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「すんません、南部博士からパクりました」ヒッグス博士:正直でよろしいですナ!

みなさん、こんにちは。

ヒッグス粒子のノーベル賞受賞以来、雲隠れしていたヒッグス博士。「晴れやかなお顔」でついに登場。
「南部博士の影響大」ノーベル賞・ヒッグス博士
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【エディンバラ(英北部)=石黒穣】2013年のノーベル物理学賞の受賞が決まった英エディンバラ大学名誉教授のピーター・ヒッグス博士(84)が11日、同大で記者会見を行った。

8日の発表の際に人前に姿を現さず、3日遅れの受賞会見となった。

ヒッグス博士は「南部陽一郎博士の研究から大きな影響を受けた」と明かした。

ヒッグス博士は1964年、物に質量を与えるヒッグス粒子の存在を予測し、今回の受賞が決まった。その基礎になる理論を提唱したのが、米シカゴ大名誉教授で、2008年の同賞受賞者の南部博士だ。ヒッグス博士は「1960年に研究の方向を見失っていたとき、南部博士の論文に興味をかきたてられた。彼の足跡をたどり、彼の理論で欠けていた要素を提供した」と語った。

まあ、実に正直者でよろしい。

どうやら、正直に「南部博士のアイデアをパクりました」と白状する路線に切り替えたようですナ。
それによって、気分も晴れ、一転して「晴れやかなお顔」で会見できたということのようである。

やはり何でもそうだが、正直にやるのが一番。

人のアイデアをパクって有名になってしまった場合には、「すみません、拝借いたしました」と言う方が気持ちがいいものである。

きっとこの雲隠れした3日間で
「自分のアイデアにするか、それとも、他人のアイデアにするか、それが問題だ」
ノーベル賞を受けるのは自分なんだから、別に南部博士のアイデアだったことを正直に話しても問題あるまいということになったんでしょうナア。

お見事!

さすがに、「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」のシェークスピアのお国の方。こういう時にその国民の民度が現れる。

日本人は、正直者には暖かいもんなんですヨ。だれもそんなことに目くじらは立てないでしょうナア。

しかし、相当に悩んだんでしょうナア。

とはいっても、南部博士は日本人初のノーベル物理学賞2つ受賞のジョン・バーディーン以来の快挙はならなかったということですナ。もっとも南部博士はノーベル賞程度なら5つほどもらっても問題ない超天才ですから、どうでもいいんでしょうナ。


おまけ:
ヒグス粒子は「パクリの粒子」!?:これで物理学の終焉でしょうナア!


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  by kikidoblog | 2013-10-12 12:52 | 人物

ザッケローニの解任はまだか?:日本代表に見るものなし。「サムライ」の名を返上すべし!

みなさん、こんにちは。

今朝深夜早々の
日本vsセルビア戦

http://www.goal.com/jp/match/124719/セルビア-vs-日本/report
を見たが、いやはやもはやつける薬なし。

(あ)この試合に関してはすでにこんな評価屋の意見もでている。
セルビアに惨敗… 植田路生の「どこよりも早い採点」 5点がついたのは内田だけ、柿谷は3点と散々

■どこよりも早い採点 -植田路生- (>>2-5あたりに続く)

川島永嗣 4 途中不用意な飛び出しであわやという場面も。
吉田麻也 4 お粗末なクリアで大ピンチを招く。前から奪いに行っては相手に簡単に入れ替わられた。
今野泰幸 4.5 激しく行くのはいいが、ファウルが多すぎる。
長友佑都 4 攻撃面でらしさ発揮出来ず。左サイドは日本の生命線。彼が輝けないと苦しい。
内田篤人 5 守備陣では一番良かった。決定機も防ぐ。クロスを上げる場面が少なかったのが残念。
遠藤保仁 4.5 本調子ではなかった。守備では弱さを露呈し、攻撃では上手く組み立てることが出来なかった。
長谷部誠 4.5 攻撃ではやや迫力に欠けた。失点シーンでは得点者のタディッチを簡単に見放した。
本田圭佑 4.5 停滞した展開こそ彼が打開しなくてはならない。違いをつくることが出来ず。
香川真司 4 ゴール近くでほとんど自分のプレー出来ず。キレもなく、唯一の決定機も外した。
岡崎慎司 3.5 柿谷との連携が悪い。裏への飛び出しはほとんど読まれ、DFに付かれていた。
柿谷曜一朗 3 決定機は1つあったが、それ以外は何も出来なかった。

細貝萌 4 失点の原因となる痛恨のパスミス。アピール出来なかった。
清武弘嗣 4.5 悪い流れを変える働き。ただ劇的に変わったわけではない。
乾貴士 4 時間も少なかったが引いた相手を崩しには至らず。
ハーフナー・マイク - 出場時間少なく採点不可。

ザッケローニ 4 チームのあり方を考え直す時期。遠藤などコンディションの悪い選手はもっと積極的に交代しても良かった。

フットボールチャンネル 10月12日(土)4時16分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131012-00000001-footballc-socc

まあ、サッカー協会のご威光の前ではマイルドにならざるを得ない状況下では、かなりシビアなまっとうな意見である。

(い)しかしながら、私個人の見方ははるかに厳しい。

ザッケローニは即刻解任すべし。もはやザッケローニにつける薬なし。今ならまだ間に合う。が、あと二三ヶ月したらもう手遅れ。

まあ、しかし、日本サッカー協会の役員は元々日本リーグ時代の選手だった連中、貧乏グセが抜けず、今の高給役職を手放す気にはならない。だから、どうしても手ぬるくなる。

いまのザッケローニのサッカーは、その昔イタリアサッカーが壊滅的に弱くなった頃のサッカーに似ている。3-4-3にこだわるために、基調となる4-2-3-1も機能しなくなる。

そこへ行くと、王国には基調となる自分の国の持つスタイルがある。

ブラジルは伝統の「ダブリューエムシステム(W-M)」がある。つまり、3-2-2-3がある。これが貴重になって、4-2-4ができ、さらにそこから4-4-2や3-5-2ができている。これは、要するに疲れ知らずのミッドフィールダーを必ず2人置き、走らせ続けるというスタイルである。それを時代に応じて、守備的ハーフといったり、ボランチといったり、中盤の底といったり、汗かき役といったり、日本では時流で言い方を変えるからわからなくなってしまうが、ブラジルは常にボランチと呼ぶ。「ダブルボランチ=2人の超絶スタミナハーフ」を置くのである。すべてがここからはじまる。これが、ブラジルのスタイルの基調である。

無敵艦隊スペインは、三角形のフラクタルフォーメーション。これが基調になる。

日本ではギャップに入るというように、物理学の世界でもそうだが、キーワードに陶酔するタイプが多い。だから、二列目の飛び出しとか、ギャップに入るとか、縦に早い攻撃とか、カウンターとか、こういう言葉が先に来てしまう。かっこいい言葉をしゃべると何かすごいことをやっているというような錯覚に陥ってしまうというメンタリティーがある。もちろん、選手にもある。これが問題になる。

しかし、スペインの基調は戦術的ピリオダイゼーション理論のフラクタルなのだから、大きな三角形の中に中位の三角形を作る。その中位の三角形の中にもっと小さな三角形を作る、こういうフォーメーションを崩さずに、ショート、ショート、ロング、ショート、ショート、ロングのリズムで相手を崩す。そういう基調がある。小さい三角形内でパスをつないで、それより大きな三角形につなぐ。だから、自然にショート、ショート、ロングのリズムが出来る。言い換えれば、フォーメーションが自ずと攻撃のリズムを作るのだ。

ドイツは基本的に全員攻撃全員守備である。だから、カウンターと言ったら、全員がいっしょに付いて全力疾走する。だから、あっという間に相手陣内がドイツ選手で溢れかえる。守りは守りで全員がゴール前にブロックを作る。これがゲルマンスタイルの守備である。ドイツにはこの全員攻撃全員守備の基調がある。

イタリアにはイタリア特有の基調がある。それは、走りこんだ選手を第三の男にするというものである。だれかが直線的に走りこめば、最終的にその選手に合わせるように、まわりがお膳立てをする。こういうスピーディーさがある。切り込みジャックである。守りは基本的にローマ兵のようにカテナチオである。このカテナチオと特攻兵のトロイの木馬戦術がイタリアの基調になっている。

ところが、日本はいつもいつもその時々のW杯優勝国に心酔してしまう。西ドイツが優勝すれば、西ドイツスタイルのコンチネンタルサッカー。テクニックのブラジルが優勝すれば、ロナウドやロナウジーニョの真似をする。アルゼンチンが優勝すれば、ケンペスやマラドーナの真似をする。スペインが優勝すれば、今度はイニエスタやシャビの真似をしようとする。これが今現在の状況である。

オシムはそれを嫌い、そろそろ独自のサッカーに徹するべきだといっていい方向に出発した。ところが、どういうわけか、日本に強くなって欲しくない日本国内の勢力がオシムに毒を持ったのか知らないが、一番大事な時にオシムは脳溢血になった。野球の長嶋監督と同じである。おそらく、ワーファリン(ホウ酸団子)をもられたのだろう。もちろん、これは私個人の推測であるが。あまりに臭う。

その日本サッカーの方向性は、間違っていなかった。

なでしこジャパン同様に、日本男子の身体は小さい。女子のドイツやアメリカなどよりも劣っている。だから、なでしこジャパン的に基本に忠実なパスワークサッカーにならざるを得ない。そして、最後の最後はフリースペースに走りこんだ選手を活かすというやり方しかあり得ない。とまあ、そういうことになる。

