「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:スピリチュアル( 42 )

 

神に近づくには「素領域」と波長を合わせればいい!:唯物論は唯心論の一部だった!

愛の歌

スターチャイルドの時代!?:ブラジルの天才少女ヤスミンちゃんの歌声!


みなさん、こんにちは。

我が家の朝は結構早い。私が奥さんより先に起きて奥さんのための弁当やお茶の準備、また自分の朝食などをするからである。もちろん、ゴミ出し、缶や不燃物の収集の日も早朝にそういうものは外の置き場へ運び出す。

ここ最近の朝空は日の出の時間が大分遅くなり午前7時近くになった。だから、早朝はまだ暗い。一昨日、昨日の月と星はまさにどこぞの国旗
e0171614_8104752.png
のものであった。今朝は月と星の間が大分離れた。

徐々に日の出に近くなり空が明るくなると、空が青くなってくるが、最近気になるのは、随分遠くの方で朝からジェット機が3機ほどケムトレイルを撒いているのである。何年か前、特に2011年3月11日以前にはこの上空を朝からケムトレイルを撒いていたことからすれば、ずっと南下した方角である。おそらく、高知をずっと超えた九州の方角だろう。

というわけで、私個人は、どうやら九州より南の沖縄あたりが今後の人工地震の中心地、つまりターゲットになっている可能性を心配しているわけですナ。まあ、沖縄の反日反米の共産主義者の鮮人支那人の自業自得だろうが、その道連れになる無知の人たちは可哀想である。しかし、今度はもう少しまともな知性の人として生まれ変わってナ、という他はない。

そんなことを彷彿させるほど、最近では九州以南の地震が多い。要注意であろう。


さて、横道に逸れた前置きが長くなってしまったが、最近保江邦夫先生からお送りいただいた先生の最新のご著書二冊を読んだが実に興味深いものだった。その2冊とはこれである。
ついに、愛の宇宙方程式が解けました: 神様に溺愛される人の法則
e0171614_1511320.jpg
(私の名前も登場する!)
神に近づくには波長を合わせればいい!
e0171614_8293795.jpg


(あ)「ついに、愛の宇宙方程式が解けました」

この本は湯川秀樹博士の「素領域の理論」の後継者である保江邦夫博士が、自身の過去の人生を振り返って、つまり理論物理学者として「保江方程式」が頭に突如として浮かび、それを基にして「保江の確率変分学」を生み出すまでの経験と同時に合気道の探求者として「愛魂」の真髄を開眼するまでの武道家としての経験を詳細に分析しなおして、かの「愛の宇宙方程式」
宇宙=愛

e0171614_20161863.jpg

保江家元の「愛の宇宙方程式」は「宇宙=愛」だった!:愛は宇宙原理だった!?
を解くことができた。では、いかにそれを解いたかという物理の本であった。すなわち、唯心論物理学の本であった。

ところで、あまり詳しくない人やここをはじめて呼んだ人のためにコメントすると、「唯心論物理学」とは、保江邦夫博士の盟友であるこれまた同じく京大理論物理の出身者、しかもその京大物理理論の学友の中でも最高の知性の持ち主と恐れられた中込照明(なかごみてるあき)博士が提唱し始めた正真正銘の数理理論物理学のことである。

つまり、普通の理論物理学では、数学的には単なる集合論。そしてその集合の要素として物質を基に取る。つまり、素粒子を(あるいは量子を)基にして宇宙は量子の集合体であると定義して理論を始める。これを保江博士は単純に標語的にその本質だけを抜き取って
宇宙=量子
と書いた。これが20世紀の量子物理の世界のことである。

これに対して、中込博士は物質(=量子)よりもっともっと根本的な概念である「量子モナド」を定義した。この「量子モナド」とは、まだ物質になるか霊魂や魂や情報という別の存在に分岐する前の素材のようなものである。

この量子モナドなる「抽象的な宇宙の精神」のような存在から、それが物質化したものが量子となり、物質化せずにそのまま留まっているもの、こういうものが同時にこの宇宙に存在していると考えると、20世紀の理論物理学で未解決の量子力学の観測問題やらシュレーディンガーのパラドックスやら因果関係の問題やら知性の問題やら心の存在、果ては霊魂や魂の存在などまで包括的に統一的に数学的に記述可能であるとということを数学的に証明したのである。

まさにブリリアント=明るい=照明な方なのである。今は高知大におられる。

その「量子モナド理論」を保江博士はその創始の段階からお知りだったわけだが、なぜなら共に1970年代後半欧州に留学中だったからである。保江博士はスイスに留学、中込博士はポーランドのコペルニクス大学。かのコペルニクス的転回のコペルニクスの出身地にあるという大学である。そこで「量子モナド理論」を誕生させたというのだった。

最初に保江博士が研究した1960年代の湯川の「素領域の理論」、その後の1970年代後半以降に中込博士が生み出した「量子モナド理論」、その後保江博士がキリスト教や合気道から発見した「愛魂」の力(「唯心論武道」の誕生)などから、最近になってそれらが実は同じことなのではないか、同じものが別の形に見えているだけではなかろうか?そういうことにお気づきになられたのである。

そして、結局、愛の宇宙方程式:宇宙=愛は、湯川の「素領域理論」そのものではないのか、まさに素領域とは量子モナドそのもの、つまり
湯川の「素領域理論」=中込の「量子モナド理論」=保江の「確率変分学」=保江の「愛魂道」
ではないのか?という大発見であった。

つまり、この世界は唯物論(materialism)ではなく唯心論(spiritualism)こそが正しいのである。

その結果、我々が「空間(space)」と呼んでいるものこそ、空虚なものではなく、素領域のぎっしり詰まった詰まり場なのである。

それに向かって、保江博士は幼少期から今に至るまでずっと何かを「つぶやいていた」「叫んでいた」「願っていた」という。

それが自分がいつも幸運に見舞われてきた根本原因だったのではないか?と

宇宙の真空が「空虚な」「空っぽ」な空間だと考えると、そこには何もないから何事も変わらないと思ってしまう。しかしながら、現実には「空虚」「空っぽ」「空間」「真空」に見える部分にもぎっしり「素領域」=「量子モナド」が詰まっている。「エーテル」と言い換えることも出来るが、そういう何かが密集している。

そして、そいつらが聞き耳を立てている。

人間にはロボットとは違って魂と呼ぶべきものが同時に重なって存在する。なぜなら物質の根源、量子の根源は量子モナド=素領域なのだから、人間は素領域=量子モナドでできている。ゆえに、量子になっていないもの、魂の形状の場も人間にはくっついている。

だから、人間の中の量子が願うことは、それが当然ながらいっしょに付着している量子になっていない量子モナド=素領域にも伝達される。素領域は人間としての存在の形を超えて広がっているわけだから、当然素領域間で伝達される。お互いに影響しあう。

素領域の配置や配列が我々見るところの「時空」(space-time)を形成する。自分が素領域である「空間」に願ったことから、そもそもの素領域に自分の魂が影響を及ぼしたわけだから、結局その影響に沿って素領域が再結成再配列しなおす。これがそれまでのタイムラインを変え、新たなる自分の願いを聞き届けるタイムラインに変わる。

つまり、愛魂とはそうやって場を包む。人は宇宙や空間や神社や社や教会で祈り、願う。こういう行為の背後には素領域への働きかけ、言い換えれば、この宇宙なる存在への働きかけがある。

だから、幸運が訪れる。

西洋人には言わなければわかないというが、それはこの素領域でも同じである。「口で言わなければわからない」。単に念じるのでもある程度は叶うが、やっぱり口から念じた方がより素領域に作用する。どうやらそういうことらしいですナ。

