2012年 05月 29日 ( 6 )

 

トゥーロン国際はひどかった!:「子供横綱問題」が見え隠れする!?

みなさん、こんにちは。

ほんとに猫の手も借りたいほど、ETの手も借りたいほどであるが、今のところその気配はない。

さて、今度はサッカーの話をメモしておこう。以下のものである。
J1大宮、鈴木監督を解任 岡本GMが監督代行

 J1大宮は29日、成績不振を理由に、鈴木淳監督(50)の解任を発表した。当面は岡本武行ゼネラルマネジャー(44)が監督代行を務め、後任は決まり次第発表する。石井知幸ヘッドコーチ(49)も退団する。
 鈴木監督は2010年4月に就任し、10年はJ1で12位、11年は13位に終わった。今季は4勝3分け6敗の15位と低迷し、26日には磐田に0―4で大敗した。同監督はクラブを通じ「期待に応えられず、チームを後にすることが非常に残念」とのコメントを出した。


このようにプロスポーツでは、結果がすべてである。お詫びや理屈ではない。成績が不振であれば、すぐに監督や代表者はその責任を取らなくてはならない。そうしなければ、クラブ自体の存亡に関わるからである。

ところが、日本の存亡に関わっているにもかかわらず、鳩山、小沢、菅直人、仙石、岡田、前原、枝野など誰一人責任を取らない。スポーツ界なら即刻解任である。

さて、同じように成績不振でありながら、まだ責任を取らないクラブも多々ある。ここ徳島の徳島ヴォルティスの小林監督

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とU23オリンピック代表監督の関塚監督

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である。

(あ)まずは、オリンピック代表監督の関塚監督に関して。

私は今回のトゥーロン国際の3試合のうち、後の2試合をリアルタイムで観たが、ひどいものだった。このチームは、「谷間の世代」と言われた、本田圭介の世代よりはずっと前評判が高く、逸材の世代だと考えられて来た。だから、どことやっても楽勝できる潜在的能力を持った黄金世代なのである。

ところが、どういうわけか、というか、いつの間にか関塚なる人物が監督になり、このチームはどうしようもない試合をするようになった。簡単に言えば、高校サッカーに毛が生えたようなサッカーである。

このチームを論じることは、日本のJリーグとJユースができてからの問題を見るということができるのである。1993年にJリーグができて約20年。はじめの頃と今では明らかな傾向が出て来て久しいのである。サッカーに関心がない人、というより、サッカ−選手の育成に興味がない人は、あまり知らないだろうから、今回はこれをメモしておこう。

Jリーグ以前は、サッカー選手になってもサラリーマン兼サッカー選手の時代である。また土のグランドであり、幼少期からサッカーをする環境にはなかった。しかし、40年前の子供たちが現代の子供たちより平均体力や基礎体力が勝っていたように、一般人には今の選手の方が身体能力があってサッカーがうまかったかのように感じていると思うが、むしろ現実は逆だったのである。50m走では、昔の子供の方が1秒も速い。

こういう時代に好きこそ物の上手なれでサッカーをやったのが、我々の世代である。釜本選手の太もも回りは70cmとも65cmとも言われていたのである。私でも高校時代58cmはあった。今でも普通の高校サッカー選手たちより私の足の方が太い。胸囲は106cmある。高校時代は92cmだった。

こういう我々の世代が地道にサッカーを続けて行くうちに、1993年にJリーグが開幕した。この頃はまだJユースは誕生したばかりで、「サッカー100年構想」に基づいた育成法ではじめて、あまりまだ勝敗にこだわらなかった。サッカーの基本技術の方が先で、Jユースは他の幾多の民間人のサッカー倶楽部とは違うのだということを見せつけることが目的だったのである。それゆえ、この時代のユースあがりには結構良い選手が育ったのである。

しかし、すぐにそれから変化し、勝負にこだわるようになった。というのは、だんだん良い選手が集まるようになり、それまでの小中高サッカーの試合に参加するようになると、曲がりなりにもプロサッカーの下部組織だという、内外の圧力から、試合に勝つことが優先される時期になったのである。

こうなると、チームとしては即戦力を取るという方向に進む。したがって、それまでは、小粒であろうが、足がのろかろうが、将来的な面を観て選手集めしていたものが、その頃から、今度は、身体が大きく、足が速い選手などを集めるようになったのである。言い換えると、その年齢の中では、かなり肉体的に早熟の選手や生まれつき大きな選手を選ぶ傾向が生まれたのである。

そうするとどうなるか? 大柄の相撲選手や柔道選手が小柄な選手を簡単に投げ飛ばせるように、早熟ですでにある程度からだが大人になっている選手や大柄で足の速い選手たちは、ちょっと走ればすぐにボ−ルに追いつき、得点できる。だから、そういう大きく俊足の選手を集めれば、小学校ではまず負けることがないのである。

中学に入っても、身体が大きな選手たちを集め、各学校の優秀選手を集めた選抜チームのようなJユースのチームは、普通の学校のチームと対戦しても難無く、危なげなく勝つのである。

問題はここにある。

要するに、Jユースの選手たちは、死にものぐるいでプレーしたり、自分の技術以上の正確性でプレーしたり、身体を張った命がけのプレーをしなくとも、適当にプレーすれば、相手チームに勝てるのである。つまり、いい加減なサッカーでも簡単に勝つ。負けないのである。

私はヴォルティスユースの試合を何度も観たが、本当に一生懸命に走り回っている姿を見たことがない。我々の時代は、試合が終わると、1時間くらい記憶が飛んだ。大相撲の関取が試合直後に何も言えないのといっしょで、人間死にものぐるいでやると、しばらく記憶が飛ぶのである。そして、時間が経つにつれ、徐々に記憶が蘇る。

私は試合直後の高校サッカー選手たちによく話しかける。すると、大半の選手はすぐに試合の状況を話すことができるのである。最初は驚いたが、その理由がこれである。彼らは本気では戦っていない。

Jユースに対抗するために、しばらくして日本の高校サッカー部に「指定校制度」というものが誕生した。Jユースの選手もこれで高校サッカーに入ることができるようになった。すると、今度は、各地方の公立市立私立を問わず、いわゆる「強豪校」というものが誕生するようになったのである。

こうなると、今までの普通の高校サッカーが、これまたJユースの試合のように、格差社会に組み込まれることになったのである。したがって、どの高校へ進学するかによって、ほぼ将来的にどの程度のサッカーレベルに至るかが固定されてしまったのである。

その結果として、Jユースで起こったのと同じことが高校サッカーでも起こったのである。トップレベルのチームは、いわゆるプリンスリーグに所属し、それ以下のチームは県内のリーグに所属する。プリンスチームには、早熟で、身体的に恵まれ、俊足で技術も高い選手たちが集まる。だから、たいていの試合で負けることがない。こうなると、多少技術的に問題のある癖を持とうが、基本を忘れていようが、戦術を無視しようが、何をしようが試合には結局勝つのである。

これが今の高校サッカーである。

私は自分の息子がいた公立の2チームや他の高校のサッカー選手のプレーをずっと観て来たが、7年前には阿南高専のサッカー部を指導したが、誰一人、私のようにさまざまなキックを正確にできるものはいなかった。

