2011年 12月 05日 ( 4 )

 

医師でサッカー選手のソクラテス氏死去!:伝説の黄金のカルテットの1人だった!

みなさん、こんにちは。

いやー、本当にいろいろなことが起きる。かの医者にしてサッカー選手だった、伝説のブラジルミッドフィールダーのソクラテス

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が死去した。享年57歳。まだ若か過ぎる死である。

元ブラジル代表ソクラテス氏が死去
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1980年代にACFフィオレンティーナでも活躍したソクラテス氏が4日、57年の生涯に幕を閉じた。

サッカー史上最も優雅なMFの一人に数えられるソクラテス氏は、ブラジル代表として60キャップを獲得し、1982年と1986年のFIFAワールドカップにも出場。このセレソン(ブラジル代表の愛称)の元主将は、現役時代の多くを祖国ブラジルのクラブで過ごしたが、1984-85シーズンにフィオレンティーナでプレーした経験も持つ。

「彼がフィオレンティーナに来た頃、私はけがをしていたんだが、それでもあの頃のことは鮮明に覚えているよ」と話したのは、ビオラ(フィオレンティーナの愛称)でチームメイトだったジャンカルロ・アントニョーニ氏。「彼はフットボールと人生について確固たる見識を持った偉大な人格者だった。それになんと言っても、真の勝者だったよ」

元イタリア代表GKディノ・ゾフ氏は次のように述べた。「ソクラテス氏はサッカー史でも特別な位置を占める偉大な選手でありキャプテンだった。プレーも素晴らしく、(1982年の)ワールドカップで彼が決めたゴールは今でも覚えているよ。あんなゴールを決められると、人々はどのDFに責任があったかを探し始めるものだが、あのようなゴールは偉大な選手にしか決められない種類のものだったんだ」

ソクラテス氏は最終的に50歳まで現役を続け、2004年に引退。イングランドのアマチュアクラブ、ガーフォース・タウンFC(当時はイングランドの10部に所属)が最後の所属クラブとなった。

(三浦知良選手、上には上がいるぞ。50歳過ぎまで現役で頑張れ!)

82年、ブラジル、「黄金のカルテット」、8番がソクラテス。10番がジーコ。15番がファルカン。
82年ワールドカップ ブラジル対イタリア(2次リーグ)

(この時代は、日本がワールドカップに出るということは、夢のまた夢のまた夢だった。ところで、この映像を見れば明白だが、この頃のイタリアのプロサッカー選手はだれも入れ墨をしていなかった。今はほとんど全員が入れ墨をしている。いったいだれがサッカーに入れ墨文化を持ち込んだのだろうか?)

惜しまれるソクラテス氏。

サッカー、ソクラテス氏の死悼む ブラジル「市民の模範だった」

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 【リオデジャネイロ共同】サッカーの元ブラジル代表主将ソクラテス氏の死去を受けブラジルでは4日、ルラ前大統領が「市民の模範だった」と述べるなど、著名人らが医師免許も持つ往年の名選手の死を悼んだ。この日のサッカー全国選手権では試合前に1分間の黙とうがささげられた。

 代表チームで「黄金のカルテット」と呼ばれる中盤を組んだジーコ元日本代表監督は自身のウェブサイトで「高潔、誠実で最も大事な人物の一人だった」と振り返り「ただ良き日々を思い出している」と追悼。ファルカン元日本代表監督も「相手によって態度を変えるようなことはなかった」と人格を褒めたたえた。


R. I. P.
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  by kikidoblog | 2011-12-05 21:42 | サッカー&スポーツ

J. D. ロックフェラーの三極委員会、ビルダーバーグ会議ジョーク連発!

みなさん、こんにちは。

いやー、これは興味深い。めったに我々がかいま見ることのできない世界を今だからインターネットで見ることが出来る。1991年の(つまり、まだアイクもコールマンも存在していないずっと前の)ジョン・ロックフェラー氏の講演である。今でいう、イルミナティーという人々がどんな感じの人々か実に良く分かる代物である。私にはよく理解できないアメリカンジョークのオンパレードだが、会場のエリートたちとその前でタキシードで講演する人々の社会。これが欧米のイルミナティー社会というやつですナ。

