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カテゴリ:アイデア・雑多( 160 )

 

あけましておめでとうございます:今年は「チャレンジの年」の予感あり!

ダイヤモンド富士サンライズ
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海外「国旗のモデル!?」日本だけの美しい初日の出に海外が感動


みなさん、こんにちは。

謹賀新年。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

ニューイヤー駅伝はトヨタ、天皇杯サッカーはガンバ大阪が優勝で幕を開けた2016年。

今年はおそらく我が国は戦後最大のチャレンジの年となる予感がします。

チャレンジ、チャレンジ、チャレンジあるのみです。

その一方で、すでに欧米人には我が国民がユダヤ人の祖である、古代イスラエルの失われた10支族の末裔だということが知られてきました。そのために、これまでは西洋人にとっては靖国神社であれ、日本の神道が西洋文明とは全く異質のもので、西洋キリスト教と敵対する多神教の異教だと思われてきました。

しかし、実はそれが間違っていました。むしろ多神教というのはこの地球の自然を愛する自然崇拝のことであり、西洋型ユダヤ・キリスト教の原型に近いという認識が広がりつつあります。

したがって、日本の神道形式の結婚式やお祝いごとを日本に行って自分もやってみたいという西洋人や外国人が増えてきました。

この意味では、諸外国人にとっては我が国へ来ることがチャレンジといえるでしょう。

話は変わって、陰謀論的意味でも、横暴で傲慢なイルミナティーへのチャレンジ、反日の象徴である中国や韓国へのチャレンジもあります。

あらゆる意味でチャレンジの年。

とまあ、こういうものが私の予感であります。
もちろん、私自身研究執筆において何らかのチャレンジをしたいと考えています。

皆さんにとって素晴らしい一年になることを祈念いたします。





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  by Kikidoblog | 2016-01-01 18:24 | アイデア・雑多

徳島勝浦町の「ビッグひな祭り」ついにブラジルに行く:みなさん、良い年を!

みなさん、こんにちは。

怒涛の2015年も今日で無事終了。みなさん、ご苦労様でした。お疲れ様しでした。

さて、阿波の国徳島県と房総の安芸の国千葉県には勝浦という町があり、どちらにも「ビッグひな祭り」というイベントがある。
ビッグひな祭り
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阿波の国と安房の国とセレソンの国の「ビッグひな祭り」


雛人形は女の子を授かった家庭で、非常に高価な雛人形でも、それをなんとか工面して雛祭り用に買うが、その女の子が成人すれば、もはや雛人形は用なしになる。だから、普通は、親戚にあげるか、誰かにやるか、あるいは、ゴミとして廃棄するかの選択を迫られる。

阿波徳島の勝浦町のビッグひな祭りは、子供の頃からひな壇を飾った雛人形が無残に捨てられてゴミとなり、焼却されてしまうのはもったいない。そこで、雛人形を燃やすよりは、持ってきたら、人形を供養して飾りますよ、という精神で誕生したものである。

この「ビッグひな祭り」と一方地球の裏側にある遠いブラジルのリオのカーニバル。
ブラジルのリオのカーニバルが最高潮!:あっちの水はあ〜〜まいぞ!?

Carnevale di Rio de Janeiro

このカーニバルの人間によるサムバのひな壇は非常に似ている。

そこで、もう10年以上前に私は昔のブログにジョークとして
この2つが似ているよ
とメモしたのだった。たぶん、そういうことをブログに最初に書いて紹介したのは私以外にはいなかった。これである。
日本のひな祭りとブラジルのひな祭り
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あれから10年。

ついにその勝浦町のビッグひな祭りが、サムバの本場ブラジルのリオに飾られることになったというのだ。これである。
徳島・勝浦のビッグひな祭り、リオ決定 五輪中5000体展示 2015/12/31 09:48

【写真説明】リオデジャネイロ五輪で展示されることが決まったビッグひな祭り=2月22日、勝浦町の人形文化交流館
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3万体のひな人形の飾り付けで有名な勝浦町の「ビッグひな祭り」が、2016年夏のリオデジャネイロ五輪の期間中、現地で展示されることが正式に決まった。展示を計画したNPO法人日本スポーツ芸術協会(東京)から、ビッグひな祭りを手掛けるNPO法人阿波勝浦井戸端塾に連絡があった。井戸端塾は、ひな人形約5千体をリオへ送る。

 展示場所は現地の文化施設などが候補に挙がっており、早ければ16年1月に確定する。井戸端塾は保管するひな人形から、保存状態の良いものを選び、5月上旬までにコンテナ船で発送する計画。人形の数については現地の要望次第で増える可能性もあるという。

 飾り方は、ビッグひな祭りのメーン展示にならってピラミッド型とするか、壁沿いに並べるかの2パターンで検討している。リオ五輪(8月5~21日)、同パラリンピック(9月7~18日)に合わせて展示する計画で、終了後は現地の日系商工会議所や日本人会などに寄贈する方針だ。

 ビッグひな祭りのリオ行きは、同町棚野出身で日本スポーツ芸術協会の相原茂明事務局長(68)が発案。14年10月、阿波勝浦井戸端塾に協力を求めていた。相原事務局長は「リオで日本の文化を紹介できることになり、うれしい」と話している。

 ビッグひな祭りの海外進出は、井戸端塾の初代理事長で14年に死去した殿川武男さんの念願だった。稲井稔理事長(76)は「殿川さんが望んでいた海外展開が実現することになり、感無量だ」と喜びを語った。


徳島の阿波踊りは日本のサムバ。リオのカーニバルのサムバにも非常に似ている。また、サムバも阿波踊りに参加もできる。

さあ、吉と出るか凶と出るか、神のみぞ知る。良い方向に行って欲しいものですナ。


では、今年もいろいろお世話になりました。良い年を。




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  by Kikidoblog | 2015-12-31 17:08 | アイデア・雑多

俺の今年の漢字は「読」:読んで〜読み潰れて眠るまで〜〜読んで〜〜

河島英五 【Live】 酒と泪と男と女


みなさん、こんにちは。

さて、我が国の著名人たちが自分自身の今年を表す「今年の漢字」というものを書いているらしい。以下のものである。
大谷、白鵬、爆笑問題 各界著名人の「今年の漢字」


私自身は「今年の漢字」は?

