2012年 07月 05日 ( 3 )

 

「神の粒子」は「悪魔の粒子」だった!?:あまりに素粒子物理学は調子こきすぎだヨ!

みなさん、こんにちは。

さて、ここでは珍しくちょっと平凡な話題「ヒッグス粒子」のことをメモしてしまったが、正直言って、ヒッグス粒子があろうがなかろうがこの世界にとってはどうでもいいのである。まったく何も変わらない。人の進化論の話でいえば、二足歩行し始めた類人猿が人類になったというようなもので、すでに二足歩行している我々には何も影響はない。古代の物語をいかように解釈するかだけの問題なのである。

しかしながら、二足歩行し始めた類人猿が人類だという定義をとることによって生じる問題というものもある。

例えば、じゃ、二足歩行できる他の動物は人類になるのか、ならないのか? あるいは、超古代の恐竜の時代にも二足歩行した爬虫類はいなかったのか? もしそういうものがいたとすれば、そいつらは人類のような知的動物に進化しなかったのか? こういった問題を問う必要がなくなるからである。

これと同じで「ヒッグス粒子」が質量の起源だという定義をとると、UFOなど、質量を自由自在に操ることができる反重力の存在はまったく無視することになるということになるわけである。論外だとなってしまうのである。したがって、こういう場合には、UFOなど存在しないという誤った結論を導くのである。

私が素粒子物理学のどこが間違っているか、どこが嫌いか(どこが嫌いになったか)、といえば、やはりこれは一種のカルト宗教だと考えたからである。要するに、著名な代表的研究者(もちろん、いま思えば、大半がユダヤ人なのだが)の唱える構想や着想に異を唱えると、職場を失うという現実を幾多も見て来たからである。素朴な反論を許さないのである。

あえていえば、一人だけ例外がいる。それが、例のアンダーソン教授であった。このフィリップ・アンダーソンだけが、いまの素粒子理論など時間の無駄で不必要に金食い虫の最悪の学問だと反論したのである。もちろん、アンダーソンはユダヤ人の1人だが、素粒子にくれてやる金を物性や他の分野へ回せば、もっと世界は進歩すると考えたのである。これができたのも、アンダーソンはノーベル賞を5、6個取ってもおかしくない、物性物理学分野の巨人だったからである。いまでは、複雑系のサンタフェの創立者の1人として知られている。

アンダーソン博士のことはどうでも良いのだが、それほどまでに、素粒子物理はカルト化しているのである。

私がこれまで見て来た中で、一番驚いたのは、素粒子の理論家(というより、理論屋)は、数学の一種としては統計物理学や熱力学の数学や概念を使うのだが、あまりその本質が理解できていないということなのである。実際には、量子力学すら理解できていないのではないかと思う場合がほとんどであった。この理由は、素粒子論の世界があまりに抽象数学化したために、物理的な内容を理解する前に、数学モデルを扱う方が先に来るという、本末転倒な教育スタイルから来ているのである。

我々は物性物理学理論出身者はその点が健全である。物性物理では、実験で検証できるために、数学概念と現実の間の架け橋をとることができる。それゆえ、自然から現実を学ぶことが可能である。だから、その大家であるアンダーソン博士のような立場が現れ得るのである。

ところが、素粒子物理学では、せいぜい原子核、あるいは、ヒッグス粒子までで終焉である。これ以上の概念は、数学なのか現実なのか判別できない。論理的整合性というが、それなら、別にプトレマイオスの天球図でも良かったわけである。粒子でうまく話ができなければ、粒をヒモに変える。そのヒモでもだめなら、今度は膜に変える。それがだめなら立体に変える。というようなことは、数学的にはいくらでも可能なのである。おかげで「万物の理論」(この言葉の定義からすれば、万物なのだから、理論はただ1つのはずが)は、いまでは無数に存在する。人それぞれに万物理論を構築できるのである。

何より、私が一番困った、というより、ひどいナアと思うところは、昔、朝永振一郎博士が南部陽一郎博士に「素粒子物理は天才でないとできない」といったという話があるが、もし本当にそうなのであれば、もっと簡単なシステム(例えば、生物のシステムや、この自然界のありふれた世界の物理学の分野)を、暇な時の余興程度であったとしても、何がしかの貢献をしてくれるはずだと考えられるのだが、これまでまったくそういうことがなかったのである。せいぜい物性物理や統計物理学の数学的問題に若干の貢献があった程度なのである。それも、数学的アナロジーが効く分野だけのことにすぎない。要するに、4次元を2次元に変えるとか、4次元の世界線を2次元の時空や2次元格子に変えるとかそんな程度のことなのである。それでも大きな貢献だという風に言って、自画自賛してきたというわけである。