ところが、だれも汗をかかず、つまり、だれも汗かき役をせず、だれも危険を犯さない。だれも冒険しない。こんな臆病なサッカーでは勝利は難しい。自分で責任をとるのが嫌だから(つまり、下手に試みて、自分のせいで失敗したとなるのが嫌だから)、すぐに後ろにパスをする。ちょっとでも前に敵が詰めてくれば、後ろにパスをする。この消極的姿勢では強豪には勝てない。

これはかつてブラジルのドゥンガが「ミスを恐れてミスをする」と言っていたものである。しかし、香川は味方のDFへのパスミスで3、4回ピンチに陥れたし、細貝は1回それをやって失点した。

(う)やっぱり香川真司は終わった選手だった。香川がいるとチームが崩壊する。これはすでに「定理」にすらなったようである。ひどすぎた。試合に出ていないベンチウォーマーだから、試合勘がなく、動きも鈍かったし、ボールタッチもひどかった。メンタルには相当に腐った観が出ていた。今ではもはや東原亜希並みの「疫病神」観もある。

いつまでザッケローニは香川真司を使うんでしょうナア。

なにやらだんだんブラジルに行く気がしなくなってきた今日このごろである。むしろ、いまは北朝鮮の高句麗王の墓を見たいという方向に変わりつつある今日このごろである。

アジアチャンピオンにもなれないし、Jリーグはチームが増えすぎて、我々の頃ではアマチュアの域を出ないものがプロになっているし、裾野を広げるのはいいが、「悪貨が良貨を駆逐する」有り様である。やはり、プロ選手にするときに、面接や知能テストや筆記試験もつけて、プロ選手にも「B級ライセンス」から「S級ライセンス」制にして、J1選手は「S級ライセンス選手のみ」というような感じでやらないと、選手間の意思疎通も難しいのではないだろうか。サッカーしかしてこないでサッカープロになったセレッソ大阪の選手たちと、東大にも入れたという伝説のある中田ヒデや大卒の宮本恒のようなプロ選手たちとでは、だいぶ知的に差があるのではないかという気がするのだが。

まあ、単純に一言で言えば、「いまの選手は知能が低い」ということである。野球なら知能が低くても身体が良ければある程度はできる。しかしサッカーはそういうものではない。なかなかその辺がサッカーの指導者層にはわからないようである。かの王様ペレは引退後スポーツ科学の博士号を取得したのだし、ウルグアイのフォルランは学者の道をやめてサッカー選手になったほどの頭脳の持ち主。こういう連中がサッカーのトップレベルを支えているのだから、いまのJユースの脳タリンマッチョサッカーでは太刀打ち出来はしない。そういうものなのですナ。せめて知能テスト位しろやJリーグ。

もはや、日本代表に望むものは何もない。

なかなか、日本の野球選手のようになれない日本のサッカー選手たち。
なんなんだろうなあ、これは?




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  by kikidoblog | 2013-10-12 12:05 | サッカー&スポーツ

「日本が大好き」外国人、その訳は?:いまいち分からないんだが???

とてつもない日本


みなさん、こんにちは。

最近はYouTubeなどに「日本が大好き」だというメッセージを日本語で語る外国の若者が非常に多い。どうしてそこまで日本人になりたい。日本に住みたいのかよくわからない。が、そんなものをいくつか見つけたのでメモしておこう。

日本の街角にあるカーブミラーが大好きだという人。
Mirror Mania in Japan!


日本のパンが好きなカナダ人の女の子
なんで日本のパンこんなに美味しいの?!


日本の虫ってすごいなぁ GIANT Spiders in Japan (T___T)


なんだか意味不明なんだが、とにかく日本人になりたがる青年
日本人になりたい


日本から自国に戻ってがっかりする外人青年
日本から帰ってきちゃった


日本人より日本人らしい外人
日本人らしい外国人


日本に住みたい理由って?
外国人_日本に死ぬほど住みたい理由S.wmv


日本の電車技術で動く中国電鉄に戸惑うキャスター
小日本鬼子の電車に大喜びで乗る中国人


新幹線の速さに大喜びする外人のしっかりした赤ん坊
新幹線の速さに 子供は唖然 oh! clapped


東京は素晴らしかったとお礼をいうポーランド人の女の子
東京はすばらしかった!


京都の穴場を知り尽くすポーランド人の若者
京都を案内する ☆ ポーランド人の留学生


ポーランド人は、日本人になりたいほど日本が大好きとか。
ポーランドの人は、日本人になりたいほど日本が大好き!


親日ポーランド人 1_2


いや〜〜、大変ありがたいことですが、このペースだといずれ我々日本人は駆逐されてしまんでしょうナア。アメリカ大陸もそうやってアメリカが大好きな西洋人で埋め尽くされてしまったわけですからナア。白人パワーに勝つのはなかなか難しいということがなんとなく分かるような気がするネ。結婚すれば、確実に日本人ではなくなってしまうんだからネ。



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  by kikidoblog | 2013-10-11 22:50 | アイラブとてつもない日本

乃木将軍の顔もやっぱり「イスラエル顔」だった!:宇宙戦艦大和の司令官のモデル!?

みなさん、こんにちは。

昨日、今中央アジアの勉強しているということをメモしたが、これは非常に興味深いことばかりなのだが、歴史が長く、すぐにはまとめることが出来ない。そこで、また、その際に偶然見つけたものをメモしておこう。

それは、「坂の上の雲」でも有名な、日露戦争の乃木将軍の写真である。現実の乃木将軍の写真を見れば、明治以前の高貴な位の人々の顔形がいま、韓国系電通マスゴミの繰り出す情報操作された日本史歴史捏造ドラマの配役たちの顔ともまったく違うのが分かるはずである。

「乃木希典」写真帖
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これを見ると、乃木将軍の顔が、
宇宙戦艦大和の司令官のモデル
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になっていることがわかるはずである。

このように、明治期の皇室や皇族、貴族の人たちの顔は、ユダヤ人やイスラエル人的な、濃い顔だったのである。現代人の朝鮮人化した平面三角顔ではなかったのである。

それが、いまの電通の捏造によれば、こうなる。
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この顔は、むしろ伊藤博文を暗殺した方の安重根の顔であろう。
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(どっかで見たような、日本の有名俳優にいるよナ。こんな顔のやつが。)

韓国皇帝が伊藤博文を「韓国の慈父」と呼んだ経緯~~~伊藤博文暗殺その1より。


電通とは24時間四六時中こういうことをやっている極悪非道の韓国民団広告塔のフロント企業にすぎない。
日本政府は即刻、電通博報堂を解体廃止すべきである!!!

まあ、もうすぐ連中の本国が消滅するから時間の問題だからどうでもいいのだがネ。

今年の最初の方で、今年のビルダーバーグは極東アジアの話が出たはずだヨって、私が忠告しておいたこともわかっていないらしいナ。

ちなみに、あの有名になった「照」さんは、大阪出身の生粋の韓国通らしいですナ。そこももう終わりだろう。例のゴールドキンタマンもそうらしいナ。怪しすぎますナ。

まあ、俺にはどうでもいいがネ。

ちなみに、拙者は大和派、邪馬台国の時代にも「ヒスイの勾玉」を作っていた民族の子孫というわけですナ。
山梨県教育委員会埋蔵文化財センター
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最後に、おまけとして、新羅(しらぎ)は最初の王の大半からして、倭国出身だったということから、こんな出で立ちだったらしい。
ヒスイの勾玉だらけの新羅王の王冠
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「ヒスイの勾玉」=「日本の王子」を証明しているというようなものでしょうナ。




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  by kikidoblog | 2013-10-11 14:12 | 人物

「高句麗を訪ねる」:北朝鮮のルーツは高句麗。美人の産地!

みなさん、こんにちは。

ここ最近は、物理からちょっと離れて、中央アジア付近の人種や民族と言語のことを調べている。まあ、そういうものは、ちょっと置いておいて、偶然興味深いブログを見つけたので、それをメモしておこう。

それは、中国ルートで北朝鮮に入って北朝鮮を旅してきたという日本人のおじさんのものである。

いかに日本の韓国系電通マスゴミのものと違っているかが良くわかる。以下のものである。
高句麗を訪ねる(1)
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安岳3号墳の壁画
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平壌行き飛行機の空港、欧米人で超満員。
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機内食
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48階建、羊角島国際ホテル全景
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ホテルの北朝鮮美人
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女店員のサービス、アリラン・トラジの合唱。見事、日本に連れ帰ってプロダクションに売り込める程のハーモニー。
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他多数。

高句麗を訪ねる(2)

開城工業地区の高麗博物館
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徳興里古墳
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羊角島ホテル内の朝鮮レストラン
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大同江畔に立つ国宝、大同門
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ほか多数。