やはり空に向かって

「神様〜〜、NWOを地獄へ送ってちょ〜〜〜だい!」

と叫ばないとタイムラインが変化しないらしいナア。

とまあ、そんなことを感じさせる実に興味深い本である。

そして、最後には

ありがとう

というと、やはり運気が変わるという事実が書かれている。

つまり、やっぱり「水にありがとう」というと、水が変わるのである。江本さんが正しかったのだ。
水の伝道師 江本勝さん


まあ、唯物論信者が「水にありがとう」と言っても「何も起こらない」「何も変わらない」のである。これも事実である。しかしながら、それから唯心論者が「水にありがとう」と言っても「何も起こらない」「何も変わらない」ということにはつながらない。むしろ、唯心論者が「水にありがとう」というと、「水は変わる」「何かが起こる」のである。

つまり、唯物論者の信条も唯心論者の信条も共に正しいのだ。

信じる行為が現象を左右する。それが「量子モナド理論」「素領域理論」なのである。唯物論者の高校の先生たちが「水にありがとうと言ったって何も変わらないよ。江本は嘘つきだ」といおうが、それはそれで真実となる。信じないのだから、素領域はそれに感応にないのである。その人が「その現象を信じない」という信じこみ、思い込みを素領域に作用するわけだから、素領域であるこの宇宙は、「何も起こさない」タイムラインを生み出すのだ。

しかし、心底信じれば、結果は変わる。言い換えれば、もはや当然だろうが、
唯物論⊂唯心論
なのである。

良い人生を送りたければ、良い人生になるように、この空間に向かって「ありがとう」と言おう。これが保江博士の「ついに、愛の宇宙方程式:宇宙=愛が解けました」の解であった。

佐久間順平【あ・り・が・と・う・の歌】



(い)「神に近づくには波長を合わせればいい!」

これまた合気道の武道家である山本光輝師範と保江邦夫師範の対談である。しかしながら、饒舌な保江師範にはめずらしくほとんど聞き役に回るほど、この山本光輝師範の体験談は興味深い。

奇跡の連続。

21世紀に日本の武道家の中からイエスのような救世主が現れる

この預言、ポール・ソロモンの預言にもあったが、この救世主こそこの山本光輝さんではなかろうか?

故知花敏彦(ちばなとしひこ)氏によれば、天界はこの地球に12人の救世主を宿したという。そのうち4人が日本人であるという話がある。その1人が知花さんだった。もう1人は知花氏の弟子の上江洲義秀(うえずよしひで)氏。後2人は未知だった。

このまだ知られていなかった2人が、

保江邦夫博士と山本光輝師範

だったのではなかろうか。

たぶん、西洋人の8人の1人は、ナッシム・ハラメイン(アラメイン)博士だろう。

当然ながら、私は12人に入るはずもない。単なる野次馬の1匹である。


さて、この山本光輝さんは書道の大家でもある。そして、アキル文字という古代神代文字を書く。どういうわけか、山本師範がアキル文字で「いろは祝詞」や「ひふみ祝詞」を書いたを書を貼っておき、毎朝それにむかって祝詞を呼んでいると、病気だった人が治癒し、無病元気になるという。

また、その書を青森のりんご園のりんごの樹に貼っておいたら、

なんと台風や嵐の暴風雨に耐え、そこだけはりんごが一個も落ちなかったというのだ。

ここにもまた「唯心論」の世界が垣間見える。

つまり、山本光輝先生の書かれた「魂のこもった祝詞」をりんごの樹の貼ると、ニュートンの法則が破れるのである。

ニュートンの法則は唯物論の理論である。唯心論は唯物論を一部に含むから、当然ニュートンの法則の世界よりずっと広い。だから、別段ニュートンの法則通りにいかないからといってその現象を否定するということにはあたらない。

実に明快である。

保江邦夫博士の大発見、「唯心論⊃唯物論」は、実に明快にいわゆる物理的解釈と唯心論的解釈の違いを説明するのである。

そんな実に興味深い話が目白押しの本である。


(う)「道(どう)」と「日々刷新」

最近まで私は保江邦夫博士のこれまでのご著書の数々を集めてずっと読んできた。武道の合気道の愛魂開眼の話から、湯川の素領域理論から始まって確率変分学や確率制御理論で量子力学を再構築する話、および保江博士の数学の師匠であった伊藤清博士の確率学の話やネルソン博士の確率運動学の話など。ほぼすべて学んできた。あまりに膨大であるために、まだまだ全部読み切ったとは言えないし、現在進行中でもあるが、一つここに来てわかってきたことがある。

それは、かつてキリスト者たちが「日々刷新」と言ってきたことと、我が国の武道家たちが「道の教え」と呼んできたものとの関係についてである。

この両者はほぼ同じではないか?

これが私が最近理解したことだ。

逆説的に日本の武道の誕生しなかった人種というと、アジアでは朝鮮人と支那人である。朝鮮はこれほど日本に近かったが武道も武士道も誕生しなかった。いまウリナラファンタジーで捏造しているが、それは単に「羨ましい」からだけだという。

欧州でもカソリックのドイツで騎士道は誕生したが、他の国々では騎士道は誕生しなかった。

なぜか?

イエスの教えの中に「日々刷新」という言葉があるらしいが、私はながらく、この意味は「一昨日より昨日、昨日より今日、今日より明日自分自身が新しい発見をすること」というようなものだろうと考えてきた。

一方、我が国の武士道やさまざまな芸術などにおける「道」という思想は、「一芸を一生に渡って続けていきながら自分の武芸芸術を高めること」というような意味で捉えていた。

しかしながら、クリスチャンの大学で教鞭をとり、合気道を教え、物理学を教えるという保江博士のご著書の全体の流れをみると、どうやら保江先生(や山本光輝先生や他の合気道の師範たち)がやっていることこそ、まさしく「道」なのではないか、ということだった。

つまり、1冊1冊本を書きながら、前にあの本で書いたことは間違っていた、実はこういうことだったんよ、という感じで新たなる本で自分の最近の理解を説明する。あるいは、本に書かなくとも、自分の道場でお弟子さん達にそうやって日々新たに自分の極めた精神や技術や思想を語る。

こういうことが「道」であろう。

その意味では、まさに「道場」とは「道を語る場」という意味である。他の武道の道場は知らないが、少なくとも、合気道の世界では、そういう感じに見える。

一方、クリスチャンのカソリックの荒修行は、まさに日本の合気道の練習風景と似ていると言える。

道場で稽古する様はまさに「日々刷新」であろう。

神道でも神様の前、天の前で相撲を取る。柔よく剛を制すのごとく、小粒な人が大柄な力自慢を投げ飛ばす。そういうふうにして日常的、つまり物理的な現象を打ち破るような異常な結果を見て、はじめてそこに神様がいると確信するわけだ。

火の上を修験道者たちが火渡りをする。これまた非日常的な現象である。奇跡に見える。奇跡的な現象=物理的ではない現象が現実に起こるのを見て、目撃して、はじめて人は物質だけではないことを知る。

こういうことを確認する作業として、人は合気道を選び、カソリックの荒行を選び、神道の相撲を選ぶ。

そういうふうに理解できないだろうか?たぶんこれは正しい。

つまり、日々刷新とは己の修行を通じてこの世界は「唯物論⊂唯心論」であることを確かめる作業のことである。

もし日本人の関取でこのことを心底理解した力士がいたとすれば、その力士は小粒であろうが、大きな300kgの力士を簡単に投げ飛ばすことができるはずであろう。そういう力士は立派な二子山のような横綱になるのではないか。そして、人はそこに神の存在を見るはずである。なぜなら物理学的にはあり得ない現象を見るわけだから。

いや〜〜、実に素晴らしい世界ですナ。

いきものがかり 「ありがとう」




e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-12-09 10:19 | スピリチュアル

「水は何でも知っていた!」:生命には「マイナスイオン」が自然に満載される!?

