2012年 07月 02日 ( 3 )

 

スペイン、ついに「無敵艦隊」となる!:「戦術的ピリオダイゼーション理論」の勝利!

みなさん、こんにちは。

ユーロ2012がやっと終わった。結果は、スペインが強豪イタリアを4-0の圧勝で退けた。イタリアは、後半はもう為す術がないという感じで、完全にお手上げ状態であった。

Spain vs Italy 4-0 All Goals and Highlights (UEFA EURO 2012 FINAL )



まるで、バルセロナが世界一になった、2011クラブW杯決勝戦バルセロナ4-0サントス戦の得点シーンを見ているようであった。

2011クラブW杯決勝戦バルセロナ4-0サントス得点シーン


私は録画で今回のユーロ2012の決勝を見たのだが、今回のユーロは、残念ながら、あまり盛り上がらなかった。なぜなら、NHKと電通CIAのコラボが炸裂したからである。予選リーグの時は、NHKも放映していたが、決勝トーナメントに入った途端、WOWOWしか放映しなくなったのである。おかげで、私は一番重要な部分をまったく観ることが出来なかった。だから、いつもはワールドカップやユーロ専門のブログを作るのだが、それができなかったというわけである。

日本の場合、サッカー放映権ビジネスもまた電通が取り仕切っているという話である。要するに、日本は北朝鮮や中国や韓国などのかなり独裁主義国家と似たような形態の国なのである。アラブの国々とも似ていると言えるだろう。(いい加減、電通を独占禁止法違反で逮捕してもらいたいものだ。)

そんなわけで、NHKがユーロ2012を放映しなくなった途端に、一般人はサッカーを見なくなったから、あまり熱気が伝わらなかったのである。だいたいWOWOWでサッカーを見るなんて言うのは、サッカー部員やら、サッカーオタクや、サッカー選手たちくらいのものである。ところが、決勝はどういうわけかMBSが放映した。これを私は見たわけである。

さて、今回のスペインは、文字通り「無敵艦隊」復活である。2008年のユーロ2008、2010年ワールドカップ・南アフリカ大会、そして今回のユーロ2012と2年おきに3連覇したからである。これは、永いサッカーの歴史上初めてなのである。おそらく、2014年のワールドカップブラジル大会でもスペインが連覇するかもしれない。それほどサッカーの円熟期と選手層の厚さを誇りつつあるのである。

スペインは、その歴史上「無敵艦隊」とずっと昔から呼ばれていたのである。しかし、その「無敵艦隊」を撃沈するための1つの象徴として他国からそう呼ばれたに過ぎない。その昔、英蘭がスペインの無敵艦隊を撃破したという歴史をもじってのものだろう。だから長らくスペインはワールドカップで優勝できなかった。

ところが、30年ほど前にスペインのサッカー界で密かなる革命が起こったのである。これが、現在のスペインサッカーの黄金期を導いたのである。これが、「戦術的ピリオダイゼーション理論」というものである。この理論を発案したのは、”サッカーはカオスであり、かつフラクタルである。”の言葉で有名なフラデ博士である。

「戦術的ピリオダイゼーション理論」

”サッカーはカオスであり、かつフラクタルである。”

–––ビトール・フラデ(Vitor Frade)博士

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「サッカーはカオスであり、かつフラクタルである。」:HSさん、こっちで失礼します。

残念ながら、日本のサッカーの指導者には、科学音痴だから、というより、未だに「スポーツは文系」と考えている民族だから、あまり理論物理学の重要概念である、「カオス」や「フラクタル」まで本当に理解しているものはいない。それゆえ、フラデ博士の「戦術的ピリオダイゼーション理論」を理解して指導している、Jリーグのクラブも学校もない。

しかしながら、これこそ現代のスペインサッカーの哲学的、理念的神髄なのである。だから、この考え方が分からない限り、本当にはスペインサッカーが今なぜ強いのか全く理解できないにちがいない。

こういう場合、つまり、この「戦術的ピリオダイゼーション理論」を理解しないで、スペインサッカーを論じる場合、多くの場合に誤解を生んでしまう結果に終わるのである。テレビに出て来る元Jリーガーや元サッカー選手タレントやらが生半可な知識で論じるものだから、まったく違ったことを言ってしまうということになるのである。まあ、だれとは言わないが、まったく的外れの解説者ばかりである。

まあ、解り易く言えば、
シャビがすごい、
イニエスタがすごい、
すばらしいスルーパスだ、
実にコンパクトなサッカーだ、
前線からの守備が効いている、
とかそういうレベルの話で終わってしまうということなのである。これらは、現象(=結果)であって、原因ではない。

なぜシャビがそこにいて、パスを出したのか、
なぜイニエスタが左サイドをドリブルするのか、
なぜフェルナンド・トーレスの横にマタが走り込んだのか、
こういう動きになる原因、そういう動きを生み出す根本を理解しない限り、そういう動きをするチームは生まれないのである。

