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ローレンツは2人いた!:DanishのLorenzとDutchのLorentz

みなさん、こんにちは。

さて今回は個人的メモ。あるいは、物理学に興味ある人だけに向けたメモである。だから、普通の人は時間の無駄であるからスルーを。


さて、最近偶然見つけたのだが、我々物理学の分野では知らない人がいないものに
「ローレンツ変換」と「ローレンツ・ゲージ」
という言葉がある。

科学者ならこの中のローレンツの名前を知らない人はいないはずである。

ところが、もしローレンツには2人いたとなればどうか?

たぶん誰も知らないに違いない。

答えから先に言うと、ローレンツ・ゲージのローレンツとローレンツ変換のローレンツはまったくの別人なのである。

とまあ、最近こんなことを知ったのである。これである。
(1) The “Lorenz gauge” is named in honour of Ludwig Valentin Lorenz!

(2) Ludwig Valentin Lorenz is the discoverer of the "Lorenz gauge"!


このことは、欧米の大学院の有名な教科書である「ジャクソンの電磁気学」にも書かれていなければ、我が国で有名な砂川一郎の「理論電磁気学」にも書かれていない。

つまり、ローレンツ変換とローレンツ・ゲージの両方をローレンツが発見したことになっている。

しかしながら、それは事実ではなかったのである。

(あ)ローレンツは2人いた!
ローレンツゲージを論文に最初に書いた人物は、デンマーク人のルードウィッヒ・ヴァレンチン・ローレンツ、Ludwig Valentin Lorenzであったという。
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(
つまり、Danish(デンマーク人)のローレンツ(Lorenz)であった。この人は、1829年生--1891年没である。

一方、ローレンツ変換を生み出したローレンツは、オランダ人のヘンドリック・アントーン・ローレンツ(Hendrick Antoon Lorentz)であった。
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つまり、Dutch(オランダ人)のローレンツ(Lorentz)だったのである。この人は、1853年生--1928年没である。

綴りには、tがあるかないかの違いだから、まったく英語でも日本語でも発音が同一になる。

デンマーク人のローレンツの方がオランダ人のローレンツよりも24歳年上である。


(い)現在物理学の文献中でこの誤解が分かっているものはごく一部。
上のイリエフさんの論文によれば、現在までにこの誤解を指摘している文献はまだほんの数%だという。以下のものである。
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それでもインターネット時代になって少しずつ知られるように広まったから、やっとここまで修正されてきたらしい。が、それでもまだこんな案配だとか。

さて、実は
ローレンツ・ゲージの式
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を一番最初に定義した人物は、かのベルンハルト・リーマンだったという。しかしすぐに死んでしまった。

まだ電磁気学が生まれつつあり、ファラデーやマックスウェルの理論ができつつあった頃のことである。

リーマンは、電磁気学において、変動する電位が電流や磁場を生み出すという原理として、考えついたものが、この式であった。

だから、最初は電磁場の縦波を消すためのゲージと言う意味ではなかった。むしろ、電荷の時間変動による電位(電圧)変動があると、それが何がしかの”電荷”の源のような役割を果たしてその周りに”発散”を生み出す。そういう意味で考えだされた式だったのである。


ところが、どういうわけか、このデンマーク人のローレンツも19世紀終わりに62歳で死んでしまった。

ちょうどその頃、オランダ人の若いローレンツがバリバリの理論物理学者として活躍し始めた。世はエーテルの打破の時代に入った。そしてオランダ人のローレンツが、ローレンツ変換
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を生み出して、エーテル流の流れを否定する手法を見つけ、それが元になってアインシュタインの特殊相対性理論が誕生した。

いつしか世の中はオランダのローレンツの時代、ソルベー会議の時代となって、デンマークのローレンツはお忘れになられてしまった。

これが事の真相だったようである。

まあ、悪く言えば、若いローレンツが年配のローレンツの評判も自分が掠め取ったのである。なりすましというやつですナ。

みんなどうにかこうにかして自分の名前を歴史に残したい。他国のライバルは葬り去りたい。

これが日本人以外の民族の習性なのである。

今現在も中国や韓国では、同じことが時々刻々と行われているわけだ。

あと30年も経てば、下手をすれば湯川秀樹や朝永振一郎の仕事も全部韓国人がやったことになっているかもしれないわけである。事実韓国内の教科書ではすでにそうなりつつあるのだ。


DanishのLorenzとDutchのLorentz
前者がローレンツ・ゲージのローレンツ。後者がローレンツ変換のローレンツ。

ぜひこれは覚えておいて欲しいものである。




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  by Kikidoblog | 2015-12-21 11:48 | 人物

フレンケルさんあんたもか?:現代数学大統一しても所詮は「数学⊂唯心論」に過ぎず!

みなさん、こんにちは。

以下は私個人に向けた妄想メモである。普通の人には時間の無駄だからスルーを。

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いやはや、最近になって私はどうも世界の数学者の、なんと言ったら良いのかうまくは言えないが、ある種の高慢ちきな自尊心とでもいうのか、そんなものが分かるようになってきた。

そもそも高慢ちきな科学者の代名詞と言えば、理論物理学者だったが、昔は比較的謙遜的だった数学者も昨今は異様に高慢ちきに高揚したのだった。別段変わった進展はないので、これをメモしておこう。

先週の終末に知人からもらったデパート券を使おうと、徳島そごうの紀伊国屋書店へ行ったのだが、私は保江邦夫先生の2番弟子だった治部眞理博士の場の量子論の本
添削形式による場の量子論
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を目指したのだった。残念ながらこの本はなかった。

それでしばらく物理と数学と生物と化学の本棚を見ていたのだが、やはり新書は数学に多い。そこで数学の本棚を見て回って2冊だけ勝って帰って読むことにした。以下のものである。

もちろん、保江邦夫博士のスピリチュアル系の本棚も見て回ったが、特にめぼしいものはなかった。というより、保江博士から謹呈していただいたのですでに読んでしまっていたからであるが。
数学の大統一に挑む
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天上の歌―岡潔の生涯
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いま読み始めたのはエドワード・フレンケルの本である。

実は私はこのフレンケルの名前は知っていた。というのは、ユタ大時代にこの本で自慢されている論文でその名前を見ていたからだ。

なぜなら、ユタ大の物理学部(学科ではない)の真横に数学部(学科ではない)があり、それらの中間に数学の図書館がある。私は数学の図書館の虫であって毎日毎日数学の古い論文を眺めていたのである。

また、数学の有名教授に
ハープ・クレメンス博士
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という人がいた。この数学者はしばしば夏休みに森重文博士を招いて議論していたのだが、一度だけ私も森博士とお会いしたことがあった。そのうち、森博士はフィールズ賞を受賞し、私が帰国後(1990年秋帰国)、クレメンス博士もどうやらユタ大を去ったようである。

私はこのクレメンス博士の講義を取ろうと受講したのだった。が、さすがに途中で自分の研究の方が忙しくなってポシャってしまった。

こんな感じで、私は物理よりも数学の方に親近感を抱いていたものだ。だから、物理セミナーはおろかかかさずに数学セミナーも聞いていた。

そんな中で、非常に若くて元気のいい数学者が来たのだった。確かユタに来る前は、イギリス・ケンブリッジ大の
アティア教授
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の下でPh.D.を取ったという若手だった。もう何十年も前のことだからすっかり名前を忘れてしまった。この若者が専門にしていたのが、「結び目理論」や「ブレイド群」というやつだった。