Rockefeller On World Domination

Jay Rockefeller jokes about Trilateral Commission & Bilderberg


この時すでに、三極委員会、ビルダーバーグ会議などの名前が出ているから面白い。世界をコントロールするパット(ブキャナン)などという箇所もある。

正直、こういう乗りで世界支配されたらたまったものではないですナ。これを見た限りでは、ビルゲイツ氏はジョブズ氏というよりはロックフェラーに似ていますナ。

ついでにメモしておくと、昨日に第3部が始まったNHKの「坂の上の雲」にアメリカの資本家シフ(またはヤコブ・シッフ

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「アメリカ占領」詐欺を説明した銀行家
という人物が出て来た。高橋是清を通じて日本に金を貸した男である。日本の戦争に金を貸す理由は「ロシア帝国を弱体化させることができる。それは500万人のユダヤの同胞のためだ」ということだと言っていたが、要するに、アメリカにとってのベトナム戦争、ソ連にとってのアフガン戦争と同じようなもので、当時の帝政ロシアにとっての日本戦争ということだったということである。
(それにしても、いまのNHKは何なんですかネエ? ユダヤ広報課、朝鮮広報部にでもなったのだろうか? 真実の歴史無視のねつ造洗脳の歴史ばかりの番組提供をするようである。これも「歴史の書き換え」というイルミナティ−カードのアジェンダそのものですナ。)

ベトナム戦争によって自由の国アメリカが崩壊、アフガン戦争によってソ連が崩壊。日露戦争により帝政ロシアを崩壊させたということである。

結局、昔からユダヤ資本家は同じ手口で世界中で戦争を起して儲けると同時にライバル国を崩壊させたのである。その時の大義名分がユダヤ同胞を救うためだという言い草である。実際には、逆に同胞を捨て駒にしていたわけだから、少しも本気で同胞を助けようなどとは思っていなかったのである。

このあたりも拉致被害者を本気で助けようとしない日本政府の手口と相通じる感じがする。面白いものである。


おまけ:
現在のジェイ・ロックフェラー氏
Senator Jay Rockefeller- Internet should have never existed!

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  by kikidoblog | 2011-12-05 21:12 | ビルダーバーグ会議

鹿島アントラーズ、放射能で崩壊か?:西へ来い!

みなさん、こんにちは。

いやはや、ETの手も借りたいほどのこの忙しい最中に、とある掲示板に私の偽物が現われて大活躍しているという。暇な輩が出たそうで、困ったものですナ。

そんな輩には関わりたくないものだが、福島の放射能と在日民主党の放射脳の2つは、こちらがどう逃げ回っても防ぎようのないものであるから始末に負えない。まさしく文字通りの「始末に負えない」代物である。

その放射能がついにJリーグの鹿島アントラーズに降り注いだ。鹿島アントラーズの名将、オリベイラ監督が、放射能を理由に急遽退団が決まったというのである。
J1鹿島のオリベイラ監督退任へ 原発事故、家族が不安

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 J1鹿島は5日、オリベイラ監督(61)が今季限りで退任すると発表した。天皇杯終了まで指揮を執る。後任は未定。同監督は就任した2007年から09年にかけてJ史上初のリーグ3連覇を達成。天皇杯、富士ゼロックス・スーパーカップをそれぞれ2度制し、今季はヤマザキナビスコ杯を獲得。Jリーグ最優秀監督賞も3度受賞した。
 鹿島側は続投を要請したが、東日本大震災をきっかけにブラジルに帰国していた家族が原発事故による放射能の影響を心配し、親類の体調不良もあって進退を迷っていた。ブラジルのほか、中国や中東などから鹿島の2倍ほどの年俸でオファーを受けていた。