というわけで、このおじさんの旅行の感想はというと、こんな感じでした。
* 最後に今回の旅行を振り返って私なりに感じたことを述べさせて頂きます。帰国して友人に話すと洗脳されて来たと笑いますが、悪い面を見せまいと隠しているようにも見えませんでした。
(1)ホームレス・物乞い・浮浪者・ボロを纏った乞食と会わなかったこと。東南アジアの諸国の様に昼から大勢街路に屯して雑談し合っている姿が見られなかった。身なりこそ、地味で男女とも黒一色で特に赤黄碧等の華やかな色を着た女性と遭遇しなかった。男性の喫煙者は非常に多い(半数以上か)女性喫煙者は見かけない。
(2)バスの車窓からの眺めで都会も田舎の人も忙しく動き回り、或は自転車で物を運んだり、勤勉さが見てとれた。 年々、良く成って行くと思われる。
(3)水位の低かった洪水地帯もダムのお陰で優良水田に生まれ変わり、列車の車窓から見た田畑は地平線の彼方まで良く耕されていて、我が国の様な休耕田は見当たらない。耕耘機等の機械は見かけず、人力がすべて、牛に曳かせる姿は稀に見かけられた。地味の肥えてない咸鏡北道の一部に洪水による飢餓があったと報じられ、韓国の食料援助を仰いだこともあったが、現在は大分改善され、自給自足出来ると見てとれた。
(4)都会には2輛連結の電車・バス、トロリーバス・地下鉄が走り大勢の人が通勤時には根気よく待っている姿があった。自家用乗用車・自家用軽トラック等は殆ど所持せずタクシーあれど使用者が少なく従って、どの道路もガラガラ、渋帯は全然見られない。車に頼る経済成長国は若者の脚の耐久力も弱るが、良く歩き、自転車を漕ぐ北朝鮮の人々は健康に良い。果たしてどちらが幸福か?考えさせられる。
(5)大学は出たけれど就職・結婚出来ず、将来の希望を失いつつある日本。生活水準は低いがすべて(初老を含む)の人が働く事が出来る北朝鮮。人間の幸福とは?福沢諭吉ではないが「人の幸せは天職が有る事だ」と述べているが、考えさせられる。
(6)平壌空港に着くと2人の日本語堪能な男性ガイドが待って居た。1人で良いのに、もう1人は誰を監視するのか? 彼等の胸には金日成主席の顔写真と北鮮の旗のバッチが燦然と誇らし気に輝いていた。説明の李さんはカラオケを熱唱したり人懐こかったが、金さんは無口で厳しい目つきで、一寸怖い感じだった。
(7)平壌を除き、地方都市(例、開城市)は電力が不足気味、現在の我が国のようである。
(8)物資の輸送は車ではなく人力が貢献している様だ(例、新義州の大挙して降り立つ買い出し部隊の大集団、終戦直後の我が国を思い出す。こちらは摘発されないから安心)
(9)GDPでその国の豊かさを推測するが、毎年自殺者3万人を超す我が国はホームレスも多く、精神的に病んでいる。決して豊かとは云えない。良く歩き自転車を漕ぐ北朝鮮。不満もなく、時の政府を打倒する気配なし。豊かそうな中国では共産党員幹部子息の国立大学入学の特別待遇について不満を良く聞かされた。
(10)仕方なく我慢していると何時かは暴発するものだ、北朝鮮には今の所、その心配ない。
(11)5日間行動を共にした2人の男性ガイドも情が移り、平壌駅頭では別れを惜しんだ。要は仲間から離れて勝手な行動をしない事である。

*  最後に日本女性に叱られるが、日本人は混血しない島国なので画一的で美人が出来ないのか世界を旅して感じた事は陸続きの国は絶えず征服したり、されたり、混血されるので美人が出来るのかしら? 韓国も美人が多かったが整形していると聞く。北朝鮮の女性は余り化粧せず美人揃いなのに驚いた。空港・レストラン・案内人・ホテル女性等、接客関係に選んで美人を配して居るのかしら?  街中を自由に散歩出来なかったので何とも言えない。
 
私の偏見でしたらお許し下さい。


やっぱり我々親父族の一員としては、「美人の国」の方が本家と信じたくなるというわけですナ。
やっぱり、「朝鮮は高句麗でしょ」ってというところですナ。

ところで、表向きの政治情勢とは隠れて、しっかり欧米の白人たちがたくさん来ているらしいですナ。

はたして何が目的でしょうか?

もちろん、北朝鮮こそ、影のタックスヘイブンの最大国。そういうところで、闇資金として自分の財産を隠しておくんでしょうナア。というのも、ゴルゴ13で有名だった、スイス銀行(ロスチャイルド系)は、最近個人預金は一切受け付けないという法律改正しましたからナ。創価学会池田大作の闇資金もそれのせいで、ブラジルかどこかに移ったという噂が一時飛び交った。しかし、本当のところは北朝鮮に眠っているのでしょうナア。前原誠司の故郷北朝鮮。

これからは、前原誠司の時代ですナ。ミンス党やめて自民党に移ったらどうでしょうか?
お得意の北朝鮮語もきっと非常に役立つのではないでしょうかネ?

まあ、そんなことはどうでもいいが、

北朝鮮には美女が多い。

どうもこの言葉に引っかかってしまった、今日このごろですナ。

ワン・ジェサン芸術団
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を見ても、まさにその通りだから面白い。

いま中央アジアから高句麗までの歴史を調べているのはまさにそこなんですナ。


日本政府よ、安倍政権よ。
反日韓国と国交断絶し、北朝鮮と国交回復してくれ。
お願いしますヨ!

俺も、北朝鮮の高句麗王の墓とやらをみて見たいものである。
というのは口実で、北朝鮮人美人のダンスがみたい。
(ちなみに、ここで言っているのは、半島の本土の方で、日本国内の在日のことじゃないからナ!)


おまけ:
ちなみに、よく在日北朝鮮人の意見として、よくこんなやつがある。
Jリーガーで北朝鮮代表 梁勇基の夢は「南北がひとつに」
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(CNN) 世界で最も秘密のベールに包まれた国のひとつ、北朝鮮。厳重に閉ざされた国境の行き来を許される人はほとんどいないが、Jリーグのベガルタ仙台に所属するMFの梁勇基(リャン・ヨンギ)選手は数少ない例外の1人だ。
 大阪で生まれ、在日朝鮮人の両親に育てられた梁選手は31歳。ベガルタ仙台ではキャプテンも務めるが、北朝鮮のサッカー代表チームでプレーした経験も持つ。
 日本と北朝鮮のサッカーファンから尊敬される梁選手は、根深い違いがあってもその垣根を取り払うことができるというスポーツ独特の力の象徴だ。
 梁選手はCNNのインタビューで、「南北がひとつになるということが一番の理想。そうなれば、もっともっと国としても、あらゆる分野で発展していくと思う。スポーツ以外でもいろいろな可能性が広がるのではないか」と語った。
 大阪朝鮮高級学校を卒業後、学業・スポーツともに優秀だった梁氏は阪南大学に進学。大学卒業後の2004年、当時2部にいたベガルタ仙台に入団する。
 国際的に認められる選手になるのに時間はかからなかった。北朝鮮の代表メンバーに選ばれたのだ。05年にマカオで開催された東アジア競技大会では準決勝の韓国戦で得点を挙げるなど活躍した。

私の研究では、これは間違いのもとだ。日本の明治政府が犯した最大の過ちは朝鮮人を一つとして扱ったことである。歴史的にも、朝鮮半島は東欧のバルカン半島に非常によく似ている。「極東のバルカン半島」と呼んでもいいほどである。数千年の歴史の中で、常に分裂と統一を繰り返した地域である。近代でも、朝鮮半島には数個の国々が共存した。これも、スロベキア、チェコ、セルビア、クロアチア、ボスニアあたりの状況と瓜二つである。

だから、北朝鮮と韓国は基本的には、古代の高句麗と百済・新羅の区分になる。したがって、民族的にも言語的にも歴史的にもまったく別人種と見るのが自然なのである。実際、北朝鮮人と南朝鮮人とではかなり顔形も言語も異なるらしい。

というわけで、日本は半島統一などという明治政府の描いた非現実的な理想など捨て去ることが第一となる。そうではなく、別々の国としてどちらも民主国家になるように後押しすべきなのである。下手に統一統一というから戦争になるのである。それを喜ぶのはNWOやシオニストや悪魔主義者や軍産複合体の武器商人の連中である。

歴史的にもこれまでにさんざん戦争してきた国々なのだから、半島を二分して、共存共栄を目指せと言うべきものなのである。

俺のこれまでの個人的研究では、どうしてもそういう結論にならざるを得ない。

くだらん戦争で、美人を殺してはもったいない。これが、日本人の「もったいない精神」というやつですナ。


おまけ2:
こうやってよくよく調べれば調べるほど、在日北朝鮮人にとって、退廃的になった日本国内で、芸能界やらパチンコ店員やらファッションマッサージ師やら、シモネタ企業などで働くよりは、本国に戻って、まっとうに働く方がはるかに良さそうだという感じがするのだがナア。いずれにせよ、日本のマスゴミは電通とNHKに支配されている。両者ともに韓国人に支配されているから、北朝鮮はキチガイ国家だという嘘ばかりしか流さない。だから、日本国内の在日北朝鮮人も本国のそういうことはわからないはずである。本当はかつてのカダフィ大佐のリビアのように、非常に素晴らしい国になっているようである。資源がないから、原子力発電所や水力発電所がなければ、工業はできない。だから、北朝鮮にとって原子力は最後のとりでということなのだろう。日本は水力発電事業などを協力すれば、原子力は廃止できるわけだから、結果として核開発も阻止できる。そういう意味では、日本は北朝鮮の発電事業を援助すればいいだろうということになる。いずれにせよ、朝鮮半島の平和は日本の動き次第ということだけは間違いなさそうですナ。




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  by kikidoblog | 2013-10-10 17:00 | 北朝鮮・高句麗

日本の皇室の「イスラエル顔」と韓国のウリナラファンタジー:ついに近代まで捏造しだしたの?