みなさん、こんにちは。

さて、先日「水の話」
「空想科学私小説家顛末記」発見4:スイスアルプスの雪解け水で子ができる!?
をメモしたついでに、
ポラック博士
e0171614_9441467.jpg
(ポラック博士はアメリカ、シアトルのワシントン大学の教授)
のYouTube講演をおまけしたのだが、これはどうしてもメモしておきたいというわけで、リン博士のその後継者であるポラック博士のYouTubeをもう一回メモしておこう。これだった。
Prof. Ph. D. Gerald H. Pollack: The 4th phase of water


この講演はどうやら私がヒカルランドで先月に行ったような、出版記念講演会のようなものである。

では、何の本の講演会か?

というと、次の本である。
水の第四相
The Fourth Phase of Water: Beyond Solid, Liquid, and Vapor (English Edition)
e0171614_111176.png


最初のYouTube番組は、この本の内容を手短に約1時間あまりの講演でまとめられたものである。

私も昨日ずっと講演を聞いて勉強していたが、実に分かりやく良い講演だった。ぜひ一度見ることをおすすめしたい。

もちろん、普通の科学者なら必見だが、高校大学の理科のせんこう、じゃなかったご先生の皆様方々も見るべきだろう。特に、スピリチュアル=唯心論の人たちも必見である。

なぜか?

「マイナスイオン」はトンデモではなかった!

からである。

マイナスイオンをトンデモだトンデモだニセ科学だニセ科学だと言っている腹の出た先生はこの方
ニセ科学を見抜くセンス
e0171614_1165287.jpg
(まったくセンス無い本だナ。自分で実験せずに何でもかんでも言うなヨ。俺もか〜〜、失敬。)
だが、そういう言説を見事に一蹴するのである。

日本の高校大学の初等理科の先生や文科省の役人の知識は

ふ・る・い=古い、遅れている

んですナ。高校の先生は論文は読まないし、欧米の次から次へと出版されてくる新しい専門書や教科書も読まない。だから、科学の最先端はどんどんどんどんずっと先へ行っていることを全く知らないのだ。

水には、気体液体固体の3つの相があるが(ここまでは文科省の教科書にも記載)、それに加えて、4つ目の相がある。こんな話はきっと初耳でしかない。

ましてや、その第4番目の相こそ生物に最も大事なもので、ナノスケールのレベルのちょうどミクロとマクロのインターミディエイト(中間)にあり、そこでは「マイナスイオン」だらけであることが生命の生命たる所以だった。こんな話は聞いたことがないはずである。

つまり、生命体とは生体内の「マイナスイオン」の蓄積によって起動されている、のである。

だから、「マイナスイオンは存在しない」ということはイコール「生命体が存在しない」となるのだよ〜〜ん!
がちょ〜〜〜ん!
ですナ。

生体内のイオンやタンパク質や物質表面の周りでどうしてマイナスイオンが誕生するか?

そのモデルとして、「構造水、それも多層膜状の水の構造=多層水」があると最初に提唱したのが、ギルバート・N・リン博士だった。それをさらに実験して、ハニカム構造のまるで炭素の炭(石墨)の構造
bの図
e0171614_11195810.png
のような構造水の膜ができると示したのだが、ポラック博士である。

この構造は、H_30_2となる。すなわち、3×(+1)+2×(ー2)=ー1となって、マイナスイオンとなっている。

ちなみに、普通の水
e0171614_11303183.gif
はH_20。すなわち、2×(+1)+1×(ー2)=0、すなわち中性となっている。

見方を変えれば、あるいは、別の言い方をすれば、そういう層状水の場所にはオゾン、
0_3
e0171614_11293417.jpg
が溜まっているということもできる。

こういうマイナスイオンに満たされた水の層状構造体が、何万層も重なってできている。しかもそういう層が光を当てると伸びるというのである。そういう大発見をポラック博士の大学院生が発見した。

だから、生命体は光を浴びるとエネルギーを充電できるのだと。


いよいよ生命体の秘密の鍵のありかが見つかりそうである。


いずれにしても、水の研究を考えるのなら、イデオロギーで脳内の水が凝固する前に、マイナスイオンを吸って脳内を柔らかくしておくべきですナ。


さて、仮に物質表面の水が炭素物質の石墨のようなハニカム構造でマイナスイオンがかっているとすれば、炭素で言えることがすべて水で言えるから、すくなくともこれまで水の構造は大半がダイヤモンド構造とか炭素構造をベースとして考えられてきたわけだから、炭素の世界にあった話は全部水の世界でも成り立つだろうと考えるのが自然であろう。

つまり、
炭素の世界

気体 メタンC_4
液体  メタンC_4
固体
3次元 ダイヤモンド構造
2次元 グラファイト(石墨)構造
1次元 ポリアセチレン構造

ここから、

フラーレン、
ナノファイバー

などの構造が見つかった。だから、水の世界にもこういものの対応物が存在すると考えられる。
気体のメタン→気体の水→水の第1相
液体のメタン→液体の水→水の第2相
3次元固体ダイヤモンド→固体の水=氷→水の第3相
2次元固体グラファイト→物質表面の層状構造水→水の第4相←いまここ
1次元固体ポリアセチレン→ポリウォーター的構造水

C_60フラーレン→イオンの水和構造=イオンの周りの鳥かご状構造水
炭素ナノファイバー→1次元タンパク質の周囲の筒状の層状構造水
となるだろう。

やっぱりポリウォーターもあるんじゃね?

ということになりそうですナ。実験は非常に難しいだろうがネ。


いや〜〜、あっぱれポラック大先生!

それにしても、プラスチック物質の表面に小さな管を置くだけで、その中に水が流れる。フリースローではなく、フリーフローである。フリーエネルギーの水バージョン。

これは一種の対称性の破れ現象である。実に興味深い。

また、一番最後に登場した、何も飲み食いせずに2週間生きたというインド人。空中から水分を取り込み、光からエネルギーに変える。もはや超人である。驚きだが、その秘密は水にあるとポラック博士は推測している。


今後の研究を待とう。


おまけ:
ところで、そういう物質表面付近の水が特別な存在であって、常温でもある種の超電導状態のような凝縮相になっている。そのために、脳内の水は全体としてコヒーレントな状態にあり、それが心=魂を生み出す。こういう理論を提唱したのが、保江邦夫博士とお弟子さんの治部真理博士である。常温でも水が超電導体のように凝縮相になれるという証明は場の理論の大家であった故梅沢博臣博士の理論に基づく。
1リットルの宇宙論―量子脳力学への誘い
e0171614_12132595.jpg





e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-11-19 11:44 | スピリチュアル

「ある新聞記者の告白」:唯物論者による唯物論者のための唯物論者の治療!?

