2015年 11月 06日 ( 3 )

 

イエメンの巨大台風もやはり奴らの仕業だったのか!?:台風の完全制御の時代!?

みなさん、こんにちは。

ここしばらく保江先生の愛魂の話、イエスの活人術に集中していたが、そんな最中でも世界では一見「あり得ない自然現象」の数々が起きていた。

例えば、イエメンに台風上陸というものである。観測史上初の上陸、実質的には歴史上初の巨大台風の上陸である。

ここを読んでいる人なら、あり得ない台風上陸?はは〜〜ん、きっと人工台風に違いないとピンと来るはずである。

そこで、いつもは日本へ上陸する台風しかメモしていないが、この台風についてもメモしておこう。以下のものである。
観測史上初のイエメンへのサイクロン上陸

e0171614_18393176.png


まさに異常:観測史上初めてサイクロンが上陸した砂漠のイエメンで2日間に「5年分の雨」が降る
e0171614_184008.gif


さて、どうしてこんなことになっちまったか?

まずはこれを分析していこう。

その前に、ところで、この間我が国に2011年の東日本大震災後に初めて訪れた米原子力空母ロナルド・レーガンのことは覚えているだろう。
10月1日に寄港し10月15日に出港した。

しかし、その米原子力空母ロナルド・レーガンが寄港中には、日本に向けて台風20号〜25号などが矢継ぎ早に生じたことを覚えているだろうか?これである。
22号と23号、10月2日
e0171614_18564736.png

24号と25号、10月15日
e0171614_18565477.png


ところが、米原子力空母ロナルド・レーガンがいた間はいたって快晴。いい天気が続いたのである。さらに、米原子力空母ロナルド・レーガンが行く先々が快晴になった。

挙句の果てには、今度は別の場所に移動するときには、台風25号はどこかへ消え去った。あれほど日本直撃コースだったのにもかかわらずだ。

はて、米原子力空母ロナルド・レーガンは「晴れ男」?

そんなはずはない。

ということは、誰かが米原子力空母ロナルド・レーガンを守っている。守護神がいるということになる。

では、その証拠はあるのか?

23号についてはここでお作りになった。
e0171614_194112.png

そして23号は見事に関東直撃コースから逸れていった。
e0171614_196280.jpg


次の24号25号はここで誕生。
e0171614_1991213.png


そしてこれまた見事に関東直撃コースを逸れていく。
e0171614_19102963.jpg


まあ、分かっていただけただろうか?

要するに、現在では台風の進路はおろか、その勢力のアップダウン、さらには台風の生成すらコントロールできているということなのだ。

そこで最初の歴史上初のイエメンの台風に戻る。同じようにMIMICにはインド洋を見るものがある。これを見れば一目瞭然である。これである。
始めは大したことのない低気圧
e0171614_19153982.png

これがHAARP照射されてさらに巨大な台風に育っていく
e0171614_19171697.png

そしてついにイエメンに上陸スタンバイOKとなる
e0171614_19194059.png


というわけで、既に米軍イルミナティの軍事技術は台風のトータルコントロールが完成しているのである。

要するに、ISISかどっちがどっちか知らないが、アラブの紛争地域を水浸しにして原始時代に逆戻りさせてやろうという意思が見えるのである。

幸い我が国は安倍政権になってどちらかというと米軍イルミナティの方に舵を切ったから、空母ロナルド・レーガンの時に見たように、我が国に大災害は及ばずとも済んでいるのである。

これが小沢一郎時代のように中国支那の属州を目指せば、確実に東日本大震災並みの大災害を見舞われてしまうのである。

お次は何にしましょうか?

これである。もちろん、日本の気象学者や気象予報士など、あるいは気象庁のお役人さんたちは、まったく単に自然現象だと思うと思うぞ。無知のなせる技である。科学技術は戦後70年から戦前も含めれば80年ほど表の科学は遅れてしまったのである。


ところで、はたしてどこから照射されているのか?

