2011年 12月 31日 ( 3 )

 

白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける

みなさん、こんにちは。

2011年もいよいよもうすぐ終わる。今年は日本にとっては本当に大変な年であった。来年は問題の2012年。果たしてイルミナティー劇場の終幕となるだろうか? 

いずれにせよ、今年の最後として以下の和歌を送りたいと思う。これでもって今年の最後の言葉としたい。

白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける

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  by kikidoblog | 2011-12-31 22:46 | アイデア・雑多

「謀」の次の漢字は「罠」だろうナア!?:害虫は一匹ずつ駆除するに勝る方法なし!?

みなさん、こんにちは。

今年2011年ももう少しあるので、先の「陰謀」の「謀」の漢字の次ぎに来るべきもののこともメモしておこう。おそらく、「罠(わな)」であろう。日本人が平和ボケし、おめでたいのは世界中で認知された事実だが、それにしてもさまざまな「罠」にまんまとひっかかったのが、2011年であったと言えるだろう。

民主党在日政権、韓流支配、311人工地震、福島原発、東京電力独占事業などなど、さらには海外のシーシェパードやら、林原、トヨタ、ソニー、果てはオリンパスからTPPに至るまで、よくぞここまで罠を張り巡らせて来たものだというほどに次から次へと罠にかけられた。そして見事に罠にはまった。

これを見て「これは戦争だ」と思わない人がいるとすれば、よほど脳みそが腐ってしまっているのだろうヨ。

さて、脳みその話はまたいつかにして、ここでいうところの「罠」というものについて、かつて見事にそれを描き出した人がいたらしい。それが、「罠––殖産住宅事件の真実」(東郷民安著)という本らしい。私も相当な読書はしていたが、私の記憶にはまったくないと思ったら、ちょうど私が1986年にアメリカ留学した頃に発売された本のようであった。この時期は留学の準備などで忙しくあまり本を読む時間がなかった。その後4年はアメリカにいたため、まったく機を逸して見る機会を失ったようである。

最近、「マヨの本音」というブログ上で、藤原肇博士

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の本「平成幕末のダイアグノシス」(1993年5月初版 東明社)の中の第6章「アメリカから読んだリクルート事件の深層」の書き起こしがあった。
日本人が知らない闇社会
「アメリカから読んだリクルート事件の深層」の二回目
「アメリカから読んだリクルート事件の深層」の三回目
「アメリカから読んだリクルート事件の深層」の四回目
「アメリカから読んだリクルート事件の深層」の五回目(最終回)
(これは必読のものであう。)

その中の第1のものの中に、上述の東郷氏の本の引用があったのである。この本もこれらも長いのでここではそのごく一部しか引用しないが、以下の部分である。

 歴史の証言 リクルート疑惑(その1)

