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ウィリアム・クーパー講演パート5:「陰の政府」の誕生

みなさん、こんにちは。

今日も引き続き、ウィリアム・クーパー講演のYouTube番組のパート5の日本語訳(ほぼ直訳)である。

この部分は、アメリカ合衆国政権内の地位のお話であり、ホワイトハウスの内部構造やアメリカの政治システムをよく知らない、あるいはよく知り得ない、我々日本人には非常に分かりにくいところが多い。しかし、ヘンリー・キッシンジャーなどが就いたことで有名な、いわゆる「大統領補佐官」(という日本語表記)の地位の本当の目的が何であるか、あるいは、大統領の地位がいつから「陰の世界政府(俗にいう、イルミナティー)」の手に落ちて行ったか、それがいつ頃のことだったのか、などの実に興味深いことが実に分かりやすく議論されている。結論を言えば、アイゼンハワー大統領時代になってロックフェラー帝国の魔の手がおよび、それ以降もはや二度とアメリカ大統領に真の権力は回ってこなかったのである。そういうことが実に良く分かる。こういった内容はインサイダーでなければ絶対に分からないものであろう。

いずれにせよ、世界史の大きな流れとして、ロスチャイルド家が欧州において行ったことの焼き直しをロックフェラー家が米国内で行ったということができるだろう。ロスチャイルドの時代には「円盤」はなかった。しかし、意外にもロックフェラーの時代になり、「円盤」や「宇宙人」が現れた。何百年にわたりユダヤ人の世界帝国を築こうと計画してきたイルミナティーには衝撃が走った。そしてこの宇宙人テクノロジーをだれより先に手に入れたら世界はわがものとなる。だから宇宙人と連携して地下基地で技術交換し最終兵器(円盤)を作る。

とまあ、そういう単純な歴史だったということのようである。


William Cooper: The U.S. UFO And Alien 5-10



【パート5】
プロジェクトレッドライト(赤い光)」が形成され、同盟のもと、宇宙人航空機(クラフト)飛行実験が開始されました。前に私が述べたように、多くのクラフトが回収されました。埋没したものにはまったく無傷のものがありました。60年代初期のある時、クラフトの1つが試験飛行中に現実に爆発しました。私はその正確な日時は知りませんが、その爆発は3段階に渡って観察されました。私が持つ情報によると、「プロジェクトレッドライト(赤い光)」はその時に遅れました。なぜなら、何が生じたのか、なぜ飛行機が爆発し、パイロットを失ったのか、分からなかったためであります。そして、そのプロジェクトはもはや存在しません。

最高機密の施設がネバダのグルームレーク(Groomlake)と、「ドリームランド(Dreamland)」という暗号で呼ばれた試験区域の西の奥に建設されました。この全領域が建設されました。試験は奇妙に消された区域(訳注:toner part?)で行われたのであります。それが、みなさんのある方々が矛盾する情報を持っている理由であります。

「隔離政策(insulation)」が海軍の別の部門にあらゆる個人の通行許可において行われ、執行部同様に「Q-許可証」を要しました。これは、「大統領の認可」あるいは「マジェスティック(MJ)認可」を意味しています。これは皮肉であります。アメリカ合衆国の大統領すらその場所に入るための許可を持っていないという事実においてです。もし皆さんがそれをご存知なければ、「アメリカ合衆国大統領はエリア51に入れない」ということであります。また他にもたくさんの入れない場所があります。

宇宙人基地技術交換が「S-4」区域で現実に起こりました。「S-4」はコードネーム(暗号)「月の裏側(The dark side of the moon)」でありました。

陸軍は、あらゆる試験プログラムのための安全を確保する極秘組織を作る仕事を任されました。この組織は、コロラドのカールソン要塞(Fort Carson)を本拠地にした「国家偵察組織(National Reconnaissance Organization)」になりました。特別チームがそのプロジェクトを安全にする訓練を行いました。これが我々が「デルタ(Delta)」と呼ぶものであります。

”赤い光”の目撃はどんなものでもそれは空軍の実験であった」と説明するために、第二のプロジェクト、コードネーム「スノーバード(Snowbird)」が展開されました。報道の目の前、いくつかの機会において、スノーバード円盤(クラフト)は通常の技術を用いて製作されました。ここにおられる皆さん、私の年より上の方はみな子供の頃か青年の頃に映画館に行って「無声のニュース映画」を見て、アメリカ合衆国やカナダ陸空軍が製作した、アブロカー(訳注:Avro car、円盤型で真ん中にプロペラがあるもの)や別の奇妙な姿をした円盤航空機を見たことがおありでしょう。あれがスノーバードの一部でした。

また、「プロジェクトスノーバード」は、宇宙船あるいは「UFO」と呼ばれたものの公衆目撃談の正体を見極めることに利用されました。近年に至るまで「プロジェクトスノーバード」は、世間からの報告を徐々に衰退させる上でとても成功しました。「プロジェクトスノーバード」が行うことはそれだけということではありませんでした。最初から、集中的な、嘲笑、否定、正体暴露のキャンペーンがありました。おかげで、人々はしだいに彼らが見たことを報告しなくなりました。

複数の「多額の金」の秘密資金が組織されました。これはホワイトハウスの軍事オフィスに保管されました。この資金は75の地下深くの施設を建設するために使用されました。大統領に聞かれた時には、大統領には「資金は戦争の時に大統領が逃げる深部地下シェルターである」と伝えられました。ほんの2、3が大統領のためのものでした。「多額の金」は規約外にこのオフィスを通じてMJ-12に蓄えられました。そして、"TOP SECRET DUMB(Deep Underground Millitary Bases)"(「最高機密の”沈黙”(地下深部軍事基地)」)同様に最高機密の地下深部宇宙人基地を建設するために使われました。私は、「馬鹿な(dumb)」がうってつけだと思います。(聴講者の笑い) そして、施設は別の道具によって国全体に広がっていきました。

ジョンソン大統領は、この資金を映画館を作るのに、あるいは昼食代を支払うために使いました。また私は信じていますが、彼はシャワー修理にも使いました。彼はその真の目的を知らず、普通の金でないので彼の金だと感じたのです。

秘密の地下建設のためのホワイトハウスの資金がアイゼンハワー大統領により1957年に設定されました。トルーマンのことは忘れてかまいません。なぜなら、アイゼンハワーが全部したことですし、我々にしたことであり、意図的にではありませんし、我々に危害を加えるものではありませんし、我々を守るために始めたことだからであります。資金は、議会のもう一人の男が軍事攻撃の際に大統領を連れて行くための秘密の場所(これは、「大統領の非常事態の場所(Presidential emergency sites)」と呼ばれる)の建築と補修を行うために使用されました。その場所は、文字通りに、核の嵐にも耐えるに十分な地下深くで、外部との通信手段をも兼ね添えたものでありました。

