「解決したら飯の食い上げ」:この気持ちがある限り第二、第三の原発事故が必ず起こる
風雲急を告げてしまったこの世界。この夏にはもっとそれが展開するという。なぜならEUのNATO軍がついにサウジアラビアに侵攻するというからである。一言で言えば、「第三次世界大戦」が始まるのである。これこそ、ビル・ライアン氏のアバロン・インタビューにあった「アングロサクソン・ミッション」の開始である。要するに、「地球人の9割を削減する人工削減大作戦」が始まるということである。残念でしたね。孫不正義さん。今から地下深部都市建設ではもう間に合いませんヨ。
さて、ヒットラーの最終予言の話をどんどん書きたいのだが、あまりにいろんなことがありすぎて、ETの手も借りたいほどだから、少しずつ書いて行く他はない。時間があれば、その時々でちょっとずつ加えてゆくつもりである。
まずは、今日は東電の話から。
ちょっと前に「【驚愕】元東電社員の内部告発:福島第一の1号機じゃ東京ディズニーランドは動かない!」でメモしておいたが、この話の中でたいていの人は、「放射能の怖さ」の問題や「東電の嘘つき会社」のことが目に留まったはずである。20ミリシーベルトでも十分に病気発病の危機的状況に陥るとか、東電の格差社会の状況とか、隠蔽体質とかそんなものに気付いたはずである。
しかし、私が一番印象に残った部分は、この告発者の仕事内容であった。
で、またその後におもしろい話があるんですけど、僕はね、原子炉の認可出力ってあるんですよ。例えば福島第一の1号機だったら、1,380メガワットなんですよ、原子炉の出力は。1,380メガワットを電気にすると、46メガワットで、東京ディズニーランドを1日動かすのに必要な電気は57メガワット。だから、福島第一の1号機じゃ東京ディズニーランドは動かないんです。足りないの。
でね、電気の出力ははかれるんですよ、ちゃんと。オームの法則みたいなやつで。「オーム」(ガヤトリー・マントラのたぐい?)ってやつ。なぜかオームなんですけど。
で、1,380メガワットをはかってるんですけども、間接的に、だけど、認可出力が1,380メガワットだから、絶対に超えちゃいけないんです、それは。1時間に1編コンピューターを使って計算して、打ち出しして、保安院に報告するんです。
で、1,380メガワットを1メガでも超えちゃいけないんです。で、誤差っていうのは2.5%なんです。ということは、27メガワットプラマイ誤差があるんですけど、だから、うちらは技術者の判断で、それは誤差範囲だからっていうことで下げるんですよ。1,381にならないように、僕が計算機に、大型コンピューターにアクセスして、裏技なんですよ、これは。アクセスして、超えそうなときに係数を掛けるんですよ、0.995とか。1に対して。それで認可出力を超えないように、打ち出しが、そういう操作をしてたんですよ、僕は。
で、それができるのは東京電力の中でも、4,000人原子力従事者がいるんだけども、社員だけでも、その中でも2人か3人、そんな技を持ってたんで、なかなかやめれなかった。全くやめさせてくんない。
要するに、この告発者の仕事は、毎日インチキをすること。ウソ計算結果を作り出すことだったわけだ。社内で2、3人しかそういうインチキ技の出来る奴がいないために、毎日毎日インチキ計算を行って結構良い給料と待遇をもらい、暇なときは海でサーフィンしていたというかなり変わった人格の持ち主だったということである。さすがに10年前にそんな生活に嫌気がさして止めたが、原発が崩壊したとたんに放射能が怖くなって高知へ逃げ延びた。その罪滅ぼしをいまやっているというわけである。
この人の場合、「ずっとウソだった」のではなく、「ずっとウソを作って来た」という方であったということになる。実は、これは何も東電に限った話ではない。戦後の日本のアカデミズム全体に言えることである。
例えば、我々物理学者の世界では、学会などで研究発表を行う場合、何かの問題を完全に解決できたら公表するというやり方にすれば、せいぜい数年に一度の発表ということになるわけである。しかし、普通は毎年春秋の2回の学会に小分けして発表する。だから、1回の発表ではもちろん解決できていない途中結果を発表するわけである。その度に文部省、今の文科省から研究費や旅費をもらう。仕事でやるのだから出張費もつく。とまあ、こんな案配であった。
私は学生の頃から、これにはいつも違和感を感じたことで、「問題を完全に解いてから公表すればいいのではないか」と問えば、たいていは「問題が解けてしまったらおまんまの食い上げだよ」というような返事が戻って来たというわけである。
研究とは、その問題がひとたび解ければそれで終わり。次の問題に移らなくてはらない。したがって、問題が解けると、そのための研究費が不必要になるわけである。したがって、できるだけ高額の研究費をもらっていい仕事をするためには、その問題の本質は解かないが(まあ、たいていの人には解けないのだが)、その周辺で良い仕事をするというのがベストの選択になるわけである。こうしていれば、その分野は一向に終息しないわけだから、自分が教授である間ずっとそのテーマで研究でき安泰となるというわけである。
あるいは、最初から解けそうも無いテーマを作っておいて、ずっとその研究テーマのための研究予算を文科省からもらい続ければよろしいわけである。だから、「文科省にはもっともらしい大ボラをついておけばいいのだよ」というような考え方も非常にしばしば聞いたものである。
要するに、これすなわち「ずっとウソをついて来た」というやり方なのである。大学の研究者を教育する方の大学教授がこういう発想なのだから、そこで育った学生たちや社会人たちもまた同根の考え方に染まっているはずなのである。
この発想は、かつてバックミンスター・フラーが発見した社会現象そのものである。ある開発プロジェクトを作った場合、それが完成しそうになると、その職員たちがさぼり始めるというのである。要するに、その職員たちはこれが完成すると「俺たちもう失業だな」(おまんまの食い上げだ)と解釈するようになるからだったというのである。
もし今福島原発の作業員が「この仕事が終われば、俺たちはまた失業だな」と考えたとする。それが怖いと思えば、さぼる。時々わざと壊してさらに仕事を増やす。解決されると困るから、解決できないように適当に嘘をつく。こういうこともあり得るということである。
同様に、今の菅直人民主党政権の政治家もそうだろう。福島原発や東北の被災地問題が解決したら、仕事を失う。総理や政権の主要メンバーから外されるかもしれない。県知事も問題を早急に解決したらおまんまの食い上げである。ならば、ずっと今のままいた方が良い。こう考えたとしても何も不思議は無いのである。これはいわゆる「人情」の問題である。社会学的心理学的な問題と言えるだろう。
最初の東電社員の場合も、もし原発が完全無欠の最高級のものであれば、仕事が無くなるわけである。全自動で完全無欠の原発があったとすれば、全自動なのだから人手はいらない。全員失業のはずである。東電本社の数人で事足りる。しかし現実には膨大な数の職員がいる。これは東電の科学技術に欠陥が無数にあるという裏返しなのである。その都度、ウソをつく必要のあることが無数に出るということなのである。問題だらけだからこそ、高給取りでいられたわけである。
「問題があるから食って行ける」、「完成したら仕事にあぶれる」、「うまくいったらおまんまの食い上げ」、「解決したら飯の食い上げ」
こういう発想や思考があり続ける限り、第二、第三の東電原発事故のようなことが必ず起こるはずなのである。だから、うまく完成したら飯の食い上げとなるのではなく、うまくいけばいくほど、うまく出来れば出来るほど、その後の生活が維持し易くなるという方策を容易しておく必要があるということである。そうしておかないと、ますます物事の解決が難しくなるのである。
by Kikidoblog | 2011-06-02 11:49 | 原子炉被災