シュートでは足の甲を伸ばす。インステップはまっすぐに走って蹴る。ボレーは身体を倒す。胸トラップは胸に乗せるようにする。スライディングタックルは外足でする。ウィングプレー、マークの仕方、GKの位置取りやキャッチの鉄則。ほとんど何も知らなかったし、できていなかったのである。

これは小中の指導者が徳島という田舎の指導者だから悪いんだという見方もあり得るが、同じ傾向は、今度のヴォルティスにもオリンピック代表にも見て取れるのである。日本代表の右サイドバックの内田選手が、ことある度に相手DFにセンタリングをぶつける。何度も同じことを繰り返す。学習しない。同じことを2、3度繰り返す選手は単なる馬鹿である。日本代表にもそんな選手が多数いる。

それはどうしてそうなったかといえば、内田選手が早熟だったからである。子供の頃から比較的長身ハンサムで、足が俊足だったからである。だから技術的にはたいしたことがなくとも、他の普通の選手たちよりは秀でることになったのである。そういうものを優秀と見るJユースの監督コーチ(典型は、解説者の山本昌邦のような輩である)が、内田選手のようなタイプを欲しがるのである。

今度の関塚監督もこのタイプである。だから、今回のオリンピック代表の選手たちは、これまでとは違い、身体がでかいものが多い。指宿選手は194cm。宇佐見選手は178cm

トゥーロン国際大会(5/23〜6/1) メンバー
【選  手】氏名生年月日身長体重所属
GK
1 増田卓也 1989.06.29 184cm83kg サンフレッチェ広島
18 安藤駿介 1990.08.10 185cm79kg 川崎フロンターレ
DF
5比嘉祐介 1989.05.15 168cm68kg 横浜F・マリノス
14大岩一貴 1989.08.17 182cm77kg ジェフユナイテッド千葉
8山村和也1989.12.02 184cm75kg 鹿島アントラーズ
13鈴木大輔 1990.01.29 181cm78kg アルビレックス新潟
4吉田豊 1990.02.17 168cm66kg 清水エスパルス
12濱田水輝 1990.05.18 185cm80kg 浦和レッズ
2酒井高徳 1991.03.14 176cm74kg シュツットガルト(ドイツ)
MF
6山本康裕 1989.10.29 177cm76kg ジュビロ磐田
16村松大輔 1989.10.29 177cm76kg 清水エスパルス
11水沼宏太 1990.02.22 176cm70kg サガン鳥栖
10東慶悟 1990.07.20 178cm69kg 大宮アルディージャ
3扇原貴宏 1991.10.05 183cm72kg セレッソ大阪
19宇佐美貴史 1992.05.06 178cm69kg バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)
20高木善朗 1992.12.09 167cm67kg ユトレヒト(オランダ)
FW
7大津祐樹 1990.03.24 180cm73kg メンヘングラッドバッハ(ドイツ)
15齋藤学 1990.04.04 169cm64kg 横浜F・マリノス
9大迫勇也1990.05.18 182cm70kg 鹿島アントラーズ
17指宿洋史1991.02.27 194cm80kg セビージャ・アトレティコ(スペイン)

にもかかわらず、この日本代表は、この大会で良いところなく予選敗退した。たったの8チーム参加の大会で予選リーグで敗退である。この倍から4倍の大会ならまず予選敗退しかあり得ないのである。

この理由がなぜか?は、もう分かったことだろう。

要するに、ここにいる選手たちは、これまでの育成時代のどの時代においても本気で戦った経験というものがないということが原因だったのである。適当に遊ぶようにプレーしても、相手は小粒で鈍足のヘタクソ選手。こういう中で「子供横綱」のようにプレーして来たのである。だから、技術的にうまくならない。いつも切羽詰まった状態で必死に考えながら全力プレーしなければ、技術は上達しない。

ちょうどこの例の正反対が、なでしこジャパンなのである。今のなでしこジャパンの女子選手たちは、「男の子たちのチーム」で練習して育った選手たちである。非力でスピードも劣る。筋力走力にも劣る。そういうハンデキャップの中で必死に男の子たちに負けないように、何度も悔し涙を流しながら練習した選手たちである。澤選手、大野選手、宮間選手などみなそうである。そうしてきちんとしたボールキープの仕方や緻密なプレーを身につけながら、高校では、常盤木学園などの良い指導者のいる高校で練習して今があるというわけである。

私はこの日本の男子サッカーのプレーをいつも柔道に例えることにしている。これは故柘植俊一博士が「反秀才論

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に書いていたことである。柘植先生の道場から、今回48kg級のオリンピック代表の福見友子選手が誕生したのである。

柘植先生は、いつも外国大会無敗記録の山下泰裕選手を例にとった。山下選手は早熟の大柄の選手であった。だから、普通にやれば、日本国内ではだれにも負けることがなかった。だから、大きな選手にありがちの大味の雑な柔道でも負けることはなかった。しかしながら、山下選手の指導者であった監督が、いくら日本国内では大柄で得をしたとしても海外ではもっとみな大きくなる。お前は小粒の方に入る。そんなお前は柔道の基本に忠実な柔道を身につけなくてならない。だから、奥襟をつかむよりは、胸襟を基本通りにつかみ、大外刈りや内掛けや体落としや寝技などの細かい技を身につけなくてならない。というように諭したというのである。体重で押し倒すのではなく、技で倒す。その結果、海外の国際試合で生涯無敗という前人未到の大記録を打ち立てたのである。これを評して、「子供横綱は本当の横綱にはなれない」と言ったのである。

私は日本の男子サッカーも同じように見えるということである。サッカーの「子供横綱」のような粗雑なプレーや手抜きプレーでも子供時代、日本国内では勝てる。日本なら100m11秒なら大俊足である。だれも追いつけない。ところが、海外ではそうではない。100m10秒台もいる。2mを超える巨大選手がいる。自分の身体の大きさやスピードだけに頼るサッカーではもはや海外に通用しないのである。適当にゴールめがけてシュートしても、国内ではちっこいキーパー鈍いキーパーがいるからゴールできるが、海外ではみな190cm以上の巨大なキーパーがいる。ゴールの隅を見事に狙わない限り得点はできない。

だから、国内ではいくら早熟で大柄で俊足な選手であったとしても、柔道の山下選手のように、やはりサッカーの基本に忠実な正確な細かいプレーを日本人は身につける他はないのである。

にもかかわらず、関塚監督や小林監督は一世代前のJユースの時代のままでサッカーをみているのである。これでは勝てないし、世界にも通用しない。

もっと基本に忠実で堅実なプレーをする選手を日本代表に呼ぶべきである。

さて、さらに厳しいことを追加すると、実はサッカー選手には、2種類いる。そいつが入るとムードが良くなりなぜか分からないが最後には勝っているというタイプ、もう一つは、そいつは結構活躍するのだが、最終的には試合に負け、予選敗退する。

前者の代表が香川選手であり、後者の代表が宇佐見選手である。そして前者のタイプをラッキーボーイ、後者のタイプを「厄病神」とか「爆弾」と呼ぶ。

この差は何か? どこから来るか?