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。


みなさん、こんにちは。

ついでにといっては失礼だろうが、ノーマン・マクレオドの「日本の皇室のユダヤ・イスラエル顔」というものが出たから、ここにいくつかエプスタイン顔をメモしておこう。

ちなみに、いまではユダヤ富豪と言えば、ロスチャイルド家が有名だが、19世紀ではエプスタイン(あるいは、エプシュタインともいう)の方が欧州では有名だったようである。

ブライアン・エプスタイン
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日本の19世紀の皇室の顔(今ではたくさんインターネットで見ることができる。)
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皇室ではないが、昔の侍顔とはこういう顔。
佐藤泰太郎
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(まったく今の芸能界の捏造した整形俳優の顔とは違うのが分かるはずである。)



ところで、お隣のウリナラファンタジー捏造韓国の捏造ドラマはついにここまで来たらしい。古代朝鮮王朝からついに近代にやってきた。
イ・スンギ、ハ・ジウォン主演最新ドラマのノーカット版を第1話先行放送決定!!
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韓国で”国民の弟”という愛称を持ち、俳優・歌手とマルチに活動するイ・スンギと、「チェオクの剣」「シークレット・ガーデン」に出演する実力派人気女優ハ・ジウォン主演最新ドラマのノーカット版を、9月の本放送に先駆けて第1話先行放送決定!!南の王子と北の女性教官が国境と身分を越える、仮想王室ラブロマンス!

韓国で王室が存続していたらという設定のなか、政略結婚をすることになった、韓国一軟派な王子(イ・スンギ)と、北朝鮮の勝気で活発な女性教官(ハ・ジウォン)が、国境や生活環境の違いからぶつかり合い、紆余曲折を繰り返しながらも、恋に落ちてゆく。南北統一への関心は全くない二人が、恋と家族のために奮闘して、結婚に向けてひた走る姿を描いた、心ときめくラブコメディ。
19世紀と21世紀の出会い、時代も階級もまったく異なる環境で育った身分の違う男女の出会いと愛の物語
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もし韓国が立憲君主制で王様がいたら・・・という設定で繰り広げられる王宮ロマンス

王子と呼ぶにふさわしいルックスで多くの女性ファンを魅了したのは、皇太子シンを演じるチュ・ジフン。平凡な女子高生から突如プリンセスへ転身し、王宮生活をコミカルに演じる主人公チェギョン役には、ユン・ウネを抜擢。

40億ウォンを越えるセットと2億ウォンを要した衣装からも目がはなせない!原作は人気コミック「宮」。コミック「宮」は韓国で現在11巻まで発刊され、総発行部数80万部以上に達し、コミックのミリオンセラーを目前にしている。

ところが、実際の写真はこんなものだった。
大正天皇
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撮影日 1907年10月19日
前列右より 韓国皇太子李垠・大正天皇・韓国皇帝純宗・有栖川宮威仁親王
後列最左 伊藤博文

伊藤博文公と韓国王子
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(韓国王子を日本の皇族のように手厚く庇護したらしい。)

ところで、伊藤博文公を暗殺した人「安重根」の顔はこんなもの。
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(どっかで見たような、日本の有名俳優にいるよナ。こんな顔のやつが。)

韓国皇帝が伊藤博文を「韓国の慈父」と呼んだ経緯~~~伊藤博文暗殺その1より。


いずれにせよ、韓国人は、自国には王朝がないことだけは分かっているんですナ。朝鮮王朝は北朝鮮の方で実質上復活したわけだ。

これからは西洋諸国、欧米諸国も北朝鮮主導で来るのはまず間違いなさそうである。なぜなら英国や北欧諸国には王室がまだ残っているのが普通だからネ。

祗園精舎の鐘の声。
諸行無常の響きあり。



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  by kikidoblog | 2013-10-10 10:55 | 韓国・ウリナラ・法則

「オキシエリートプロ」で肝炎発症とか!?:ナス科が関節炎を悪化させるらしいナ!

みなさん、こんにちは。

いやはや、こんな痛〜〜いニュースが飛び込んできたようである。
ダイエット食品で急性肝炎 米で29人発症、死亡例も
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 厚生労働省は9日、米国で販売されているダイエット目的の健康食品で急性肝炎による死亡例が出ているとして、都道府県などを通じ注意を呼びかけた。カプセル型の「OxyELITE Pro」(オキシエリートプロ)という商品で、米国で29人が発症、うち2人が肝移植をし、1人が死亡したという。

 厚労省によると、国内での被害は確認されていないが、インターネットの日本語サイトから買え、個人輸入している人がいる可能性がある。熱や吐き気などの症状が出れば、近くの保健所に相談してほしいと呼びかけている。

そこで、日本国内でも使っている人はいないのか?
と調べたところ、やはり副作用で困っている人たちがいるようである。例えば、以下のもの。
オキシエリートプロの副作用?動悸、吐き気、唾液過多

お疲れさまです。
ただいま仕事の休憩中です。あと一時間程で、仕事も終わるのですが
ご報告です。オキシエリート・プロの副作用だと思います…あまりにも、もんの凄い吐き気がして居てもたってもいられません。私、吐けない体質なため、辛すぎて涙出そうですそして、大量の唾液が溢れだし飲み込めません心臓バクバクなり、手が震えてきたりします
もう、さすがに仕事中、気持ち悪くなって、手をあげて助けを求めようかと思ったほど
そういえば、便秘と言ったけれど…最近、排出もしてなければ、あまりお米を食べてないかもしれません
なんだかパンばかりピザとかクロワッサンとか、パンばかり。
優しい先輩から今、差し入れのお菓子(チョコパイ)もらったけど、大好物なのに、吐き気ヤバくて食べたいのに食べれない
ダイエットサプリだからこそ、食欲抑制効果があるのかもしれませんが、もう本気で吐き気して食べれなくなってきます
でも、食べなければ食べないでいると、また吐き気がやってきて仕方なく何かを食べている

ヤバイ、ヤバイ。あと少しだ、頑張ろう

肝炎になったら、ほぼスポーツは無理。劇症肝炎になれば、その日のうちに死亡。

目が真っ黄色になったらもはや意識混濁。即救急車である。

まあ、私個人のダイエット法で一番いいものは、ジョギング。
そして、食事を一日2食にすること。
さらに、肉食を止めること。

肉をやめて野菜中心になれば、まず確実に体重が落ちる。

私は、最近はほとんど肉は食べず、昼は食パン、1,2枚。
コーヒーはお茶代わりに薄いものを日に20〜30杯は飲んでいるが、何も問題なし。
(このおかげで、40年ぶり近くで高校生時代の体重の69kgにほんの一時だが落とすことに成功した。いまは米国留学前の70kg程度を維持できている。富士通時代は舞の海並みの90kgまで行っていた。)

ところで、ちょっと前からいわゆる40肩や50肩と呼ばれるものになったが、痛みはとれてもなかなかそういうものの違和感がなくならない。左足首は数年前にサッカーでロングキックをした時に、誤って芝を蹴ってかなり重症の捻挫をした。が、それ以来、数年経ってもいっこうに痛みが取れず困っていた。まあ、最近になって若干痛みが取れてきたが、まだしくしくと痛む。


ところが、最近、妻が米国ハワイの知人から聞いた話では、そういう類いの関節炎には、
nightshades(ナス科食物)
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熱帯から温帯にかけて、世界では約90属2500種ほどがあり、その多くはナス属に分類される。日本には6属14種類が自生している。ナスやトマト、ジャガイモなどが属するナス属、トウガラシやピーマンなどが属するトウガラシ属、タバコなどが属するタバコ属、チョウセンアサガオなどが属するチョウセンアサガオ属、ホオズキなどが属するホオズキ属、ペチュニアなどが属するペチュニア属などが知られている。多くは一年草もしくは多年草、低木の木本がある。葉は互生し単葉だが、まれに複葉のものもある。花は両性花で放射相称で、花冠が5裂するのが特徴。ピーマンやトマトを輪切りにすると、5つに分かれているのが確認できる。アルカロイドを含み薬用になるものもあれば、有毒なものもある。
を食べないようにすれば完治するという情報を仕入れてきた。

そこで、今現在、なす、じゃがいも、トマト、ピーマンなど(ついでにきゅうりも)を禁食している最中である。意外にもビタミン豊富なトマトは関節炎には非常に有害だという話である。

これは、いま米国でもまだ証拠を集めている真っ最中であり、科学的根拠は確定はしていないが、私の知人は、左肩を手術したほどだったが、同じようにもう一方の右肩も手術予定だったが、それがナス科を止めたら、完治したという話であった。

おそらく、アルカロイド系の物質か、なにかナス科に特有の成分が関節炎症を悪化させるものと思われる。

もちろん、何も問題を持たない人には何の問題もないから、制限する必要はない。あくまで関節痛などで違和感を感じている人の話である。

私はまだ2週間程度だが、確かに右肩の違和感は若干和らいできた感じがする。

しかしながら、ナス科(ウリ科)の植物を食べずに済ますというのはなかなか難しい。

そんなわけで、私は最近は葉っぱ系のレタスと人参とか大根とかそんなものばかり食べている。

いずれにせよ、無知は罪である。

というのが、私の信じる格言の一つである。




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  by kikidoblog | 2013-10-10 08:17 | ナス科・関節痛・有害

ついに「日の丸ボブスレー」が完成!:みんなで応援しよう「国産ボブ」、期待していますヨ!

