サッカーの神様は澤穂希に微笑んだ!:「サッカーはちゃんと君が代を歌った方が勝つ!」

君が代

日本サッカー「土坪にはまる」4:やはり国歌斉唱の大きさの順に強かった!


みなさん、こんにちは。

いや〜〜昨日のINAC神戸vs新潟の皇后杯決勝はいろんな意味で実に興味深かった。

いまやレジェンド、女子サッカーはおろか日本の全サッカー選手・チームの伝説となった澤穂希選手。この試合が実質上の引退試合となったので、一応ここにもメモしておこう。

INAC神戸は横綱相撲で推し気味し試合を進めていた。が、3回の決定的なチャンスを若手の中島選手が外しまくる。そうして嫌な流れが来た後半終盤にINAC神戸の右コーナーキック。そこで、それまでコーナーキックのチャンスで徹底的にマンマークされ良いボールをもらえなかった澤選手のところに良いボールがやってきた。

それをこれまた完璧にとらえて決勝ゴール。これで試合が決まった。ウィニングボールはやはり伝説の澤穂希選手のところにきたわけだ。以下のものである。
【皇后杯】澤穂希 現役ラストゴール 2015/12/27
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澤穂希選手とINAC神戸の皆さん、優勝おめでとうございます。
また、澤穂希選手これまでご苦労様でした。お疲れ様でした。


さて、実はこの試合、私は最初の試合前の国歌斉唱の段階でどちらが勝つかわかっていた。なぜなら、サッカーというスポーツは「心がけ」の良いチームが勝つスポーツだからである。

したがって、国歌斉唱の時に
どっちのチームがちゃんと君が代を歌うか
これを見るだけで勝敗が分かるのである。

実際、新潟とINAC神戸の選手たちを比べると、INAC神戸の選手は全員が歌っていたわけではなかったが、半数がちゃんと口を動かして歌っていたのだが、一方の新潟の選手たちは韓国人選手かのごとく誰一人まともに君が代を歌わなかったからである。以下のものである。
アルビレックス新潟レディース vs INAC神戸レオネッサ 君が代斉唱 - 第37回皇后杯決勝 2015.12.27


国歌斉唱するINAC神戸の選手たち(約数人)
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国歌斉唱しない新潟の選手たち(よく見ると、1人だけ歌っていたような)
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この際ついでにメモしておくと、日本の君が代は一応法的に「国歌」ということになっているが、実は君が代の「君(きみ)」とは「訓読み」にした場合は「男女」という意味である。つまり、「きみ」とは「国民」の意味である。決して「きみ」とは君主という意味ではない。しかし、「音読み」にした時の「くん」となって初めて「君主」、すなわち、「天皇」の意味になる。だから、「君が代」とは「きみがよ」だから、これは「日本国民の代」という意味にすぎない。
「訓読み」と「音読み」の話:音訓で意味が逆転する!→「こっち見るな、愛さないで!」「君が代」の真の歴史1:「君(きみ=き・み)」とは、日本男女の意味だった!
「君が代」の真の歴史2:「君(きみ=き・み)」とは、日本男女の意味だった!


また、君が代の歌詞は基本的には「祝詞」の一種なのであるという。

だから、神社の前で祝詞を唱えるかのように、サッカーのピッチの前で君が代を歌うと、
サッカーの神様の前で祝詞を歌ったかのような状態になる
わけである。

こういうことに関しては、
神に近づくには波長を合わせればいい!
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の山本光輝師範が詳しく述べているように、祝詞を唱えるにはその時の「呼吸法」がものすごく大事なのである。言い換えれば、
呼吸を整えて真剣に大きな声で君が代を歌うほど祝詞の効果が増す
のである。

そうやって祝詞を空間に向かって唱えるとどうなるか?

これについては、上の本で保江邦夫博士が説明しているが、同時に
ついに、愛の宇宙方程式が解けました: 神様に溺愛される人の法則
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の本でも見事に説明されている。

つまり、頭のなかで、あるいは、心で唱えるよりは、実際に空間に向かって言葉を唱えるほうが、その後の祝詞や願いの効果が増すというのである。

なぜならこの世界の空間は一見何もない隙間のように見えるかも知れないが、実際には湯川秀樹博士の提唱したような「素領域」という超微細な構造、大方電子の大きさ以下の小さな宇宙の空間を作る粒に満たされている。これはテスラの時代のように「エーテル」と呼んでも差し障りない。

この素領域は精神や魂とも共有する部分が含まれるために、人が精神状態や願いや祈りを念じてそれを言葉に出すと非常に大きく反応するという。その結果、その魂から発露された願いに応答して素領域が時空間に再配列する。

その結果、因果応報という形で未来のタイムラインが構築されるというのである。

つまり、サッカーで言えば、その勝負になんとしても勝って優勝したい。だから、そういう気持ちを込めて祝詞としての君が代をしっかり歌う。そうすると、それにこの世界の時空間の素領域が応答して、それを実現するような未来が生まれる。つまり、勝利の方程式が構築されるのだ。

はたして、実際の試合はどうなったか?

ご存知のように、一番しっかり君が代を歌った川澄選手の蹴ったコーナーキックのボールがどんぴしゃりとこれまた一番点を取って欲しい澤穂希選手の頭に合ったのである。そして、それがこれまたどんぴしゃりとキーパーのいない右隅に突き刺さった。

これに対して君が代をまったく歌わず、祝詞の効果を知らなかった新潟の選手たちは、本来なら澤穂希選手よりずっと背の高い北原選手が頭でクリア出来たはずのボールにタイミングが外れ、澤選手をフリーでヘッドできるチャンスを作ってしまったのだ。

これが祝詞の力である。

まあ、信じる信じないはあなたの心がけ次第というやつだが、大半の人は信じられないだろうが、保江邦夫博士や山本光輝師範のいうことをよく理解している人なら信じるはずである。

サッカーは心がけの良いチームが勝つ。
サッカーは君が代をちゃんと歌った方が勝つ。

これは事実である。





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  by Kikidoblog | 2015-12-28 19:38 | サッカー&スポーツ

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