今日、国の周りに広がった75以上もの施設がありますが、私は数えることが出来ません。これらはこのファンドからのお金を使って建設されました。原子エネルギー委員会(Atomic energy commission)は少なくともそれに加えて22の地下施設を建設しました。これまた私は数えることができません。これらの場所で行なうあらゆるものの所在地は、最高機密と考えられ、取り扱われてきましたし、きています。そのお金は、ホワイトハウスの軍事事務所によってコントロールされ、情報豊富なスパイですら追求できないようにこの網には安全装置がかけられていると知られていましたし、います。

1980年になると、この網の終わりの始まりとして2、3の者がこの金が何のためのものであるか知りました。最初の者は、ホワイトハウス支出委員会(the House Appropriation Committee)委員長で防衛副委員会委員長のテキサス選出ジョージ・メイホン(George Mahon)議員とホワイトハウス軍事工事支出副委員会委員長のフロリダ選出ロバート・サイクス議員でありました。今日、ホワイトハウス広報官のジム・ライトが議会の金をコントロールしていた、そして彼を退けるための権力闘争が行われた、という噂があります。まあ、私はそこで何があったか知っていますが、彼がお金に責任を負っていたという事実をどんな証拠によっても物証することはできませんでした。それは単なる噂にすぎません。

大統領、MJ-12、軍隊事務総長、ワシントン海軍造船所の指揮官のラインの終わりで、お金の出所が支出委員会によって知られてしまいましたが、それは「最高機密」として防衛省と陸軍建設プログラムに割り当てられました。しかしながら、紳士淑女のみなさん、陸軍はそれを使用できませんでした。実際、何のためか知ることもできませんでした。お金を使う許可は海軍に与えられたというのが現実でありました。皆さんは、海軍がすべてをコントロールしていたことを見いだします。ちょっと後で、結論を言います。

その金は、それが何の目的のものか知らない海軍技術者のチェサピーク支部(the Chestapeak Division)への1つのチャンネルでありました。指揮官ですらそのファンドが役に立つと知っているという程度でありました。チェサピーク支部に割当てでき、現実にはホワイトハウスの軍隊事務所に唯一責任を持つ、たった1人の人間、海軍司令官だけが、「最高機密」資金の、本当の目的、金額、そして最終的な行く先を知っていました。ほとんどすべての跡づけが行き当たるその計画を取り巻く完全な秘密は姿をくらますことができましたが、ごくわずかの人々がそれをコントロールしたのであります。その秘密の資金の「監査」(audit)は、これまでもずっとありませんでしたし、また今後もあり得ないでしょう。

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多額の金額が最高機密費から海岸警備隊に属する、フロリダのポームビーチ(Palm beach)のピーナッツアイランド(Peanut island)と呼ばれる場所に送られました。その島はジェーソン(秘密の学者社会)の所有物で、ジョセフ・ケネディーが所有していました。 その金は、ずっと景観の美化に使われてきたと言われてきました。そのお金は、ケネディーの暗殺の直後からピーナッツアイランドに送られなくなりました。ちょっと前、ケネディーの暗殺に関する、テレビのニュース特番で、海岸警備隊の所員がこの正規のラインを超えてお金とブリーフケースをケネディーの使用人に送金したと報じていました。テレビ番組ですよ。

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これは、息子のジョン・F・ケネディーの損失に対するケネディー家への秘密の支払いだったのでしょうか。私はそうだったと思います。しかし私はそれを証明できません。その支払いは1967年まで続けられ、その時に止まりました。送金された全金額は知られていません。実際に使用されたお金も知られていません。

その間、ネルソン・ロックフェラーが再び役職を変えました。彼は、「正しい時」と言われるまで、一種の「空席の地位(ホールディングポジション)」に居続けました。そして今、「正しい時が来ました」。この時彼はC・D・ジャクソンに地位を与えました。この地位は、「”心理学的戦略”のための特別補佐官(the Special Assistant for psychological strategy)」と呼ばれました。ネルソンは、その名前が「”冷戦”のための特別補佐官(the Special Assistant for cold war)」 に変わるように定めました。この地位は、何年もの間同じ地位としてあり続けました。ヘンリー・キッシンジャーがニクソン大統領の下で自動的にこの地位を取りました。公式にはそれは「我々国民の間の協力についての理解の発達のために助言や助力する者」ということでありました。無知な人には、響きが非常にいいですね、そうではないですか。

その公式の「記述」はもちろん「煙幕」であります。秘密裏には、彼は「諜報機関社会のための大統領の指揮官」ということになっています。そして、ロックフェラーのその新しい地位は大統領に直接かつ大統領だけにリポートすることでありました。彼は、内閣の会合、経済政策のための諮問委員会(council for economic policy)、そして国家安全諮問委員会(national sequrity council)(これは政府内の最高の政策決定の場でありましたが)に参加しました。

また、ネルソン・ロックフェラーが与えられた2つ目の重要な仕事は、秘密部門の長でありました。これは「調整計画するグループ(planning coordination group)」と呼ばれましたが、これはNSC5412/1の下1955年3月に形成されました。

証拠となったメモは1954年に書かれました。同時にNSC1-10、失礼、NSC54-10とNSC54-11が書かれました。それは必要となるまで使用されませんでした。
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  by Kikidoblog | 2009-06-25 18:37 | クーパー

ウィリアム・クーパー講演パート4:米政府と宇宙人の密約

みなさん、こんにちは。

今日も引き続き、ウィリアム・クーパー講演のYouTube番組のパート4の日本語訳(ほぼ直訳)である。

昨日もちょっと書いたように、この辺りから、日本の矢追純一氏の番組や本やちまたで流れてきた情報や歴史とは全く違う姿が明らかとなってくる。特に面白いのは、スティーブン・スピルバーグ監督の「未知との遭遇」が”現実に起こったこと”を描いた映画であり、テクニカルディレクターとしてこの情報をスピルバーグにリークしたのが(おそらく、ジェーソンスカラーの一員であった)通称「UFO研究家の第一人者」と言われたアレン・ハイネック博士であったという部分である。

この博士こそ「グラッジ13」を書いた張本人であった。実際、ハイネック博士の「科学的研究の価値があるUFO」という論文には、
1.UFOを報告するのはUFO“マニア”に限られている.
2.UFO報告は頼りない,信頼できない,教養のない人物から寄せられる.
3.科学的素養のある人物がUFOを報告したことは一度もない.
4.UFOが至近距離で目撃されたことはなく,報告はいつも曖昧である.
5.空軍は,UFOが地球外起源の存在である,あるいは、ある種の高度なテクノロジーを示している,という証拠をつかんではいない.
6.UFOの報告はマスコミが世間に広めた.
7.UFOはこれまでレーダーで捕捉されたこともないし,流星カメラや衛星追跡カメラで撮影されたこともない.
などの条件があることから、実はこの博士こそ「カバーアップ(隠蔽)工作」のエージェントであったということになるだろう。まずそう見て間違いない。(ついでに付け加えると、上の条件の中の「UFO」の部分を「超能力」、「テレパシー」、「宇宙人」、「マイナスイオン」、さてまた「偽科学」などに置き換えても大筋においてそのまま成り立つ。このことからも、こういったキャンペーンはすべて「スノーバード」プロジェクトに端を発していると考えられる。同時に、こういう論法で物事の真実を覆い隠そうとする人々は同じような精神構造の持ち主と言えるだろう。)