実は技術以上にこの問題の方が大事であり、深刻なのである。

私は宇佐見選手のかなり前からいろいろな大会をみてきているが、この選手が入った大会でいい成績を収めたことは一度もない。すべて敗退である。なぜか? 彼のメンタリティーに問題があるからである。

ある選手がシュートする、それがゴールのバーやポストに当たって跳ね返る。それがゴールの中に入るか、外にはじかれるか、これは一瞬の運不運だと普通の人は見るだろう。しかし、私はそうは見ない。数十年のサッカーを観て来た経験から、これこそメンタリティーの問題、「心がけの問題」なのである。

簡単に言えば、香川選手は心がけが良いが、宇佐見選手は心がけが悪いということである。いくら技術的にうまくとも、心がけの悪い選手を集めては試合には勝てない。今回のオリンピック代表は顔つきからして、心がけの悪そうな連中ばかりである。どこにも宮市亮選手のような顔つきのものがいない。簡単に言えば、不良の集まりなのである。裏がありそうなジャークな雰囲気の選手が多いのである。

具体的に言えば、エジプト戦で、前半の宇佐見の5mのシュートが入っていれば、おそらく4−0で勝利したはずである。あそこでポストにぶつけたために、徐々にムードが悪くなり、つまらんファールで今度は相手の5mフリーキックを与えて失点したのである。そしてますますムードが悪くなり、DFが精神的に弱気になり、一番でかいDFが普通のヘッドでクリアすれば何も問題なかったところを謎のスルーしてサンキュウゴール。八百長ですか?と言いたくなるようなプレーであった。だいたい日本人選手で身体に入れ墨を入れるような選手は排除すべきなのである。

シュートを外す度に、大げさなリアクションをして、「クソー」とかいう宇佐見選手や齊藤選手のバカ面はみたくない。そんなエネルギーがあるのなら、最初からもっと集中すればいいだけのことであろう。高木選手のシュートもつまらないシュートだった。日本国内ならあれでも入る。しかし、国外では無理。高木と宇佐見のシュートが入っていれば、楽勝だったのが、彼らのせいで、負けたのである。宇佐見とはそういう選手である。彼を入れている限り日本は勝てないだろう。本人が自分のメンタリティーを改善しない限り、これ以上の成長はないはずである。昔の澤選手のようなものである。試合後のインタビューを聞いた限りでは、本人はまったく分かっていないようでしたナ。「自分としては活躍した」ように言っていた。なぜなら2点取ったから。しかし、最初に3回のチャンスをミスしたのをお忘れか。相手より先に2点取るのと、後から2点取るのとではまったく意味が違うのだヨ。

実は日本の男女バレーと男女バスケットにも日本男子サッカーと同じ問題が潜むのである。国内の大柄の男女はらくらくプレーできる。必死でなくても活躍できる。だからいつしか手を抜くようになるのである。

まあ、そういうわけで、オリンピック代表は今のままでは確実に予選敗退。3連敗だろう。

(い)さて、一方の徳島ヴォルティスの場合。

これまたひどい。昨年最後の2試合で3位から4位へ転落してJ1昇格を失った。そのチームが大幅に補強したにも関わらず、下からから数えた方が早い位置にいる。普通なら、即監督解任である。なぜなら、もうこれほど試合に負ければ、J1昇格は年内にはないからである。もちろん来年もない。リーグは観客が減り、赤字経営になる。ヴォルティスがなぜこれほどひどくても赤字にならないかといえば、鳴門に本拠地を置くからである。地元の鳴門の大塚製薬が援助しているからである。応援団の大半は鳴門の人々である。徳島ヴォルティスなどと徳島を付けて大義銘文のようにしているが、実際上は鳴門大塚ヴォルティスなのである。

私は最初からこれが大嫌いであった。せっかく徳島県にJリーグが誕生したのだから、徳島県の中央の徳島市の陸上競技場あたりか、徳島市内のど真ん中にある田宮陸上競技場を本拠地にして、そこを改修工事すれば、県全体から観に行くことができるはずであったが、大塚製薬の社内敷地に運営会社を作ったために、わざわざ県南や県西部からは1時間〜2時間以上もかけて試合を観に行ったり、高校生は試合にいかなくてはならなくなったのである。大塚製薬の責任は重い。このボケ会社が!ちなみに、もともと大塚製薬という会社が、日本リーグ2部の強豪でいつでもJリーグ参戦できるチームであったものを、さまざまな妨害工作してJリーグ参加を遅らせたのであった。それを今の飯泉知事が何とか大塚製薬サッカー部をJリーグに参加させることを公約に県知事に当選できたのである。もし大塚製薬が野球(つまり巨人)に肩入れせず、サッカーに協力的であれば、もっと早い段階から徳島県民はその恩恵を得られたはずなのである。まさに地方の悪代官のような企業であった。

そんなわけだから、Jリーグの下部組織といえども、弱小チームのユースには良い選手は来たがらない。なぜなら、「サッカー推薦」なるものが大学にできたからである。弱いチームにいてもサッカー推薦枠は得られない。そうなると、しょうがないから、公立の強豪校へ入る。今では徳島市立、徳島商業、鳴門、徳島北、富岡東などである。さもなくば、大学サッカーに進学できない。プロの道も弱小ヴォルティスのユース選手など取ってくれない。にもかかわらず、ヴォルティスのトップチームはユースでせっかくお金をかけて育成した選手をプロにしない。こんな状況なのである。

これではいい結果が生まれない。

下部組織からどんどん無名選手でもプロで使う。高校生でもプロチームに入れてやる。こういう雰囲気から次世代が生まれるのである。これが噂を呼び、ヴォルティスに入れば、プロになれるという子供たちへの希望を生む。

ところが実際は逆である。ここ阿南は、岩浅市長が自分勝手に「野球の町阿南」などと言い出してしまったほどである。独裁者のようなものである。我々市民には一言もなかった。勝手に野球の町を宣言し、勝手に野球場を作り、勝手に運営しているのである。かなりのお金が裏で動いたに違いない。

私は「県南サッカーに革命を!」のキャッチフレーズで、「サッカー不毛の地」と呼ばれて久しいこの県南をなんとかしてサッカーのトップレベルに近づけようと、私の息子の世代をターゲットに子供の幼稚園時代から、いろいろ子供たちに手ほどきして、小中高と息子のサッカー部の仲間やコーチや監督たちと協力して、長男は戦後初の県ベスト8を2回、次男は戦後何十年か振りの県準優勝になったのである。私が彼らが幼稚園の時に毎日の送り迎えの時、そこでボールリフティングをそれとなく実演し、野球よりはサッカーを選ばせ、小学校では授業参観の度に中庭でリフティングし、小学生にサッカーの妙技を見せたものである。6、7年間そうしたのである。結果として小中高でサッカー部を選んだものが相当出たのである。今はそういう子供たちが大学サッカーの時代になり、卒業してここ徳島県南の高校や中学の先生になって戻り、再びサッカーの指導者になって「県南サッカーに革命を!」を実現してくれる日を待ち望んでいるという状態なのである。