ボブスレーってこんな乗り物
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ボブスレー


みなさん、こんにちは。

だいぶ前に
検索「井口和基とは?」:ひまな奴もいるものだ?
にメモしたように、日本で最初に科学的にボブスレーを研究し、国産ボブスレーを作る道を探索するために、
「ボブスレー工学研究会」
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なる研究会のために立ち上がったのは、私と石井和男さん(現ボブスレー代表監督)と石井孝雄さんであった。最初に石井和男さんが私にメールをくれ、それから私が知人の石井孝雄さんにメールし、いろいろお願いしてみて、東大の航空流体力学の大御所の東博士に頼んで、初代研究会の代表になってもらったのである。それが2006年頃のことである。

ちなみに、東先生とは、あの札幌五輪の時の笠屋選手たちの
日の丸飛行隊
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の時に、「スキージャンプ工学研究会」を立ち上げて、それを指揮していろいろ科学的に研究した東大教授の愛弟子の工学博士である。
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ジェット機のように、両手を後ろに広げるという、このジャンプ姿勢を生み出した人物ですナ。ちなみに、東博士は琵琶湖の「鳥人大会」の審査員もしておられた。

偉業を達成するときには、必ずその背後で人知れず科学的に研究する人達がいる。そういうことが必須なのだ。というのが、私個人の思想である。

それ以来、ボブスレーに計測器を乗せて走ったり、全重量を測りに吊るして重心を調べたり、いろいろと試行錯誤をして、前回の2010年バンクーバー冬季五輪に参加したのだった。そして、男女共に絶好調を維持した。残念ながら男子は二回目で転倒して初の上位入賞を逃したが、女子はその名を歴史に刻んだのであった。

(これは「世界で最も美しいボブスレー」と言われた。)


あれから3年とちょっと。

ついに国産のボブスレーが誕生した。そして、それに日本代表が乗る。以下のものである。
走れ!下町ボブスレー、ソチへ町工場の夢
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来年2月に開幕するソチ五輪を目指し、東京都大田区の町工場が結集して開発した初の国産そり「下町ボブスレー」の2号機が完成し、8日に同区内で開かれた記者会見でお披露目された。

 2号機の部品加工と組み立てには、区内の約60社が無償で協力。昨年製作した1号機より全長を短くして軽量化も図り、スタート時の押し出しやすさを追求したほか、走行時の振動を吸収するように工夫した。11月以降の男子2人乗りの国際大会で好成績を収めれば、選手とともに五輪に出場できる。

 開発計画の中心メンバーで金属加工会社社長の細貝淳一さん(47)は「町工場の夢をのせて、何とかソチ五輪に出したい」。そりを操縦するパイロットの鈴木寛選手(39)も「下町ボブスレーで早々に五輪の出場権をとりたい」と決意を新たにした。(2013年10月8日15時22分 読売新聞)

鈴木選手がんばれ!期待していますよ。

この鈴木選手が、私が日本の歴史上初の一般人試乗の時のパイロットだったのである。私はもっとも危険な最後尾に乗った。手と足で踏ん張るだけで、シートベルトはない。斜度90度の壁から平地に落ちるたびに、尻が持ち上がる。この超絶スリルを味わった理論物理学者は私のみでしょうナ。
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(何を隠そう。私は、日本で最初の公式ボブスレーに乗った一般人3人の1人で、日本で4人乗りボブスレーに一番最初に乗った理論物理学者である。一番危険な最後尾を選択。尻が持ち上がる怖さは何とも言えないものがあった。最高時速120km。斜度90度。パイロットは今年で10連覇の強者の鈴木さん。)

最大斜度のカーブでは、猛烈な遠心力がかかる。特に頭に加わる。だから首がヘルメットの重さも加わった形で、股間に押しつぶされそうになるわけですナ。くしゃっとなるわけだヨ。だから、相当に身体を鍛えていないと、まず首がへし折れる。そして、腰が潰れる。

この私ですら、無事帰還した後、一ヶ月ほど首に違和感を感じたほどである。

また、右左とターンするたびに、頭がボディーの両側のエッジに叩きつけられる。だから、ヘルメットなしでは、頭蓋骨が陥没する。平地でも常に左右のエッジに頭がゴツンゴツンとぶつかるのである。

もっともこの地上で宇宙飛行に近いのがこのボブスレーである。氷上のF1とはよく言ったものである。

ザッツ、ボブスレー!

日本代表に乾杯! そして、製作者にありがとう!

はたして、日の丸ボブの初の入賞なるか? 乞うご期待!


おまけ:
一応、昔の拙ブログに書いた、「ボブスレー工学研究会」の設立時の話もメモしておこう。
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  by kikidoblog | 2013-10-08 17:54 | ボブスレー

古代朝鮮半島地域の「建国神話」の数々:建国神話なんていうものは大方嘘だろうヨ。

みなさん、こんにちは。

このところ極東地域の歴史に取り憑かれてしまったが、それぞれの古代の国々の、いわゆる「建国神話」というのも実に興味深い。その民族特有の精神構造が如実に出ているように見えるからである。そこで、いくつか極東地域で有名な古代の国々の「建国神話」をメモしておこう。


(あ)高句麗
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詳細は「東明聖王#建国神話」を参照

『魏書』と『三国史記』によれば、高句麗は紀元前37年に夫余の王族である朱蒙(チュムン)により建てられたとされる。

朱蒙の母は東扶余王の金蛙と出会った際に、黄河の神の娘を自称し遊びに出た先で天の子と出会い軟禁されていたと訴えたが、信用されず東扶余王の元に連れて行かれた。やがて娘は太陽の光を浴びて身篭り、卵を産んだ。金蛙は卵を動物に食べさせたり踏ませたりしようとしたが動物や鳥は卵を守ったため卵を母親へ返し、暖めていると朱蒙が産まれた。朱蒙は子供の頃から非常に弓が上手く(朱蒙は弓の名手の意味)、これを危険視した夫余の人々は朱蒙を殺すよう勧めるが王は拒んだ。その後、馬飼いをしていたが策略によって王を駄馬に乗せ自らは駿馬を手に入れると、夫余の人々は再び朱蒙の殺害を企てるが、危険を察知した母の助言により友と共に脱出して卒本へ至り高句麗を建てたという。


(い)夫余
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『論衡』(『後漢書東夷伝』『魏略』)に
「昔、北夷の索離国があり、王は侍女が妊娠したので殺そうとした。侍女は「以前、空にあった鶏の卵のような霊気が私に降りてきて、身篭りました」と言い、王は騙された。その後、彼女は男子を生んだ。王が命じて豚小屋の中に放置させたが、豚が息を吹き掛けたので死ななかった。次に馬小屋に移させると、馬もまた息を吹き掛けた。それを王は神の仕業だと考え、母に引き取って養わせ、東明と名づけた。東明は長ずると、馬に乗り弓を射ること巧みで、凶暴だったため、王は東明が自分の国を奪うのを恐れ、再び殺そうとした。東明は国を逃れ、南へ走り施掩水にやって来て、弓で川の水面を撃つと、魚や鼈が浮かび上がり、乗ることが出来た、そうして東明は夫余の地に至り、王となった。」という記述がある。

また『魏書』や『三国史記』には、高句麗の始祖朱蒙も夫余の出身であり、衆を率いて夫余から東南に向かって逃れ、建国した話が載っている。
『三国史記』や『三国遺事』には、解夫婁が治めていたがのちに太陽神の解慕漱が天降ってきたので解夫婁は東に退去して別の国(東夫余)を建てたという。


(う)百済
百済の建国神話は『三国史記』百済本紀などの朝鮮史料に様々な話が伝えられているが、いずれも高句麗と同様、扶余の東明神話のバリエーションとなっている[4]。

前漢の鴻嘉3年(前18年)、高句麗の始祖である朱蒙の三子温祚が百済を建国した。温祚の母は卒本扶余の王女であり、北扶余出身の礼氏の子である孺留(高句麗の第2代瑠璃明王)が太子となったため、温祚は南方に逃れ「十済」を起こした。この時、兄である沸流も一緒に南下して海浜に国を起こしたが、のちに自分の国が弟の国より繁栄していないことを恥じて自決した。結局その国も温祚の下に帰属し、百姓を受け容れたので国号は「百済」になったという。また初め百家で海を渡ってきた(百家済家)ので「百済」とした[5]、ともいう。


(え)新羅
どうやら新羅には3つの建国神話が存在するらしい。
朴氏の始祖説話
朴氏初代の朴赫居世
辰韓の六村の長の一人が、蘿井(慶州市塔里面に比定される)の林で馬の嘶くのが聞こえたので近寄ったところ、馬が消えて大きな卵があった。卵を割ると中から幼児が出てきて育て上げたが、10歳を越える頃には人となりが優れていたことから六村の人たちは彼を王位につけた。卵が瓠(ひさご)ほどの大きさであったため、辰韓の語で瓠を表す「朴」を姓として名乗った。建国時に腰に瓠をぶら下げて海を渡って来たことから瓠公と称されるようになった倭人が、大輔という役職名の重臣になった。また、瓠公が、瓠を腰にぶら下げて海を渡ってきたことから瓠公と朴赫居世を同定する、またはその同族とする説がある[11]。朴赫居世は紀元前57年に13歳で王位(辰韓の語で王者を表す居西干と称された)に就き、国号を徐那伐とした。また、閼英井(南山の北西麓の羅井に比定される)に龍が現れ、その右脇から生まれた幼女が長じ、容姿端麗にして人徳を備えていたので朴赫居世は王妃に迎えた。当時の人々は赫居世と閼英(アルヨン)とを二聖と称した。