 「罠」を読む
 日本では年間五万点近くの新刊書が出版されるとかで、本屋の店頭は本を求める人で賑わっている。こんな様子を目撃すると、眼光紙背に徹する読書人口も多そうな印象を抱きたくなる。しかし、ある読書子の意見によると「あれは隣の百姓気分がベストセラー作りに貢献しているだけのことで、話題の本に目を通していないと流行遅れになる、という強迫観念を利用した商業主義が、有名人の名前や題名の付け方で勝負しているだけです。動機も目的も金儲けであり、内容的にタイムリーな本が書店にあったり、横積みになっているわけではありませんよ」ということになるらしい。
 内容的に幾らタイムリーでも数年前に発行された本だと、ほとんど誰も思いだそうとしない場合が多いことからして、これは首肯できる好説明である。
 その典型的な例が一九八六年に講談社から出版された「罠」(東郷民安著)という題名の本だ。副題に「殖産住宅事件の真実」とあるこの本のまえがきには
私が本書を刊行した目的は、とくにこれから大企業に成長しつつある未上場会社の経営者諸賢に対する、迂闊にも張り巡らされた罠にまんまとはまってしまった私の苦い経験からの忠告のためである
とあって、まるでリクルート社の現在を予想したような文章が印象的である。
 しかも第三章の「運命の岐路」には新聞記者や東京地検特捜部検事たちに見落とせない、株を使った錬金術の手口が活写されている。
 一一五頁の
「会がはじまり中曽根や木部代議士の挨拶が終わって間もなくのことだった。中曽根が、うしろに手をついて体をそらせるようにしながら、顔だけ私のほうにむけて、なにやら小声で話しかけてきた。
今度君の会社は株を公開するそうだね、その機会に、私にひと儲けさせてくれないか。実は今は名前をいえないが、ある有力なスポンサーが金を出してくれると言ってるから、それを使い株式公開を利用して政治資金を作りたいんだ。なんとか協力してくれないだろうかぜひ頼むよ
とか、その一ヵ月後には
このあいだ頼んだ資金造りについて、ぜひとも協力してもらいたい。総裁選ともなると、二十五億円くらい準備しなければならないんだよ』」
と言われ東郷民安は
「彼が本気で殖産住宅の株式公開を利用して政治資金つくりをしようと考えているのだということを、その時改めて知った」
と告白している。
そして、一一四頁には、野村証券からの話として、
「規定上、個人に割り当てうる最高額は五千株までだから、中曽根先生個人には百万株を割当たることはできない。そこで、表面的には法人割り当ての形をとる必要がある。この形をとって、中曽根先生が資金を法人名義口座に払い込めば、新株式は先生のものになる。そして、先生が時機を見て、それを売却すれば相当の金額を手にすることができる。ついてはそれに必要な法人の名義貸しを殖産住宅の取引関係会社で引き受けてもらいたい」
との要請を受けるのだが、ここに二匹目のドジョウをリクルートで狙ったパターンが浮かび上がっている。

次の部分も実に興味深い。
倒錯精神の危険

 専制政治というものは全体主義であり、帝国主義、民主主義、社会主義、そして自由主義という好みの名前で幾ら自分を飾りたてようと差異はなく、権力者による専横が続いている限りは基本構造を支配する腐敗体質が政治体制を特徴づけることになる。
 特に日本のように一党による権力支配が四十年以上も永続すれば、幾ら自由や民主を名乗ろうとも悪い風通しの中で支配機構の空気はすえたものになる。そして官僚機構の上層部が供応と共同謀議の慣れでバランス感覚を喪失して放免集団化して、権力の持ち駒として飼いならされてしまうと自浄機能が全く動かなくなる。こうした状況においでは、エリート集団が異常精神の持ち主によって構成されることを人類の歴史は末法時代や世紀末現象として教えているが、現在の日本を支配しているのがこの狂の時代精神である。
 そのことを拙著「アメリカからの日本の本を読む」(文芸春秋刊)の一五六頁から次の頁にかけての部分で
そして今、空洞化する産業界とカジノ化した経済環境の中で狂気と呼ぶしかない(円高)に振り回された日本ではナルシスト集団の饗宴の日々が司祭政治として中曽根時代を特徴づけたのである。国際化への派手な掛け声とは裏腹に孤立化への度合いは強くなり、自閉症的な人びとが好んだエリート主義は自由社会圏における経済競争を激化させたというのが新体制時代顛末である。また、生の様式としての男の友情がひとつの時代精神を構成したこともあり、中曽根首相の私的諮問グループに結集した学者の八割が、倒錯精神によって特徴づけられる人材だったという事実。(中略)さらにこの時期に三島文学に傾倒した外国の文学者たちが大挙して日本にコロニーを作り、友情に結びついた海軍賛歌の静かなブームの中で情念の美学が文学界に浸透した。
 同性愛が時代精神を彩るにしても、このことばは現代最大のタブーである。そうである以上、倒錯精神やナルシズムをキーワードにして世界史や現代史の謎に挑み閉ざされた秘密結社の扉を開く鍵にしたらよい

と書いた。
 現代における最大のタブーに挑んだが故にその頭目から暗殺命令がでるかもしれない、大変きわどい章句を含んだ本書が出版された時、私はちょうど秋の東京を訪れていたが、折しもリクルート事件が燃え上がっていた。そして宮沢叩きがマスコミ界を賑わせていたが、私の読者であるジャーナリストの多くはこの事件の本質が単なる株のバラまきだとは拙著を読み抜いていれば考えなかったはずである。
 先の引用部分のメタファーを一読しただけで、第二臨調や中曽根首相の私的諮問委員グループに結集した異常精神に支配されたエリートたちがリクルート事件に関係していたと予想できる。それも国鉄、日本航空、電々公社などの国有財産を利権化し、鳴り物入りで大宣伝した民活のカモフラージュの陰で収穫物を仲間のうちで分かち合おうとしたときに、川崎市という権力の周辺で発覚した収賄事件の余波から思わぬ疑獄構造が露呈してしまったのだ。また、そうである以上は第二臨調や首相の私的諮問委員グループの顔ぶれが、最終的に企みの配役として舞台に姿を現すことになる。「中曽根ファミリー」(あけび書房刊)に登場する二一四の諮問機関や審議会の顔ぶれを丹念にクロスチェックすれば、その全貌はたちまち明らかになるはずである。
 また、偶然ともいうべきか、私の東京滞在のある日のことだが、親しくしている日本のエスタブリッシュメントの家庭で、禁裏にも近い人を訪問して拙著を贈呈したら、本の内容について話に花が咲いた。中曽根政治と倒錯趣味についての話題になった時に奥方が
そういえば、お友達の家でアルバムを見せてもらっていたら、中曽根さんが長い髪を垂らして女装している写真がありましたのよ。そこで皆で、中曽根さんて変わった趣味をお持ちなのねって噂したんです。それもカルメンのいでたちでして実に板についておりましたわ・・・・
と教えてくれたが「フォーカス」あたりが耳にしたら大喜びしそうな情報だ。
 そういえば、何年か前に「週間朝日」だったじゃ「サンデー毎日」だかの記事で笹川良一が似たようなものを保管しているという発言をしたのを読んだ記憶がある。
 火のないところに煙りが立たないのだろうが、学生時代の仮装行列ならともかく、こういった病理学に属すような良くない趣味を国政のレベルにまで持ち込まれたのでは、一億二千万の日本人はたまったものではない。政界と財界を巻き込んだリクルート事件に関連して、これから次々と姿を現すナルシストたちは、ある意味では気の毒な異常精神の持ち主かもしれないが、こういった腐りきった倒錯趣味や疑獄への不感症を国政のレベルから一掃しない限りは日本に明るい未来は訪れないのではないか。
 私は構造地質学の学位をフランスの大学でもらったが、学士入学した文学部は中退だったし、ファシズムやナチズムの歴史や異常心理について学んだのは、政治学部や医学部のフリーの学生としてだった。それにしても政治の中に異常心理や倒錯趣味が紛れ込むような国がいかに悲惨な結果を招来するかについては、ナチスの歴史を通じて徹底的に学びとったつもりだ。
 そこで提案になるのだが、ロッキード事件やリクルート疑惑の追及を担当する東京地検特捜部の犯罪分析スタッフとして異常心理に精通した精神病理学の専門家を加え、世紀末の日本を地獄につき落としかねないエリート犯罪への対策を整えていただきたい。
 政治家たちの選良意識と倫理感覚がなくなっている以上、もはや歯止めになるものとしては犯罪病理学を徹底習得することと、児童心理学的なアプローチが役に立つと思うからである

この時代から30年経ってみると、今ではその時代にはタブーであった「同性愛」はタブーではなくなった。今では「連日テレビ番組レギュラーには必ず数人のホモが出演中である」という時代にあいなった。

まあ、マヨ氏の記事をぜんぶ取り上げるのは長過ぎるので不可能だが、この時代のこと、要するに「バブル全盛時代」のこと、言い換えれば、「中曽根時代」の1980年代が今の日本への仕込みの時代だったのである。

ベンジャミン・フルフォード氏はこのことを「売国奴」という言葉で表現したわけである。




戦後「日本株式会社」という呼び方で戦後日本の復興を実現した「日本型民主主義」に対して、それを「官僚支配だ」というような言い方を発明して、「脱官僚」の時代へ誘導し、実質的には在日朝鮮人支配の独裁国家への道筋をつけようとしたというのが「戦後政治の総決算」という言葉で表された内容だったというわけですナ。

