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ミヒャエル・エンデの最後の遺言:「シルビオ・ゲセルの理論」

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”お金は老化しなくてはならない。
お金は最後には消え去らなくてはならない。
お金は身体の中の血液のようなものであるべきだ。”

----シルビオ・ゲセル






みなさん、こんにちは。

いよいよ真夏の7月に入った。またW杯もベスト8が決まり、佳境に入った。日本代表は残念だったが、サッカーの神様が「まだまだ日本には何かがかけている」、「まだ日本には早い」ということを教えてくれたのだろう。明らかに岡田監督は最後の最後のキッカー選びでへまをやらかした。結果は、3戦全敗よりははるかに上出来だったが、逆に言えば、日本が進化したというよりは、他国がレベル低下、ふがいなかっただけのことである。スポーツは相対的なもの。自分がだめでも他人がもっとだめなら相対的に良くなったように見えるものだ。そこを誤解すると、今回の英仏伊のようなことになる。まあ、分析するまでもないので、この話はそこそこにしよう。いずれにせよ、日本代表が今まさに戦っている最中に、それを批判するというのは非常に日本社会の中ではやりにくい。

さて、今回は、少なからずの興味深いブログで取り上げられた話題に関して別の切り口で紹介しておこう。例えば、以下のものにすでに紹介されている。

経済学について
不況を作り出すための経済学=盗人経済学
自由貨幣

これらは、いわゆる「経済学(Economics)」や「金融工学」の本質的欠陥や問題点などを論じている。言い換えれば、我々が「資本主義」と呼ぶものに内在する欺瞞を明らかにしている。まあ、もっと平たく言えば「ロスチャイルド帝国」の礎石(砂上の楼閣)のことを論じているというわけである。

現実社会と仮想社会の2つがあった場合、人を仮想社会に入り浸りにさせ、そこで仮想社会の「お金」で借金を作らせると、今度はそれを基にして、現実の物理社会の現物支給という形で相手の現物を差し押さえて行ける、乗っ取って行ける、という古来からの手口のことである。(最近の日本の大相撲の賭博問題はまさしくこの問題の典型例の1つである。)

例えば、バーチャルリアリティーのゲーム空間の「セカンドライフ」を例にとれば、この仮想空間内の虜にさせ、遊ばせておけば、この仮想社会の中で商取引やギャンブルなどなんでも出来る。仮にだれかがここで借金を作ると、それを今度は仮想社会のコンピュータ空間の外に出て現実社会のお金で決済する。こうすると、仮想空間を作った人物は何をせずとも自動的に現実空間の世界ではお金を儲けることになる。

実は、今我々が「現実社会」と呼ぶ、金融界そのものが、まだこの地球上にお金なる概念がなかった世界に、つまり物々交換を行っていた世界に誕生した仮想世界のお金であった。それが数千年の歴史の中であたかもすべての人類が、我々が資本主義と今呼んでいるところの仮想世界の中の住人になってしまったということなのである。我々の金融社会そのものが、1つのバーチャルリアリティーの世界なのである。

それゆえ、まるでセカンドライフの中に入らないとその中で成功できないように、このいわゆる「現実社会」=「経済社会」という仮想世界に入らない限り、いわゆる「収入(=マネー)」が獲得できず、貧しい生活を余儀なくされているかのように見える、ということになる。

マネー(紙幣)であろうが、株式であろうが、何であろうが、これはみんな1つの「仮想社会」の中のお金なのである。だからだれかがその仮想社会に入って遊びたい、活動したい、楽しみたい、儲けたい、などという欲求を持たない限り、所詮はバーチャルな価値でしかない。それゆえ、もし人がセカンドライフがなんだ、となれば、とたんにその世界は無価値になり、暴落するように、もし人がどこぞの株がなんだということになれば、無価値になり暴落する。本来そういうものなのである。

しかし、我々人が生きて行く為には、紙食って生きてくことはできない。生物を食わなくてはならない。そのためには、生物を生み出し誕生させ、それを育て収穫しなくてはならない。逆に言えば、これさえ出来ていれば生物は生きて行けるのである。これが現実社会、この物理社会の原則である。ここには直接金融やお金の入り込む隙間はない。

ところが、仮想世界で儲ける人々はこの現実社会をその中に引き込みたいわけである。そうならないかぎり仮想社会の人々は現実社会で有利に生きることが出来ない。だから現実社会の物々交換や人々のサービス交換にいちゃもんをつけ、ルール化し、現実を切り刻み、そこに仮想社会の掟を持ち込もうとする。

とまあ、これがいわゆる「猶太人」が太古の昔から金貸し業として行って来た伝統的手法の奥義である。いまもものを変え、品を変え、同じことをやっているというわけである。

はたしてそれで良いのかい? それを続けて行けば人類はうまく生存できるのかい? 

