2011年 06月 09日 ( 2 )

 

いずれ「ヘレニズム精神」と「ゲルマンの技術」が東アジアで花開く

(つづき)

ヒトラーの予言者としての癖は、普通の話の中に時々、未来の話がふと盛り込まれるというようなものであったという。聴衆の面前の大講演の中で、時として「未来はこうなる」というような話を盛り込んだのである。

そんな話のいくつかには以下のようなものがあったという。

20世紀末、毒の雨がヨーロッパに降る。わたしの故郷(=オーストリア・南ドイツ)の森もそれで枯れ果てる。

その後ほどなく、ヨーロッパは血と悲嘆の中に沈む。人間も自然も腐る。アメリカも天変地異と経済破局と麻薬の中に沈む。

−−第二次世界大戦直前、ナチ将校団への演説

21世紀のいつか、地球を保っている火と水のバランスが大きく破れる。熱が氷の上に、星が海と山に降る。溶ける氷河が欧米の一部を呑みこんでいく。

その前に北欧の海が腐るだろう。そこに住む生物たちは腐って死ぬ。そうなったら、それがヨーロッパ破滅の前触れなのだ。よくおぼえておくがいい。

−−第二次世界大戦末、ナチ将校団への演説


こういった戦前戦中のヒトラー予言をつぶさに調べるうちに、五島勉はヒトラー予言の正確さに気付くようになったというのである。「毒の雨」=「酸性雨」、「地球を保っている火と水のバランスが大きく破れる」=「地球温暖化」など、1980年代当時でもその状況を見比べることで、ヒトラー予言の正確さに目を見張らされたということらしい。しかし、1980年代当時ではまだ「北欧の海が腐る」ことはなかった。

ところが、21世紀の今の我々は知っている。ひょっとしたらこれから「北欧の海が腐る」かも知れないということを。なぜなら、メキシコ湾の海底油田の事故で未だに石油がずっと大西洋を汚染しているからである。ちょうど今福島原発から出る放射能が世界中の空気を汚染し、放射能汚染水が太平洋を汚染しつつあるのと同様である。したがって、「北欧の海が腐る」=「メキシコ湾の石油田事故による海洋汚染」である可能性が高い。

さらに「我が闘争」には、こんな一節もあるという。

(わたしが『わが闘争』を書いてから)数十年後、東アジアのすべての国々は、その基礎がわれわれと同じヘレニズム精神とゲルマンの技術であるような文化を、自分たち固有のものだと呼ぶようになるだろう。

角川文庫「我が闘争」上巻、413ページ


この何気ない一節に五島勉は興味を覚えたのである。なぜなら、まず「当時はまだ東アジアというものがなかった」からである。いわゆる「東アジア」が誕生するのは、第二次世界大戦後アジア諸国が独立して後のことだからである。韓国などはさらに朝鮮戦争を経て後のことである。

さらに五島勉は、この文節に出て来る「ヘレニズム精神」と「ゲルマンの技術」とは何を指しているのか?ということを知るための調査を行った。

その結果、「ヘレニズム精神」とはいわゆる「近代オリンピック精神」のことだったというのである。要するに、ヒトラーが言った意味は

将来東アジアの国々もオリンピックを開催できるようになるまで発展する

という意味だったということである。実際、日本(東京オリンピック、1964年)、
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韓国(ソウルオリンピック、1988年)、
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中国(北京オリンピック、2008年)
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と近代オリンピックを開催するまでになった。

この五島勉の「1999年以後」は1988年10月出版だから、その当時、東京オリンピックは過去のこと、そしてソウルオリンピックが終わって数ヶ月後のことである。その当時、北京オリンピックのことはまだ明確ではなかったはずである。五島勉ですらそんな状況だったのだが、ヒトラーは第二次世界大戦中にそう予言していたというのである。

次に「ゲルマンの技術」とは何か? 五島勉はそれを知るために沢山のドイツ人に聞いて回ったのだという。その結果として分かったことは、「ゲルマンの技術」=「自動車技術」だったというのである。当時、飛行機はアメリカのライト兄弟の発明、戦車はイギリスのキャラピラーの発明、というように、多くは英米仏の発明が多い。

しかしながら、自動車、それも近代的な自動車の発明は、1886年のマンハイムのカール・ベンツとシュツットガルツのゴットリープ・ダイムラーが独立の発明したというのである。そこからダイムラー・ベンツの名とともにドイツの自動車産業と高速道路(アウトバーン)網文明が始まったというのである。

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確かにヒトラー総統のイメージはかならずベンツに乗ってやってくるというものである。



この意味が「ゲルマンの技術」というものであったというのである。したがって、ヒトラーは、その「ゲルマンの技術」=「自動車技術」を東アジアの国々の人々もあたかも自分のもののように考える時期が来る、と予言したということである。

これまた戦後の東アジアを見事に予言していると言えるだろう。まず日本がトヨタ、本田、スズキ、日産、マツダ、スバル、などなどの自動車会社を生み出した。韓国ではヒュンダイなど。中国も今では自動車企業が花盛り。インドでは空気自動車まで出てくる時代である。

こうして五島勉はますますヒトラー予言の正しさを信じるようになったというのである。
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  by Kikidoblog | 2011-06-09 12:01 | ヒットラー予言

三島由紀夫「やつは人類の行く末を知っていた」:五島勉の「ヒトラー予言」への出発

ヒトラーは人類の行く末を知っていた−−三島由紀夫
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みなさん、こんにちは。

さて、少し時間が出て来たので、例の「ヒットラー予言」(ヒトラー予言)の話を少しメモしておこう。

先日、「究極の話題」としてここでも取り上げた。
「1999年以後」ヒットラーの最終予言:人類は放射能や天変地異で進化する!?