昔氏の始祖説話
昔氏初代の昔脱解(第4代脱解尼師今)
倭国東北一千里のところにある多婆那国の王妃が妊娠ののち7年たって大きな卵を生み、不吉であるとして箱に入れて海に流された。やがて辰韓に流れ着き老婆の手で箱が開けられ、中から一人の男の子が出てきた。箱が流れ着いたときに鵲(カササギ)がそばにいたので、鵲の字を略して「昔」を姓とし、箱を開いて生まれ出てきたことから「脱解」を名とした。長じて第2代南解次次雄の娘(阿孝夫人)の女婿となり、のちに王位を譲られた。
多婆那国の比定地
この脱解の出身地である多婆那国は、脱解が船で渡来した人物であることを示す挿話などと併せて、日本列島内の地域に比定されている。比定地は、丹波国[12]、但馬国、肥後国玉名郡などの説がある。『三国遺事』では龍城国とされる。

金氏の始祖説話
金氏始祖の金閼智(第13代味鄒尼師今の7世祖)
脱解尼師今の治世時に、首都金城の西方の始林の地で鶏の鳴き声を聞き、夜明けになって瓠公に調べさせたところ、金色の小箱が木の枝に引っかかっていた。その木の下で白い鶏が鳴いていた。小箱を持ち帰って開くと中から小さな男の子が現れ、容姿が優れていたので脱解尼師今は喜んでこれを育てた。長じて聡明であったので「閼智」(知恵者の意味)と名づけ、金の小箱に入っていたので「金」を姓とした。また、このことに合わせて始林の地を鶏林と改名した。

赫居世神話に現れる六村はのちの新羅六部の前身であると見られており、これらの部と王統がそもそも結びついていないことを示している。また3姓の始祖説話については、それぞれに誕生の形態が異なりながらも姓の由来を説くものであり、3つの有力な集団があって王位を持ちまわっていたということが窺い知れる。これらの始祖説話は紀元前後に繋年されたものではあるが、実際に新羅で姓が用いられるようになったのは6世紀からのことと見られており[13]、後代に整備されたものであるとの可能性もある。いずれにせよ、複数の王統を持つことや、建国初期に倭人勢力との関わりを伝えることなど、高句麗・百済の始祖説話体系とは異なり、新羅の特徴的事象となっている。

新羅についての隣国の記述
日本での伝承
稲飯命(古事記では「稲氷命」と書く)については、『新撰姓氏録』が新羅の祖は鵜草葺不合命の子の稲飯命(神武天皇の兄[14])だとしているが詳細不明[15]である。

天之日矛(日本書紀では天日槍と書く)については、記紀や風土記などに伝承がある。天之日矛は新羅の王子だったが王位を弟の「知古」に譲って自分は継がず、日本に帰化したという。彼は最終的に但馬(兵庫県豊岡周辺)に土着し、三宅連氏の祖先となった。天之日矛の渡来は古事記は応神朝[16]、日本書紀は垂仁朝[17]、風土記は神代[18]のこととし、伴信友は天之日矛から多遅麻毛理までの世代数から計算して天之日矛の渡来は孝霊天皇の時代のことと推定している。いずれにしろ、なぜ新羅風の名前でなく純然たる和風の名前なのかは謎[19]である。

新羅の王族である朴氏・昔氏・金氏の三始祖のうち昔氏の始祖脱解の出生については倭国東北1千里(当時の1里はおよそ500m)という。昔脱解は船で渡った倭人と見られ、その出生地は諸説あって現在の日本の但馬、丹波、肥後のいずれかの地域とされるが、但馬(兵庫県北部)と推定する向きが多い。

中国での伝承
隋書新羅伝によれば、3世紀の中頃、魏の将軍毌丘倹が高句麗を撃破し、高句麗王の位宮(東川王)は沃沮に逃亡した。位宮はその後、高句麗に帰還したが、沃沮に残留した部隊があり、彼らは南下して辰韓の先住者を破り新羅を建国したという。別の伝承によれば、その王はもと百済人で、海から逃げて新羅に入り、ついにその国に王となった。祚を伝えて金真平に至った。その先には百済に附庸していたが、のち百済が高句麗を征するのに因って、高句麗人は戎役に堪えられず、あい率いてこれに帰したので、ついに強盛を致し、因って百済を襲い、迦羅国を附庸とした。


(お)任那
建国神話なし

狭義の任那説
狭義の任那は、任那地域に在った金官国(現代の慶尚南道金海市)を指す[3]。中国及び朝鮮史料の解釈ではこちらの用法が多いが、『日本書紀』では532年に金官国が新羅に征服されてからも、それ以外の地域が相変わらず任那とよばれているから『日本書紀』の用法は後述の「広義の任那」である。

広義の任那説
広義の任那は、任那諸国の汎称である。後述の諸史料のうち日本史料では任那と加羅は区別して用いられ、任那を任那諸国の汎称として用いている。中国及び朝鮮史料の解釈でも、広義では任那諸国全域の総称とする説がある。百済にも新羅にも属さなかった領域=広義の任那の具体的な範囲は、例えば478年の倭王武の上表文にみられる「任那・加羅・秦韓・慕韓」にて推測できる。ここにでてくる四者のうち、任那は上記の「狭義の任那」=金官国(及び金官国を中心とする諸国)。同じく加羅は上記の「狭義の加羅」=大加羅(及び大加羅を中心とする諸国)。秦韓はかつての辰韓12国のうちいまだ新羅に併合されず残存していた諸国、例えば卓淳国や非自本国、啄国など[4]。慕韓はかつての馬韓52国のうちいまだ百済に併合されず残存していた諸国、例えば百済に割譲された任那四県など、にそれぞれ該当する。『日本書紀』ではこれらの総称として任那という地名を使っているが、これらはこの後、徐々に新羅と百済に侵食されていったため、時期によって任那の範囲は段階的に狭まっており、領域が一定しているわけではないので注意が必要である。


(か)加羅(伽耶)
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建国神話なし。

倭国および任那との関連
詳細は「任那」および「任那日本府」を参照

加羅地域にヤマト朝廷から派遣された倭人の軍人・官吏、或いはヤマト朝廷に臣従した在地豪族が、当地で統治権・軍事指揮権・定期的な徴発権を有していたことが有力視されている[13][11][14]。倭国の半島での活動については、『日本書紀』『三国史記』など日本、中国や朝鮮の史書にも記されており、3世紀末の『三国志』魏書東夷伝倭人条には、朝鮮半島における倭国の北限が狗邪韓国(くやかんこく)とある。

また高句麗の広開土王碑について改竄説が否定されたことで[15]、倭が391年に新羅や百済や加羅を臣民としたことがあらためて確認された。高句麗は新羅の要請を受けて、400年に5万の大軍を派遣し、新羅王都にいた倭軍を退却させ、さらに任那・加羅に迫った。ところが任那加羅の安羅軍などが逆をついて、新羅の王都を占領した[16]。

また、日本列島固有の墓制である前方後円墳が朝鮮半島で多数発見されている[17]。朝鮮半島の前方後円墳はいずれも5世紀後半から6世紀中葉に成立したもので、百済が南遷する前は伽耶の西隣であり、金官伽耶を中心とする政治的領域の最西部であった地域のみに存在し、円筒埴輪や南島産貝製品、内部をベンガラで塗った石室といった倭系遺物、遺構をともなう[18]。そのほか、新羅・百済・任那で日本産のヒスイ製勾玉が大量に出土(高句麗の旧領では稀)しており、朝鮮半島にはヒスイ(硬玉)の原産地がなく、東アジア地域においても日本とミャンマーに限られること[19]や、化学組成の検査により朝鮮半島出土の勾玉が糸魚川周辺遺跡のものと同じであることが判明した[20]ことなど、倭国との交易、半島における倭国の活動などが研究されている。

任那地域については、日本が大陸での影響力を失い任那加羅が百済新羅両国により占領された後も、新羅と百済は倭国に対して任那地域の調を収めていた記録が残っている。

「日本産のヒスイ製勾玉」って、
有阿蘇山、其石無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。有如意寶珠、其色青、大如雞卵

倭国の真ん中に「阿蘇山」があって、その阿蘇山は火柱を昇らせて天に接し、俗人はこれを異となし、因って祭祀を執り行う。宝珠(宝玉)を自在に操り、その色は青、大きな鶏卵のようである。

邪馬台国論争:いにしえの昔から日本男子と日本女性はカッコ良かったんだヨ!
のことだよネ。

つまり、勾玉のようなもののこと。
勾玉
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ちなみに、我が井口家は甲州の宝石屋(宝石加工業)がその先祖。甲府には太古から勾玉工場が存在した。だから、きっと邪馬台国の時代から我が先祖は勾玉を作っていたに違いありませんナ。

ところで、
山梨県立宝石美術専門学校山梨県立宝石美術専門学校
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山梨県立宝石美術専門学校(やまなしけんりつ ほうせきびじゅつせんもんがっこう)は、山梨県甲府市の専修学校。設置者は山梨県であり、日本で唯一の装身具(ジュエリー)を取扱う公立系専修学校である。
山梨県の地場産業である宝石装飾の人材育成のために作られた学校であり、卒業生はその後数年の産業経験、ジュエリーマスター認定制度の認定を経て装飾品職人になる。

の設立を提案し、それを実現したのが、我が家のご先祖、つまり、私の祖父と叔父と父親だったんですナ。

なんでもそうだが、今いる連中というものは、創立時のことや、その前がどうだったか、なんていうことは、これっぽっちもご存じない、”後から来た”人間たちにすぎないものサ。このウィキをみれば、まるで山梨県が作ったかのように見えるだろう。が、私の父親たちが何度も必死で陳情した時にさんざん邪魔してくれたのが県の公務員たちだったんだヨ。さんざんいちゃもんをつけて何度も潰そうとした。それを長い時間かけて説得し、やっとのことで実現した。そういうのが本当の歴史だ。私は中高生時代にそれを外目から聞いたり見ていて知っていた。が、そういうことはすべて削除して美味しいところだけを後世に残す。おそらく、建国神話なんていうものはみんなそんなものだろうと俺は思うがネ。


おまけ:
よくわかる日本と朝鮮半島の古代史【学校やNHKでは教えてくれない事実】


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  by kikidoblog | 2013-10-08 11:48 | 真の歴史

邪馬台国論争:いにしえの昔から日本男子と日本女性はカッコ良かったんだヨ!

