フランスの英雄ジダン、銀河軍団の新監督に就任!:ジダンも全寮制で育った!

みなさん、こんにちは。

ついでにこれもおまけしておこう。

フランスの英雄ジネディーヌ・ジダンが、バルサの永久のライバル銀河軍団レアル・マドリーの新監督就任のニュース。これである。
レアル・マドリードは4日、公式会見を開き、ラファエル・ベニテス監督の解任とジネディーヌ・ジダン氏の就任を発表した。同クラブ公式HPが伝えている。
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 レアル・マドリードは4日、公式会見を開き、ラファエル・ベニテス監督の解任とジネディーヌ・ジダン氏の就任を発表した。同クラブ公式HPが伝えている。

 ベニテス監督は3年契約で今シーズンの開幕前に就任。チャンピオンズリーグ・グループステージを無敗で首位通過するも、リーガ・エスパニョーラでは勝ち点「37」で暫定首位のアトレティコ・マドリードに4ポイント差をつけられ、1試合未消化のバルセロナより2ポイント下の3位に位置しており、優勝争いにおいて厳しい状況に置かれている。

 また、コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)4回戦では出場停止処分中のロシア代表MFデニス・チェリシェフを起用したため、規則違反により失格。11月21日にホームで行われた“エル・クラシコ”でバルセロナに完敗(0-4)してから、本拠地サンティアゴ・ベルナベウでは指揮官へのブーイングが毎試合恒例となっていた。

 新監督のジダン氏は、現役引退までの5年間レアル・マドリードでプレー。現在はレアル・マドリード・カスティージャ(Bチーム)の監督を務めており、昨年5月にはヨーロッパ最高位のコーチングライセンスであるUEFAプロライセンスを獲得していた。


さて、このジダン選手の場合もまた全寮制の結果だったのである。ジダンの世代は、フランスが1998年開催のフランスワールドカップ招致のために、フランスが全力を上げて若手育成に入った時期である。

この時にフランスはなんと「国立サッカー学校」を作り出した。ここにジダン、アンリのようなアフリカの旧フランス植民地の国々出身者も入れるようにしたのである。才能とやる気さえあれば、無料で全寮制で指導する。そういうフランス型(というより、昔の古代唐の科挙のやり方や昔の日本のやり方)で強化したのである。

そして1998年フランス大会決勝でドゥンガ率いるブラジルを3-0で一蹴。
ブラジル vs フランス 【1998 FIFA ワールドカップ】 決勝
(この時のサンパイヨは、今は無き横浜フリューゲルスに所属した。ドゥンガはジュビロ磐田に所属した。今よりいかにJリーグのレベルが高かったかわかるはず。)


これについては、私はもう13年も前に昔の掲示板に書いていたので、それをこの際メモしておこう。これは、拙著
物理お宅博士のスポーツ観戦記 日韓ワールドカップ2002
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に収録されている。以下の部分である。
1571
ジダンを生んだフランスサッカー教育システムはすごいねー!
KI 2002/05/07 10:10
男性 自由業 44歳 O型 徳島県

昨夜、NHKでフランスサッカーの教育システムの話(再放送)を見たが、
さすがにフランスですなー!

話によると、前前回のアメリカワールドカップの予選の時が決めて
になったらしい。これは日本では、ラモス、カズ、柱谷、中山の
時代で、ドーハの悲劇の時代のことだねー!最後の最後に引き分け
に持ち込まれ、日本は代表の座を韓国に奪われた。まったく、同じ時に、
引き分けでも代表になれたフランスは最後の数十秒で1点入れられ、
ブルガリアに代表をさらわれたっていう話ですなー!(あとで考えると、
この時のブルガリアはベスト4かなにかに残ったかなりの強豪チーム
だった。だから将軍プラティーニを率いたフランスが勝てなくても
当然とも言えるんですがねー!)これが1993年のこと。

この1994年のアメリカワールドカップでは、ロマーリオ、デュンガ
率いるブラジルが延長PK戦の後にバッジオのイタリアに勝ったと
いう、あの大会だ。

この後、フランスは1998年に自国フランスでワールドカップ開催
が決まっていたために、一気にサッカー強化策に打って出た。確かに
フランスサッカーは昔からヨーロッパの強剛の一つで、シャンパンサッカー
という早い芸術的パス回しで有名なチームだった。しかし、なかなか
ワールドカップに参加できず、また出てもそれほどの成績を残せなかった。
それで国上げてワールドカップに間に合わせようと打って出たということ
らしい。