新しく赴任した若手准教授の研究は毎週のように連続講義があり、私もその講義を聞きに行ったのである。毎度何度聞いてもわからないのだが、それでも面白いから聞きに行ったのである。

そんな中に、フックス理論やフレンケル理論の話が登場した。だから、そういう名前を聞くと、その後で数学の図書館に行って早速その論文だけはコピー。私は物理学部でも有名な「金食い虫」「コピー魔」だった。

一応、ブレイド群とその統計物理学への応用の話は確か1990年のフィールズ賞となった。森重文、V.ジョーンズ、Ed.ウィッテン、ドリンフェルトらが授与されたのだった。

一応こういう人たちの論文はある程度読んでいたから、私も帰国後富士通時代に論文を書いたのだった。まあ、陽の目は見なかったが。

というわけで、あれから30年。

そのフレンケルさんが自伝を書いたわけだ。だから、こりゃ〜〜買って読まねば、となったのだった。

そんなフレンケル博士もまた東欧出身のマンデルブロー博士同様に旧ソ連のユダヤ人だった。

だから、おそらくだから、それ以外の理由はなさそうだが、マンデルブロー博士は出身のユダヤ社会のことはさておいて執拗にフランスの教育のユダヤ人差別に執着した
フラクタリスト――マンデルブロ自伝――
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のだったが、まったく同じくフレンケル博士もまた旧ソ連邦のユダヤ人差別に執着したのだった。

成功者になればなったでその報復をする、それまでの恨みつらみをとことんまで執拗にあげつらねるというスタイルである。

俺はどうもこのユダヤ人スタイルがキムチ悪い。どうも性に合わない。なんとなく、トンスルランドの人間の人格と共通なものを感じるからだ。「恩を仇で返す」というやつだ。(実際、どんなに良い国であろうが、その国の中で最高に恵まれた人生を得られるものはほんの一握り。あとは無駄にに人生を過ごすものだ。俺とて例外ではない。だからといって、日本人はそれを苦にしない。そんなもんだと達観する。)

もっとも、彼らが自分を「ユダヤ人」と呼ぶのは、ここではすでに知られたことだろうが、我々が「偽ユダヤ人」と呼んでいるカテゴリーに入る。つまり、西暦600〜700年頃ウラル地方に存在したハザール帝国(カザール帝国ともいう)の人種が、ロシア正教とイスラム教のサンドウィッチになった時代、逆手にとってユダヤ教徒に改宗し、それ以降「ユダヤ人とはユダヤ教を信じるもの、および母がユダヤ人」とルールを変えることにより誕生した「新生ユダヤ人」のことである。

だから、本当は我々日本人のご先祖さんたちの方が、超古代エジプト、メソポタミヤ、インダス文明に端を発する縄文人の血筋や古代神代文字を残し、古代イスラエルの地で失われた10支族の血筋やカナン文字(カタカナ)を残す生粋の正真正銘のイスラエル人なのだから、何かと違和感を感じるわけである。我々歴史の長い真のイスラエル人の前に(実際に伊勢神宮を持つ)、宗教を信じただけでユダヤ人ぶってもらっても困るという感じですナ。

だが、彼らは日本のことは何も知らないのだから仕方ないといえば仕方ない。まあしょうがない。が、「自分が知らなことは存在しないこと」というのを信じているから、実に大陸的というのか、ちょっと困る。新興国や歴史のない国の民族観を表すのである。

さて、そんなフレンケルさんの自慢の本や、故マンデルブローの自伝を読んでよく分かるのは、現代数学に対する強烈なるまでの信仰である。これはかなりすごいものがある。

ところが、保江邦夫博士や故湯川秀樹博士や故岡潔博士など我が国の理論物理学者や数学者には、現代数学に対してそれほどの執着を持たないものが多い。確率変分学の創始者だったり、素領域理論の現代物理の創始者だったり、純粋な多変数関数論の創始者だったりというように数理物理や理論物理や現代数学の創始者であるわけだが、どうも我が国だけは他国とは異なっているように感じるわけである。

我が国の創始者たちは、必ずしも現代数学がすべてとはまったく考えていないのである。そうは考えていなかった。もちろん、私もそうである。

そこで、これはずっと長らく私は何が違うのかちょこちょこと振り返るように考えてきたのだった。最近になって、やっとその違いがわかりはじめたのである。

結論から言うと、

我が国の偉大な学者は、
数学では目に見えない世界を記述できない
と考えているようなのだ。逆に言えば、
数学は目に見えるものだけを記述する学問にすぎない
ということである。

ブレイド群であろうが、リーマン幾何学であろうが、すべて図示できるものである。計量という概念も目で計れることが前提である。重さは目に見えないがそれを目に見えるようにしたものが測りである。
目に見えないものを目に見えるものに変える。
ひとたび目に見える形にできれば、それは数学にできる。
これが現代数学の思想である。そしてさらに
ひとたび数学にできれば、他の分野にアナロジーが効く。

しかし私個人がいつも疑問に思うことは、つねにそれが可能かどうか、つまり、この世界のあらゆるものに適用できるのかどうか、ということである。

言い換えれば、ひとたび数学に直してしまうと、もはやこの世界の現実では無くなる可能性があるのではなかろうか?という疑問である。本来はどうも計量という概念が効かない物理的存在もあり得る。言い換えれば、時空というものが通じない世界があり得るということである。

この問題に1人だけ完全とチャレンジしたのが岡潔博士だった。
不一不二
の概念である。つまり、1にして同時に2。2にして同時に1なる存在がある。

それが「愛」「情(jou)」だと考えた。

不一不二の世界は計量空間にはならない。だから、現代数学化できない。岡潔博士はそういったのである。


難しい数学の問題が、図示して、それが図式化でき、数学化できれば、素晴らしい。それこそ現代数学の力だ。そうやって数学全体を大統一したい。それが「ラングランズ・プログラム」というものだという。

じゃあ、不一不二の世界はどうするよっていう話になるわけですナ。

にもかからわず、フレンケルさんの本の一番最後がこれまた
「愛の数式を探して」
とあった。

は〜〜???「探して」?

そして、そこには超絶なる複雑怪奇な公式が自慢されていた。探してみると、やはりすでにそれを画像にした人がいた。これである。
フレンケルの「愛の数式」
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フレンケルさん、実はもう「愛の宇宙方程式」は発見されて解けているんですヨ。

ここを読んでいる人には周知の事実だが、保江邦夫博士がすでに「愛の宇宙方程式」を見つけている。それは、
宇宙=愛(The universe = love)
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保江家元の「愛の宇宙方程式」は「宇宙=愛」だった!:愛は宇宙原理だった!?
であった。そしてその解も見つかっていた。
神に近づくには「素領域」と波長を合わせればいい!:唯物論は唯心論の一部だった!

ついに、愛の宇宙方程式が解けました: 神様に溺愛される人の法則
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(私の名前も登場する!)


