カテゴリ:東大話法( 4 )

 

「天文学はすぐに役に立ちませんが大事です。」:「御用学者」症候群!?

みなさん、こんにちは。

いやはや、昨日BSか何かで偶然に見たのだったが、日本の天文学者たちが一様に現れてきて、年間数百億円の研究予算について、寄ってたかって正当化していたという番組を見たのである。彼ら日本の天文学者たちの、まるで「口車を合わせたかのような」言い分とはこういうものであった。

「天文学はなんの役に立つか?」というような質問をよく受けるが、たしかに直接的に社会のお役には立たないが、我々人間の自然宇宙に対する理解を深めることが、我々人間社会に何十年、何百年のように後々になって何かの役に立つのではないか、というように答えるようにしている。もし音楽がなんの役に立つのか?といえば、音楽だって天文学と同じことである。直接は社会の役には立たないが、生きる希望を与えたり、楽しかったり、悲しみを表現したりして、人間にとってある種の潤滑油のような役割をするに違いない。

とまあ、そんなふうな、よく聞いたことのあるようなお答えであった。おそらく、私も30年ほど前、今より30歳ほど若ければ、こんな正当化でも納得してしまったに違いない。

しかしながら、私もいろいろと知恵がついたもので、こういう連中、つまり、日本の学者さんたちとの付き合いも長くなるに連れて、日本の中の科学者にもいろいろいるということを知っている。特に、数学者や、理論物理の中でもかなり純粋数学に近い数理物理学者という連中、そして天文学者と呼ばれる科学者たちは、かなり他の科学者たちとは異質な存在なのである。

とまあ、そんなことが私はわかるようになった。

2011年の311東日本大震災以降、国内ではいわゆる「御用学者」ということばがよく知られるようになったが、この言葉の意味に非常に素直に適うのが、今上げた数学者、数理物理学者や天文学者なのである。

どうしてそうなるのか?

これについては、誰も研究していないからそれらしいデータは存在しないのだが、私個人の観察によれば、数学者や理論物理学者や天文学者は、教科書の内容作りとかなり直結していることが原因の一つではないかと思う。要するに、こういった、一般人から見れば、いわゆる「頭の良い人」たちに対しては、まず一般人がいろいろ文句を言ったり、ケチをつけたり、批評することが難しいからである。だから、彼らは自分が学んだことや研究したことや発見したことが、その筋で標準的になると、それが世界基準だという認識をついついしてしまう。そしてそうしてもそれが問題にならないという立場にあるわけである。もちろん、そういうことを本人たちもよくご存知のはずだが、そういってはなんだから(つまり、横柄にはしたなく見えるから)、わざわざそういうふうには見せない。そんな感じの人々である。

これまた、昨日偶然見かけた番組で、ジュラシックパーク3の話をしていて、その中で、古生物学者のグラント博士
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が、
「学者には二種類いる。一つは天文学者タイプ。もう一つは宇宙飛行士タイプだ。私は天文学者タイプだ。」
という場面の話が出ていた。

まさにその通りで、天文学者は装置で遠目から観察するだけで、実際に自分がそこへ行くわけではない。危険をおかさず、観察するだけである。そしてそれなりの考察を行なって理論を立てる。そんな人々である。しかし、「大事なのは宇宙飛行士だ」ともグラント博士はいう。

ちなみに、英語で「研究費」のことをGrant(グラント)という。いつも研究費の工面で困っている、私のような博士だからこそ、グラント博士とスピルバーグ監督は名付けたのだろう。

これに関して、欧米人の場合、特にユダヤ人の場合(偽ユダヤ人も含めて)、本名(実名=親から来た名前)をつけて名乗っているという人間は皆無である。サッカーでもドゥンガとか、ロナウドとか、ロナウジーニョとかいろいろあるが全部「通名」である。日本では在日朝鮮人がこれに従って有利な生活を送っている。例えば、古い例の一番有名人といえば、これまた今年のアカデミー賞候補のスピルバーグ映画の「エイブラハム・リンカーン」である。エイブラハム・リンカーンは本名ではない。本名は、エイブラハム・リンカーン・スプリングスタインという。

