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ヒグス粒子は「パクリの粒子」!?:これで物理学の終焉でしょうナア!

ヒッグス機構
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みなさん、こんにちは。

さてはて、今週はいわゆる「ノーベル週間」である。ノーベル賞の受賞者名が今日から続々と決まるという一週間である。おそらく、ノーベル化学賞には、中村修二博士と飯島澄男博士が来るだろうと私個人は想像している。
ノーベル賞、遠藤氏ら有力候補ズラリ 自然科学部門
■2013年ノーベル賞の発表日程
医学生理学賞 7日(月)午後6時半以降
物理学賞 8日(火)午後6時45分以降
化学賞 9日(水)午後6時45分以降
文学賞は10日(木)午後8時以降が有力視されている
平和賞 11日(金)午後6時以降
経済学賞 14日(月)午後8時以降
(時間は日本時間)

ところで、物理学賞の有力候補の一つ「ヒッグズ粒子」の受賞も捨てがたい。しかしながら、これは世界の物理学界の「秘史」、言ってみれば、悲しい歴史の方の「悲史」でもある。さらには、物理学界の「恥史」でもある。

そんなところをメモしておこう。というのも、こういう恥ずべき歴史は大手マスゴミ等の「よいしょ組織」からは永久に出るものではないからである。

1960年代。この時代はいわゆる米ソ冷戦のまっただ中にあった。そしてベトナム戦争という悲劇の最中であった。米国内にもマーチン・ルーサー・キング牧師の公民権運動から始まり、JFKの暗殺の時代であった。そして、ヒッピーのサイケデリックな時代を迎えつつあった。

そんな激動の時代である。

そんな時代の理論物理学の世界は、素粒子では1940年代後半の朝永振一郎、リチャード・ファインマン、ジュリアン・シュウィンガー、フリーマン・ダイソンに代表された「量子電磁力学」の完成が行われた直後であった。

この理論体系は即座に物質科学、いわゆる「物性論」(あるいは「物性理論」、最近では「凝縮体理論」ともいう)の世界へ応用され始めた。

その最初が、
L. N. クーパー
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ジョン・バーディーン
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J. R. シュリーファー(比較的最近、交通事故殺人で刑務所入り。)
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ジョン・ハバード(故人。オンサーガーの愛弟子)
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(私の記憶では、自殺でご逝去。)
デービッド・ パインズ
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フィリップ・W・アンダーソン
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等による研究である。バーディーン・クーパー・シュリーファー等は、言わずと知れた「超電導の解明」でノーベル物理学賞を受けた。アンダーソンは後のち、「アンダーソン局在」でノーベル物理学賞を受ける。

要するに、素粒子物理学における相対論的量子力学や量子電磁気学の理論を物性理論に応用転用する中で、さまざまな未知の物理現象を解明できつつあったという時代である。

そして、一度「超電導現象」が解明されるやいなや、今度はその超伝導理論が逆に素粒子分野に転用応用される時代がやってきた。

それが、1960年代であった。

そうなると、素粒子理論分野からも物性理論分野からも怒涛の参戦状態になった。

この時代のことは、すなわちヒッグス粒子の話までのことは、1960年〜70年代の話だから、以下の本にすべて見事に書かれている。
私の歩んだ道―湯川中間子とともに
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中間子の話 (1977年)
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湯川秀樹と朝永振一郎(70円)
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中村誠太郎博士の”夢”:中間子で原子核変換させる!
「ヒッグス粒子発見」vs「フリーエネルギー発見」:物理学者よ、どっちが大事か?

この時代をかつてファインマンが評してこんなふうなこと言ったとか(私のうろ覚え)。
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「午前のセミナーでは他人のアイデアをけちょんけちょんにけなしておきながら、みんながいなくなった研究室で深夜に必死でそのアイデアを論文にまとめ。翌朝にはだれさきに投稿する。そんな輩ばかりになった。物理学も世知辛くなったものだな。」
まあ、だいたいこんな趣旨のことを言っていたらしいが、こんな時代だったのである。

さて、一方の中村誠太郎はこういっている。これは「湯川秀樹と朝永振一郎」の「第11章、国際交流」にある。
1960年に、私はパサデナ(米)のカリフォルニア工科大学に、R. P.ファインマン博士を訪問した。ファインマン博士は私と妻をハリウッドに案内して、喫茶店で太鼓をたたいて歓迎してくれた。そのとき「日本へこの前に訪問し、大学で二つのテーマについて講演した。一つは素粒子について、もう一つは超電導についてであった。一つの講演がすむとガラガラと聴衆が入れ替わった。これは私にとっては驚きであった。アメリカでは、自分の興味あるテーマが何であれ勉強する。日本の学者は職人化しているのだ」とのこと。確かに日本の科学者は、今自分のやっている研究だけで専門家として通るからである。トリエステ(イタリア)の理論物理学研究所の所長H. サラム博士は、いろいろの専門の人を集めて研究会を開き、多くの若者の人気の的となっていた。シェイクスピアの劇中の言葉「わき役のセリフが役立つこともある」が彼のモットーであった。
 サラムはパキスタン出身なので、アフリカやインドや中東の学者を数多く招いて、研究会をたえず開いていた。国際交流のため一肌脱ぐという意気込みであった。
 かつて朝永振一郎博士が私たちに、「プリント誌”素粒子論研究”をつくり、未完成のアイデアを載せてお互いにアイデアを交換しよう」と言われ、我々は貧しい中で苦心して素粒子論研究誌を作った。最初は、朝永博士のもくろみ通りのアイデア交換ができた。しかし、その後アメリカとの間の交流がさかんになってからは、ファインマン博士の説のような雰囲気が入ってきて「自分のアイデアを盗まれる」といって自由にアイデアを載せる人はすくなくなった。

これが1960年代の物理学界の風潮だったのである。

というわけで、ヒッグス粒子のアイデアの源流は、当初南部陽一郎博士とヨナラシニオ博士の二人
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がバーディーン・クーパー・シュリーファーの超伝導理論を解明し、素粒子理論に焼き直していく形で始まった。二人は超伝導理論の枠組みを素粒子理論の枠組みに焼きなおすことから、何がどのように対応しているのかを解明したのである。そこから「対称性の破れ」や「エネルギーギャップ」や「南部ーゴールドストーンボソン」という概念が誕生したのである。

同時に、一方では、物性論の世界でフィル・アンダーソン博士が、「なぜ金属は電磁場(X線)を反射するのか?」という問題を考える中で、金属中の電磁場は金属内のプラズマ振動と結合して質量を持つからだという機構を出したのである。これが、質量0のボゾンである電磁場(X線)が、金属内では電子ガス(プラズマ)の衣を着て質量を持つという発想を導いたのである。「シャンペングラスの底」の形のポテンシャル。自発的対称性の破れ。そんなものが登場してきたのである。

そんなところに、ピーター・ヒッグスやエングラールがやってきた。

昼は他人のアイデアを学ぶために、「そんなことはあり得ない」といちゃもんをつける。しかし、夜になると、人知れず「自分のテーマに他人のアイデアを取り入れる」。お互いにこういうことをしあって、我こそは「ノーベル賞とったるで〜〜」という時代が、この1960年代だったのである。

そして、ついにBCS、アンダーソン、南部、ゴールドストーン、などなどのすべてを集めて、それなりに仕上げた人物がピーター・ヒッグス博士
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とフランソワ・エングレール博士
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であった。事実、この理論にはこんなに長い名前がついている。
ヒッグス機構
この機構(メカニズム)は、まず1962年にフィリップ・アンダーソンによって提唱され、類似のモデルが1964年に3つの独立したグループによって発展させられた。すなわち ①ロベール・ブルーen:Robert Brout とフランソワ・エングレール en:Francois Englert ②ピーター・ヒッグス ③ en:Gerald Guralnikと C. R. HagenとTom Kibbleの3グループである。よって、このメカニズムは次のような様々な呼称で呼ばれている。Brout–Englert–Higgs mechanism ブルー・エングレール・ヒッグス・メカニズム、あるいはEnglert–Brout–Higgs–Guralnik–Hagen–Kibble mechanism,[3] Anderson–Higgs mechanism,[4] Higgs–Kibble mechanism by Abdus Salam[5]あるいは できるだけ頭文字だけにしてABEGHHK'tH mechanism (Anderson, Brout, Englert, Guralnik, Hagen, Higgs, Kibble and 't Hooftの頭文字。ピーター・ヒッグスが他の研究者たちに敬意を払ってこう呼んだ)[5]。
(あとは声のでかいもの勝ち。後ろ盾の大きなもの勝ち。嘘でも100回言えば真実になる勝ち。)

このあたりのことは、中村誠太郎博士の「第10章 SSC計画」の「ヒグス粒子とは?」に詳しい。結局、ヒッグス粒子の話はこの時代までの話にすぎない。そこで終わっているのである。その後は「余興」のようなものである。

皮肉的な意味の、良い記念のためにそこをメモしておこう。以下のものである。
ヒグス粒子とは?