しかし、私にいわせれば、それはおかしな話である。なぜなら、別に素粒子のモデルを簡略化して応用できるものだけが問題ではなく、まったく新しい問題をまったく素粒子の世界とは違った斬新なアイデアや手法で解いてもらって結構だからである。

例えば、マックス・デリュブリック博士

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は、かつて素粒子の理論家だった。デリュブリック博士は、ボーアのところで、素粒子の分野のデリュブリック散乱という有名な研究を残していた。しかし、ボーアの晩年の講演に感銘して、素粒子から生物学へ転向し、いまでは「分子生物学の父」と呼ばれるまでになった。

また、シーモア・ベンザー博士

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は、かつて第二次世界大戦中に固体物理学の分野の実験家として、半導体のゲルマニウムの研究を行っていた。この時の技術が、後にIBMのワトソン研究所やATTのベル研究所(近年廃止された)に渡り、戦後の半導体産業や固体物理の基本となったのである。しかし、ベンザー博士は、戦後ショウジョウバエの研究者になった。そこで、遺伝子地図を世界最初に作ったのである。ベンザー博士は、分子生物学の遺伝子研究の父の一人になったのである。さらには、行動の遺伝子や時間遺伝子や愛情遺伝子を発見した。このベンザー夫妻はともに研究者であり、研究する対象は研究する前に食ってみるという習慣を持ったため、人間の脳みそまでなんでも研究の前に試食したという。そして何度か死にそうな目にあったというエピソードが残っている。

私が言わんとするのは、もし素粒子物理学者が本質的に頭がいいのであれば、このようなことがもっと頻繁に起こって良いはずだということなのである。暇つぶしにやってもそれなりの業績を残していいのではないかということである。本当に頭が良いのであれば、本来何をやってもうまくできるはずなのである。南部陽一郎博士は、そういう1人であったにちがいない。だから、超伝導の分野でも優れた業績を残している。しかし、現実は寂しい。実にお粗末なのである。これはどうみても異常である。

実際には、分野が変わると至極凡才に見えるようになることがしばしば起こるのである。だから、私は「カルトだ」と思うわけである。あまり科学が分かっていないのだ。あまり物理が分かっていないのに理論をやっていると感じるわけである。まあ、1つの職業だからそれでも良いのだが、そうなると「職業病」の一種なのである。

高校の先生や大学の先生になると、道行く人だれもが自分の生徒や学生であるかのように見るようになる。医者や看護師になると、道行く人だれもが、患者や病人のように見えて来る。政治家になると、道行く人だれもが、B層に見えて来る。タレントになると、道行くだれもが、自分のファンのような気がして来る。これが職業病なのだが、素粒子物理学者も同様に、すべてが素粒子物理の片割れのように見えて来るというわけである。これでは困る。

ましてやこの世界、この地球上を現実にUFOが飛び回っている。自由に反重力を駆使している。我々の知らない方法によってどこかから莫大なエネルギーを得ているのである。こういう問題を、そういう謎を究明するには、いわゆる「標準」から外へ飛び出さなくてはならないのだ。

反重力の問題を前にした時、私はやはり我々はファラデーの時代やマックスウェルの時代に舞い戻る必要があると考えた。むしろ、いまの素粒子物理学者が小馬鹿にしたアインシュタインの重力電磁統一理論に戻るべきなのである。最初に重力と電磁力を統合すべきなのである。なぜなら少なくとも宇宙人はそうやっているふしがあるからである。

昔の科学者は、磁力線や電気力線について、これは何だ?と考えた。そこからマックスウェル方程式が生まれたのである。しかし、いまの物理学ではマックスウェル方程式は最初から存在する自明なものであるとして始める。いくらそこから理論が発展したとしても、もしマックスウェル理論が間違っていれば、いわゆるゲージ理論は間違っていることになる。電磁場に縦波が見つかれば、則お陀仏である。これまで縦波(スカラー波)が見つかっていないのは、単に我々が扱える電圧が非常に小さいからである。唯一それに挑戦したのは、ニコラ・テスラだったが、それ以来、高電圧物理学は封印されたのである。なぜ?