さて、このグラント博士の話と最初の日本の天文学者の研究費正当化の話に戻ると、年間数百億円を要して、ハワイや南米などほぼ世界中に日本の大学は研究施設を持っている。本当に所有して植民地化しているのか、あるいは、単に現地に寄付しているのかしらないが、世界拠点という名目で、おそらく普通の日本人が一生お目にかかることのない施設のために日夜税金を支払われているのである。

もちろん、日本の天文台の天体望遠鏡が得た映像や画像がちまたに流布され、それなりに誰もが見ることができるのであれば、それはそれでいいことに違いない。しかしながら、今ではそんな施設はどの国にもある。だから、それほど珍しいものではない。

そんな場合、果たしてわざわざ自国で同じような天体望遠鏡を作り出す理由がありますか?

というのが、私個人の質問である。別にハッブル望遠鏡でもパロマ天文台でも良いわけだ。似たようなものはたくさんあり似たような映像を発見する。

にも関わらず、なぜ日本の天文学者さんたちが等しく同じようなことをおっしゃるのか?

といえば、それが「御用学者」になっているという現実なのである。つまり、すでに「天文学者の業界」ができているのである。地震学者には地震学(=地震動学)の業界が出来上がっているように、そして、原子核には原子核の業界が出来上がっているように、そして今度は「iPS細胞」には「iPS細胞」の業界がこれから出来上がっていくだろうというように、学問分野ごとにそのそれぞれに「業界」という構造が存在するのである。もちろん、この「業界」とは、国から研究費(=税金=赤字)を得て、仕事を発注する方の「御用学者」と、それを得て製品を研究者に納品する方の「企業」との間の「もちつもたれつの関係」のことである。

一見、非常にアカデミックな感じのする天文学でもすでにそういう「業界」、すなわち「天文業界」が存在するのである。だからこそ、毎年数百億円の定期的な研究予算はなくてはならないお金ということになるのである。これが来ないと食うに困る企業関係者がその筋の業界には必ず存在するというわけである。

面白いことに、NHKBSの番組に出た日本の天文学者はこういうことをまったく端折った。おくびにも出さないでいた。あくまで「天文学はすぐに役に立つか?と言われても困るよ」というような一見もっともらしい意見に終始したのである。

実は、天文学の中身はすぐに役には立たないかもしれないが、天文学自体は立派に役に立っているのである。それは、上の意味の「天文学業界」のお金の還流源として必須のお役に立っているのである。

奇しくもその中の一人が音楽と天文学を比べたように、天文学も音楽もまったく同じように「学者と業界の関係」は「ミュージシャンと業界の関係」というものが同じく成り立っているというわけなのだ。音楽において金儲けの手段としてのミュージシャンの存在がその業界にとって必須であるように、天文学においても金儲けの手段としての天文学者の存在がその業界にとっては必須なのである。それほどまでに、その業界の役に立っているのである。言い換えれば、「天文学者はカネになる」のである。年間数百億円以上が動くのである。

だから、むしろ、私なら逆に「天文学者なら、本来の天文学者のように、もっともっと金にならないことをやれ!」というだろう。本当にオリジナルの研究であれば、お金がまったくかからない。なぜなら誰もわからないから、だれも怖くて投資などしたくない。だから、革新的な研究ほど金が得られない。ゆえに、お金がかからないのだ。逆説的だが、これが真実である。むしろ数百億円もかかるとかいうことは、たいした研究はしていないという証明なのである。

例えば、ステファン・マリノフ博士のように、太陽や惑星の「絶対速度」を測定するという実験を行うとしよう。あるいは、マイケルソンーモーレーの実験を再実験しするとしよう。