といえば、おそらく

「読」

でしょうナア。

今年はとにかく読んだ。本を読んだ。論文を読んだ。ブログやサイトを読んだ。朝鮮人の性質を読んだ。支那人の戦術を読んだ。偽ユダヤ人の計略を読んだ。ニコラ・テスラの目標を読んだ。保江邦夫博士の本を読んだ。ありとあらゆる本を読んだ。

(河島英五風に)

知らなきゃならない陰謀や〜〜
どうしようもない〜〜反日に〜〜

包まれた時におとこは〜〜
本を読むのでしょう〜〜

読んで〜〜読んで〜〜読まれて〜〜読んで〜〜
読んで〜読み潰れて眠るまで〜〜読んで〜〜
そしてまた眠るまで読んで〜〜

や〜がて〜おと〜こは〜〜 
静かに眠るのでしょう〜〜

またひとつ〜〜女の方がかしこく見えてきた〜〜
またひとつ男の馬鹿さが見えてきた〜

お〜〜れは〜〜おとこ〜
泣き通すなんて〜できないよ〜〜
今夜も本をめくって〜〜眠ってしまうのさ〜〜

お〜〜れは〜〜おとこ〜〜
泪は〜みせられないもの〜〜

読んで〜〜読んで〜〜読まれて〜〜読んで〜〜
読んで〜読み潰れて眠るまで〜〜読んで〜〜

や〜がて〜おと〜こは〜〜 
静かに眠るのでしょう〜〜


とまあ、こんな感じでしたヨ。それにしても今年もよく読んだ。

おそらく、来年は「書」を目指す。


さて、今夜はサンフフレッチェ広島がリバー・プレートに勝てるかどうか?
日本勢初の決勝進出なるか?

俺は広島が1-0の勝利の予想。

実に楽しみな試合である。





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  by Kikidoblog | 2015-12-16 08:36 | アイデア・雑多

ちょっと昔話を1つ:私がマンガを見なくなったわけ

みなさん、こんにちは。

昔話しになるが、こういう我々50台後半の昭和30年代生まれの日本人もいわゆる「マンガ世代」である。また昭和30年代前半生まれの我々の世代は、そのちょっと前の20年代中頃生まれの「全共闘世代」「学園紛争」世代とは異なり、「しらけ世代」と呼ばれた世代でもあった。だから、私も例に漏れず大学院時代までは結構マンガを読んでいた。

ところが、米国留学して全過程終了し帰国前の1990年の真夏にアメリカユタのアパートで拙著「三セクター分立の概念」の基になる原稿を書き上げて以来、帰国後からまったくマンガが読めなくなったのである。

多分これは、何らかのルートで月や火星に行った後に地球に戻ってきたら、その地球に住む人たちの宇宙観と実際に自分が見てきたものとの違いに歴然とするためにもはや地球人の価値観で書かれた書物を二度と読めなくなるというようなものに近い。

その最初に書いた原稿は、1990年9月の当初にはそこから直接日本の文藝春秋社に送ったが、陽の目をみなかった。しかし帰国後に企業に拾ってもらった1991年に物理学会の有志の運営する機関紙から公表された。
井口和基、「日本社会の構造的問題とその解決の方向:3セクター分立の概念」、 「物理学者の社会的責任」サーキュラー、科学.社会.人間、第37号、10(1991)。
別刷り50部だったか100部だったか私は持っていた。

これは後に私が理化学研究所のできてまだ2、3年目の基礎科学特別研究員だった頃の1995年に近代文芸社から500部を自費出版。そしてさらにここ阿南に来て数年後の2001年に太陽書房からオンデマンド自費出版したのである。

実はあまり今では知っている人はいないし、大半は歴史を忘れただろうし、また語られるほどの知名人ではないから無視されただろうが、この論文は物理学会の中のかなりのメンバーに衝撃を与えたのである。このままでは
日本のアカデミズムは滅ぶ。特に、このままでは日本の物理が終わりだ
という危機感が生まれたのだ。

というのは、今のようにインターネットやメールで配信するということができる一歩も二歩も前だったため、最初の別刷りをことごとく、手紙付きで日本の知的リーダーと目された人たちに送りつけたのである。それが無くなってしまった頃には、今度は自費出版本500部もまた当時の知的リーダーや国公立大学図書館、マスコミの教育関係者に送りつけたのである。

このことを証明する事実がある。その1つは、当時毎日新聞社の社会および教育関係の記者であった中村龍兵さんの
挑戦する立命館:大学改革とは何か
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という本である。1997年刊行。

この本は当時関西の私立大学の雄、立命館大学がひどく停滞していてそれをどうにかこうにか改革しなければならないという状況にあった。そこに改革派の大学学長が登場し、立命館大学を改革すると名言したために、それならその改革は井口和基氏が提唱したような
「アカデミズム・セクターの一員として確固たる独立した存在になる」
ような改革であるべきだと中村龍兵氏が本にまとめたのであった。

事実、この本の169ページの最後から二番めの節に「アカデミズム・セクターの独立を」とあり、そこで私の思想への賛同とそれに応じた立命館大学の大学改革を提言されたのである。

そして関西発の大学改革の模範例として立命館大学は再出発したのである。それどころか実際には立命館大学の改革はその後の日本の大学の特に私立有名大学のモデルケースとなったのである。

私は直に中村龍兵さんからお手紙をもらい、一度大阪でご一緒に中華料理を食べながら歓談したものである。いまやいい思い出の1つである。

この「アカデミズム・セクター」という概念こそ実は私がこの日本に流行らせたものである。
私はたまに22年前を回顧する:「3セクター分立の概念」の時代を!
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自画自賛(だれもほめてくれないからお許しを。)
まあ、「信じる信じないは貴方次第です」というやつだがナ。

この私の拙い1つの考察論文に端を発して、社会教育学者のグループも研究し始め、かの膨大なるレポートサーベイが作られたのである。(ちょっと本の著者とタイトルをど忘れ)

自費出版本は、当時理研の理事長になったばかりの有馬朗人博士にも理研の理事長室の入口付近で直に手渡した。たぶんしっかり読んでくれたと思う。

なぜなら、私が理研を離れ、ここ阿南に来て、今後は三菱財団の研究助成を受けた授与式で文部科学省大臣となられていた有馬博士が帰り際に私の肩を後ろから叩き、「頑張れよ」と言って微笑んだからだった。ちゃんと私の名と顔をご存知と見えた。それまでは文部省と科学技術庁は別の省庁であり、大学は文部省、理研は科学技術庁の管轄の組織だったが、それらが有馬博士の時代に統合されて文科省となったからである。これが現在までの形態である。