みなさん、こんにちは。

いやはや、もはや100年以上も時の経ったノーベル賞など今ではイグ・ノーベル賞の足元にも及ばないほどになったからどうでもいいが、やはり古代の極東の歴史と古代日本の歴史ほど興味深いものはない。最近、ねずきちさんこと、
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氏が実に合理的かつ科学的な思考に基いて「邪馬台国論争」について書いていたので、ここにもメモしておこう。以下のものである。
邪馬台国論争
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魏志倭人伝(ぎしわじんでん)といえば、卑弥呼や邪馬台国で有名ですが、これが書かれたのは、3世紀末(280年〜297年間)頃です。
この魏志倭人伝に書かれた邪馬台国について、九州か畿内かという議論があります。
ところがこの議論、実はとっくに答えが出ている議論です。(後略)。


本文は実に興味深くかつ長いので、そちらを見てもらって、ここでは、私個人の妄想をメモしておこう。

(あ)「邪馬台国論争」とは?
いわゆる、邪馬台国論争とは、何だったか?

というと、結論から言えば、第二次世界大戦後の日本の東大と京大に巣食った左翼系学者たちの、自虐史観に基づいた、日本史書き換え、捏造に関わる「東大vs京大」の派閥争いにすぎなかったということである。

ねずさんのような経済学部を出たような人や科学者のような連中が日本の古代史を研究してればよかったが、鼻息だけが荒かった、血筋で言えば、韓国系の系統ないしはそういう連中の息のかかった左翼系の学者の独壇場と化してしまったことが一番の原因だったようである。

まあ、要するに、マッチポンプだったのである。喧嘩(論争)しているような振りをしながら、実際には真実から遠ざけるという、かなり古典的手法でいたずらに時間と金と人材を浪費したのである。

これは、ちょうど今まで、野党の共産党や社会党や民主党と与党の自民党がやってきた政治と非常によく似ているのである。UFO学会や地震学会などもそうである。たいていその中には真実から遠ざけ、むしろ物事を混乱させることが目的だという人物が入っているものなのである。いわゆる、拉致被害者の会もそうだろう。物事をちゃぶ台返しするために、何かの会の会長になっているというようなことは実によくあることなのである。

(い)結論は最初から出いていた!
要するに、結論は最初からわかっていたのであって、第二次世界大戦のために、それまでの日本史をGHQが封印し、それに在日朝鮮人韓国人がうまく乗っかったということにすぎない。

その結論とは、古事記と日本書紀の記述がそのまま正しい事実だった、ということである。

したがって、古代の日本には基本的にアイヌと沖縄の源流の人々が住んでいたが、そこに韓半島を通って、九州の阿蘇山近辺で国を起こした。それが「邪馬台国」=「倭国」=「倭奴国」と呼ばれた。おそらく、全部「やまたいこく」ないしは「やまとこく」と発音したのだろう。

その時代が非常に長く続いたが、それが「山幸彦」の時代になって、その子供の末っ子(つまり、孫)の神武天皇の時代に入り、ついにその場所をもっと東に移動し始めた。ねず氏の記述には四国経由か、中国地方経由かどうかは書かれていないが、おそらく、四国経由で、畿内(和歌山、奈良、三重)の方向に進んだものと思われる。

そして、そこで初めて、倭国よりずっと東の日出る国という意味で、「日本」と呼称し始めた。これが「大和」の誕生である。そして、富士山の麓くらいまでは、大和民族が統治し、それより東北にはアイヌの源流である「毛人」と呼ばれる人たちが住んでいた。

とまあ、ざっとまとめると、こんな感じだろう。

(う)その証拠の数々はいかに?
そこで、ねずさんの紹介してくれた、その証拠の数々というものが、実に面白いので、ここにもメモしておこう。

(1)まず、「旧唐書(くとうしょ)」(AC945年完成)の記述。
この「旧唐書」というのは、完成したのが945年で、魏志倭人伝よりも600年ほどあとの時代のものです。
記載された内容は、唐の成立(618年)から滅亡(907年)までの約300年間の出来事で、その中に「倭国伝」と「日本国伝」があります。

その「倭国伝」の冒頭には次の記載があります。

倭國者、古倭奴國也。去京師一萬四千里、在新羅東南大海中。

倭国とは、古の倭奴国なり。唐の都から一万四千里、新羅の東南の大海中に在り。

東西五月行、南北三月行。世與中國通。四面小島五十餘國、皆附屬焉。其王姓阿毎氏、置一大率、檢察諸國、皆畏附之。設官有十二等。

広さは、東西に五ヶ月の行程、南北に三ヶ月の行程であり、代々、支那と通じている。四方を海に囲まれている島国だ。その倭国には、居住地に城郭はなくて、木でできた柵を塀として囲い、屋根は草葺き屋根だ。そして倭国の四方には小島がある。国内とそれらの島々にある五十余国が、倭国の傘下にはいっている。その王の名は阿毎氏といい、一大統率をとり、諸国を検察し、諸国みなこれを恐れ入っている。官職は12ほどある。

其訴訟者、匍匐而前。地多女少男。頗有文字、俗敬佛法。並皆跣足、以幅布蔽其前後。貴人戴錦帽、百姓皆椎髻、無冠帶。婦人衣純色裙、長腰襦、束髮於後、佩銀花、長八寸、左右各數枝、以明貴賤等級

争いごとが起こると、這って前に進み出て訴えを起こす。その地には女が多く男が少ない。一般の民衆に至るまで読み書きが普及していて、仏教も敬われていた。服装は、みんな裸足であり、幅の広い布の衣装を着ている。貴人は錦(めん)の帽子をかぶり、百姓たちもマゲを結っている。婦人の衣装は、鮮やかな色のスカートに、長い腰襦袢で、髮を後に束ねていて、銀でできた花のカタチの簪(かんざし)をさしている。長さは8寸(約24cm)ほどであり、左右各数枝がある。明らかに貴賎の変わりなく同じものをしている。

日本國者、倭國之別種也。以其國在日邊、故以日本為名。或曰:倭國自惡其名不雅、改為日本。或云:日本舊小國、併倭國之地

日本国は、倭国の別種である。その日本国は、日の出の場所、つまり「倭国」からみて東方にある。
そして東にあるから「日本」と名づけた。倭国という名が雅(みやび)でなかったので、あらためて日本という名にした、あるいは日本は、昔は、小さな国だったのだけれど、倭国の地を併せた。

其國界東西南北各數千里、西界、南界咸至大海、東界、北界有大山為限、山外即毛人之國

日本国の境目は、東西南北に各数千里、西のはずれと南のはずれは、いずれも大海であり、東の方角には大きな山があり、その山の向こうは、毛人の国である。


(2)「隋書(ずいしょ)」の記載。
有阿蘇山、其石無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。有如意寶珠、其色青、大如雞卵

倭国の真ん中には「阿蘇山」があり、そこの石は故無く火柱を昇らせ天に接し、俗人はこれを異として祭祀を執り行っている。宝珠(宝玉)を自在に操り、その色は青、大きな鶏卵のようである。


(3)「新唐書」の記述
日本、古倭奴也。去京師萬四千里、直新羅東南、在海中、島而居
(中略)
彦瀲子神武立、更以「天皇」為號、徙治大和州。次曰綏靖、次安寧、次懿德、次孝昭、次天安、次孝靈、次孝元、次開化、次崇神、次垂仁、次景行、次成務、次仲哀

日本は、いにしえの「倭奴国」なり。唐の都から一万四千里、新羅の東南にあたり、海中に在る島である。その「倭国」に、彦瀲(ひこなぎさ)の子の神武が立ち、改めて「天皇」を号して、大和州に移って統治した。次は綏靖、次は安寧、次は懿德、次は孝昭、次は天安、次は孝靈、次は孝元、次は開化、次は崇神、次は垂仁、次は景行、次は成務、次は仲哀である。

ここで、「彦瀲(ひこなぎさ)」とは、「海彦、山彦」の物語でよく知られた「彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと=山幸彦)」と海神の娘である「豊玉姫(とよたまひめ)」の子であるという。

つまり、「彦瀲(ひこなぎさ)」とは、山幸彦と豊玉姫の息子。

「古事記」では「天津日高日子波限建鵜草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)。
「日本書紀」では彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)。

この「彦瀲(ひこなぎさ)」の末っ子の「若御毛沼命(わかみけのみこと)」が「神武天皇」になって畿内に「大和朝廷」を築いた。

(4)「後漢書東夷傳」の「倭奴国」の記述。
建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬

建武中元二年(西暦57年)、倭奴国、貢を奉じて朝賀す、使人自ら大夫と称す、倭国の極南の界なり、光武、印綬を以て賜う

このときに下された印鑑が、江戸時代天明年間に発見され、昭和6(1931)年に国法となった
漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)
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(5)「隋書・倭国伝」の記述。
倭國、在百濟、新羅東南、水陸三千里、於大海之中依山島而居