しかし、このやり方が実にフランス的だ。つまり、国立のサッカー
学校を作ってしまった。そして、13歳以上の優秀選手を集め、
完全に全寮制のサッカー英才教育システムを作りあげたわけだ。
日本と違うのは、何度かここでも話題になったことだが、「英才教育
あるいは国立というと全部無料、全額保証ということ」だ。
実際、1つのスクールでは、700人に優秀選手が試験し、13人程度
しか採用されない。これほど厳しい試験をした以上は全部無料で
国が面倒を見る。これがフランスあるいはヨーロッパ流の考え方ですなー!

あ)宿泊(全寮制)、
い)食事(シェフが作る料理)、
う)教育(これはスクールから地元の学校へバスで送迎してくれる。)、
え)サッカー指導(これはプロの指導者が年令に応じた科学的な
指導を行う。だから、練習は1日2時間程度、筋トレはない。)、
お)道具(シューズ、ユニフォームは全部配給してくれる。)
これらは全部無料。

これにより、サッカー人口が貧しい移民の子供たちにも開かれ、本当に
サッカーのうまい子供たちがこのシステムに入ったということらしい。
そして、その中に、その最初の学校にジダン、テュラム、などの若い選手が入った
ということらしい。

一方、代表監督になったジャメ監督(今の日本のトルシエ監督は、
この人の影響化にあるわけだなー!)は、これまでのフランスの
白人(フランス人)主流の選手層にこだわる限り、世界トップレベル
では勝ち目が無いと認識し、フランス領だったアフリカなどから移民
してきたアフリカ人(テュラムはこれ)、アルジェリア人(ジダンはこれ)
などをどんどん登用する道を選んだというわけだ。

そこでジャメ監督の決断は
ア)出身の人種、国籍などにはこだわらない。
イ)個人の才能で戦うのではなく、チームとして戦う。
ウ)若手を中心に使う。つまり、有名選手にこだわらない。むしろ
有名選手は邪魔になるので、使わない。
エ)チームの一人一人が何をやるべきか同じ目的を理解していること。
オ)選手は絶対勝つという執念を持っていること。
などだ。

そして、これを1993年以来実施して、1998年自国開催の
フランスワールドカップで歴史上初めてフランスは見事ブラジルを
3-0でスコンク勝ちしたっていうわけですなー!実にお見事!

前にどこかで私が今のフランスがペレがいた昔のブラジルに非常に
似ているって書いたが、それがこれなんですなー!人種的に国際的、
チームプレー、勝利への執念、若者中心、観客や国民の人気に迎合しない、
全部当時の1960〜70年代のブラジルがやったことと同じ。
ペレは16歳でデビューした。ケンペスあるいはマラドーナ時代の
アルゼンチンも同じ。逆に、オランダ、イタリア、ドイツ、スペイン
など自国出身にこだわる国は第一線から退いたっていうかんじですなー!


さて、ジャメ監督のやったことを何かちょっと親しみを感じるはず。
そう、これこそ今までトルシエ監督がやって来たことだからねー!
ア)は最近サントス選手(元アレックス選手)を使うようになった。
ウ)は、ラモス、カズ、などほとんどのカリスマ性のある選手、
公私ともに影響力のある選手を外した。
イ)、エ)、オ)は、トルシエ監督がことある度に言って来たことだねー!
まあ、つまり、トルシエ監督は、日本のジャメ監督になろうとして
いるということですなー!この意味では、良い監督だったと言えるだろう。
まあ、成績が伴わなかったとしても、私はトルシエ監督の行ったことは
非常に評価するけどねー!

まあ、最後に、私が言いたいのは、こういうことはサッカーに限らない
っていうことだなー!バレーボール、バスケットボール、体操、ゴルフ、
テニスなどの他のスポーツでも、あるいは科学でも何でも同じだということ。
まあ、大人が根性すえて、長期的に行えば、成功するっていうことですなー!


分かるかねー、この違い?まだ分からないって?いやー、世も末だなー!



おまけのおまけ:
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  by Kikidoblog | 2016-01-05 09:55 | サッカー&スポーツ

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