電磁気力、強い力と並んで、素粒子の世界で登場した弱い力は、ベータ放射能(放射能の一種で電子が飛び出てくる放射能)の原因となる。これが媒介される場の粒子としてのウィーク・ボゾンは、1958年に予言されていたが、実際に発見されたのは何と1983年なのである。どうしてこんなに長くかかったかというと、よもやと思うほど重かった(83BeV~93BeV)からである。

実験家も理論家も驚いたことに、このウィーク・ボゾンの中の中性のものと電子の弱い相互作用の強さと、光子(光の粒子)と電子との電気的相互作用の強さが全く一致していたことである。つまり、中性のウィーク・ボゾンは91BeVと重いにもかかわらず、質量ゼロの光子の一族だと認めざるをえないことである。もしそうだとすると、ウィーク・ボゾンはそもそも、なぜこんなに重いのか、答えねばならない。P. W. ヒグスは、超電導体のメカニズムに類推を求めた。超電導体の中は、電流が何らの抵抗を受けずにすいすい流れる。これはその中の電子配列が特別に安定になっていて、少々の外からの刺激では、高い不安定な状態には飛び移れない。かなりのエネルギーのギャップがあるからとされている。そこでヒグスは、真空中には何か未知の粒子(ヒグス粒子)が満ち満ちていて、超電導体の中の電子のように、特別な配列をしている。そのために一番下の状態の光子との間に、大きなエネルギーギャップが出来た。そのギャップの上がウィーク・ボゾンだ、という説を唱えたのである。仮にこのような複雑な手順によってウィーク・ボゾンが光子の兄弟だとすれば、これまでに知られている光子の特性(ゲージ不変性、くりこみ可能性)を受け持つことができる。とすれば、ウィーク・ボゾンの理論の今後の計算は、極めて容易となる。

まあ、話はうまいことばかりに見える。しかし、一体ヒグス粒子なるものは、どれくらいの質量を持ち、どのような性質で、もし不安定とすれば何と何によって壊れるのか。こうした基本的知識が特定されない以上、実験で探すとしても雲をつかむような話である。

いずれにせよ、SSCで達成されるエネルギーは、陽子内部のエネルギー損失も考え合わすと、せいぜい1TeVの程度である。とにかく、どのくらいの質量を持つか、ヒグス粒子の理論は特定してくれないので、実験家は網を張って、どのくらいの質量ならば何が生まれるか、を推定するのが一苦労なのである。

振り返ってみると、湯川理論によって、陽子と中性子の間の相互作用を媒介する場の粒子として中間子が推定された。パイ中間子が発見されて、湯川理論は立証された。しかし、次から次へと重い中間子が見つかった。湯川博士は、なぜこんなに雑然としてきたのだろうと、非常に不満感を表された。

弱い相互作用の中間子も、電子とニュートリノの間の相互作用を媒介している場の粒子を見ると、非常に重いけれども、今見つかっているウィーク・ボゾン一種だけですべてが完了するとは思えない。恐らく、次から次へともっと重いウィーク・ボゾンがあるのではなかろうか。ただ、パイ中間子族と重粒子(中性子や陽子、ラムダ粒子。。。の総称)間の相互作用に比べて、ウィーク・ボゾンの相互作用は、強さが小さい(約二千分の一)。したがって、その質量が約600倍も大きくても不思議ではない。

したがって、ウィーク・ボゾンの一族でも、一筋縄ではいかないであろう。また、軽粒子族も今は、電子、ミュー粒子のほかにタウ粒子(1.7BeV)が見つかっているが、もっといろいろあってもよさそうである。SSCは、これらの軽粒子族とウィーク・ボゾンの一族の探求と思えばよいのかもしれない。

ヒグス粒子は、クォーク模型と並んで標準理論として支配権を振るっているが、何もこれにこだわることはないであろう。

(この後が「SSCを超えて」とある。)


対称性の破れ、エネルギーギャップ、プラズマの衣、くりこみ可能性、こんな概念が登場したのが、1950年代〜1960年代であった。

そして、「宇宙はヒグス粒子で満ち満ちている」ということになったわけですナ。

しかしながら、その業界の中でやっている人たちはそれでいいかもしれないが、その外からみれば、実にやつらのおやりになっていることは馬鹿げた、アホくさいことでもある。

なぜなら、19世紀の物理学の創始者たちは、「この宇宙はエーテルで満ち満ちている」と心底信じていた。しかし、最初に20世紀の物理学者は「エーテル流体」を否定することから、特殊相対性理論が誕生してきた。それが一般相対性理論で「空間はエーテル剛体」のようなものだということになり、空間は何もないのではなく、重力で曲がるようなものだということになった。そして、弱い相互作用を説明するにあたり、今度は「宇宙はヒグス流体で満ち満ちている」。ヒグス粒子は超電導のクーパー粒子のようなものだということになった。それは電荷ゼロの中性の光の一種であるが、質量が極めて大きい。だから、これまで発見できなかったということになった。

言い換えれば、連中はこの100年かけて「エーテルはヒグス粒子の流体だった」と証明したということですナ。つまり、最初に否定したはずのエーテルが、最後には存在することになった、とも言えるのである。

な〜〜んだ。ヒグス粒子ってエーテルの材料だったのかいナ?

ということになっちまったのである。

いや〜〜、まいった、まいった。
これで何兆円費やしたんでしょうか? たぶん、10兆円は下らないだろうナア。


まあ、それより、私個人の趣味趣向としては、人様の業績やアイデアをパクりまくった偽ユダヤ人の業績がノーベル賞になるとなれば、もはや物理学は終焉したに等しいと思うというわけである。さんざん人が話しているときは否定しておきながら、相手がポシャったか見たか、今度は自分がそれを主張しはじめる。なにか、おとなりの斜め上目線の韓国を思い起こさせる話なのである。

こんな風潮でいくら良い理論が誕生したとしても、それでは若者や子どもたちへの示しがつかない。

というわけで、かねてから私個人は「ヒグス粒子は神の粒子」ではなく、「悪魔の粒子」だヨ、と言ってきたわけですナ。

まあ、いずれにせよ、物理学はもはや死んだも同然の分野。最後の見納めということでしょうナア。



おまけ:
追記(2013年10月8日)
ノーベル物理学賞、ヒッグス粒子の2氏に 質量の起源を解明
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【パリ=竹内康雄】スウェーデン王立科学アカデミーは8日、2013年のノーベル物理学賞を、英エディンバラ大学のピーター・ヒッグス名誉教授(84)とベルギー・ブリュッセル自由大学のフランソワ・アングレール名誉教授(80)に贈ると発表した。両氏は1960年代半ば、あらゆる物質が質量(重さ)を持つようになった仕組みを解き明かし、質量の起源となる新粒子「ヒッグス粒子」の存在を提唱した。国際チームによる実験で今年、両氏の理論が正しいことが半世紀かかって証明された。
 宇宙の始まりである「ビッグバン(大爆発)」で生まれた素粒子は最初、質量を持たず光速で自由に動き回っていた。ただ、このままでは物質を構成する原子や分子ができず、星や銀河が成り立たなくなる。
 アングレール氏とヒッグス氏は64年にそれぞれ、素粒子が質量を持つ理論的な仕組みを提唱した。ヒッグス氏はその後、質量の起源となる未知の素粒子が存在し、宇宙を埋め尽くしたと唱えた。未知の素粒子は「ヒッグス粒子」と呼ばれるようになり、この新粒子の存在を前提に宇宙を支える自然界の法則が次々と解明されてきた。
 東京大学なども参加した欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際共同研究チームが、スイスにある世界最大の加速器「LHC」を使った実験で宇宙誕生直後の状態を再現し、昨年7月にヒッグス粒子とみられる新しい粒子を発見したと発表。今年3月に新粒子はヒッグス粒子だとほぼ断定した。
 授賞式は12月10日にスウェーデンのストックホルムで開く。賞金の800万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)は両氏で分ける。

いやはや、ついに素粒子物理の終焉が来たようですナ。



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  by kikidoblog | 2013-10-07 11:04 | 真の歴史

8月23日「小町園の悲劇」の日:白人のいる場所売春宿だらけになる!

みなさん、こんにちは。

「8月23日」は何の日か知っているだろうか?

答えは、マッカーサーの進駐軍のための「国営売春宿」が開設された日である。日本人が米白人の略奪強姦を防ぐために、あえて国営で性接待婦を募集して、一般婦女子が手篭めにされないように、あたらなる防衛線を張った日なのであるという。日本の数多くの処女が餌食になり、短命に終わった。しかし、このおかげで、 一般女性は何とか進駐軍の駐留の7年間をやり過ごすことができた。そういう真の歴史である。

私も知らなかったが、今日のねずさんの「小町園の悲劇」は秀逸な記事なので、ここにもメモしておこう。以下のものである。本文は長いのでそちらを読んでもらおう。
小町園の悲劇

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終戦直後のことです。
進駐軍のための慰安施設が日本国内のあちこちに設置されました。
今日はそのなかの小町園のお話です。
この時期に、過去2度、当ブログでご紹介している実話(体験談)です。
独立自尊を守るということが、どんなに大切か、そのことを読み取っていただければ幸いに存じます。

物語は、昭和20(1945)年8月のことです。
8月15日の終戦の後、RAAという組織が日本におかれました。
進駐軍を迎えるにあたって、時の東久邇(ひがしくに)内閣が、当時のお金で一億円という巨費を投じて、昭和20(1945)年8月22日に設置した組織です。

RAAというのは、「Recreation and Amusement Association」の略です。
直訳すれば「レクリエーションとお楽しみ協会」となります。
現実に日本国内におかれた、国営の特種慰安婦施設です。

ここで慰安婦は「Serving Ladies(奉仕する淑女)」と呼ばれました。
施設名は、そのものズバリで、「Sex House」と英訳されました。

さて、ショーン・コネリーの007を見てもわかるが、白人とセックスは常に一体となっている。

かつてコロンブスが黒人奴隷を連れて渡った西インド諸島は、酒池肉林となり、そこで生まれた子孫が今のキューバやドミニカなどの国民である。

実際、大英帝国時代の生物学者や数学者などは、何世代混血すれば、実質上英国人の顔をした民族になるか、まじめに研究したのである。そして、その通りに強姦の限りを尽くして酒池肉林の餌食にしたのである。

アメリカ・インディアン然り。

はて、そうなると、どうしてこういう気質が遺伝したのか?ということになる。

実は、ゼカリヤ・シッチン博士によれば、人類創成の物語の最近の白人創成の秘密は、「ヒマラヤ杉」の場所に降り立った、総勢200人足らずのニビルの反逆者集団だったという。

この反逆者たちは、もともとは「イギギ」と呼ばれ、火星に降り立ち、その後地球周回軌道にあった宇宙船の見張りの隊員たちであった。それが、彼らの司令官であった、エンキの息子のマルドゥクが地球人のサルニパトを結婚したため、禁欲に我慢できず、仲間の棟梁シャムガス率いた200人が、その結婚式の当日に結婚式に紛れ込んで地球人女性を強奪し、ヒマラヤ杉の場所に逃亡、そこで酒池肉林の限りを尽くした。これがウクライナ地方の白人のメッカである。彼らはそこを「星の街」と呼んだ。
ビル・ライアン氏へのインタビュー:「地球の支配者とはどんな人々?」
朝鮮サッカー選手、「独島もFIFAもJOCもわれわれの領土」とのメッセージ!?

