ドイツで「わが闘争」出版の是非!?:「ヒトラー遺伝子E1B1b」はユダヤ遺伝子だヨ!
いやー、このニュースは意外に面白い。
ドイツ:ヒトラーの「わが闘争」再出版 国内で論争に
戦後、ドイツで禁書となってきた独裁者、ヒトラーの著書「わが闘争」の再出版をめぐり、「極右のネオナチが喜ぶだけで出版は危険」「学術目的には必要」と同国で議論になっている。ユダヤ人虐殺につながった差別思想が色濃い本だけに、戦後70年近くたち、著作権切れを前にしてなお賛否が割れている。【ベルリン篠田航一】
「わが闘争」は1925年に上巻、27年に下巻が刊行された。反ユダヤ主義などヒトラーの持論に加え、大衆を扇動するノウハウについても記述されている。33年にナチスが政権を取ってからは「聖典」化し、学校の授業で使われたほか、新婚家庭にも配布された。45年の終戦まで1000万部以上が出版されている。
著作権は現在、ヒトラーが生前に住民登録をしていたバイエルン州が保有。ドイツでは作者の死後70年間、著作権が保障されるため、45年に自殺したヒトラーの著書は2015年いっぱいで「期限切れ」を迎える。
同州はナチスによる犠牲者らへの配慮や、本が極右勢力の「聖典」となることを懸念し、これまで出版を許可してこなかった。だが公立現代史研究所(ミュンヘン)は昨年2月、「重要な歴史資料」との理由で、著作権が切れた後に注釈付きの新刊を出版したい意向を表明した。
賛否はさまざまだ。ナチスの被害を受けたユダヤ人の組織「独ユダヤ人中央評議会」のシュテファン・クラマー事務局長は「今も危険な本だが、禁書扱いはかえって魅力的に映ってしまう。既にインターネット上では非合法に出回っている。ネオナチの勝手な解釈を許さないためにも、むしろきちんと学術的解説を加え、世に出した方がいい。正しい歴史理解や研究のためには必要な資料だ」と出版に理解を示す。
一方で「ネオナチが(勢力拡大に)本を利用する可能性もある」(フォークス誌)など、懸念の声も根強い。反ユダヤ主義に詳しいベルリン工科大学のウォルフガング・ベンツ教授(歴史学)は「研究目的であれば今でも図書館で読める。最近のネオナチにはヒトラーを神聖視しない若者も多く、もはや出版自体を危険だとは思わないが、労力をかけて出版するのは無意味な作業だ」と話す。
ドイツは基本法(憲法)で「出版の自由」を保障する一方、刑法ではナチス賛美につながる書物の配布を禁じており、司法当局が出版を認めない可能性もある。バイエルン州政府も「15年12月31日に著作権が切れた後も、法によって出版は禁じられる」との見解。だが、ドイツでは昨年、戦後初めてヒトラーを真正面から取り上げた大規模な特別展「ヒトラーとドイツ人」がベルリンで開催されるなど、タブー視する風潮も徐々に薄れている。
「わが闘争」は本国ドイツ以外では翻訳が入手可能。日本では角川書店が73年から文庫版で翻訳本を刊行。08年にはイースト・プレス社(東京)から漫画版も出版された。
05年にはトルコの若者の間でベストセラーになるなど、ユダヤ人が多いイスラエルに反感を持つ中東地域で、一定の人気を保っている。このため反ユダヤ感情をあおる危険を懸念する声もある。
以前ここでも「ヒットラー予言」の話を取り上げたが、アドルフ・ヒトラーの「わが闘争」には、日本やアジアやまだ当時存在していなかったイスラエルのことを予言した箇所が多数ある。
例えば、こんな予言がなされている。
三島由紀夫「やつは人類の行く末を知っていた」:五島勉の「ヒトラー予言」への出発
日本はもう欧米だ。しかし日本はふたたび落ちる。
いずれ「ヘレニズム精神」と「ゲルマンの技術」が東アジアで花開く
(わたしが『わが闘争』を書いてから)数十年後、東アジアのすべての国々は、その基礎がわれわれと同じヘレニズム精神とゲルマンの技術であるような文化を、自分たち固有のものだと呼ぶようになるだろう。
角川文庫「我が闘争」上巻、413ページ
ヒトラーの「わが闘争」には、このような奇妙な箇所がいくつも含まれているのである。この意味では、「予言書」ともいえるのである。
それと同時に、確かにそのニュースにあるように、大衆操作や人心掌握術に関する「ヒトラーの法則」
予言者ヒトラーの「ヒトラーの法則」と「ヒトラーの山荘予言」:すべて実現
どうだ、わたしの言ったとおりだろう。選挙の極意とはこういうものだ。つまり大衆は限りなく愚かだ。大衆は女のように感情だけで動く。だから女をモノにするときのように、優しくしたり威圧したりすれば、大衆も政権も簡単にモノにできるのだ。