みなさん、こんにちは。

今回はちょっと変わったものをメモしておこう。

(あ)ある新聞記者の告白
まず以下の記事がある。これは哀れにも急性白血病になってしまった新聞記者の告白メモである。
白血病と闘う~政治部デスクの移植体験記
e0171614_8185474.jpg


(1)「生存率」の衝撃

自分の生存率は、自分が思ったほど高くはありませんでした。

 「5年間の長期生存の確率は、40~50%くらい。このデータは骨髄移植、さい帯血移植、いずれの移植でもほとんど変わりません」

 縦軸が生存率、横軸が移植日からの年数のグラフを示しながら、担当医師が説明をしてくれました。2015年2月5日、神奈川県にある虎の門病院分院の一室。血液のがんといわれる急性骨髄性白血病を再発した私に、医師がこれからの診療内容を説明して同意を得る「インフォームド・コンセント」が行われていました。私の妻も同席していました。

 紙に手書きで書かれたグラフは、急性骨髄性白血病で移植治療を受けた患者の5年間の生存率を示すものでした。ひらがなの「し」の字を平たくしたような曲線は、移植後3年間は右肩下がりを続け、3年目以後は、縦軸の「40~50%」のあたりでほぼ横ばいとなっていました。

 「3年間生きれば何とかなるのか。しかし、長いな」。私は心の中でため息をつきました。

 インフォームド・コンセントは、患者にとっては質問や要望を医師に伝える貴重な機会のはずですが、私は、医師が説明する内容を頭に入れるのがやっとで、質問もろくにできませんでした。さい帯血移植を勧める医師に「もう少し考えさせて下さい」と答えるのが精いっぱいでした。

 私は13年6月末に急性骨髄性白血病を発病。4か月以上にわたって抗がん剤治療(化学療法)を受け、同年11月に退院しました。移植は行わずに済みました。しかし、約1年2か月を経て白血病は再発。インフォームド・コンセントは、再発を告知された翌日で、私はまだそのショックをかなり引きずっていました。そのうえ、死亡する確率が生き続ける確率よりも高いという厳しい現実をグラフで示され、意気消沈し、正直に言えば動揺もしていました。

 白血病が再発し、移植治療を受けるしか助かる道はない。理屈では分かっていても、簡単に受け入れることはできませんでした。逆に、「移植といっても、生きるか死ぬかの一種の『賭け』のようなものじゃないか」「生存率をいきなり示すなんてショックが強すぎる。病気と闘う気力が失うせる」など、いら立ちを何かにぶつけたい心境でした。

 妻が帰り、一人になった私は病室に戻って目をつぶり、冷静に考えるよう努めました。

 「自然の摂理に任せていれば早々に死ぬ身だ。それに、『あなたの命はあと何か月』と余命宣告を受けるよりは、ずっとましだろう」と考え直すと、少し心が落ち着いてきました。

(以下省略)


(い)死のルーティーン
おそらくこの人物はこのまま白血病の死のルーティーンにしたがってお亡くなりになるだろう。現代西洋医の日本人のシナリオ通りの年数で死に至るに違いない。

なぜ?

それは、現代医学に欠落したいい意味での神秘主義、あるいは、神の存在への驚異、こうした神の座に対する視点が欠落しているからである。

それゆえ、自分はがんと向き合って立派に戦ったから死んでもいいというタイムラインに乗ったのである。

つまり、「不治の病が治る」という奇跡のルーティーン、言い換えれば、もう一つのタイムラインと出会う機会を自ら逸しているからである。


(う)本当のリアルの話→金持ちやエリートのやることはちょっと違う。
ここからが本当のリアルの話だが、もしこの世界にいるリーダーたちが同じようにがん告知による死の宣告され、現代医の示す医療ルーティーンを提示されたらどうするだろうか?

この新聞記者と同じように医師の言うとおりに真っ先に病院の治療に行くのだろうか?

実はそうではなかった。

保江邦夫博士の最近までのさまざまな本でも紹介されてきたし、例の「魂のかけら」
魂のかけら―ある物理学者の神秘体験 単行本 – 2007/1
e0171614_1335694.jpg
や「唯心論武道の誕生」
唯心論武道の誕生
e0171614_13294349.jpg
でも語られているが、世の指導層にある連中は、

真っ先に霊能者や超能力者やファティマの聖堂やルルドの泉に行く

のであった。

著名大学の精神科医の指導層にある有名教授の娘が非行に走った。

どうするか?

自分が指導した精神科医に自分の娘を診させるか?

否、そんなことできるわけがない。

なぜなら、現代精神科医の治療などなんの効果もないことを自分たちが一番良く知っているからだ。せいぜい有害な薬漬けになってその後悲惨な人生を送るだけ。

ではどうする?

保江くん、霊能者を紹介してくれ。娘が大変なんだ。

というようなことになるらしい。

実際、保江博士自身、自分の次女が跳ねっ返りとなって非行に走りはじめた矢先、まだ存命中の三原の隠遁者様(エスタニスラウ神父)の下に駆けつけたのである。

娘と二人で自動車で探し、やっとのことで会うことができた時、

私にできることは祈ることだけです

と言われたが、それでもいいですと跪くと、笑顔になって神父さんに手を振って帰宅する道中で、非行娘が

もう私もオバカさんから卒業するかな

と一言。そしてその後は人間が変わり、親も驚く難関大学に現役合格。

あるエリートが病気になったそれも親子で末期がん。共にがん宣告された。しかし親より若い方の息子のほうの進行が早い。親は心配になっていると、たまたまインドの聖人のテレビをやっていた。藁をも掴む気持ちで親子でインドの聖地に飛ぶ。

1000人もの信者が番を待っている。結局自分たちは無駄足だったか。そう嘆きの気分でいるその前に聖人が立った。二人の頭の後頭部の上辺りを手を晒す。するときびすを返して去っていった。

何だ無駄骨だったかと帰国したら、なんといつの間にか癌が消えていた。それも二人共。

メキシコにもそういう聖人がいるらしく、メキシコでは自分が現代的病院の科学的診断で癌が見つかると、みんな病院から姿を消す。

いったいどこへ?

その聖人のところへ行くのだ。すると、運よく聖人に見てもらえば、癌は霧散する。

保江博士自身、末期の大腸がんの発見で強引に緊急手術されてしまった後、余命が短かかった。癌抑制剤の治療を受けても生存率5%の宣告。

保江博士は、ルルドの泉の水に賭けた。同時に術中に現れた聖母マリア様におすがりした。ルルドの水をタンクに詰め、それを飲めば生存率は7%にあがる。統計的にはその程度の差にすぎない。

しかし現地の洞窟の中に行った保江博士の前に白人美女の悪魔が現れる。が、なんとか聖母マリア様の現れた場所でお祈りをし写真を撮って帰国。

すると、癌マーカーが消えたのである。


実は、世のリーダーや指導層やお金持ちや信心深い人たちというのは、こういうことを行っているのである。

これが公然の秘密というものである。

もちろん、NWOや影の政府のお偉方どもはエイリアンからリバースエンジニアリングで開発した最先端のまだ未公開の医療技術を施してもらっている。エリートの科学者は装置を使って知能をIQ4~500までアップできるのだ。これをすれば、だれもが一瞬にしてフラッシュ暗算できるようになる。


(え)現代の科学や教育は借金を増やすためのものにすぎない

エリートは瞬時にして癌を消滅させる。凡人やゴイムはいわゆる「現代医療」という命名の「ゴイム用医療」のルーティーンに従う。それを宣言する場が「インフォームドコンセント」=「ゴイムのために用意された死の宣告」「死のルーティーン」である。

その死のルーティーンにしたがって、医療費だけが跳ね上がる。患者には借金だけが残る。

儲かるのは、大企業だけ。


とまあ、以上のようなお話は、おそらく普通の人たち(=エリートユダヤ人が「ゴイム」と呼ぶ人たち)には、信じられないだろう。せいぜい、信じる信じないは貴方次第ですと言ってお茶を濁すだけだろう。しかしながら、全部真実である。これが現実なのだ。

見ていたまえ、この新聞記者は現代医学を信じて頑張ってよく見る風景そのものにすべて従ってへとへとになって死ぬだろう。

なぜ?