ところで、徳島では、サッカーだけではないが、スポーツ教育でもっとも弊害となっているのは、何を隠そう、県教育委員会なのである。おそらく教育委員長は2、3年で代わるから、実質的な障害となるのは、おそらくそこの万年職員の事務方だろうと想像している。そこに老名主のようになって画策する馬鹿者が居るらしい。

2年前ここ阿南の公立校の富岡東高校サッカー部が高校サッカー選手権で何十年か振りで決勝進出した。私の次男が入っていたチームである。これで勝てば56年振りの優勝という快挙であった。結果は6−1で徳商に負けたのだが、このチームは大半が2年生チームだったために、その翌年の優勝が期待できる好チームであった。監督も円熟してやっとこれまでの努力が実り、もう1年というところであった。

ところが、どういうわけか、何の前触れもなく、その監督は教育委員会勤務となり、それまでまったくサッカー指導どころか、教員経験もないまったくのド素人の20代前半の若い教員がサッカー部監督になったのである。さすがにこれには皆驚いたが、この監督のおかげで、チームは崩壊。高校総体も選手権も良いところなく敗退してしまったのである。

一方、長男がいたチームは監督はいなくなり、阿南のライバル校の小松島にも良い監督がいたが、その監督も他へ移動となったのである。この1年で県南の優良サッカー部の監督が一掃されてしまったというわけである。これでは「県南サッカーに革命を!」は起せない。

私はこの理由是非知りたい。教育委員会の人はできれば私に手紙を欲しいところである。なぜなら、私が県南でこの10数年間やって来たことがすべてパーになったからである。

とまあ、こんなわけだから、残念ながら、徳島の教育委員会には魔物が棲む。相当に悪がいる。同様に、どうも徳島県サッカー協会にも相当な変なものがいる。そのお陰で、長男のループシュートがルール外の方法で取り消しになったのである。日本のマスゴミはどうしてこういうものをレポートしないんだろうか? 前から不思議に思っていたが、まあマスゴミはパチンコマネー、電通マネーでしか動かない。そういう世界だからですナ。

いやはや、困った世の中である。サッカー界も20年も続けば膿も出る。屁も出る。糞も出る。いずれにせよ、「子供横綱メンタリティー」は日本のスポーツにとっては「百害あって一利なし」のようですナ。
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  by Kikidoblog | 2012-05-29 19:04 | サッカー&スポーツ

「スパイ天国ジャパン」:「売国奴&スパイ養成学校」松下政経塾は廃業すべし!

みなさん、こんにちは。

いやー、あまりにいろいろなことが起きすぎて、ETの手も借りたいほどである。

今度は、ホモ養成塾の噂の高い、松下政経塾(日本版イルミナティー養成学校)に中国人スパイが混入していたという驚きのニュースである。さもありなん。なぜなら、そもそも前原誠司や野田佳彦に見るように、ここは在日エリートを養成し、日本を潰すための超反日学校であったことがすでに証明されてしまったからである。一言で言えば、「売国奴&スパイ養成学校」だったのである。
「彼がスパイ…」驚き戸惑う松下政経塾同期ら
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「まさか彼がスパイ活動に関係していたとは」――。
 警視庁公安部が在日中国大使館の1等書記官(45)に出頭要請していたことを受け、外交官として着任する前に付き合いがあった国会議員や松下政経塾関係者から驚きの声が上がった。
 書記官が1999年、海外インターンとして約半年間過ごした松下政経塾の同期だった森岡洋一郎衆院議員(民主)は29日、取材に応じ、「自分から積極的に動くような人ではなく、おとなしい印象しかない」と振り返り、「塾時代もその後も、何かの働きかけを受けたことはない」と話した。
 書記官は同塾で自己紹介の際、「日本の政治を勉強しに来た」と話していた。日本語は上手だったが、茶道研修の時は長時間の正座ができず困っていた様子だったという。
 インターン期間が終わった後は連絡を取っていなかったが、森岡氏が衆院議員になった後の2010年秋頃、書記官として森岡氏の事務所を訪れ、大使館での交歓会の招待状を置いていった。森岡氏は不在で、交歓会にも出席しなかったという。その後、都内の地下鉄の駅で偶然再会し、「久しぶり」と言葉を交わしたのが最後だという。
 森岡氏は「本当にスパイ活動をしていたのか、本人に聞いてみたい。公安当局には徹底的な捜査を望みたい」と話した。
(2012年5月29日15時54分 読売新聞)

松下政経塾は、最初の松下幸之助の時代とは異なり、いまでは、中国や韓国のために日本を処理するというのが目的の「売国奴養成学校」と成り果てているのである。

だからスパイとトモダチだったということは、その日本の関係者もまた一種のスパイだったということになるだろう。アラブ社会なら拷問だろうし、かのジョージ・ブッシュなら、グアンタナモ収容所おくりして、水攻め、火攻め、むち攻めの拷問地獄であるはずである。

平和ボケの脳天気国家日本だから、「彼がスパイだったとは?」などと悠長なことを言っていられるわけである。

やはり日本は「スパイ天国ジャパン」だというのは真実だったんですナ。

おまけ:
記者、留学…対日工作員、日本の先端技術獲得も

2012.5.29 14:44 (1/2ページ)
 【北京=矢板明夫】中国共産党、政府、人民解放軍はそれぞれ独自の情報機関を抱えており、外国に工作員を送っている。
 元シドニー駐在の中国の外交官で2005年にオーストラリアに亡命した陳用林氏の証言によれば、工作員たちは外交官やメディアの記者、国有企業の社員、または留学生などの形で海外に送られる。
 共産党内の工作機関は、外交担当の中央連絡部と、台湾、香港及び世界中の華僑団体を担当する統一戦線部が中心。政府の情報機関としては国家安全省がある。そして今回、中国大使館の書記官が関係しているとされる解放軍の総参謀部2部は、戦争時代の軍事情報部が前身で、中国の情報機関の中で最も力を持っているとされる。
 日中関係筋によれば、中国の工作員の主な来日目的は4つ。
(1)日本の先端産業技術の獲得
(2)中国の政治、外交、軍事情報の収集
(3)対台湾工作の拠点の構築
(4)民主化活動家、チベット、ウイグル独立派に関する情報収集などだ。

 このほか、日本の政財界で広く人脈を築き、日中間にトラブルなどが発生するとき、日本の要人に対し中国に有利なロビー活動を展開することも工作員の仕事の一つ。今年5月に東京で世界ウイグル人会議が開かれたが、中国当局はウイグル人の主張が日本で影響拡大を警戒し、日本政治家、外務省関係者に対し働きかけ、ウイグル人代表の日本入国ビザを出さないようになど、さまざまな妨害工作を行ったとされる。
 また、プロの工作員のほか、情報機関に定期的に情報を提供する多くの周辺者もいる。今回、警視庁に出頭が求められた書記官は、大学の研究員時代の自身の外国人登録証で口座を開き、民間企業の役員名簿に実名を掲載するなど、わきが甘いがところがあり、工作員よりもその周辺者の可能性がある。

いっちゃ悪いが、こういう工作員はネットもコントロールし、武器を持ち、殺人にも絡んでいる。もうすでに何万人かはそういう連中の手で「自殺」や「事故」の見かけで殺されたという噂がある。地方や都市部の高額所得者の老夫婦の殺害事件などがその典型である。外人が犯人だから足がつかない。だれも顔も知らないのである。その手引きを日本の犯罪組織や宗教カルト組織が行う。そしてピンハネする。その意味では金のあるひとほど、財産のある人ほど狙われ易い。はたして、警察当局はこういうことを知っているのか? 知っているだろうが、結局は裏でつながっているはずだから、捜査は手ぬるくなるわけである。

まあ、いずれにせよ、アジア人は100%全滅させられるそうだから、我々はその時を静かに待つ他はない。あるいは、放射能を食って行き伸びることができるグレイエイリアン化する他はない。いわゆる「タイムライン1」というものである。
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  by Kikidoblog | 2012-05-29 16:21 | コンスピラシー

民間宇宙船スペース・ドラゴンの回りを飛び交う、宇宙を飛ぶ円盤の数々!?