鹿島アントラーズは元々住友金属のサッカー部が前身。そこへ神様ジーコ

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と「ともだちなら当たり前」の助太刀アルシンド

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がやってきて一気にトップクラスのサッカーチームへと成長したのである。それ以後、日本を代表するトップチームを維持して来たという強豪チームである。

そのチームの北側から福島の邪悪の風がやってきた。すべてはこれに尽きる。豆腐を常食にする日本人と違い、白人は放射能に弱い。家族が健康を心配するのは当然であろう。

はたしてこれを契機に、Jリーグは放射能で崩壊してしまうのだろうか?

さっさと崩壊して欲しいものは、プルトニウムやセシウム、ストロンチウムなどの放射性物質だろうが、「臭いものは元から絶たなきゃダメ」というように、福島第一をいまだに再使用したいなどという夢物語を政府や東電が描いているようだから、廃炉決定までの時間が経てば経つほど関東周辺の人々は被爆する。因果応報の努めである。

私は東京電力、すなわち、東京の人が使用したわけだから、東京の学者と研究者と技術者を使って何とかすべきであろうと考えている。数万人の学者がいるわけだから、3人よればもんじゅの知恵となるはずであるが、もんじゃ焼きというぐじゃぐじゃの食い物もあるから、もんじゅかもんじゃかどっちだというように、きっとうまくは行かないだろうと見ている。

そんなわけで、大分前からここにもメモしたように、関東の人たちがうかうかしているうちに、関東に住む研究者は1人減り、2人減りと海外へ逃亡してしまうに違いない。海外の研究機関のオファーがあれば、そっちへ逃亡することは間違いないからである。だから、知恵を出してもらうにも、時間勝負なのである。

はたして、鹿島アントラーズの今後はどうなってしまうのか?選手たちが、このまま放射能の餌食になって弱体化するのか、あるいは、放射能から逃げてチームから出てしまうのか?どちらになるのだろうか?

私としては、いいチームだけに、本拠地を高知とか、香川とか、まだJチームのない西日本の場所へ移転することをお勧めする。こっちの地元は大歓迎するはずであろう。そうすれば、オリベイラ監督も選手もみんな助かるに違いないからである。

今後を見守りたいところである。
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  by kikidoblog | 2011-12-05 20:29 | サッカー&スポーツ

私がサッカーが好きなわけ。

みなさん、こんにちは。

今回は、個人的メモに過ぎない。いろいろな考え方があるので、興味ない人や賛同しない人は読まないこと。


私がなぜラグビーよりサッカーが好きか?と言えば、ラグビーは貴族のスポーツであるが、サッカーは庶民のスポーツだからである。ラグビーは手を使うタックルが認められている。そのため、原理的に強者が勝つ。大きなものが小さなものをなぎ倒す。そうして快感を得るスポーツである。しかしサッカーは足下を使う。手は使えない。だから、小粒な選手も大男を相手に活躍できる。この差が大きい。

そして、現在、世界中の弱小国の貧民たちに教育の機会均等を行っているのは、FIFAしかない。ラグビー組織が弱小国を援助などということは聞いたことがない。そんなFIFA組織に米英の手先によるさまざまな妨害工作があり、乗っ取りが計られているのはよく知られたことである。FIFAのトップを執拗にスキャンダルをでっち上げて追い落とそうとしたり、ワールドカップ開催をめぐって理事会に工作して汚名を着せたりというのはその典型である。しかしながら、FIFAの結束は固い。なぜなら、オリンピックと違い、FIFAの大半は元プロサッカー選手が運営しているからである。

プロサッカー選手と言えば、どこの国々でも元々貧民の出である。ペレ、マラドーナ、欧州の大半の選手も平民出身である。今のイタリア、スペイン、ドイツなどの大半の選手も普通の子供が努力してサッカー選手になっている。欧州で活躍する黒人選手、アフリカ出身、ブラジル出身の選手たちもみな生活のため、家族のためにサッカー選手になったものたちである。