そんなわけで、ニビルのもっとも濃い血筋を受け継いだのが、いわゆる西洋人である。

西洋人の残虐性や性習慣を考えるにおいて、この惑星X、ニビルの住人の性質を抜きに語ることはできない。ほとんど同じである。

特に、デービッド・アイクによれば、東洋人と西洋人の何が違うかといえば、「性器が違う」のである。

東洋人はマッシュルーム型、いわゆる「松茸型」である。いわゆる「かり」が発達し、女性にとってやさしい作りになっている。女性器を壊すような形態ではない。

ところが、西洋人型はそれとはかなり異なり、オベリスク型である。いわゆる「ロケット型」である。先端が細く、「かり」が未発達で長い。したがって、槍で子宮を突き刺すようにして女性器を壊す。だから、女性にとって西洋人はある意味で凶器になるのである。

これが、日本女性が米進駐軍を相手にした時の悲鳴になるのである。

デービッド・アイクによれば、さらに英王室の男性の男性器ペニスは、先端に尖った突起があり、それがいったん子宮内部に入ると留め金になって抜けなくなるというのである。このタイプにはサメやワニなどがあり、爬虫類型の性器と言われる所以だというのである。

おそらく、デービッド・アイクが「爬虫類人」を思いついた根源にこの特殊な爬虫類型ペニスの存在があるようである。
なんじゃーこりゃー???:天下の奇祭「かなまら祭り」
「人種別ペニスの違い」
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まあ、そんなわけで、白人はイギギの棟梁シャムガズの子孫、強姦、略奪、酒池肉林はお手の物。その見てくれに違わず、残虐なところはニビル譲りということらしいですナ。

いやはや、当時の日本の性接待の女性たちも、白人たちの「尖ったペニス」にはまいっただろうナア。
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  by kikidoblog | 2013-08-23 21:12 | 真の歴史

8月15日「終戦か、敗戦か、停戦か」:やはり「新憲法」を作るべきですナ!

みなさん、こんにちは。

さて、以下は普通の人には痛〜〜すぎる話。まあ、私個人の妄想だと思って、スルーして欲しい。個人的メモにすぎない。


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この1年で大きく変わったことは、「日本人が覚醒した」ということだろうか?

この「覚醒」という語もあいまいな言葉だから、人それぞれ好き勝手に使っているようだ。しかし、ここでは文字通りの意味の「目が覚める」という意味に過ぎない。けっしていわゆるマイルド左翼の「お花畑系」の人達が言う「覚醒」の意味ではない。あれは「覚醒」というよりは「洗脳」である。むしろ、げんこつ食らって痛い思いして目が覚めたに近い。

昨年の今日、私はこんなものをメモしていた。
8月15日は終戦記念日か敗戦記念日か?:戦後の日本は米軍による在日支配の歴史!?

これによれば、8月15日を「終戦」というのは当時の日本人の「臣民」感情としては当然であった。が、実際には「停戦」だったということになる。それを「敗戦」したかのように扱われてしまった。ここに戦後日本の悲喜劇がある。

ちなみに、ねずさんによれば、「臣民」という言葉と「国民」という言葉には似て非なる雲泥の差があるのだということらしい。だからあえて「臣民」と使った。
終結の詔勅

さて、もうひとつ最後に書いておきたいことがあります。
終戦の詔勅の中で、陛下は、私たち国民に、「爾臣民(なんじしんみん)」と呼びかけられています。
この「臣民」という言葉について、ずいぶん以前になりますが、以前誰かがこのブログのコメント欄に、
「臣民とは、天皇に直接支配される人民のことだから、教育勅語下では、国民は天皇に隷属するものです」などとアホなことを書いてきました。

以前はこうしたコメントも、そのまま掲載を許可していましたが、最近では、いくら当ブログにこのようなくだらないコメントを書いても、即削除しています。
なぜ「アホ」なのか。
自分の不勉強を棚にあげて、狭量な自分の世界だけでものごとをとらえようとしているからアホなのです。

「臣民」という言葉は、近世までは用語例ほとんどなく、あたりまえの概念に他ならなかったものです。
それが明治憲法で法律用語として使われて、注目されるようになった言葉です。

「臣民」は、「臣」と「民」という二つの漢字からできていますが、そもそも「臣」と「民」とは全く異なる概念です。
なぜなら、「臣」は、治者である君主に仕える人臣、臣下を指し、「民」は、被治者を指すからです。

漢字の「臣」は、もともと下に伏せて俯いた目をあらわす象形文字です。
「民」は、目を針で突いて目を見えなくした姿をあらわす象形文字です。

要するに、ただ「民」というならば、それは「盲(めしひ)たる民」(盲民)であり、ただの奴隷です。
ところが「臣」は、君を支え、君とともにある者たちです。
ですから「臣」のなかでも、大物になると、これが「大臣」となります。

もっというなら、「国民」のほうが、よっぽど酷い言葉です。
なぜなら「国民」は、国によって目をつぶされて何も見えなくなった奴隷という意味になるからです。


さて、戦後の「真の歴史」については、一番最初の昨年の今日のものを見てもらい、今回はまた憲法前文のことだけメモしておこう。

我々戦後生まれの「戦争を知らない子どもたち」というのは、というより、「戦争が起こる前の日本を知らない子どもたち」という世代はどうも生まれつき「左翼思想」(これは在日朝鮮人の工作だったことがすでに証明されている)の「刷り込み」(インプリンティング)されているようである。この手の「刷り込み」による「洗脳」ほど恐ろしい物はない。が、こんな状況であったことを知れば、

「だれも朝鮮人や支那人を馬鹿にすることはできない。」

というところだろう。なぜなら、我が国も似たようなものだったからである。


多くの日本人は「戦前の憲法」を悪の代名詞のように思っているが、憲法の前文の格調の高さを比較する限り、ふつうの感性で明治憲法と昭和憲法とを比較すれば、明らかに明治憲法の精神の方が日本人を「臣民」として取り扱っていることが分かる。昭和憲法は「国民」として扱っているのである。上のねずさんの説明によれば、「国民」=「シープル」=「B層」という意味にすぎないからである。

明治憲法の前文は、それまで天皇家と臣民の間には特に言葉による約束事はなかった。そういう不文律の形式で3000年を生きてきた。ところが西洋列強の侵略行為の最中にあって、明治維新を成し遂げ、西洋時代風の憲法を制定し、野蛮な西洋の帝国主義時代に備えなければならなくなった。そういう時代に天皇が臣民の前にその御姿を現し、臣民と天皇との間の約束事を決める必要に迫られた。そこで、天皇が憲法前文において、自分の意思表明を書き連ねたのが、「明治憲法前文」であった。西洋型の「日本国」を作るにあたり、天皇が臣民に対して思う期待や希望や義務や心意気を明文化したのである。どうやら明治憲法の前文とはそういうものであった。
大日本帝国憲法

 朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ卽チ朕カ祖宗ノ惠撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ增進シ其ノ懿德良能ヲ發達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼贊ニ依リ與ニ倶ニ國家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ明治十四年十月十二日ノ詔命ヲ履踐シ玆ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム
 國家統治ノ大權ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ傳フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ將來此ノ憲法ノ條章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ
 朕ハ我カ臣民ノ權利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範圍内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス
 帝國議會ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議會開會ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
 將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
 朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ爲ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及將來ノ臣民ハ此ノ憲法ニ對シ永遠ニ從順ノ義務ヲ負フヘシ

現代語訳
 朕は、祖宗の功績を受けて万世一系の帝位をふみ、朕の親愛なる臣民はすなわち朕の祖宗が恵み、愛し、慈しみ、養ったところの臣民であることを思い、その幸福を増進し、その立派な徳と生まれながらの才能を発達させることを願い、またその補佐によって、ともに国家の進運を助けてくれることを望む。
 そこで明治十四年十月十二日の勅命を実践し、ここに大いなる憲法を制定して、朕に従ってくれることを示し、朕の子孫および臣民とまたその子孫によって永遠に命令に従い実行してくれることを知らしめる。
 国家を統治する大権は朕がこれを祖宗より受け継ぎ、また子孫へと伝えていくものである。朕および朕の子孫は将来、この憲法の条文に従って政治を行うことを誤ってはならない。
 朕は我が臣民の権利および財産の安全を貴び重んじ、またこれを保護し、この憲法および法律の範囲内においてその享有を完全に確かなものだとしてよいと宣言する。
 帝国議会は明治二十三年をもって召集され、議会開会の時をこの憲法が有効となる期日とする。
 将来、この憲法のある条文を改正する必要が出たときは、朕および朕の子孫はその改正を発議し、これを議会に提出して、議会はこの憲法に定められた要件にしたがってこれを議決するほか、朕の子孫および(そのときの)臣民は決してこれを掻き乱して変えようとすることがあってはならない。
 朕の朝廷に勤めている大臣は朕のためにこの憲法を施行する責任を有し、朕の現在および将来の臣民はこの憲法に対し永遠に従順の義務を負わなければならない。


それに対して、昭和憲法の前文とは、まだ負けていなかったボクサーがセコンドがかってにタオルを投げ込んで負け試合にさせられて、まだ納得できずにいる状態の時に、まわりから「負けたと思ってやり直せや」といわれて今後の所信表明演説をさせられたというようなものである。「ジムのみんなと一丸になってまたやり直し、再び世界戦に臨みたいです」と言っているというような感じの代物である。実に軽い。それが「昭和憲法の前文」である。
日本国憲法前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。


私が「憲法改正」ではなく「新憲法を作れ」と言っている意味はそういうことである。
岡潔「人間の建設」にみる憲法前文の解釈:憲法は人を甘く見ているヨ!