つまり、この流れで考えると、現代数学は唯物論の一部である。つまり、
現代数学⊂唯物論
ところが、不一不二の世界は「唯心論」の世界である。したがって、
現代数学⊂唯物論⊂唯心論
となる。

というわけで、いくら現代数学が発展してもあるいはいくら現代数学が統一されたとしても、それには大きなハードルがあり、限界がある。そういうことを理解しなければならない。そういうはずなのだが、どうも西洋人というのか、偽ユダヤ人というのか、西洋白人種というのか、あまりそういうことが認識できないらしいのだ。

おそらく、これが岡潔博士がずっと言いたかったのことらしいナア。つまり、西洋人は左脳(論理脳)と前頭葉(意識脳)と側頭葉、海馬(記憶脳)だけが特に発達して、どうも頭頂葉(把握脳、察する脳)の働きが鈍い。個別な詳細はどんどん分析できるが、総体的な把握が困難なのである。

かのマンデルブローを見てもそうだったし、このフレンケルさんを見てもそうだし、ブライアン・グリーンさんを見てもそうだし、スチュアート・カウフマンさんを見てもそうだ。これらのノーベル賞クラス、フィールズ賞クラスでもみな一様に頭頂葉の働きがない。

だから、木を見て森を見ない。それゆえ、ユダヤ人になってフランスの最高級の教育機関で最高の教育を受けたのに、ずっとフランスの文句ばかり垂れている。同様に、旧ソ連のそれなりの教育を受けてかなりいい数学者に育ててもらったのに、ずっと旧ソ連やロシアの文句ばかり垂れている。

だったら、ユダヤ人国家があるんだから、そこで他の民族、例えば、シリア人に高等教育すればどうだ!ということになろう。

ところが、こういう場合は、多民族は「ゴイム」だと言って、何もしない。それどころか爆弾を放り込む。

一方我が国の場合なら、我が国の国民の師弟には、支払い義務のある(さらには利息まである)奨学金しかもらえないが(公務員になれれば別らしいが)、他国の住人の師弟が我が国に留学する場合には、年300万円もの多額の無償の奨学金制度まである。

だから、馬鹿な支那人やら朝鮮人で大学が溢れかえる。

挙げ句の果ては、最近特に馬鹿になった安倍晋三政権の政策に見るように、我が国の若者は社員以上のアルバイト(ブラックバイト)やら非正規社員のために、年がら年中24時間体制で働き詰め。そこに欧米や世界のお馬鹿な若者が「日本大好き〜〜」と日本の反日メディアの放つ「日本紹介日本上げ番組」をYouTubeで見て洗脳されてはやって来る。そして、日本の若者の「いらっしゃいませ〜〜」を聞いて大喜び。

まるで我が国の若者は外人のために働かされている奴隷のようだ。それでも特に文句はたれないヨ、フレンケル。

まあ、身も蓋もない言い方をすれば、実はそういう戦略を練っていたのが、六本木ヒルズや帝国ホテルに居住すると言われている若手ロスチャイルド、ナサニエル・フィリップ・ヴィクター・ジェイムス・ロスチャイルドなんですナア。まったく困った奴だ。
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(7番がそう)
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ザ・イルミナティー劇場:ロスチャイルドvsロックフェラー、どっちもどっち!?


ロスチャイルドもロックフェラーもいずれもユダヤ人系(もちろん、偽ユダヤ人系)である。

まあ、フレンケルさんが「自分の苗字フレンケルはユダヤを示す」と言い、「ヨシフはユダヤ名だから差別された」と言って、旧ソ連のユダヤ人差別をさんざんにこけおどしたが、なんと言ってもそのソ連を作ったのは、
ヨシフ・スターリンだったのでは?
と俺は突っ込みたくなるんですナ。黙っているの?そこんとこ。まことに脳の働きが悪いんちゃうか?

ちなみに、日本にも昔から「ヨシフミ」という名前がある。なんとなくヨシフに似ている気がするが。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
現代数学者と現代理論物理学者のおそらく90%はアスベルガー症候群らしいヨ。俺もやばいかナ?




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  by Kikidoblog | 2015-12-16 11:27 | 人物

エリ・コーヘンの「日本人とユダヤ人」:日本人の魂=神道+武士道→日本道

みなさん、こんにちは。

ここを見ているような人であれば、現代イスラエル人の元駐日イスラエル大使であったエリ・コーヘンさんのことはご存知だろう。このコーヘンさんの非常に興味深いYouTube番組を見つけたので、ここにメモしておこう。

(あ)「日本とユダヤの民族の魂に生きる」 エリ・コーヘン
「日本とユダヤの民族の魂に生きる」 エリ・コーヘン


コーヘンさんは空手5段の腕前→自分の道場を持つ
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(い)「エリ・コーヘン氏、同行記録 徳島・剣山史跡巡りツアー」発想の旅
「エリ・コーヘン氏、同行記録 徳島・剣山史跡巡りツアー」発想の旅、第1部 「剣山を昇る」


ご著者「大使が書いた日本人とユダヤ人
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「エリ・コーヘン氏、同行記録 徳島・剣山史跡巡りツアー」発想の旅、第2部「囲み座談会

「エリ・コーヘン氏、同行記録 徳島・剣山史跡巡りツアー」発想の旅、第3部「史跡めぐり」


さて、この中で一番興味深いのはこれだろう。
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(イッサクはユダヤ人の祖、イシュマエルはアラブ人の祖)

つまり、アブラハムの息子はイッサクとイシュマエルがいて、イッサクがユダヤの祖となり、イスマエルがアラブの祖となった。すなわち、ユダヤ人とアラブ人は共通の先祖であるアブラハムの子孫。兄弟であるということである。

ならば、兄弟であるはずのユダヤとアラブがなぜ戦争するのか?

おそらくそこには別のものが手引しているということなんでしょうナア。

3500年続くというコーヘン家のエリ・コーヘンさん。スファラディー系のお顔、つまり西洋白人が「黒いユダヤ人」という時のお顔をしているように見える。

エリ・コーヘンさんのご活躍を期待したい。




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  by Kikidoblog | 2015-12-01 10:16 | 人物

ノーベル物理学賞:日本人の梶田隆章博士に来た〜〜!

みなさん、こんにちは。

日本人連続受賞!

梶田隆章博士が受賞!

ニュートリーノの研究に!


おまけ:
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  by Kikidoblog | 2015-10-06 18:52 | 人物

大村智博士にノーベル生理医学賞!:大村博士は「立派な甲州っぽ」だったナア!

みなさん、こんにちは。

いや〜〜、ノーベル生理医学賞を我が国の大村智博士が受賞。実におめでたい。
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というのも、文武両道、山梨出身、理科大OBと私自身と重なる部分が多いからである。

ちなみに、ノーベル物理学賞の発表はあと30分ほどである。以下のサイトで実況放送される予定である。
Watch the 2015 Nobel Prize Announcements Live


大村智博士のことはすでにメディアでかなり紹介されているが、中でも

人の真似をしない

というのは、実に重要なことであるが、実は山梨県にはこれを一言で言う言葉があったのである。おそらく、他の都道府県では私は聞いたためしがなかった。

それは、

「真似乞食(まねっこじき)」

という言葉である。

私が育った甲府では、小さい頃から誰かの真似をしたり、人の後を付いて行ったり、そういう行為に対して、

わ〜〜、まねっこじき

といってからかわれたものである。私もそういってからかったものである。

つまり、甲州商人の街である甲府では、人と同じことをしてもものが売れない。だから、常に他人とは異なるものを生み出して製品にして商売しなければならない。

我が家の家業であった「宝石画」や「貴石画」などでも常に同業他社とは異なるデザイン、異なる手法のものを開発して生き残る。そうやって皆努力していたものである。

良いものを作ればそれはすぐに他人に真似される。だから、再び新しいものを作り出さなければならない。

これが甲府の商売人、特に宝石加工業者の鉄則だった。

こういう文化圏だから、人の真似すればすぐにある程度のところまでは儲かるが、それを続けて行くうちにだんだん貧しくなり、最後には廃れてしまう。だから、人まねはダメだ。そういう発想なのである。