この大自然やこの宇宙やこの世界に対する感謝の気持ち、己の先祖の魂に対する感謝の気持ち、それに加えて一番大事なことは自分の魂、こういうものを忘れているからである。

現代医学における病気の治療は起こった結果の治療である。病気は病気の原因を治療しないかぎり治らない。

白血病になったからにはなったその原因がある。それに気づかなければ本当の治療はできないのである。癌になるのはそれなりの理由がある。

そういうものに気づくためには、保江先生がおっしゃるように、己の魂と向き合わなければならないのだ。

だから、そんなものはないと唯物論的に考える政治記者であれば、それは自ずと死のルーティーンというタイムラインのみが反作用してくるのである。そして、医者の予言通りに死ぬように自分自身が死を希求して死んでいく。

とまあ、そういうことなんですナ。


いやはや、世も末ですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-11-10 09:11 | スピリチュアル

奇跡のような話:アタカマ砂漠に花が咲く!アタカマとはハチドリのことだった!

みなさん、こんにちは。

これまたスピリチュアルな話。アタカマ(亜高天)といえば、アタカマ砂漠。砂漠地帯である。それが、今度の豪雨の後に奇跡が起こった。広大な砂漠全面にピンクの桜の花のような花が生い茂ったのである。以下のものである。これも面白いからメモしておこう。
【驚愕】地上で最も乾燥した『チリ・アタカマ砂漠』に大雨が・・・・その結果息を呑むほど美しい光景が・・・・

普段のアタカマ砂漠
e0171614_1139465.jpg


今回のハリケーンの後のアタカマ砂漠
e0171614_11403584.png


写真多数。
e0171614_11405619.png


ところで、ここアタカマといえば、例の「アタカマ・エイリアン」が見つかった場所である。これである。
アタカマ・エイリアン
e0171614_1142929.jpg

e0171614_11422211.jpg


また高橋良典さんの研究
太古日本の脅威の秘宝
e0171614_1933199.jpg

太古、日本の王は世界を治めた
ロスチャイルド家が最後に狙うは《古代神代文字》

e0171614_15183998.jpg

によれば、「ナスカの地上絵」として有名な絵は、実は漢字のような線文字を合体させてできた合体象形文字であるという。ハチドリは「アタカマ」と読めるのだという。
アタカマ
e0171614_1220929.jpg


つまり、この驚愕の事実を重ねて見れば、今現在砂漠地帯に変わり果ててしまったアタカマは、かつてはハチドリも舞う花畑の地方だった、ゆえに、ハチドリのことを「アタカマ(亜高天)」と呼んだ。

こんな想像もできるのである。

いや〜〜、すべてが繋がって来たようですナ。面白い。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-10-30 12:23 | スピリチュアル

妄想一発:「そろそろ日本から世界人類の救世主が登場するはずなんだがナ」!?

みなさん、こんにちは。

今回はまだ確信がない、私個人の妄想のような話である。だから、興味ない人がほとんどだからスルーを。

(あ)予言者ポール・ソロモン
1991年頃、あるアメリカの霊能者が日本に現れた。予言者ポール・ソロモンという人である。その時の番組がこれだった。
ポール ソロモン氏のチャネリング予言-1 1991年


ポール ソロモン氏のチャネリング予言-2 1991年


ポール ソロモン氏のチャネリング予言-3 1991年


(い)「日本から世界的リーダーが現れることになっている」
この番組におけるチャネリング2において、ソロモンは
「日本から世界的リーダーが現れることになっている」
と予言した。以下のものである。

日本北部に世界の救世主となる男がいる!? ノーベル平和賞候補ポール・ソロモンの“恐ろしい予言”を検証!!
e0171614_1040857.png

・リーマン・ショック、ISテロ、第三次世界大戦の勃発

 冒頭、ソロモン氏(の身体を借りている何らかの実体)は、ノストラダムスの1999年人類滅亡説について尋ねられると、「ノストラダムスがそのように言ったということになっているが、まったく誤解されている」と一蹴する。そもそも、この説はもっとも有名な『百詩篇集 10巻72番』が元になっているが、実際、詩にも滅亡云々といった内容は一切記されていないため、これは納得できよう。ただし、ソロモン氏は近未来の破局自体は到来すると予言した(人類の努力次第で不可避ではないが、このままでは起きる可能性が高いというスタンスだが)。それが世界的な経済崩壊と第三次世界大戦の勃発である。


(う)「北日本から救世主が現れる!?」
そのソロモン予言の中でも最も興味深いのは、世界の救世主となるべき人物(男性)が東北地方から登場するというものである。それもイエス様のように「愛、融合、統一」を世界に広めるというのである。そんな話がこれである。
北日本から救世主が現れる!?

 トランス状態の彼は、「日本から現れることになっている世界的リーダーとは誰か?」という質問に対して、次のように答えた。

“we have said that a light come from japan, and will help in the enlightenment of the world”
(私たちは日本から光が来ると言いました。そして、世界の啓蒙を助けるだろうと)


■日本の北部生まれ。1991年時点で若い。武術を習う人物が救世主?

 ソロモン氏は「ヒントだけならよい」として、その人物は、今(1991年)はまだ若い男性で、日本の北部におり、準備ができていない。彼には「青木先生」という武術を教える師がいる。その青木氏自身、武術だけでなく、ある種の哲学を説いている、という。

 果たして、この人物とは誰か。そして彼が説くという「愛の法」と「すべてがひとつ」という教えとは何か。私は期待して、彼の出現を待ちたいと思う(*注)。


「愛の法を説く」ということから、それは「幸福の科学」の大川隆法か、あるいは、オウムの麻原彰晃かと司会者が聞くと、そうではない。
その人物は、今(1991年)はまだ若い男性で、日本の北部におり、準備ができていない。彼には「青木先生」という武術を教える師がいる。その青木氏自身、武術だけでなく、ある種の哲学を説いている、という。
という話をするのであった。

そこで、上の「スピリチュアル野郎」氏は、その青木さんとは、「新体道」という新しい武道体系を生み出した「青木宏之」師範ではなかろうか?という。以下の人である。
Shintaido - Maestro Aoki


このように、ポール・ソロモン氏の話の中の「青木さん」は実在したのである。

そうなると、はたしてそのお弟子さんの中に、1991年当時若い男性のお弟子さん、しかも東北出身者のものはいるのか?ということになる。

(え)「東北から生まれる救世主とはだれか?」
そんなわけで、私は大分前からこの「東北出身者の若い男性武道家」はだれなのかとしばしば調べているのである。

今のところ、それがだれかは分からない。

新体道のホームページなどを見ていると、青木さんの仲間には伊東不学さんというような高弟がいて、その弟子とか調べていると、渡辺繁氏とか、結構若い男性もいることが分かった。
ギャラリー

まあ、当たり前と言えば当たり前だが。

そんな中、私の直感から「これは?」という人がいた。今回をその人物をメモしておこう。以下の人である。
大井秀岳さん
【天真体道】組手各種・空手型・大飜刀剣 Tenshintaido/Hiroyuki Aoki


新体道 大井秀岳演武(新宿ピットイン)Shintaido


いずれにせよ、ポール・ソロモンさんの予言通り、青木さんの新体道のお弟子さんの中から、世界の救世主が登場することを期待したい。

(お)保江邦夫師匠もその可能性あり!?
ところで、これは番外編だが、ポール・ソロモンさんの主張に関しては、その言葉通り、文字通りに解釈するのも1つの方法だろうが、その主張の真意を組むというやり方ももう1つあるだろう。

この場合には、ソロモンの主張を広義に解釈するということになる。

東北出身者→東北大学出身者
愛の法→愛魂
若い男性→40代も若いとみる

こうすれば、我らが保江邦夫博士もまたポール・ソロモンの言う意味の「救世主」であるかもしれないのである。

その後の展開からすれば、保江邦夫博士が人類の救世主になる可能性も否定できない。
予定調和から連鎖調和へ 出版記念講演会 保江邦夫さん (改訂版)

俺個人はこっちの方を期待したい。

なんと俺は世界人類の救世主と18時間も対談したんだよって言えるからナア。


はたしてそろそろ我が国から本物の救世主が登場してくるはずなんだがナア。

今後を期待してみていよう。

いやはや、面白い時代になってきましたナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-10-30 11:12 | スピリチュアル

真夏の夜は「ムー度満点」に行こう!?:いや〜日本には変な人がわんさか!?