これが知りたいところである。

私個人は、どうやらオーストラリアあたりから来ていると見ている。波形の曲率が上に凸だからである。オーストラリアには巨大な砂漠があるし、実験場や軍事施設を作るにはちょうどいい。さらには、中央砂漠にはエリア52まである。秘密の地下基地もある。

いまラグビーのオーストラリアが優勝しそうだが、やはりやることがえげつないですナ。

いやはや、世も末ですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-11-06 19:29 | HAARP・台風・ハリケーン

愛魂の力:1961年の「キング・オブ・キングズ」に「イエスの活人術」が描かれている!

みなさん、こんにちは。

保江邦夫博士の「愛魂」といえば、「イエスの活人術」すなわち
汝の敵を愛せよ
である。

唯心論武道の誕生
e0171614_13294349.jpg
(写真は、モンセラート修道院の天使長ミカエル像  沼波義彦氏撮影)

この本によれば、イエスの活人術のもっともその場面にふさわしい場面が、1961年の「キング・オブ・キングズ」
King of Kings Official Trailer #1 - Viveca Lindfors Movie (1961) HD


King of Kings-Sermon on the Mount.
という映画に登場しているというのであった。

そこで私はその場面がYouTubeにないかいろいろ調べたのだが、残念ながらその場面はまだないようである。

そのかわりに1927年製作の昔の映画草創期の無声映画「キング・オブ・キングズ」が存在することを見つけた。以下のものである。

(Silent Movie) The King of Kings (1927) - [1/16]


(この中にイエスの起こす奇跡の数々の場面がある。)

以下#16まで次々と見れる。


ところで、今問題にしている「イエスの活人術」というのは、そういうイエスの起こした奇跡の中でも、大男の暴漢がイエスの首を締めにかかった時、
まるで赤子を寝かしつけるようにして暴漢を倒した
という場面のことである。

保江先生の上の本には、保江邦夫師範がそれと同じことを「愛魂」を掛けて実践した場面の分解連続写真が載っている。

大事なところは、イエスに抱き倒された札付きの悪い暴漢はその瞬間から心を入れ替えた別人のような人間となって人々に尽くすような良心的な人物に変わったという点である。

これが、「活人」という意味であり、その技を「活人術」と呼ぶらしい。

つまり、イエスと出会った人々それぞれが、盲の目が開き、売春婦が淑女となり、暴漢がボディーガードとなり、悪政と豪奢の限りを尽くした王女がシスターとなる。

言い換えれば、暗黒面シスに陥っていた者共がみなイエスに跪くと光輝面に出ることができ、幸せな日々を送ることができるということである。

驚くべきことは、曲がりなりにも、イエスほどではないにしろ、保江博士の「冠光寺眞法」の愛魂道で愛魂を掛けられると、だれでも思わず笑って幸せな気分になり、その後もずっと何かいいことが続くというのである。

愛魂の活人術である。

そういうものを全く信じず、むしろ疑っていた、まさにイエスのキング・オブ・キングズでは暴漢として描かれていたような、炭粉良三さん自身も愛魂を掛けられてから徐々に何かが変わってきたという。そして、ついに自分でも愛魂開眼した後は、それまでとはまったく人生が変わって好転してきたのだというのである。

ここに、イエスの活人術の姿を見るのである。

イエスの活人術=愛魂道

というのが保江邦夫博士の極意である。


言葉でこうやって述べることは簡単(でもないが、たぶん誤解に導くだけだろうが)なのだが、その愛魂をかける精神状態にどうやって持っていくかを「日々刷新の精神(これもイエスの教え)」で身に付ける他ないのである。

こうしてみても分かることは、日本の合気道、特に、大東流に端を発する合気道は非常にキリスト者のものと似ているのである。むしろ、ローマヴァチカンのキリスト教(教義中心主義)で失われてしまった元のキリスト教の原型に非常に近いような感じがするのである。


ところで、(ここからは私個人の妄想のようなものだが)そのイエスの時代に古代ローマ帝国を実質上金融や文化などあらゆる知的な面から所有したのがユダヤ人であった。かつての大英帝国やいま現在のアメリカ帝国と同じパターンである。