残念ながら、こういう場合には、あまりお金が得られない。また昔の実験を今の先端科学技術で行うわけだからあまりお金がかからないのである。

これについては私自身似たような経験している。10年ほど前に私は、DNAの電子論を研究していた。その時、昔であれば、当時の大学の最先端の大型コンピュータで計算しなければできなかったような計算が、いまでは誰もが持っているパソコンで出来る。1960年代当時では、その大学の大型計算機でも「ヒュッケルモデル」という、量子化学で有名なかつ非常に簡単なモデルに基づいて計算していた。それが今では私のパソコンでも計算できる。それも今では滅んだOS9レベルのMacでもできる。1960年代日本でそういうことをやっていたのが、京都大学のノーベル賞学者の福井謙一博士(故人)の研究グループであった。そういう研究がもとになって、80年代に福井謙一博士はノーベル賞をとったのだ。そこで、もう一度、昔福井謙一博士がやっていたモデルを使ってDNAの電子状態を研究すればよろしかろう、というのが私が立てた戦略であった。そしていくつか論文にしたのだが、その際には研究費はほとんどゼロ、計算費もパソコン使用料の電気代のみである。しかし、もしいま現在の世界最先端の「2番ではダメですか?」のスーパーコンピュータを使って計算するとなると、その建設費から使用料まで含めれば、1000億円から1兆円ほどかかるだろう。むろん、そんなことは私には手も足も出ない。そういうお話で終わってしまうのである。

つまり、頭の使い方次第ではそれほどお金をかけなくてもそれなりの研究は実現可能なのだということである。まあ、普通の人にはその差が理解できないだろうが、音楽であえて例えれば、いきなりメジャーレーベルからCDを出さなくても、インディーズで自作CDを1枚作れば、それが良ければヒットするという場合もあるサ、というような話である。

さて、話をもともとの天文学に戻すと、最近といっても、かなり前からよくわかっている人はわかっていたのだが、アインシュタインの一般相対性理論も特殊相対性理論もかなり本質的な不備がある。量子力学にもかなり本質的な問題がある。さらにはファラデーやマックスウェルの発見した電磁気学すらもかなり本質的な問題があることがわかってきたのである。

しかしながら、どうも日本の科学者というのは、ビートたけしが昔悪だった頃言っていた、「赤信号みんなで渡れば怖くない」式の発想をするものばかりである。特に、「欧米か?」ではないが、欧米人の「権威」と同じであることを誇りに思うというかなり異質な、科学者にあるまじき特性の科学者が多いのである。「科学者」の定義は、科学者=人と同じ事をしない人、という意味に近いのである。世界の人々の礎になるわけだから、同じものでは困る。人と違う人生、人と違うことを残さなければならないのである。だから、「御用学者」では困るのだ。なぜなら「御用学者=人と同じことをいう人」という意味だから、「御用学者」とは、学者ではないということになり、自己矛盾した言葉ということになるからである。

そんなわけで、天文学者(に限らないが)は、もっともっと基本的なこと、もっと変わったこと、もっと重要なことをやってもらいたいものである。「宇宙考古学」、「宇宙人類学」、「宇宙生物学」こんなものが面白いのではなかろうか。

あるいはまた、現代の「天文学の基礎」が築かれ始めた19世紀に戻り、光とは何か?電磁気とは何か?空間とは何か? 座標系とは何か? 時間とは何か?というような、土台に再び舞い戻ることも面白いに違いない。

さて、だいぶ前置きが長くなってしまったが、最後に、いかに日本の天文学者がおめでたいか? あるいは、逆に、欧米人の普通の人たちがいかに好奇心旺盛か?ということを見ることのできる面白いYouTube番組をメモしておこう。以下のものである。
Alex Collier 9600 Years Old UFO Alien spaceship moon picture VIDEO 1/2