この文部省と科学技術庁の統合、および大学の独立行政化(大学法人化)への動きはこの頃(1995年〜1996年)から活性化し、どんどん独立行政法人化が進んだのである。「ポスドク1万人計画」「大学院拡充」がその象徴となった。

独立行政法人は1995年に端を発したが、それと同時に「科学技術基本法」が制定された。これにより、それまで田中角栄時代の「日本列島改造論」の土建業の時代を象徴する地方公共事業の地方交付金から「日本列島大学改造論」の時代を象徴する大学交付金の時代へと大転換が起こったのである。

これにより、それまで(1995年前)までには地方の公共事業に使われた年5兆円の税金が、全部そっくりそのまま日本の国公立私立大学や国公立の研究所に回ったのである。

だから、これ以後、年5兆円が科学技術分野の再構築のために使われるようになったのだ。知っていたかい?

逆に言えば、毎年黙っていても地方の公共事業に投資されていた5兆円が全部大都市近郊にしかない大学施設内の公共事業へと流されたために、日本の大学は刷新し、幾多の新しい学部、建物、施設、寮、研究所などがどんどん誕生したのである。

極めつけは、ポスドクが異常に増えたことと、大学法人化により、大学関係者が自らの給料を査定して決めることができるようになったことである。つまり、それまでは国家公務員一律の給料だったのだが、それが大学自ら自分の給料を決めることができるようになった。

だから、大学教授がそれまではしがない国家公務員にすぎなかったものが、電通によって「A層」にランクされるまでになったのである。だから、私が大学院生のころには大学教授の誰一人大学に自家用車で通うものはなく皆徒歩通勤だったが、いまでは教授、助教授、助教のみなポルシェ、BMW、VWなどの外車で通う昨今となったのである。
1983年物性若手夏の学校
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中央のメガネが当時校長の私。その左が私が参加依頼した江崎玲於奈博士。その周りに当時の阪大東北大の物性の若手たち。この中の大半がいまや理研のリーダーとなったようだ。


この野郎、おい、俺に感謝しているか!(おっと失礼)→阿南に足向けて寝るなよナ!

ちなみに、そういう社会改革の一番最初の突端となったこの俺様は何のメリットも受けなかったというこの日本。バチが当たるぞ。

いやはや、世も末ですナ!


というわけで、俺はマンガがまったく読めなくなったのだった!



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  by Kikidoblog | 2015-12-05 12:10 | アイデア・雑多

日本の常識は世界の非常識:何事にもルーティーンがある。ラグビーだけではない!

みなさん、こんにちは。

いやはや、これは痛い。不幸な出来事。

しかしながら、そこには
日本の常識は世界の非常識
的な大事な問題が潜んでいるから一応メモしておこう。以下のものである。

18歳日本人、強盗に銃で撃たれ死亡…ブラジル
【リオデジャネイロ=吉田健一】

ブラジルの在サンパウロ日本総領事館によると、同国サンパウロ州サントス市で19日未明(日本時間同日午後)、日本人が強盗に銃で撃たれて死亡した。

 地元メディアによると、死亡したのは、千葉県市原市生まれの男性、オオシロ・ルアンさん(18)。オオシロさんが友人2人とバスを待っていたところ、2人組の男が所持品を差し出すよう要求。オオシロさんが携帯電話を渡そうとした際、男が発砲した。オオシロさんはパーティーから帰る途中だった。

 オオシロさんは14年前から父親と弟と一緒にブラジルで生活していたという。


さて、このニュースで何が問題だったのか?

これは我が国内だけで生活している人間には理解不能だろう。

実は、結論から言うと、銃を持った犯罪者の前で

ポケットに手を入れる

という行為が御法度タブーだったのである。


かつて1980年代のアメリカで私が忠告されたことは、

警官に呼び止められたら、走るな

ということだった。

つまり、アメリカの警官は自分の前で走って逃げようとする人物に対しては、本能的に銃で撃つ。相手をまずは射殺してから考える。

とまあ、こういう習性があるから、絶対に走るなということであった。

だから、高速道路でスピード違反すれば、銃を持った警官が2人必ずやってくる。日本のバカパチンコ警官のように一人でのこのこと自動車の窓から中を覗き込むような愚劣な真似はしない。もしそんなことをすれば、中から銃で撃たれるかもしれないからである。

そういう恐れがあるから、アメリカの警官はかならず2人が来て、一人がまず

「フリーズ!(動くな)」

といって銃を持って近づく。そして、それをもう一人がサポートする。

そして警官はドアを抑えて決して「車から出るな」と言いつつ、「手を見せろ」といって銃を持っていないことを確認したら、「車から出ろ」と言って来る。そして、「壁に向こうを向いて両手をつけろ」という。その間に「ボディーチェック」する。

こうやって安全を確認してから、飲酒運転ではないかの検査を行う。そして、最後に交通違反の切符を切る。

そこには何日以内に振り込まないと、累積するよとその雪だるま式に増える金額が出ているのだ!


とまあ、この俺自身、アメリカ時代およびハワイ旅行の最中に警察官のお世話になったことがあるから、実にそのルーティーンはよく知っているわけさ。

ハワイの警官はすぐに駐車違反の切符を切るから要注意。それも何度でも何周も回ってやってくる。一度に2回やられたこともある。


これが日本以外の先進国の実情である。


ところが、今度2014年の6月にブラジルのW杯に出征した時、今度注意されたことは何だったか?というと、
決してズボンの右ポケットに手を入れるな!
ということだった。特に「携帯電話をポケットに入れるな」と。

そんなことは分かった、分かった、分かっているからうるせ〜〜なという感じでレシフェに到着したのだったが、はやる心と不眠不休の27時間のフライトとW杯の昂奮などで、いつもの習慣に戻ってしまったのだった。