この問題に最初に気づいたのが、どうやらシルビオ・ゲセル(Silvio Gesell)
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という人物であったらしい。いまではだれも知らないような人物になってしまったようで、私も初耳だったが、この人物の思想こそ、ロスチャイルドやロックフェラーなどの「偽ユダヤ人」がもっとも嫌うものである。これこそ、生命線なのだという。

私自身はこの人物の著作や何も、まだ何も読んだことがないのでなんとも言いようがないが、直感的に感じるところでは、我々が物理世界で「フリーエナージー(Free energy)」(熱統計力学のフリーエネルギーのことではない)と呼ぶもの、すなわち、この宇宙にはまだ取り出せてはいないが、自由に取り出せる無限のエネルギーがあるという思想の、経済世界の対応物のように見える。

まあ、簡単にいえば、その思想とは、「人々はその人々の間でメンバーを作り、共に”信用創造”を行えば、自分たち独自の通貨を発行できる。そしてそれにより、独自の経済圏を作ることが出来る。」というものであろう。非常に当たり前でかなり原始的なアイデアである。なぜなら、例えば、一家の中で考えてみればわかる。

どの家族も家族としての血縁という信用が出来ている。家族のメンバーでなにかのサービスをする場合、それを家族の中の取り決めや約束事として労働を交換しているわけである。子供に食事を作る代わりに肩を揉んでもらうとか、子供に新聞を取って来てもらう代わりに褒めてやるとか、こういうことを行っている。ここでは通貨のようなものは使っていなくても、すでに信用創造が行われている。だから、この家族の中では、独自に労働時間を基準化すれば、時間当たりの労働の対価としての通貨を発行できるだろう。

こういうものが「自由通貨」というものである。

だから、本来仲間内でお互いに信用創造ができているもの同士、信頼関係が存在する間の人間同士では、いつでもお金の代わりをするものを発行できるのである。もちろん、猶太人もそれを知っていた。だからいわゆる紙幣を発行するようになったわけである。

問題は、その信用通貨である自由通貨を自由ではなく、不自由にし、国家やだれか権威有る個人しか発行できないようにしたことである。これがわれわれ人類を不幸に突き落とし、通貨の発行権を持つ特殊な人物たちだけがリッチになり社会で君臨し、その権利を持たないものたちが奴隷化してゆくという原理なのである。

どうやらそういうカラクリにシルビオ・ゲセルが最初に気づいたということらしい。まあ、言われてみれば至極もっとも。当たり前のことである。人間の信用創造の原理である。

これを自分たちだけが得するように変えて行ったところにロスチャイルドやロックフェラーや猶太人たちの狡猾さがあるというわけである。まあ、彼らが言う「信用創造」だけが、本物でそれ以外は邪道で禁止しろというわけである。それを信じ込ませる為には暴力や脅し、権威や人気、学校やマスメディアでも何でも使うというわけである。

セカンドライフの世界がこの世の唯一の世界だと洗脳し信じ込ませれば、人は毎日毎日その中に侵入しそこで生活しそこの金を使う。そして一生を終える。これは、羊や牛に、我々が「牧場」と呼ぶものが「彼らの世界」なのだと信じ込ませ、その中で一生を終えさせるのと非常に似ている。この意味では、「人間牧場化計画」はこれから始まるから気をつけろではなく、すでに我々は「人間牧場の中で生きている」のである。

その昔プラトンというギリシャの哲学者が「国家」という文章を書いたが、その中に「洞窟」というお話がある。これは、非常に教訓的なお話だが、これが今の上の状況そのものを描いているように思う。

それは、洞窟の中に鎖でつながれた人々の話である。そこの住人には洞窟が唯一の世界であり、洞窟の中に引き込まれる光のうごめく影だけが見ることの出来るものであった。そこに洞窟の外を見ることが出来たものが現れる。その者はみんなに自分たちが洞窟の中に住んでいるだけで外にはもっと別の広大な世界が広がっていると伝えようとするが、まったく理解されずむしろ馬鹿にされ気違い扱いされるはめに陥る。そういう話であったと私は記憶している。

どうやら我々はこの話そのものの洞窟の世界-金融経済世界-の住人に過ぎなかったということだ。

参考のために、それに気づいたドイツの作家、ミヒャエル・エンデ
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の話を紹介した番組を以下に紹介しておこう。もちろん、この番組の中の内橋氏の理解や説明のしかたと私のものは違うということは言うまでもない。これはほんとにいい番組である。

Ende`s Last Will 1/6


Ende`s Last Will 2/6


Ende`s Last Will 3/6


Ende`s Last Will 4/6


Ende`s Last Will 5/6


Ende`s Last Will 6/6

(1995年頃の作品らしい。エンデはこのNHK番組の企画の直後突然死んだ。「もも」の中の「時間泥棒」の姿そのものがイルミナティーNWOと瓜二つである。)

いずれにせよ、我々がイルミナティーNWOの思想や手口ばかり論じていても拉致はあかない。我々は、本質的解決を行う実効策や具体策を編み出さなくてはならない。

エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
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自由地と自由貨幣による自然的経済秩序
(なぜか表紙にNWOの文字が?)
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  by Kikidoblog | 2010-07-01 12:48 | 人物

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