いずれにせよ、「かぐや」のように、いくらお金をかけて月の映像を持ち帰ったとしても、そのデータをだれにも見せずに、結局NASA(という闇組織)にぶん取られてしまうのであるから、税金かけるだけ無駄ということなのである。掘削船地球もそうだった。結局、四六時中使っているのは欧米の闇組織の科学者であって、日本人学者は「お客さん」にすぎない。一番危ない場所を掘削するときの、一種の罪滅ぼし、あるいは、アリバイのために日本人を乗せているようなものである。こんな掘削船がなければ、311東日本大震災は起こらなかった。起こったとしてもその時は外人のしわざだと明確になったはずのものであった。

いやはや、「御用学者症候群」とでも呼ぶべき現象が蔓延っているようですナ。
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  by Kikidoblog | 2013-01-25 21:02 | 東大話法

東大で有名教授流出が止まらない、その訳とは?:「やっぱり放射能が怖い」ですか!?

みなさん、こんにちは。

ちょっと前にこんなニュースがあったようである。

東大で続く有名教授流出
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 日本でトップの最高学府で教壇に立ち、全国から集う優秀な学生を指導し、行政や政治、経済など各界で活躍する人材に育てる知性と権威の象徴——。そんな「東京大学教授」の肩書を、定年を前に捨ててしまう人が相次いでいる。この春も、学界やメディアで名をはせた教授が複数、大学を後にした。東大の魅力が色あせてきたのだろうか。

■改革で「余裕」なくす  

 「東大教授」の肩書を持つ人は、千人以上いる。東大など国立大学法人が毎年度公表している「役職員の報酬・給与等について」によると、2010年度の東大教授は1271人で平均年齢は55・5歳、年間の平均給与は1165万7千円だ(注:ついでにメモしておくと、東大教授の論文1本あたりの税金による研究費は、1800万円もある。
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)。歴史が古く研究実績も全国の大学でトップクラスの東大や京大など旧7帝大の中で比べると、東大が教授の人数が最も多く、平均給与も最も高い。

 また、大学全体の年間予算も10年度は2066億8千万円で、旧7帝大で最も多い。高給、豊富な資金に恵まれながら、それでも辞めてしまう理由は何だろう。

 「東京大学がかつてもっていた輝きが失われてしまった」

 大物政治家と対談するテレビ番組の司会を務め、東日本大震災復興構想会議では議長代理を任された御厨貴さんは、今年3月、先端科学技術研究センター(先端研)から放送大学に移ったきっかけの一つをそう話す。「学問、夢のある研究をするためには、無駄や余裕が必要。かつての東大はそういうものを大切にしていたのに、今はあくせくしていて、まったくなくなった」という。

 「輝き」を失わせた要因は、近年の「大学改革」と御厨さんはみる。


この論説は、御用学者である東大教授の言い分を100%認めたものであると言えるだろう。しかし、私はそうは思わない。やはり、2011年の3月11日の、人工津波による東日本大震災と東京電力爆発事故による放射性物質による被爆の可能性から逃げたいということだろうと思う。

事実、
被災した東北大学研究者に欧米からスカウトの嵐???:良いご身分ですナ!
にメモしたように、欧米の研究機関からのオファー(という名目の)による日本国外退去というのが本音だろう。

震災乗じ「海外移籍話」、東北大研究者らにメール 「研究できない」は風評

 東日本大震災後に、海外の大学や研究機関から東京大や東北大の研究者らにヘッドハンティングを働き掛けるメールが相次いで届いていることが7日、分かった。
 鈴木寛文部科学副大臣が大学関係者から聞いた話として同日の記者会見で明らかにした。日本での研究活動に制約があると決めつけた「風評被害」だとして不快感を表明した。
 鈴木副大臣は具体的なメールの数などを明らかにしていないが、東北大などの相当数の優れた研究者らの元に海外から「被災で大変で研究活動ができないだろうから、これを機に移ってきたらどうか」などと「海外移籍」を持ちかける話が相次いでいるという。
 文科省もこれまでに震災を理由に研究者が「海外移籍」した事例などについて把握していないとしているが、こうしたメールは実在する研究機関から出されているという。ただ、日本での研究活動が震災で制約を受けたとする前提に立った内容になっており「実態とは異なる風評(被害)だ」(鈴木副大臣)と不快感を表明。「正確な情報を発信し、研究施設の復旧に取り組み、正面から対応したい」と震災に乗じた“日本の頭脳流出”への警戒感を示した。
 東北大は材料科学で学術論文の被引用数が世界3位(1999~2009年、トムソン・ロイター調べ)になるなど、理工系の研究が盛ん。