世にある「専門家」という人種の主張を信じると痛い目にあう、という典型であろう。「専門家」やなにがしかの「権威」と呼ばれるものは、たいていがそのスポンサーのためのエージェントというのが相場であるからである。なぜなら、そやつを権威や専門家と呼ぶのはこの世の(調子こいた)”だれか”であって、この自然宇宙ではないからである。自然は人を差別しない。差別するのはあほな我々人間のみである。したがって権威と称するものどもはいつも後ろ盾の言う通りに振る舞うものなのである。これがこの世の真実である。だからこそ、「権威を信じるな」と、いにしえの昔から賢者たちは時代を超えて場所を超え、時空間をも超えて、同じことを口を酸っぱくして言い続けてきたものなのである。

それゆえ、専門家の意見を集めたり、他人の意見だけを聞いて、(UFO)番組を作ったり、(UFO)本を書いたりする人々は往々にして支離滅裂でひっちゃかめっちゃかでうそ八百のものしか作ることが出来ないという訳である(UFO問題のみにかぎらないが)。やるなら何でも「自分で証拠をつかみ、自分の足でまわり、自分の頭で考えろ」ということである。

この意味で、インサイダーとして自分で調べ上げたウィリアム・クーパー講演は貴重である。

William Cooper: The U.S. UFO And Alien 4-10



【パート4】
プロジェクトシグマは、宇宙人のラジオコミュニケーションを妨害するというものでした。その物体群は地球に近づいた時、それらは赤道の周りの非常に高い軌道を取りました。いくつかの非常に巨大な宇宙船がありましたが、正体は分かりませんでした。

プロジェクトシグマと新しいプロジェクトプラトン(Plato)は、コンピューターの2進数言語(これは宇宙人が非常に良く理解し、宇宙人の数学的心にうってつけのものでした)を使ってラジオコミュニケーションを通じたものしたが、(宇宙人の)着陸を計画することに成功しました。それはついに他の惑星からの宇宙人との面と向って(フェイス・トゥー・フェイス)の接触をもたらしました。プロジェクトプラトン(Plato)は、この宇宙人種族との外交的関係を結ぶことが仕事でした。

しかし、その間に何かが起こりました。その間に、”人間と瓜二つ”の宇宙人種族がアメリカ合衆国政府に接触しました。どこでそれが起こったのか? 私は知りません。私はそれを知りたいものです。

この宇宙人のグループは、赤道を回っていた宇宙人に対していぶかしがっていました。そして、我々のスピリチュアルな(霊性的な)発達を助けたがっていました。彼らは最重要条件として我々の核兵器を破壊することを要求したのであります。彼らは我々が技術交換をすることを拒否しました。それは、我々が持つ核技術を我々が霊性的に管理することはできないということや我々の歴史を通じてそれが真実ではないということをこれまでずっと観察してきたからです。

彼らは、我々はいつもそうであるように、どんな技術であってもそれを我々がお互いを滅ぼすために使うだろうと信じていました。この種族は「我々が自己破滅の道を進みつつある。だから、我々が、お互いを殺しあうのを止めなさい。大気汚染するのを止めなさい。地球の自然資源を強奪するのをやめなさい。そしてお互いに調和してそして自然と調和して住むことを学びなさい」と主張しました。

これらの言葉は極度の疑念を起こしました。特に、核武装化するか、非武装化するかの最重要な条件に関してです。私は彼らを面と向って非難することは出来ないと言わねばなりません。というのも、非常にたくさんの不確かさがあったからです。非常にたくさんの宇宙人もいましたし、直接に差し迫った驚きもあったからです。その会合の条件は宇宙人の脅威の前には我々には役立たないと信じられました。また歴史上我々の決定の助けになるものはありませんでした。核非武装化はアメリカ合衆国の最大の興味に適うものではなく、それは却下されました。

1954年の後半に、赤道を周回していた、「大きな鼻のグレイ宇宙人(large nosed gray aliens)」がホローマン空軍基地(Holloman Air Force Base)に着陸しました。皆さん、それは1954年に起こったのであります。もしあなたがかつてエミネーガーが言ったことの上に何でも取り、それから10年を差し引けば、皆さんは正しいと言えるでしょう。1つの基本的約束が結ばれました。「クリル(Crill)」という名前の宇宙人が”印”として残り、彼らは形式的約束をして立ち去りました。彼は実際上の「人質」でした。

この種族は、赤い恒星の周りをまわる惑星から出自の種族であり、そして同盟の領事であると自らを認めていました。私はそれはうそであると信じています。彼らはうそをたくさんつきます。そしてうそで騙します。その証拠は、彼らが我々に行ったいろんな行動であります。真実は、紳士淑女の皆さん、本当には、この生物は火星からやってきたものと思われます。彼らは、我々がオリオン座の「ベテルギウス(Betelgoeuse)」と呼ぶ、1つの赤い恒星をまわる惑星からやってきたと主張しました。彼らは、彼らの星が死につつあり、よくわからない将来、彼らはもはやそこに住めなくなると述べました。これがエドワード空軍基地における2番目の着陸につながりました。歴史的な出来事が計画され進められていました。そして誓約の詳細はすでに約束されていました。

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アイゼンハワーは休暇のためポームスプリングス(Palm Springs)に行くことを手配しました。約束の日に大統領は姿を眩まし基地へ向かいました。記者への言い訳は、大統領は虫歯のために歯医者を訪れていたというものでした。

宇宙人国家とアメリカ合衆国の間の書類上の誓約のためにアイゼンハワー大統領は宇宙人たちと会談しました。我々は、外宇宙からの大使第一号を引き受けました。書類上の彼の名前は、皆さんには非常に馬鹿げて聞こえると私は知っていますが、それはまったくの真実です、彼の名前は、「全能の高みにあるKrlll(Omunipotent highest Krlll)」、「Krill(クリル)」と発音しますが、"KRLLL"あるいは"CRLLL"というつづりでありました。大げさな名前は使わないというアメリカの伝統に基づき、彼は秘密裏に「最初の人質クリル(Original Hostage Krill)」ないしは単に「OHKrill」と呼ばれました。

皆さんは、宇宙人の旗を知っておくべきであります。それは、「三極勲章(trilateral insignia))として知られるようなもので、"TP "のように見えます。すなわち、2つの円がVのどちらの側にもあり、1つの棒が中心をまっすぐ下に貫くものです。それは、乗り物(クラフト)上に表示されてあり、制服の胸の上に縫い付けられてあります。2回目の会合と2度の着陸の両方ともフィルムに撮られました。そしてフィルムは今日も存在しています。どこに存在するのか? 私は知りません。しかし、私は、それが確かに存在することを知っています。