古代ローマ時代に、その当時の田舎であるナザレからイエスが登場したように、今現在の西洋中心主義からすればかなり田舎である、日本の岡山とか東北から、野山のイエスが誕生したとしても俺は驚かないよ、というわけである。

歴史的環境は古代ローマの時代と瓜二つなのである。

なぜなら、当時は「ポエニ戦争」という、当時の西洋世界の「世界大戦」である、第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争、第三次ポエニ戦争を起こして、地中海文明は激変したからである。

そうやってローマが地中海文明の統一的支配者となったのである。
そしてそんな最中にそこへイエスが登場したのである。

というわけで、近代において、なぜアルバート・パイクが今後3つの世界大戦を起こしてイルミナティー、フリーメーソンの世界統一を目論むかといえば、やはり古代のポエニ戦争がモデルになっていると私は見ているわけである。

となると、一旦ローマ帝国が世界支配した頃にイエスが登場したように、ひょっとしたら次の第3次世界大戦後に再びイエスのような人物というより神的存在が登場するとしても何ら不思議はない。しかもここ日本から。


なかなかおもしろそうな時代に近づいてきたようである。

お楽しみはこれからだ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-11-06 10:09 | 保江邦夫博士

モンセラートの「天国への階段」:故エスタニスラウ・マリア神父はなぜ日本へ来たか?

モンセラートの天国への階段


e0171614_9152528.png


みなさん、こんにちは。

何事も何かを成し遂げる前、それもその直前の頃が最も楽しい。そう後で分かる。しかし当人にとってみれば、その頃が最も苦しい時でもある。

物理学者でも一番最初の論文を始めて書き上げるまでが大変で、その頃では永久に論文なんぞだせないのではないかと心配したり、早くしないとだれかに先を越されるのではないかと心配したりと大変な気苦労をするものである。もちろん、私自身もかつてそうだった。

しかしながらひとたびそれを超えるとだんだん慣れて当たり前になってくる。そうなると、ルーティーン・ワークのようにして次々と論文を出すこともできるようになる。すると、徐々に最初の頃の新鮮味や真摯さを忘れてそれが当たり前だ。自分は選ばれた人間なのだというような奢り昂ぶりまで出てくる始末となる。

そういう時こそ「初心忘るべからず」なのである。が、我々人間はなかなかそうできないもどかしさがある。

おそらく、保江邦夫博士の場合もそうだったであろうと思う。

さて、保江邦夫博士の
唯心論武道の誕生
e0171614_13294349.jpg
を読了したのだが、この本はあるスペイン人神父様に捧げられた。

その神父さんは広島の山中に隠遁して修行をしていたために、保江博士は「隠遁者様」と呼んでいる。

その神父様の名前は、

故エスタニスラウ・マリア・ヨパルト神父様

である。

ところで、この亡き神父様の経歴を見つけたので、これもここにもメモしておこう。以下のものである。
隠遁者エスタニスラウ・マリア神父の略暦

1915年9月12日
エスパレゲラ(バルセロナ)で生まれる 洗礼名はアマデオと名付けられた

1920年
4才半で、聖母マリアに足の障害を癒される 5才で、も一度聖母マリアは現れて、ご自分とともにモンセラート修道院に入るようにと呼ばれる その時から召命は修道者、隠遁者、司祭、宣教者になることを少しずつはっきり決める 子供時代には教会でいろいろな活動をする

