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日本の町工場「ボブスレー」作る!:「できる」と「できた」の違い!

みなさん、こんにちは。

やはり日本には技術があった。これは面白い。
「下町ボブスレー」試作機を公開 町工場の職人技光る
 冬季五輪種目のボブスレーのそりを、東京都大田区の町工場二十数社などの職人技で作り上げる「下町ボブスレー」の試作機が完成し、都内であった国際工作機械見本市で1日、公開された。年内にもテスト走行し、2014年のソチ五輪での採用を目指す。

 ボブスレーのそりは、フェラーリやBMWなどが技術開発を競う「氷上のF1」。下町ボブスレーは、金属加工技術を生かして骨格の溶接部分を減らし、ブレを抑えた。金属加工会社「マテリアル」の細貝淳一社長は「町工場が世界をつかむ夢が、若者にとって魅力になればいい」と話した。

開発した「下町ボブスレー」に試乗する町工場の経営者ら=1日午後、東京都江東区の東京ビッグサイト、上田潤撮影
記事「「下町ボブスレー」試作機を公開 町工場の職人技光る」より
日本の町工場「ボブスレー」作る!:「できる」と「できた」の違い!_e0171614_9494189.jpg

しかし、非常に残念。どうみても「1人乗りボブスレー」に見える。

ボブスレーには、2人乗りと4人乗りしか存在しないのだ。
検索「井口和基とは?」:ひまな奴もいるものだ?
しかも、電話帳ほどの厚さにもなる作成仕様についての国際ルールがある。見よう見まねで作ってもほとんどはオリンピックの規定外となるのだヨ。

せっかくそこまでの技術がありながら、実用にならない。惜しい。

これが日本の技術者によく見かける難点なのである。

かつて、日本の通産省というところに、工業技術院電子技術総合研究所という国の研究所が存在した。場所は筑波である。今では、それが経済産業省の産業技術総合研究所という形になっている。私はこの産総研の立ち上げの時の諮問会議にずっと外部研究者の1人として立ち会い、おおまかの方針を決めたのであった。若手の表彰制度を提案したのはこの私だったのだ。

さて、その電総研時代でも、当時から「通産省のショーウィンドー」の呼び声高く、「ここには何んでもあり、何んでも実現できる技術がある」という触れ込みであった。

実際、今の日本の太陽電池開発はすべてここから誕生し、日本の大企業に伝播していった。しかしその後劣勢になり、30年の空白時代が生まれ、そして311以降再びリバイバル中というわけである。

当時から、「これもできる。あれもできる。やろうとすれば何でもできる」と自慢する職員ばかりだった。そこで当時私は企業からの留学生として電総研で太陽電池開発の実験を学んでいたのだが、大学院時代に感銘を受けた準結晶発見の研究を思い出し、私が「じゃあ、準周期をもつ薄膜を作ろう。そうすれば、世界初になる。きっとノーベル賞級になるはずだ」というようなことを言ったところ、電総研の幹部職員はだれもその気にならなかった。その直後に、アメリカのマーリン博士がそれを作り、準周期的薄膜の創始者となった。(このきっかけのイスラエルのシェヒトマン博士は昨年ノーベル賞を受賞した。「『準結晶』の発見 2011年ノーベル化学賞解説」

さすがに私も嫌気がさし、「こんなとこじゃ、だめだな」とその後を考えることになるきっかけとなる事件であった。そしてその後、紆余曲折の果てに私はアメリカに幸いにして留学することができたというわけである。

こんな私の実に個人的経験でもそうだったが、日本の科学技術者には「できる」あるいは「できるはずだ」あるいは「できるだろう」ということ、すなわち、これらはみなひとつの「想像」や「予想」にすぎないが、こういう「見込み」、「想像」、「希望的観測」というものと、実際にそれに「チャレンジすること」、「現実に作ってみる」、「完成させること」との間にかなりあいまいなところがある。

私の観点と経験では、「できる」という仮定の話とそれを「やり遂げた」という実際の結果の話の間には「雲泥の違い」、「天と地の違い」があるのである。

しかしながら、「できる、できる」と言っているうちに、「何かできたかのように錯覚する」というメンタリティーがかなり多くの日本人には見受けられるのである。東大の御用学者、京大の学者などを見てもそうである。大半がそんな感じの人々である。

逆に言えば、「だから競争に負ける」のである。

自分ができると思うのであれば、それに向って粛々と実現を目指せば良いのである。それ以上でも以下でもない。

これと同じことはスポーツの世界にもある。この場合は科学技術者の「できる」の代わりが「なりたい」である。「僕はサッカー日本代表になりたい」あるいは「日本代表になれる」という目標や思い込みである。だれもが若い頃何度もそう思うというようなものである。

ならば粛々と汗水たらし、苦しい思いをしてそれを実現できるように努力すれば良いというだけの話なのだが、往々にして「代表になりたい」、「代表になれば、〜〜できるのに」というような皮算用ばかりして時間を無駄にする。さらには、そういうことを繰り返し言っているうちにあたかもそれが実現してしまったかのように思ってしまうということである。

朝鮮人の「ウソでも100回言えばそれが真実になる」という朱子学的な発想ほどひどくはないが、日本人にもかなりこの朝鮮朱子学の悪影響は知らず知らずのうちに忍び寄っていたのである。

見込みや思い込みとそれをいかに実現するか/したかという結果(=歴史)の話はまったく異なるのである。私は、一応ささやかながらも理論物理学の世界における、みんなが解ければいいなあと思っていたいくつかの問題を実際に解いてみせたという経験があるから、そう言えるというわけである。

なぜなら、そういったささやかな問題であったとしても、実際にそれをやりたいということとやり遂げることの間には雲泥の差があり、やり遂げた後というのは、単にやり遂げたという達成観だけではなく、やり遂げたことによってできなかった人たちよりさらに先を見ることができるという経験を実感したからである。

山の頂上に登りたいということと、実際に山の頂上に登った時の風景は異なる。

とまあ、そういうことである。それが後々「経験の差」という陳腐な言葉の中に秘められた実に「深い事柄」に繋がって行くのである。

いずれにせよ、その町工場の皆さん、ぜひ日本ボブスレー協会や日本ボブスレー監督の石井和男監督と一度ご相談ください。ぜひお願いしたいところですナ。

  by Kikidoblog | 2012-11-04 10:22 | ボブスレー

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