山梨の地場産業の、宝石加工業、葡萄栽培、葡萄園経営、葡萄酒作り、果樹園などなど、すべてにおいてこの人まねはしない精神に基づいて新しい製品開発しようという文化のなせる技なのである。

その点、人口が多く、似たもの、コピー製品を作ってもそれを買うものがあまり気にしない文化圏の首都圏とはまったく異なるのである。

この精神を語るもう一つの言葉が、

「甲州っぽ」

という言い方である。

我が道を行く。人まねをしない。他人の後を付いて行かない。独立独歩。常に自分が一番。

こういう思想を持つ甲州の人間を表す言葉である。

だから、甲州人は東大に入るものは伝統的に比較的少ない(まあ、高卒時の学力不足で入れないという面もあるが)。それは、「みんなで渡れば怖くない」式の発想が相容れない文化圏だからである。


ここ徳島など四国では、周りが海、真ん中が山々、そして河川があり、気候に恵まれている。だから、年がら年中同じものを同じように作っていればいい。魚も海に出れば捕れる。それで良い生活や豊かな生活ができる。

山梨は海も無く、耕せる土地も少なく、本来貧しい地域だった。だから、常に回りにないものを生み出してそれを周辺へ行商し、その代わりに物資や食料を仕入れて来る。そうやって生き延びたのである。

今の日本の加工貿易の立場とまったく同じ状況が何百年も続いて来たのである。甲州とはそういう文化圏なのである。

だから、NHKの「花子とアン」の描く甲州人のように薄汚い恰好して行商にいけば、だれもものなど買うはずも無いのである。つねにこぎれいにして行商するのだ。

だから、今回の大村智博士もおしゃれだっただろ。山梨の人間はこざっぱりしてこぎれいでおしゃれである。

というわけで、私が何より喜んだのは、

大村智博士も私同様に立派な「甲州っぽ」であったことである。


甲州っぽに乾杯!真似っ乞食はだめヨ!

というわけである。


いや〜〜、山梨の人たちはフィーバーしているに違いない。


これを書いているうちに時間が経って、物理学賞まで後数分。


おまけ:
大村智 - 2億人を病魔から守った化学者
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  by Kikidoblog | 2015-10-06 18:37 | 人物

プーチンの約束:「ラグビーW杯で日本が南アを破れば、北方四島をお返しするよ!」→Спасибо!

本当は怖い昔話(童謡編)「指切りげんまん」


みなさん、こんにちは。

いや〜〜これは面白い。

本当かどうかは分からないが、先日のラグビーW杯イングランド大会で、もし日本が初戦の相手の優勝候補の南アに勝利したら、北方四島を含む「千島列島」を日本にお返しする、とロシア大統領のウラジミール・プーチンがトゥウィッターに書いたというのである。以下のものである。
https://twitter.com/DarthPutinKGB

https://twitter.com/DarthPutinKGB/status/645278364484435968
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プーチン大統領閣下! ありがとう、スパシーバ、Спасибо!

ぜひ千島列島までは欲しくないから、北方四島はお返しくださいヨ。

どうせ住んでいるのは、ロシア人ではなく、大半がウクライナ人なんだからヨ。


おまけ:
南アに勝利し、海でプーチンの約束を歓迎する日本代表たち。
南アに勝った日本代表の選手たちの翌日
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プーチン、約束を守ってくれよナ。




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  by Kikidoblog | 2015-09-21 14:37 | 人物

ドクター中松の「戦後70年談話」!?:「日本は負けていない談話」

みなさん、こんにちは。

(阿)
今年は戦後70年という節目だということで、ダマスゴミがあの手この手で国民をだまくらかす作戦に出ているように見える。がしかし、事実に勝るものなし。

仮にある事実をだれも知らなかったとしても、その事実が歴史に現実に起こったことであれば、それは必ずこの宇宙に記録される。だから、その事実の影響は必ず後の世界に現われる。

この思想が、俗にアカシックレコードなどという呼び方をされているものである。

(伊)
さて、そんなことが最近日本にも起こって来たから実に興味深い。

例えば、今や世界中で有名になってしまったが、戦前の日本海軍が建造した「伊400シリーズ」の巨大潜水艦。
「旧日本軍の巨大潜水艦をハワイ沖で発見」:空母型潜水艦「伊400シリーズ」ですナ!

潜特型潜水艦伊-400(伊號第四百型)
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終戦直後にそのどさくさにまぎれて、米軍が撤収し、ハワイ沖で沈没させてしまったり、ビキニ環礁で水爆の餌食になった。

また、日本も米軍に盗まれるよりは自爆した方がましと考えて太平洋上で自爆沈没させたのである。

こんな事実はほんの数年前にはだれも知らなかった。

ところが、まずハワイ沖に沈没した伊401が発見され、最近では日本軍が沈没させた伊402が日本近海で発見された。
大型潜水艦「伊402」か、長崎沖で発見
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 出撃せずに終戦を迎え、米軍に沈められた旧日本海軍の大型潜水艦「伊402」(全長約120メートル)とみられる船体が、長崎県の五島列島沖の海底で見つかった。

 海上保安庁が7月に船影を確認し、日本テレビが今月に入って撮影に成功した。同沖に沈められたことは判明していたが、初めて存在が確認された。

 爆撃機を3機格納できる当時世界最大級の潜水艦の開発は、連合艦隊の司令長官だった山本五十六の発案とされ、米国本土への攻撃に使用する計画があったという。

 同じ型の伊400と伊401は1945年7月に出撃したが、戦闘に参加する前に終戦。同月に完成した伊402は出撃すらしなかった。いずれも終戦後に米軍が接収。伊400と伊401はハワイ沖に沈められ、伊402は46年4月、ほかの潜水艦23隻とともに五島列島沖に沈められた。

この記事では、「米軍が日本近海で沈めた」とあるが、これは真っ赤な嘘。

米軍が沈めたのはすべてハワイ沖かビキニ環礁であって、日本近海で沈められたものは日本海軍が自爆して沈めたのであった。米軍に盗まれることを恐れたためだった。伊400シリーズは計8隻か9隻建造されたから、まだ数隻の伊シリーズが海中に残っているはずである。

(宇)
さて、前置きが非常に長くなってしまったが、この戦前の日本海軍の巨大潜水艦「伊400シリーズ」のように、米軍による「戦後の自虐史観プログラム」のせいで、我々日本人はまったく知らなかった事実がたくさん存在している。

その最大のものは、「日本敗戦」である。つまり、「敗戦記念日」とか「終戦記念日」という言葉に込められた「自虐史観」である。

がしかし、現実は「日本は停戦した」のであって、「負けたのは大本営司令部だけだった」という事実である。

つまり、会社で言えば、会社の経営陣だけが倒産を認めただけで、現実に社員はだれも倒産を認めたわけではなかった。

これが、原爆投下後、そして、玉音放送時の日本国内であった。

昭和20年8月15日に天皇陛下による玉音放送が行われたが、これは「停戦中の日本にあって、例え停戦したのであってもそれをいったんは負けと認め、再出発しようではないか。さもなくば、永遠に日本は停戦状態の混乱が続いてしまう。それは避けたい」というのが、昭和天皇陛下の主旨である。

つまり、8月15日の段階では、日本全国に散らばって国防を担っていた日本軍は、「本土決戦に備えていた」のである。

なぜなら、仮に停戦し、大本営が敗戦協定を結んだとしても、進駐米軍が日本国内で何をするかも分からない。だから、まだ本土で戦争になるかもしれないのである。だから、「本土決戦」の態勢のまま米軍連合軍の進駐を待ったのである。