昭和憲法など1、2週間でユダヤ人米人が作成したものである。1、2年ではない。たったの1、2週間である。日本人をいかになめていたかが分かるだろう。日本人などこの程度でいいと思ったに違いない。しかも日本史を知っていた立派な学者が考えて作ったものでもない。私は自民党のエージェントではないが、自民党が「押し付けられた憲法」と言っている意味はこういうことである。その場しのぎでとりあえず作った憲法である。(自民党など何の役にもたたないが、現状の政治状況では、今後10年は自民しかないから、しょうがなく自民支持しているに過ぎない。帰化人野党政治家など戦争になれば即逃げる。東電幹部がハワイや外国に逃げたのと同じである。)

明治憲法は西洋の帝国主義全盛期の時代背景で作られたものである。だから現在には合わない。戦後の昭和憲法も終戦直後の闇市時代に作られたものである。だからこれまた時代に合っていない。だから、憲法を改正するのではなく、今後の時代に合った新憲法を作りなおすべきだと私は考えるというわけである。

はっきりいって、今の自衛隊を軍隊にしようが、こんなものは何の役にも立たない。まあ、一般の国民は無知で馬鹿だから分からんだろうがナ。せいぜい米国軍産複合体のショーウィンドーか顧客(カモ)にすぎない。

なぜか?

そんなこともわからんのかいナ?

軍隊は兵器を使う。兵器を使うということは、兵器を作らなければならない。兵器を作るには軍事研究をする研究所や製作所が必要である。自衛隊にはそういうものがない。今の憲法ではいくら憲法改正したって、自分で兵器を研究し作り出すことができない。結局、米軍産複合体の作ったオスプレイや無人爆撃機を買う羽目に陥る。だからショーウィンドーなのである。カモなのである。

宮崎駿の「風立ちぬ」はそのことを描いている。ゼロ戦で戦うためには、だれかがゼロ戦を設計し作り出さなければならない。そのためには軍事研究する科学者が必要になる。しかし、日本国憲法はそういうものは否定している。これでは自衛はできない。防衛もできない。

だから、まずは「銃刀法改正」し、自衛する気質を生み出し、不遜犯罪者は現行犯で射殺可能という社会にし、国から不遜な人間を抹殺する。そうして、初めて新憲法を作り、「永世中立国」として世界に君臨するのだ。東洋のスイスになるのだ。

さもなくば、沖縄の米軍も駐留し続けるし、在日米軍も居続ける。そして米国は軍事費がかさみ、ますます貧困な国に転落する。

とまあ、これが私個人の妄想である。

昭和憲法が存在する限り、沖縄は沖縄、日本は日本とまったく「現状維持」のまま進む。デモのためのデモ、米軍反対のための反対、そうしてエセ日本人の朝鮮人に利用されて、税金をたかられ、むしとられ、パチンコで吸い取られ、骨までしゃぶられるというわけですナ。

まあ、それが昭和憲法を課した欧州イルミナティーの思うがままの世界観というわけですナ。
まあ、俺にはどうでもいいけどナ。

いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
ついでに南朝鮮の歴史捏造も再掲しておこう。
韓国の歴史歪曲は、なんと、自国の建国の歴史まで、捏造、変造している

韓国建国の詐術と未来
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たまたまWIKIを見たら、韓国の独立は昭和23(1948)年8月15日で、米国の承認を得て李承晩が韓国の独立を宣言した、と書いてありました。
出典がどこなのかはわかりませんが、おもわず苦笑してしまいました。

どういうことかというと、実際には李承晩が韓国の独立を宣言したのが、昭和23年8月13日だからです。
ところがあとになってから、李承晩はこれを8月15日に「変更」しました。

なぜかというと、8月15日だと、日本の終戦記念日と重なり、あたかも日本から韓国が独立したかのように「見える」からです。
で、記念日の名前を「光復節」としています。

韓国の歴史歪曲は、日本に対するものだけではなく、なんと、自国の建国の歴史まで、捏造、変造しているわけです。
朝鮮人はやりたい放題。この精神構造はどこから来るんでしょうナア。やはり遺伝子だろうヨ。いずれもうすぐ今のアラブと同じことが極東で起こる。そういうシナリオらしい。北朝鮮、南朝鮮、日本と徐々にアフガン、イラク、シリア、エジプトと崩壊していったように、極東も崩壊させられてしまうことだろう。お花畑系、スピリチュアル系とは、そういう時のためにCIAが作ったということらしいですナ。くわばら、くわばら。
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  by kikidoblog | 2013-08-16 09:28 | 真の歴史

師ミラー博士vs弟子シャンクランド博士:アインシュタインも関与か!?

みなさん、こんにちは。

いやはや、世も末だ。真に日本のB層が日本を潰す。

ところで、最近思うのだが、「いやはや」という日本語はいったいどういう意味か?どこから来たのだろうか? 辞書によれば、「いやはや」=「いやもう」=「驚きあきれたとき、また、落胆したときなどに発する語」とあるが、これが、もし「IYHY」から来たとすれば、「神様仏様」のような「神様ヤハヴェ様」っていう意味ではなかろうか? もっと普通に言えば、「オーマイゴッド」ということである。そう思うと、確かにちょっと似ているような気もする。真面目に考えると、実に不思議な日本語である。

さて、どうでもいいことから書いたが、先日メモしておいた、DeMeo博士の論文、これは読んでみると実に興味深い。これには非常に重要な歴史的事実が隠されていたようである。

結論から言うと、
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19世紀から続いた「エーテル」の概念を葬り去る隠蔽工作に、アインシュタイン博士自身が関わった
ということである。また、その歴史には、いわゆる「隠蔽工作の古典的手法」が現れていたということである。

その論文の内容はまたいつかにして、まずはそれだけメモしておこう。

「エーテルドリフト実験の歴史」とは、簡単にまとめると、こういうものだった。
(1)マイケルソン−モーレーが実験したのは、1887年。それもほんの数回の実験。結果は見方によっては肯定も否定も出来る代物。彼らは否定を選択。
(2)それを見てアルバート・アインシュタイン、特殊相対性理論の着想を得る。1905年。
(3)ミラー博士
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は、1902年から1906年までマイケルソン−モーレーと同じ装置を再現して研究。
(4)ミラー博士は、1921年から1928年まで改良型のもっと高精度のもので研究。そして、終始、エーテル存在の肯定的結果を得た。結論は肯定。
(5)ミラー博士は、それを米国の権威あるReviews of Modern Physicsのレビュー誌に20年の研究成果を掲載。1933年。結果、エーテルは存在するに肯定。
(6)ミラー博士が存命中、博士はあらゆる批判に誠実に返答し、エーテルは存在するという通説ができていた。しかし、かたや、狂信的なエーテル否定派も存在した。
(7)ミラー博士は、1941年死去。
(8)ミラー博士死後、13年経って突然にミラー博士の学生だったシャンクランド(Shankland)博士
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を代表する無名の学者が出てくる。
(9)ミラー博士の後継者を装って、ミラー博士の詳細なデータを管理。しかし、大半を紛失。
(10)ミラー博士の一部のデータを取り上げてそれを使い、ミラー博士の研究には「重大な欠陥が見つかった」という論文を作成。1954年春。
(11)この論文公表直前にシャンクランド博士は内密にアインシュタイン博士に論文を見せる。
(12)アインシュタインはその時に「ミラー実験が事実なら自分の研究はトランプの家のように崩壊する」と手紙で返答。
(13)シャンクランド博士はこの論文をおなじくReviews of Modern Physicsに公表。1955年。
(14)以後、「エーテル概念」は壊滅。世の中は相対論ブームに湧く。
(15)いつしかシャンクランド博士は「米国原子力委員会」の重要メンバーになる。
(16)世界は「夢の原子力」の時代に突き進む。

これから分かるのは「隠蔽」の匂い、「陰謀」の匂いであろう。

若いころアルバート・アインシュタインは、
たとえ自分が10年もの長い間に研究してきたことであったとしても、もしそれが間違っているとわかれば、次の日から別のことをしなければならない。
というような趣旨のことをおっしゃっていたようだが、いつしかそう言ったアインシュタインも人の子、自分もミイラとりのミイラになってしまったようである。

マイケルソンのエーテル非存在論文を信じきって特殊相対性理論、それから一般相対性理論、さらには統一場理論をつくろうと人生を捧げてきた。それが、一番最初のマイケルソン−モーレーの実験は実に精度が悪く、エーテルの検証には不十分だった。だから精度をあげたらとたんにエーテルが見えてきたというミラー博士の研究、それもミラー博士の人生をかけた執念の研究で、エーテルは存在するとなってしまいかけた。

アインシュタインは狼狽し、うろたえた。

「このままでは、私の長年の業績がパーだ。砂上の楼閣だったのか?私は実に不安だ。」

というような気持ちでいた。そこにどこからともなくシャンクランド博士が出てきてくれた。ありがたい。これで私の研究も生き残る。

まあ、そんな気持ちだったんでしょうナア。

結局、アインシュタインは舌をだしてこの世を去った。
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ここに、ある意味、実に古典的な手口が見て取れる。

それは、先生の一番弟子がその先生の業績を葬り去るというやり方である。数学界でもこれは有名で、大天才グロタンディーク博士の一番弟子だったドリューニュ博士が引退後のグロタンディーク博士の仕事を葬り去った。古くは、イエス・キリストの弟子のユダ。かならず自分の身内にスパイや敵がいる。弟子が裏切る。日本の柔道界の不祥事事件もそうである。教え子がセクハラを訴えた。

これが古典的なる理由である。

また、もう1つの古典的手法とは、弟子(つまり内部情報に触れることのできるインサイダー)が、生データにアクセス権を得ると、とたんにその証拠である現物をどこかに捨て去るか隠す。こういうことを行う。

ミラー博士のデータに関して、シャンクランド博士がこれを行った。ちなみに、シュメールの碑文、アルバート・パイクの手紙などは、ロスチャイルドが大英博物館の館長になったとたんに証拠隠滅されたのである。