この「1999年以後」という著作を書いた五島勉氏(以後敬称略)に「ヒットラーを研究しろよ」と教えたのが、日本の文豪、そして衝撃の結末を送ったあの三島由紀夫
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(ブルースリーやジャッキーチェンよりはるか前にこうだった!)
だったというのである。

五島勉の「1999年以後」の第2章「アドルフ・ヒトラー『悪魔の聖書』」の最初のセクション「ヒトラーは人類の行く末を知っていた」によれば、三島由紀夫は五島勉にいくつかの重要なアイデアを提供したらしい。

(1)太古の日本民族と超古代のインドを結ぶ妖しく深い関係。
(2)人間の死後と転生。
(3)ヒトラーを予言者としてみる。

この3つ目のヒントが「かつてない魔性の予言者」、「21世紀以後の未来を見た魔人」としてのアドルフ・ヒトラーであったというのである。

三島由紀夫は、独特の文学観や死生観、熱っぽい日本論を語ってくれた合間に、なぜか突然、ヒトラーについて話が飛んだということらしい。その時の風景か以下のもののようだったという。

ヘキサゴン・インリの
ヒトラーの予言
にはその部分が既に引用されているので、ここにもメモさせてもらうと以下のようなものである。
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■■三島由紀夫がヒトラーについて語った言葉

「ところでヒトラーね。彼がやったことは世界中の人が知ってる。だけど、彼がほんとは何者だったのか誰も知っちゃいない。ナチの独裁者、第二次世界大戦の最大戦犯、アウシュヴィッツの虐殺者、悪魔……。これがいままでのヒトラー観だけど、ほんとはそれどころじゃない。

彼のほんとの恐ろしさは別のところにある。

それは彼が、ある途方もない秘密を知っていたってことだ。人類が結局どうなるかっていう秘密だ。彼は未来を見通す目を持っていて、それを通じて、その途方もない未来の秘密に到達しちゃった。」

「だから五島君。もしきみが10年後でも20年後でも、ヒトラーのことをやる機会があったら、そこんところをよく掘り下げてみることだ。もしきみにいくらかでも追求能力があれば、とんでもないことが見つかるぜ。ほんとの人類の未来が見つかる。やつの見通していた世界の未来、地球と宇宙の未来、愛や死や生命の未来、生活や産業の未来、日本と日本の周辺の未来……。

なにしろ『我が闘争』の中にさえ、やつは未来の日本や東アジアのことを、ずばり見通して書いてるくらいだから。まだ30代かそこらで、やつは、それほど鋭い洞察力を持ってたってことになるよな。」


三島由紀夫とのその面会の後、五島勉はその内容の重大さはいったん忘却する。しかし、心のどこかにのどに刺さった刺のように残り続け、いつしかアドルフ・ヒトラーの獄中記「我が闘争
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を眺めるようになったという。

これはアドルフ・ヒトラーがまだ若い青年兵として第一次世界大戦の敗戦を経験し、捕虜となり、獄中にいた時に書き残したものと言われている。日本の大正時代の本である。一見すると、「反ユダヤ主義」、「民族主義」、「独裁者主義」、「エリート主義」などに毒されたプロパガンダ書のように見える曰く付きの書物と考えられている。しかし、その中に当時まだ西洋世界史にデビューしてまもない日本のことが書かれていたというのである。それとなくこう書かれていたという。
日本はもう欧米だ。しかし日本はふたたび落ちる。


五島勉はこの言葉に衝撃を受けた。なぜなら、当時の日本は大正時代であり、道行く人々は着物を着ていた時代。欧米の文化や科学技術を「和魂洋才」の思想で「追いつけ追い越せ」をしていた時代である。まだ「大正デモクラシー」の時代であり、日本の湯川秀樹や朝永振一郎が旧制高校大学に通っていたころのことである。だから、「日本はすでに欧米だ」ということにはいまだ達成前のことだったと考えられたからであるという。

当時の日本はこんな感じだったようである。







ちなみに当時の朝鮮や台湾は次のような状況であったという。

朝鮮


台湾


ヒトラーの「我が闘争」にあった日本に関する部分には次のようにあるという。
日本の文化はもう日本の文化ではない。それは欧米の強力な科学技術の労作なのだ。もし欧米が滅びても日本の技術は上昇をつづけるが、すぐに欧米からの泉が涸れ、70年前に欧米によって破られた眠りに、日本はふたたび落ちていくだろう。

角川文庫「我が闘争」上巻、414ページ


ここから五島勉の「ヒトラー予言」への旅が始まったというのである。
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  by Kikidoblog | 2011-06-09 10:54 | ヒットラー予言

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