今回の決勝のイタリアは、スペインを目指した。前回のスペインとの屈辱の敗北で、イタリア代表はこれまでのプライドをかなぐり捨て、いわゆる伝統の「カテナチオ」のサッカーからスペイン流のパスサッカーを目指したのである。まだ道半ばであったが、それが功を奏して決勝まで進んだのである。

しかし、この決勝を見れば分かるように、本家と分家ではまったくレベルが違ったのである。イタリアがスペインのパスサッカーを目指し始めて数ヶ月。それでも決勝まで登って来た。強豪ドイツも破った。しかしスペインには勝てなかった。

この理由が、「戦術的ピリオダイゼーション理論」の有無なのであると私は見る。

ここで、この「戦術的ピリオダイゼーション理論」の説明は長くなるのでしないが、これについてはすでに良い本があるようである。村松尚登氏の以下の本である。
バルサ流トレーニングメソッド
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これを見ると、道いまだ遠しである。日本の男子サッカーには、「戦術的ピリオダイゼーション理論」はまだまったく浸透していないからである。Jリーグのプロ選手に聞いたとしても、まだ何それという感じだろう。ましてや「カオス理論」や「フラクタル理論」など知りようはずがない。これでは、スペインに勝つことはできない。

今回、ロンドン・オリンピックの初戦で、日本はこのスペインと対戦する。それを見れば、おそらく、この「戦術的ピリオダイゼーション理論」を理解している国のサッカーとそうではない国のサッカーの違いが歴然とするはずである。

関塚監督も清武選手も含めて、このオリンピック代表のだれも(どころか、日本サッカー協会のお偉方も)「戦術的ピリオダイゼーション理論」の重要性を理解できてはいないからである。
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  by Kikidoblog | 2012-07-02 23:06 | サッカー&スポーツ

福一原発が霧に包まれた!?:シュール・ニュークレアリズムな世界再び!

みなさん、こんにちは。

いやー、これはいったいどうしたことか? ふくいちライブカメラの1〜4号機が、晴れているのに異様な煙のような、霧のような、水蒸気のようなものに取り囲まれてまったく見えないのである。風向きからすると、5、6号機の方向からのものに見える。

ふくいちライブカメラアーカイブ

2012.07.02 17:00-18:00 / ふくいちライブカメラ (Live Fukushima Nuclear Plant Cam)

今現在は、少しましになったように見えるが、いったいあれは何だったのか?
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  by Kikidoblog | 2012-07-02 20:18 | 原子炉被災

「一枚の写真」:バリケードに鎖で結んだ女性

すべての日本人に

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私は、あなたがた日本人に悪意を持っているわけではありません。あなたがた日本人はアジア人のアジアという崇高な希望を持っていました。しかし、今では、それも帝国主義の野望にすぎません。そして、その野望を実現できずにアジアを解体する張本人となってしまうかも知れません。世界の列強と肩を並べたいというのが、あなたがた日本人の野望でした。しかし、中国を侵略したり、ドイツやイタリアと同盟を結ぶことによって実現するものではないはずです。あなたがたは、いかなる訴えにも耳を傾けようとはなさらない。ただ、剣にのみ耳を貸す民族と聞いています。それが大きな誤解でありますように。 あなたがたの友 ガンディーより。1942年7月26日


みなさん、こんにちは。

俗に「一枚の写真」という言い方がある。その一枚の写真にその現場の真実がすべて入っているような写真のことである。大東亜戦争の広島長崎の原爆の写真、ベトナム戦争の裸で逃げ惑う子供たちの写真、そして、福島第一原発の大爆発の写真。こういったものは、それを見るもの全てに無言で真実を語る。

今回、629の官邸前の原発反対15万人デモ
「原発反対」629デモ炸裂、15万人超!:これでもテレビマスゴミはシカト!
の写真もそういうものの1つである。そして、今回の大飯原発前の民衆によるバリケードの写真
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【福井発】 大飯原発が再起動した日、機動隊が攻め込んできたより

もそういう「一枚の写真」の1つである。この中にすべての真実が語られているからである。これが、一般人の声なのである。彼らは、過激派でもなければ、朝鮮工作員でもなければ、特別なグループでもなければ、カルト信者でもない。そのデモに参加したのは、ただの主婦や普通の市民の人々である。


さて、問題は、国民と政府が対立した時、日本の警察や機動隊や軍隊が、いったいどちらの味方につくのか?ということであろう。

結論から言えば、「中立の立場」でいるべきなのである。原子力発電所側と市民側の両サイドに中立な位置で見守るというのが正解だろう。

しかしながら、今回の大飯原発では、機動隊と警察は「権威の犬」と成り下がり、権力側、すなわち、政府の側についたようである。おそらく、そういう時に警察や機動隊の人間たちが、自分たちを納得させる理由として考えられるものは、「自分たちは、公僕だから」とか、「警察や機動隊は、国家の組織だから」というふうな理由で自己欺瞞しているはずである。