実際に連合軍の代表として米軍が国内進駐してくると、米軍が非常に理知的で平和的友好的態度だったから、徐々に日本軍人が撤収して、天皇陛下のお言葉に従って、軍隊から投降したのである。

その流れの中で、まだ戦闘状態にあった「伊400シリーズ」の水兵さんたちも、横須賀に帰港して、全員艦を降りた。その結果、無傷の「伊400」を米軍が手にして驚き、これは敵に知られたらまずいと思ってハワイに曳航し、ハワイ沖で爆破沈没させたのである。

(江)
このことを如実に物語ったのが、ドクター中松こと中松義郎さんの手記「回想録」である。以下のものであった。
ドクター中松「日本の”終戦”」を語る!!:日本は負けていない、停戦したのだ!1
ドクター中松「日本の”終戦”」を語る!!:日本は負けていない、停戦したのだ!2

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【拡散希望】日本は負けていない!

http://www.apa.co.jp/book_ronbun/vol4/yushu2011japan.html


(於)
このドクター中松の記憶にある終戦直前の日本海軍や日本軍の状況は実に興味あるものである。が、さらに、「伊400シリーズ」に加えて、新たに、
特攻爆撃機「桜花(おうか)
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の証拠が見つかったという。以下のものである。
特攻兵器「桜花」の秘密訓練基地の映像を発見…専門家は「衝撃映像だ」 京都、滋賀をまたぐ比叡山中
特攻兵器「桜花」の秘密訓練基地の映像を発見…専門家は「衝撃映像だ」 京都、滋賀をまたぐ比叡山中 
特攻兵器「桜花」の秘密訓練基地の映像を発見…専門家は「衝撃映像だ」 京都、滋賀をまたぐ比叡山中

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 終戦間際、旧海軍が開発を進めていた航空機型特攻兵器「桜花」の秘密訓練基地を撮影した映像が残されていることが18日、明らかになった。さきの大戦の映像や文献を収集している大分県宇佐市の市民団体「豊の国宇佐市塾」(塾頭、平田崇英氏)が、米国立公文書館で見つけた。地上発射型桜花四三乙型の出撃基地に関する映像は珍しく、専門家は「衝撃的だ」と一様に驚いている。(村上智博)
 映像は7分44秒のモノクロで、基地は滋賀県と京都府にまたがる比叡山(848メートル)で建設途上のものだった。まず、「LAUNCHER」(発射装置)と題し、昭和20年10月23日の撮影だと紹介する。
 映像は米軍が撮影したもので、比叡山の東側、琵琶湖に面した山肌を、比叡山鉄道のケーブルカーで米軍関係者らが登る様子を映し出した。
 やがて、カメラは山頂付近で建設途上だった基地の撮影に移る。搭乗員養成用の練習機を運び上げるレールや丸太、クレーンなどの建築資材が写っていた。
 約800キロの重い弾頭を積んだ桜花は自力で飛び上がれず、陸上からカタパルト(射出機)で発射させる。発射後は搭乗員が操作し、ターボ・ジェットエンジンで、目標に向かう仕組みだ。
 機体をカタパルトに搭載するための装置や、射出方向の琵琶湖に向け、機体を方向転換させるための回転台も映っていた。
 カタパルトの映像の向こうには湖面が映り込む。傾斜のある山肌に隠すように作られた格納庫の入り口も撮影していた。
 7分44秒の間、桜花や練習機の機体そのものは写っていなかった。
 比叡山の訓練基地は、横須賀鎮守府所属の第725海軍航空隊が、大阪湾に襲来する敵艦を水際で迎え撃つ目的で、終戦直前に秘密裏に開発を進めた。搭乗員40人を含む約130人が訓練に参加した。昭和20年8月15日に正式な完成式を行う予定だった。
 旧海軍は本土決戦を想定し、和歌山県田辺市や神奈川県横須賀市、千葉県の房総半島南部や茨城県つくば市、静岡県の熱海峠など、比叡山を含めると最終的には全国約50基のカタパルト設置を目指していた。
 映像撮影後、比叡山の訓練基地は米軍が破壊した。

■専門家は「衝撃だ」

軍事評論家の兵頭二十八氏の話 「旧日本軍は、ドイツ軍が開発したミサイル兵器『V1』を、コピーしようと、米軍と開発競争を繰り広げた。このミサイル開発は頓挫したが、この過程で、旧日本軍が開発したのが桜花だった。
 戦況が悪化し、本土決戦を目前に、旧海軍は全国各地に基地を作ろうと急いだが、終戦までに本格的に作ったのは比叡山などごくわずかだった。それだけに映像が残っていたのは衝撃的で、希少価値がある。
 桜花は地上から敵艦に気付かれず攻撃する点で、戦後、陸上自衛隊が開発した地対艦誘導弾にも通じる戦術思想が現れている。
 ただ、航続距離が短く母機の一式陸攻が目標に接近せざるを得なかったことから犠牲が大きく、代わって地上発射型の四三乙型が開発された。
 全長約8・2㍍で、ジェット・エンジンを搭載。約100㍍の滑走路からカタパルト(射出機)で離陸し、敵輸送艦船や上陸用支援母艦への体当たりを想定していた。飛行時間は約?分で、約280㌔航続できる設計だった。
 量産準備に入った時点で終戦を迎えたが、この時の設計思想と技術は、現代の地対艦巡航ミサイルの原型となった。訓練基地は、横須賀鎮守府所属の第725海軍航空隊などが建設・配備する計画を立てていた。
 桜花の発射基地をめぐっては、千葉県南房総市下滝田地区(旧三芳村)の知恩院近くに、コンクリート製の滑走路跡が残されているのが知られている。

この映像からも、玉音放送直後の日本国内には、各県庁所在地の都市部は米軍のB29による絨毯爆撃によって破壊されたが、地方に潜んでいた日本軍の秘密基地はほとんど無傷で残っていたのである。

都市部の民間人を犠牲にすることで、日本人および日本軍人の士気を失わせるというのが当時の米軍の作戦である。いま中東で米軍がやっているのがまさにこれである。すべては米軍がはじめて太平洋戦争で学んだことである。それを繰り返しているだけである。

そんなわけで、

現実に終戦後に起こったこととは何か?

というと、結局は、停戦に乗じて無傷で残った日本軍の、つまり、帝国陸海空軍の秘密兵器や秘密基地の破壊であった。そして、あたかも日本は戦争ですべてを失って敗戦したかのように見せるという偽装工作だった。

通常、戦争による敗戦というのは、戦争中に自国内の軍事基地や兵器を破壊されて多数の軍人の死人が出て戦争に負けるというものであろう。

日本の場合は、まだ国内には無傷で完全に戦闘準備態勢にある新型兵器が軒並み米軍を待っていたのである。

ドクター中松はこのことを証言しているのである。

ドクター中松は、最後の東京帝国大卒業生、最後の帝国海軍将校であった。

ドクター中松の言葉は重い。


(加)
翻って、古代イスラエルの失われた10支族の内の「ガド族」由来の伝説が残る日本の帝(みかど)こと天皇家は、どうやら古代からチキンだったらしい。つまり、臆病者家系だったようだ。神官だから戦争は嫌い。できるだけ臣民の犠牲者を出したくはない。そういう気質と伝統を持っていたらしい。