だから、いつも携帯電話はバミューダパンツの右ポケットに入れて歩いていたのである。(2014年W杯

幸いだったのは、短期間の旅行だったこととW杯のために警備が厳重だったこと、この2点だっただろう。犯罪者と出会うことは全くなかった。

しかしながら、今度は試合が終わった翌日にレシフェのモールのデパートで買い物をする時、ものを買って支払いをしようとついついいつものように右手をズボンのポケットに入れて財布を出したのであった。

その度に、何やら店員のきれいなブラジル人のお姉さんが一瞬

ぎくっと

したのである。

最初はその理由が分からなかったが、ブラジル人は右手(や左手)がポケットに入ると、その次は

銃が出て来る

ことがあるために、警戒して身構える習慣があるからなのである。場合によっては、銃で反撃する。


というわけで、相手が私の行動や雰囲気や言葉から、私が見るからに日本人だと分かったので、警戒を解いて、多少私がポケットに手を入れるというタブーを繰り返したにもかかわらず何事もなかったわけだが、本当は銃で撃たれかねない危ないタブー的習慣だったのである。


今回のこの事件は、射殺されてしまった日本人(たぶん日系人)は、日本育ちだったせいか、そういうブラジルのイロハが分かっていなかったようである。

他国へ行く時には、かならずその国のタブーを知っておけ!これは常識である。


アメリカでは警官の前で走らない。
ブラジルでは人前でポケットに突っ込まない。
東欧では女性は1人で男に付いて行かない。
韓国ではキムチを食べない。必ず毒味をさせる。
中国では1人で出歩かない。部屋にだれかいないか確認する。

などなど、それぞれの国の特徴を知って、備えあれば憂いなし。

ところで、こうした事件が起こると、すぐさま銃規制に話を持って行く人間がいるが、かつてのアメリカの日本人留学生の射殺事件があったが、深夜に仲間と二人でアポイントメントも取らずに他人の家に忍び込んで、その家の住人を(友達だと思って)驚かせるというような不届きなことをすれば、それはその家の住人に射殺されても文句は言えないのである。それも治安の悪い地域だったわけだから、自業自得になる。

世の中は日本人の甘っちょろい世界観や常識で動いているわけではないからだ。


そういえば、今思いだしたが、ユタではこんなものもあったナ。

白人女性に無闇に手を出すな!さもなくばその女性の父親に射殺されるぞ!


つまり、まだまだ人種的偏見の強いアメリカの田舎のユタ辺りでは、自由恋愛が成り立つなんぞとその辺のシールズのバカがいうようなたわ言を信じて、若い白人女性とつきあってセックスしたりすれば、激怒した父親がライフルもってやってきてこっちを問答無用で射殺する場合がある。だから、恋愛するなら、まずはちゃんとしたルーティーンに従って、まずは父親と面会するなどしてからにせよ。

こういう事実を知らずに殺された中国人がいたようだが。


ルーティーン(習慣やしきたり)というのは何もラグビーやサッカーや野球だけの話ではない。

ブラジルの買い物のルーティーン、アメリカの交通違反のルーティーン、訪問のルーティーンもある。

突如いつものルーティーンと違っていれば、相手は不審に感じるのである。

我々がすぐに女性をレイプしたり拉致する朝鮮人を見て変だと感じるのと同じである。

日本にいれば、日本のルーティーンに従わなければならないのである。


こうした海外の常識をご存じなくてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り致します。合掌。RIP.



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  by Kikidoblog | 2015-10-22 08:54 | アイデア・雑多

「ヒカルランド講演」無事終了2:皆さん、triportさん、竹之内さん、どうもありがとうございました!

みなさん、こんにちは。

先日のヒカルランド講演
「ヒカルランド講演」無事終了:皆さん、どうもお疲れさまでした!

「明日死ぬと思ったら、俺に何を聞きたいか?」:ヒカルランド出版記念講演会
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では、遠路はるばるわざわざ聞きに来てくれて本当に心から感謝致します。同時に何人もの方々が、サイン会の際にいろんなお土産、というかプレゼントまで持って来て頂き、本当にありがたかった。

この場をお借りして感謝したい。どうもありがとうございました。

中でも、私の専門の理論物理に関してもっともありがたかったのは、triport pierさん
「総量」から「効率」へ
からの贈物であった。

なんとそれは保江邦夫博士の
「数理物理学方法序説」




2015年、きっと来る、保江博士のお弟子さん!?:悪魔の「数理物理学方法序説」

の私が持っていた4と6と9以外のすべてだった。

保江先生の本はアマゾンでもなかなかなく、あったとしても高価だから、ずっと買えずにいたのである。ましてや、徳島市内の紀伊國屋にも行く度にも見つからなかったので、半ば諦めていたのだった。

それが、なんと講演の後のサイン会の時に、triportさんの持つ拙著にサインをする際にプレゼントしてくれたのだから、本当にありがたい。それも私がどれを持っているかをちゃんと見計らって持って来てくれたのだから本当に助かった。

triportさん、どうもありがとうございました。

これで、保江先生の人生にして最大のお仕事である「数理物理学方法序説」を一から全部読むことができそうである。

また、竹之内さんには生花までいただき、ありがとうございました。

こんなわけで、最初は、ヒカルランドの講演会はなかなかここ阿南から出張するのは大変であるためずっと断ってきたのだったが、いまは私自身やって良かったかなと思っているわけですナ。

皆さん、どうもありがとう。



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  by Kikidoblog | 2015-10-16 18:56 | アイデア・雑多

「ヒカルランド講演」無事終了:皆さん、どうもお疲れさまでした!