私の分野の統計物理学の東大教授でも最近京都大へ転出するものがいるようである。佐々真一博士である。その筋では著名の理論物理学者であるから、その人のブログは結構知られているはずである。
日々の研究 【案内】2012年11月1日より、私の本務先が京都大学理学研究科に変わります。大学院で私と一緒に*1研究したい方は、京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻を受験してください。

物理学者の動向は、以下のものを見れば良いかもしれない。
吉岡直樹(仮名)のアンテナ

一説によれば、すでに霞ヶ関のキャリア官僚(要するに出世コースに乗っている官僚)たちの有望筋は、地方出張勤務であるらしい。だから、これまでより少しずつランクの上の官僚が来ているはずである。ここ徳島でも今年から現役キャリア警察官僚が、地方のボスに収まった。

こんなことはこれまでなかったわけだから、東大も含めて官僚たちの動きは、何かある時には、米人や米兵の動きを見れば分かるというのと同じことで、今の関東地方には何か問題があるということの証と見るべきだろう。実際、かの狂牛病の時には、厚生労働省の役人たちが一番先に牛肉を食わなくなったという噂が流れた。

一般のB層より目利きの東大教授たちが、東京を離れたわけだから、つまり、あれほど「御用学者」と言われて中央政府とべったりだった人々がそこを離れたというわけだから、それにはそれ相当の理由があるはずであると見るのが普通のはずである。

私個人の見方では、やはり「放射能が怖い」、「巨大地震が怖い」ということであろうと見る。後者については、またいずれメモするつもりだが、東大教授といえども家庭を持っているわけだろうから、自分の子供たちの将来を考えれば、やはり放射性物質による被爆は怖いと思うのは自然である。しかしながら、そこは、「東大話法」の「御用学者」たちである。本音や本当のことはけっして口に出すはずがないのである。

「東大も被爆しているから怖い」

というようなことは口が裂けても言えないはずである。ならば、

「東京大学がかつてもっていた輝きが失われてしまった」

というような落としどころで理屈をこねるはずなのである。「輝きが失われた」=「放射能を被った」という意味だろうと私は翻訳するところである。

果たしてその真意はいかに?

まあ、東大教授のことなどどうでもいいのだが。しかし、何万人もいる東大の研究者たちが、それなりに知恵を出し合えば、東電の福島第一原発崩壊問題もある程度のことはできるはずだと思うのだが、「敵前逃亡」してしまったわけだから、関東に未来はない。かなり、暗い、ということは間違いなさそうである。

何事もの「想定外」や「予想外」のことに弱いのが、受験エリートの東大出身者たちだから、「世紀の想定外事故」であるはずの「東電福一原発問題」には歯が立たなかったに違いない。
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  by Kikidoblog | 2012-07-16 18:11 | 東大話法