ところが、その権力側である政府にだれが金を恵んでやっているかといえば、もちろん言うまでもなく国民1人1人であって、企業ではない。これは、多くの企業やその資本家たちが、赤字経営の形で税金逃れをできる法律の恩恵を被っていることからもわかるはずである。

一般に、景気を良くすれば、企業が潤って税収が上がるなどと経済学者は考えているのかもしれないが、それは間違いである。

実際には、景気を良くすれば、企業は増収増益になるだろうが、その分、わざと赤字を作って法人税の控除を受けるだけのことなのである。だから、いくら企業が利益を上げ、株価を上げ、企業や経営者や株主は儲かったとしても、こういう連中から国家税収につながることはないのである。むしろ、経営者の給料や株主の配当金だけが異常に上がって、うはうは状態になるだけのことなのである。

では、どうやって税収をあげるかといえば、企業や国で必死に働かされている一般職員、すなわち、サラリーマンの給与から天引く場合だけなのである。

企業や在日朝鮮人には、さまざまな控除規定や例外規定など我々があまり知らないような法律が網の目のように張り巡らされていると言われる。だから、こういうところから税金をとることはほとんど不可能なのである。したがって、消費税、所得税、貸与税、資産税などなど、という形で一番弱い人々から税金を搾取するわけである。

警察や機動隊や自衛隊などの「権力の犬」になりそうな人間は、まず真っ先にこういう現実を自分で調べて事実だと確認することをお勧めしたい。そうすれば、そういう場合には、本当はどういう立場でいるべきかということの答えが自ずと分かるからである。

さて、国が他の人種に乗っ取られて200年も植民地であったインドがどうやって独立できたのか? ガンジーの歴史はそのことに対する素晴らしいヒントを与えてくれるはずである。

ガンジーは「非服従運動」というものを行った。不買運動である。
第一次世界大戦後は、独立運動をするインド国民会議に加わり、不服従運動で世界的に知られるようになる。またイギリス製品の綿製品を着用せず、伝統的な手法によるインドの綿製品を着用することを呼びかけるなど、不買運動を行った。「インドの糸車を廻すガンディー」の写真はこの歴史的背景による[5]。

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ガンジーは、英国製の服を買わなくて済むように、自分で糸から紡ぐことを始めた。我々の場合、大企業から電力を買わなくても済むように、自分で発電することがこれにあたるかもしれない。

ガンジーの「非暴力運動」については、なかなか微妙なところがある。ガンジー自身はもちろん非暴力であったが、同じ民族による暴力があったからこそ、ガンジーの言葉が生きたという可能性も捨てきれないからである。

そこで、ガンジーの言葉とされているものをここにもメモしておこう。

1940年にドイツ軍がいよいよイギリス本土に侵入しようとしたときのガンディーのイギリス国民への言葉。

持っている武器を下に置いてほしい。武器はあなた方を、ないしは人類を、救う役には立たないのだから。あなた方はヘル・ヒトラーとシニョール・ムッソリーニを招きいれることになるだろう。あなた方の国、あなた方が自分たちのものと称している国から、かれらは欲しいものを持っていってしまうだろう。もしこの紳士たちがあなた方の故郷を占領したなら、あなた方は立ち退くことになる。もし、かれらが脱出を許さなかったなら、あなた方は男も女も子どもも、虐殺されることになる。しかしあなた方は、かれらに忠誠を尽くすことは拒むだろう
1946年6月、伝記作者ルイ・フィッシャーへのガンジーの言葉。

ヒトラーは500万人のユダヤ人を殺した。これは我々の時代において最大の犯罪だ。しかしユダヤ人は、自らを屠殺人のナイフの下に差しだしたのだ。かれらは崖から海に身投げすべきだった。英雄的な行為となっただろうに。
わたしの信念によると、もし、臆病と暴力のうちどちらかを選ばなければならないとすれば、わたしはむしろ暴力をすすめるだろう。インドがいくじなしで、はずかしめに甘んじて、その名誉ある伝統を捨てるよりも、わたしはインドが武器をとってでも自分の名誉を守ることを望んでいる。しかし、わたしは非暴力は暴力よりもすぐれており、許しは罰よりも、さらに雄雄しい勇気と力がいることを知っている。しかし、許しはすべてにまさるとはいえ、罰をさしひかえ、許しを与えることは、罰する力がある人だけに許されたことではないだろうか。

ガンジーの独立運動の姿勢は、いまの日本人にとっても非常に役に立つヒントになるだろう。


おまけ:
かなまら祭り並みの御神輿登場。
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大飯原発前にはいよいよ水着(下着?)の女性を乗せた神輿まで出ちゃたゾ~ (民間人です)


おまけ2:
非暴力に徹するデモの新しいかたち。
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  by Kikidoblog | 2012-07-02 14:24 | 原子炉被災

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