みなさん、こんにちは。

今日、午後四時頃無事に帰宅しました。

さて、今回のヒカルランド講演
「明日死ぬと思ったら、俺に何を聞きたいか?」:ヒカルランド出版記念講演会
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は、参加者と作り上げることを目指したので、すべてぶっつけ本番で行うことにしたのだが、開始前後のサイン会を含めて講演時間の3時間を超える5時間に及んでしまった。あっという間の5時間だった。
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とにかく、参加していただいた皆さんに心から感謝致します。どうもありがとうございました。お疲れさまでした。

ちなみに、講演前の準備の時に演題の水をこぼしてしまったのだが、それを拭きに来てくれた女性が私の奥さんだった。講演中はずっと後ろでいっしょに聞いていたんですナ。

講演翌日は、奥さんといっしょに私の実家のある山梨に戻り、石和の弟宅に世話になった。闘病中の実父、実弟を見舞い、再び東京に戻ったのである。

そして2015年10月13日の私の誕生日についにスカイツリーに登ったのである。
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スカイツリーは講演当日は天辺が雲間に入っていたのだが、13日は全天晴天の最高の日和となり、360度東京を見渡すことができたのである。
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私はまったく知らなかったのだが、誕生日にスカイツリーに登ると、誕生日のワッペンをくれ、それをスタッフが見ると
お誕生日おめでとうございます
と笑顔で祝ってくれるというサービスがあったのだ。

おかげで、私は可愛い女性スタッフたちや男性スタッフたちから、たくさんのお祝いの言葉を頂き、たいへん幸運だった。

翌日の14日は浅草の町並みを見学、あまりの外人の多さに驚くと同時に、やはり外人はすぐに害人になるというのをつぶさに観察できたんですナ。
昼間の浅草寺
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(高村光雲作)
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(1000年銀杏)

夜間の浅草寺
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西洋人は初心者の内はおとなしいが、少し住み慣れて来るとすぐに悪さをするようになる。

例えば、夜の浅草寺のあの参道を猛スピードで自転車で通過し、吊るしものを手で蹴散らして通り過ぎる罰当たりの白人青年2人に遭遇した。すぐに調子をこくのが白人である。

一方、あれほど何度も買い食いはダメよ、歩き食いがダメだと言われても、支那人はあえてそれを破って得意になる。天然の反逆者遺伝子があるわけですナ。


今回の浅草訪問で一番目についたのは、放心状態というか、夢うつつの状態というか、そういう魅入られた感じで浅草やスカイツリーを眺めていた外国人の多さである。

スカイツリーの下が見えるガラス張りの間では、外国人がもう童心に戻って大はしゃぎする様は実に愉快であった。自撮り、ジャンプ、いろんな技を見せてくれましたヨ。


ところで、井出治さんも今回の講演は終了後に部屋に来てくれ、その後の打ち上げにも参加してくれたのだが、その井出さんの将来像も暗いものだった。それは、世界が混乱するために、東京五輪は開催されないという、どこぞの世見の予言者と同じようなビジョンだった。

そこで、私と奥さんとで、浅草寺の中にある神社で、神様にこの東京を守って欲しいとお願いしたのだった。

まあ、というわけで、俺は東京五輪は何事も無く大成功するだろうと見ているんですナ。


いずれにせよ、実に爽快で、楽しく、愉快な旅だった。

参加してくれた皆さん、どうもありがとうございました。またいつかお会いできるときを楽しみにしています。みなさんの御健康とご成功とご活躍を心から願って止みません。


おまけ:
数ヶ月前から楽しみにしていた井口和基博士の講演に行ってきた


おまけ2:
井口先生講演



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  by Kikidoblog | 2015-10-15 22:27 | アイデア・雑多

「準時間=quasitime」とは何か?:俺は最近こんなものを研究していたんですナ。

マンデルブロー集合
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みなさん、こんにちは。

ここ最近は、ニコラ・テスラの関連が終了したために、実に爽快。のんびりと以前からの研究テーマに集中していた。だから、ここにメモすることがたくさんあるのだが、すっかり忘れてしまっていたのである。

最近集中していたテーマは、この時空が何も無い「空間」なのか、それとも何か(エーテル=イーサー)が詰まった凝縮体なのか、あるいは、隙間と凝縮体(=素領域)が混在してフラクタルのようになったものなのか、こういうものを区別するには何を見ればよろしいか?というようなものである。

つまり、この時空内を粒子がブラウン運動するする場合、その運動がガウス的ならば、時空は比較的単純。しかしもしその運動が非ガウス的(=レビー的)であれば、時空がフラクタルか、あるいは、乱流的ということになる。

そんなわけで、レビー過程というかなり古くからある確率過程を勉強していたというわけである。

このレビー過程の何が面白いかといえば、拡散方程式のような偏微分方程式の微分にでてくる次数が分数や無理数になる、つまり、次数が実数になるのである。

この手の代数解析は、分数微分とか、端数微分とか、fractional calculusと呼ばれている。

まあ、付け加えておけば、普通はこの代数計算は非常に難しいために、1変数+時間変数程度の場合がほとんどなのだが、私と青本和彦博士とで、すでに任意の数の変数を持つ場合の多変数解析関数の場合まで拡張済みなのであった。

しかしながら、もう10年以上前の仕事だから、私自身がすっかり忘れ切っていた。というわけで、そのあたりに戻るべく、ずっと簡単なものを勉強し直していたということなんですナ。


実は、確率微分方程式を発明したのが、我が国伊藤清博士。この伊藤清博士がまだまったく無名の若者だった頃、いくら誰が見てもすぐに分かる大天才であったとしてもまだ何の業績も無ければ、大学に職が取れないから、大蔵省主計局で伊藤博士を雇って上げた。そして、そんな伊藤博士に「あなたはただ研究に没頭しなさい」と言ってくれた上司が、今の秋篠宮の奥方の紀子様のご祖父だったという話。

そうやって伊藤微分、伊藤の確率方程式が大蔵省から誕生したのだった。

その伊藤方程式を株価変動理論にとしてすっかり焼き直したのが、ブラックとショールズという学者さん。結局、この朴李学者の偽ユダヤ人がノーベル経済学賞を根こそぎした。

そんなガウス型の拡散方程式から変動相場のブラックーショールズ方程式に変換したのは良いが、あまりに理論は理想化しすぎて現実をうまく記述できていない。

そこで、どうやれば、より現実的な方程式が得られるか?