日本を蝕む「東大話法」!:安冨歩・東大教授に聞く「東大話法」

みなさん、こんにちは。

ちょっと前に見つけた、東京新聞の「東大話法」という記事は意外に面白い。以下のものである。

原子力ムラでまん延 「東大話法」 思考奪う  安冨歩・東大教授に聞く

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この記事の主張、「東大話法」の特徴をまとめると以下のものだという。
○規則1:自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。
○規則2:自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する。
○規則3:都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事する。
○規則4:都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。
○規則5:どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す。
○規則6:自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱいに批判する。
○規則7:その場で自分が立派な人だと思われることを言う。
○規則8:自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル張り氏、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。
○規則9:「誤解を恐れずに言えば」と言って嘘をつく。
○規則10: スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる。
○規則11:相手の知識が自分より低いとみたら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。
○規則12:自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する。
○規則13:自分の立場に沿って、都合のよい話を集める。
○規則14:羊頭狗肉。
○規則15:わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。
○規則16:わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。
○規則17: ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。
○規則18:ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす。
○規則19:全体のバランスを恒に考えて発言せよ。
○規則20:「もし○○○であるとしたら、お詫びします」と言って、謝罪したフリで切り抜ける。

いやー、実にうまく特徴を捕らえているなあ。まさにその通りである。

日本で科学者畑を歩けば、「犬も歩けば棒に当たる」ように、必ず東大出身者と出くわす。京大であろうが、阪大であろうが、東北大であろうが、早稲田であろうが、慶応だろうが、学習院であろうが、どこでも同じである。必ず東大出身の科学者や学者と出会うのである。

そういう時、私はまさに「御用学者」と対話したわけである。要するに、安冨歩氏のいう「東大話法」に出くわしたのである。中でも特に、規則2、規則7、規則12、規則13などがもっとも頻繁に目にするものであると思う。

まあ、簡単にいえば、
「自分はいつも正しい。自分はだれよりも賢い。自分はいつも正義である。だから、批判を許さない。」
というように自信満々に信じ切っているという人種だということである。一種の「東大カルト」のことである。私はたくさんのそういう人たちに接し見て来ているので、本当にそう信じ切っているのである。特に日本国内だけに止まっている人ほどその傾向が強い。

ところが、たまに海外に行くと、ときどきそれが一種の幻想だったと分かってしまった。それゆえ、自分はたいしたことがなかったと思い知らされて帰って来るものがいる。こうした場合、多くは2手に分かれる:
1つは、自信喪失していやにおとなしくなって卑屈になり、凡人、凡才になってしまうもの。
2つは、それが逆にそれまで以上にその特徴が増大し、虚勢を張るようになるもの。

1つめのタイプの東大卒は、たいていは反欧米になる。しかしかといって国粋主義者になったわけではない。要するに、屈辱的経験を消しさりたいがために、何かにつけ反発するようになるのである。一方、2つめのタイプは、虎の衣を着るようになる。このため、「東大話法」にさらに拍車がかかる。一番の例は、IAEAの天野之弥事務局長のような感じの人物になるのである。

とまあ、「東大話法」の話をメモしておこうと思って、ここまで書き込んでいたのだが、ちょっと買い物に行って帰って来ると、いやー、面白い。つむじ風氏のサイトを見ると、まさに「東大話法」の典型を示す格好の例となる人間が出て来た。

それで、それもメモしておこう。それを見れば、「東大話法」というものが一目瞭然。まさに上の安冨歩・東大教授の規則そのままである。以下ものである。これを見れば、言うまでもない。
驚くべき、ベンジャミンさんの告発!!

BSスカパー BAZOOKA!!! 陰謀ナイト ベンジャミン・フルフォード SIMI LAB


途中から出て来る東大出身の人の話のしかたが典型的な「東大話法」である。


この「東大話法」というのは、別に東大出身者だけがそうするというわけではない。橋下大阪市長や枝野幸男や野田総理など、東大卒ではない人物でも、「東大気取り」をしているうちに「東大話法」を身につけてしまうのである。一種の感染病なのかもしれない。怖い病気である。

それにしても、いったい東大のどこでこれを身につけるのだろうか? 東大生になる前からこうだったのか?東大に入ってからの専門家教育でこう変わったのか? ぜひ統計をとって欲しいものである。

私自身もこれまで何度もこの「東大話法」にわずらわされたものだ。結局、「東大話法」というのは、大学職員や公務員とか、日常的に自分自身は決して損をしない、傷つかない立場にあるということから来る、一種の処世術のようなものである。俗にいうところの「東大紳士」という言葉があるが、この「東大紳士」というものの特性が「東大話法」を身につけた処世術なのである。