みなさん、こんにちは。

民放のやらせ「都市伝説」は、何でもかんでも「信じるか信じないかはあなた次第です」という、かつてここで俺が言い始めたようなフレーズをパクって始まった。だから、人様が命掛けて何十年もに渡って暴露したインサイダー情報ですら、吉本ばかなの与太話のネタにされてしまうか、バーテンダー関のツリコミネタにされてしまう。

一方、犬HKこと韓国電通配下の韓エッチKは在日整形美人のハニトラ番組で、何でもかんでも「偽話」「作り話」でシャーンの強制終了。

というわけで、世の摩訶不思議な世界の話は、いまや学研ムー提供の「ムー度満点」ワンダーチャンネルしかなくなってしまったようである。

そんなムー度満点ワンダーワンダーの中で最近見たもので結構面白いものがあったので、今回はそれをメモしておこう。以下のものである。みな1時間以上の長いものである。

生ビール飲みながらの「飲み屋談義」の中にこそ真実がある。そんな感じのワンダーテンダー、何やってんだーの番組である。

(あ)角南功(すなみいさお)さん編
ムー度満点!トーク vol4.角南攻
e0171614_1553308.png


この人はもと全学連革マル派の左翼学生。社会人になって、日本に少年ジャンプを発刊した人。いまや伝説のマンガ界のドンらしいですナ。ちなみに、この角南功さんは昨年にお亡くなりになられたらしい。ご冥福を祈ります。


(い)大村真吾さん編
ムー度満点!トーク vol6.大村真吾
e0171614_15543913.png


この人は面白い。まさにスピリチュアルに生きている方のようである。


(う)小川謙治さん編
ムー度満点!トーク vol11.小川謙治
e0171614_15523587.png


この人はかの矢追純一さんとさまざまなテレビ番組を作って来たプロデューサーだった人である。



まあ、いずれにせよ、ムー編集長の南編集長さんは前立腺肥大というやつですナ。
前立腺の友を飲んだ方が良さそうだ。


いや〜〜、我が国にはさまざまな能力者がいるものですナ。灯台下暗しとはこのことである。

真夏の夜は「ムー度満点」に行こう。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-06-29 15:58 | スピリチュアル

中丸薫と保江邦夫博士のシンクロニシティー!?:中丸さんもアシュター・コマンド!?

シンクロニシティー

シンクロニシティ(英語:synchronicity)とは、いわば「意味のある偶然の一致」のことで、日本語訳では「共時性(きょうじせい)」「同時性」「同時発生」とも言う。


みなさん、こんにちは。

風雲急を告げてしまったこの世界、この日本。あまりにいろいろのことが起こりすぎてETの手も借りたいほどである。特アはいま何をするかわからない状況に陥る一歩手前ですナ。

さて、そんな中、昨日ひさしぶりにブックオフに行ってみると、結構面白い「ムー度満点」の本を偶然みつけたので、買ったのである。そして、今日読んだのである。以下のものである。
UFOとフリーメーソン―世界支配を目論む世界最大の秘密結社と異星人の知られざる関係
e0171614_1985769.jpg
地震兵器も投入 闇の世界権力の「日本沈没計画」を阻止せよ! イルミナティ大幹部が打ち明けてくれた驚愕のプロジェクト
e0171614_19101319.jpg


始めの本は、もう読み終わったが、後の本は今読みつつある。


さて、これらの本は、明治天皇のお孫さんという触れ込みの(俺の調査では、明治天皇というよりは、ロスチャイルドのお孫さん)中丸薫さんの陰謀論である。

最初のものは、私の本にもまったく別の視点(物理学的視点)等から得られた結果とほぼ同一の結論になっているから、そういう面でもけっこう面白かった。が、特に私個人にとって興味深かったのは、そういう話ではない。以下の部分である。
最初のUFO体験

本章では、私自身のUFO体験から話を進めることにしよう。

それは私が、縁あってアメリカのネイティブ・インディアン、ホピ族が暮らす村へ向かっていたときのことだ。

砂漠のなかで自動車を走らせていると突然、頭の上のほうからなにやらテレパシーらしきものが押し寄せてくるのを感じた。

当時の私にとって、そんなことは初めての体験だった。あまりにも不思議な感覚にとまどいながらふと空を見ると、なんとUFOが滞空しているではないか。

ところが、なぜか恐怖感は感じなかった。ただ、驚いて声も出せない私の頭のなかに突然、「アシュター・コマンド」という言葉が聞こえてきた。今から思えば、テレパシーによって語りかけられていたのだ。

「アシュター・コマンド」とはいったいなんなのか?

おそらくなにかの人格、もしくは名前なのではないかと感じた。

次に、具体的メッセージが頭に飛び込んできた。
「日本に帰ったら、ぜひ鞍馬山に行ってください。そこでサナート・クマラが待っています」
「幣立神宮にも行ってください・・・」

これまで何回も書いてきたので、このメッセージの詳細や後日談を詳しく語ることはしない。しかし、その後、私はこの言葉通り、京都の鞍馬山でサナート・クマラと出会い、幣立神宮で隠された日本古代史の片鱗に触れることになっていく。

この部分である。

これまでの私個人の読書や調査で、「鞍馬山」「サナート・クマラ」の話を本に書いたり講演で話した人物は、かの保江邦夫博士とこの中丸薫さんだけなのだ。

まったく同じ内容だが、不思議なことに場所だけが異なる。

中丸薫さんの場合は、京都。保江邦夫博士の場合は、岡山。

ひょっとして、鞍馬山は2つあるのか?

というわけで、もう一度見てみることにした。これである。
「神は弱き者を助ける」から「第三次世界大戦はエイリアンの代理戦争である」まで

安部山のばあさん(鞍馬寺の開祖の女性)の場合
保江博士のどこかの本か講演

(50分目頃登場)

鞍馬山は京都にあるものだけのようだが、安部山のばあさんという方が、若いころ自殺しようと京都の鞍馬山山中に入った時、突然「サナート・クマラ」が出てきたのであった。が、その後、その女性が、岡山に「鞍馬寺」を建立した。そういうことらしい。

いずれにせよ、安倍山のばあさまこと、鞍馬寺のご住職は、京都の鞍馬山でサナート・クマラに出会ったのである。

これとほぼ同じようなことを「アシュター・コマンド」なるものから、中丸薫さんもメッセージを受けて、京都の鞍馬山に行ったというのである。


もう一つの興味深いのは、その「アシュター・コマンド」である。

かの保江邦夫博士は、その後、
伯家神道の祝之神事(はふりのしんじ)を授かった僕がなぜ ハトホルの秘儀 in ギザの大ピラミッド
e0171614_2031630.jpg
において、自分がシリウスAから地球へ来る宇宙連合のUFO編隊のその母船の司令官「アシュター司令官」の生まれ変わりだったということを、著名な神社の巫女様から知らされたのであった。

そして、伯家神道の祝之神事(はふりのしんじ)は、古代エジプトのハトホルの儀式由来であって、そのさらに昔はシリウスAから来たアシュターに由来することまで分かったのだった。そのために、エジプトのピラミッドに入って、この神事を行ってきたわけである。

