2012年 09月 10日 ( 2 )

 

中村誠太郎博士の”夢”:中間子で原子核変換させる!

みなさん、こんにちは。

いやはや、私個人は再びETの手も借りたいほどに忙しくなってきているのだが、そんな1つに「中間子」(「中性子」じゃないことに注意)の問題がある。というのは、ひょっとしたら、放射能問題の鍵はこの「中間子」にあるのではないかという確信を得たからである。

さて、この「中間子」はだれが発見したか? 誰だと思う?

これを知らなかったとしたら、あなたは在日か朝鮮人だ。日本人としてはお恥ずかしい限りである。(テレビを使って日本を侮辱 TBSテレビ 「イカさまタコさま」

もちろん、これを予言したのがかの湯川秀樹博士である。そして、その仲間や門下生たちが、実は「中間子には2種類ある」という「二中間子論」を完成させて、その表彰も含めて湯川博士がノーベル物理学賞をもらったのであった。

このあたりの時期は、まだ世界には原子炉はシカゴ大学に1機あっただけだった。エンリコ・フェルミ博士が世界初で作ったものである。

だから、この時代を研究し直すと、世界はこうあるべきだったかもしれないなあということが少し分かるようになる。

この時代には核爆弾はたくさんできつつあったが、まだ原発はほとんどなかったのである。それが米ソ冷戦構造の名の下にどんどん原発+原爆が製造されて行ったというわけである。

そこで、私が知りたかったのは、湯川秀樹博士とその仲間たちはその当時原子力に関してどのように考えていたのか?ということであった。

そこで、こんな本を図書館で見つけて読んでみたのである。
私の歩んだ道―湯川中間子とともに
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中間子の話 (1977年)
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湯川秀樹と朝永振一郎(70円)
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この著者でおられる中村誠太郎博士
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(中村誠太郎博士は、中間子による癌治療について終世研究していたのである。また、東海大学はこの人のおかげで誕生し、大阪市立大は朝永湯川のお弟子さんたちのために誕生したのである。)

は、湯川秀樹博士と朝永振一郎博士の両方からそして朝永振一郎博士の師であるハイゼンベルグ博士からも学んだという伝説的理論物理学者である。

またついでに付け加えれば、最近やっとノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士もまた、この時期に朝永振一郎博士や湯川秀樹博士の2つのグループの間で刺激を受けて渡米してアメリカ人になった理論物理学者であった。だから南部博士の物理観には東大、京大、阪大、大阪市立のいいところが全部結実しているとすらいえるのである。

さて、私が非常に意味深だと感じたのは、これらの著書の一節に

「原子核に中間子をあてると原子核変換できる」

というくだりを見つけたことである。

中間子とは何か?

これは原子核の中で陽子と中性子を結びつけている、にかわのような粒子のことである。電子と陽電子を結びつける電磁波の粒子(光子)のように、陽子と中性子を結びつける結合粒子のことである。俗にいう「強い力」とは、中間子(メソン)がもたらすものである。

ある時期、中村誠太郎博士は、原子核に中間子をぶつけるという実験に興味を惹かれたそうである。原子核に中間子をぶちあてれば、放射性の原子核も普通の安定な原子核に核変換を起すのではないか?と考えたそうである。

そこでその実験を行うべき装置作りに奔走したが、あまりに高エネルギーの装置のため、装置が大きくなりすぎて実現できなかったというのである。

いったい何十年前の話だろうか?

おそらく、40年ほど前の話である。

そこで、もし今現在のハイテクを使って、中間子製造機を作ったとしたらどんなものになるだろうか?

というのが、私が興味を感じたところである。

福島原発の横や近辺に中間子製造機のベータトロンを作る。そこでどんどん中間子ビームを発射する。そのビームの下に放射性廃棄物や放射性瓦礫をどんどん通過させる。どうなるか?

無害化できるか? 中性化できるだろうか?

これを知りたいのである。

放射性原子核は中間子を食って無害の原子核に変化できる。

これは現実の物理学の教えなのである。

ぜひ日本政府はお試しすべきでしょうナア。

おっといけねー、おれはもう東大や東電の学者の助けはしないと決めたのだったヨ。
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  by KiKidoblog | 2012-09-10 16:15 | 放射能防御除去

「信じる者は救われる」:アセンションとは人から神人への進化のこと!?

みなさん、こんにちは。

さて、私は昨日アセンションを信じきっている人たちへ若干のコメントをメモした。そう信じ切っている人は、よく思いだして欲しい。自分がいつからそんなことを言うようになったか? 私が知る限り20年前にはそんな単語は日本には存在していなかった。ごくごく最近のことである。

同時にマシュー君、チャネラー、天界からのメッセージ等もかなり最近になってから生まれたもののようである。

しかし誤解してもらいたくないのは、こういう連中の主張があたかもごく最近になって出て来たかのような、新しい主張内容であるかのように思うということである。

地球に到達し、墜落して英米の秘密基地で地球の欧米人の一部と会話したという宇宙人たち(俗にグレイと呼ばれているタイプ)、あるいは、北欧の西洋人と瓜二つのタイプのちょっと地球より先行した惑星から飛来した宇宙人などが、戦後すぐの時期から、いまでいうスピリチュアルな人々が言っているようなこととして、この人たちの専売特許や代名詞になったような話を米軍のエリートに進言したという事実が存在する。