その契約が述べていたのは、「宇宙人は我々の諸問題に干渉すべきではなく、我々は彼らの諸問題に干渉すべきではない」ということでありました。我々が特に興味を惹かれたのは、彼らが我々の将来に関係するすべてに干渉しないということでしたが、これは破られました。我々は彼らが地球にいることを秘密にし、彼らは発達した技術で我々を懲らしめ、技術の発展の手助けをしました。彼らは地球の他の国々とはいっさいの誓約を行わないだろうということでありました。

彼らは、医学的調査の目的で、限定的かつ定期的に人間をアブダクト(拉致)できました。それは、誓約に基づき、「人間が害を受けるかどうか」人類の発達を観察するためでありました。拉致された人間たちはアブダクションの場所に送り返され、その記憶を消されるはずでありました。そして、宇宙人たちは、定期的スケジュールを基本として拉致された人々のすべての人間的背景のリストをMJ-12に提供するはずでありましたが、これは為されたことはありません。

誓約が力を持っている限り、各々の国民は相手の大使を引き受ける」ということが同意されました。さらに、アメリカ合衆国内の宇宙人の国民は、「互いに相手のことを学ぶという目的で、互いに16人ずつの個人を交換する」ということが同意されました。時間周期を知るために、宇宙人のガスが地球上に残され、人間のガスが宇宙人の原点にまで旅行し、そして戻りました。この点で、逆交換が行われるようになったのであります。それがどうなったか、地球を去り宇宙人たちのところに向ったそれらの最初の16人の人間たちに何が起こったのか、私には全く知る由もありません。そしてまた、「宇宙人国民の使用のため、地下に基地を作るということ、そして、宇宙人とアメリカ政府の共同利用のための2つの基地が建設されるべきである」という同意がなされました。「ドロシー基地(Dulce base)」が第一のもの。そして、ドリームランド(Dreamland)のエリア51付近にある「S-4基地」が第二のものであります。

共同利用していた基地内で技術交換が行われるようになりました。宇宙人基地は、ユタ州、コロラド州、ニューメキシコ州とアリゾナ州の「フォーコーナーズ(4つの角)」(Four corners)にあるインディアン居住区の地下に建設されました。1つはネバダにも建設されました。 ネバダのS-4基地は、エリア51の西側境界の南におよそ7マイル行ったところに位置し、その他のものはドリームランド(Dreamland, Area 51)にあります。

すべての宇宙人基地は海軍省の完璧なコントロール下にあり、そこで働く人々はすべて海軍からお金をもらっている人々であります。基地建設はただちに始まりましたが、1957年になって巨額が利用できるようになるまでは、その発展は遅々としたものでした。その間は、「イエローブック」(顧客情報)をたどって行きました。

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この際、私はすでに多くの人たちが見た「映画」について言いたいと思います。何人の人が「第三種接近遭遇」(訳注:日本では「未知との遭遇」)という映画をご覧になられましたか? あの映画は完全に真実であります。それらの出来事は現実に起こったことであります。あなたが見たものとはちょっと違いますが、あなたが見た場所とも違いますが、実際に着陸が確かにありましたし、誓約もありました。会話もありましたし、人間郵便物の交換もありました。

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また私はいま皆さんにこういいたいのです。「J・アレン・ハイネック(J・Alen・Heineck)があの映画の技術ディレクターであった。そして、彼は私が1970年から1973年の間に読んだ「グラッジ13」の共著者であり、もう一人は、ルーテナル・カーネル・フレンドという名の男であった」と。

"As you learn last night, it’s the real nice guy that gets you"(君が昨夜のことを思うと、本当にいい男が君をものにする)。これで正しいかい、ビル?
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  by Kikidoblog | 2009-06-24 12:04 | クーパー

ウィリアム・クーパー講演パート3:アイゼンハワーの第三種接近遭遇

みなさん、こんにちは。

今日も引き続き、ウィリアム・クーパー講演のYouTube番組のパート3の日本語訳である。

この辺りから、日本の矢追純一氏の番組や本などの情報からはまったくうかがい知れない(つまり、矢追氏がまったくご存じなく、我々日本人をいつも誤った方向に導いていたために我々が知り得なかった)インサイダーな情報が次々と明らかとなってくる。実に興味深い内容満載である。アメリカ合衆国大統領と陰の政府の力関係が逆転してゆくさまが明らかとなる。

William Cooper: The U.S. UFO And Alien 3-10


【パート3】
メンドーサ博士は、1952年の中頃に「EBE」が死んだ時まで働きました。私が読んだすべての情報の範囲では、メンドーサ博士はこのタイプの宇宙人生物学の第一人者となりました。

「EBE」を救い、地球人より高度に技術的に進んだ宇宙人種族の好意的感情を確保するために、アメリカ合衆国は1952年の早い時期から助けを求めて広大な宇宙に向って放送するようになりました。もしあなたが皆さん以上に知っているなら、もし彼らが皆さんを見ていることを知っているなら、彼らと友人(味方)になった方が得策であります。それがこの試みの目的でありました。その呼びかけには返答はありませんでしたが、そのプロジェクトは「善良な顔」の試みとして引き続き行われました。

トルーマン大統領は「超極秘の国防システム(National Secret Agency(NSA)」を1952年11月4日から最近までの間に秘密裏に構築しました。アメリカ合衆国内の約5万人がその存在を知っていました。その第一の目的は、「宇宙人との対話」をめざして、宇宙人のコミュニケーションと言語の解読を行う言語学上の研究をすることでした。これは最も緊急の課題であり、それ以前のプロジェクトの続きでもありました。このプロジェクト名はコードネーム「SIGMA(シグマ)」と呼ばれました。NSAの第二の目的は、人間や宇宙人の情報そしてその存在の込められた秘密を集める目的のために世界中のすべての計略(デバイス)からあらゆるコミュニケーションやミッションをモニターすることでありました。「プロジェクトシグマ」は、紳士淑女の皆さん、非常に成功しました。

またNSAは「月面基地」や他の「秘密の宇宙基地」プログラムとのコミュニケーションを維持することにありました。戒厳令によって、NSAは、米国の法律や成文法やそれに関連する名のついた法律など、左右されるべき「あらゆる法律」から除外されていました。これが意味することが分かりますか? それが意味することは、特別にアメリカ合衆国大統領の戒厳令として、彼らが何を行っても、だれにも答える必要はなく、その法律の中にNSAの名前のつく法律はなく、国全体に関わる組織のための法律がない(治外法権)ということであります。それが意味することは、もしそのエージェンシーが議会に送られる文書の中に記載されないのであれば、どんな法律にも左右されないということであります。NSAは今やたくさんの義務を果たし、実際、諜報機関社会における最高機関となりました。今日ではNSAは諜報機関社会における75%の資金を受けるようになっています。そして皆さん、古いことわざにあるように、「お金が行く所に権力がある」。これは真実であります。

