「嘘つくのが商売」のペテン師「こだまの枝野」:やはり”メルトダウン”で嘘ついた!
いま「こだまの枝野」が矢面に立っているという。
嘘と詭弁で弄し続ける愚かな政治家
詭弁番長・枝野官房長官 「メルトダウンしていない」は嘘だった
筆者は僭越を承知で枝野氏に告げた。「正しいことを言った人が更迭されたままでは、この先政府が何を言っても信用してくれなくなりますよ」と。
枝野氏は目を充血させ顔色も悪い。いつもの意気軒昂な姿はすっかり影を潜めていた。
枝野幸男が埼玉5区から初の立候補した時、我が家はちょうどその選挙区内の朝霞市に住んでいた。当時、新進気鋭の若手政治家を目指す枝野幸男には他の候補にない新鮮味があった。そこで、私も妻も枝野に投票したのであった。
あれから、20年。枝野幸男は、その「正体」を表した。元革マル派の反社会的勢力、そしてそういう連中の弁護士だったという正体がバレた。仙谷由人とまったく類似である。
もしあの時、「ルッキンググラス・テクノロジー」でも発明して、こやつの将来を見ることができれば、絶対にこいつには投票しなかったに違いない。この点、こんな男を議員にしてしまったことに対してみなさんに大変申し訳なく思う。この点も、仙谷由人も同じである。徳島から出してしまったことに大変申し訳なく思う。すみませんでした。まあ、私だけが謝る理由はないのだが。
さて、このこだまの枝野の「相転移」。メルトダウンを無視し、国民を騙した、あの瞬間。2011年3月18日。私は見逃さなかった。
枝野の相転移:私は見逃さなかったゾ。
ある時まで、枝野氏は真っ赤になって熱くなってしゃべっていた。
それがある時に、タラーと1滴の冷や汗を流した。
(本当は「水蒸気爆発」を「水素爆発」だったと大嘘をついた一瞬であった。)
それ以後、彼は、何かの覚悟を決めた人のように、静かに淡々としゃべるようになった。
私はこの変化を見逃さなかった。
彼は、「死を覚悟した」のだろう。「もう俺は終わりだ。」と。
きっとその晩、彼は官邸で号泣したはずである。真っ赤な目になって。
「俺は玉砕する」
それ以後、覚悟が決まり、静かな男になった。
おそらく、この時期にはメルトダウンを騙し始めたに違いない。
この男は、議員になる最初の選挙の時から、元革マル派であったこと、反社会性力であったことを騙して当選したのであるから、人を騙すのがうまい。というより、「人を騙すのが商売」という男なのである。こんな人物ばかりだから、もはや日本は地獄へ道連れにされるわけである。
棺桶の菅直人、仙谷由人、この2人は大学紛争のリーダーであった。仙石は東大の最上層部に立てこもった人間の方である。菅直人は東工大の学園紛争のデモで、「デモ破り」をして仲間を警察に売った方の人間である。枝野幸男は革マル派。
仙谷由人研究:菅直人の学園紛争の盟友。生涯2人でマッチポンプ!?
要するに今の日本政府は、学園紛争で当時警察に火炎瓶を投げていた連中が内閣に入り込んだのだから、国中がめちゃくちゃな法律の法的火炎瓶を投げつけられるのはあたりまえである。
まあ、一言で言って、こういう連中は人が何言ったって無駄。だめである。警察に頼る他はない。しかし、その警察の上にしっかり入ってしまったわけだから、もはや手に負えないわけである。後は放射脳は放射能のような自然の掟に神頼みする他ないのである。ソドムとゴモラの街のように、街共々いっしょに死んでもらう他はないということのうようである。
くわばら、くわばら。
by KiKidoblog | 2012-03-10 18:06 | 原子炉被災