1927年
12才で、病気のとき、イエズスが現れてご自分のもとに呼ばれた 同時に人々の救いのために尽くすように言われた 再び病気が癒されていた。

1928年8月5日
モンセラート志願者の学院に入会する

1933年
修練院に入る。修道名はエスタニスラウ・マリアと頂く

1934年6月
御心の祭日にイエズスが現れて、ご自分を愛していない人のかわりに、愛のいけにえとなってほしいと言われた

1934年8月6日
初誓願

1936年7月18日
スペインの内戦 キリスト教に迫害 モンセラートから脱出 修道院の23人殉教 一年間親の家へ避難 その後バルセロナの信者の家に避難

1937年12月8日
スペインを去りフランスへ向かう.2週間のあらしに船が流される

1938年1月
ベルギーの聖アンドレの修道院長に受け入れられる ベルギーで神学の勉強を続ける

1939年1月15日
隠遁者になるゆるしを頂く

1939年1月17日
ベルギーのMaredsous 修道院で荘厳誓願 春に内戦が終わります モンセラート修道院は再開する

1939年9月
モンセラートにもどる 第2次世界大戦始まる

1941年8月10日
モンセラートで司祭に叙階される

1941-1961年
修道院の共同体の中で神学院の教育者、 マリア学、教父学、典礼学などの研究 スペインとローマのマリア学のアカデミーからメンバーに任命される

1961年2月7日
腎臓の手術を受ける 深い命と死の経験の悟り

1961年4月27日
許しを得てモンセラートの聖母の洞窟で隠遁生活を始める

1961-1965年
霊的な師父としてますます外部からも求められる 第2バチカン公会議典礼委員会のメンバーに任命される

ある11月15日
タボル山の光のビジョンの経験を神からいただく

1965年9月14日
モンセラート山にある聖十字架の庵に引っ越し

1965-1972年
霊的な師父としてますます外部からも求められる 第2バチカン公会議典礼委員会のメンバーに任命される

1967年5月
モンセラートから、聖地、日本、帰天までに,ついて来た弟子は初めて出会い、エスタニスラウ・マリア神父はその師父となる

1970年9月29日
この弟子はモンセラート聖山で隠遁生活を始める

1972年12月14日
師父は聖地にむかいバルセロナからスペインを去る

1972年12月24日
ベツレヘムへ到着、近くのベイットサホゥルの洞穴で隠遁生活を続ける

1973年8月15日
弟子はは聖地に到着。師父に新しい名前は任命意される

1974年7月1日
師父は若いでしとともに三人でイスラエルから日本に向かう道中でインドのリシケスを伺う

1974年7月21日
日本に到着

1974年9月29日
隠遁生活を野崎島、舟森で始める すぐ、一人りずつ、3人スペインからついてくる。その中にもう一人の弟子、ポルトガルの隠遁者マヌエル神父

1975年3月26日
弟子の荘厳誓願

1978年7月11日
この時までに、姉一人とブラザー二人は、ヨーロッパに帰る

1978年9月15日
台風で船森の庵が壊される

1978年9月29日
舟森をでて、中通島、福崎の古い家で隠遁生活を続ける

1984年6月
中通島 大浦へ引っ越し

1986年9月6日
広島県へ引っ越し、庵はモンセラートの聖母・四方庵と命名

1996年
白内障手術に続き、骨折1ヶ月半入院

2000年6月
腎臓悪化

2003年2月21日
四方庵を去って大阪からモンセラートへもどる

2003年3月29日
モンセラート修道院で帰天 平和と感謝に約まれて聖山にある修道院のお墓で葬られた。


この舞台であるモンセラート山(意味は「のこぎり山」)の麓にモンセラート修道院があるという。最近ではYouTubeでモンセラートの山をみることができるので、それもメモしておこう。以下のものである。
Montserrat モンセラット


隠遁者様ことエスタニスラウ・マリア神父様は、イエス・キリストから
「自分の身代わりになってほしい」
と言われたのである。そして、イエスの教えを世に伝えるべく隠遁生活を送ったのである。

おそらく何度も病気から神様の力で癒やされたことから、それに対して忠誠を尽くしたものと思われる。

エスタニスラウ・マリア神父が弟子(たぶん)と二人で保江博士のいうところの「荒行」をしていた場所がこのモンセラートないしはモンセラット修道院であったという。炭粉良三さんはその荒行の映像を数十年前に日本のテレビ番組で見たというのであった。そんなことが「合気私考」に書かれている。

その修道院はこれである。
スペイン旅行 バルセロナ ~モンセラート修道院~
e0171614_915285.png


スペインに行くとサッカーのバルセロナやレアル・マドリードのことばかりが頭に入るが、霊峰モンセラート山も行ったらいいのではなかろうか?神の降りる場所である。ルルドの泉の如く神に癒やされる人もいるのではないだろうか?