自分が重要人物になった途端に情報を隠蔽工作する。

これまた古典的な手法である。実によく知られているものである。

というわけで、「エーテルの存在」と「エーテルの非存在」のどちらに掛けるかといわれれば、俺は「エーテルが存在」するほうに掛けるネ。

いずれにしても、物理学者としては何の業績もなかったシャンクランド博士がのちのち原子力員会の御用学者に抜擢されたというのは、何の業績もなかったアラン・ハイネック博士が「UFOの権威」になったり(ハイネックでブログ内検索)、地震研究の何の業績もないロバート・ゲラーが東大教授や日本地震学会のリーダーになったりというのとどこか似ているんですナ〜〜〜。(ゲラーでブログ内検索)

いやはや、世も末ですナ。
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  by kikidoblog | 2013-05-28 17:14 | 真の歴史

古代イスラエル国歌(君が代)vs現代イスラエル国歌

さくら さくら


さくら さくら   隠れた 隠れた
やよいの空は   唯一の神 迫害された 耐えて
見わたす限り   死ぬ 犠牲として
かすみか雲か   くじ引きにされ 取り上げられて
匂いぞ出ずる   素晴らしい 計画
いざや いざや   神の救い 神の救い
見にゆかん    捧げ物 決める


みなさん、こんにちは。

(あ)数ある国歌の中でも、わずかたった二つの国の国歌だけが「短調」で歌われている。それが、我が国の君が代とイスラエル国歌である。

イスラエル国歌に日本語訳がついたものと、逆に君が代にヘブライ語読み(日本語はその響きに古代イスラエルのヘブル語やアラム語の響きが残っている)のついたものをYouTubeに見つけたので、ここにメモしておこう。以下のものである。
君が代


現代イスラエル国歌

(こんな優しい国歌を歌う人々がなぜアラブを襲う? 理解不能。)


(い)同様に、日本には、どういうわけかみんながあまり言語やその言葉の意味を知らないにもかかわらず、みんなが知っているというものがある。

童謡の「かごめかごめ」や小中高のフォークダンスでよく知られた「マイムマイム」がそれである。面白いことに、「さくらさくら」や「君が代」と同じく、この「かごめかごめ」にもヘブル語訳が完璧に行えるのである。逆に「マイムマイム」は日本の曲かと多いきやイスラエルの民謡ダンスだった。
かごめかごめ


マイムマイム(Mayim Mayim)

かごめかごめ、マイムマイムとおなじ語を二度繰り返す。そうやって新しい名詞をつくるやり方もほぼ同一である。

(う)さて、前ヘブライ大学長のシロニー教授が、「さくらさくら」をヘブル語に翻訳できると考えたらしい。その時のアイデアは、日本語の言葉を「子音だけで表示する」というものである。
日本語     英子音表示 ヘブライ語(右読み)   意味
さくら さくら  SKR SKR   שׁקר שׁקר    隠れた 隠れた
やよいの空は  YYH YN SRH  ייה ינ שׂרה    唯一の神 迫害された 耐えて
見わたす限り  MWT KGR    מות ככּר     死ぬ 犠牲として
かすみか雲か  KSM KMK    קסמ קמפ  くじ引きにされ 取り上げられて
匂いぞ出ずる  NOH YZR    נאה יצר    素晴らしい 計画
いざや いざや  YZY YZY     ישעי ישעי    神の救い 神の救い
見にゆかん   MN YK     מנ יכה     捧げ物 決める

これから分かるように、日本語を子音に直し、その音の響きに古代ヘブル語を当てはめると、そこに「神を称える言葉が現れる」。

どうやらこれが日本の「言霊信仰」に隠された意味ではなかろうか?
とまあ、そんなふうな妄想に導かれるというわけですナ。

こんなふうに、日本人とユダヤ人との間には何か引き合うものがあるようである。しかしながら、ユダヤ主義(Jewism)とシオニズム(Zionism)は根本的に異なるのである。

それにしてもヘブライ語のアルファベットとワープロ操作は難しいナア。おそらく、戦後日本はそれまでの「カタカナ右書き」から「ひらがな左書き」に大変更したのだが、それがそのままだったら、同じような困難を引き継いだのかもしれませんナ。


おまけ:
この話をメモしているうちに気づいたことだが、ついでにメモしておくと、日本語では、「ゆく年くる年」のように、「行く」を「ゆく」とも「いく」とも発音できる。「ゆく」=「YUKU」,「いく」=「IKU」となるが、ヘブル語では、IやYは同じ発音である。これもまた、古代ヘブル語が日本語のベースになったと考えれば納得できる。
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  by kikidoblog | 2013-05-22 09:56 | 真の歴史

米国の「骨董武器ビジネス」:旧日本軍の名器、「有坂38式歩兵銃」現在も生きる!?

硫黄島の戦い
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硫黄島の日本軍全滅より

みなさん、こんにちは。

今回は、今日偶然にナショナルジオグラフィックの番組で非常に興味深いものを見たので、それについてちょっと異質なことをメモしておこう。それは、普通の意味で言えば、「米国がいかに銃社会であるか」ということであるが、別の意味で言えば、「米国ではいかに戦争時の日本兵の所持品が流失しているか」ということである。

かつて米軍が日本兵と戦った時、戦争のかなり後半から参入してきた米軍の物量作戦で日本軍はほとんど負けた。この時の状況を描いたものが、「ビルマの竪琴」などの映画に描かれたりしたものである。しかし実際には、白旗を上げた日本兵を捕虜としないで、射撃の餌食にして、死んだ日本兵の所持品を根こそぎしていったのである。

これと同じ事は、アメリカの騎兵部隊が、アメリカ・インディアンと和平協定を結び、住処を移住している時、その部落を夜襲し、全て殺戮し、金目の物は根こそぎした。そればかりか、女性の子宮や陰部、男性の睾丸や額を剥ぎ取り、小物いれの小袋の材料にした、という歴史が残っている。この伝統は、今も健在である。

さて、そんな米兵たちが持ち帰ったはずの日本兵の武器、あるいは、欧州戦線の英兵や独兵などの所持品がその後どうなったかというと、実は、「武器アンティーク」、「武器の骨董品」として立派な商品としてかなり高額で取引されているようである。それも、すべて武器専門家や武器修理人なるものがいて、新品同様に実用できるようにして売り買いされているのである。

「武器商人」といえば、NWOやら軍産複合体の代名詞かと思うかもしれないが、それは最先端の現代の武器の話であり、第一次世界大戦や第二次世界大戦中に使用された武器の話ではない。しかしながら、実用という面、殺傷兵器である戦闘兵器という意味では、第二次世界大戦中の武器も現実の戦闘にはいまも十二分に使えるものなのである。

もちろん、日本では銃刀法により、こうした戦争武器の売り買いは禁止されている。模型のみだろう。しかしながら、銃社会の米国では、こういうものが自由に売り買いでき、また実射できるようである。

まずはそのナショナル・ジオグラフィックの番組とはこれである。
Cranmer & Son: A Family Gun Feud - National Geographic Channel Watch on Foxtel

これは、武器コレクター会社を営む父親とその息子とその社員たちが主人公の番組である。何が面白いかというと、この社長と息子のやり取りが意外に面白い。とはいっても、普通の人にはその面白さはあまり良くわからないだろう。まるでジョージ・ブッシュ親子のやり取りを聞いているのようだから面白いのである。

この二人や社員の米人たちには、この会社の扱う銃が、どういう経緯で手に入ったか、これは誰の持ち物でどんな人達の命が失われたか、どういう歴史が潜んでいたのか、こういったことは一切関係ないのである。その代わり、この武器は一秒間に何発発射できるか、一回で何人を殺せるのか、そういう武器の性能の威力だけに関心がある。そして、実際に性能を試すために、実射の試打をするが、その時に、廃車や人形やスイカやメロンなどのターゲットを置く。そしてめちゃくちゃにぶっ潰す。そして「セーラー服と機関銃」のように、「ああ、爽快」という感じで実演するのである。

この感覚が我々日本人にはない。そこが興味深いのである。デービッド・アイクのいう、エンパシーやシンパシーがまったくないようなのである。なかなかこういう人たちを見ることは日本ではできない。

さて、硫黄島の日本兵の持った所持品はことごとく米兵が盗みとったという歴史が残っているが、そういったものは、すでに米社会の中で、「骨董品」として売られているのである。その中でも旧日本の所持品の武器はどうやらもっとも人気が高いらしい。かなりの高額で取引されるようである。そんな武器の中でも旧日本軍の日本兵がもっとも一般的に持っていたものが、「有坂38式」、「有坂44式」、「99式軽機関銃」という銃であるらしい。日本の映画で日本兵が撃っているライフルがこれである。
有坂38式(三八式歩兵銃
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有坂44式(四四式騎銃
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有坂99式(九九式短小銃
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99式軽機関銃(九九式軽機関銃
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日本国内では、ウィキペディアに載るような、60年以上前の遺物としてしか存在し得ないのだが、アメリカではいま現在も実射可能の名器として現存しているわけである。

これが「銃社会アメリカ」の真実というわけである。

私に言わせると、これは日本兵の遺品の盗難なのだから、家族に返却すべきではなかろうか?ということになる。韓国朝鮮人ならば、すべて韓国人の所有物ということになるだろう。

日本も国としてこうした戦争遺物は骨董品として出回るのを防ぐ手立てが必要なのではないだろうか? 回収事業を開始すべきである。

まあ、それにしても、どんな骨董武器も使用可能に再生してしまう職人がいるというのはアメリカは広いというべきか、面白い。アメリカは、実に不思議な国である。(なんといっても、連中は、自宅に射撃場持っているからナ。)

ついでにメモしておくと、有坂式や99式軽機関銃などをみても分かるが、日本軍のライフルや銃は非常に軽く作られている感じである。おそらく体の小さな日本人に合うように作られたために、持ち運びが便利でそれでいて非常に精度の高い銃であるように見える。その点、米軍の大きく重たいライフルや機関銃の思想とはかなり異なっている。不思議なことに、というか、当然なことにというべきか、現代の自動車にもこの違いが出ているようである。いわば旧日本軍の兵器は、現代の日本の軽自動車のようなものである。狭い所でも持ち運び便利で扱いやすい。


おまけ:

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  by KiKidoblog | 2013-04-17 11:46 | 真の歴史

ちょっと対馬の人々、「朝鮮通信使」を誤解していませんか?