いずれにせよ、東大に代表される戦後の日本の高等教育は、いわゆる「現代的」あるいは「20世紀型」というアメリカ型社会や価値観に迎合する人間を育てるためのシステムであったわけである。それはある時期までは良かったが、それを運営している側はいまでいうところのイルミナティー側だったわけである。しかるべき時代になると、その方向性を変えてコントロールし始める。そうなったときに、あっち側が方向転換したことに気づき、それなりに自己修正して、相手の思惑から自由にならなくてはならないはずなのだが、ひとたび「東大型」、「東大紳士」、「東大話法」を身につけてしまうと、それができなくなるということなのだろう。

そうなると、これまで自由の国アメリカの手先だと思っていたのに、いつの間にやら自分が警察国家アメリカの手先になった事にも気づく事なく、相も変わらず「東大話法」で説教を垂れ続ける。すると、いつしか自分が「御用学者」に様変わりしていたということになるわけである。
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  by KiKidoblog | 2012-03-06 18:38 | 東大話法

東大の無駄「150億円」?:「無駄」の定義が曖昧、そのままにしておいた方が得!?

みなさん、こんにちは。

いやはや、これは遺憾ですナ。というのは、下のニュースの東大に対してではなく、会計検査院に対してである。まあ、東大も稚拙だが会計検査院の発想は非常に筋が悪い。

<会計検査院調査>東大の無駄「150億円」

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 東京大や京都大、大阪大など15の国立大学で、利用の少ない運動場や施設、着工の進まない建設予定地など有効活用されていない土地や建物が帳簿価格で計約170億円相当あることが、会計検査院の調査で分かった。このうち約150億円相当は東大が占め、東京五輪の会場になった運動場の一部もある。検査院は各大学に具体的な活用計画を立てるか売却するよう求める方針だ。【桐野耕一、袴田貴行】

 ◇東京五輪の会場など活用少ない

 検査院は昨年、東京芸術大など4大学に対し、利用の少ない計約100億円相当の土地の問題を指摘しており、今年も新たに国立大の「埋蔵資産」が見つかった。

 関係者によると、指摘を受けるのは、他に北海道大▽名古屋大▽九州大▽一橋大▽東京医科歯科大▽東京外国語大▽埼玉大▽信州大▽福井大▽静岡大▽高知大▽鹿児島大。

 東大は、64年の東京五輪で近代五種・クロスカントリー競技の会場にもなった千葉市の検見川(けみがわ)総合運動場約27万平方メートルを所有。このうち、クロスカントリーコースやゴルフ練習場計約9万平方メートル(約70億円相当)について、検査院は、学内の利用者が少ないとして指摘対象とする見込み。

 クロスカントリーコースの09年度の利用者は一般開放も入れて約8000人。ゴルフ練習場は、授業などで使うこともあるものの、一般開放していないという。

 東大については、このほか具体的な整備計画もなく更地のまま所有している千葉県柏市の運動場跡地約6万平方メートルなど約80億円相当も対象。他の大学も未利用の土地や利用の少ない施設などがあり、大阪大は約5億円相当、京大と静岡大はそれぞれ約3億円相当を指摘される見通し。

 東大は「検査院からまだ正式な報告を受けておらず、コメントできない」としている。


かつて私が富士通に入って2年目にちょうど千葉県花見川区検見川に住んでいた。そこに会社の社宅があったからである。そのすぐ近くに東大の検見川グランドがあった。当時からほとんど使われていなかったようだが、グリーンのいい場所であった。

そういう遊休地のような大学資産を「だれか」に叩き売れというのが、会計検査院の発想である。売るということは、常に価格変動が伴う。したがって、東大の土地、すなわち国有地、すなわち国民の財産が、かつての「かんぽの宿」のように、外資や朝鮮資本に「ただ同然」で売りつける輩(俗に「売国奴」と呼ぶもの)が現われるのである。

会計検査委員は「売れ」という。すると、資本家が「買いに来る」。「民営化」という名の下に、こうやって国民の財産がどんどん特定の個人のものになる。

もし、会計検査院と資本家が裏で知り合いだったとしたらどうなる? あるいは、検査する方とその結果売りに出される資産を買う方が同じ人物のお仲間だったとしたらどうなるのか? 例えば、海外のユダヤ人や中国人や朝鮮人が買い占めに来たらどうするつもりなのか?