一方、中丸薫さんは、クエンティンという宇宙の霊的存在から、同じような内容のことを知らされたというのである。このクエンティンという存在は、オスカー・マゴッチというUFO搭乗したカナダ人を導いた宇宙存在である。

マゴッチさんは、深宇宙探訪記
わが深宇宙探訪記―著者自らUFOを操り、ETを友とする (上)
e0171614_20113198.jpg
という本の著者である。

ところで、このオスカー・マゴッチさんが小型UFOに乗って、1人で操縦を学習する様は、先日メモしておいた秋山眞人さんがUFOに乗って1人で操縦法を学んで母船に乗ったというのとまったく同じだったからこれまた驚くのである。


つまり、まったく並列進行していた保江邦夫博士の人生と中丸薫さんの人生とにおいて、「アシュター」「宇宙連合」「UFO」などの内容においてシンクロニシティーがあったのである。

実に興味深い。


アフリカのドゴン族は、人間の肉眼では見えないはずのシリウスの伴星の存在を知らされていた。そもそもシリウスから来た存在はエジプトに降り立ったと考えれば、矛盾はない。そして、その彼らが超古代エジプト文明を起こし、その後、日本へ降り立った。そういうふうに考えることもできる。

この時にシリウス系の人々が持っていた科学技術、特に空飛ぶ円盤技術を求めて、それを奪おうとして、オリオン系の人々であるアーリア人がずっと日本人を追い続けてきた。そんなストーリーが思い浮かぶ。

事実、神代文字の研究者の髙橋良典さんはそういう見方をしておられる。(髙橋良典でブログ内検索)


さて、もう一つの本の方は、ほとんどイルミナティーのザガミさんの話だから、これはまたいずれ。

いやはや、中丸薫さんと保江邦夫博士は共にアシュター・コマンドの勇者ということなのかもしれませんナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-06-23 20:29 | スピリチュアル

メディアの黄昏:いまメディアの世界では「桶狭間の戦い」が起こっている!?

みなさん、こんにちは。

戦国時代の「桶狭間の戦い」、これは、織田信長が「信長」として全国にデビューした最初の戦いであったと云える。

一言で言えば、ゲリラ戦法の局所集中攻撃。特攻隊である。

巨大な軍隊を持っていた今川相手に、相手が間延びした時のワンチャンスで、相手の本陣だけに突入して一気に勝負をかける。

今のマスメディアので世界で起こっていることがちょうどこれにあたる。と俺は思う。

だから、今はまさに「過渡期」なのである。


公家今川家に対応するのが、巨大マスメディアとなったNHK、電通、大手民放であろう。

これに対して、局所集中型の一点突破をかけるゲリラ戦法の織田信長軍にあたるのが、個人ベースの放送局であろう。あるいは、出版社主催の講演会のようなものかもしれない。

こういう独立系の放送局がいまはYouTube経由で一気にパソコン経由で見ることができる。

そして、その特化した話題や番組内容が、大手の特番よりはるかに面白く、レベルが高くなる。そうなると、もはや我々視聴者は、テレビを見なくなる。

こうしてどんどんテレビ離れがおきる。CM料も減る。こうやってテレビ局の存在意義が薄れる。

今川家が桶狭間の合戦で滅んだように、独立系の番組のゲリラ戦法で大きなメディアが滅び去るのである。

この状況はおそらく欧米でも同じだろう。


とまあ、そんな印象を受ける昨今である。

重厚長大がいい、「大きいことはいいことだ」の時代は工業だけでなく、メディア放送局でもすでに過ぎ去ったのである。

というわけで、スピリチュアル系、UFO系、心霊系などスペシャルなテーマでは、もうだれもNHKも民放もみない。見てもレベルが低すぎて面白くない。

だいたいいまのテレビの番組メーカーは、

吉本興業、ジャニーズ、ナベプロ

の3社程度しかない。

せいぜいティーンレベルの学芸会レベルの白痴番組しか作れないのである。


それを証明するようなものを幾つか見つけたので、そんなものをメモしておこう。以下のものである。

(あ)スプーン曲げの超能力少年の清田さん→哲学者に育っていた!
スプーン切りの実演あり
ムー度満点!トーク vol3.清田 益章


(い)「超能力者のAさん」北芝健→超能力者の秋山さん
ムー度満点!トーク vol8.秋山眞人


ほか多数。


こういう番組だけテレビで見られるのであれば、テレビ局はニュースだけ作っていればいい。

だから、NHKは、最小限の公共放送局としての勤めだけしてればいいから、受信料は今の1/10以下でいいはずである。余った金は、海上保安庁に行くべきだ。


いやはや、メディアの黄昏ですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-06-21 12:17 | スピリチュアル

ENN「いま知って欲しいこと」木内鶴彦編、井出治編:俺ならやはりアレを話すナ!?

みなさん、こんにちは。

いや〜〜、やはりさすがに実際に見てきた人は強い。

昨夜ずっと見ていた木内鶴彦さんのYouTube番組は非常に興味深い。以下のものである。
ENN・「いま知って欲しいこと」 木内鶴彦さん



この中の内容はすでに木内鶴彦さんのたくさんの本やインタビューや対談本の中で書かれているものである。しかしながら、いつ聞いても興味深い。


さて、ついでに井出治さんのTouTube番組もメモしておこう。以下のものである。
ENN・「いま知って欲しいこと」 井出治さん



ところで、もし私がこれに出るとすれば、もちろんそんな計画も予定もない架空の仮定の話だが、もし私が「いま知って欲しいこと」 井口和基として、話すとすれば、やはりこれだろう。
「いま知って欲しいこと」 井口和基

第三次世界大戦は必ず起こるだろう

妄想一発:「戦後は終了。世界はWW3目指して動いている」は本当か?
ということである。

そして、その起爆剤は朝鮮人だろうということになる。つまり、韓国人=南朝鮮人が第三次世界大戦を引き起こす導火線になる。それに中国、日本、米国が引きずり込まれる。

今現在は、そのための仕込みの時期で、中韓及び在日中韓が必死で「反日プロパガンダ」を行なっているのである。

結果は米国の勝利だが、その結果、日本、中国、朝鮮に甚大なる損害が出るだろう。

特亜がいる限り、この地球に良いことは何も起こらない。

とまあ、そんなことを話すだろうナア。

あくまで「もしも〜〜」の話である。


そうならないためには、我々は木内鶴彦さんや井出治さんの話にもっと真剣に取り組まねばならないのだろう。


いやはや、世も末ですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-05-24 10:55 | スピリチュアル

「不一不二」とは何か?:岡潔博士、グリア博士、フラーの解釈



みなさん、こんにちは。

「不一不二」(ふいつふに)

私がこの言葉を知ったのは、岡潔博士の著作からである。
岡潔 「人とは何かの発見」:いまこそ岡潔博士の言葉に耳を貸そう!

岡潔 「人とは何かの発見」の解説
e0171614_1254830.jpg
岡潔博士の「自然科学観」、「自然科学は間違っている」:いや〜〜、実に鋭い!