青少年も同様に愚かだ。彼らには車とオートバイと美しいスターと、音楽と流行と競争だけを与えてやればいいのだ。
それでシャンペンの空気を抜くように、かれらの頭から”考える力”を抜き取る。あとは車とスターと流行と音楽の力を借りて、ワッとけしかければ、彼らは武器を抱いて地獄の底へでも突っ込んで行くよ。
そのためにも、大衆や青少年には、真に必要なことを何も教えるな。必要がないバカのようなことだけを毎日毎日教えろ。それで競争させろ。笑わせろ。ものを考えられなくさせろ。真に必要なことは、大衆と青少年を操るものだけが知っていればいい。
そしてあとは、”国家のため!”と何千回も呼びかけて、戦わせ殺し合わせるのだ。1人の人間を殺せば殺人犯だが、戦争で100万人を1度に殺せば、その男は必ず国家から最高の勲章をもらえるぞ。
というようなものもたくさん語られている。
要するに、昨今では、欧米、特にアメリカのNWO(これはネオナチ。「ヒトラーの子供」とヒトラーは呼んだ)やイルミナティーで有名になった、国際寡占勢力や軍産複合体やロスチャイルドやロックフェラーなどに象徴される連中が、マスゴミを通じてテレビ時代にやっていることそのものなのである。かつてはアドルフ・ヒトラーが大演説でやったことを、20世紀の戦後から21世紀の今現在までずっと「ヒトラーの法則」を使って、電通のいう「B層(老若男女のおばか層の意)」をだまくらかし洗脳する手法として確立しているのである。
とまあ、そんなわけだから、今現在ヒトラーの「わが闘争」を読んだ所で、特に驚くことは何もないのである。ましてや「反ユダヤ」、「反イスラエル」感情が醸成されることもないだろう。なぜなら、そんな感情は、「わが闘争」に無関係にすでにNWO/シオニスト/ユダヤお金持ちのやっていることとして世界中にわき上がって来ているからである。これだけ、欧米のユダヤ層の政治家や実業家が米軍を使って、アフリカ、中東、アフガン、インドなどを無差別に攻撃して来たわけだから、もはや「反ユダヤ」どころの騒ぎではないからである。
むしろ、今では、「ひょっとしてアドルフ・ヒトラーはユダヤ人?」という疑念すらわき上がっているわけですナ。今のキッシンジャーやブレジンスキーとヒトラーは性格が似てるよね、きっと同じ民族じゃないのか?、というわけである。どっちもどっちなのである。
実は、「ヒトラーの遺伝子」というものがある。アドルフ・ヒトラーの遺伝子、特に男性特有のY遺伝子はよく研究されたらしい。その結果分かったことは、ヒトラーの遺伝子は正統派ユダヤ人の中東起源の遺伝子「E1B1b」そのものだったのである。
新!日本人のガラパゴス的民族性の起源
まあ、そんなわけで、あんまりくだらんことで騒ぐな、ということだろう。もうみんな分かっちゃっていることなんですナ! つまり、
「いいことをやるのもユダヤ人だが、悪いことをやるのもユダヤ人。つまり、世界は「ユダヤ劇場」なのサ!」っていうことですナ。
おまけ:
ちなみに、我が岡潔博士はヒトラーのことをこう言っていた。
ヒトラーとか、スターリンとか、ああいった人たちは、感覚的には異常が認められないから、医者はそうだとはいわないにしても、知性のところですでに性格分裂が現われているので、潜在的狂人ではないかと思います。わたしは、これはとくに彼らに慈悲心が欠けていたためだと思うのです。
まさに達観である。実は、スターリンは、前原誠司が池田大作の息子という話と同じような意味で、ロスチャイルドの息子だと知られているのである。つまり、ユダヤ人なのである。
岡潔博士がいう「慈悲心」というのは、デービッド・アイクのいう「エンパシー」とほぼ同じ意味である。「レプティリアン(爬虫類人)にはエンパシーがない」とアイクはいうのである。つまり、「ユダヤ人には慈悲心がない」という意味になる。ユダヤ人のすべてではないが、そういう人も多いということである。
今の所、なぜそうなるのかは分かっていない。遺伝的なものなのか?あるいは、環境的教育的なものなのか?あるいは両方か? あるいは食事のせいか? 私個人は遺伝的なものだろうと見るが、ひょっとしたら食生活に依存しているという可能性も捨てきれない。チーズで悪夢を見るように、肉食のせいで凶暴になるということもあり得るのである。
ところが、面白いことに、アドルフ・ヒトラーは「菜食主義者」だったのである。したがって、食事というよりは、遺伝の方が強いのだろうというわけですナ。
by kikidoblog | 2011-09-27 14:24 | ヒットラー予言