2015年 11月 20日 ( 2 )

 

デジャブー「いつか見たシーン」:小久保監督、八百長ですか?したたかさの欠如!

みなさん、こんにちは。

昨夜のプレミア12の日韓戦。もはや言うまでもない結果だった。

が、俺は
このシーン、この映像はどこかで見たような?
という、いわゆるデジャブーを感じた。

何年か前にもなんか同じような結末で韓国に負けたのではなかった?

要するに、大谷投手が投げている間はぶっちぎりで圧勝ムード。ところが、監督が調子こいて油断し、大谷投手を抑えに変えた途端ピンチの連続でいつしか逆転負け。

いつの試合だったかな?前にも何度か見たような。

昨日の試合では、大谷投手が8回までノーヒットノーラン達成か。プレミヤ12で快記録達成だな、こりゃ〜〜、と思ってトイレから戻ると、大谷がいなかった。

二番手の則本に変わっていたが、あっという間にピンチの連続。大谷がいなくなった途端に球審のストライクゾーンが変わり、異様に狭くなる。かすらないデッドボールも献上。

ついに無死満塁で高卒間もないルーキー松井に変えたが、松井が押出の1点。

1人だけで松井を変えて、最後の投手が韓国のエーススラッガーに一発食らってついに逆転。なんとか1点差で終わったが、その裏の攻撃で、怪我人のおかわり君だしてあえなく凡打。

小久保監督、八百長ですか???

野球界の闇は深い。国際的八百長に絡んでいるんじゃね〜〜の?

そんな雰囲気の試合だった。

球数も少なく十分9回まで大谷投手が投げれたはずだが、それをいきなりたったのヒット1本で変えた。

なんでやねん?

まあ、そういう感じでしたね。逆に韓国は大谷投手がいなくなるのを待っていた。


このパターン、サッカーでもあの八百長アギーレ監督の時にあったのである。楽勝の相手に、アギーレ監督が選手を入れ替えて「華麗に負けた」。そしてアジア杯ベスト8成らず。
妄想一発:「今回の日本代表vsUAE代表は、アギーレの八百長だったのではないか?」


国際試合や国内試合で、本命が圧勝すると考えられている試合で、本命が信じられないようなことが起こって負ける。これが八百長の典型的パターンである。

いつもやらないことをやって負ける。

逆に言うと、そういう本命が勝って当たり前の試合ほど、ダークホースの掛け率が高くなる。だから、勝った場合の取り分が増える。ゆえに、八百長試合に適している。

まあ、ソフトバンク出身の小久保監督の場合は、韓国人の孫正義から「負けろ」という圧力が出ていたのだろう。あるいは、脅されていたのかもしれませんナア。

仮に八百長ではなかったにせよ、どうもU18世界大会にせよ、オリンピックにせよ、プレミア12にせよ、同じことの繰り返しである。これを打破しないことには優勝はないだろう。

つまり、野球の場合はサッカーと違い、長い予選リーグと短いトーナメントの組み合わせである。決勝トーナメントはベスト8からだ。

こういう場合に、アメリカや韓国の場合は、決勝トーナメントでどこと対戦するかを考慮して一番戦いやすい相手と組むようにリーグ戦の順位を決める。

だから、わざと負け試合にする場合もある。

これが日本人の監督にはない。まずそういう戦略がわからないし、嫌って採らない。

逆に日本人監督は「すべての試合に勝つ」というようなことを目指してしまう。しかしながら、これはよほどの実力差がないと不可能。だとすれば、どこかで投手陣を休ませるために、わざと負けてもいい試合も入れなければならない。

アメリカのU18代表がオコエ選手のいた日本代表と戦った時がそうだった。日本の大阪桐蔭の監督は、今回の小久保監督同様全勝の完全優勝を目指した。

だから、予選のアメリカ戦で最高の試合をして勝利してしまった。

ところが、一方のアメリカは休養日のようなもの、むしろ後々決勝で戦うはずの相手だろうから、相手のパターンを小手調べすればいいという作戦だった。だから、エースは出さず、経験を積ませるために新しい選手を入れてきた。

結局、その後双方が勝ち上がって決勝で戦ったが、この時にはアメリカは最高のエースを最高の状態で投入してきたが、日本は全部本気で戦ってやっとのことで決勝に来たために、選手が全員擦り切れ疲れきった感じだった。

結局、日本はいいところなく負けたのである。

一方、なでしこジャパンがドイツW杯で初優勝した時、まさにこのアメリカと同じで、予選リーグでいきなり敗戦したが、その後徐々に復活しなんとか予選リーグを突破したという感じで突破したが、その御蔭でトーナメントの対戦相手がよく、徐々に本来の力を出し、最後の最後に最強のアメリカと対戦し、それに最後の最後に澤のゴールで追いつき、PK戦で熊谷の最後の一発で優勝したのである。

なでしこジャパンの場合は、計算してそうなったのではないが、野球の場合、アメリカや韓国はある程度そういうことを計算したうえでやっている感じがするわけである。

優勝までのルートを計略的に計算して、時にはわざと負けるというような(もちろん相手やファンにはそう思わせないようにして)したたかさが必要であろう。

このしたたかさがなければ、まず優勝は不可能でしょう。何回小久保が監督したって無理無理。八百長疑惑の小久保は永久追放だヨ。


いやはや、世も末ですナ。



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  by Kikidoblog | 2015-11-20 17:43 | サッカー&スポーツ