みなさん、こんにちは。

いやはや、対馬はいま存亡の危機にある。自衛隊が救援に向かわない限り、ますます韓国の領土と化すだろう。

揺れる対馬 「朝鮮通信使行列は中止だ」仏像問題で怒り、マナーにうんざり…それでも韓国観光客だのみ
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 韓国人窃盗団に盗まれた観音寺の「観世音菩薩坐像」の返還を、韓国の裁判所が差し止める仮処分をした問題で、日韓対立の発火点となった長崎県対馬市。古来、交易や外交の窓口として朝鮮半島と密接な関係を持ち、年間15万人の韓国人観光客が訪れる風光明媚な島で住民の気持ちは揺れていた。(田中一世)

 「対馬をバカにしている。こんな無礼な国と友好を深める必要があるのか? 朝鮮通信使行列(の再現パレード)はもうやめた方がいい!

 毎年8月に開かれる「厳原港まつり対馬アリラン祭」の主催者で、地元企業などでつくる同祭振興会の山本博己会長(50)はこう語気を強めた。

 祭りのメーンイベントは、江戸時代に対馬藩が仲介役を果たした李氏朝鮮の外交使節団「朝鮮通信使」の行列を約400人で華やかに再現したパレード。韓国から毎年舞踊団ら約40人を招待しており、対馬と朝鮮半島の交流を象徴する催しとして30年以上定着してきた。

 島内には「まるで韓国の祭りだ」と反対の声もあったが、山本氏らは「日韓友好のためだ」と説得した。だが、観音寺の仏像問題をめぐる韓国側の対応に堪忍袋の緒が切れた。

 「韓国人との付き合いも多く、いい人もたくさんいるが、もう韓国という国に我慢ならん。パレード中止は対馬にとってマイナスだという意見もあるだろうが、今年もやるというなら私は会長を降ります」

いやはや、対馬の人たちは何を考えているのだろうか?

「朝鮮通信使」は、戦後の「朝鮮進駐軍」同様に、悪辣非道の外道の集団だったのだ。だから、今の韓国人そのものなのである。朝鮮人はこの数百年間まったく変化していない。
今日は、朝鮮人復讐法案「人権侵害救済法案」の日:可決vs阻止、はたして?
朝鮮通信使

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(もう日本人が何人か殺されていますナ。)
朝鮮進駐軍
拡散希望:「朝鮮進駐軍の非道を忘れるな」
朝鮮進駐軍の非道を忘れるな 1
朝鮮進駐軍の非道を忘れるな 2
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上の朝鮮通信使の絵を見ても分かるように、道行くものは略奪、強奪、強姦、殺人したという。そのため、護衛のために、朝鮮通信使の人数の倍ほどの日本人の護衛をつけなければならなかったという。

まあそんなわけだから、自衛隊の特別部隊を対馬に常住させるか、警察の特殊部隊をつけるか、あるいは、海上封鎖するか、韓国人の訪日を禁止するか、あるいは、対馬の人々には自衛手段として武器使用を認めるか、すでにそういう段階なのである。
【緊急拡散】在日韓国人が対馬住民に殺害予告!!!!!【これは酷い】「対馬の人間など自衛隊に虐殺されてしまえ」「対馬の土人をブッ〇してえなあ」
こんな状況にもかかわらず、ミンス党の有田はこんなことを言っているとか。狂っていますナ。
民主党 朝鮮ヤクザとタッグを組む有田芳生議員の正体

政治にあまり興味がない方にも、国会議員である有田議員が合法で行われているデモ、憲法21条表現の自由として定められている行為に対して、朝鮮ヤクザと手を組んで彼らのことを「差別主義者」とレッテルを貼り排除しようとツイッターで呼びかけていることに注目して欲しい。
国会議員という立場を利用してちゃんと許可取ったデモ潰そうと呼びかけている。
有田氏のでたらめなツイートに対する多くの日本人たちの秀逸な意見にも注目して欲しい(ごく一部のみ抜粋)。

有田芳生 ‏@aritayoshifu
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東京でデモは東京都公安委員会が許可を出します。在日韓国・朝鮮人を「殺せ!」と絶叫する在特会(桜井誠こと高田誠会長)などの人種差別・排外主義者たちのデモコースを変更させる署名運動がはじまりました。http://goo.gl/ctK5V  ご協力と普及をぜひお願いします。
https://twitter.com/aritayoshifu/status/315099578317819904

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  by KiKidoblog | 2013-03-25 00:14 | 真の歴史

「アムステルダムの光芒」:自虐史観にノー!

みなさん、こんにちは。

さて、先日私は、
「世界が学び続けるとてつもない日本」:正々堂々と生きよう、日本人!

みなさん、こんにちは。

政治の世界においても中山成彬議員によって、戦後の偽タブー時代が終焉し、やっと戦前戦中戦後の一本の棒の如き偽物のつっかえ棒が外された。それにより、欧米人だけが知っていた、戦前戦中戦後の真の棒の如きものが新たに掘り出されつつある。その「新たなる棒の如きもの」とは、戦前にアインシュタインが感銘し、江戸時代や明治時代に日本を訪れた外人さんたちが感銘したものである。

戦後に米英中ソに巣食った偽ユダヤ人たちによって植え付けられ自虐史観やそのたぐいのものも、いまではそれらの国々の一般の国民たち自らの手で外されつつある。欧米列強の奴隷であった白人もロシアに支配されていたエストニアやノルウェーも日本人の「人種差別撤廃」運動や日露戦争勝利により、開放されたのである。欧州の白人社会自体の奴隷制崩壊もまた日本という国の存在無くして語れないのである。
のようにメモしていたが、この意味があまり良くわからない人がいるかもしれないので、今回はそういう例を2つほどここにメモしておこう。以下のものである。

オランダ人の場合
アムステルダムの光芒【照らされた日本の誇り】

イギリス人の場合
1942.2.28英軍士官が知った日本精神


「悪いのはアジアを100年200年、ところによっては350年もの間植民地化し、アジア人を奴隷化してきた西洋の白人の方なのである。」
「日本人はアジアのために、有色人種のために血を流した。」
「だから、卑下することは何もない。世界を今ある形にしたのは日本人なのだ。」
「そういえば良い。」
「しかも日本軍は敵兵すらも人道的に、武士の情けをかけ救助した。」
「こんな国は他にはなかった。」

西洋人自らが、正直にそう語っているわけですナ。

正義はゆっくり動く。まさにその通りのなである。


おまけ:
これに対して米軍がやっていたのがこれだった。
「孤高の鷲」:"Justice moves slowly!" 正義はゆっくりと動く!

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 わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。われわれは文明のために戦っているのだと主張されている。ところが南大平洋における戦争をこの目で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う。 事実、この点に関するわれわれの成績が日本人のそれより遙かに高いという確信はもてないのだ。
––– チャールズ・リンドバーグ

アメリカ軍の戦争犯罪


特攻隊員を処刑するアメリカ軍

事実は全部逆だったんですナ。
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  by KiKidoblog | 2013-03-22 21:23 | 真の歴史

ファインマンさんがガンになった時、ポーリングが言った:「ビタミンCを飲め!」

みなさん、こんにちは。

かつてロシアの物理の超天才,
レフ・ダビドビッチ・ランダウ
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が交通事故で瀕死の重傷を負ったとき、世界中の脳外科医がかけつけ、ランダウの脳手術を繰り返し、なんとか一命はとりとめたという。その後、ランダウの脳損傷は、普通の人であれば、もう二度ともとには戻らないだろうというほどのとてつもないものだったのだが、その後努力して高校生の物理程度は理解できるように復活したという。

さて、一方アメリカの物理の超天才、リチャード・ファインマンは晩年にはかなり重症のガンになった。そんな時、やはり世紀の天才の一人には世界中から救いの手が差し伸べられたようである。そんな状況が
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には出ている。

この本は大分前に買って持ってはいたのだが、一度も中を読んでいなかった。そこで最近中をちょっと見ているうちに、何カ所か実に興味深い場面に出くわしたというわけである。

どうもリチャード・ファインマンは、同じくアメリカ人だがノルウェーの超天才である
ラルス・オンサーガー
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とソ連のランダウに対しては特別の親近感を抱いていたふしがある。物理のスケール、物理の幅の広さ、単純明快さ、こういったところでお互いに引かれていたものと思われる。

そんな話がところどころにあるのである。

さて、今回は、そんなファインマンがガンになった時のことをメモしておこう。

彼がガンになった時、真っ先にある人物からガンをなくすための処方箋が送られて来た。その手紙を書いたのは、ノーベル賞を2回取った、
ライナス・ポーリング博士
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だった。ポーリングは、ファインマンに「ビタミンCをたくさん飲め」と言ったのである。

その主旨は、腹部の悪性腫瘍は深刻だから、5年の生存率より低い。化学療法は効果ないから、英国ではこの種のガンにはほとんど使われていない。最良なのはただちにビタミンC摂取量を増やすことだ。少なくとも1日に20g以上飲め。自分の知っている男は1日60g以上飲んでいるが、大分良くなって今では1日35gまで下がって来た。とにかくビタミンCをとれ、そして継続しろ、というようなものであった。

さすがに「ビタミンC」で2度目のノーベル賞を取った人である。

ところで、上の写真の模型は「タンパク質のαへリックス構造模型」というものであるが、ポーリングはこのαへリックスの構造解析によって一度目のノーベル化学賞を受けたのである。そして、ワトソンークリックとDNAの構造解析で競争をしたが残念だったという歴史が残る。

さて、何年か前、私はフラーのシネジェティクスの分子化学への一つの応用例として、正四面体ー正八面体だけでできる構造物を研究したことがある。これを使って、タンパク質やDNAの構造が作れないかと探ったのである。