今日のDCI (Director of Central Intelligence)は、主に名目上の頭首であります。彼はCIAの責務を負ってはいません。CIAはたくさんの機能を持ちます。その多くはこの国家の役に立つことでありますが、いくつかは我々の命に関わるものです。もちろん、DCIはそのエージェンシーの責任を持ちます。しかし彼は、だれもが思っているようなものではなく、諜報機関社会の頭ではありません。その地位は、現実にかつ本当にNSAのうそであります。NSAの第一の仕事は、依然として宇宙人コミュニケーションでしたが、同様に今や他の宇宙人プロジェクトも存在します。

トルーマン大統領は、「ロズウェル事件」の隠蔽以来、宇宙人問題が発展してきていることを知らされて、ソ連も含めて、連合軍をずっと保持してきました。これは、宇宙人が世界人類を脅かすと判明する場合に使われるはずでした。計画は宇宙人の侵略に対する地球防衛のために構築されました。それは国際的な計画でありました。それはほとんどの国々を含んでいました。彼らの困難は、国際的な秘密を保持することでした。報道から政府のスクープを出さず秘密を隠すために、国際的な努力をコントロールして取り扱う外部グループが必要であると決定されました。この結果が、秘密社会の形成でした。これは後に「ビルダーバーガーズ」として知られるようになりました。このグループの本部はスイスのジュネーブにあります。ビルダーバーガーズは「秘密の世界政府」を発展させ、今やあらゆることをコントロールしています。国際連合(UN)はその時もそして今も「国際的ジョーク」にすぎません。

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1953年新しい大統領がホワイトハウスを占拠しました。彼は、命令の連鎖のある、階層的な人員組織を使ってきた男でした。彼の方法は、権威を派遣し、委員会によって支配することでした。彼は、彼が軍隊にいた時に外交官として知られていたように、彼の助言者たちがコンセンサスに至ることができなかった時のみ決定を下しました。彼は、彼が行ったことに対して非常に良かったのです。彼は人々をコンセンサスに至るように持って行くことや人々を彼のために働くように持って行くことが上手でした。彼の通常のやり方は、いくつかの代替案を読み聞きし、最後に1つを決めるというものでした。彼と近くでいっしょに働く人々は、彼の好きなコメントとは「どんなことを得てもきっちりすること」であったと述べています。彼はトルーマン大統領とは非常に違った男でした。彼はゴルフコースでたくさんの時間を使いました。これは、指揮官として前戦争を体験し、その時の5つ星に反するように、指揮官の中ではかなり異例なことでした。実際、彼はそう望んだのでした。この大統領が陸軍大将デービッド・アイゼンハワーでした。

1953年の6月1日のうちに10機以上の円盤のクラッシュがありました。我々は10機回収し、26体の死んだ宇宙人と4人の生きた宇宙人を回収しました。4人のうちの1人の宇宙人は破損した円盤から回収する1時間のうちに死にました。他は2、3日後に死に絶えました。10機の内訳は、4機はアリゾナ、2機はテキサス、1機はニューメキシコ、1機はルイジアナ、1機はモンタナ、1機は南アフリカで発見されました。100ほどの目撃がありました。

なぜそんなに多くの円盤クラッシュがあったのでしょうか? なぜなら、政府は恐れおののきました。我々は、レーダーが乗り物(クラフト)を落とし、彼らはレーダーをロックオンし、それを注ぎ込んで、レーダーを乗り物にねらいをつけたのだということを発見しました。多くがそうであったように、放送局はたくさんダウンしました。

アイゼンハワー大統領は宇宙人問題を覗き込む別のレストランを知っていました。彼はその秘密を議会に露にすることは出来ないと知っていました。なぜなら事実は公衆に教えていることとは全く違っていたからであります。

1953年の早くに新大統領は宇宙人問題の助けのために彼の友人であり評議会形成のフェローメンバーであったネルソン・ロックフェラーに矛先を向けました。アイゼンハワーとロックフェラーは宇宙人試験管理の秘密の構造を構築し始めました。こうしてMJ-12のアイデアが誕生したのです。

そもそも大統領になるようにアイゼンハワーを確信させる上で決定的だったのはネルソンの叔父ウィンスロップ・オールドリッチ(Winthrop Williams Aldrich)でありました。ロックフェラー帝国内の全ロックフェラー家が一致団結してアイゼンハワーに戻ってきました。すぐに皆さんにも分かるように、宇宙人問題の助けをロックフェラーに求めたことは、アイゼンハワーがアメリカ合衆国の将来のために、そして最も確かにすべての人類のために、かつて行った最大の失敗でありました。彼が文章上行ったことは、紳士淑女の皆さん、米国大統領の地位を秘密のグループに負わせたことなのであります。

アイゼンハワーの立候補から1週間以内に彼はネルソン・ロックフェラーを政府組織のための大統領助言委員会(presidential advisory committee)のチェアマン(委員長)に任命しました。ロックフェラーは政府の再編成を立案する責任を任されました。ニューディール政策は、「健康教育と福祉の省(Department of health education and welfare)」と呼ばれる、一つの内閣職を設けました。1953年の4月に議会が内閣のその新しい地位を承認した時、ネルソンは秘書の下では「オービド・コープ・ホビー」(訳注、意味不明)とその地位に名付けられました。

1953年にはまた天文学者たちが大きな物体を宇宙で発見しました。それは地球に向っていました。最初はそれが隕石群と信じられました。もし皆さんが天文学についてよくご存知であれば、皆さんが軌道を予測したり、その物体の軌道をさかのぼって行き、それがどこから来たか、何をしているのか、どちらに向って行くか、その軌道が本当にどういうものかなどを決定できることをご存知だと思います。まあ、それは痛み走って真っ青になるものでした。その証拠が証明したのは、その物体群は知性体が運転する宇宙船か何かであるということでした。
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  by Kikidoblog | 2009-06-23 12:21 | クーパー

ウィリアム・クーパー講演パート2:「ロズウェル事件」の真相

今日は、昨日に引き続き、ウィリアム・クーパー講演(「ビル・クーパー「ロズウェル事件の真相」を語る」)のYouTube番組のパート2の日本語訳である。以前のものには、その部分的なものを聞き取ったために、前後関係からの内容がよくわからずかなり誤解していた部分があった。今回のものの方がかなりましで、より正確であると思う。

パート1のところでも書いたように、読者が間違っていると思う部分は適当に自分で補完してもらいたい。何事も部分や細部の真偽にこだわるのではなく、言葉にのせるべき対象の総体の意味と話の流れをつかみ取って欲しいと思う。

というのも、人間の(経験を記述した)文章というものは、文章にするには書ききれないほどの経験した情報の中から断片的に文章を羅列して、その元ととなる経験対象を相手に気づかせる(把握させる)ための手段にすぎず、文章というものは得られた時空間の全くことなる文の織物として描かれるものだからである。この点、同じ文章でも数学的証明や科学論文として書かれたものとはまったく意味が異なる。なぜなら、数学的証明や科学論文に書かれた文章にはそれぞれの文の間で同時性が成り立つからである。したがって、数学証明では文章の中の一部の文に誤りがあれば、その全体が誤りとなるが、一般的な文章においては必ずしもそうはならない。一部に誤りが含まれていても、それはその部分にあやまりがあっただけのことで総体には影響しないものだからである。こういうことを特に日本人の科学者やインテリは理解しなくてはならない。つまり、ある人の主張に部分的な判例を見つけたからその人の主張そのものが誤りだというような態度を日本人は捨て去れねばならないということである。