まあ、平たく言えば、「戦後政治の総決算」の本質とは、明治大正昭和を作った日本人の東大官僚に代表された「日本人秀才による国家支配体制」から「在日韓国北朝鮮の国家支配体制」への移行を目指したものだったということである。これ以上でもこれ以下でもない。

これが80年代バブルでその支配体制が逆転し、バブル崩壊、空白の10年、20年でほぼ主従逆転し、そして小泉/竹中時代の「格差社会」で、逆転状況が固定化されたということである。そしてこれが今現在の哀れな姿の日本というわけですナ。

農家の秘伝中の秘伝にこんなことがあるという。これはアンリ・ファーブルも知っていたことだが、農作物についた無数の害虫をどうやって駆除するかというと、実はもっとも無駄に見えそうなやり方だが、1匹ずつ手間ひまかけて駆除して行くのだという。けっして農薬で一気に駆除すると、その時は良くても翌年以降に響く。だから、大変な作業に見えるかもしれないが、みんなで協力して害虫1匹1匹を手作業で取り除くのである。これがもっとも効果的で確実な方法だと言うのである。

政治とてこれと同じことだ。害虫はみんなで1匹ずつ駆除して行けばいいということなのである。手間ひまがかかるが、それを面倒くさがるから結果的に害虫の天下になるのである。害虫に対する天敵が現れてくれたらいいが、そういうものはないのである。農民と同じく、自分の手で1匹ずつ駆除する他はない。

いずれにせよ、昨今の社会問題や企業問題のルーツのすべてがその時代の本に語られていたのであるから実に興味深い。すべては長期的な罠(アジェンダ)がその時代に作られていたということの証だろうヨ。
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  by kikidoblog | 2011-12-31 13:57 | コンスピラシー

今年の漢字は「謀」だろうナア?:「兵器としてのワクチン」、「兵器としての〜〜〜」

今年の漢字
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みなさん、こんにちは。

2011年を表す漢字が「絆」だというのが、日本のマスゴミの選んだものだったというが、私が選んだとすれば、これである。「謀」である。英語で言うところの「コンスピラシー」である。これほど「陰謀」が重ねられた年はないからである。「陰謀」が度重なって悲惨な大事件や大災害が続いたために、人々はそれをなんとか「絆」でしのごうとしたにすぎないからである。因果応報。因果律。要するに、「陰謀」があって始めて「絆」が必要となったのである。この逆ではない。これが理解できないのなら、「本末転倒症候群」と言えるだろうヨ。

さて、そんな「陰謀」の中でも最たるものが、ここでもこれまでさんざん数年に渡ってメモして来た「ワクチン・コンスピラシー」である。

それを短い時間で見事にまとめているYouTube番組をつむじ風氏が紹介していたので、ここにもメモしておこう。以下のものである。もちろん、内容はここでもずっと前からメモしてきたものがほとんどである。

現代の『天の岩戸』開きに挑戦するアメノウズメ塾!!⑭

アメノウズメ塾上級サバイバル編②白衣、薬を信じるかは己で決めよ①




あなたはこれでもまだワクチンを信じますか? 接種したいですか?

要するに、今のワクチンは薬ではなくて、兵器なのですナ。

かつて、ヘンリー・キッシンジャー博士が「兵器としての食料」というキチガイ論文を出したというが、いつしか偽ユダヤ人のフリーメーソンNWO一派は、この世界の商品すべてを兵器化するというアイデアを思いついたのである。

それ以来、「兵器としての薬」、「兵器としての歯磨き」、「兵器としての自動車」、「兵器としてのワクチン」、「兵器としての缶詰」、「兵器としての水」、「兵器としての産業」などなど、ありとあらゆるものを「兵器化」して考えるようになったのである。

そんなわけで、確かに最初のワクチンには薬としての本来の目的があったが、その利便性や必需性から、もしこの中に毒やウィルスを入れれば、万人を短命化できるのではないかという、悪魔のささやきから逃れることができなかったのである。

それで、ワクチンの初期に防腐剤という名目で、水銀を仕込むようになり、これがもとでかなりの子供たちが精神障害児となった。ワクチンに変なタンパク質を仕込むことによってアレルギーを起すことができるようになった。そして、ポリオワクチンの発明者の、ジョナス・ソーク博士の手により、SV40というステルスウィルスを仕込まれ、少なくとも1億人のアメリカ人に発ガンを起すことに成功したのであった。しかし、この博士はこの負の功績は見逃され、生物兵器としてのワクチン製造法の成功者としてノーベル賞を授与されたというのであった。
アメリカ人は生物兵器になったのか?:アメリカ人とセックスすると癌になる?