というわけで、やはりブラックーショールズ方程式もまたレビー過程に基づけば良いだろうという単純なアイデアが出て来る。つまり、分数ブラックーショールズ方程式ないしは、ブラックーショールズ分数微分方程式を解けということになる。

まったく株も持たず財産もカネもない俺が株価方程式を研究するというのは、まさに人生の皮肉だが、絵に描いた餅。アナロジーの世界である。

欲の皮の突っ張った金持ちが、俺の導いた方程式を使って大失敗し、大貧民に落ちてくれればめっけ物。そんな可能性を頭において、必至で研究中というわけである。

とまあ、これは悪いジョーダンだが、実ははるか昔の50年前にかのベノア・マンデルブローが若かりし頃、こういう奇妙きてれつな確率過程を研究していたのである。そのマンデルブローーレビー過程とは、アインシュタインのガウス過程に基づくブラウン運動よりずっと現実的なものである。

事実、水の中のイオンの拡散は、ブラウン運動ではない。もっと複雑な運動を行っている。

実験的にこういう運動を検知するには、緩和現象というものを使ってその原子イオンの吸収スペクトルを調べるのである。この吸収スペクトルの理論もガウス過程の場合はよくわかっていて、これはクラウジウスーモソチ理論とか、デバイ理論とかさまざまに呼ばれる。

この緩和現象とブラウン運動理論は見事に対応しているから、もしそれを拡張して、ブラウン運動が分数ブラウン運動となった場合の緩和現象が分かれば、実際の系の応答の仕方が分かるわけである。

この場合、普通の緩和現象では、指数関数型の減衰で終わるが、分数ブラウン運動であれば、指数型exp[-t/τ]ではなく、ストレッチ指数型緩和exp[-(t/τ)^β]と呼ばれるものになる。これを仮定して、吸収スペクトルの誘電率を計算したものが、ウィリアムーワット関数と呼ばれる。

こんなふうに時間tの部分が頻繁にt^βとなる場合が出て来る。準時間=quasitimeとなる場合なのである。

というわけで、ミスタークゥアジモトこと、俺はいま準時間の研究をしていたというわけである。さすがに、こういう準時間の研究の方が、ヒトモドキ=準人間=亜人間=特アの朝鮮支那人の研究よりずっと後味が良い。


ところで、最近時間の進み方が我々が子供の頃よりずっと短くなっていないか?

欧米人でもよくそういうことを言う人が最近は非常に出て来ているのである。私自身そういう感じがするときがある。つまり、1秒が短くなった気がするわけである。

我々が子供時代の50年以上前では、10秒待つと言えば、結構ゆったりとしたカウントをしたものだが、最近は何かあっという間に時間が来る。昔の100m走と言えば、10秒で走ったとしてもかなり長い感じがしたものだが、最近の100m競争はボルトを見るまでもなくほとんど瞬時に終わる。

というわけで、もし時間の進みΔtがtに比例しているのではなく、t^β=tのβ乗であったとすれば、βが変化することで、見かけの時間がゆっくり進んだり、早く進んだりできるはずである。

はたしてβを調節するものは何なのか?

これを知りたいというわけである。

ひょっとしたら、時間方向(=時間軸)がアインシュタインのいうように数直線のようなのっぺりしたものではなく、
カントール集合
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のように穴があいている場合もあり得るし、一様ではないかもしれないからである。我々が宇宙のそういう時間が稠密ではない場所に差し掛かっていれば、突如として、明日には一気にお爺さんやおばあさんに変わっているかもしれないのである。

とまあ、準時間とはそんなことに関わるテーマなんですナ。

まあ、物理学者ではない人にはどうでも良いことだがナ。


いずれにしても、どうも時間の進みが早くなった気がするのだが。まあ、単に老化しただけなのかもしれないが。



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  by Kikidoblog | 2015-09-28 15:16 | アイデア・雑多

「篩(ふるい)の使い方には2つある」:「科学の篩」もやっぱりそうだった!?

篩(ふるい)
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篩の使い方には2つある。
1つめは、すくった粗い方をとる場合。
2つめは、落とした細かい方をとる場合。


みなさん、こんにちは。

以下は個人的妄想科学メモである。大半の人には理解不能だろうから、スルーでよろしく。

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とんちクイズです。

(あ)超能力予言者の触れ込みで有料相談し、たくさん本を書くが、「自分の予言を当たる当たらないでみるな」という無敵ブログ予言者とは?
(い)「深く」といいながら、ずっと広く浅く散漫でいい加減なかなり分裂末期的記事で読者を分裂気味にさせるブロガーとは?
(う)「考えるな、感じるんだ、お金は崩壊する、ヒャッハー」といいながら、「考えるな、買うんだ、ヒャッハー」とせっせと自前農産物を市販の2倍の値段で荒稼ぎするブロガーとは?
(え)どこぞの国の科学アカデミー科学者を自称しフリーエネルギー発電装置開発で資金援助を求めるが、一向に完成せず、逃げ回っている自称物理学者とは?
(お)日猶同祖論を撒き餌にして密かに日本人を一神教にしようと目指すクリスチャンは?
(か)他人の新著をみれば、その著者の守護霊なるものを呼び出して新たなる本を書く教祖とは?
(き)アセンション、アセンションと言い続けていまや本当にアセンションしてしまったヒーラーとは?
(く)地震予知サイトで商売しておきながら、一番危険な時期になるとデータ分析といって予知をやめてしまうという残念な地震予知サイトとは?
(け)年がら年中ネガティブな斜め目線の詩を書き続ける建築家ブロガーとは?
(こ)在日反日特報サイトでありながら、常に広告収入先が在日反日系アングラマネーなのはどこ?
(さ)世界平和を祈る放浪の旅人にして旅の経費のために自分の店の商品を売っている商売人ブロガーとは?
(し)レプティリアン撲滅サイトにして自分自身がレプティリアンになってしまったブロガーとは?
(す)ロスチャイルドvsロックフェラーの二元論にしていつしか反日親中急先鋭となった元米ジャーナリストとは?
(せ)単なる主夫にして意外に良い論文や本を出しているフリー理論物理学者はだれ?