そういう思考過程が今の日本人には必須である。そういう練習だと思っていただきたい。


William Cooper: The U.S. UFO And Alien 2-10


【パート2】
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1947年12月9日にトルーマン大統領は、秘書マーシャル(Marshall)、フォーレスタル(Forrestal)、パターソン(Patterson)および国務省ディレクター政策立案スタッフのケナン(Kennan)による強制によって、NSC−4のために「外国諜報機関基準の座標軸」というタイトルの発行物を承認しました。ところで我々は皆この人々が「外国関係諮問委員会(Council of Foreign Relations)」のメンバーであったことを覚えていますが、海外軍事諜報機関ブック1、「諜報機関の活動を認めるように脅威にさらされた委員会について最終的にレポート」、US上院議会、94議会、第2セッション、リポート#94-755、1976年4月26日、49ページは、「諜報機関の国際的な活動を指揮するために国務大臣の破壊的な力が”反共産主義”のためにデザインされた」と述べています。NSC−4、NSC−4α、これはNSC−4A(これは軍事用語で混乱はありますが)への最高機密付属文書ですが、これは諜報機関がNSC-4を秘密裏に実行する心理行動をとり、アメリカ国民からUFOや宇宙人の存在について隠すようにという、諜報機関のディレクターへの通達でありました。

NSC-4の下では、CIAに隠蔽工作を与えた最初の権威は、これらの行動を指揮したり証明するため形式的手続きを行いませんでした。これがどういうことかお分かりですか? あまりいませんね。私に説明させてください。それが意味することは、誰にも答える必要はないということです。それが意味するのは、何かしなくてはならないことをするためならどこにいって行い、何も持ち帰らず、我々は何も見たくない。ただ仕事をするだけ。だれも聞かず、だれもレポートしない。それが正確に意味していることです。

DCI(Director of central intelligence)は、アメリカの政策に一貫していて、独立状態のつながりで隠蔽工作を請け負いました。唯一のガイドラインはアメリカの政策に矛盾しているかどうかだけでした。後にNSC−10/1、10/2はNSC−4、NSC−4Aを超えて行きました。NSC−10/1は、隠蔽工作を拡大して行くこと、宇宙人のテスト飛行プロジェクトに責任を持つことなどのために設立されました。それは直接にMJ-12の前身でした。NSC−10/1、10/2は、国家安全保障の指導的立場のために賛同できる範囲内で、合法的かつ非合法的実施、策略、手続きを正当化しました。行動力は汗かくものでしたが、諜報機関社会の目には板の穴すらありませんでした。NSC−10/1は、隠蔽工作の提案を再調査をするために設立された、のり付けするためではなく、指標となるグループでした。どうしてか? それは、トルーマン大統領にしては珍しいことだったからです。彼は猜疑心深い小男でした。彼は他人が正しいことをするとははなから信じていませんでした。だから彼は権力を固く自分の手中に収めました。それを他人に譲るようなことはありませんでした。

ECGは、宇宙人プロジェクトを取り扱う仕事を秘密裏に請け負っていました。NSC−10/1、10/2は、知りたいことが完了し成功裏に終わるまでだれも上には立たないものと解釈されていました。これらの行動は、大横領と諜報機関の間の緩衝役として設立されたものです。これは皆さんが理解する上でとても大事なことであります。というのは、後々非常に大事になるからです。それは、大統領が知識を否定する手段としての緩衝器として意図されたものです。それが政府が崩壊することを防ぎます。もし大統領が立って「私は知らない」と言えば、政府は助かりますが、もし大統領が何も言わなければ、非常に危険な状況に陥るからです。

その緩衝器は、後々秘密の政府や諜報機関社会が知りたいという時以外は、宇宙人の存在のどんな知識も有効に孤立させるための目的で利用されるようになりました。NSC10/2は秘密裏に研究パネル設立しました。それはその当時の科学者心を持つ人々、”MJ-12”として知られるような極秘文書やアイゼンハワー大統領の簡単な命令文書(これは現実に引き続きそれらの守りを通じて再調査するように計画されていました。)のようなものに名前が乗る人々、で構成されていました。その研究パネルは、”MJ-12”とは呼ばれていませんでした。実際、それは決してMJ-12と呼ばれたことはありませんでした。別のNSCメモ、NSC10-5、は、さらに研究パネルの義務の輪郭を描いています。これらのNSCメモや極秘の大統領戒厳令は、MJ-12は、その4年後に設立されたとだけ記述してあります。

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さて、ここから話は汚くなります。国防長官のジェームズ・フォーレスタルは秘密にすることに反対し始めました。彼は理想主義者で敬虔な宗教家でした。彼は公衆は知る必要があると信じました。それで彼は議会のリーダーたちの会合において彼が聞かれたエイリアン問題について話し始めたとき、彼は優しい言葉で言えば、「解雇」されました。つまり、トルーマン大統領が彼を更迭しました。彼は多くの人々に自分は監察下にあり、命を狙われていると言っていました。しかしこのことは彼の精神分裂症のせいであると見なされました。というのも当時は大半の人々は何が起こっているか知らなかったからです。フォーレスタルは、後に精神衰弱にかかったといわれ、彼は”彼の意志に反して”近所の病院に入院したと言われています。事実、フォーレスタルは話したくても孤立させられ、見捨てられ、黙らされていたのです。1949年の5月22日の早朝のある時間、CIA工作員が行ったところ、まどの付近で首を閉められて死んでいるのを発見したという報告がなされました。これが「隠蔽工作」の最初の犠牲者であります。

1949年に「ロズウェル事件」で生き残った宇宙人は「EBE」と呼ばれました。すなわち、"extraterrestrial biological entity"を短くしたものですが、すべての宇宙人がこう呼ばれた訳ではありません。「EBE」は何年か生きていている傾向がありました。「EBE」は聞かれた問いのうち、望むものには答えを与え、望まない問いには答えずにいました。2年目の活動のある時点で「EBE」は提供し始めるようになった情報を開示するようになりました。この時の暴露の編纂が後々に終了した「イエローブック」と呼ばれるものの土台になりました。さまざまなものの中で「EBE」の写真も撮られましたが、これが私とビル・イングリッシュ(Bill English)が2、3年後に「グラッジ13」の中に見たものであります。なぜ彼らが「EBE」をファラデーシールドで取り囲んだか? というのは、「EBE」は、突然消えて人間が作った建物の壁を平気ですり抜けることができたからであります。逃げられないようにするために、壁の外側に電磁場を張り巡らせると、「EBE」を捕獲できたのです。