そんなわけだから、現代のアメリカ人の大半がアカゲザルから来たとされるSV40なるウィルスに感染してキャリアとなっているから、アメリカ人と性交渉すれば、まず確実にSV40に感染し、いずれは発ガンする可能性が非常に高いのである。がしかし、こうした情報はマスゴミに登場することはない。一笑に付されることになる。

ビルゲイツは怪しい家系の女性と結婚して以来徐々に顔つきが悪魔的に変わって来たが、同時にメリンダ&ゲイツ基金で世界中をワクチンで人口削減するというプロジェクトを推進しているのである。黒人やアジア人など貧しい人々から抹殺して行くという計画である。日本でももちろんそれに加担しているばかは少なくない。わざわざペットボトルのキャップを集めて、貧しい国々の貧しい人々にワクチン接種を呼びかけている始末である。その結果は、貧しい国々が消滅して行くということになるということである。

数年前にこういうような内容を書くと、だれにも理解されない時代だった。私が知る限り一番最初にこういうことに気づいたのはデービッド・アイク氏であった。その後、さまざまな人々に取り上げられるようになり、今では科学的生物学的にきちんとした解析や証明も積み重なって、ワクチン溶液内には未知のウィルスやら、未知のDNAやRNAの断片やマイコプラズマなどが含まれていることが分かっているのである。

なぜなら、そもそもワクチンの製造が、アカゲザルの死体の細胞から培養されたものから、アカゲザルが絶滅してしまったために今度はミドリザルの死体の細胞から取ったものを培養して製造するようになったからである。

霊長類など人間に近づけば近づくほど、細胞は巨大になり、感染したウィルスやマイコプラズマなどの病原体感染は大きくなる。だから、いくらワクチンの成分を得たとしても、その溶液自体に我々の分析できない未知の病原体が忍び込まれるのは避けられないからである。仮に鶏など生物学的に十分に離れた動物の卵細胞でワクチンを製造すれば、せいぜい卵アレルギー程度ですむだろうが、自分に近い生物細胞で製造したワクチンではその危険性は指数関数的に増すことは当然であろう。

しかも、インフルエンザワクチンなどでは、昔のスペイン風邪で死んだエスキモー女性の墓を暴き、その死体から感染細胞を収集し、それから培養したゾンビ細胞を使ってワクチン製造するのである。

要するに、「ワクチン」と言えば実に現代科学的で聞こえがよく聞こえるが、実際にやっていることは「死体のエキス」を抽出して自分の身体に打っているに等しいことを行っているのである。

あんたはスペイン風邪で死んだエスキモー女性の体液を抽出しそれを自分の身体に注射したいかい?

もちろんそんなことはしたいとは思わないだろう。しかし、実際にはこれににたことをミクロレベルでそれぞれ分断した作業過程に従ってワクチン成分を抽出するから、やっている科学者や生物学者自身がそれに気づかないだけのことで、ほとんど同じようなことを行って得たものを身体に注射するのである。さらに、それに防腐剤(水銀入り)やらアジュバント(不妊化成分)やらを添加したものを注射するのである。

「こだまでしょうか?枝野です」の得意技だった「ただちに人体に影響はない」という言葉と同じで、ワクチンを打っても「ただちに人体に影響はない」というだけの話で、事実としては、何十年後かに確実に癌になるということである。

これが「兵器としてのワクチン」という意味なんですナ。私が「ばかは死ななきゃ治らない」という意味がどういう意味か分かっただろうヨ。
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  by kikidoblog | 2011-12-31 00:37 | コンスピラシー

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