昭和20年8月20日の玉音放送のお言葉にもそれがうかがえる。

しかしながら、時と場合によっては、それが引き金となって大災害や大犠牲者を出す。

天皇陛下が、「歴史に原爆使用を行った不名誉を得たくない」と原爆開発を躊躇しぐずぐずしていたから、ロスアラモスの原爆研究が先に完成してしまったのであり、さらに停戦を躊躇しぐずぐずしていたから、その原爆を広島に落とされたのである。さらにぐずぐずしていたから、今度は2発目を長崎に落とされたのである。

この時、天皇が毅然として、「日本はソ連共産主義のアジア侵入を防ぐために戦ったのであり、いまや極東アジアはソ連共産主義の手に落ちつつあり、北京、平壌、ソウルが最大の拠点だ」と言っておれば、原爆は、北京、平壌、ソウルに落とされたのである。

「愚図(ぐず)」これが、どうやら古代からガド族の習性のようである。俺の研究によれば、そういう結論になる。

上に立つものは「愚図」ではまずい。迅速にことを正確に判断できるものでないと下に就くものは救われない。

そろそろ、天皇家もガド族由来の北朝南朝ではない別の種族、例えば、エフライム族やマナセ族へ移行してもよろしいのではなかろうか?忌部、物部、等、もっと勇敢で知的な族もいるはずである。

とまあ、俺の妄想もどんどん進むほど、忘れられた歴史と現実ほど興味深いものはない。



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  by Kikidoblog | 2015-08-19 10:09 | 人物

「素粒子論の予言者」南部陽一郎博士がご逝去:たぶんディラック博士の真の後継者だった!?

みなさん、こんにちは。

戦前の日本が生んだ物理学の天才と言えば、まぎれもなく、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士と南部陽一郎博士だろう。湯川ー朝永亡き後、日本人を代表する素粒子理論物理学者となった。そして、小林ー益川の標準理論へとつなぐ礎となった。

その南部陽一郎博士が、この7月5日お亡くなりだったということが今日公表されたようである。以下のものである。
ノーベル賞、南部陽一郎氏が死去 素粒子理論の世界的権威 2015/7/17 16:28

自然界の成り立ちを説明する素粒子理論の世界的権威で、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎(なんぶ・よういちろう)米シカゴ大名誉教授が5日午後8時12分、急性心筋梗塞のため死去した。94歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。
 幼少期から旧制中学までを福井県で過ごし東京大理学部卒。大阪市立大教授を経て渡米し、1958〜91年シカゴ大教授。宇宙を構成する最も基本的な存在である素粒子の理論研究で数多くの業績を挙げ、「物理学の予言者」と呼ばれた。
 78年文化勲章。大阪大と大阪市立大の特別栄誉教授。

【写真説明】 死去した南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授
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今後数多くの特集が組まれるだろうから、普通の話はそういうものを見てもらうこととして、ここでは、この南部陽一郎博士のちょっと風変わりな研究のことだけメモしておこう。

私と保江邦夫博士の対談本の中で、保江博士が指摘したように、量子力学とディラック方程式の創始者であったディラックは、晩年にエーテルの量子論を構築しようとしていたのである。
エーテルは存在するか?
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というタイトルの1951年のネーチャー論文である。

かのネーチャーは英国の科学雑誌だから、英国人であるノーベル物理学者であれば、だれでもフリーパスでどんな論文でも公表できる。だから、飛鳥昭雄氏ならどんな話でも学研のムーに出してもフリーパスだというのと同じようなものであろう。

保江邦夫博士が述べたように、普通の研究者は
ついにディラックももうろくしたか?
と考えて、それを一切無視したのだった。

ところが、私は南部陽一郎博士の論文選集
Broken Symmetry: Selected Papers of Y. Nambu
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を持っているのだが、かつてその中の論文を見て行くと、短い論文に気がついた。それが
Quantum Electrodynamics in Nolinear Guage
という1968年の論文だった。

この論文の参考文献には上のディラック博士のエーテル論文の引用があり、まさにディラックのエーテルの量子論の拡張を行ったのだが、さすがに南部論文には一切エーテルという言葉は出て来ない。代わりに「非線形ゲージ」という語句に変わっているのである。まあ、さすがにエーテルの量子場理論を公表するとは言えなかったからかもしれない。

が、基本的発想は、まさに「自発的対称性の破れ」とその破れによって生まれる「南部–ゴールドストーン粒子」の創始者にふさわしいものだった。

これは
特殊相対性理論のローレンツ不変性の自発的破れが生み出す南部–ゴールドストーン粒子こそ光子ではないのか?
というものだった。真空中でローレンツ不変性が自発的に破れることにより、何かの流れが生まれる。これが光なのだ。とまあ、そういう理論である。それを示すために非線形ゲージを使った。

つまり、ディラックがやろうとしたエーテルの量子論とは、ローレンツ対称性の自発的破れの南部–ゴールドストーン粒子の生成のことである。言い換えれば、エーテルとは南部–ゴールドストーン粒子のことである。

さらにそのディラックのエーテル量子論論文と湯川秀樹博士の素領域論文を合体したのが、湯川最後の弟子とも言える保江邦夫博士であった。
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Derivation of Relativistic Wave Equations in the Theory of Elementary Domains
A new approach to the theory of elementary domains
湯川秀樹の「素領域の理論」を完成した男、保江邦夫博士:2つの「大どんでん返し」!?


ところで、アジア人のもう一人の巨人に台湾出身の中国人
チェン・ニン・ヤン博士
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がいるが、このヤン博士も「対称性の破れ」が生涯テーマであった。リー–ヤンの「パリティーの破れ」である。

私はこのヤン博士の論文選集
Selected Papers (1945-1980) of Chen Ning Yang
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も持っているが、このヤン博士もまた基本的には最初に自国で統計力学理論を研究してからアメリカに渡って素粒子物理理論家になっていった理論物理学者である。南部博士と非常に良く似ている。

日本人の南部陽一郎博士と中国人の楊振寧(チェン・ニン・ヤン)博士は、研究テーマも研究の時期も非常に似たことを似た時期にしていたのである。素粒子理論にはその研究ブームというものがあるからどうしてもみんな同じ時期に同じようなことを考えるものだが、特にこの二人の研究を見比べると面白い。

たぶん、エンリコ・フェルミの愛弟子だった楊振寧博士はかなり南部陽一郎博士を意識していたのだろう。ライバル視していたのではないかと私は見ている。この観点からすると、どうして南部陽一郎博士のノーベル賞受賞が遅れたのか?そういう面でも何かありそうだという意味で面白い。逆にヤン博士はノーベル賞受賞が早かった。

いずれにせよ、20世紀型素粒子物理学において、アジア人の南部とヤンの2人はその双璧だった。

ついでにメモしておけば、南部陽一郎博士は長らくシカゴ大学物理学部の教授だった。そのシカゴ大物理学部で博士になられた東大物性研の甲元眞人博士からユタ時代に聞いた話だったが、シカゴが不況になって治安が悪くなった頃、南部博士でも大学のエレベーターの中で銃を持つ強盗に襲われ「フリーズ。金を出せ」と言われ、胸ポケットに入れた小金を与えて難なきを得たという事件もあったようである。


真の天才であられた南部陽一郎博士のご冥福をお祈り致します。合掌。RIP.

おまけ:
こういう本もあった。
南部:現代物理学の予言者
Nambu: A Foreteller of Modern Physics
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  by Kikidoblog | 2015-07-17 19:52 | 人物

レジェンドたちの「作文や詩」:彼らは子供の頃から立派な日本語で夢や目標を語った!