1951年の暮れ頃、「EBE」は病気になりました。米軍の医師団はその原因を特定できず治療できませんでした。彼らは原因を導きだす背景がありませんでした。「EBE」(身体)システムは、葉緑素を基本にしたもので、非常に「植物」に似たやり方で食物をエネルギーにしていました。廃棄物はあたかも植物がするのと厳密に同じような方法で取り出しました。そのため、植物学の専門家を呼び寄せることが決定されました。その病気は、ギル・メンドーサ(Guillermo Mendoza)博士が身体の回復を計ろうとさまざまな手を打ちました。彼は植物学の博士でした。
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  by Kikidoblog | 2009-06-22 10:34 | クーパー

ウィリアム・クーパー講演パート1:宇宙人&UFO問題の起こり

みなさん、こんにちは。

今日からしばらくの間、私は最近紹介したウィリアム・クーパー講演(「ビル・クーパー「ロズウェル事件の真相」を語る」)のYouTube番組の”私の”日本語訳をここに紹介して行こうと思う。

私が英語のYouTube番組を見聞きしているのは、自分のヒアリング能力を訓練しかつ維持するためである。が、我が家の92年製ソニーのテレビが死んでしまい、私が最近はテレビを見ずに十分に時間ができたためでもある。

毎日英語を聞いていると、さすがにアメリカ留学はもう20年も前の体験や記憶となってすっかり英語ヒアリングを忘れかけてきた私の脳みそにもそれなりの覚醒を引き起こし、それなりに聞き取れるようにはなるようである。

ウィリアム・クーパー氏独特の米語発音は私にはかなり聞き取りにくい点がたくさんある。さらには氏の語る内容が宇宙人問題に関するかなりインサイダーな極秘事項を扱っていて、そのための特殊な言葉使いなどがあるために、私自身意味を取るのにかなり苦労する点がある。

そんなわけで、私のヒアリング能力はそれほどたいしたことはないので、かなりいい加減でうまく聞き取れずに誤訳や間違った解釈をしている部分もあるだろうが、その辺は見逃してもらってお許しいただき、ご自身で適当に補ってもらいたいと思う。したがって、英語能力の高い人は直にYouTubeから自分で聞き取ってもらえばよく、私の日本語訳は無視してもらいたい。仮に私の翻訳が断片的に意味があっていただけだとしても、ウィリアム・クーパー氏の講演における主張の内容の大筋は理解できるだろうと思う。

いずれにせよ、ウィリアム・クーパー氏が自身の命をかけて行った一世一代の「宇宙人問題暴露」講演は実に衝撃的でかつ非常に深くかつ興味深いものである。



【パート1】
いくつかの情報は、私が見た情報から導きだした研究に基づいています。たとえば、私が見た文書には、宇宙人(エイリアン)問題の疑問に関する、欺き、うそ、事実、真実、その根拠や本当の証明などを研究するための「ジェーソンスカラー」と呼ばれたコミッション(これは学者の秘密社会のことだが)におけるアイゼンハワー大統領の文書がある。NSCメモ5410には、12人のメンバーからなるもう1つのグループがあったと記され、NSCメモ5411には、研究グループについて述べられていました。こういう人々の動きをカバーし、なぜこういう組織が必要かを説明し、なぜ定期的に会合を持つ必要があるかを説明するメモ、NSCメモ5412/1、5412/2、も存在しました。NSCメモ54121は1955年3月に作られました。NSCメモ5412/2は1955年11月に作られました。そういったメモやその境界やいつ書かれたかをよく知るものは、5412が1954年3月に以前に書かれたということ、そしてパート2が11月に書かれたということを知っています。それらは本当に最初に1954年に書かれたということです。

さて私は本題に入りますが、私はいくつかのことについては触れずにすまさなくてはなりません。それは至極単純な理由からです。というのも、私がもらったたった1時間半の講演で全部をカバーしてお話することは出来ないからであります。

話を始める前に、私は2つほど引用をしたいと思います。1つめは、アレスター・クックによるものですが、彼はこう言いました。
「明らかにいまあるように、この惑星は今から50年はまだ進んで行くだろう。しかし私は2000年に至るとは思えない。それは非常にひどいものとなるだろう。」
ウィンストン・チャーチルはこう言いました。
「我々は、我々の意志に反し、どの人種、どの国民、どのクラスの意志に反して、不可解な破局に向って動き、ただよっている。だれもがそれを止めたいと思っているが、だれもどうしたら良いのか分からない。」
皆さんはこれらの引用をどう思うでしょうか?
ロナルド・レーガンは、1983年10月にアメリカイスラエル社会問題委員会代表のトーマス・ダインの会合においてこう言ったといいます。引用します。
「ご存知の通り、私が皆さんのいにしえの予言や言い伝えに戻った時、私は軍備を結集するように言うように署名した。それを見る世代がどこでそれに出くわすのかどうか私自身不思議に思う。あなた方が予言のいくつかを後々知るようになるのか私は知らない。しかし私を信じてください。確かに機が熟しているとそれらは記しています。」

皆さん、ここで皆さんにお話することや提供することや説明することは、この現象の歴史、だれが「秘密の政府」なのか(私があとで名称で名前をつけますが)、始まりのグループ、研究グループについてです。私が今日彼らがだれであるかを教えます。私はすべてのことを教えます。だれが皆さんの子供たちに麻薬を売っているのかお教えします。なぜアメリカ合衆国が「UFO」に関する真実であることを皆さんが見いだすことを恐れているのかお教えします。

初期の円盤についてすべて触れることははしょりますが、というのも、皆さんが思っている以上にたくさん存在するからであります。初期の円盤(マイクを直して「多少マシになりましたか」)、非常にたくさんの墜落がありました。皆さんが知っている以上に多数のエイリアンの身体の回収がありました。しかし、それはたいしたことではありません。大事なことは、「それが起こった」ということであり、その「数」ではないからです。いくつであったかとか、どこでだったかとか、いくつの身体だったかというようなことに関心のある人々はだれにとっても時間の無駄をさせるだけです。大事なことはそれが起こったということなのです。

いずれにせよ、とてつもなく重要な墜落事件は2つありました。それらは、どんな理由においても政府が皆さんから真実を覆い隠す必要のあるものでした。ニューメキシコ州アズテックに起こった2つのクラッシュ事件です。なぜそれが大事かと言えば、両方のUFO墜落事件において、その中に人間の身体の一部分が含まれていたからです。政府は国民のパニックを心底恐れたのです。

このため、すべてにおいて、エイリアン問題について、すなわち、墜落したUFOに関して、宇宙人が存在することに関して、我々が回収した宇宙人のテクノロジーに関して、非常に厳しい安全対策の毛布が敷かれました。いくつかのUFOは奇妙にも全く損傷していませんでした。我々は機械的、電子的、流体的など、我々のこれまでの知識ではまったく理解不能でした。例外としては、乗り物(クラフト)は小さな反応炉(リアクター)を、大きなサッカーボールか、バスケットボールくらいの大きさのものを含んでいたということのみです。それは、クリーンリアクターで、どうやら水を燃料にしているらしいということがわかりました。しかし、それがどう作動するのか、私は全く分かりません。私が核物理学者ではないからです。神に感謝します。