ところが、予想通り、「四面体ー四面体ー正八面体の繰り返し」、「四面体ー八面体の繰り返し」により、αへリックスの構造を導くことに成功したのであった。それがこれだった。
Octet Truss Spirals
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ポーリングの写真の構造が、上の右側の上から見ると5回対称のものに対応する。実は、もっと複雑なDNA構造も四面体のユニットをたくさん使うとできたのだが、ある時これを壊して以来二度と同じものが作れていない。真夏の世の夢であった。しかし、上から見ると8回対称のDNAができたのである。

一度私の師ビル・サザーランド博士が我が家を訪れた際、この模型を見せたのだが、ポーリングの時代からすれば、「It's too late!」、遅すぎた、というお言葉を頂いたものである。

ついでにもう一つの面白い話をメモしておこう。

日本にも日本の超天才の一人である、
鈴木増雄博士
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という物理学者がいる。彼は、物理学会会長もしたことがある。東大の
久保亮五博士
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のお弟子であった。

鈴木博士が、ブラジルに行った時、海水浴をしたら、あっという間に海の沖合に流されてしまったという。このままでは岸に戻れず溺れ死ぬ。自分は物理学者だからここで溺れたら物理学者の名に恥じる。そんな場合にどうしたか?という話がこれにでていた。以下のものである。
「自然はゆらぎを好むが無駄を嫌う~熱エネルギー・エントロピーの魔力~」
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海でおぼれて死ぬ事故の大部分はこの離岸流が原因で す。今日帰ってこの話をご家族に伝えるだけで、命が助かることが将来あるかもしれません。私 は数十年前に命がけの実体験をしました。ブラジルで泳いでいるときに、あっという間に数百メ ートル沖に流され、岸に戻ろうとしてもとても私の力では戻れないことが流速を計算してすぐに 分かりました。流速は秒速2m近くあり、私の泳ぐ速度では到底戻れない。

しかしここで死ぬわけにはいかないし、この現象は自然現象であり物理学の基本に従って起こっている現象なのだから、解決法を見つけられずに死んだら私の物理学は本物ではないだろう。 そう思い2、3分真剣に考えたところ、もしこの流れが海岸全体に起きているのであれば、海岸の水はすぐなくなってしまうはずだ、どこかに寺田寅彦の言うような自然界の縞模様的な構造が できているに違いない。

こう考え横に数十メートル泳いだところで、波が沖から来ているのに気が付き、ここは逆に流れていると悟って岸に泳ぎ着きました。ホテルに戻ってボーイにこの話をしたら、「あそこの海岸では毎年死ぬんですよね」とさりげなく言われたのが印象に残っています。


さて、仮に私が病気で死の淵にさまよった時、はたしてだれかが手助けしてくれるだろうか?まあ、そんなことはまずないはずである。むしろ、「早く死ね」と言われかねないかもしれない。

そんなわけで、私がガンを宣告された時、私のこれまでのリサーチで最も有効だと考えていることを行うことにしているのである。

何か? 

この際だから、メモしておこう。

それは、断食である。すると、断食によって、身体の中で兵糧攻めになった普通の細胞たちが、余分なガン細胞を餌と間違えて全部食い尽くすのである。この現象をオートファジー(自食)という。

断食せずにすむことを祈るのみですナ。
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  by KiKidoblog | 2013-03-13 18:03 | 真の歴史

今日は「226事件」の日:歴史に学ぼう、日本の”痛〜〜い歴史”を!?

みなさん、こんにちは。

今日は「2・26」、ニニ六事件が起こった日である。最近、故太田龍氏が、この226事件について語った講演会の映像がYouTubeに出回っているようである。今回はこれをここにもメモしておこう。

1990年代、まだ日本国民がバブル崩壊後にまだその栄華の残像に酔いしれていた頃、太田龍氏はいまではすでに常識となった「イルミナティー」や「NWO」や「シオニスト」や「フリーメーソン」などの、いわゆる「陰謀暴露」を行なっていた。デービッド・アイクの本やジョン・コールマン博士の「300人委員会」を世に出したのもまた太田龍氏であった。

当時はおよそこういう話題を取り上げるものはなく、宇野正美氏や太田龍氏くらいのものであった。そこへ、若きベンジャミン・フルフォード氏が、中丸薫氏のイニシエーションによって「陰謀系」に参戦した。そして、太田龍氏に絡んで死へ追いやった。とまあ、そんなのが真の歴史である。ちなみに太田龍氏の下をデービッド・アイクは訪れている。
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デービッド・アイク日本語版復活!

さて、その故太田龍氏の講演とは以下のものである。1〜14まである。

この中で紹介されている、バーガミニが取り上げている「決起主意書(蹶起趣意書)」とは次のものである。
蹶起趣意書(二・二六事件)

(昭和十一年二月二六日)

---

 謹んで惟るに我が神洲たる所以は万世一系たる天皇陛下御統帥の下に挙国一体生成化育を遂げ遂に八紘一宇を完うするの国体に存す。此の国体の尊厳秀絶は天祖肇国神武建国より明治維新を経て益々体制を整へ今や方に万邦に向つて開顕進展を遂ぐべきの秋なり。

 然るに頃来遂に不逞凶悪の徒簇出して私心我慾を恣にし至尊絶対の尊厳を藐視し僭上之れ働き万民の生成化育を阻碍して塗炭の痛苦を呻吟せしめ随つて外侮外患日を逐うて激化す。所謂元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政党等はこの国体破壊の元兇なり。倫敦軍縮条約、並に教育総監更迭に於ける統帥権干犯至尊兵馬大権の僭窃を図りたる三月事件、或は学匪共匪大逆教団等の利害相結んで陰謀至らざるなき等は最も著しき事例にして、その滔天の罪悪は流血憤怒真に譬へ難き所なり。中岡、佐郷屋、血盟団の先駆捨身、五・一五事件の憤騰、相沢中佐の閃発となる寔に故なきに非ず、而も幾度か頸血を濺ぎ来つて今尚些かも懺悔反省なく然も依然として私権自慾に居つて苟且偸安を事とせり。露、支、英、米との間一触即発して祖宗遺垂の此の神洲を一擲破滅に堕らしむる、火を見るより明かなり。内外真に重大危急今にして国体破壊の不義不臣を誅戮し稜威を遮り御維新を阻止し来れる奸賊を芟除するに非ずして皇謨を一空せん。

 恰も第一師団出動の大命渙発せられ年来御維新翼賛を誓ひ殉死捨身の奉公を期し来りし帝都衛戍の我等同志は、将に万里征途に登らんとして而も省みて内の亡状憂心転々禁ずる能はず。君側の奸臣軍賊を斬除して彼の中枢を粉砕するは我等の任として能くなすべし。

 臣子たり股肱たるの絶対道を今にして尽さずんば破滅沈淪を翻すに由なし、茲に同憂同志機を一にして蹶起し奸賊を誅滅して大義を正し国体の擁護開顕に肝脳を竭し以つて神州赤子の微衷を献ぜんとす。

 皇祖皇宗の神霊、冀くば照覧冥助を垂れ給はんことを。

昭和十一年二月二十六日

陸軍歩兵大尉 野中四郎
外 同志一同
この中の赤文字にした部分が、太田龍が「読めない字がある」といった部分である。調べてみると、「苟且偸安」は「こうしょとうあん」と読む。「苟且」(こうしょ)とは、「その場限りの間に合わせのこと=かりそめのこと」という意味である。「偸安」(とうあん)とは、「目先の安楽を求めること」という意味である。要するに、両方合わせて「苟且偸安(こうしょとうあん)」とは、「その場限りのかりそめのことや目先の安楽を求めること」という意味になる。

この現代語訳もいまではあるようである。以下のものである。
現代語訳

決起趣意書

謹んで思いめぐらしますに、我国が神州である理由は、万世一神である天皇陛下御統率のもと、国を挙げて一体となり、生々化育(自然が万物を育て、宇宙の運行を営むこと)を遂げ、ついに八紘一宇(世界を一つの家とする)を成し遂げる国体にあります。この国体の尊厳・秀逸さは、天祖(天照大神)が国をはじめ、神武天皇が建国したときから、明治維新を経てますます体制を整えており、今やまさに万国に向かって開顕進展を遂げるべきときであります。

しかし、このごろ、ついに不逞凶悪な輩がむらがり出て私心・私欲をほしいままにし、天皇陛下の絶対的な尊厳を軽視して身分を超えたおごりたかぶりが働き、万民の生々化育を阻害して、塗炭の苦しみにうめかせています。そのため、外国に侮られ、外患が日を追って激化しております。

いわゆる元老・重臣・軍閥・官僚・政党などがこの国体破壊の元凶であります。ロンドン海軍条約ならびに教育総監更迭における統帥権干犯、天皇陛下の兵馬の大権を身分を越えて盗もうとした三月事件、あるいは学者や共産主義者、大逆教団の国賊どもが利害において一致し、陰謀をめぐらしていたというのは最も著しい事例であって、その勢いの盛んな罪悪は、血を流すまで憤怒してもたとえることは難しいほどであります。中岡、佐郷屋、血盟団がさきがけて身を捨て、五・一五事件がわき起こり、相沢中佐が刀をきらめかせたのも、本当に理由のないことではございません。

しかも、何度か首から血を吹き出すようなみそぎを経た今もなお、わずかのざんげ・反省もなく、しかも依然として私権・私欲を握って、まにあわせの一時しのぎに汲々としております。ロシア・支那・英・米との間は一触即発、代々の天皇がお残しになったこの神州を一投げで破滅に陥れてしまうのは、火を見るよりも明らかなことであります。

内外まことに重大危急、今、国体破壊の不義不臣を誅殺・殺戮して、御稜威(みいつ=天皇陛下のご威光)を遮り御維新を阻止してきた奸賊を刈り除かねば、皇謨(天皇の国家統治のはかりごと)をだいなしにしてしまうでありましょう。ちょうど今、第一師団出動の大命が発せられ、年来御維新翼賛を誓って国に殉じ身を捨てる奉公を望んできた帝都常駐の我ら同志は、万里の征途に上ろうとしておりますが、国内を顧みて、そのありさまを見るにつけ、憂いの心がどうしても抑えられません。君側の奸臣・軍賊を斬り除き、連中の中枢を粉砕するのは、我らの任務として全うすべきことであります。臣下であり股肱の臣としての絶対的な道を今尽くさなければ、破滅・零落を防ぐことはできません。