みなさん、こんにちは。

いやー、これは面白い。同時に我々地球人類の物理学者の1人である私のような人間なら、心からお詫びを申し上げなくてはらない。そういう映像である。これまた「舞台裏の真相」に出ている以下のYouTube映像である。以下のものである。

UFOs and Donut Shaped UFO during the final stages of docking SpaceX Dragon and ISS – May 25, 2012
UFO during Flight to International Space Station { part 3 } 5-25-12


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UFO during the final stages of docking SpaceX Dragon and ISS - May 25, 2012.

このように、NASAの科学技術を移転してスピンアウトしてできた米民間会社の宇宙船が、国際宇宙ステーションに接近し、ドッキングを試みようとしている、まさにその時に、その回りを瞬時に自由自在に動き回っている存在がたくさんいるという事実である。最近ではNASAもあまりにそういうものが多すぎたことやUFO暴露プロジェクトのおかげで、一々隠蔽しないようになったようである。「あとは自分で観て自分で考えろ」路線に変更したのである。

こうなると、日本のカルト「と学会」のような連中は、脳みそがひっくり返ってしまったようである。もはや何を信じていいのか分からず、すでに何人かは精神病院送りだとか(もちろん、ジョークであるが)。親亀のアメリカがもう隠蔽しないわけだから、それは眉唾だトンデモだと言っていたことがすべて真実だったということになったからである。御愁傷様である。

知能の弱い人、精神の弱い人は、こういう世界は無理。ひっそり自分の殻に閉じこもって、社会で悪さをしないことですナ。変な本を出版しないことだ。自然破壊になるだけだ。

さて、こういう映像を観た時、ドーナッツ型の、まるでフロッピーディスクのように、真ん中に穴の空いたドーナッツ型のUFO

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がしばしば見つかる。私はかなり前からこのタイプに注目しているが、いったいこやつは何なのだろうか? 時々、こやつは「ひらひらとクラゲのように舞う」のである。まるで呼吸しているかのように、光を周期的に発信する。月の表面にも無数にへばりついている。

私は大分前から、こいつは、一種の生命体なのではないか、UFOではないのではないかと観ているのだが、まだ確信できる段階にない。水星や金星の表面にもこんな奴がへばりついているのである。

クラゲのように、ちびクラゲのものもある。優雅に宇宙空間をただよっている。

ひょっとしたら、これが俗にいう、「プラズマ生命体」というもので、我々が死んだ後に宇宙に出ていろいろと飛び回るという時の「魂」の姿なのかもしれないなとも思うのである。まるで我々を観ているかのようである。

金属製のUFOではない、このくらげディスクのUFOは何なのだろうか?
ウィングメーカーのいうところの、「セントラルレイス」のことだろうか?

私の疑問は尽きない。
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  by Kikidoblog | 2012-05-29 15:36 | 未知の宇宙文明

アメリカでついに人食い人種が誕生か!?:本物のプレデターがお目見え!?

みなさん、こんにちは。

アメリカの闇もついにここまで来た。というか、米白人種の中から、ついに新人類の誕生かもしれないというニュースである。それも人食い人種である。

# マッカーサーコーズウェイ付近で警官に射殺された全裸の男は被害者の顔を「食べて」いた
CRIME
Naked man killed by Police near MacArthur Causeway was ‘eating’ face off victim
Naked man killed by Police near MacArthur Causeway was 'eating' face off victim.

いやはや、何とも不可解で凄惨な事件なのだが、中国人が猿や赤子を食べるというのは、以前からよく知られていたが、最近では胎児を薬にして日本や韓国の朝鮮人に売っていた。アメリカでもペプシに胎児の成分を栄養として仕込んでいた。英王室やスカル&ボーンズなどの黒い秘密結社では赤子や女性の生け贄を取っていた。昔の日本でも生け贄のために龍神さまに若い女性を捧げたりもした。

そんな事実もあるから、人を食うということには特に驚きはないのだが、さすがに裸同士食い合うというのは不可解である。新人類としか考えられない。一言で言えば、悪魔誕生である。

私は大分前、おそらく10年ほど前から、我々の進化のことを考えているうちに、よく夢で新人類に食われるという夢を見たものである。日本人は西洋白人の餌になるのである。実際、戦争が起これば、いつもレイプされ、虐殺されたのは、我々小粒な日本人の方であった。ロシア兵、米兵、英兵、豪州兵、中国兵、朝鮮兵、朝鮮儀従軍、朝鮮進駐軍などなどに幼少期の女子までレイプされ、殺害され、その辺に置き去りにされたのであった。

一昨日の「陽だまりの樹」でも、身体のでかい米人に日本の武士の娘が凌辱されたというシーンがあった。南蛮人の時代には、身売りされた日本の農家の女子が、鉄炮との交換トレードのために性奴隷にされて、50万人も海を超えたという。この女性たちの子孫はどうなったのかは誰も知らない。

私の個人的妄想では、これからこういう新手の人種が次から次へと生まれて来るはずである。これも一種のアセンションなのかもしれないが、新人類が誕生するということは必ずしも良いことばかりではないのである。旧人類のものにとっては、食物連鎖の1段下に入るから、連中の家畜や奴隷になるということなのである。

西洋貴族が、西洋の一般人と自分たちは異なる人種だと心底信じているのも、彼らが自分たちがこの地球上では一番進化している。一番美しい人種だ。一番脳がでかい人種だ。などなどとまじめに信じているからである。そしてそれを正当化するために日夜研究にいそしんで来たのである。これが実際の真実である。

経済学の父、数学者のラムゼー博士は、20世紀初頭に経済の法則を研究して、人類は将来支配者と被支配者の2つに分かれると論じた。遺伝学者も最近、人類は、三拍子も5拍子も整った美しい人種と醜い人種に二分するという予測を行った。こうやって、西洋人型の金髪碧眼長身美形のタイプとアジア人型の小粒で醜い人種に二分するのが当たり前なのだというような研究をずっと行って来ているのである。まあ、無知を尊ぶ人や無関心でいられる人たちはご存じないだろうがナ。

もしこういった新手の人食い人種が、米軍のリーダーたちになったらどうなるのだろうか?