会計検査院はそういう危険性をどうやら(意識的に)無視しているようである。

確かにあまり使わずに放置のままの東大も悪いには違いないが、使えば消耗するからメンテナンスに経費がかさむ。だから、出来る限りそのままにしておくというのは理に適ったやり方である。仮に一般人に解放しても、一般人の民度が低ければ、すぐに施設は破壊され、老朽化し、いたずらに経費がかさむことになる。

問題は、ずっと放置していたために、昔の森林や植物が今も生い茂って、そこから十分な水分や酸素がその地方に住む人々に潤いを与えていることである。ここが無視されているということである。

植物は、その地の気候を非常に保全する役目を担っている。夏でも気温を一定に保つ。冬でも保湿する。こういう有形無形の恩恵を東大の土地は与えているのである。

まあ、そういうわけで、ずっとそのままにしておいたら、いいんじゃね〜〜、というのが私の個人的見解であるというわけですナ。

大学が日本という自然を保有するというのも、アカデミズムの大事な役割なのである。かつて羽仁五郎博士が、ハイデルベルク大学のことを論じて、その街の広場のことを言っていた。文明には広場が必要だと。なぜならそういう広場で悠久の知識を論じ、議論し、切磋琢磨する、そういう場が必要だからだというような話であった。

まあ、それに似て、大学内にちょっとした余裕、ちょっとした遊びの部分があってもいんじゃね〜、というわけですナ。

ついでに付け加えておくと、1980年代の後半に「土地代に見合わない研究所は出て行け」という時代があった。バブル全盛の時代のことである。東京の港区六本木、今では「六本木ヒルズ」というビジネス街に変貌した場所だが、昔「六本木のアマンドストリート」と呼ばれ、恋人たちの聖地であった場所の1つである。そのすぐ近くのひっそりした場所に、東大の物性研(物性物理学研究所)と生産研(生産技術研究所)があった。この研究所が、当時バブル全盛期で地代が1坪何千万円かした土地の上にあったのである。だから、当時の文部省が物性研にどこかへ出て行けということになったのである。そのお引っ越し先が千葉県の柏であった。

この柏は私が東京理科大理工の大学生だったころ、よくそこの駅前のほとんど唯一のビルであった「柏そごう」のボーリング場で友達とボーリングしに行った場所なのである。東部野田線に大学のある運河駅やその近辺から乗り(もう数十年前で駅名を忘れたが)、しばしば柏には行ったものである。1980年代前半のことである。

そこはその後どうなったのか知らないが、その柏に物性研が移動したのである。私個人は、アメリカのユタ大学にいた頃、物性研が柏へ移動することが本決まりになったという噂を聞いたものだが、それ以後一度も柏も物性研も行ったことがないので、どんな感じかは知らずじまいである。

しかし、その柏も今では、福島からの「死の風」にさらされる場所の1つに数えられる。千葉も似たようなものだろう。だから、会計検査院に東大の土地を売れと言われて売りに出そうにも、すでに土地代としてこれから暴落の一途を辿るわけである。だから、損することしかあり得ないだろう。だから、そのままにしておいた方が無難に違いないのである。

いやはや、「木を見て森を見ない」、「目先の損を恐れて一生の損をこく」。どうやら会計検査院の見識は、保安院同様に、何かが変である。困ったものですナ。
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  by kikidoblog | 2011-09-28 17:47 | 東大話法

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