ここに同じ憂いを有する同志が機を一つにして決起し、奸賊を誅滅して大義を正、国体の擁護開顕に知恵のありたけを尽くし、それによって神州人民の真心を献上いたしたい。

皇祖皇宗(天皇歴代の祖先)の神霊、ねがわくば照覧たまわり、陰に援助をたまわらんことを

 昭和十一年二月二十六日
                  陸軍歩兵大尉 野中四郎
                         ほか同志一同

さすがにこの現代語訳もかなり古臭い。そこで、最後にもっと現代の普通の言葉に直して、終わりにしよう。
決起主意書

でしゃばって申し訳ないですが、よくよく考えると、我が国が神の国である理由というものは、太古からずっと継続した唯一の神である天皇陛下の統率の下で、国を上げて一体になって、自然が万物を育て、宇宙の運行を営むように社会を発展させるということ(生々化育)を実現し、世界を一つの家のようにすること(八紘一宇)を成し遂げた国のあり方にあるように思います。この国のあり方の尊い気高さや優秀さは、天照大神が国をはじめ、神武天皇が建国したときから、明治維新を経てますます体制を整えており、今やまさに世界諸国に向かって大躍進をとげるべきであると思います。

しかし、このごろでは、ついに不遜で凶悪な連中が群がって現れ始め、個人のエゴや欲で好き勝手にやり、天皇陛下の絶対的な尊厳を軽く見て、自分の身分をわきまえずに驕り高ぶりが目立っています、全国民の育成発展を邪魔し、ひどい苦しみにうめかせています。そのため、外国から侮辱され、外国からの攻撃や圧力が日に日に増してきています。

いわゆる元老・重臣・軍閥・官僚・政党などがこの国の有り様を破壊する諸悪の根源です。ロンドン海軍条約ならびに教育総監更迭で我が国の統帥権が他国からの干渉によって侵されたこと、天皇陛下が軍隊を統治する権限を身分を越えて盗もうとした三月事件、あるいは学者や共産主義者、カルト宗教の教団のスパイや工作員どもが利害において一致し、陰謀をめぐらしていたというのは最も著しい事例であって、その勢力の勢い余る罪悪は、血をみるまで憤怒してもしかたないほどです。中岡、佐郷屋、血盟団が、だれよりさきがけて身を捨てたり、五・一五事件がわき起こったり、相沢中佐が刀をきらめかせたりしたのも、本当に理由のないことではありません。

しかも、何度か首から血を吹き出すようなみそぎを経た今もなお、わずかのざんげ・反省もなく、しかも依然として私権・私欲を握って、間にあわせの一時しのぎに汲々とし、目先の利益や快楽にふけっています。ロシア・支那・英・米との間は一触即発で、代々の天皇たちがお残しになられたこの神の国日本を一投げで破滅に陥れてしまうのは、火を見るよりも明らかなことです。

国内も海外情勢もまことに重大な危機的状況にあり、今、国のあり方を破壊しようとしている不届き者の人々を誅殺・殺戮して天皇陛下のご威光(御稜威)を遮り、維新の目的の邪魔をしてきた、心のねじけた者や憎むべき悪者を刈りとらないと、天皇の国家統治の計画(皇謨)を台無しにしてしまうでしょう。ちょうど今、第一師団出動の大命が発せられ、長年の御維新のために力を添えて助けることを誓って、国に殉じ、身を捨てる奉公を望んできた帝都常駐の我ら同志は、極めて道の険しい征伐への道に上ろうとしていますが、国内を振り返ってみても、そのありさまを見るにつけ、憂いの心がどうしても抑えられません。君主のおそばにいる邪悪な心を持った官僚・軍の犯罪者を斬って取り除き、連中の中枢を粉砕するのは、我らの任務として全うすべきことです。臣下であり、主君の手足となって働く、最も頼りになる家来や部下の一国民としての絶対的な道を今尽くさなければ、国や国民の破滅や没落を防ぐことはできません。

ここに同じような憂いを持つ同志が機を一つにして決起し、心のねじまがった憎むべき悪者たちを討ち滅ぼして、人として守るべき道義、国家•君主への忠義、親への孝行を正し、日本の国を侵害や危害からかばい守ることやその発展のための知恵のありたけを尽くし、それによって神の国の国民である日本人の真心を献上いたしたい。

天皇歴代の祖先(皇祖皇宗)の神霊、もし我々の願いが叶うなら、それをはっきりと見ていただき、陰に援助をしていただきたいと思います。

 昭和十一年二月二十六日
                  陸軍歩兵大尉 野中四郎
                         ほか同志一同

いやはや、この青年将校たちの決起書の文面を読めば読むほど、その心情が痛いほどわかる。涙が流れるほどに、よく分かる。いまもまったくこの226事件の時を同じような状況になってしまったからである。

まあ、今では、その中にある「不逞凶悪な輩」とか、「私心・私欲をほしいままにする連中」とか、「おごりたかぶった連中」とか、「元老・重臣・軍閥・官僚・政党などがこの国体破壊の元凶」とか、「奸賊」とかいうのは、欧米の「フリーメーソン」やら「シオニスト」やら、「国際金融寡占団」とか、「NWO」とかいう連中の手下や共謀者であったことが明白になったわけである。その目的も明らかになった。すでに世界中の普通の人たちが知っているのである。

例えば、どうやら最近ではこんな本も出ているとか。
金融ワンワールド
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ユダヤとは何か? 落合先生の最新刊、 金融ワンワールド 落合莞爾著を読む [ユダヤ]
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いずれにせよ、偽ユダヤ人や在日朝鮮人に金を借りたらもう終わりである。奴隷化、性奴隷化されかねない。挙げ句の果ては土左衛門。金銭授受のない「トモダチ」関係までだろう。

青年将校たちの志は、まったくもって理にかなったものだった。まったく似たような状況に置かれた今現代、はたして226事件を起こしたような、血気盛んな青年将校たちはまた現れるのだろうか?

まあ、誤解なく言えば、仮に現れてももう遅い。世界はすでに死んでいる。もう詰んでいるんですナ。ご愁傷様、というやつだ。世界人類は気づくのが遅すぎた。明治維新の頃に気づくのでも遅すぎた。私の分析では、フランシスコ・ザビエルの頃なら間に合った。

あと我々にできることは、地中に穴掘って逃げることだけですナ。

アーメン、世も末ですナ。


おまけ:
蛇足ながら付け加えておくと、226事件の時代に「奸賊」と言われたのが、九州(福岡)や長州(山口)出身の部落や朝鮮人から成り上がった当時のエリートである。その時代には、そういう連中を欧米のシオニストやフリーメーソンがうまく利用した。これが世襲により3,4代経った、今の麻生や安倍のご先祖さまの一部である。

一方、現代において同じような役割を担っているのが、戦前戦後に逃げてきた、つまりエクザイルの在日朝鮮人である。戦後すぐには、闇市時代に朝鮮ヤクザだった在日韓国人(高麗人)を使った。創価学会のソンテチャク、電通の成田であった。そして平成の時代にはそれが孫正義であり、大半のIT長者である。ホリエモンもその一人。戦後は、こうした在日朝鮮人を欧米のシオニストやNWOが利用しているわけである。連中はだれにでも金を貸すわけではない。自分の目的(真の目的や影の目的)成就のために金を出す。これがいわゆる「在日エリート層」である。いまどき赤や黄色のフェラーリに乗っているのはほとんど100%在日朝鮮人である。

しかしこういったやり方は、西洋世界では古来からよく知られたもので、いわゆる「白人」の伝統的な支配手法の1つに過ぎない。通称、「マイノリティーによる支配」というものである。その社会の中で一番だめなやつ、一番レベルの低いやつに地位や名誉や金や女の魔羅をちらつかせて餌にして、言いなりにし、いつでも死んでいいような連中に自分の身代わり(代理人とていよく呼ぶ)にするという手法である。もうすでによく知られているやり方である。一説では、それがタルム−トの時代から来たやり方だと言われている。実際、英国の貧民のピューリタンがアメリカに渡ったころはそうでもなかったが、ユダヤ系やマラーノ(隠れユダヤ)が渡ったあたりから、インディアンの大虐殺が始まったという。

実は、かの「聖母マリア様」が一番嫌っているのが、このやり方らしいヨ。

さて、ところで、私個人が興味を持っているのは、そういうものは遺伝するのかしないのかということである。私の予想では、それは遺伝する。だから、恐ろしい。連中は「タルムードの教え」とかなんとかいうが、実際にはそうではなく、単に誰にも教わることもなくそうするというもの、遺伝子に刻まれているものだろうということである。そういう遺伝子が西洋人には存在する。それに一番近い発想が、アイクのいう「レプティリアン説」である。私はそういうふうに感じている。

おまけ2:
秋元康氏らがメンバーに 政府のクールジャパン推進会議
 安倍内閣は26日、日本のファッションや文化を海外に売り込む方法を話し合う「クールジャパン推進会議」(議長=稲田朋美クールジャパン戦略担当相)を設けた。

 会議は関係省庁の副大臣と、「AKB48」プロデューサーの秋元康氏ら7人の有識者でつくる。コンテンツの輸出を増やすための官民連携のあり方や、情報発信の方法について提言をまとめる。提言は、6月に政府がつくる成長戦略に盛り込む。

 秋元氏のほかの有識者は次の通り。角川歴彦(角川グループホールディングス会長)▽金美齢(評論家)▽コシノジュンコ(デザイナー)▽佐竹力総(日本フードサービス協会理事)▽千宗室(茶道裏千家家元)▽依田巽(ギャガ会長)
いや〜〜、肝が冷えるとはこのことか? 全部、メーソンか朝鮮系じゃないか? いやはや、マスゴミは相変わらずですナ。裏千家が入っているところが味噌だよ。知っている人は知っている、裏の支配者とか。
 

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  by kikidoblog | 2013-02-26 11:36 | 真の歴史

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