そこが問題なのである。デービッド・アイクの唱える「レプティリアン」というのも、おおよそこのタイプの人種のことを描いているのである。

世界のリーダーや富豪たちが、あらゆる面で強く、金持ちで、我々が太刀打ちできないような人間ばかりとなった時、我々はどうするだろうか?

昔の龍神様のように、「今晩はお前が食われろ!」と誰かを毎日生け贄に捧げなくてはならないはずである。くじ引きか、強引に決めるか、志願を募るか、どうやって決めるかは知らないが、生きることとは、生け贄までのつなぎの人生という世界になるだろう。

このように考えると、1頭の牛が、屠殺される瞬間に悲鳴とともに流すひとしずくの涙のわけが解るというものである。
イルカ漁を批判する反日映画 The Cove を論破!

(8分6秒目あたりから)
イルカやクジラだけが知的で可愛いわけじゃない。他の動物だってみんな可愛いし知性豊かなのである。人間だって同じことサ!


末恐ろしい世界になったものである。
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  by Kikidoblog | 2012-05-29 14:58 | UMA

「国会事故調聴取」は隠蔽のためか?:関係者全員「死刑」にすべし!

みなさん、こんにちは。

いやー、ちょっと普通の論説を書いてしまったが、相変わらず、マスゴミは吉本芸人生活保護の不正問題を持ちあげている。どうやら、かつて竹村健一が言ったというように、今回の「隠し事」とは、「国会事故調聴取」という諮問会議から国民の目を背けさせることが目的のようですナ。もちろん、電通CIAの指令であろう。

原発事故調査委員会のこれまでの聴取結果をまとめました。(12/05/28)

菅前首相 原発事故調査委参考人聴取で“言い訳”
菅前首相、原発事故対応で弁明に終始
国会事故調聴取 菅前首相 情報上がらず手詰まり

菅直人前首相は二十八日、国会の事故調査委員会に参考人として出席し、東京電力福島第一原発事故で水素爆発など危機的な状況が続いていた発生当初、経済産業省原子力安全・保安院や東京電力から「上がってくるべき情報が上がらず、これでは手の打ちようがないという怖さを感じた」と証言した。事故で国が崩壊しかねなかったとの認識を示し、「最も安全な原発は脱原発」と訴えた。 
 菅氏によると、発生した昨年三月十一日から東電本店に乗り込む同十五日まで、東電や保安院、原子力安全委員会から、必要な情報がほとんど上がってこなかった。特に、事故対応を主に担うはずの保安院が、東電から積極的に情報を集めないなど「平時の対応しかしていなかった」と苦言を呈した。
 ただ、菅氏が直接、事故対応に動いたことで、現場対応を遅らせたとの批判も根強い。この日の菅氏への質問もそうした観点の質問が多かった。
 発生翌日、ヘリで福島第一に乗り込んだことについて、菅氏は1号機のベント(排気)が進まない理由を、官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェロー(当時)に尋ねても「分からない」と言われたことなどを証言。「現場の責任者と話すことで状況が把握できるのではないかと思った。顔と名前が一致したことは大きい」と述べた。
 菅氏が昨年三月十五日朝に東電に乗り込んだ際、社長らを叱責(しっせき)する様子が、テレビ会議システムを通じて現地対策本部にも流れ、士気を下げたとの指摘には、「叱責するつもりはなかった」。直前まで東電が撤退する意向との認識だったため、声が大きくなったといい、「厳しく受け止められたとしたら申し訳なかった」と謝罪した。
 官邸から現場に電話が何度もあり、作業の邪魔になったとの指摘に対しては、「私は吉田(昌郎(まさお))所長とは電話で二回しか話していない」と説明した。
 事故の責任については、「原発を認可したのも、推進したのも国だ。国策民営。そういう意味で国の責任」と指摘し、東電だけでなく国にも大きな責任があると認めた。
 一方、国が原発再稼働を急ぐ現状に対しては、電力会社を中心とする「原子力ムラ」が「深刻な反省もないまま、原子力行政の実権を握り続けようとしている」と指摘。「原発の確実な安全性確保は不可能だ。最も安全な原発(の対策)は、原発に依存しないこと。脱原発だと思った。野田首相や全ての人にそういう方向での努力をお願いしたい」と述べた。

まあ、予想されたように、本来なら、民主党政府の菅直人、
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枝野幸男、
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岡田克也、
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仙石由人、
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そして東京電力の清水正孝社長
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や前社長、
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そして保安院の西山英彦
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ついでにお前モナー。
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などが、業務上過失致死罪や、国家反逆罪で全員死刑判決が勧告されるべきところで、お互いの「責任転嫁」そして口先だけの「お詫び」ですまそうと、すませるだろうと一種のやらせの芝居劇場をしているのである。「お詫び」するなら、自ら薬を飲んで自殺するか、切腹するか、永久に政治家を廃業するか(もともと人間廃業しているのだがナ)のいずれかであろう。

米軍イルミナティの口癖は
「次は何をお見舞いしましょうか?」
というキャッチコピーだったが、普段手にしたことがない権力と金を扱える権限を得た民主党元左翼政権(左翼も右翼もアウトローも全部在日だったことがもう周知の事実となって子供でも知っているが)が、
「次はどこへお金をお見舞いしましょうか?」
といって、だれでも金で解決できると思っているのだろうヨ。

私は、震災後の福島第一原発崩壊事故を引き起こした責任者全員の、即時議員廃業、死刑宣告をお勧めしたい。絞首刑かギロチン刑が最適である。それも朝鮮総連と民団の前で行う。これしかないな。

まあ、後数ヶ月すれば、国会議員の中からも心筋梗塞で突然死するものが絶えなくなるだろうから、時間の問題なのだが、日本人に代わって、天が裁くはずである。

いずれにせよ、こういう在日系国会議員の姑息な姿、韓流時代劇ドラマで出て来る両班の姿

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そのものなのだが、血筋の怖さ、血統の怖さというものを、我々日本人はいままさに目にしているというわけである。「血は水よりも濃い」とはよく言ったものである。


おまけ:
【拡散希望】片山さつき先生を守れ!
片山さつき生出演で語る決意
片山さつき議員、脅迫されたと涙の訴え!! 【生保不正受給】


キングコング梶原の母親も生活保護 自ら告白
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在日所得税非課税の実態
在日外国人特権の真実
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我々は在日外国人の奴隷ですか? 財布ですか? 性奴隷ですか? 不倫の子、鳩山由紀夫、前原誠司よ、答えなさい!