それとまったく同じような内容は、宇宙人と友達になり、浦島太郎のようにして宇宙を旅させてもらったという、ビリー・マイヤーやアレックス・コリアーのような人々の伝聞の中にも存在するのである。

日本でもおよそ30年ほど前から知る人ぞ知る世界では、チャネラーという代表格としてバシャールという人がいた。今も健在である。バシャールが出版した本にはすでに最近のチャネラーやスピリチュアル系の人々の言っているような内容が語られていたのである。

したがって、こういった事実は無視できない。世に今のスピリチュアル系というようなジャンルが成立するずっと前から同様の内容の話は流布されていたのである。

だから、私はそういった話の内容にとやかくいっているのではない。そんなことは私はもう20年以上前から聞いて知っていたからである。ただし2012年という時期が登場したのは1999年ノストラダムスの後である。(一説では、アセンションという語句を使用したのは米CIAのエージェントでそれはこういう語句がどのように一般に流布するかを見るためだったというものがある。)

私が問題にするのは、2012年の12月末日に突然に一気にアセンション(上昇)するというような話である。一気に次元上昇する。まるである時期に一気に株価が上下動するというような話に対してである。

これにちょっと似ているもので、我々が目にするのは、相転移現象である。水が100度で沸騰するとか、0度で水が凍るとか、そういう現象である。しかしながら、いくら目に見える水が目に見えない水蒸気のガスになったからといって、そこに存在する次元が変化したわけではない。同じ3次元世界の現象にすぎない。0度で固く凍ったところで同じこと。

これまで本当の意味でアセンションしたのは、イエス・キリストだけだと言われている。1度死んで1度復活し、そしてアセンションして消滅するのである。

フランスの理論物理学者のプチ博士の交流しているウンモ星人ユミット(地球に来ている)によれば、彼らの調査では、彼らの星にも同じような歴史をたどった人間が出たという。それも同じくたった1人だけだったという。こういうタイプの人はおよそ惑星に1人か2人しか生まれないのだというのである。1人が誕生した後は1万年以上は経過する必要があるという。そういう一種の惑星上の物理現象なのだというのが、ウンモ星の科学者の研究結果だったという話である。

このタイプの人間は、我々のような物理的存在としての人間とは見かけは似ているがかなり異なるというのである。何よりも考え方が異なる。イエスはユダヤ人の子として生まれたが、その精神性が生まれつき異なったのである。すべてがスピリチュアルなのである。すべてが神のように正しいことをいい、それを行おうとする。それゆえ、神人と呼ばれている。

本当の意味でのアセンションとは、この人から神人への進化のことなのである。
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はたして人から神人への進化が2012年の12月末日にいっきに起こるだろうか?

まずそんなことはあり得ない。何も私が問題にしているのは物理的にあり得ないと物理学の問題を言っているだけではない。スピリチュアルにもあり得ないのである。

昨日までテレビで物を売るためにコマーシャルを作っていた人が、今年の年末に一気に神様のような人になる。昨日まで家族とろくに口もきかなかった人が年末に突然別人に変わる。それもイエスのような人に変わる。若い頃白人こそこの地球の唯一の人間だと信じていた人が、還暦と同時にイエスのような人間に変わる。

これがアセンションの意味だが、そんなことがあり得るだろうか? 私はまずないだろうと思うのである。

株式に興味を持っている人間はやはり来年も株式に興味を持つに違いない。私も来年も物理学の研究を続けるつもりでいる。今も続けている。変わる気配はない。むしろ私自身は変わらないことを誇りに思っているのである。

昨日の殺人者が年末にアセンションして来年には聖人に変わる。そんなむしの良い話があってはたまらないのである。

まあ、何でも信じてしまえば、それまでのこと。そこから自分自身の世界を作り続ける。これぞ、インセプションである。

しかし私が危惧しているのは(まあ、他人様のことだからどうでもいいが)、そういう人たちは、何事も起こらなかった場合に次々と自分自身をなだめるすかせるということを繰り返さざるを得なくなるということである。自己欺瞞を繰り返すのである。これはかなり危険なことである。最終的には自分自身を信じることすらできなくなる。かなりあぶない所作である。

こういう人には何かの指標が必要である。

おそらく、スポーツ、囲碁や将棋、数学、音楽、絵画、あるいは、家庭菜園など現実の物理的存在と相互作用する場が必要だろう。そういう世界で肉体と精神と思考の間の結びつきを確認する作業を行う必要があるとうことだろうと思う。そういうたわいないことをする中で、自分の妄想や所信と現実との間の区分が明確にできるようになるだろうと思うのである。

「信じる者は救われる」

この言葉は非常に意味深である。何に救われるかは問うていない。何を信じるべきかも問うていない。信じることそのものに意味があると言っているのである。そこにこの言葉の難しさや罪深さがある。

しかし確かにある面の真実も突いている。何事も信じない限り始まらない。数学も定義しない限り出発できない。物理学も仮定を信じて理論が生まれる。後は実験で証明を待つ。

信じるのはその本人の自由である。否定するのもそうである。どちらでもないというのもそうである。

まあ、そんなわけで、アセンションがあるかないかは時間が解決してくれるはずである。
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  by KiKidoblog | 2012-09-10 15:27 | スピリチュアル

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