倭国は、百済や新羅の東南に在り、水陸を越えること三千里、大海中の山島に依って居する。(倭国は、新羅や百済などの朝鮮半島南部の国から、東南の方角に海を三千里ほど渡った先にある。)
有阿蘇山、其石無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。有如意寶珠、其色青、大如雞卵

倭国の真ん中に「阿蘇山」があって、その阿蘇山は火柱を昇らせて天に接し、俗人はこれを異となし、因って祭祀を執り行う。宝珠(宝玉)を自在に操り、その色は青、大きな鶏卵のようである。
新羅、百濟皆以倭為大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來

新羅や百済は皆、倭を「大国」で珍物が多いとして、これを敬仰して常に通使が往来している。


(え)ねすざんの結論。
新羅や百済は皆、倭を「大国」で珍物が多いとして、これを敬仰して常に通使が往来しているというのです。
「隋」というのは、古代の支那に生まれた強大な軍事大国です。
そして「隋」の歴史書である「隋書」は、その強大な軍事大国である「隋」の公式文書です。
当然、記述は隋の立場で書かれているし、本来支那は中華思想の国ですから、朝貢を受ける国は自分の国だけだというのが大前提です。

にも関わらず、その隋が「倭国は大国だ」と書き、朝鮮半島にあった百済や新羅が日本に朝貢していたと、この一文には書かれているのです。
つまり、強大な軍事大国である隋でさえ、不承不承ながら、百済や新羅が倭国に朝貢することを事実上認めざるを得ないほど、倭国の実力が大きかったということが、この一文から明らかになるのです。

ついでにもうしあげると百済も新羅も、国王は後継ぎとなる長男の王子を、倭国に人質に出しています。
要するに、百済も新羅も、そこまでして倭国の実力を認めていたわけです。
そしてその倭国には、阿蘇山があった。
そのどこをどう読んだら、倭国(やまと国=邪馬台国)が朝鮮半島にあったことになるのか。
アホらしさを通り越して、呆れてしまいます。

いずれにせよ、いつまでも学閥や国家意思のようなドグマにとらわれるのではなく、論理的にも考証学的にも正当な学問的研究がちゃんと進む日本の学会に、なっていただきたいものだと思います。
なぜ、わけのわからない邪馬台国朝鮮半島論などが登場するのか。
要するに、我が国の学会にも、同様のドグマがまかり通っているから、つけ込まれるのです。

毅然とした日本というのは、何かを言い張ったりレッテル張りをしたりする日本のことではありません。
事実を事実として、冷静にちゃんと受け止め、謙虚に学び、語り、伝える。
そういうことが、これからはもっともっと大切になると私は思います。

まさにその通りである。

(お)縄文人と弥生人のイメージは逆だったのではないか
さて、最後に私個人の妄想を、というか、かねてから感じてきたことを付け加えておこう。私が特に重要かつ興味深いと思うのはここである。
其訴訟者、匍匐而前。地多女少男。頗有文字、俗敬佛法。並皆跣足、以幅布蔽其前後。貴人戴錦帽、百姓皆椎髻、無冠帶。婦人衣純色裙、長腰襦、束髮於後、佩銀花、長八寸、左右各數枝、以明貴賤等級

争いごとが起こると、這って前に進み出て訴えを起こす。その地には女が多く男が少ない。一般の民衆に至るまで読み書きが普及していて、仏教も敬われていた。服装は、みんな裸足であり、幅の広い布の衣装を着ている。貴人は錦(めん)の帽子をかぶり、百姓たちもマゲを結っている。婦人の衣装は、鮮やかな色のスカートに、長い腰襦袢で、髮を後に束ねていて、銀でできた花のカタチの簪(かんざし)をさしている。長さは8寸(約24cm)ほどであり、左右各数枝がある。明らかに貴賎の変わりなく同じものをしている。

特に「婦人の衣装は、鮮やかな色のスカートに、長い腰襦袢で、髮を後に束ねていて、銀でできた花のカタチの簪(かんざし)をさしている。長さは8寸(約24cm)ほどであり、左右各数枝がある。明らかに貴賎の変わりなく同じものをしている。」という部分である。

これが、いわゆる「邪馬台国」の女性たちのユニフォームである。

一般に邪馬台国の衣装というと、巫女の衣装という感じで考えてきた。つまり、こんなもの。
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あるいは、卑弥呼のイメージはこんなもの。
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しかしながら、私はそうではなかったのではないかと思う。むしろ、いま我々が朝鮮のもの、古代百済や高句麗のものと思っていた衣装の方が邪馬台国のものだったのではないかと感じるのである。こんなものである。
ワン・ジェサン芸術団の衣装
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少なくとも、朝鮮の人たちが自分たちの古代の衣装だと思っていたものは、その当時ですら「いにしえの昔から倭国は強国な大国であった」と感じていたほどの文明圏だったわけである。そこの衣装が広まったと考えるのが合理的である。

そしてどれほど「いにしえ」の昔からだったかと言えば、おそらくBC800年ほど昔だろうということになる。

この時期にアッシリアから東方に逃げてきた「古代イスラエルの失われた10支族」の一部が、邪馬台国を作り上げた。だから、最初から文字(おそらくカタカナ=古代ヘブル文字)も持っていたし、金印も作ることが出来た。だから、当初から文盲ではなかった。そして、身体も大きく、骨太であり、手足も長く、目もぱっちりし、鼻筋の通った近代的な顔形をしていた。

だから、極東において周辺のアジア系の民族の間では恐れられていた。と同時に、ハンサムな男子のルックスのために、周辺の民族、特に朝鮮系や中国系の民族には憧れの存在であった。

要するに、古代から今現代とまったく同じような状況だったということである。
日本男子は古代からアジアの女性たちの憧れの文明人だったのサ。

これが、私個人の感じるところの妄想ですナ。

つまり、一般にこんなふうのイメージがある。
東京都新宿区で縄文人の骨発掘!マンション予定地で11人分、保存状態良好
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ところで、この写真の「縄文vs弥生」のイメージ写真は、例の韓国工作員の李信恵という人が企画したようですナ。この弥生人のモデルの顔こそ、南朝鮮(韓国)の顔であって、昔の弥生人は中国の山東省の顔とほとんど同一だったから、まったく異なり、長頭型の細面手の顔かたち。つまり、むしろ今の北朝鮮の方の顔に近かったはずなんですナ。李信恵さんよ、もっと研究すべし。また歴史を捏造しないことだナ。つまり、こういう顔。
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中国山東省莱蕪市より実習生10名が入国致しました。より。

しかしながら、邪馬台国の民族は逆だっただろうということである。つまり、邪馬台国ほど、血筋が西洋風に近いルックスの人たちであった。かなりユダヤ人に似た感じの顔形であったはずなのである。

事実、江戸時代末期に日本にやってきた
ノーマン・マクレオド
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によれば、日本人は基本的に4つの人種に分類できるほど顔形が異なっていたと言っている。そして、特に公家やサムライなど高貴な人ほどユダヤ人やイスラエル人顔をしていた。特に、西洋のエプスタイン家の顔にそっくりだったといっていたのである。
 また、ケンペル来日から200年ほど経って、19世紀にスコットランドから、ノーマン・マクレオドが日本にやって来た。マクレオドは日本に来る前、ヨーロッパにいたとき、ユダヤ人たちと暮らしていた。だからユダヤ人の顔つきなどには詳しかった。
 マクレオドは日本に来て、とくに皇族や公家の人々は、ユダヤ的な顔立ちをしていると思ったという。1872年の第一回京都博覧会で、明治天皇と皇族方の姿を見る機会を持った彼は、こう書いている。
「その会場で、私はユダヤ系の顔をした人をたくさん見かけた。彼らの顔立ちはかつて私がヨーロッパで見たユダヤ人の顔とそっくりだった。。。。明治天皇の随行員は、全員がユダヤ人の顔つきをしていた。天皇陛下の顔立ちは、ワルシャワとセント・ペテルスブルグの裕福なユダヤ人銀行家、エプシュタイン家の人々によく似ていた。若い伏見宮殿下は、お写真を拝見した限りでは、皇族の中でも一番イスラエル的な顔立ちをしておられた。」
東伏見宮とはマクレオドの本の表紙の一番左上の顔の人物。
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このエプスタイン系の顔とは、いまで言えば、
オダギリジョー
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の顔である。あるいは、半沢直樹役の堺雅人の顔がそういう系統の顔といえるのである。この顔ですナ。
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事実、この顔の西洋の末裔を見ることができる。それは、かのビートルズを世に送り出した男こそ、この西洋のエプスタイン家の末裔だったのである。この人ですナ。
ブライアン・エプスタイン
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確かにオダギリジョーと堺雅人の顔は英国のエプスタインの顔と似た特徴を持っている。

実はこういう顔が、日本のお公家さんたち特有の、典型的な顔だったらしい。これが倭顔の一つであって、太古の昔から、倭国の男性はカッコ良かったのである。

とまあ、これが私の妄想というわけですナ。


おまけ:
妄想ついでにもう一つ。
そして、日本が朝鮮半島を統治していた時代、日本人との交流がより大きく、日本人のエリートの血筋が色濃く残されたのが、北朝鮮の方だった。日本から相当数の日本人が渡朝鮮し、そこに日本人の倭顔を残していったのだ。だから、北朝鮮人の方が、日本人の顔形に近いのである。


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  by kikidoblog | 2013-10-07 14:17 | 失われた10支族

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