おまけ2:
“生活保護”むさぼる在日外国人!悪質すぎる不正受給の手口とは(ZAKZAK)

05. 2012年5月29日 11:35:27 : 1BHyEc81RE
投稿者はつづきも転載しろ!生活保護でマネーロンダリングって・・・


稼いだカネは、同郷の外国人コミュニティーの中で“ロンダリング”する。

仲間が作った闇口座を利用するんだ。ここにカネを預けるとすぐに本国に送金してくれるからアシがつかない。この方法で僕の父親は3000万円ためて、故郷に7階建ての家を建てた」(同)

Aによると、団地にはこうした“闇銀行”を生業にする業者が存在。100万円以上なら1万円、以下なら一律1000~2000円の手数料で送金してくれるという。

「日本に来ている仲間はみんな出稼ぎ感覚。生活保護でもなんでももらって稼ぐだけ稼いで帰国する。500万円もあれば立派な家が建てられるから、日本への出稼ぎで豪邸を建てたり、商売を始めたりするヤツはたくさんいるよ」(A)

厚生労働省によると、今年度予算の生活保護費は約3兆7000億円で、受給者(今年2月)は約209万人(152万世帯)。外国人受給者はこの10年で2倍以上増えて、今年2月時点で7万3995人に達した。

2008年のリーマン・ショック以降、景気悪化に歯止めがかからない状況が続き、制度に頼らざるを得ない困窮者が増えているのは間違いない。
だが、Aの証言を聞くと、増え続ける受給者の中に、不正を働くものがかなりの割合で混ざっている疑いがある。

「1人のケースワーカーが80人の受給者を担当するなど、マンパワーが不足しており、現行の制度では受給者の詳細な調査ができない。10年度の時点で、不正が確認されて返納が実現したのは、128億円。全体の0・4パーセントに過ぎません。

特に外国人の場合は、組織ぐるみで悪用するケースが多い。不正は実際に発覚した数倍になるともみられます」(厚労省関係者)

制度の不備につけ込む不良外国人たち。防ぐ手だてはないのか。

経済アナリストで獨協大学経済学部教授の森永卓郎氏は「制度をきちんと適用しようとするなら、強力な調査態勢をつくらなければならない。税務署と在日外国人の登録状況を把握する入国管理局、そして生活保護の支給を認める福祉事務所の3者。だが現実は情報を共有できておらず、縦割り行政の弊害が出ている。

きちんとデータを管理し運用すれば、かなりの不正があぶり出せるはずです」と指摘する。いまのままでは近い将来、制度が破綻する。早急な対策が必要だ。


おまけ


テレ朝 モーニングバード

河本準一 今年の正月
ビジネスクラスで総額400万円一家全員ハワイ旅行
まさに生活保護不正受給。

「名前だしたら、名誉毀損で訴えるで!」と女性セブンを脅迫してた河本。
脅迫するだけあって、反省の色は全くなし。
家族は逆切れ!「何が悪い」「もらえるものは貰わな損」
収まりつかず、シブシブ謝罪会見。
泣き声は目立つが涙は一滴も確認されず。朝鮮泣きまねを国民に披露しただけ。
母親は北京オリンピック観戦というリッチな生活。河本一家は正月はハワイ旅行。
方や、「おにぎりが食べたい」と書き残し餓死する日本人。
それでも河本を擁護するマスゴミの残虐性に日本国民は驚いている。
河本一族を擁護する理由は何一つ見当たらない。税金を悪質性をもって
貪っていたのは事実である。不正はないというのなら受給を停止すべきではない。


   /⌒⌒⌒⌒\
  /            ヽ
  | /)ノ)人(ヾ(ヽ |
  | /  ⌒  ⌒  ヽ|
 ( |  ××××  | )  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
  |     ‥     |  | もう400万円ぐらいまでたまったかなヽ
  |   ┬┬┬   | ∠ 1億円ためたって言うヤツもいるよ  |
  ヽ    ̄ ̄   ノ   ヽ_______________ノ
  /二⊃ー イ ̄
  |  二⊃__ノ \ じゅん●。
 /  ソ    | |
(__/       | |

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  by Kikidoblog | 2012-05-29 12:34 | マスゴミ

私のものには「90%の真実に10%のウソがある」!?:分かったか、この野郎!

みなさん、こんにちは。

今回は私の個人的印象のメモである。大半の人には無関係、興味ないだろうからスルーして欲しい。

さて、インターネットの時代に入って、商用個人用HP、掲示板、チャット、ブログ、SNS、トゥウィッター、フェイスブック、YouTubeなどなど、さまざまなサイトができた。それによって、”予想外の”現象というか、効果も出て来たようである。

元々インターネットというものは、物理学者たちが自分たちの投稿前の科学論文(プレプリントというが)を一カ所に集めてだれでもダウンロードできる形にしたいという要望から誕生したものである。それ以前は、何百ものプレプリントという論文コピーをそれぞれ郵便にして世界中へ郵送していたのである。この経費と手間を何とかして軽くしなくてはまずいということだったのである。1980年代のことである。かたやパソコンとネットワークの発展、その結果としてのemailの発展とあいまって、だれでも同じように閲覧できるようにということで、いわゆるブラウザ技術が誕生したのである。インターネットは、欧州のセルンという研究所の高エネルギ−理論物理学者の何人かによって作られたのである。まあ、一言で言えば、理論物理学者が作った、のである。

物理学者は映像を仕事にはしていないので、情報は文章で扱う。だから、当初からhtml形式は文章閲覧システムとならざるを得なかったのである。そこに徐々に図表を組み込む形で進化した。それには、パソコンの処理能力や速さや記憶容量の問題もあった。それらが発達するにしたがい、徐々にブラウザの技術も進歩したことからわかるだろう。

そのせいで、冒頭に書いたように、”予想外”の現象が起きたのである。つまり、後からインタ−ネット世界に入って来た、ごく一般人たちも「文章ワールド」に自ずと組み込まれたのである。文章を読めない限り、インターネットを使うことができないということである。これは、理論物理学者は世界でももっとも高尚な人種にランクされるから、文盲などいないし、ユダヤ系などでは数カ国語は平気で読み書き話せるという世界である。だから、ブラウザ機能には文章だけで十分だったわけである。そういう世界に一般人が組み込まれたのである。

その結果、インターネットという新しい世界に入るに従って、パソコンで文章を読み書きするという習慣が一般の人にも広がったのである。

私の印象では、それがいくつかの弊害を生んでしまったということである。

(あ)まず、「頭に浮かんだままに書く」

我々理論物理学者や学者など、いわゆる、博士課程まで10年近く高等教育を受けた人間は、曲がりなりにも文章の書き方や作り方、そして読み方というもののトレーニングを受けて来た。だから、文章というものにはかなりなじみがある。

ところが、一般人はそうではない。「口から先に生まれた」という言葉があるかのように、「頭に浮かんだままに書く」のである。これは、学者世界では、愚の愚。トウシロウの代名詞である。言い換えれば、これはやってはいけないことの代名詞なのである。俗に、推敲ということばがあるように、我々が科学論文として公表する前には、同じ論文を少なくとも20回程度は書き直すのである。1、2回ではない。完璧になるまでに何度も何度も読み直し、書き直すのである。それでもまだ間違いは残る。それが本質的な間違いでなければ、まあいいやというようなものなのである。

この辺のことが高校大学までの教育にはないことなのである。

(い)一般人は時系列に疎い。

その結果、一般人の文章を読む力に1つの間違った傾向が生まれるのである。それは、1つの文章に、つまり同じ記事にかかれた文章は、全部、”その時に書いた”、言い方を変えれば、”その時にそう理解した”と錯覚するのである。