保江博士の「路傍の奇跡」は「路傍の奇跡の数々」だった!:奇跡の連鎖調和ですナ。

人の双対性

保江邦夫博士:数学と物理のどちらにも入るものを研究
井口和基博士:数学と物理のどちらにも入らないものを研究

保江邦夫博士:奇跡の連鎖調和
井口和基博士:悲劇の連鎖調和


みなさん、こんにちは。

これまでとあることからつながってしまったヒカルランドのニコラ・テスラ関連の本作りが最近やっと終わり、1年ぶりでそれまでそのままにしていた最適制御理論の問題に戻ることができた。ノートの日付を見たらなんと1年近くも離れていたようだ。自分の本来の仕事が疎かになっては元も子もない。

こうやって最適制御理論、すなわちポントリャーギンの最適制御理論の教科書を見直すと、やはり最終章の部分が気になるわけだが、その部分を実に見事に解決したのは、我らが保江邦夫博士だった。そういう見方も成り立つわけである。

実際、実に簡単明瞭にやってみせた。それもかのノーベル賞学者の万能の理論の天才だったラルス・オンサーガーの最も著名な熱力学理論を自明かのごとく導くという離れ業でだ。しかも、大学院(名古屋大)に移ってからの博士課程のたったの2年間で8本の論文を公表したうちの2,3つがそれだったのだナア。

だから、名古屋の代表的物理学者、あのドブロイと共著のある高林武彦先生(故人)に「歴代の院生の中で最も優秀な男」と評してもらったのである。

というわけで、その辺の研究事情も知りたいというわけで、保江博士の自伝前半「路傍の奇跡」
路傍の奇跡―何かの間違いで歩んだ物理と合気の人生
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を本屋で注文して買ったのである。

ところで、私は最近は新書や本は、「1円本」や「絶版本」を除き、アマゾンで注文しないことにしたのである。というのも、アマゾン注文すれば、送料込みで3日で来るが、それでは地方の老舗本屋がみな潰れてしまう。

説明すれば長くなるが、要するに、ネット時代の流通の新しいビジネスモデルを老舗本屋の経営者は知らないからだ。つまり、都市に住む人間が地方書店の本取り寄せにかかる時間ラグを利用してネットで高額にして売るという悪どいビジネスモデル。

だから、店員にはいつも
取り寄せを3日以内。新著出版がされたら3日内に店頭に出せるようにしろ。さもないと10年以内に潰れるぞ
と脅すわけだ。そうしたら、最近注文したら取り寄せが早い。3日で来るようになったのだ。そうなると、アマゾンは要らない。アマゾンはショーウィンドーでいい。

さて、そんな「路傍の奇跡」を読むと、実は「路傍の奇跡の数々」だった。ご存知のように保江先生は末期の大腸がんすら奇跡的に克服したわけだ。だから、「路傍の奇跡の数々」が現在進行形でずっと続いているわけである。
保江先生の「路傍の奇跡の数々」

生誕の奇跡→太平洋戦争終結が1週間早まったため→特攻隊飛行機野郎の父が生還
幼少少年期の奇跡→祖母と叔母がいたため→父子家庭も問題なく成長

高校入試の軌跡→新設選抜制度ができたため→その年度だけ美術の科目があった
大学入試の奇跡→学園紛争の危険のため→その年度だけ問題が少なかった
学科進学の奇跡→学園紛争が激化のため→その年度だけ志願者が激減した
大学院入試の奇跡→数理物理の興味のため→その年度だけ数理物理の試験官がいた
大学院編入の奇跡1→同級生中込証明氏の勧めのため→その年度だけ編入試験許可
大学院編入の奇跡2→東北大京大の先輩がいたため→その年度だけ編入試験合格
大学院の奇跡1→ヒルベルト空間論をものにしていたため→2年で8通の論文公表
大学院の奇跡2→試しに応募した公募→その年度だけエンツ博士の事情により採用
大学院の奇跡3→終了前に雇用されたため→その年度だけ2年で博士取得
。。。。
高校=朝日高校、大学=東北大、大学院=京大、編入大学院=名大


ざっと大学院時代だけでもこんな感じ。もちろん、これに合気道の事情が加わるわけだが。

この後はまだ読んでいないから、カット。またいつかにしておこう。

ミラクルヤスエですナ。

いや〜〜、何度読んでも面白い。


おまけ:
ところで、この保江邦夫博士の自伝を読むと、生来本質的に頭がよく優秀な子供がまったく勉強しないでいたために学校では勉強できずにいたのだが、ある時期、特に大学以降になって非常に伸びるという稀にいるタイプの子供の典型のように見える。かつてこういう「子供らしい子供時代を経なければ人間は大成しないんだ」と言い続けた故柘植俊一先生の
反秀才論
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の言葉がいまふと蘇った。

要するに、塾で勉強すると手っ取り早くある程度までは伸びるが、大学へ入ってから本来必要となるもっと先のもっと重要になる知識を詰め込む際に、大学受験までに勉強し過ぎると脳にスペースが無くなり頭が固まってしまっているために、大学に入ってからの新しい内容がまったく身につかない。むしろ弊害となる。だから、大学に入るときには「頭が空っぽ」のほうが良いのだ。頭は本質的に良くなければだめだが、知識が多すぎないほうが良いのだ。こういうことをおっしゃられていたのである。

この柘植先生の「反秀才論」の観点からすれば、保江邦夫博士は「反秀才」の1人であろう。まさに「反秀才」である。

というわけで、学園紛争や受験戦争の時代を経過してもなお、一応我が国にもまだ反秀才がそれなりに巣立っていたということだろうヨ。



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  by Kikidoblog | 2015-11-20 13:10 | 保江邦夫博士

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