問題は、つまり私にとっての疑問は、
なぜ神父は神様から日本へ行けと言われたのだろうか?
ということである。

やはり、保江邦夫博士と出会う予定調和、連鎖調和のためだったのだろうか?

それとも、イエスの言葉を忘れてしまった西洋人世界を離れて、まだ合気道という形ではあるがイエスの精神に最も近い精神を残している我が国こそイエスの教えを守るものがいると考えたからだろうか?

そのあたりが分からない。


しかしながら、保江邦夫博士の行動言動を観察する限りにおいては、保江博士はクリスチャンではない、炭粉良三さん自身においては、自分は無宗教者だといって合気道を始めたわけだが、「合気開眼=愛魂開眼」という面においては、まさにモンセラート修道院ですらたった2人しか荒行(=我が国の武道や合気道に相当)していなかったにも関わらず、我が国ではたくさんの人たちが合気道に励んでいることから考えれば、まさにこの日本こそ、日本人こそもっともイエス・キリストの精神に近い世界で生きている人間が多い国であるという感じもするわけである。

それゆえ、イエスはモンセラートで荒行していたエスタニスラウ・マリア神父に向かって日本へ行くように指示したのではなかろうか?

合気道こそ、イエスの荒行にもっとも近いのである。

他の柔道や空手は単なる格闘技にすぎず、精神性においては獣道に近くなってしまった。韓国や朝鮮人や支那人はいわんやをや。論外である。動物にはイエスの言葉は無関係。

とまあ、そんなわけで、本当に合気道関係者の中からもっともイエスの教え、マリア様の精神に近いものを身につけた偉大な、というより、崇高な日本人が登場してくるのではないか。

どうもそんな感じがする今日このごろなのである。

確かに合気道の稽古というのは、柔道や空手やボクシングのように相手を戦いで打ち負かすことに終始する、そのための筋トレをするというような物理道ではない。むしろ、合気揚げ、愛魂揚げというように、相手を静かに無力で上げる技の習得を目指しているようである。

このことからしても物理的に持ち上げる世界から精神作用で持ち上げる、一種の超能力開発を毎日毎日修業しているのが合気道、特に冠光寺眞法流ということになる。

まさにエスタニスラウ・マリア神父がモンセラート山の修道院でリカルト神父様と毎日やっていたことと同じである。

日本は深いですナ。やはり「神国日本」である。


おまけ:
昨夜偶然にNHKBSのダークマターを研究しているシカゴ大学のフェルミ研究所の話を見たのだが、そこにいる日本人研究者や米人研究者を見ると、俺も昔はあんなだったんだろうなと我が身を振り返らせてくれたほど、ひどいものだった。AETHERという日本語ではエーテルという宇宙の根本要素を否定したがために、ヒッグズ粒子の超流動やら、ニュートリノの質量やら、ダークマターを作る未知の粒子を仮定しなければならなくなったわけだが、一向に自分の足元を疑うことがない。病人である。まさに車いすの筋ジストロフィーのホーキングの世界である。ホーキングもアインシュタインの還元論世界を信じきっているが、そうしているうちは自分の病気は治らない。むしろ悪化する。隠遁者様のように、マリア様の慈悲に接してイエスの教えに忠実な下僕となった時、ひょっとしたらホーキングが歩き出すのではなかろうか?俺はそんな気がするのである。しかしながら、あんなダークマターの偽物理学の研究に何百億円以上、数千億円もの金が投資されるというのが驚きである。まさに金食い虫ですナ。いやはや世も末ですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-11-06 08:56 | 保江邦夫博士

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE