保江博士の「路傍の奇跡」は「路傍の奇跡の数々」だった!:奇跡の連鎖調和ですナ。

人の双対性

保江邦夫博士:数学と物理のどちらにも入るものを研究
井口和基博士:数学と物理のどちらにも入らないものを研究

保江邦夫博士:奇跡の連鎖調和
井口和基博士:悲劇の連鎖調和


みなさん、こんにちは。

これまでとあることからつながってしまったヒカルランドのニコラ・テスラ関連の本作りが最近やっと終わり、1年ぶりでそれまでそのままにしていた最適制御理論の問題に戻ることができた。ノートの日付を見たらなんと1年近くも離れていたようだ。自分の本来の仕事が疎かになっては元も子もない。

こうやって最適制御理論、すなわちポントリャーギンの最適制御理論の教科書を見直すと、やはり最終章の部分が気になるわけだが、その部分を実に見事に解決したのは、我らが保江邦夫博士だった。そういう見方も成り立つわけである。

実際、実に簡単明瞭にやってみせた。それもかのノーベル賞学者の万能の理論の天才だったラルス・オンサーガーの最も著名な熱力学理論を自明かのごとく導くという離れ業でだ。しかも、大学院(名古屋大)に移ってからの博士課程のたったの2年間で8本の論文を公表したうちの2,3つがそれだったのだナア。

だから、名古屋の代表的物理学者、あのドブロイと共著のある高林武彦先生(故人)に「歴代の院生の中で最も優秀な男」と評してもらったのである。

というわけで、その辺の研究事情も知りたいというわけで、保江博士の自伝前半「路傍の奇跡」
路傍の奇跡―何かの間違いで歩んだ物理と合気の人生
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を本屋で注文して買ったのである。

ところで、私は最近は新書や本は、「1円本」や「絶版本」を除き、アマゾンで注文しないことにしたのである。というのも、アマゾン注文すれば、送料込みで3日で来るが、それでは地方の老舗本屋がみな潰れてしまう。

説明すれば長くなるが、要するに、ネット時代の流通の新しいビジネスモデルを老舗本屋の経営者は知らないからだ。つまり、都市に住む人間が地方書店の本取り寄せにかかる時間ラグを利用してネットで高額にして売るという悪どいビジネスモデル。

だから、店員にはいつも
取り寄せを3日以内。新著出版がされたら3日内に店頭に出せるようにしろ。さもないと10年以内に潰れるぞ
と脅すわけだ。そうしたら、最近注文したら取り寄せが早い。3日で来るようになったのだ。そうなると、アマゾンは要らない。アマゾンはショーウィンドーでいい。

さて、そんな「路傍の奇跡」を読むと、実は「路傍の奇跡の数々」だった。ご存知のように保江先生は末期の大腸がんすら奇跡的に克服したわけだ。だから、「路傍の奇跡の数々」が現在進行形でずっと続いているわけである。
保江先生の「路傍の奇跡の数々」

生誕の奇跡→太平洋戦争終結が1週間早まったため→特攻隊飛行機野郎の父が生還
幼少少年期の奇跡→祖母と叔母がいたため→父子家庭も問題なく成長

高校入試の軌跡→新設選抜制度ができたため→その年度だけ美術の科目があった
大学入試の奇跡→学園紛争の危険のため→その年度だけ問題が少なかった
学科進学の奇跡→学園紛争が激化のため→その年度だけ志願者が激減した
大学院入試の奇跡→数理物理の興味のため→その年度だけ数理物理の試験官がいた
大学院編入の奇跡1→同級生中込証明氏の勧めのため→その年度だけ編入試験許可
大学院編入の奇跡2→東北大京大の先輩がいたため→その年度だけ編入試験合格
大学院の奇跡1→ヒルベルト空間論をものにしていたため→2年で8通の論文公表
大学院の奇跡2→試しに応募した公募→その年度だけエンツ博士の事情により採用
大学院の奇跡3→終了前に雇用されたため→その年度だけ2年で博士取得
。。。。
高校=朝日高校、大学=東北大、大学院=京大、編入大学院=名大


ざっと大学院時代だけでもこんな感じ。もちろん、これに合気道の事情が加わるわけだが。

この後はまだ読んでいないから、カット。またいつかにしておこう。

ミラクルヤスエですナ。

いや〜〜、何度読んでも面白い。


おまけ:
ところで、この保江邦夫博士の自伝を読むと、生来本質的に頭がよく優秀な子供がまったく勉強しないでいたために学校では勉強できずにいたのだが、ある時期、特に大学以降になって非常に伸びるという稀にいるタイプの子供の典型のように見える。かつてこういう「子供らしい子供時代を経なければ人間は大成しないんだ」と言い続けた故柘植俊一先生の
反秀才論
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の言葉がいまふと蘇った。

要するに、塾で勉強すると手っ取り早くある程度までは伸びるが、大学へ入ってから本来必要となるもっと先のもっと重要になる知識を詰め込む際に、大学受験までに勉強し過ぎると脳にスペースが無くなり頭が固まってしまっているために、大学に入ってからの新しい内容がまったく身につかない。むしろ弊害となる。だから、大学に入るときには「頭が空っぽ」のほうが良いのだ。頭は本質的に良くなければだめだが、知識が多すぎないほうが良いのだ。こういうことをおっしゃられていたのである。

この柘植先生の「反秀才論」の観点からすれば、保江邦夫博士は「反秀才」の1人であろう。まさに「反秀才」である。

というわけで、学園紛争や受験戦争の時代を経過してもなお、一応我が国にもまだ反秀才がそれなりに巣立っていたということだろうヨ。



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  by Kikidoblog | 2015-11-20 13:10 | 保江邦夫博士

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