みなさん、こんにちは。

現代文明は善しにつけ悪しきにつけ石油文明である。石油がなければ、プラスチックも服も何も作れない。もちろん、電気も来ない。つまり原始文明に戻る。

それゆえ、石油輸送確保が必須なのである。

瀬戸内寂照、何をトチ狂ったのか?この生臭女坊主!

石油輸送確保が全体主義や戦争到来の予兆だとのたまった。

話が逆だ。

石油確保できなくなれば、独裁国家となり戦争が近づくのだ!

まあ、ボケ老人のことなどどうでもいいが、今はサッカーのワールドカップの時期であるからして、どうしてもサッカーの話が多くなる。


(あ)レジェンド中田英寿の「目標」
そんな日本サッカー界のレジェンド、
中田英寿
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の「14歳の時の詩」というのが話題をさらっていた。以下のものである。
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「目標」

2組10番 中田英寿
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力強く歩きたい と思った
くたびれて 疲れ果てて
自分に負けそうになりながら
幾たびも幾たびも 思い直して
もっと力強く進みたい と願った

そして 新しい年が来ると
その新しい年が笑いかけてくれた
汚れてない 新鮮な風と光が
いつでも 向こうから声をかけてくれた
きみ 目標は きみが選んだのだよ

自分で選んだ 一つの大事な目標が
むこうから私を救ってくれるのだ


中田英寿の「目標」が終わった瞬間
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”中田英寿よ、人生を語れ!”)→「自分探しの旅」が始まった。


中学二年生の13、4歳の頃の中田英寿さんの詩であるという。
一説では「9歳の詩」となっているものもあるが、それは違ったようですナ。

(い)レジェンド本田圭佑の「将来の夢」
次はもう一人のレジェンド本田圭佑の作文。以下のものである。
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「将来の夢」

本田圭佑

ぼくは大人になったら世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。

世界一になるには世界一練習しないとダメだ。

だから今ぼくはガンバっている。
今はヘタだけれどガンバって必ず世界一になる。

そして、世界一になったら大金持ちになって親孝行する。

Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。そして、レギュラーになって10番で活躍します。

一年間の給料は40億円はほしいです。

プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人がこのぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。

一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。セリエAで活躍しているぼくは日本に帰りミーティングをし、10番をもらってチームの看板です。
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ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。この得点も兄と力を合わせ世界の強豪をうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが僕の夢です。


本田、唯一「将来の夢」を達成していないのが、
いいパスをだし合って得点を入れることが僕の夢です。
の部分ですナ。

本田、良いパス出せよ!お前、自己中になるなヨ。


(う)フィギュアスケートのレジェンド羽生結弦選手の作文「瞬間」
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「瞬間」

羽生結弦

ぼくがこの六年間で一番心に残ったことはスケートのことです。楽しかったこと、くやしかったことなどいろいろ学びました。

ぼくがスケートを始めてから五年がたった四年の時、はじめて全日本へすいせんされました。初めて出場する全日本、ぼくは、きんちょうよりも、ワクワクしていました。「絶対に優勝してやる」と思いながら、いつもより練習に励みました。

そして当日。ぼくの出番は何と一番、クラブの皆に「一番は大変だよ。でもがんばってね」と言われると、「一番は得意だから大丈夫」と言って、皆の、そして自分のきんちょうもほぐしました。

「一番、羽生結弦君」という合図と一緒にぼくの演技は始まりました。ぼくは何も考えずに無我夢中になって精一杯自分の演技をしました。ふっと気づいたら最後のポーズを終えた瞬間、
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大勢の観客から大きなはく手をもらいました。あの瞬間は今だ忘れてません。とてもうれしかったです。そして「観客に感謝したい」と初めておもいました。

ぼくはこの大会で「観客に感謝したい」という気持ちを学びました。これからもスケートを続けていろいろな事を学んでいきたいです。


(え)プロ野球のレジェンド鈴木一朗選手の「僕の夢」
http://cocoacana.com/archives/584
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僕の夢

僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。

そのためには、中学、高校と全国大会へ出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は三歳の時から練習を始めています。三歳から七歳までは半年位やっていましたが、三年生の時から今までは、三百六十五日中三百六十日は激しい練習をやっています。

だから一週間中、友達と遊べる時間は、五、六時間です。そんなに練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。そして、その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。僕が自信のあるのは、投手か打撃です。

去年の夏、僕たちは、全国大会に行きました。そしてほとんどの選手を見てきましたが自分が大会ナンバ-ワン選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちに、ホ-ムランを二本を打ちました。そして、全体を通じた打率は五割八分三厘でした。このように自分でも納得のいく成績でした。そして僕たちは一年間負け知らずで野球ができました。だから、この調子で、これからもがんばります。

そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、お世話になった人に招待券を配って、応援してもらうのも僕の夢の一つです。

とにかく一番大きな夢は野球選手になることです。

鈴木一朗
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ところで、このサイトの「誤訳」が多すぎますナ。微妙に言い回しが変わっていたり、漢字がひらがなになっていたりする。まるで子どもじみた作文に見えるように意図的にねじ曲げているかのようだ。

レジェンドになるような選手たちはみんな、子供時代からきちんとした日本語の言葉遣いをし、難しい漢字を使って書いている。
子どもたちよ、ちゃんとした漢字を学んで、きちんとした日本語で、きれいな字の作文や詩を書きなさい。


そういう子供しか「レジェンド」にはなっていないのだから。

どうやらこれが秘密のようですナ。

やはり、しっかりした子供がレジェンド(しっかりした大人)になるわけである。子供時代にしっかりしていない子供がレジェンドに育つことはないのだ。


おまけ:
ついでに付け加えておくと、将来レジェンドになるような子どもたちは、子供であるその時期にすでに「将来の夢」を描いて、その子供時代をどう過ごすべきかを自身に課している。塾やスクールの言いなりではない。自分なりの目標を持っている。

「将来の夢」というのは、1つの「ゴール」である。そのゴールに向かって、最短時間で突き進むにはいまどうすべきか?、を考えているのである。

小学校では何をすべきか?
中学になったら何をすべきか?どうなっているべきか?
高校になったら、どういう自分になっているべきか?
プロになったら、どういうプレーヤーになるべきか?

我々理論物理学者の言葉では、これが「最適制御理論」というものである。

普通の中高大で学ぶ物理理論(すなわち、普通の古典力学)は、始めに初期条件を決めて、それがどう運動するか?を考える物理学である。だから、古典力学的発想で子供の成長を見ると、いわゆる「成長曲線」というような言葉で表されるように、子供の「その後の成長」は、「遺伝とか、生まれつきの才能とか、親のリッチ度とか」こういった初期条件で決まるのだ。こういう考え方になる。

もちろん、初期条件がどのようなものであったかは、人間の場合「結果から推測する他はない」。だから、難しい。

むしろ、そういうアプローチよりは、その子供が自分に描く未来、自分に課す未来像、そのために「いま何をすべきか?」こういう見方の方が人間の成長には大事なのである。

また、よく学者になる場合、教員になる場合、などなど、最初に「とりあえずこれを学んでおけばいつか未来のためになる」式の方法を取る場合がある。つまり、「将来に役立つかどうかわからないが、今のうちに学んでおけばきっと役に立つ」。人は良くこういう方法を採用する。

しかしながら、それは間違い。間逆なのである。

人には、寿命があり、時間が限られている。だから、最初に何でもやっておけ、何でも学んでおけでは、時間がなくなってしまうのだ。また、目標が明確ではないから、いいかげんになりがちなのだ。

私が知る限り、これまで見てきた人たちの中で、この方法で成功した人は見たことがない。

わかりやすく言うと、スポーツで見てみよう。

よく母親が息子にとりあえず、Jリーグのクラブの下部組織に入れれば、将来Jリーガーになって、お金を稼いでくれるだろうから、自分の息子に催促してクラブチームへ入れとすすめる。

これが「古典力学的アプローチ」である。

しかしながら、私はこれまでたくさんの子供達も観察してきたが、こういう子供からレジェンドは誕生したことがない。

なぜなら、その子ども自身が「今の僕はクラブチームで学ぶことが必要だと考えたから入った」とは思っていないからである。

これが、せっかくすばらしいクラブユースに入ったとしても、その子供がさまざまなチャンスを棒に振る理由になるからである。自分がチャンス、恵まれた環境にいることを認識しないからである。

勉強塾とて同じだ。東大でもそうだ。

一応東大でも出ておけば、食いっぱぐれはない。これでは科学のレジェンドにはならない。

むしろ、現実的にもっとも理にかなったやり方は、「子供に明確な大望を抱かせる」。つまり、はっきりしたゴールを作る。そして、そのゴールに至るためには、大学、高校、中学校、小学校と自分はいまそれぞれの時期にどうすべきかを具体的に描かせる、計画させる必要がある。

これが「最適制御」の考え方である。

成功した若者たちはみな自分なりにこの最適制御理論を持っている。

人から笑われてもいい。人からバカにされてもいい。人から無視されてもいい。とにかく、最初にゴールを作り出す。これがなければ、自分が向かうべき道筋が見えてこない。したがって、ゴールが分からなければ、何をすべきかも分からない。だから、今自分が遊んでいるべきか、今トレーニングすべきか、判断できない。結局、ただ時間を潰す。

レジェンドになれる人物とは、こういうことを自分自身だけでできるような人のことである。

いい先生がいてそれができるのであれば、それだけのこと、その人がレジェンドにはならない。その先生がレジェンドだったのである。


さて、俺からのレジェンドへのコメントは、「問題はその後だ」ということである。子供の頃夢見た「将来の夢」を実現した後だ。その後自分は何をなすべきかをまた考えておかなければならないということである。

これがないと、清原和博のようになる。伊藤リオンのようになるからである。

子供の頃の夢を実現したら、今度は成功者になってからの将来の夢を描かねばならない。

これを続けていけば、結局、

死んだ後の夢

までみることになる。

こうしたら、結局、人は人生の中で悪いことなどできようはずがないのだ。

まあ、分かる人にしかわからないだろうがナ。




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  by Kikidoblog | 2015-06-19 09:19 | 人物

ノーベル賞受賞の数学者ジョン・ナッシュ夫妻、交通事故で死去:ご冥福を祈ります。

みなさん、こんにちは。

いや〜〜、朝から大変残念なニュースが飛び込んだ。

「囚人のジレンマ」などゲーム理論の創始者でノーベル賞受賞したジョン・ナッシュ博士夫妻が交通事故でお亡くなりになられたとのこと。これである。
John Nash dead: A Beautiful Mind mathematician and wife Alicia killed in a car crash, say police
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John Nash, the Nobel laureate whose life as both a genius mathematician and a victim of cruel mental disorders inspired the 2001 film A Beautiful Mind, has died with his wife, Alicia Nash, in a crash on a busy stretch of motorway in New Jersey. He was 86 years old and his wife was 82.

They were on the way to their home near Princeton University late on Saturday after flying from Oslo, where Mr Nash received a prize for mathematics from King Harald V. Police said that the driver lost control of the taxi they were riding in and struck a central reservation barrier. The two were thrown from their vehicle. They may not have been wearing seatbelts.

Russell Crowe, the actor who portrayed Mr Nash in the film, said he was “stunned” on hearing of the accident. Directed by Ron Howard and starring Jennifer Connolly as Alicia Nash, A Beautiful Mind won an Oscar for best picture. “My heart goes out to John & Alicia & family. An amazing partnership. Beautiful minds, beautiful hearts,” Mr Crowe said on Twitter.

Mr Nash was celebrated for his work on so-called “game theory”, which used mathematical theorems to describe and predict the outcomes of contests, whether between individuals, states or corporations. He shared the 1995 Nobel prize for economics with two colleagues, the game theorists John Harsanyi and Reinhard Selten.

His work was in time widely adopted, including in the fields of business and diplomacy. But his career for a long period was derailed by mental dysfunction, eventually to be diagnosed as schizophrenia. He had already laid down the outlines of his theory when at the age of 30 he resigned from the Massachusetts Institute of Technology, suffering from delusions, hallucinations and paranoia. Some of those years, during which he and Alicia were divorced, were spent wandering Europe.

When he was approached for a prestigious academic position in Chicago he declined because he said he was in line to become the Emperor of Antarctica.

The condition eased in his early fifties. Mr Nash joined the faculty at Princeton, and he remarried Alicia in 2001.

“We helped lift him into daylight. We resurrected him in a way,” Assar Lindbeck, the former chairman of the committee for the Nobel prize in economics, told Sylvia Nasar, whose biography of him formed the basis of the film.


ラッセル・クローとジェニファー・コネリーの名演で話題となった「ビューティフル・マインド」の主人公こそ、このジョン・ナッシュ博士と妻のアリシアさんだった。


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ちなみにジェニファー・コネリーはアカデミー賞をこの映画で受賞した。

一方のラッセル・クローは、残念ながら、アカデミー賞を逃した。

たぶん、その理由は、ちょっと前に当時まだ無名のマット・デーモン主演の
「グッド・ウィル・ハンティング」
が出てまだまもなく、キャラクターが同じ天才数学者ということとで、イメージがかぶったのと、デーモンの演技が良かったことなどのせいだったと私は考えている。我が家は両方映画館で観ましたよ。


ナッシュ均衡の話は、経済学やゲーム理論だけではなく、最適制御理論などにもすでに応用されてきているために、ますますもって重要になるだろう数学概念の一つである。

いずれにせよ、制御空間の凸性がその要点にある。が、こういう話は、普通の人は理解できないから、ここでは端折る。

このジョン・ナッシュがリクルートされた戦略研究所(数学研究所)が有名な「ランド研究所」というところで、まさに世界最先端の応用数学や純粋数学研究を行い、それを戦争に役立てようというアメリカのもっとも重要な研究所なのである。

ここにいたリチャード・ベルマン博士により、ダイナミックプログラミングという数学理論が発明され、それがロケットコントロールやさまざまな制御理論の雛形として世界に広がったのである。

このランド研究所は正真正銘のイルミナティーNWOの研究所である。だから、天才的な数学者でないと入れない。多少気が狂っていようがいまいが、変人であろうがなかろうが、そんなことはイルミナティーはかまわない。完璧なるオリジナルの発明的研究を行うものであれば良いのである。

インターネットのプロトコルシステム、ネット検索技術、暗号技術、ネットワーク理論、フェイスブックシステムなどなど、こういった数学の応用理論は大半がこのランド研究所で20〜30年先の先行研究が行われ、見込みが出たものが、表の社会で経営者になりそうな若者を発掘して、そいつに任せるのである。

では、さいなら、さいなら、さいなら。


ジョン・ナッシュ夫妻のご冥福をお祈りいたします。RIP.


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  by Kikidoblog | 2015-05-25 10:01 | 人物

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