その現象を調べるために、1947年12月にアメリカの最高の科学者の特別グループが「プロジェクトサイン」の名の下に組織されました。その時にはまだ「MJ-12」のようなものの兆候はありませんでした。汚い仕事は秘密裏に行われました。1948年12月に「プロジェクトサイン(sign)」は「プロジェクトグラッジ(grudge)」に変更されました。

非常に低レベルの情報操作のコレクションが「プロジェクトグラッジ」の下で形成された「ブルーブック」でした。16巻ありました。これについてはいろいろ議論の余地がありますが、私とビル・イングリッシュ(Bill English)が見て、読み、公衆に暴露したものにはグラッジ13があります。「ブルーチーム(Blue Teams)」が破損した円盤の回収と死んだ宇宙人の回収のために招集されました。「ブルーチーム(Blue Teams)」は、後に「プロジェクトパウンス(Project Pounce)」、「プロジェクトプルトー(冥王星)」の下でアルファチームに含まれるようになりました。

初期には、米空軍とCIAは「宇宙人の秘密をどのように完全にコントロールするか」訓練していました。米空軍は後に脱落しました。というのは、空軍の若い上官たちには海軍の力を超えるほどの政治力がなかったためです。事実、CIAは大統領戒厳令により宇宙人の存在を扱う目的を表現するために作られたものだったからです。後に、国家安全保障法がCIAを設立しました。国家安全保障諮問委員会(National Security Council, NSC)が、国際情報機関を超越するために(特に宇宙人の飛行に関して)設立されました。公的な指導原則枠や国民政策に基づいて作られたものではありせん。事実、NSCはMJ−12の前身であったということができるでしょう。NSCとMJ−12の間にもう1つのグループがありました。これについては後で述べます。NSCのメモシリーズは、CIAの全仕事の除去、情報機関の招集等、ゆっくりだがすばやく以前の隠蔽行為や直接行動を法制化するための戒厳令でした。
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  by Kikidoblog | 2009-06-21 09:37 | クーパー

ビル・クーパー「ロズウェル事件の真相」を語る

みなさん、こんにちは。

今日は、”今は亡き”ウィリアム・クーパー(Milton William Cooper)氏の「ロズウェル事件」の真相を語った有名な講演(かなり昔の)をYouTube上で発見したのでそれをを紹介しよう。以下のものである。



現在では一般には「宇宙人」=「地球外知的生命体」のことを「ET(イーティー)」と呼んでいるが、当時も現在も米軍では「EBE(イービー)」と呼んでいるようである(「イーバ」という言い方もある。間違ってこれを流行らせたのは矢追純一である。正しい発音を知らずに翻訳したからだろう)。「イービー」を「イーティー」と呼び名を変えたのはもちろん他でもないスティーブン・スピルバーグ監督である。このことからも「カバーアップ(隠蔽)」工作の一翼をハリウッドのSF映画界が担っていることはまぎれもない事実である。

ところで、この「EBE(イービー)」という”響き”と「アダムとイブ」の「イブ」の響きは非常に似ている。ゼカリア・シッチン博士の「惑星X、ニビル」の説によれば、「アダム」というのは「最初の地球人」という意味である。すなわち、「赤い血とどろをまぜこねて作られた生物」というような意味合いの言葉であるという(惑星X、ニビルの謎:シッチンの弟子、マーテルとパーカー登場)。そしてそうやってできた地球人の精子を今度はニビルの神々の中の女性、「ニンキ」、「ニンフルサグ」などの子宮に植え付けて出産したものが「アダム」であるという話である。つまり、地球人(多分原人や猿人)の男の精子を宇宙人女性の子宮に宿して産んだものが最初の現代人型(つまり、ホモ・サピエンス・サピエンス、クロマニョン人)であるというのがシッチン説である。この意味では、まさに「イヴ」は「イービー」であったと言えるのである。シュメールの碑文によれば、実際には「14人の女神」が同時に現在でいう「代理出産」で出産したと書かれているという話である。

さて、クーパー講演に戻ると、私が理解できた部分をおおまかに要約すれば、以下のようなものである。

1949年に「ロズウェル事件」が起こり、その時「EBE」の1人は何年か生きていた。「EBE」は、どういうわけか、人間が作った建物の壁を平気ですり抜けることができた。逃げられないようにするために、壁の外側に電磁場を張り巡らせると、「EBE」を捕獲できた。1951年の暮れ頃、その「EBE」は病気を発症した。原因は不明で米軍の医師団は治療できなかった。「EBE」の宇宙船システムは、地球の言葉で言えば「植物」のようなものであった。「EBE」の体を調べたのはメンドーサ博士という人物であった。瀕死の「EBE」を何とか生きながらえさせようとさまざまな手を打ったが結局「EBE」は1952年の中頃に死んだ。メンドーサ博士は、このタイプの「EBE」生物学の第一人者となった。アメリカ合衆国は、地球人より高度に進んだ宇宙人の存在を知ったことから1952年からそうした科学技術を目指して宇宙計画を誕生させた。1952年11月4日にトルーマン大統領は「極秘の国防システム(DNSA)」を構築した。アメリカ合衆国内の約5万人がその存在を知っていた。その第一の目的は「宇宙人との会話」を目指して言語学上の研究をすることであった。このプロジェクト名はコードネーム「σ(シグマ)」であった。第二の目的は、エイリアンと地球人の科学や知識や技術のすべてを利用して国家を超えてエイリアンの存在について研究することであった。これらは非常に成功した。プロジェクトσの更なる目的は、「月面基地」や他の宇宙基地とのコミュニケーションであった。この秘密のプロジェクトは「あらゆる法律」から自由に活動できる、特別の治外法権を持っていた。

このYouTube番組はここで突然別の人のインタビューに移るが、この講演の全バージョンは以下のものにある。

William Cooper: The U.S. UFO And Alien 1-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 2-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 3-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 4-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 5-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 6-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 7-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 8-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 9-10
William Cooper: The U.S. UFO And Alien 10-10

この講演はあまりに多くの情報を含んでいて非常に興味深い内容が満載されているが、これについてはまた今度にしよう。この中でクーパー氏が述べていた本は、おそらく以下のものだろう。
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Behold a Pale Horse
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MJ 12. Die geheime Regierung

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最後に付け加えると、このクーパー氏は、アメリカ当局からあらぬ嫌疑をかけられ、身の危険を感じたため、家族を国外逃亡させて1人でのんびり犬とアリゾナで暮らしていたが、2001年11月5日に身柄拘束の憂き目にあい、その際に銃撃戦という形で射殺されたという(不可解なウイリアム・クーパー氏の死)。あらぬ嫌疑をかけられ国外逃亡していたが身柄拘束の際に自殺という形で死んだ三浦和義氏の場合とよく似ている。

いずれにせよ、クーパー氏の陰謀暴露は時代が早すぎたのかもしれない。今なら多少は違っていたかもしれない。氏のご冥福を祈りたい。
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  by Kikidoblog | 2009-06-11 12:18 | クーパー

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