊の劫」というものがあって、避け難い。成は「なる」、壊は「くずれる」です。成の時期には何でもできていく。しかしながら、どんなに営々と作り上げていっても、壊の時期が始まるとどんどん壊こわれていく。

今、西洋文明は壊の時期に入ったのです。その1つの現れが世界を覆うている大学問題です。大学の壊れ方は、理屈なしに壊れていってるでしょう。あれが壊の始まりです。やがて国も滅び去り、人も滅び去る。これが壊の時期。欲界にいるものは皆そうなると釈尊はいってるんです。

だから放って置きゃあ、人類の滅亡まで間がないんです。さっき火の燃え盛ってる世相でいったんでもわかるでしょう。だから放って置きゃあ 壊の時期、これはもう全滅です、人類ね。その始まりが大学問題。あんな風な壊れ方で壊れると、俄然、こんな壊れ方で日本の大学が壊れると思ってなかったでしょう。これは欲界の壊の時期、西洋文明の崩壊です。放って置きゃ、人類滅亡する。
【11】 日本文明を起こそう

どうすりゃいいかというと、西洋文明の代りに日本文明を起こそう。西洋文明は言葉でいえる文明です。日本文明は言葉でいえない文明です。心の世界の文明です。言葉でいえない文明、無形の文明です。本当は日本は前から無形の文明があるんですよ。無形の文化が高い為に、中国から、インドから、西洋から、アメリカから、有形の文化を易々と取り入れたんです。

今度は本当にそれを表に出して、無形の文化、無形の文明、日本文明を作らなければならない。そうなるに決まってるんですが、それはこの地球上においてそうなるのか、数万光年か、もっと隔たった他の星においてそうなるのか、それはわかりません。私は同じ地球においてそうしたいと思う。その為には取りあえず、燃え盛っているこの火を消して、人類を全滅から救わなきゃいけない。そのあと無形の日本文明を起こすべきです。善、中心でなきゃいけません。

人が如何に生くべきかということですが、人の本当の自分は第2の心、即ち真心です。人がその真心を傾け尽くすに足る程の目標を捜しだして、これに真心を傾け尽くすということが真の生き方でしょう。その真心を傾け尽くすに足るものとして、この西洋文明はもうどうしても滅びる、その代りに日本文明を起こそうじゃないかといってる。

同じくば、この地球において起こそうじゃないかといってる。歴史に残したいですよ。他の星へ起こしたら歴史に残らんのです。男子一生の快事にやっぱり書いてもらいたいですね。それだったら人類を滅亡から救う。


実に単純明快。しかし、これが46年前の主張であるぞよ。

世見の人とか、昨今のスピ系の人なんていうのはすべて4番煎じでしかない。

さて、興味深いのは、岡潔博士のこの言葉。
そうなるに決まってるんですが、それはこの地球上においてそうなるのか、数万光年か、もっと隔たった他の星においてそうなるのか、それはわかりません。


はて?どうやってそれを知ったのか?

やはり岡潔博士は、ときどき木内鶴彦さんのように宇宙や時空を飛び回っていたとしか考えられない。

いや〜〜、岡潔博士は興味深い。

岡潔思想研究会の今後の記事を期待したい。



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  by Kikidoblog | 2015-08-27 12:12 | 岡潔・数学・情緒

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