しかし、軍事兵器である、ステルス戦闘機は、その機体に劣化ウランの膜を張り、そのコーティングに内部の強力な電圧によって頭をプラスに後尾をマイナスに帯電させて飛ぶ。そうすると、機体の表面に電磁誘導が働き、空気抵抗が一気に下がるからである。これが、俗に「エイリアンから来たテクノロジー」と噂されているものである。劣化ウランは有害な放射性物質である。ゆえに、パイロットは被爆する。それでも軍事技術だからと開発したということである。

もしCERNのような加速器ビジネスの半分でも高電圧物理や超高磁場物理に予算がつけば、おそらく物理学はもっと早く進歩したにちがいないと私は感じるのである。もちろん、感電死する研究者もかなりいることになったのかもしれないが。

「ヒッグス粒子」を自惚れて「神の粒子」などと言って、調子に乗るのはいいが、そのお陰で発展が阻害されて来た分野も無数にあるということもまた事実なのである。「神の粒子」は「悪魔の粒子」でもあったというわけですナ。


おまけ:
どうやら、このメモが以下のサイトに転載されたようだ。
ヒッグス粒子発見ニュースは嘘!CERN・イルミナティの茶番だった!井口和基氏が痛烈な批判!

まあ、大筋ではあっているが、私は、「ヒッグス粒子は存在しない」といっているわけではない。「ヒッグス粒子は素粒子理論にとってあらねばならない粒子だ」といっているのである。ヒッグス粒子があってもなくても我々の世界が何か特に変わるわけでもない。理論上の問題、認識の問題にすぎないヨと言っているのである。あまり大げさにいうほどのものではないと言っているに過ぎないのサ。
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  by Kikidoblog | 2012-07-05 21:24 | コンスピラシー

掘削船ちきゅう、再び宮城岩手沖で掘削中!:そんなことより、前の結果を公表しろ!

みなさん、こんにちは。

先日、
HAARP軍隊「次ぎはどこへお見舞いしましょうか?」:石川と新潟の上の巨大正方形!?
にメモしたように、掘削船ちきゅうは、日本近辺の巨大地震で怪しい場所ばかりをうろちょろしている。

岩手沖の311の震源地で掘削したかと思えば、長崎沖にいって駐留し、それが終われば、和歌山三重沖で何かをしていたかと思えば、再び、宮城岩手沖で現在掘削中だという。
現在ちきゅうはどこにいるのか?
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平和な時代なからともかく、この戦争前夜の時代にあって、巨大地震の震源地に穴を開けて、そこにいつでも爆弾を仕掛けることが可能になるような、大きな栓を残して立ち去れば、本当にだれかに核爆弾を仕掛けられないとも限らないのである。

一説では(ベンジャミン・フルフォードの得た情報では)、ロシア人のロマノフがロシア製小型爆弾を日本国内にいたNWOの手下に売り、それを自衛隊の中に潜入したエージェントが15人ほどで海底に仕掛け、電磁波による起爆装置で爆破させたというのである。そして、エージェントは1人だけ生き延びたが、他全員は殺されて葬り去られたという話である。

このようなことは、ちきゅうの開けた穴の場所で、何度でも繰り返すことができるからである。

東大の学者は本当に脳天気で困ったものである。というより、あっち側の手下なのだから、むしろ、日本人の人口が減ってありがたがっているのかもしれない。財務官僚のボス気取りの、勝海舟の子孫だと経歴詐称で出世した、勝という人物は、まさにこういうタイプらしい。日本人を4000万人にまで減らすと豪語している、三極委員会の米倉と仲が良さそうである(ちなみに、いま韓国が5000万人を超えた。すばらしい繁殖力である)。
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  by Kikidoblog | 2012-07-05 17:39 | 地震・地震予知・噴火

「ヒッグス粒子」:素粒子論世界では「あらねばならぬ粒子」なのサ!

みなさん、こんにちは。

昨日は理論物理など全く理解できないはずのマスゴミ各社が、まるで一流の理論物理学者になったかのような気分になって、得意げに「ヒッグス粒子発見」などというニュース、要するに「イルミナティー・ニュース」のことだが、を流したのを目撃したはずである。今朝の各社朝刊も同じ記事が出ていただろう。

私も30年ほど前からユタ大物理学部時代までは、まさにそういう分野を勉強し、論文を書くことを目指していたものである。なぜなら、私のそもそもの物理学の出発点は、いわゆる「固体の場の量子理論」というものだったからである。