全部正答できれば、あんたは偉い。この陰謀暴露系インターネット世界の通である。

ここで言いたいことは、

この世界は「虎穴に入らずんば虎児を獲ず」なのだが、往々にして「ミイラ取りがミイラ」「ゴミ処理屋がゴミになる」という場合が常である

ということだ。

アマチュアやら、精神やおつむの弱い人が陰謀系のことに首を突っ込むとろくなことがない。だから、得てしてネガティブな結果が訪れる。だから、お止めになった方がいいよ、と俺はずっと前から言っている。

凡人は凡人として生きよ。

適度に離れた場から「信じる信じないはあなた次第です」程度の距離感で自分の頭で考えるというようなレベルをお勧めしたい。さもなくば、何かの工作組織の餌食にならないとも限らない。


たとえば、フリーエネルギー発電機。

こんなものが素人が思いつきで作れるはずがない。もしそうなら、とっくの昔に科学者が実現していたはずである。NWOやらシオニストが誕生する前に完成しただろう。

もしフリーエネルギー発電機ができるとすれば、そこにはだれもが目を見張るべき、それまでだれも考え出したことが無いような興味深い新発想や新発見があるはずなのである。

それがインスピレーションでもたらされようが、エイリアンや宇宙人から教えられたのであろうが、自分の思考と計算の結果であろうが、そんなことはどうでも良い。得られた結果がいかに新規的かが大事なのである。

私がどこぞの予言者の「予見」なるものも無価値だというのは、使われた語句や概念に予言性がないからである。誰もが知っているフレーズの適当な差し替え組み替えに過ぎず、支離滅裂だからである。どこぞの自称科学者の新体系物理学も似たようなもの。

やはり理論物理学者たるもの、きちんとした、つまり理路整然とした、数学理論に基づいてフリーエネルギー発電装置を作りたい。

通常、我々の歴史(科学の歴史)を見た場合、新しい装置の誕生には、かならず新しい科学の誕生が双子の相棒として登場するのである。

振り子時計が発明された時には、ニュートン力学が誕生した。
蒸気機関が発明された時には、熱力学が誕生した。
ファラデーの発電機とモーターが発明された時には、電磁気学が誕生した。
テスラの交流発電機とモーターが発明された時には、スタインメッツの交流理論が誕生した。
真空管電子回路が発明された時には、量子力学が誕生した。

こういうふうにして新規テクノロジーはかならず新しい科学を生み出すのだ。

したがって、もっとも自然で健全な流れとしては、

フリーエネルギー発電機が発明された時には、〜〜〜が誕生した。

とならねばならないわけである。

ちなみに、井出治氏の「第三起電力」のフリーエネルギー発電機の発明に対しては、アメリカのEvans学派(AIAS)の「アインシュタインーカルタン–エバンス理論」が誕生したことになっている。量子物理学者が「スピンコネクション」という物理量から古典ゲージ場に寄与する部分があり、そこから第三起電力が生じるという理論である。(ちなみに、井出氏によると、このエヴァンス博士はイギリスの生粋のウェールズ人だとか。米国人ではなかった。)

偉大な発明には、かならず理論的根拠がともなわなければならない。

仮に「霊界通信」が可能になったとすれば、その時には「霊界物理学」が誕生しなければならない。

現実と理論、理論と実践、常に両者が手堅く結びついていないと再現性のある確実な発展は得られないのである。

というわけで、優秀で先駆的な実験家は、理論家が理論に気づく前に自分自身で何がしかのイメージやら何がしかの理論を見つけて仕事に入る。マイケル・ファラデーもそうだった。やはり、ニコラ・テスラもそうだった。

実験家の自らの実験で得た理論のイメージは、往々にしてその後の理論家が作り出した理論とは異なる場合が多い。理論を生み出すきっかけになった実験家はいつも自分の検証結果とは何かが違うよという印象を持つ。

そういう意味では、実験をしたことがない人によってできた理論は大幅な簡略化をともなっている。だから、かなり「絵に描いた餅」理論になる。「絵に描いた餅」は実際に臼と杵で餅つきして作った「現実の餅」とはまったく違うのである。実験家の実験した現実の現象と、理論家が描き出した現象とは異なるのである。

ファラデーは終生、マックスウェルの理論に異を唱えたし、同様に、テスラはスタインメッツの理論やアインシュタインの理論に対して終生異を唱えた。

やはり、「理論家のつくる網の目」をくぐり抜けてしまう部分が存在するのである。

残念なことは、通常の学問の世界では、「理論家のつくった網の目」にかかった結果だけを元に先に進むのである。だから、網の目より大きな小石だけ拾って何かを作る。そんな教育を行う。

これがどうやら今現在の全世界の停滞を招いていると私は考えるわけである。


19世紀の時代の科学者が研究した現象から現代の科学者の研究する現象を比べると、あまりに理論のきめが粗いのである。

例えば、19世紀までの科学者は、物質とエーテル(英語世界では理解不能のものはなんでもエーテルと呼んだ)は切り離せないものと考えた。

これが電荷と電気力線(のちの電場)、磁石と磁力線(のちの磁場)は切り離せない何かであると考えるようになった。だから、電気の元は何かの場のような空間に広がったもの(=力の元=力線)と切り離せないと考えた。

ゆえに、点電荷はそれ自体では存在し得ない。かならず、まわりに電気力線がある、と考えた。

電荷の周りに力線があるということとニュートンの遠隔作用は矛盾する。どっちが本当なのか?

ニュートンの遠隔作用の原理は、遠く離れた場所でも数学的な逆二乗法則に従う力が働く。その間には何もない。あるとすれば、だれにも感知不能のエーテルだ。そう考えた。

しかしファラデーは力は必ず力線によって伝達するのだから、遠隔作用は存在せず近接作用するしかないと考えた。

しかしながら、天文学的な遠距離相互作用は近接作用としてもよろしいが、じゃあ、ミクロな超近距離では離れたもの同士は近接作用なのか?遠隔作用なのか?どっちだ?そういう疑問が生まれた。

たとえば、仮に小さい原子同士を考えると、そこで近接作用をとることにすれば、小さい原子よりもずっと小さいものを定義しなければならなくなる。何が近接作用を伝達するか決めなければならないからだ。

こうなると、近接作用原理を取り続ける限り、永遠にミクロのミクロ、そのまたミクロ、そのまたミクロの何かで近接作用するという無限地獄に落ちてしまう。だから、結局どこかでターミネート(切断)しなければならなくなる。

つまり、天文学的マクロの遠隔作用原理に対しては電磁場で伝達する近接作用原理に置き換えることができる。しかし、ミクロの世界では、あるレベルで必然的に遠隔作用を認めねばならなくなる。

ファラデーはこれに悩みに悩んだのであった。
マイケル・ファラデーの伝説ここに始まる!?:バルサン焚く中で読んだ謎の風景
「物質の原子論」vs「力の原子論」:「物理の若者よ、夏休みに夏目論文を読め!」

マイケル・ファラデー
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"哲学者は、あらゆる示唆に耳を傾けるが、自分自身のために判断することを心に決めた人であるべきだ。見かけに偏見を持つべきでも、好みの仮説を持つべきでも、学派に属するべきでも、そして教義において師を持つべきでもない。"