日本においてもまったく同じことである。日本のプロサッカー選手の大半は貧乏人出身である。その辺の普通の子である。さもなくば、サッカーの厳しい練習に耐えられないからである。

サッカーとはそんなスポーツである。サッカー界とはそんな世界である。だから、私は好きなのである。この火を消してはならないと思うのである。

この意味で、小粒な選手が活躍できるサッカーは、日本人に向いている。牛若丸と弁慶の話のような場面がピッチ上で繰り返されるのである。FWメッシとDFファーディナンドの戦いやDFカンナバーロとFWイブラヒモビッチの戦いはまさに牛若丸と弁慶の戦いそのものである。

古来我々日本人は小さかった。一説では、戦国時代の平均身長は157cmと言われている。
「歴史上の人物 身長」あれこれ
(ところで、これを見る限り、直江兼続が182cmの大男だったというから、いかに今やKHKとなったNHKの時代考証が嘘っぱちか分かるだろう。)
だから、我々日本人は、「小男がいかにして大男をやっつけるか」や「小人数で大人数をやっつけることができるか」という文化を育んで来たと言えるのである。質実剛健、少数精鋭、合気道などに含まれたものには、そういうものが込められていると言えるだろう。この延長線上に司馬遼太郎の「まことに小さき国が大きい国を倒す」という発想もあると言えるだろう。

ところで、「「歴史上の人物 身長」あれこれ」を見ると、
●長身な戦国武将
風魔小太郎(五代目)‥背丈は七尺二寸(216cm)もあったともいわれる。伝承

斎藤義龍‥身長は六尺五寸(約197cm)といわれ、非常に大男であったとされている 信長を主人公とした小説では、信長は義龍のことを「六尺五寸殿」と呼んでいた。

豊臣秀頼‥背丈六尺五寸(約197cm)
体重43貫(約161kg)の並外れた巨漢であったと伝わる。

藤堂高虎‥190cm 伝承

加藤清正‥体格は非常に大きく、六尺三寸(約191cm)の大男だったと言われている。だが実は五尺三寸(約161cm)にも満たない身長であったが、かぶる兜を長くして全体像を高く見せる事によって相手に威圧感を与えようとしていたという説もある。

後藤又兵衛(基次)‥六尺(182cm)豊かの大男で、色白、髭濃く、大槍を好んで使った。

前田利家‥六尺(182cm)を誇る類稀なる恵まれた体格の持ち主であった。

直江兼続‥身長は六尺(182cm)近くあり、眉が太く双眸が澄む美男子だった。
「大男にて、百人にもすぐれたる‥長高く容儀骨柄並びなく‥」「常山紀談」より

浅井長政‥180cm余

宮本武蔵‥約180cm 伝承

織田信長‥肖像から推定して約170cm

長宗我部元親‥背も高く体格も優れていたが、色白で無口、人見知りも多かったため、家臣から姫若子とあだ名された。

小西行長‥「色白く身長高く、尋常の者とは見えず」

小早川秀秋‥靖国神社蔵の伝小早川秀秋所用の甲冑(三鍬形後立小星兜 紫糸威二枚胴具足)は巨大

というものがあるというから面白い。平均身長157cmの時代に210cmの大男も存在したのである。いまで言えば、平均身長170cmの時代に223cmの大男というところだろう。

はたして何を食ってそんなにまで大型化したのだろうか? 
(おそらく、米を食って大きくなったはずである。今でも新潟は非常に大きな人が多い。)
どういう家系の子孫だったのか?

いろいろ興味深いところである。

もしラグビーで勝つのなら、海外の大型選手を日本人にして勝とうとするのではなく、そういう大型の家系に目をつけて子供の頃からラグビー教育をするべきかもしれない。
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  by kikidoblog | 2011-12-05 14:14 | アイデア・雑多

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