これは、素粒子物理学(いまでは原爆や原子炉を生み出した悪魔の科学の代名詞となっているが)で朝永振一郎、

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シュウィンガー、

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ファインマン、

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ダイソンら

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が発展させた「場の量子論」というものを物質科学へ応用したものが、「固体の場の量子理論」というものであり、「多体問題」というものをいかに理論的にさばくかのひな形の一つとなったものである。また、この分野こそ、俗にいうところの「還元論」(マクロのものはミクロレベルの個々の集まりの総和として理解可能)という哲学に基づくものである。

アインシュタイン博士

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は、4つの力の統合を目指し、1つのシナリオを描いた。電磁力と重力は同じものの別々の現れである。つまり、太古においては重力と電磁力は同じものであった。それが現在では何がしかの理由で別々のもののように見えるようになったのだと考えたのである。そうすることで、電磁力と重力は統合できると予想したのである。要するに「力の進化論」である。それを提唱したというわけである。アインシュタイン博士もダーウィンの進化論の全盛期にその影響から逃れることはできなかったのである。しかし、これは果たせぬ夢となった。

そこで、アインシュタイン時代にはまだ全く無名の若い理論物理学者たちが、ちょっと考え方を変えた。いきなり重力と電磁力が統合できないのならば、電磁力と一番近いものは何か? そいつは弱い相互作用だ。だったら、弱い相互作用と電磁力が統合できるはずだ。そういうふうに考えたのである。

一気に世界中で(といっても、素粒子物理の世界でという狭い世界の意味だが、彼らは自分たちがだけが世界を知っていると心底思っているから、狭い世界と考えてはいないはずであるが)、だれがそれを最初にやるかという競争になったわけである。ユダヤ人は競争が大好きである。ついに、ワインバーグ

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サラム(パキスタン人)

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がそれを行った。

この時期に、実験物理学の方ではさまざまな新発見、新粒子の発見があり、原子核の中の構成粒子のクォークやさまざまな粒子が見つかり、クォーク理論を拡張していく必要性が生まれたというわけである。

この実験物理学の流れは、「力の進化論」の流れとうまくかみ合い、弱い相互作用と電磁力がワインバーグ–サラム理論で統合できたのであれば、今度はそれに強い力(核力)を統合すれば良いということになり、新たなる挑戦が生まれたのである。

そして、それを完成したのが、つい最近ノーベル賞をもらった、日本の小林、益川

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の「小林ー益川理論」というものであった。これが今現在まで「標準理論」と呼ばれているものである。

ところで、こうやって1つ1つの力を統合して行くうちに、素粒子物理学者は、それは宇宙を過去に遡ることになるということに気づいた。人間が人間の進化を考えるとすると、猿と人間の共通の先祖を探すことは、地球の動物の歴史を遡ることにあたる。これと同じようなことが物理の世界で始まったのである。「粒子の先祖を探すこと=よりミクロの粒子探し」という図式ができたのである。言い換えれば、「よりミクロの粒子を探すこと=宇宙の昔を見ること」であるという、一種の錯覚を得たということである。

そして、ついには、「標準理論+重力」が完成すれば、「アインシュタインの夢」が完成するということになったというわけである。そこで、素粒子物理学者は調子に乗って「万物の理論」と命名したというわけである。ここでいわゆる「超ヒモ理論」なるものが生まれたのである。

しかしながら、この超ミクロのヒモを見ることはもはや地球規模の実験ではできない。したがって、ここから先は、どんな理論が誕生したにせよ、実験的に見ることができないという矛盾めいた状況が生まれたのである。地球を爆発させたとしてもそんなエネルギー領域は達成できない。

そこで、最後のエネルギー領域と考えられたのが、ワインバーグ–サラム理論で登場し、その拡張が標準理論となっている、「ヒッグス粒子」というものを実験で検証できなければ、そこから先の理論的拡張を行ったとしても無意味であるということから、「何が何でもヒッグス粒子の発見をしなければならない」という状況が生まれたのである。この粒子がなければ、そこから先のすべては水の泡、単なる空想や妄想に過ぎなくなるのである。だから、「ヒッグス粒子」は至上命題だったというわけである。

私の記憶では、私がユタにいた頃、いまから25年前には「ヒッグス粒子探し」は始まっていた。しかし、アメリカのリニアーコライダーやら当時のCERNの装置ではそのエネルギーに達せず、だれも見つけることができずにいたのである。