19世紀の科学者たちはみんなでファラデーの悩みを解決しようと議論したのである。

ところが、20世紀以降の科学者はすでにそんな論争は知らない。遠い過去の図書館の中の文字にすぎない。

だから、ミクロの世界では、最初から点電荷の集まりで話をはじめて量子力学を作り上げた。逆にマクロの世界では、アインシュタインの一般相対性理論ができたのはいいが、そんなものは使わず始めからニュートン力学の遠隔作用原理で計算した。それが意外にいい結果を出す。

というような案配で、結局ファラデーの悩みはだれも答えずに今日に至る。

ましてやニコラ・テスラの超高周波超高電圧の世界の物理学や超瞬時現象や超過渡現象の物理学はほとんど手つかずのままである。

網の目からこぼれ落ちた砂。
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その砂山にこそ本当の残り香がある。

つまり、言い換えれば、19世紀の科学の中にこそ本当の科学の芽が残されている。


とまあ、これがここ10年来の私の思想なのである。



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  by Kikidoblog | 2015-09-08 11:49 | アイデア・雑多

最近の「7つのすごい発明」:津波対策万全、ついに出た水陸両用4輪バギー!

みなさん、こんにちは。

今日偶然非常に興味深い最新テクのYouTube番組を見つけたので、それをここにもメモしておこう。以下のものである。
7 Awesome Inventions You Never Knew Existed ▶3

この中には7つの発明品
7.Meld: http://www.meldhome.com/
6.Patchnride: https://patchnride.com/
5.Hydaway:http://hydawaybottle.com/
4.The Defender :http://www.getthedefender.com/
3.The Power Up 3.0 :http://www.poweruptoys.com/
2.The Anynote:http://anymote.io
1.The Amphybious Atv:http://www.gibbssports.com/quadski
が紹介されている。

2つほどピックアップしておこう。

(あ)犯罪の守護神(ディフェンダー)
昨今では、我が国も非常に危なくなって来た。それは、自民党の二階俊博のせいで「特ア=中国韓国」の旅行者が非常に増えたからだが、そうなるとそれに混じってついて来る「害人」もまた増えて来る。

そういう連中は旅行者の振りをして、金目の物を物色する。それが漢字元来の意味の「愛」である。漢字本来の音読みの「愛」の意味は、人や物を狙ってストーカーのように付け狙う気持ちの意味である。これに反して、訓読みの「愛」はいとおしく思う気持ちの意味である。(音読み訓読みでブログ内検索)

そんな日本を「愛」してしまった中国人や韓国人は、日本に住み着いて悪さをしまくる。日本人を同じ人間だとは思わないように徹底的な「反日差別主義思想」を塗りこまれている。チュチェ思想というものである。だから、人殺しも何とも思っていない。

というわけで、最近では毎日毎日こんな事件が満載である。→だから俺は「銃刀法改正すべし」と言っておる。
ホテル浴室に倒れた女性…死亡確認、殺人で捜査

9日午後3時55分頃、三重県鈴鹿市白子町のホテルで、「女性が倒れている」と従業員から119番があった。

 県警鈴鹿署員が駆けつけたところ、20~40歳代の女性が浴室で倒れており、病院に搬送されたが、10日未明に死亡が確認された。女性の頭や顔には殴られたような痕があり、同署は殺人事件として捜査している。

 同署によると発見時、チェックアウトは済んでおり、部屋からは携帯電話や財布など女性の身元を特定できる所持品は見つかっていないという。同署は10日に遺体を司法解剖し、死因を調べる。


女子高校生、金づち?で頭殴られバッグ奪われる

 9日午後10時50分頃、宇都宮市元今泉の路上で、アルバイト先から1人で歩いて帰宅中の女子高校生(16)から「金づちのようなもので殴られた」と110番があった。

 宇都宮東署の発表によると、女子高生は背後から男に突然、頭を殴られ、現金約1万円などが入ったトートバッグを奪われたと話しているという。女子高生は側頭部を陥没骨折したとみられる。男は身長1メートル70くらいで上下とも黒っぽい服装だったという。同署は強盗傷害事件として、現場から走って逃げた男の行方を追っている。

 現場はJR宇都宮駅東口から約600メートル離れた住宅街。

というわけで、こんな犯罪に合わないための道具がついに発明されたのである。

それが「ディフェンダー」である。以下のもの。
http://www.getthedefender.com
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ところで、後をついて「付け狙う」といえば、これだろう。
Jurassic Park (5/10) Movie CLIP - Nedry's Plan Goes Awry (1993) HD


犯罪者を撃退ついでに警察へ通報できる優れもの。決して「自撮りはだめよ」。


(い)水陸両用車
次は、陸から海へ、海から陸へ自由自在に走ることができる「水陸両用の4輪バギー自動車」
1.The Amphibious Atv
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Gibbs Quadski


東日本大震災のように大津波に襲われて人々が海で溺れそうになっている最中、さっそうと1人の男がこんな水陸両用車に飛び乗る。そして、まるで天から降った神様のようにして、わらをもつかむ思いの人々を1人また1人と救助して行く。

もしこういう車があれば、きっとかなりの数の被災者を救助できたはずである。

もし自衛隊にこんな奴が何万台もあれば、あるいは、もしこんなやつの巨大なやつが何十台もあれば、自衛隊もさぞ鼻が高かったに違いない。

しかし、現実はそうではなかった。

さて、この「水陸両用の4輪バギー自動車」も良いのだが、俺としては、日本人の天才ボートメーカーの堀内浩太郎さんが発明したこっちの方が好きですナ。
ゼロ戦の堀越二郎が「空の天才」なら、OU-32号の堀内浩太郎は「海の天才」だな!?

堀内浩太郎の「OU-32」号

HYDROFOIL -- The Amazing Boats of Kotaro Horiuchi. Video posted by Ray Vellinga

これに4輪付ければ、すぐにも水陸両用になる。

水上では、水中翼船に早変わり、陸では自動車に早変わり。水中翼船の翅を船底で折り畳めばよろしいだけのことである。Gibbs Quadskiの水陸両用車の逆である。

YAMAHAはこんなタイプの水陸両用車を売り出したらどうでしょうナア?



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  by Kikidoblog | 2015-08-10 12:24 | アイデア・雑多

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