何を言っているかというと、私が今ここで書いている文章をあなたが今読んでいるとする。すると、これを読み終わった瞬間から、あなたは私がここに書いた内容は私が今考えて今思いついて書いたと思うのである。さらに極端の者は、「私が今はじめてそう考えた」と錯覚するのである。

より具体的に説明すれば、こうである。

私があるものを見たとする。そしてその映像をここへ張る。そして、その下に「この野郎、とっととうせろ!」と書き加えたとしよう。

すると、それを見た人、読んだ人の大半は、ほとんど全ては、「私が瞬間湯沸かし器だ」と思うことだろう。しかし、それは間違いだ。なぜなら、私がその映像を見た時と、その映像を使って記事を書いた時がまったく異なるからである。

私はこういう現象を「時系列の縮重」と呼ぶ。ことなる時空間で見たことが、1つの文章の中に組み込まれた時、人は注意して読まないと、それぞれの時系列が同時刻に重なってしまうということである。こういう認識の人には「現在」しか存在しないということである。

科学者は、1つの論文を書く時に、書いている今の瞬間と、そこにまとめるデータや事実をいつ何時に得た物なのかということをいつも気にかける。だから、「データや主張や事実に、その時を記す」。そうしないと、その主張がいつ得られたものなのか分からないからである。

科学者と一般に知られている人に数学者(や法律家)という人種がいるが、彼らも私からすると、かなりこの点は一般人に近い認識を取るように見える。それにはそれなりの理由がある。というのは、数学は数学証明で成り立つ。数学の証明というものは、基本的には、その論文の最後で厳密に証明されたら終わりというスタイルのものである。その証明論文の中の一カ所においても間違いがあれば、その全体の論文はお釈迦である。したがって、数学証明には「今」しかないからである。

この習慣に慣れすぎると、数学者は人の言っていることや、人が書いたものをみた時にも同じような認識で処理するようになるのである。そのため、他人が何かをいうと、それを今の時点や段階で誤りを見つけ、「あんたの意見はナンセンスだよ」というような論法を得易いのである。

しかしながら、人の認識というものは、時系列のまったく異なる事実の羅列からできている。したがって、今話した内容がすべて今の時点で一貫している必要はないのである。

子供の頃に学んだ事実、学生時代に経験した事実、そして昨日読んだ本による事実、こういうものの組み合わせとして、我々は文章を書き、話を作っているのである。

(う)では、どうやって文章に時系列を入れるか?

といえば、やはりその1文1文にその時点を付け加えるべきなのである。私個人はできる限りそうして書いているというわけである。だから、「これは最近知ったことだが」とか、「私が留学した1980年代後半のアメリカでは」とか、必ず時点を書き加えるのである。

そうしたことは一見すれば無意味なようにもたいしたことがないようにも見えるかもしれないが、非常に重要なことなのである。なぜなら、時代は進み、社会は時代とともに変わる。真実すら時とともに書き換えられるからである。昔私がそう考えたことと、今私が考えることは違っている。数学者の観点で言えば、それは私が矛盾したということなのだろうか?そうではない。私自身が変化したこと、進歩したこと、成長したことを意味するわけである。

だれかがある時点で1つのことを言ったり、書いたりしたとしよう。もしその人が明日その意見と正反対のことを書いたり言ったとしよう。それはその人物の矛盾だろうか? 誤りと見るべきだろうか? 必ずしもそうではないはずである。やはり全体の文脈から判断すべきだろうということになる。

(え)「90%の真実に10%のウソがある」

最近、いわゆる陰謀論や陰謀暴露の世界で、人が書いた内容に「その人の話は100%の真実ではない。」「90%の真実に10%のウソがある。」というような論法で、瞬間的に排除しようとする人、言い換えれば、そういう論調で人の話を無価値にできると信じている人がいる。

もうここまで読んで来た人なら分かるだろうが、それはウソである。間違いだ。

我々が書く物に100%の真実のもなど最初から存在しない。だから、数学者はそれを保証しようとして、厳密証明に挑戦するのである。物理学者は科学実験や科学理論を作ってそれを証明しようと試みる。

例えば、私が自分自身の理解や認識として、ある昔の事実を今も真実だと思ってそれを文章に書き込んだとする。それ以外の内容は、今の時点で確実に正しいとだれもが知っているものを書き込んだとする。この場合、私のこの文章には「90%の真実に10%のウソがある」ことになるが、これは「私が100%の嘘つきだ」ということになるだろうか?この場合には、私個人は、全部100%の真実だと信じて書いたわけである。

しかしながら、冒頭であげたように、インターネット時代になり、あまり文章の教育を受けて来ていない一般人が入り込むようになって、こういうことがかなりあいまいになったのである。今では多くの場合、こういうふうに受け取る。「私の話はデマだ」、「あいつの話には10%のウソがある」、「あの人の話は裏が取れていない」などである。

一言で言えば、こういう受け取り方や認識の仕方は錯覚である。「時系列の縮重」である。

(お)「90%の真実に10%のウソがある」(本当の意味)

では、我々陰謀論の世界に詳しい人間がいう、「90%の真実に10%のウソがある」とはどういう意味か? というと、それは「最初に90%の部分で、100%の真実やだれもが疑い得ない良い話をしておいて、最後の最後の5〜10%の部分で、自分の主張を仕込む」という手法のことである。これが、俗にいう「洗脳のいろはのい」である。

大麦若葉のコマーシャルなどテレビマスゴミのコマーシャルで頻繁に使われているものである。

まず最初に有名人やヒーロー/ヒロインの「良い話」ではじめて、人々をその話に引き込む。そして、なるほどそうか、という状況に来たところで、実はこの人は「この商品」をずっと使っていたからです、と10%のウソを仕込む。これである。

もし私の文章やだれかの文章がこのようなものであれば、一種の洗脳である。そのアイデアや商品など何でも良いが、それを信じさせるための洗脳ということになる。自分の観点や自分の世界観の他人への押しつけということになる。

こういう場合に、我々は「90%の真実に10%のウソがある」という簡単な言い方をするのだが、ちまたではすでにまったく異なる意味で使われるようになったということである。


まとめとして、我々の世界には完璧な人はいない。この世の全てをご存知の人もいない。この世界を100%の真実を知っているものもいない。我々はこの世界をすべてにおいて理解も体験もできない。実に制限された存在である。アセンションしようが、5次元へ行こうが、神とつながろうが、エイリアンとチャネリングしようが同じことである。我々自体にどうしても制限がつく。その制限を持つ人間が話、書くものには、物理的な制限(紙数とか)、時間的な制限(講演時間とか)かならず制限がつく。したがって、100%すべて真実を捕らえてそれを記述するなどという芸当はだれにもできないのである。しかしながら、99%のウソの中に1%の真実を見出すことができる場合も存在する。それゆえ、「90%の真実に10%のウソがある」というトウシロウの認識法によって、せっかく良いところまで真実を追求してきているのに、それのチャンスを逃してしまうというような、やり方はあまりお勧めできないというのが、私の個人的印象というわけですナ。

分かったか、この野郎!
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  by Kikidoblog | 2012-05-29 11:17 | アイデア・雑多

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