そんなわけで、最終的にその要請に答えたのが、再びCERNだったが、CERNはそこの理論物理学者や数学者がインターネットを発明したことでその名を高めたが、本来の本業ではあまり芳しくなかった。この25年の間にすでに何兆円もの予算を食いつぶしたのである。
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科学者たちの「神」の意味

こういう経済学的意味でも、「ヒッグス粒子」は、「あらねばならない粒子」なのである。「金食い粒子」なのである。

このニュースを見る場合、この視点が重要である。素粒子物理学者たちにとっては、自分たちの職場の終焉か存続かの瀬戸際の粒子が、ヒッグス粒子なのである。もっともマスゴミは何も知らないし、何も考えないから、こういう話はどこにもない。

さて、このヒッグス粒子、実は当初から「ヒッグス

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がだれかのアイデアを盗んだ」といういわく付きのものであった。というのも、実はこのアイデアは物性物理学から生まれたのである。これを最初に言ったのが、真性天才の南部陽一郎博士

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とヨナ–ラシニオ博士

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であった。

南部博士とヨナ–ラシニオ博士は、物性物理学の超伝導現象のようなことが、太古の宇宙では起こるとすれば、超伝導のようにして、素粒子(これは、物性物理学では「素励起」にあたる)は質量(超伝導ではエネルギーギャップにあたる)を持つことが可能ではないか、と考えたのである。つまり、物質の質量とは、超伝導ギャップエネルギーのようなものだろうと考えたのである。では、超伝導の時に現われる「クーパー・ペア(クーパー対)」に対応するものは何か? これが、いまでいう、「ヒッグス粒子」なのである。

このアイデアは、それより少し前のリー–ヤン

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(ちなみに、私はこのチェン・ニン・ヤン博士の孫弟子にあたる。このヤン博士の一番弟子が、ビル・サザーランド博士

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であり、私の恩師である。)

の「対称性の破れ」と超伝導エネルギーギャップの概念を結びつけたものであった。

一方、P. W. アンダーソン博士

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は、電磁場と電子の相互作用を考えた。光やX線(つまり電磁場)が金属を透過しようとすると反射する。金属光沢というのはそれが原因である。なぜ反射するのか? というと、金属の外部から来た光が、金属内部では電子との電磁相互作用のせいで、光は電子の衣を着る。本来、光は重さがゼロ、質量ゼロのために、無限に遠くまで伝達できる。しかし、金属内では光が電子の衣を着るために重くなる。つまり、質量を持つ。そこでは、単なる光ではなくなり、プラスモンになる。だから、遠くまで伝達できずに反射する、というわけである。

ヒッグスは、こういう南部–ヨナ–ラシニオやアンダーソンの考え方を参考にしながら、ヒッグス粒子のアイデアにしたのである。それゆえ、これは、当初はアンダーソン–ヒッグス機構と呼ばれた。アンダーソンはすでにノーベル賞を「アンダーソン局在」でもらった人である。そんなわけで、ヒッグスは人のアイデアを盗んだのではないかという疑惑が生まれたのである。

ある人が他人が何かを始めたのを知って、始めた他人より先にその人の方がやってしまうということは、物理学などの科学分野では実に良くあることである。先に始めた人は、「自分の仕事が盗まれた」と感じるに違いない。あとから出し抜いた人はなんとなく気の毒な思いにかられるはずである。後味のいいものではない。人間関係が損なわれることもしばしばある。しかし、そういうことが現実に起こったのである。

とまあ、かなり長くなったが、私の記憶の範囲で、いつものように即興で適当にまとめたものである。だから、かなりいい加減な部分もあると思うが、そういうところは適当に何か別のもので補ってもらうことにしよう。

いずれにせよ、「ヒッグス粒子」は、素粒子物理学の分野では、至上命令、なくてはならない粒子、あらねばならぬ粒子であるという、彼らなりの事情、お家の事情があるのである。だから、年中行事のように、完全無欠の結果に至らなくても、何らかの結果を出さねばならないというわけである。また、欧米の年度末のこの時期になると、必ずそういう動きが出るのは、日本でも年度末になると、あっちこっちの道路で工事が始まるのと同じである。3月下旬の年度末に、あっちこっちで巨大地震がどうのこうのという話が新聞やマスゴミを賑やかせたはずである。それと同じことなんですナ。あまり、すげーなどとナイーブに考えてもらっては困るのである。

参考:
南部理論と物性物理学
「LHC実験始まる」
対称性の力学的破れ の物理とその発展
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  by Kikidoblog | 2012-07-05 14:46 | アイデア・雑多

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