言葉というものは、いわゆる「未定義熟語」というように、外側の枠として、つまり、1つの言葉のシンボルとして理解したり覚えたり発音することは簡単だが、その真意を理解することはとてつもなく難しい。そういうものである。

この「不一不二」について岡潔博士はこう言っていた。
【 8】 個人主義と物質主義

そうすると人が現実にその中に住んでいる自然は、単に五感でわかるようなものだけではなくて、無差別智が絶えず働いているような自然でなければならない。

ところが無差別智というのは個に働くのです。だから無差別智の働きというと個の世界の現象です。しかし個の世界は二つの個が一面二つであり、一面一つでなければならない。こういう世界です。だから個の世界は数学の使えない世界です。。

これに反して、物質的自然は数学の使える世界です。だから人は物質的自然には住んでいないのです。

物質さえわかれば全てわかるという考え方、間違ってますが、これを物質主義といいます。また肉体とその機能とが自分であると、そういいましたね。肉体とその機能とが自分であるというのも間違いですね。まあ間違ってるとはっきり言えないまでも、自然科学の間違いから来てるということでしょう。これを個人主義というのです。

肉体とその機能とが自分であるというのが個人主義、物質がわかれば皆わかると思うのが物質主義。どうも物質主義、個人主義が間違った思想の基だと、そう思います。

で、自然科学は間違っている。それから仏教はどういうか一応聞きました。この後、自分の目で見、自分の頭で考えて行ってみる。
また、こうも言っていた。
【6】 数学の使えない世界

この、第2の心の世界ですが、二つの第2の心は二つとも云える、一つとも云える。
不一不二と云うんです。不一不二と云ったら二つとは云えない一つとも云えないのですが、この自然と自分とは不一不二、他人と自分とも不一不二、こう云う風。
この第2の心の世界はその要素である第2の心は二つの第2の心が不一不二だと云うのだから数学の使えない世界です。又この世界には自分もなければ、この小さな自分ですよ、五尺の体と云う自分もなければ、空間もなければ時間もない。時はあります。現在、過去、未来、皆あります。それで時の性質、過去の性質、時は過ぎ行くと云う性質はあります。しかし時間と云う量はありません。そんな風ですね。自分もなければ空間もなければ時間もない。その上数学が使えない。物質はここから生まれて来て、又ここへ帰って行っているのだと云う意味になることを、山崎弁栄上人が云って居られる。
そんな風に不一不二だから目覚めた人はこんな風になる。

花を見れば花が笑みかけているかと思い、
鳥を聞けば鳥が話しかけているかと思い、
人が喜んで居れば嬉しく、
人が悲しんで居れば悲しく、
人の為に働くことに無上の幸福を感じ疑いなんか起こらない。

こんな風です。

つまり、個というものは、別々のものだが、全体として1つでもある。つまり、1つとも言えないし、2つともいえない。つまり、数の概念が使えない。だから、数学では扱えない世界である。そういうものである。

これが、岡潔博士のかつての主張であった。

ところが、最近、スティーブン・グリア博士の本
e0171614_1122542.jpg

UFOテクノロジー隠蔽工作
e0171614_10245872.jpg
を少しずつ読んでいるところだが、岡潔博士とまったく同じことが議論されている箇所があったのである。

「UFOテクノロジー隠蔽工作」というタイトルからすると、一見この本はハイテクの空飛ぶ円盤の話だろうと思えるが、実際、私もそうだろうと思って図書館から借りたのだが、読んでみると、実はこの本は、グリア博士の自伝であって、自分がいかにしてスピリチュアルになっていったかという話が主であった。つまり、この本はスピリチュアルの本なのである。

なんとこのグリア博士は、スピリチュアルの修行から学業に入って医者になっていったのだが、その修行中にまるでインドの聖人のように、座禅を組んで瞑想中に宙に浮き上がったというのである。

こんなスピリチュアルに開花した結果、かなり素早く医者になれたというのである。

さて、そんなグリア博士がこう言っている箇所がある。6章「言語を超えた”一体性”」である。
 スーフィーの伝統に、宙に浮いて水の上を渡るよう、師が弟子に教えている話がある。弟子は水際に立ち、知的判断を試みながら考える。「どう考えても私は水より重い。だから私は水中に沈み、溺れる。」師は弟子に向かって言う。「自分自身を後に残し、そうして水の上を歩くのだ」
 これは恩恵である−−私はこれを実効ある恩恵と呼ぶ−−こういったことを霊的に達成する道を見出すべき恩恵。あなたはそれを実習し、その道が自ずと開かれるようにしなければならない。
 あなたのハートでそれが可能であることを知る必要がある−−普通の意味での信念で何かを信ずることではない。あなたは「そうなる」と自身に言い聞かせるべきで、そうするとあなたはそれを為している。そうなるのはあなたの自我のせいではなく、あなたの中に立っているより大きなマインドからそうさせるのである。
 これを実現させるのはひとつのパラドクスである。一面では、私たちの個別性というのは媒体であり、それを通して無限なるものが現れ、表出される。このことを理解してしまえば、霊のための透明な媒体という概念がわかる。だから一方では、それが起こり得るための個別性が必要である。同時に他方では、より大きな”神格”をして光り輝かせ、こうしたことを起こさせるように、あなたは自己から充分に自由になっていなければならない。そうすると、それが起こる。
 不可視の領域からの助けもあって、このことをほとんど独力で見出したおかげで、私は青年期を生き延びてきた。もし見出だせなかったらならば、二十歳になる前に死んでいたに違いない。。。。

たぶん、言わんとする所は、一方では個別の系(閉じた系)でありながら、他方では宇宙に開かれた存在(開放系)である、というようなことか。つまり、普通の我々物理学者の言葉に翻訳すると、
閉鎖系でありながら、かつ開放系である系
というものであると言えるかもしれない。

果たしてそんな物理系は、数学化できるか?

岡潔博士は、それは不可能といった。普通の数学では無理だと。

しかしながら、岡潔博士の死後もっとも発展した分野にカオス力学系とフラクタル力学系、つまりフラクタル=自己相似の系がある。
e0171614_10502876.png
e0171614_10502561.gif

e0171614_1050235.jpg
e0171614_10511053.png

この自己相似形というものは、個が全体の中にあって、その個自身の中に自分を包む全体がある。こういう意味では、不一不二の系である。そう見ることも可能である。

つまり、我々物理学者の言葉で言えば、「不一不二」というのは、「自己相似形」の系ということになる。自分の内を見つめれば、自分の中に自分を含めた宇宙全体があり、自分の外を見つめれば、自分を包む宇宙全体が自分の中にあって宇宙全体と繋がっている。そんな感じのシステムであるだろうということになる。

実は、20世紀最大の建築家思想家と言われた、バックミンスター・フラーも同じ問題を考えていた。フラーの詩(1972年)に次のものがある。
e0171614_11212731.jpg

環境とは誰にとっても 「自己」以外のすべてのもの
宇宙とはそれとは反対に 「自己」を含むすべてのもの
宇宙と環境との唯一の 境界は「自己」− それは経験する思考者

つまり、フラーによる「自己」=「個」の定義は、宇宙全体と自分以外のすべてとの交点だというものである。言い換えれば、自分というものは、自分の内部と自分以外の外部に分けた時、自分以外の外部と自分を含めた宇宙全体との共有部分のことであるという認識である。したがって、自分が存在する場所は、自分の身体と自分を含めた宇宙との境界にあるということになる。

これが、フラーの考えるところの「不一不二」である。

人がスピリチュアルなことを考える時、不思議とフラクタル図形のようなイメージに惹かれる。そこには何らかの理由があるのだろうということになるが、フラクタル図形においては、その内部にあるどの部分へもエネルギーが伝播するときには、あたかも自分を包んだ外部宇宙からエネルギーが振り注いだかのように見えるはずである。

つまり、フラクタル図形の内部に存在する部分である個々のものは、つねに自分自身が宇宙全体と繋がっている感覚を持つと同時に、系全体のエネルギーの流れは、宇宙から自分にやってくるかのように感じるのである。

はたして自分自身がこういうことを信じたとして、その瞬間に自分が宙に浮かぶことができるだろうか?

いやはや、修行あるのみですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

  by Kikidoblog | 2015-02-22 11:14 | スピリチュアル

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE